Written by へっぽこ


「クレイドル。そんなものは私の時代には無かった」
だから、彼には見えなかったのかもしれない。落ちてきたクレイドルが。
もう彼の体は動かない。でも感謝しよう。
英霊の夢見た、ある世界の終焉。
あなたの導きのおかげで、私は鉄でできた迷いの森から抜け出せる。
だから、
「あとは任せて欲しい」

私は想う。
きっと、彼は首輪付きに会うべきではないんだ。少なくとも、今日ここで、こんな世界(ところ)で会うべきではない。
だって首輪付きはまだ死んでいないから。まだ生きているから。
だから私が引き継ごう。引き継いで首輪付きを助けよう。
だって私もまだ死んでいないから。まだ生きているから。これからだって生きるから!
ランキングで言えば、私は一つ下がるけれど、それでも全身全霊、こなしてみせます。
今を生きる首輪付き(ヒーロー)を、生かしてみせます。

あなたがかつて導いた…のかどうかは、正直分からないけれど、それでも。
私は彼に敬礼する。
そして私は、再び意識を研ぎ澄ませた。
 
 
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「主砲、一番、二番、飛んで四番、ターゲット、ホワイトグリント!撃てぇ!」
叫ぶダンと瞬間とどろく砲声。
その轟音をイコライザーが瞬時に絞るが、キンと耳をつんざくノイズは機体(からだ)の中にまで届いた。
一発でも、当たれば木端微塵の破壊力。だが吹き飛んだのは波、海水だけ。ターゲットには掠りもしない。
展開された白い羽を模すOB(オーバードブースト)と、ただ二度のクイックで砲弾を背の向こうへ追いやると、ホワイトグリントは一気にSoMへと駆けていく。
海上スレスレを飛ぶのはSoMの四門ある主砲、もとよりロングレンジでの戦闘を主眼に置いたそれが俯角をきつくできない事を見越してのものだ。
「三番放てぇえ!」
ゆえに温存した三番主砲の時間差攻撃。
それも射程距離圏ギリギリ近傍での一撃に、ホワイトグリントのPAはその四半球前面を殊更白く輝かせた。
できる限り引きつけた射程距離圏ギリギリ近傍の最後の主砲はしかし、限界と思われた高度からなお低く、エアインテークへの海水流入も厭わず、機体の半分もを海面下へと沈みこませ、波をかき消し飛沫をあげつ突進するホワイトグリントの頭上をわずかに越えた。

あれは知っている動きだ。
どれだけのスピードで駆ければ波に飲まれずに済むのか。
それも数秒単位。かき集めたPAが海水を破壊する。
これだけのスピードで、これだけのPAを張って、まっすぐ飛べば、数秒間はこれだけ低く飛べる。
プラスQB(クイックブースト)の後押しでスピードの損失をかき消せば、最短最速でSoMに辿り着く――ということがアレには分かっているのだ。
それは理論ではなく、たぶん経験値。

ノーマルがネクストになって、ACでできることは驚くほど増えた。
だが、いったいどれだけのリンクスが、自身のできることについて自覚的であるだろうか。
ホワイトグリントの強さはそこにある。経験に裏打ちされた、自信の能力に自覚的であることこそ強さだ。
できることの引き出しが圧倒的に多く、戦いに慣れ慣れている。誰よりも。
聞くところによると、ホワイトグリントのリンクスは、アナトリアの傭兵とイコールであるらしい。
すなわち、あれのスタートはレイヴンということになる。
なるほど確かに。
経験値の高さ。
それがある種、誰にも真似できない、ホワイトグリントを駆るリンクスだけの能力足り得ている。

とかくSoMの主砲はもう使えない。
既にホワイトグリントは主砲の射程外、すなわちSoMその近距離圏に侵入している。
ダンは叫ぶ。
「次ぃ、近接ミサイル! 装填が完了してるやつ全部、同じくターゲットホワイトグリントぉお! 撃てえぇぇぇぇ!」
上空へ放たれた無数の矢。立ち上る黒煙は三秒間直進し、その後大きくうねる。
滑空する白鴉へ向けて、幾本ものミサイル雲が綺麗に束ねられていく。それはまるで獲物を狙う大蛇のようで。
私は息を飲んだ。
エイ・プールの、ヴェーロノークの両手から放たれるそれをはるかに凌駕する特大級のミサイルカーニバル。

――だが当たらない。

ミサイル群は白いカラスの周囲をくるりと一周し、そのままSoMの甲板に激突し爆炎を上げた。
なんて、鮮やかな機動だろう。まるでサーカス。
最小の起動でミサイルの束を手玉に取るホワイトグリントの挙動は素晴らしい。
射出されたミサイルの、描いた最初のカーブを見、最小旋回半径を確認。
無数に広がるミサイルを見、自身との距離を測り、OBを止め一秒。
立ち止まって引きつけたミサイルを飛び越すように、SoMが塗り替えた海面の砂漠を蹴り飛び上がってそのままブースト。
SoMの全高程度に上昇したのち、ただ一度のQBでもってホワイトグリントは機体を前へ押し出した。
後は慣性と重力に身を委ね、きれいに放物線を描きながら落ちていく、の、その途中。
舞う枯れ葉のごとく、軽いブーストのひと噴きでふっと身を揺らすと、展開されたSoMの甲板を掠めその下へと潜り込んだ。
そしてミサイルは甲板の下にいるターゲット目掛け、愚直に直進し、甲板にこれでもかと特攻していた。

リンクスなら誰もが陥りがちな、QBに頼った動かし方ではなく、QBに頼らないその挙動。
あれはきっとレイヴンの戦い方。
機体の性能を知って、最大限それを引き出してなお大地を使って、壁を使って、そのポテンシャルを引き上げる。
ノーマルブーストすら細かに噴射停止を繰り返し。平地ではこれ以上ない三次元機動。
はたから見ればぴょんぴょんぴょんぴょん。と、跳ねるウサギのように。
決してカッコよいものではない。
しかし当たらない。
彼を追う私たち、ミサイル、弾丸。その全てを手玉に取る、まるで指揮者のタクトのよう。
綺麗に三次元のウェーブを描きながら縦横無尽に行き交い、追いつ追われつするうちに、アレと戦う自分たちはいつの間にか、その波長に囚われてしまう。

彼を追って右往左往、と思えば、隙をつかれて反撃されて、今度はこっちが追われる立場に。
そしてまた右往左往。
そんなことを繰り返すうちに、何か型にはまるような、それは戦いの周波数とでもいえばいいだろうか。
心地よい戦い方。しっくりくる攻防。同調した動きやリズム。
右へ右へ、左へ左へ。ぐるぐるぐるぐる追いかけて。でもその差は縮まらず。
ここだ!と思って放った必中の弾丸は軽やかにかわされ、まるでわざと撃たされているような気さえしてくる。
そのくせアレは、こちらがふと息をつく瞬間を、まさに虚を突くタイミングで仕掛けてくるのだ。

――タン、タタン。ほらまた。出鼻をくじく、三発の銃弾。
一発、よけそこなって喰らってしまう。
そこに無駄玉はなく、私がなんとかかわした残りの弾丸は、それはそれでもとよりこちらの動きを制限するためだけに放たれていたかのような。
そうそれはウィン・Dや、首輪付きと言った、才気走った直感的な戦い方とは程遠く。
すぱっと切って落とす鋭さはないが、しかし、じわじわと侵食するような、じりじりとひりつくような。
少しづつ積み上げていく“待ち”の攻撃。

戦わされてる、と、思ったが最後。もう自分が勝つ姿が想像できなくなってしまう。
それが今の私であった。
勢い飛び込んだ4vs1の乱戦は、なぜか乱戦でありながら、ある種プログラムされているかのような錯覚。
苦戦しようが、どうしようが、最後にはきっちりホワイトグリントの勝ちで締めくくられてしまうことが運命付けられている気さえしてくる。
そう、それはまるでシュミレータで、難易度設定こそ高いハードなものであろうとも、もはややり慣れた仮想ミッションを機械的にこなしているがごとく。
それも私はハリボテな敵役で、ホワイトグリントがチャレンジャー。すなわち敵たるアレがこのゲームのプレイヤー。
ふと、よぎる疑念。
主役、なのか? やはり。ホワイトグリントが。
だとしたら私って?

「バカ!呆けんな!」
と、その時叫んだのは誰だったのだろう。
きっとダンだ。私に気付かせようとしたのか、躍起になって、叫ぶと同時に真上を向いた、もはや敵を射抜くにはでかすぎるSoMのその主砲を打ち鳴らした。
やれやれそんな大げさな。そもそもそんな声を張らなくてもいいだろうに、わざわざSoMの外部スピーカーで叫んだダンの声で、SoMの甲板にいる私の耳はキンキンと耳鳴りがなっている。
同じようにホワイトグリントの中でも耳鳴りに苦しんでいて欲しいところだけれど、どうもアレも中身は空っぽのハリボテのようだ。
私が心配なのは分かるけれど、ちょっとやりすぎだよダン君。
と、SoMが真上に打ち上げた砲弾の軌跡を眺めながら思う。思うが、そんな感傷的な事を言っている場合でもなく。
SoMの甲板で一瞬立ち止まった私へ、未だ空に残る無数の黒線と、届かず弾けた無念のミサイルたちの燻りにまぎれ、ホワイトグリントが肉薄する。

そして、
「やば―――……え?」
ホワイトグリントは何の攻撃も仕掛けぬまま、私の真横を通り過ぎ――。瞬間、私のPAははじけ飛んだ。
ぼかん、と。電子レンヂに入れた卵を連想する。
それはホワイトグリントのアサルトアーマー。通り過ぎる際(きわ)。
私の後方で放ったホワイトグリントの一撃は、私(メリーゲート)の背中(メインブースター)を削り、PAを吹き飛ばした。
肩甲骨が焼ける。その衝撃と痛みに感情が高ぶる。
怒りだ。
やられたことに対する、痛みと恐怖を踏み台にした憤怒。

「―――ッこの」
私はホワイトグリントを追撃しようとして、その場で180°ターンする。
視界の中に捉えたホワイトグリントはまっすぐ一直線に私から離れていく。
逃げていく。
私に背を向け、“逃げて”いく。とどめもささずにだ。
「なめるな!」
だから私は逃げるホワイトグリントの背に銃を向けた。
ホワイトグリントの真後ろで、仁王立ちし、万全でないメインブースターへの対処を捨て置き、アレに向かって銃を構えた。

これが失策だった。
唐突に、背に受けた衝撃。そのあさってからの攻撃につい口から悲鳴が零れた。
「きゅぅ」
ぼかぼかと被弾する。それは数発のミサイルだ。それもマザーウィルの、である。
いくらメリーゲートの装甲が厚いとはいえ、背面はそれでも脆弱だ。
ましてPAが砕かれ、ままならない今、なによりの弱点といっても過言ではなかった。
その背に、攻撃を受けてしまった。
マザーウィルのミサイル。ホワイトグリントを愚直なまでに追いかける雛鳥のようなミサイルだ。
無論そんなミサイルたちはホワイトグリントと自身の間に、たとえ甲板があろうが私がいようがお構いなしで。
最短距離を突っ切って、さっきは甲板、今度は私に衝突した。

機体が痛覚を持って私に背中の傷を教えてくれる。掻き毟り、がりがり削られる。
メインブースター損壊28%。エネルギーラインは3割減で左手運動性能は駄々下がり、ロック演算は誤差値30を突破、ジェネレーター出力も半分にまで減退し、ひっくるめてAP換算で残り43%。
PAはかろうじて展開可能だが、ラジエータの故障による熱負荷が痛い。
足を動かしただけで関節では青い血(クーラント)が沸騰する。冷却にあと15秒。
この時点で私は“つんで”いた。ビービーなる警告音に動けない体。
赤く瞬く視界の中で、今度こそとどめを刺すため急旋回するホワイトグリント。
瞬間、放たれるヒラリエスとラフカットの銃撃は、QBと小ジャンプで綺麗にかわされ、その背が再び展開される。
白い翼のオーバードブースト。

私が動けないうちに勝負を決めるつもりなのだ。
そうはさせるか、とばかり。頭上。右からヒラリエス。左からラフカット。その二機が私とホワイトグリントの間に割って入ろうとし、直後、ホワイトグリントはフロントブースターを点火。僅かばかりの減速の中、図ったかのように両肩ミサイルと両腕ライフルのそれぞれ双方の敵へ向け一斉掃射した。
無論、ヒラリエスもラフカットも応戦するが、ホワイトグリントはその二秒もない一斉掃射後、フロントブースターを切ると同時にクイック。前へ。その緩急に二機の攻撃は追いつかない。
彼らが先んじて受けた機体ダメージがいよいよ尾を引いてくる。
もはや満身創痍のヒラリエスとラフカット、の、更に上空から二機の陰に隠れ、無数のミサイルが飛来する。
そのミサイルは曲がらない。ただただ直進し、SoMの甲板に墜落した。

オートロックを解除したASミサイルをありったけ、エイプールが私の周囲にばら撒いていく。
「このぉ!」と。
ミサイルは甲板に次々炸裂し、もくもくと煙たく周囲を汚していく。
焼けっぱち、という言葉がここまで似合うリンクスを私は知らない。
ので、ここはひとつあやかってみるとしよう。

そう、焼けである。
冷却限界を超え、熱負荷にはらわた焦がしながら、私はホワイトグリントへ突進する。
ホワイトグリントのダブルトリガーを受けながら、それでも一矢報いようと蹴りを―――
「くらいなさいよ!」
分厚い装甲纏う、重量二脚渾身の飛び膝蹴り。
正直初めてネクストで肉弾戦をしてみたが、案外うまくできるもんだなー、とか。
ま、かわされちゃったんだけどね。
ホワイトグリントはひょいと身を翻し、オーバードブーストを止め、再び地味な待ちの攻防戦を始めようとし――――頭上、遙か4000mで炸裂していたSoMの主砲弾が撒き散らす何かに気が付いた。

きらきらとひかる。
ネクストに乗っかって10mの体を得た私たちからすれば、それは白く輝くパン粉のような、何か。
弾けたマザーウィルの主砲、その弾頭に詰まっていたものは火薬ではない。

エイのミサイルの爆炎で気がつかなかっただろう、天才レイヴンさん。
既に“ナノマシン”はマザーウィル一帯にまで降り注いでいる。

さあお食べ。
起動。ナノマシンが一斉、コジマ粒子に牙をむく。
PAが弾け、ブースターは失火。これで機動力はノーマル以下。
私もエイも二機の援軍も、そしてホワイトグリントも。
エンジンは停止し、バッテリーのみが唯一のエネルギー源。
歩けはする。手も動くので引き金も引ける。が、いくらホワイトグリントと言えど、これでもうかわせない。

私がなぜ、先の突進でメイン武器(バズーカ)を使わなかったのか。
全てはこの瞬間のため。
たぶんこの足止めは十秒ももたないだろう。このナノマシンの量では、数秒失火させるだけで精一杯。
その間に私はアレを打ち抜かねばならない。
アブ・マーシュの拵えた特殊弾。
一発でいい。たった一発でいいんだ。
それだけでホワイトグリントに勝てる。
たった一発で。
だけど、手元には三発しかない。
特殊弾は、三発しか用意が間に合わなかったらしい。
私は肘を伸ばす。
絶対、当てなければならない。
1/3―――
 
 
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SoMを取り込む発想は良かった。
とても良かった。
少なくとも、ダンがアッシュで戦うよりは何百倍もましな戦力だし、加えてSoMの只中にいればダンが直接的に叩かれる心配がなくなる。
が、それでも倒せない相手がいた。
そして、我々の敗北が少しずつ見えてきた。
ジリ貧とはこういうことなのだろう。
じきにヒラリエスは砕かれる。そして次はラフカットも潰される。
二機が消えれば、負け戦は更に拍車がかかるだろう。
もしかすると一分も待たずにエイもメイも撃破されるかもしれない。

やれやれ、どうしたものか。
ホワイトグリントという最強の存在を前に、絶望的ともいえるこの状況。
必死で戦っているのに相手にならない彼らの不毛さに本当、泣きたくなる。
それでも良く頑張ったと思う。
少なくとも、ダンの到着まで時間を稼げたのだって、正直驚きなんだ。
それぐらい、あのホワイトグリントってやつは強敵なんだ。最強なんだ。
それが私には少しだけ嬉しい。
ホワイトグリントの強さ、そしてかっこよさ。
首輪付きがこうまでアレの事を強いと、かっこいいと思ってくれたのかということに、私は感謝したくなった。

“見ろ!あの最強の機体、アレは私が設計したんだ!パーツだって8割は内製した!ホントは全て一から組み上げたかったが、流石に予算も物資も技術も時間も足りなかった!”
アレの中身を君は知ってる?

むろん今ダンらと戦闘中のWG(あれ)はきっとはりぼてで、マザーウィルと同じく中身は空っぽなのであろうが。
でも私は知っている。ギヤの一個からハーネスの一本まで、あますとこなく知っている。
そうさ、アレを一番知っているのは私だ。
だからこう想ったんだ。アレを倒せるのって、もしかしたらもう私だけなんじゃないかって。
だから必死で考えたんだ。どうやったら現状のメンツでアレに勝てるのかってことをさ。
その答えは簡単だった。ほんっとーに簡単だった。

答え、『無理』。
勝てません、というのが答えだ。
過去最高最強のアレに勝つことはできない。
今のままでは、ね。

―――時に。
ダンはセレブリティアッシュを。
メイはメリーゲートを。
エイはヴェーロノークを。
彼彼女らはそれぞれ自分の機体を、首輪付きの中(このせかい)で呼び出して、あるいは呼び出させて、そして我が物顔でのりこなしている。
ならばホワイトグリントとの繋がりがこの場において一番強いのは誰だろうか?

一つ。思いついた策。
ダンの暑苦しさとマザーウィル、エイの破れかぶれと当たらないミサイル、そしてメイの覚悟と装甲の厚さ、加えて二機の護衛付き。
時間いっぱい、めいっぱい、思考に次ぐ思考、妄想に次ぐ妄想でこさえるそれは現代には存在しえない武器である。
誰にも頼らない。ヒーローの到着は待たない。私たちだけ。それでもやってやれないことはない。ないんだ!
弾頭に詰め込んだナノマシン。
≪バカ!呆けんな!≫
ダンの、あれは演技なのだろうか。いや素だろう。引き金を引くことにすら熱が入る。
これ以上ないタイミングで打ち出され、炸裂しては撒き散らす。
粒子を瞬間喰い潰す未来の砂。今こそ、凡人の夢が結実する。
我々の武器は未来だ。そして、私とアレとの繋がりだ。

それはどれもこれも首輪付きが知らない攻撃。
ホワイトグリントの、殻と足を同時に潰す。
コジマ粒子除去技術。
現実世界ではまだまだ私の考えるそれの四割も性能が引き出せていないナノマシン。
今はまだ、製造技術が追いついていないから、量産なんてできやしないが、しかし。
この場ではそれが可能なのだ。お金が必要ないから、リアルでは到底不可能な金のかかりすぎるものづくり。
赤字なんて夢の彼方で、今はただ私の理論がこれ以上ない武器となる。

そんなわけで、ギリギリ、なんとか最低限の量、ナノマシンは整えた。
きついのは銀の弾丸のほう。仮想世界(ここ)で人と人を繋ぐ首輪。それをもとにした弾丸。
こればっかりは無意識下では、片手間では到底作れない。
ひと弾ひと弾、ちゃんと考えてコードを組み上げて、理論と思想を練り込まねばならず、そろえられたのは結句三発。
さあ、メイ。とどめを。空っぽのホワイトグリントを“私(マシン)”で充たすのだ。

メリーゲートの腕が上がる。重々しく、バズーカを持ち上げる。
ガシャンガシャンと滑稽にステップを踏みつ、ダブルトリガーでメリーゲートを攻撃するホワイトグリント。
だが、物理的に硬いメリーゲートの装甲を短時間で粉砕するには圧倒的に火力不足だ。
ライフルの掃射を受け、なお動きを止め仁王立ちするメイの集中力の前に、ホワイトグリントの両肩ミサイルは分裂する前にメリーゲートのライフル弾に叩き落とされた。

良い、とても。
この瞬間ばかりは、もはや彼女に託すしかないのだが。
メリーゲートの利点と自分の役割をちゃんと理解し、この集中力とともに焦らず気負わずターゲットを定め、ぶれることなくしっかりと体勢を整えるメイはこれ以上なく、自分の持てる力の限りを発揮していた。

それでも――――
なお、ホワイトグリントは。
「―――ッ!」
メイがまさに銀の銃弾を撃とうとしたその瞬間、ホワイトグリントはアサルトライフルを彼女のライフル目掛け掃射する。
比較的連射の効くアサルトライフルを、動きを止め、弾着を集めるために腰を落とし、メリーゲートの片腕をのみ狙う。
装甲を剥がせない以上、バズーカの強撃を避けるため、かわすことを止めたホワイトグリント。
メイが展開したミサイルポッドを瞬間あいた片手ライフルで打ち抜くと、一心不乱に片腕(バズーカ)を狙う。
だが、メイも諦めない。
唯一無二の武器、特殊弾を詰め込んだバズーカをかばうようにその身を半身に。
肩口でホワイトグリントの掃射を受け止め、待つ。
弾が尽きるのを、ただ耐える。
まだ。まだジェネレータは回復しない。間に合う。
その判断は正しい。焦って外す、ないし銃そのものを破壊される愚に落ちない確かな選択。
アサルトライフルのマガジンは無限ではないのだから。
が、最善の行動をとってなお、ホワイトグリントには未だ届かない。

アサルトライフルを撃ち尽くす直前。
ホワイトグリントは両肩のミサイルポッドをパージし、バックステップを踏むと、転がるポッドを打ち抜いた。
ドンと一つ、大きな爆炎、そして立ち込める煙幕が一瞬ホワイトグリントを隠し、ここで初めてまずいと感じたメイは半身を止めバズーカを前方に伸ばした。
そして、ドンともう一つ。
炸裂したミサイルポッドの衝撃波をアシストに大きくジャンプしたホワイトグリントは、メリーゲートの銃口を飛び越えていく。
そんな空中でただただ放物線を描くターゲットを、今だと言わんばかりに温存したバズーカで狙いにかかるメリーゲートであるが、銃口が思うように追いつけない。
メリーゲートの間接、その節々から火花が散った。
ホワイトグリントの最初の掃射は何も装甲を打ち抜きメリーゲートを戦闘不能に追い込むつもりなどなかったのだ。
膝を、腰を、肩を、細かくダメージを与え、機動力を奪い、瞬時に廻らなくさせる。それが目的だった。
ブースターがつかえない以上、体ごと傾けることはできず、傷ついた腰も肩も回すとギリギリとぎこちなく、メリーゲートの伸ばした腕の向こう、銃口の向かう先はホワイトグリントの一歩後ろを追いかけるばかりで追いつけない。

私たちは確かにあの、ホワイトグリントを追い詰めた。
チェスで言うならチェックの状態。そこまでは良かったんだ。
だが足りない。
チェックメイトにはあと一手。あと一手足りなかった。
決定打が、どうしても足りないのだ。
皆の最善をすり抜け、そのままマザーウィルの甲板から滑り落ちていく。
マザーウィルが跨ぐ、ラインアークのハイウェイへ、ホワイトグリントは逃げていく。
―――と、その時だった。
「メェェェイィ! そいつをよこせぇぇえええええええええええええ」
上空から、声がした。いや、直接頭の中に響いていたから上空もなにもないのであるが。

それはピンチにやってくる。
待ちに待ったヒーロー見参。
「ウィンさん!」
メイは一も二もなく、火花を散らしながら渾身の力で声の主へバズーカを投げ上げた。
そうして未来を詰め込んだバトンは最後の走者へと受け継がれ。
かのヒーローはそれを空中でキャッチすると、そのまま銃口を真下に、ためらうことなく引き金をひいた。
三発の弾数制限を気にも留めず、空中で狙いもおぼつかないことなど知ったことかと言わんばかり。だが必中のタイミング。
ブースターの効かない今、ラインアークのハイウェイへ向け自由落下するホワイトグリントにはもはやかわすことができない。そして、手にしたライフルもまた、メイに撃ちつくしたまま、マガジン交換はできていない。
そしてついに、彼女、――レイテルパラッシュの放った弾丸はホワイトグリントの肩の先を打ち抜いた。

ダメージはない。炸裂するのは弾頭ではなく私(アブ・マーシュ)と言う名のウィルス。
―――システム、オンライン。
私はアレとリンクする。
空っぽの中身に強制的にねじ込む歯車。現実の機械(マシン)。そこにリンクスの姿はなく。
理屈を孕んだ操縦者不在のネクスト。CPUを失ったハイテク兵器が沈黙するのは自明である。
私の世界では、ネクストを動かすにはまずリンクスが必要で。
あれに詰め込んだ機械がネクストの存在を要求する。が、首輪付きはホワイトグリントのリンクスを知らない。
かくして、目から光が消え、ホワイトグリントはラインアークの中央、ハイウェイ脇の橋げたへと滑り落ちると、静かにその場で膝をついた。かしずくように。

ホワイトグリント、陥落である。
どーだ見たか!
私はガッツポーズした。
 
 
     /* → ………

そうして。勝利の余韻もつかの間。
突如として立ち込める濃霧。
それはメインタワーの間から、うすぼんやりと光の幕が張られ、まるで別次元が繋がっているかのように。
ずるずると沸き出す鉄でできた世界の怒り。
ギガベース艦隊、そしてノーマルの大隊、を、無視して突撃しようとするスティグロ、を、押しつぶすようにカブラカン、が、撒き散らすあれは自立兵器?―――など知らないとばかりに、もろとも轢き壊す勢いでそびえる強固な、その名の通り、我々と世界を隔てる大壁(グレートウォール)。極めつけ、空を覆うアンサラー。
それらが我先にとひしめき合い溶け合い、ずるりずるり、ラインアークの二つそびえるメインタワ―の間から少しづつ染み出してくる。
「信じられない!」と、誰かがぽつりと口にする。
「なんでだ! カブラカンやアンサラーと戦った、なんて、そんな記録は無いはずだ! どこから出てきた!」

最強の敵を奪われたことに世界が激昂しているのか。
あるいは恐怖を感じているのかもしれない。もしかしたらこの夢を壊されてしまうのではないか、と、世界が。
その動揺が妄想にまで達しているのか、見たこともないはずの兵器を次々に生み出していく。
ともかくあせっているのは確かだろう。あんまりあせって全戦力を投入したもんで、扉は大混雑だ。
そして始まる最終決戦。
いち早く扉を抜けた自立兵器とノーマルの群れ。
砂漠と海面に漂う流氷にのって、サイレントアバランチがちくちくといやらしくも遠距離攻撃を放つ。
鉄の爆ぜる戦場は、まるで祭りのように、仰々しく絢爛豪華に騒ぎ立つ。
ジェネレータをやっとで再起動したエイとメイ。そしてウィン・D。
飛び交うミサイルに弾丸に有象無象。敵も味方もあったものではないぐちゃぐちゃに入り乱れての攻防。
血沸き、肉踊り、魂が焼け、機械がはしゃぐパレードは、その一切が動々と、もはや動かぬモノなどありえなく、コンクリート製のハイウェイすら波を打っている始末。

だから、誰も気付かない。
この動的空間で唯一。
例外的に、ほぼ無傷のままに動きを止めたホワイトグリントへと近づく……。
ただ一発の弾丸によってアーキテクトに取り戻された、主不在の白い羽は、まるで世界に置き去りにされたかのようで。
彼は、そんな白い羽を一瞥、胸に去来する感情を抑え込みながら歩を進めた。
ホワイトグリントのリンクス。
古い英雄(オールドヒーロー)。
それは、まぎれもなく、別世界より去来したまるでイレギュラーな――――
 
     /* →???

「やれやれ、本当に遠くに来たものだ。なあ、ホワイトグリント」
シートに座り、“繋がる”。初めて乗る機体には、なぜか懐かしさがひしめいていた。
どうして、“あいつ”は機体にホワイトグリントと名付けたのだろうか。と、意味なき事を夢想する。
そしてそれは自分にとってとてもポジティブな事のように思えて、光栄を感じた。まあ、うぬぼれにすぎないが。
それも考えようによっては、あれも捉えようによっては、と、その一切が自分のさじ加減に依存するわけだが、気分はいささか上向いた。
―――まあ、いいさ。
名前に関する疑問の真の答えはこれからの楽しみに取っておこう。いつか、また会うその日まで。
「借りるぞ」
と。私はこの世界にはいないホワイトグリントの主に断りを入れる。

ふう、と深呼吸をひとつ。
蒼色の光が複眼に燈る。クランクが回り、回転翼が唸りをあげる。
この機はすでに首輪付きの負感情存在から切り離されている。
先の、創造主(アブ・マーシュ)からの強引な鹵獲ウィルスはその役目を終え、とうに電気に溶けていた。
首輪付きが番人としてこの場に生みだし、現アーキテクトが引っこ抜いたこいつは、この夢の中で唯一、どっちつかずの宙ぶらりんな存在であった。

ことほど左様に、私に相応しいものはない。
いける。どこまでもいける。
動く。動かせる。
私なら、間違いなく動かせるのだ。
ごうんごうん、と。どくんどくん、と。
止まっていた心臓とジェネレータがリンクする。
光子が入り乱れ、バチバチ稲妻が駆けるなか、ホワイトグリントは急速に光の球膜を形成していく。
それはまるで光でできた繭のようで。
飛び交う粒子はただひたすらに美しく、私はゆっくりと、地に着いた膝を上げるのだ。
立ち上がる。
上を向く。

―――再起動。

回線を開く。
「やれやれ。“ホスト”が“君”で本当によかったよ。――ああ、今は、アブ・マーシュと呼べばいいのかな?」
答えて向こう側。
≪――あなたは……≫
スピーカーから声。時の経過を感じる声だった。
パキン、と氷が割れる感覚が世界を覆った。

     ◇

それはいつか滅びたコロニーのどこか。

 ――今の相棒はどうだい?
 「いいやつだよ。お前みたいな、掛け値なしのお人よしでさ。それに」
 ――それに?
 「それに何といっても弱いんだ。あなたと違ってね。」

それが可愛らしいとでもいうような、慈愛を含んだ声音。
言いながら彼女は笑った。笑って、いたと思う。彼女はつづけた。

 「あなたは半端に強すぎた。“心”も“体”も。
  だから、誰も手助けどころか寄り添うことすらできなくて、結局、あなたは折れてしまったけれど。彼は。ダンは違うわ。強くない。全然まったく強くないの。むしろ弱いのよ。誰よりも。支えてやらなきゃそもそも立っていられないってほどにね、すぐ潰れてしまうのよ。けどね、潰れたところで、また膨らむの。アイツ。ダンは知っているんだよ。いや、学んだのかな。一人では何もできないってことをね。おかげで私は頼られてばかり。忙しいったらないわ。無茶に次ぐ無茶。さっきだって。そんな無茶があったばかり。
  でも楽しい。ああ、その。うん。本当に楽しいよ。
  私はね。楽しみなんだ。彼がどこまでいけるのか。興味があるのよ。
  あなたがいけなかったところに、ダンは踏み込んでいるのだわ。
  だから。
  だから、さよなら。
  私はあなたを忘れないわ。」

  ――ああ、さようなら。

     ◇

そうして。
一秒にも満たない会合(ノイズ)で、親愛なる決別とともに、私は彼女と繋がった。
全線オンライン。今だけの、この夢の中だけの、時超えた奇跡のリンク。
動き出したホワイトグリントに戦々恐々の子供たち。
こんにちは未来の英雄たち。
私は彼女から受け取ったIFFを起動する。
意識片隅のマップからウィン・Dと、それから愉快な英雄たち(エイメイダン)を示す赤点が消え、新たに点る味方シグナル。
では、挨拶を兼ねて自己紹介を。
「こちらホワイトグリント。ジョシュア・オブライエンだ」
すかさずアブ・マーシュが味方であるとの注釈をつけ、私はSoMの甲板に降り立った。

物語を動かすイレギュラー。
かつて世界を救えなかった私であるが、今度こそ。救ってやろうと覚悟する。
それは全人類には程遠い、たった一人。
これは報いだ。
最初で最期の――

「共に勝利を」


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