Written by えむ
AMSとの接続が終わり、シミュレーターを通して正面の風景が目に浮かぶ。砂漠に埋もれた都市部。旧ピースシティエリア。それが今回の戦場だ。
「…………」
すでに戦闘は始まっている。だが、イリアは戸惑っていた。
相手が珍しいタンク乗りだと言う事は知っている。さらに相手に合わせた武器選択をしてくることも、噂でだが知っていた。
では、なぜ戸惑ってしまったのか。それは言うまでもなく、相手の装備と動き方にあった。
左手にインテリオル製レールガンRG03-KAPTEYN。高機動を相手にするのなら、弾速の早いこの武器のチョイスは正解と言えるだろう。問題は残る武装が全てグレネードと言う事だ。右手にNUKABIRA。両背にOGOTO。普通に考えれば、高速機相手に使う装備ではない。
とはいえ、奇策を巡らせてくる相手だ。きっと何か考えがあるのだろう。
むしろイリアが一番戸惑っている要因は、相手がその場から全く動こうとしないことにあった。対ネクスト戦において、その場から動こうとしないとか、イリアからすれば信じられないものだったのだ。いくら、こちらがブレードしか使わないとは言えだ。
だが、待っても相手が動く様子はない。それなら、こちらから飛び込むしかない。
「行くよ、シルバーエッジ」
意を決してシルバーエッジを飛ばす。地上は走らない。幾ら機動力があるとは言え、グレネードの爆風による範囲攻撃は回避しづらいものだ。だが空中なら、直撃しない限り爆発することない。まして弾速の遅いグレネード、至近距離でもない限りは当てられない自信もあった。
距離を縮めていく。距離はミドルレンジ。ライフルとかの撃ち合いが出来る距離だ。
「……っ」
相手の機体フォートネクストの背中にあるOGOTOと左手のレールガンがこちらに向けられていることに気がつく。レールガンの衝撃で怯ませ、そこにグレネードを叩き込む算段だろう。だが、単発系の攻撃ならば、やはり回避することは難しくない。
レールガンとグレネードキャノンの砲身の向きを「よく見て」、その射線からわずかに機体を逸らす。放たれた一撃がギリギリで、だけど確実に当たらない絶妙な位置調整。わざと相手の空撃ちを誘い、その隙に距離を詰める算段だ。
直後、グレネードが放たれた。
「…え?」
レールガンより先に放たれるグレネード。意図がわからない。当たる確率の低いグレネードを先に撃ってどうしようというのか。
あえて意味不明な行動を取ることで動揺でも誘おうとしているのだろうか。奇策を得意とするのであれば、心理戦を仕掛けてきたとしても何も不思議はない。何かあるのではと疑念を持てば、それだけで動きは鈍りかねないのだ。
「迷わない。思ったとおりに突き進むだけ!!」
余計な考えは捨てる。相手の攻撃は当たる軌道ではない。それなら、気にせず前に進めばいい。
フォートネクストのグレネードが予想通り脇をすり抜けていく。やはり当たらなかった。見切りは成功。さらにシルバーエッジを前へと進める。
直後。
背後からの炸裂音と共にシルバーエッジが大きく揺れた。
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「まずは一撃。まさか初撃が決まるとは思わなかったな…」
爆風に呑まれるシルバーエッジの姿を確認しつつ、レックスは次の攻撃に備える。十八番と言えるグレネード弾狙撃による空中炸裂。まさか初撃が決まると思っていなかったレックスは少しだけ呆気に取られていた。動きの早い相手には良く使う手と言うのもあって、確実に対策をしてくると思っていたのだ。
だが当たった。逆に予想外だったが、そこから導き出せる事もある。
「参ったな…。向こうはぶっつけ勝負を挑んできてるのか…」
ちょっとだけ申し訳ない気分になる。こっちは相手を研究し尽くす勢いで調べたと言うのに。実戦ならともかく、シミュレーターでの戦闘でこれはなんだかフェアじゃない気すらしてくる。
言い換えればハンデを与えられたようなものだ。最も、それで100%勝てるかと言われれば、首を縦には振れないのだが。
「…まぁ、いいさ。それならそれで有効活用させてもらおう」
いずれにしても、よく使う手の内のほとんどが相手はわからないということだ。それならそれで付け入る隙は多い。それでも、レックスはすで大きな実力差すら感じていたりもしていた。
射線が読まれていた。ランクマッチ等の戦闘記録からも、相手の回避能力が高いことはわかっていたが、こうして目の当たりにすると、どれだけ反則じみた物かはよくわかる。高速環境下で目まぐるしく風景が変わる中で、砲身の向きや武器の状態から攻撃のタイミングやどこを狙っているかを見出すのだ。そして瞬時に対応する。そんな芸当、そうそう出来るものではない。
まぁ、自分に出来ないことをやる気は全くないし、やれることを使って勝ちにいくだけではあるのだが。
「さて、問題は次からか」
爆発に巻き込まれたシルバーエッジが、爆煙の中から飛び出してくる。いくら防御力が高くはない軽量機とは言え、一発二発で沈むほどやわではない。それがネクストと言うものだ。
そして、グレネード空中炸裂と言う手段は相手に知られた。むしろ、本番はここから。相手が懐に飛び込まれるまでは、一方的にこちらが攻撃できるチャンスであり、どれだけのダメージを与えられるかが、今回の勝負の分け目でもある。
「…もう一発当てれたら、御の字だけど。さて当たるかな―――」
そう呟きながら、次の攻撃へと移る。実際、レックスの予感は的中していた。
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グレネードが飛んで来る。真正面、直撃コース。
その一撃をイリアはあえて後ろへと下がって回避する。その直後、正面でグレネードが爆発する。爆発のタイミングを早め、爆風に自分から飛び込むように仕向けてきたようだ。
「…グレネードってこんなに怖いものだったっけ…」
内心冷や汗をかきつつ、爆発が落ち着くやシルバーエッジを前へと進める。最初の一撃をもらって以降、シルバーエッジは空中で炸裂するグレネードをことどとく凌いでいた。爆風を少しもらったりすることはあったが、いずれも中心部に近い位置ではなく外縁部。ダメージとしては、ほとんどノーダメージだ。
ただ、それでも攻撃の際に感じるプレッシャーはこれまでのものとは違っていた。なにもないところで突然爆発して、こちらを巻き込もうとしてくるグレネード。さらに射線が読まれていると気づいたのか、相手はとんでもないことまでしてきた。
砲身をフラフラと揺らしながらOGOTOを撃ち始めたのだ。少しくらい狙いがずれても直撃ではなく爆発を当てるのが狙いだからこその戦法だろうが、それゆえにイリアにとって対応しづらいものとなってしまった。
左よりか、右よりか。それとも正面か。発射されるまで狙っている位置が読めない。法則性でもあるのかと思いきや、そうでもなく完全にランダムな動き。そして爆破タイミングまで変えてくる手の入れよう。まだある程度の距離があるからこそ避けられているが、確実に相手のペースに飲まれている事は確かだった。
「…むぅ…」
今の自分は砲身の向きでどこを狙っているか読めるようになっている。訓練もこなし、精度もあがったし、それこそ無意識でも注目できるようにまでなったほどだ。だがそれゆえに翻弄されてしまっている気もする。
流れは少しずつ相手に傾きつつある。しかし、それはまずい。
「……こういう時こそ、慌てない…」
自分に言い聞かせ、グレネードによる攻撃に振り回されつつも出方を伺う。やがて2~3回ほど回避を続けたところで、イリアはあることに気がついた。
「揺らし撃ち(勝手に命名)」は、グレネードは狙いがアバウトでも爆発で当てれるからこその攻撃だ。だがその攻撃の起点となっている武器はグレネードではなく、レールガン。グレネードをメインに攻撃してくるため、そちらを特に警戒していたわけだが。
「なんだ、そういうことか…」
突破口は見えた。本当に警戒すべきなのはレールガン。そちらは正確に狙わないと当たらないのだから。不安定な撃ち方などするはずがない。爆破のタイミングもレールガンの攻撃タイミングで計ればいいだけのことだ。
「さぁ、今度は、こっちの番だよ…!!」
イリアは再び距離を詰めるべく、シルバーエッジのオーバードブーストを起動。斜め上の位置から急降下する勢いで、フォートネクスト目掛けて突撃を仕掛けた。
言うまでもなく、それを迎撃しようとするフォートネクスト。例によって揺らし撃ちを仕掛けてくるが、イリアの視線の先にあるのはOGOTOではなく、レールガンだ。
グレネードが放たれる。射線とか気にせず回避。ともかくレールガンの射線をチェックする。
…狙いの位置がグレネードが逸れている?
「……!!」
咄嗟に機体の進行方向を横へと逸らす。グレネード弾とは比較にならない超高速弾がシルバーエッジを掠めていく。―――直接狙ってきた。
「危なかった…」
さきほどまでのようにOGOTOに気を取られていたら、きっと当たっていたことだろう。だが当たらなかった。自分の考えは正しかったようだ。次の攻撃までの時間は、数秒。だが、ようやく自分の間合いに相手を収める事が出来た。
そのまま降下し、地面に軽く着地。そして地面を蹴って跳躍し、空中で慣性のみを使ってターンをし、フォートネクストの背後をとる。
「…っ?!」
フォートネクストが右肩越しに腕だけを後ろへ向けてNUKABIRAを放つ。それを紙一重で避けるシルバーエッジ。
「対応した!?」
『前にいないなら後ろしかないからな…!!てか、これでも避けるか!!』
「腕がこっちの動きを追ってたのはちゃんと見えてたもの!!そして、隙ありだよっ」
クイックターンでこちらを振り返るフォートネクストだが、シルバーエッジはすでにレーザーブレードを振りかざしていた。
まずは右腕による斬撃を一撃。狙うのは左腕のレールガン。腕ごと持っていくつもりだったが、咄嗟にフォートネクストはレールガンを手放したことで武器破壊だけに終わる。
攻撃はまだ終わらない。続けて左腕のレーザーブレードで胴体部を狙う。距離はあまりにも近い。両背のOGOTOはもちろん、NUKABIRAも砲身が長いため、逆に張り付いたシルバーエッジを狙う事は―――。
「う…!?」
直感的に機体を左へと大きく振る。一瞬遅れて、火薬の炸裂音が響き、シミュレーターのモニターに機体の一部が破損したことを知らせるメッセージが表示する。
それを確認するより先に、敢えてシルバーエッジを後ろへと後退させる。グレネードの追撃も怖いが、それ以上に今その場にいてはいけないと言う気持ちがあったのだ。
『ちっ、浅かったか…』
少し残念そうなレックスの声。見ればシルバーエッジ右腕の、肩から下の部分が綺麗に吹き飛んでいた。そしてフォートネクストの左腕には―――
「射突ブレード…!!」
『そっちが近接戦特化だってわかってたからな。だったら仕込んでおくのは当然だろう? タンクなんだからな』
「は、はははは。そうだね。でも、まだ終わってないからね」
そう、まだ終わってはいない。機体状況は一気に赤になっているが、まだ動けるレベルだ。あと一撃グレネードにも耐えれない程度だが、それでも動ける。レーザーブレードも一本も残っている。
『最後の最後まで勝負はわからないからな。さぁ続きといこう』
フォートネクストが静かに両背のOGOTOを展開する。撃ってこない所を見るとブレードのために飛び込むところへのカウンター狙いということか。
勝負は2発。グレネード2発を回避しきれば、フォートネクストは無防備も同然だ。リロード前に飛び込んで切り刻む事が出来る。
「いくよ…!!」
クイックブーストを吹かし前へと跳ねる。
フォートネクストがOGOTOを放つ。前へと進みながら身をかがめ、くぐるようにしてかわす。砲身の向きから直撃狙いなのは確実だった。爆発だけでは止めきれないと考えたのだろう。
2発目が放たれる。かがんでいた状態から跳躍し、飛び越えるようにかわす。
「とったよ!!」
フォートネクストに迎撃することはもはや不可能だった。武器切り替えをするにしても、OGOTOの砲身がたたまれる間に懐に飛び込まれてしまうのは、誰の目にも明らかだからだ。
これで勝負は決したか。誰もがそう思う。だがレックスは切り札をしっかり隠し持っていた。
『甘いっ』
「強制パージ?! くっ!!」
右背のOGOTOを強制パージ。それと同時にNUKABIRAを向ける。
武器変更に伴う時間をパージすることで強引にカットしたのである。砲身の先には、こちらに飛び込んでくるシルバーエッジ。
砲声が響く。NUKABIRAから放たれるグレネード弾をシルバーエッジがクイックブーストで避ける。
『この距離でかわすか。だが…!!』
「さらに、もう一連射?! でも…っ」
攻撃を避けたとわかった瞬間。フォートネクストはNUKABIRAをパージ。格納からSAKUNAMIを取り出し、さきほどよりも距離を詰めているシルバーエッジ目掛けて撃ち放つ。
次弾装填の時間をするよりも、パージして格納武器を取り出し構える方が時間は短い。そこに目をつけたが上のインファイト向けの奇策(とっておき)だ。
まさかの3連射どころか4連射。リロードタイムを無視した連続攻撃に驚きつつも、イリアの心は落ち着いていた。
『…な……?!』
グレネード弾がシルバーエッジをすり抜ける。いや、すり抜けたように見えた。実際には、直撃の瞬間にクイックターンを行い、受け流すように避けたのだ。狙いが機体中心でなかったことに、僅かな間に気がつき、それこそ思い付きを即実行に移した結果。
一瞬でもタイミングがずれれば直撃しかねない神業とも言える回避に、誰もが言葉を失う。その間にも時間は進む。
クイックターンの勢いのまま機体が回るも、その状況はイリアにとって申し分のないものだ。なぜなら最大の攻撃へと繋げられる布石なのだから。
「これで私の勝ちだよ!!」
『…っ!!』
シルバーエッジの左腕のレーザーブレードが二度、続けざまに煌いた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「参考になったかな?」
「なりました。いろいろ話してくれてありがとうございます」
オーダーマッチ終了後。イリアとレックスは近くの休憩所にて言葉を交わしていた。そもそもの発端は、レックスがイリアの戦い方に対して既視感を覚えたと告げたのが始まりで、レックスはイリアの知っているテペスと交戦していたことが明らかになったのである。
そして、その件について詳しく話してもらうため、場所を変えて今に至っていた。
「それは良かった。しかし軽く噂には聞いてたけど、ここまでとはなぁ。最後の一撃は確実に当たると思ってたんだが」
「もう一度やれって言われても確実に出来る自信はないですけどね」
「SAKUNAMIの砲身がシルバーエッジの中心軸を捉えてたわけじゃなかったから。もしかしたら行けるかなって」
「……あの状況でも、そこまで見てたのか。すごいな…」
「私はレックスさんも相当なものだと思うけどなぁ」
正直なところ。タンク機相手に、ここまで追い込まれるとはイリア自身思ってもいなかった。甘く見ていたわけではないのだが、予想をはるかに越えていたのは間違いない。
「そこは、ほら。こっちは前もって色々そちらの勉強をして来た上での策だったからな。そっちは前知識なしでここまで来て勝てたんだ。誇りに思っても、誰も文句は言わないだろ」
「あ、ありがとうございます」
「まぁ、正直な話。ブレオンだったから読みやすかったってのもあるが。射撃装備は使わないのか? 君ほどの実力があるなら、さらに化けれると思うんだけどな。ブレードだけだと攻め方のパターンが限られるから、そのうちやりづらくなると思うぞ、たぶん」
「やっぱり、そう思いました?」
イリアの言葉に、レックスは小さく頷いた。イリア自身、少し気にし始めていることではあったのだが、こうして言われるとますます実感として出てくる。
「上位リンクス相手には通用しなくなるかもな。あと、同じ装備で来るなら僕も次は完封できる自信がある」
「…完封って。どうやって…?」
「肩に追加ブースターのっけて回りこみ対策をした上で、背中にスラッグ&コジマキャノン」
「うわぁ……」
確かに完封されるかもしれない。その装備をしたレックスに今の装備で挑んだら。なるほど「2度目が本気」と言うのは、こういうことか。となんとなく意味を理解するイリアであった。
「まぁ、武装を変えても。それを前提に組むけどな」
「だったら、その上で私はレックスさんを落としてみせますよ」
「簡単にはいかないとだけ言っておくよ」
不敵な笑みを浮かべるイリアに、レックスも笑いながら答える。
そして、ふと…イリアはあることを思い出し、一つ聞いてみることにした。実際に戦ってみて、改めて思った疑問だ。
「最後にレックスさん。なんで今のランクなんですか? どう考えても上位クラスなのに」
「……あー。…誰にも言わないって約束できるか?」
「え?あ、うん。約束する」
「いつもコンビ組んでるリンクスがいるの知ってるよな。ランク25と26だったっけ」
「知ってます。確か、ウィスさんとイェーイさんですよね」
「つまりそういうことだ」
「はい?」
「まぁ、ただのこだわりってことで頼むよ。ただ僕もパートナーがいるからさ」
意味がよくわからず首を傾げるイリアに、レックスはただ笑っているだけであった。
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その後。非公式に数回のオーダーマッチが行われたとの記録がある。それによれば、戦績はほぼ互角で、いずれも勝ったり負けたりの好勝負だったとされている。
THE END……
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☆作者の一言コーナー☆
えむです。というわけで、お待たせしました。自作新旧主人公によるランクマッチ戦です。結果は、本編でネタバレもいいところですが、いかがだったでしょうか。
本編でレックスがやっているパージ連射ですが、実際ゲーム中でもリロード待ちよりは早く撃つことが出来ます。理論上は6連射まで可能。まぁ実用性はほぼないでしょうが、そこは小説補正と言う事でw
さて、次の予定は完全にないため、しばらくAC小説はお休みになると思います。次あるとしたら、ACVでしょうか。まぁ、書くかどうかはその時にならないとわかりませんが・・・。
いずれにしても、ここまでお付き合いしていただきありがとうございましたっ。