#author("2017-08-25T23:20:43+09:00","","") [[小説/長編]] #setlinebreak Written by 雨晴 ---- 「見たか」 「・・・ええ」 「どうする?」 修理が終わり、パージしてしまった装備も揃い、いつでも動けるネクストを前に二人の男女が会話する。 男の顔色は芳しくなく、ただネクストを見上げていた。セレンが気遣う。 「まあ、バレるのも時間の問題だったさ。あれだけ派手にやってたんだからな」 「いえ、それは構いません。ただ、迷っています」 迷い?そうセレンが訊ねれば、男はひとつ頷く。 「ORCA旅団。確かに私も、クレイドル体制には疑問を持ってはいます」 「ああ」 「それに、企業を疲弊させるまたと無い機会ですから」 「ならば、迷う要素などないのではないか?」 男が確かに、と苦笑する。 「やり方が気に食わない?」 「それもあります」 ですがそれ以上に。そう言って、セレンと視線を交わす。 「父の名を、マグリブの名を貶めるようなことにならないか不安です」 「だがORCAに参加しなければ、大嫌いな企業に手を貸すことになる」 そうですね、と俯く。 「私は、お前の選んだ道にケチは付けん。勿論助言もしないが」 「ええ、有難う御座います。セレン」 「ではな。出撃するなら連絡しろ」 セレンがハンガーから立ち去り、男一人ネクストを見上げる。 ストレイド。この時ほど、このネクストの名に皮肉めいた感想を抱いたことなど無かった。 リリウム・ウォルコットは割と舞い上がっていた。 モバイルが突然受信したメッセージに対して15秒で返信を済ませ、偶然カラード本部に居たこともあって待ち合わせの場へ急いでいる。 超高層ビルの1階に設けられたオブジェを見上げる、スーツ姿の男が居た。舞い上がっていた気持ちを切り替える。声をかけた。 「ハイン様」 すぐに振り返った男がこんにちは、と微笑みかけたことで、平静を保とうとしていた心が音を立てて崩れ落ちる。 「突然申し訳ありません、リリウム。あなたがカラードに居ると聞いたもので」 迷惑でしたか?と尋ねてくる男に、そんな訳無いです、と全力で否定。良かった、と嬉しそうな笑顔。 「では、行きましょうか」 こちらです、と自然に手を握られる。 「は、はい」 目的地に到着するまで、リリウムの心拍数は最高速をマークし続けていた。 彼の言うお店はがらがらで、窓際の席で二人、夕食を共にする。 「あ、美味しいです」 彼のおすすめだという料理は文句なしに美味しかった。普段は栄養食しか食べないので、この機会にと味わっておく。 「それは良かった。ダン・モロに感謝ですね」 「ダン・モロ様?」 「独立傭兵の方です。私のカラード登録初期に、一度お世話になりまして」 ダン・モロ様、ダン・モロ様。少し派手な機体に乗ってらっしゃる、あの方だろうか。 「良い方です。少し、突拍子無いところがありますが」 「そうなのですか。一度お会いしてみたいです」 スープを頂こうと、スプーンに手を付ける。 「っ!」 思いのほか熱かった。むせていると、彼が大丈夫ですか、と苦笑しながら水をくれる。非常に恥ずかしい。 「・・・失礼しました」 「いえいえ。可愛らしいところが見れて良かったですよ」 「っ!」 今度は水でむせそうになり、すんでのところで食い止める。 どうしたんですか?と少し心配そうに尋ねてくる彼に、ロイ様の口から出た"天然"という言葉がちらつく。とても卑怯だと思います。 大丈夫ですから、そう言うと彼に数秒見詰められる。何か言おうと迷っている間に、彼が一つ頷いた。 「先日お会いしたときに、何となくリリウムの笑顔にウィルを思い出しましたが。やっぱり、どこか似ています」 「そうなのですか?」 ええ、と彼。 「容姿は全く似ていないのですけれど」 「えっと、例えば、どういうところがでしょうか」 うーん、と考えるような素振りをし、やっぱり、と顔を上げた。 「しっかりしているようで、案外そそっかしいところとか」 「さ、さっきのはたまたまです」 たまたま、スープが熱かっただけ。あと、思いもしない口撃にあったからだ。 なぜか、彼が驚いている。 「指摘すると、ウィルもそうやって弁解していました」 懐かしいな、と彼がスープに手を付ける。むせる様な素振りも無く、口に運ぶ。 嬉しそうに懐かしむ彼を見て、思った。 「あの、もし宜しければ、もっと聞かせて下さいませんか?」 「何をです?」 「ウィル様のこと」 一瞬考えるような表情をし、あまりお話しするようなことはありませんが、と彼が苦笑する。それでも。 「ハイン様が辛いのならば無理にとは言えませんが、私はウィル様のお話、聞いてみたいです」 本心からそう思う。でしたら、あまり面白くはありませんが。そう言って、彼が口を開いた。 「まあ、恥ずかしながら二人とも捨て子でして。結構な期間、二人でさまよいました」 彼が目を瞑り、過去を思い返すような表情に変わる。 「出身が欧州だったのでその辺りのコロニーに身を寄せたりしていましたが、その頃からあの子はしっかりしていました」 「そうだったのですか」 ええ、と首肯。 「私なんかより言葉遣いは丁寧で。2歳下でしたが、年上に見られることもたまにありましたね」 今の私なら負けませんが、と冗談めかして先に行く。 「マグリブ解放戦線の方々とは少年兵をしていた時期に出会い、それからは彼らと行動を共にしていました。勿論、ウィルも一緒に」 頷く私。 「ウィルは、私が戦場へ出ることを嫌っていました。『兄さんは優しいんですから』って言うのが口癖で」 戦争なんてすべきじゃないんです、なんて言われていました。その言葉に同意する。本当は、この人は戦争なんてすべき人じゃない。 「少し口うるさいところ以外は、本当に良い妹でした。兄さん、兄さんと後ろからついてくるので、何度仲間に冷やかされたことか」 「可愛らしい方だったのですね」 あの写真を思い出す。可愛らしい笑顔は、砂漠を背景にしても色褪せなかった。 「言葉では言い表せないくらい、本当に良い妹でした。私には、勿体無い」 そう言って、彼の視線が外を向く。遠い目。何を見ているのだろう。 「今は癖のようになってしまっていますが、私のこの口調は本来、妹のものなのです」 「え?」 ガラスの向こうを見ながら、彼が話す。 「妹との繋がりが写真だけでは嫌でした。何かを残したくて、無理矢理口調を矯正したんですよ」 「あ・・・」 何と言おうか迷っていると、唐突に彼が咳払いをしてこちらを向いた。 「僕がウィルと話すときはこういう口調だった。今になると、少し違和感があって恥ずかしいけどね」 突然の彼の変化にぽかんとしていると、彼が笑った。苦味の無い、まっさらな笑み。 「すみませんでした、リリウム。やはり私にはこちらの方が性に合います」 「・・・びっくりしました」 つられて笑う。 「あまり長々と話すことではありません。これ位にしておきますか」 「有難う御座います、ハイン様」 「いえ、そんな。私の方こそ、聞いて頂けて良かった。妹を思い返すことが出来て、懐かしかったです」 お互いにテーブルに額が付くくらい頭を下げ、どちらともなく笑ってしまう。 「食べましょう、温かいうちに」 彼のその一言に、そうですねと答えてスープに口をつける。 「っ!」 結構な時間がたった筈なのに、まだ熱いスープにまたむせる。彼が吹き出した。 テーブルに突っ伏し大笑いする彼を見て、ムッとする。でも初めて見るそれに、まあいいか、なんて思える。 「本当に可愛らしい方ですね、リリウムは」 その言葉に再び水をむせそうになったことも、許しておくことにした。 「ではリリウム、今日は有難う御座いました」 「そんな、こちらこそ。ご馳走になってしまって」 待ち合わせに用いたオブジェの下。空は暗くなってきている。 「喜んで頂けたなら。今日はとても楽しかった」 「私も楽しかったです、ウィル様のお話も聞けましたし、とても良い夕食でした」 「リリウムのそそっかしいところも見れましたしね」 意地悪く笑う男に、リリウムが赤くなりつつ、あれは違うんです、と怒る。笑顔でたしなめる男に、もう、と返した。笑顔。 「もし良ければ、またお食事に誘っても?今度は、お詫びやお礼は抜きで」 「勿論です。是非」 では失礼します、とエレベーターへと向かう彼女。 男はその後姿を、最後まで見守っていた。決して容姿は似ていない妹に、その姿を重ねながら。 メモリスティックには、連絡先も用意されていた。操作し、繋ぐ。音声通信。 『カラードのリンクス。連絡を待っていた』 聞こえてきたのは、若い男の声。どこかで聞いた覚えがあるが、思い出せない。 「あなたがテルミドール?」 『そうだ。ORCA旅団の団長を務めている。それで』 君の答えを聞こう。その言葉に、ひとつ息を吐く。 「私を選んで下さったこと、それには一言礼を言わせて下さい。ですが」 『参加の意思は無い、と?』 その通りです、と肯定。ふむ、と考えるような間が出来た。 『理由は?』 理由、理由か。いくつもあるが。私の口調を、改めて噛み締める。妹が、そこに居る気がする。 「昔亡くした妹を思い返していたら、クレイドルを落とすなんてことは出来ない。それが一番の理由ですね」 『成る程。しかしそれだと、これまでの君の所業はどうなる?』 「確かに。ですからこれ以上人を殺める前に、戦争から身を引こうかと」 結局、戦う理由は見出せなかった。強いて言うのであれば、そんな中途半端な状態で人を殺せない。そんな答えか。 一拍。 『では、一つ情報を開示しよう。君が戦争に身を置かなければならないような』 「・・・何ですって?」 想定していなかった相手の返しに、つい眉間に皺が寄ってしまうのを自覚する。 『我々は、クレイドルを落とすためだけに戦うのではない』 扇動家は、高々に告げる。 『人類を壊死から救う為に、その害悪を取り除く。その為に戦うのだ』 何を言っているんだ、そう思う。すると、端末がデータを受信した。 「・・・これは?」 『アサルトセル。かつて企業が敵対者の宇宙進出を拒む為だけに配備した、無人兵器』 アサルトセルと呼ばれた兵器が映し出される。地球を取り巻く姿。 『これが為に人類は閉塞し、この惑星で壊死を迎えようとしている』 「・・・これを破壊するのが、貴方達の?」 そうだ、テルミドールが言う。自信に満ちた声。 『戦う理由は見つかるかな?ハイン・アマジーグ』 突然本名を呼ばれ、驚く。 『妹を引き合いに出す必要は無い。何の為に戦うのか迷っているそうだが、君は、父に貰ったその名前が戦う理由にはならないのか?』 問われ、考える。アマジーグの名。それは、正義の代名詞。 正義? 「・・・それを破壊する為に、クレイドルが落ちる。そうすれば、数十億という人間が死にます」 『だが、企業はこの惑星を汚染し尽くした。遅かれ早かれ、地上には終わりがくる』 「それでもクレイドルは在ります。私にとってアマジーグの名は、正義を意味する。汚すことは出来ません」 『正義?』 嘲笑。 だが、否定できない自分も居る。 『正義か悪か、など。確かに我々も正義とは程遠いが、ならば果たして企業は正義なのか?さて、どちらが悪だ』 考えてみたまえ、そう言って、連絡は途切れた。数秒呆然とし、項垂れる。 送信されてきたデータに、アルテリア・カーパルス襲撃作戦の資料が載せられていた。連絡先もある。 アルテリア・ウルナは襲撃されたらしい。彼らは本気だ。本気でクレイドルを落とし、アサルトセルとやらを破壊しようとしている。 あの自信に満ちた声は、きっとそれを成せるだけの戦力があるからだろう。 数十億人を巻き込む戦争がある。 父ならば、どうするだろうか。片方は"人"を守り、片方は"人類"を守る。 テルミドールの言う通り、戦わないなんて甘い選択肢は失われたと思う。私には力がある。あとは、どちらに就くか。 ベットに寝転がり、視線をフォトスタンドへ。ウィルの笑顔はもう喪われていて、守ることは出来ない。 目を瞑る。カーパルス襲撃の決行日は、3日後。それまでに意味を見出さなければ。 そんな可笑しな義務感に苛まれながら、意識は吸い込まれていった。 ---- now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:20000くらい+&counter(total); ---- **コメント [#x0d2f66a] - 雨晴です。一昨日ぶりです。リリウムさんとのお食事会のターン!と言うことで全力投球。うふふ。最後の輝美さんとのお話は次回まで持ち越し=次回にはどのルートか確定します。次回もちょっぴりリリウムのターン!wでは、また明日or明後日に・・・ -- [[雨晴]] &new{2009-07-27 (月) 00:20:36}; - 更新乙です!リリウムよりもハインに萌えた…。ハインがどんな答えを導き出すのか…完結編も楽しみにしています! -- &new{2009-07-27 (月) 00:42:02}; - 更新乙ダルヴァ! ・・・対リリウムお食事は取り敢えず2828させていただきましたが。 ・・・ハインくんが一体どんな答えを出すのか・・・期待させて貰うとしよう。 -- &new{2009-07-27 (月) 02:17:09}; - 待ってましたー。お疲れ様です。リリウム可愛すぎw -- &new{2009-07-27 (月) 13:20:46}; - 主人公がどちらのルートを選ぶのか、読んでるこっちまで一緒に悩んじゃうくらいの臨場感があります。続きが楽しみです! -- &new{2009-07-27 (月) 13:59:51}; - リリウムかわいいよリリウム。しかしハインさんもかわいいとかどういう事・・・w -- &new{2009-07-27 (月) 17:16:31}; - 次回ルート決定ですか!楽しみです、待ってます -- &new{2009-07-27 (月) 22:08:58}; - この主人公なら虐殺ENDはなさそうだな・・・安心して見れますなww -- &new{2009-07-28 (火) 11:37:42}; - どっちもかわええwwww -- &new{2009-07-28 (火) 11:55:45}; - なんかそれぞれのルートを書いてほしいです。無理ですかね? -- [[Unknown]] &new{2009-07-28 (火) 12:17:14}; - 感想有難う御座います、各所修正しました。 >それぞれルート 折角ここまで引っ張ったので、正直答えは一つに自重しようと思ってはいます。兎にも角にも一度完結させてからの話ですが・・・ と言う訳で10話はほとんど完成してますので、今日の9時頃にはアップ出来るかと思います。その時はまた、よろしくお願いします・・・ -- [[雨晴]] &new{2009-07-28 (火) 17:32:24}; - 細かいとこですけど、スープは啜るものではありません。スプーンを使って流し込むものです。スープを啜るのは食事における代表的なマナー違反の一つですよ。 -- &new{2010-06-28 (月) 17:22:24}; - 細かいな、めんど -- &new{2011-11-06 (日) 22:36:36}; - 興味本位で虐殺ルートに入ったワイ、無事死亡 -- &new{2014-09-19 (金) 04:39:59}; #comment ---- RIGHT:[[小説へ戻る>小説]]