小説/長編

Written by 雨晴


「見たか」
「・・・ええ」
「どうする?」

修理が終わり、パージしてしまった装備も揃い、いつでも動けるネクストを前に二人の男女が会話する。
男の顔色は芳しくなく、ただネクストを見上げていた。セレンが気遣う。

「まあ、バレるのも時間の問題だったさ。あれだけ派手にやってたんだからな」
「いえ、それは構いません。ただ、迷っています」

迷い?そうセレンが訊ねれば、男はひとつ頷く。

「ORCA旅団。確かに私も、クレイドル体制には疑問を持ってはいます」
「ああ」
「それに、企業を疲弊させるまたと無い機会ですから」
「ならば、迷う要素などないのではないか?」

男が確かに、と苦笑する。

「やり方が気に食わない?」
「それもあります」

ですがそれ以上に。そう言って、セレンと視線を交わす。

「父の名を、マグリブの名を貶めるようなことにならないか不安です」
「だがORCAに参加しなければ、大嫌いな企業に手を貸すことになる」

そうですね、と俯く。

「私は、お前の選んだ道にケチは付けん。勿論助言もしないが」
「ええ、有難う御座います。セレン」
「ではな。出撃するなら連絡しろ」

セレンがハンガーから立ち去り、男一人ネクストを見上げる。
ストレイド。この時ほど、このネクストの名に皮肉めいた感想を抱いたことなど無かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
リリウム・ウォルコットは割と舞い上がっていた。
モバイルが突然受信したメッセージに対して15秒で返信を済ませ、偶然カラード本部に居たこともあって待ち合わせの場へ急いでいる。
超高層ビルの1階に設けられたオブジェを見上げる、スーツ姿の男が居た。舞い上がっていた気持ちを切り替える。声をかけた。

「ハイン様」

すぐに振り返った男がこんにちは、と微笑みかけたことで、平静を保とうとしていた心が音を立てて崩れ落ちる。

「突然申し訳ありません、リリウム。あなたがカラードに居ると聞いたもので」

迷惑でしたか?と尋ねてくる男に、そんな訳無いです、と全力で否定。良かった、と嬉しそうな笑顔。

「では、行きましょうか」

こちらです、と自然に手を握られる。

「は、はい」

目的地に到着するまで、リリウムの心拍数は最高速をマークし続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
彼の言うお店はがらがらで、窓際の席で二人、夕食を共にする。

「あ、美味しいです」

彼のおすすめだという料理は文句なしに美味しかった。普段は栄養食しか食べないので、この機会にと味わっておく。

「それは良かった。ダン・モロに感謝ですね」
「ダン・モロ様?」
「独立傭兵の方です。私のカラード登録初期に、一度お世話になりまして」

ダン・モロ様、ダン・モロ様。少し派手な機体に乗ってらっしゃる、あの方だろうか。

「良い方です。少し、突拍子無いところがありますが」
「そうなのですか。一度お会いしてみたいです」

スープを頂こうと、スプーンに手を付ける。

「っ!」
思いのほか熱かった。むせていると、彼が大丈夫ですか、と苦笑しながら水をくれる。非常に恥ずかしい。

「・・・失礼しました」
「いえいえ。可愛らしいところが見れて良かったですよ」
「っ!」

今度は水でむせそうになり、すんでのところで食い止める。
どうしたんですか?と少し心配そうに尋ねてくる彼に、ロイ様の口から出た"天然"という言葉がちらつく。とても卑怯だと思います。
大丈夫ですから、そう言うと彼に数秒見詰められる。何か言おうと迷っている間に、彼が一つ頷いた。

「先日お会いしたときに、何となくリリウムの笑顔にウィルを思い出しましたが。やっぱり、どこか似ています」
「そうなのですか?」

ええ、と彼。

「容姿は全く似ていないのですけれど」
「えっと、例えば、どういうところがでしょうか」

うーん、と考えるような素振りをし、やっぱり、と顔を上げた。

「しっかりしているようで、案外そそっかしいところとか」
「さ、さっきのはたまたまです」

たまたま、スープが熱かっただけ。あと、思いもしない口撃にあったからだ。
なぜか、彼が驚いている。

「指摘すると、ウィルもそうやって弁解していました」

懐かしいな、と彼がスープに手を付ける。むせる様な素振りも無く、口に運ぶ。
嬉しそうに懐かしむ彼を見て、思った。

「あの、もし宜しければ、もっと聞かせて下さいませんか?」
「何をです?」
「ウィル様のこと」

一瞬考えるような表情をし、あまりお話しするようなことはありませんが、と彼が苦笑する。それでも。

「ハイン様が辛いのならば無理にとは言えませんが、私はウィル様のお話、聞いてみたいです」

本心からそう思う。でしたら、あまり面白くはありませんが。そう言って、彼が口を開いた。

「まあ、恥ずかしながら二人とも捨て子でして。結構な期間、二人でさまよいました」

彼が目を瞑り、過去を思い返すような表情に変わる。

「出身が欧州だったのでその辺りのコロニーに身を寄せたりしていましたが、その頃からあの子はしっかりしていました」
「そうだったのですか」

ええ、と首肯。

「私なんかより言葉遣いは丁寧で。2歳下でしたが、年上に見られることもたまにありましたね」

今の私なら負けませんが、と冗談めかして先に行く。

「マグリブ解放戦線の方々とは少年兵をしていた時期に出会い、それからは彼らと行動を共にしていました。勿論、ウィルも一緒に」

頷く私。

「ウィルは、私が戦場へ出ることを嫌っていました。『兄さんは優しいんですから』って言うのが口癖で」

戦争なんてすべきじゃないんです、なんて言われていました。その言葉に同意する。本当は、この人は戦争なんてすべき人じゃない。

「少し口うるさいところ以外は、本当に良い妹でした。兄さん、兄さんと後ろからついてくるので、何度仲間に冷やかされたことか」
「可愛らしい方だったのですね」

あの写真を思い出す。可愛らしい笑顔は、砂漠を背景にしても色褪せなかった。

「言葉では言い表せないくらい、本当に良い妹でした。私には、勿体無い」

そう言って、彼の視線が外を向く。遠い目。何を見ているのだろう。

「今は癖のようになってしまっていますが、私のこの口調は本来、妹のものなのです」
「え?」

ガラスの向こうを見ながら、彼が話す。

「妹との繋がりが写真だけでは嫌でした。何かを残したくて、無理矢理口調を矯正したんですよ」
「あ・・・」

何と言おうか迷っていると、唐突に彼が咳払いをしてこちらを向いた。

「僕がウィルと話すときはこういう口調だった。今になると、少し違和感があって恥ずかしいけどね」

突然の彼の変化にぽかんとしていると、彼が笑った。苦味の無い、まっさらな笑み。

「すみませんでした、リリウム。やはり私にはこちらの方が性に合います」
「・・・びっくりしました」

つられて笑う。

「あまり長々と話すことではありません。これ位にしておきますか」
「有難う御座います、ハイン様」
「いえ、そんな。私の方こそ、聞いて頂けて良かった。妹を思い返すことが出来て、懐かしかったです」

お互いにテーブルに額が付くくらい頭を下げ、どちらともなく笑ってしまう。

「食べましょう、温かいうちに」

彼のその一言に、そうですねと答えてスープに口をつける。

「っ!」

結構な時間がたった筈なのに、まだ熱いスープにまたむせる。彼が吹き出した。
テーブルに突っ伏し大笑いする彼を見て、ムッとする。でも初めて見るそれに、まあいいか、なんて思える。

「本当に可愛らしい方ですね、リリウムは」

その言葉に再び水をむせそうになったことも、許しておくことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ではリリウム、今日は有難う御座いました」
「そんな、こちらこそ。ご馳走になってしまって」

待ち合わせに用いたオブジェの下。空は暗くなってきている。

「喜んで頂けたなら。今日はとても楽しかった」
「私も楽しかったです、ウィル様のお話も聞けましたし、とても良い夕食でした」
「リリウムのそそっかしいところも見れましたしね」

意地悪く笑う男に、リリウムが赤くなりつつ、あれは違うんです、と怒る。笑顔でたしなめる男に、もう、と返した。笑顔。

「もし良ければ、またお食事に誘っても?今度は、お詫びやお礼は抜きで」
「勿論です。是非」

では失礼します、とエレベーターへと向かう彼女。
男はその後姿を、最後まで見守っていた。決して容姿は似ていない妹に、その姿を重ねながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
メモリスティックには、連絡先も用意されていた。操作し、繋ぐ。音声通信。

『カラードのリンクス。連絡を待っていた』

聞こえてきたのは、若い男の声。どこかで聞いた覚えがあるが、思い出せない。

「あなたがテルミドール?」
『そうだ。ORCA旅団の団長を務めている。それで』

君の答えを聞こう。その言葉に、ひとつ息を吐く。

「私を選んで下さったこと、それには一言礼を言わせて下さい。ですが」
『参加の意思は無い、と?』

その通りです、と肯定。ふむ、と考えるような間が出来た。
『理由は?』

理由、理由か。いくつもあるが。私の口調を、改めて噛み締める。妹が、そこに居る気がする。

「昔亡くした妹を思い返していたら、クレイドルを落とすなんてことは出来ない。それが一番の理由ですね」
『成る程。しかしそれだと、これまでの君の所業はどうなる?』
「確かに。ですからこれ以上人を殺める前に、戦争から身を引こうかと」

結局、戦う理由は見出せなかった。強いて言うのであれば、そんな中途半端な状態で人を殺せない。そんな答えか。
一拍。

『では、一つ情報を開示しよう。君が戦争に身を置かなければならないような』
「・・・何ですって?」

想定していなかった相手の返しに、つい眉間に皺が寄ってしまうのを自覚する。

『我々は、クレイドルを落とすためだけに戦うのではない』

扇動家は、高々に告げる。

『人類を壊死から救う為に、その害悪を取り除く。その為に戦うのだ』

何を言っているんだ、そう思う。すると、端末がデータを受信した。

「・・・これは?」
『アサルトセル。かつて企業が敵対者の宇宙進出を拒む為だけに配備した、無人兵器』

アサルトセルと呼ばれた兵器が映し出される。地球を取り巻く姿。

『これが為に人類は閉塞し、この惑星で壊死を迎えようとしている』
「・・・これを破壊するのが、貴方達の?」

そうだ、テルミドールが言う。自信に満ちた声。

『戦う理由は見つかるかな?ハイン・アマジーグ』

突然本名を呼ばれ、驚く。

『妹を引き合いに出す必要は無い。何の為に戦うのか迷っているそうだが、君は、父に貰ったその名前が戦う理由にはならないのか?』

問われ、考える。アマジーグの名。それは、正義の代名詞。
正義?

「・・・それを破壊する為に、クレイドルが落ちる。そうすれば、数十億という人間が死にます」
『だが、企業はこの惑星を汚染し尽くした。遅かれ早かれ、地上には終わりがくる』
「それでもクレイドルは在ります。私にとってアマジーグの名は、正義を意味する。汚すことは出来ません」
『正義?』

嘲笑。
だが、否定できない自分も居る。

『正義か悪か、など。確かに我々も正義とは程遠いが、ならば果たして企業は正義なのか?さて、どちらが悪だ』

考えてみたまえ、そう言って、連絡は途切れた。数秒呆然とし、項垂れる。

送信されてきたデータに、アルテリア・カーパルス襲撃作戦の資料が載せられていた。連絡先もある。
アルテリア・ウルナは襲撃されたらしい。彼らは本気だ。本気でクレイドルを落とし、アサルトセルとやらを破壊しようとしている。
あの自信に満ちた声は、きっとそれを成せるだけの戦力があるからだろう。
数十億人を巻き込む戦争がある。

父ならば、どうするだろうか。片方は"人"を守り、片方は"人類"を守る。

テルミドールの言う通り、戦わないなんて甘い選択肢は失われたと思う。私には力がある。あとは、どちらに就くか。
ベットに寝転がり、視線をフォトスタンドへ。ウィルの笑顔はもう喪われていて、守ることは出来ない。
目を瞑る。カーパルス襲撃の決行日は、3日後。それまでに意味を見出さなければ。
そんな可笑しな義務感に苛まれながら、意識は吸い込まれていった。


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