小説/長編

Written by 雨晴


結局のところそれは甘えであったし、手許にあってはならないものである筈なのに。
全て失ってきた私は、この想いさえあれば良い。そう思ってきた筈なのに。
もう、後悔するのは嫌だ。だからきっと今も、捨て続けている筈なのに。

何を?

決まっている。全部だ。全部。彼女以外の、彼以外の、彼ら以外の全部。
その筈だったのに。なのに。

なのに私は、或いは僕は、それをどうしようもなく拒んでいる。

それは、なぜか。
なぜなのだろうか。
 
 
 
 
 
 
ACfA/in the end
The Jorney of Past

His whereabouts that he and she wanted at onetime
She is "his little sister" ...Who is he?
 
 
 
 
 
 
街。
とは言っても小規模なそこは、およそ近代的とは言い難い雰囲気に包まれている。
小規模なコロニーのものではその程度が関の山とも取れ、住まう人々も受け入れている。受け入れざるを得ない。
街灯は乏しく、人気も少ない。それは時分によるものでもあり、けれど昼間に賑わうでもない。

「ほら兄さん、早くして下さい」
「いや、わかってるんだけどさ」

夜明け前、街を子どもが二人。少女が少年の手を引き、少年は眠たそうにしている。

「お疲れなのはわかりますが、私ひとりでは持ちきれませんから」
「・・・今日じゃなくても良いじゃないか」
「それ一昨日にも聞きました」
「いやそれは」
「ちなみに、4日前にも聞きました」

少年の、むー、と言う顔。いいですか、と少女。

「兄さんは毎日大変とは思いますが、もうパンも無いし、ハムも無いし、何にも無いんですよ?」

困ったような顔を向けられ、逸らす。

「それは、一大事だねぇ」
「兄さんが一昨日も4日前も付き合って下さらなかったからですよ?」

ぱたぱたとふたり分の足音が響き、午前4時。吐く息も白く、ふたり分。

「・・・けどさ」
「えっとですね、一昨日の言い訳は、確か」
「うん、ごめん、走るよ」

大きく白い息を吐いた少年が、大きく息を吸い込む。少女の前に出て、グンと彼女の手を引き始めた。

「うん。それでこそ兄さんです」

少女の満足そうな笑み。足並みを揃え、ふたりで微笑む。

「ウィル、僕はホットケーキが食べたい」
「わかりました、では今晩はそうしましょう」

何だかんだで楽しそうなふたりが向かう先、非合法の移動販売。配給では事足りぬ人間の集う場所。
そもそも、彼らには身分が無い。ある筈が無い。この場所の人間ではない。
けれどそんなものが無くても、こんなにも生きている。

少なくとも彼らの居るコロニーで唯一、人らしく生きている。

そんな彼らが願うのは、ただ互いが在るようにと言う事だけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「どうやら、待ちきれなかったらしいな」

壁に寄り掛かり、懐かしい顔を目で追っていたところで、訛りの入った言語を捉える。

「まさか、こんなタイミングとは。これだから追い込まれた老人は恐ろしい」

周囲に聞かれないよう、感づかれないよう、静かな口調。
軽く口許が歪む。

「だがここに居るということは、お前も行くのだろう?」
「そうだな。まあ、義務みたいなものか」
「・・・義務ね。的を射た響きだ」

先日の電話では伝え合えなかった近況報告を軽くしたのち、恐らく声を掛けてきた理由だろうそれに触れる。
触れようとしたところで、自動の扉が開いた。半ば自動的に背筋が伸びる。
 
 
 
 
「おはよう、諸君。およそ2年振りか」
 
老人と、その副官の入室と同時にそう声を掛けられ、その場に居た全員の意識が向く。
副官の号令とともに、一糸乱れぬ敬礼。勿論、私も含めて。
そして答礼。

「まずは、我々無事の再会に感謝。そして、ウェールズの勇士たちに敬意を」

ウェールズ奪還作戦は惨敗だったと聞く。相手の物量に押し負けた、ただそれだけ。
回りくどいのは無しにしよう。言って、続ける。

「彼らの挺身を無駄にしない為に、彼らの意思を継ぐ為に、我々はここへ来た」

そうだな?質問に、肯定が返る。私は、返すことが出来ない。

「幸い、装備は整いつつある。有志たちも集いつつある」

・・・どうだか。所詮はMT数十機、人員は1千も行けば御の字か。

「諸君、時は満ちた」

満ちてねえだろ。
胸中に思い、仕舞う。
 
 
「我々は今こそ、欧州コロニーの自治権を奪還する」
 
 
結局はもって回った言い回しに、周囲が爆発する。
私はその光景を、ただ冷めた目で見守ることしか出来ないでいる。
馬鹿げてる。そんな感想を抱きながら、それでも私は、きっと彼らに付き従う。
なぜなら、きっと私もテロリストだからだ。

それが、私の義務だからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「貴様、もう少し周りに合わせるべきだと思わんのか」

副官による作戦の概要説明が始まっている。
我々の地区には関係の無いところで、再び静かに話しかけられた。

「思わん。それよりも、お前の話が気になっている」
「大盛り上がりらしい」
「今すぐにでも?」

ああ、と返る。

「そうか」
「まだ伝えてないのだろう?」

突かれ、言葉に詰まる。
ああ、と返す。

「迷ったところでもう遅い。"賽は投げられた"」
「・・・そうか」
「そうだ」
「・・・まあ、あの子らを一方的な虐殺に巻き込まないだけでも良しとする」

そんな事をせずとも、彼らは自分たちの足だけで逃げていくだろう。本当に、勝手だ。
彼らが企業の手に渡らないように、彼らの人生に干渉する。本当に、勝手だ。

「とにかく、数日中には話が来る筈だ。そちらの窓口は伝えたから、あとは任せる」
「・・・ああ」
「何を迷うことがあるか。数ヵ月後には死ぬのだぞ、貴様も私も」

そうだな、呟いてから、前を見据える。
スクリーンが、希望的観測から成る侵攻計画を映し出していた。どうせ、その段階まで辿りつかずに全滅だ。
少数を除いて、それを信じないだけだ。

けれど。

「・・・どうせ死ぬなら憂い無く、そう在りたいだけなのかもしれん」
「死んだら一緒だ」

身も蓋も無い切り替えしに、苦笑い。

「そうかな」
「カービン持って、BFFのウラン弾で消し飛ぶだけだ。皆一緒に、そこの老人も、そこの副官殿も」
「嫌な未来予想だ」
「その兄妹と逃げればいい」

また唐突に提案され、しかし首は横に振る。馬鹿な、そう発する。

「私は、家族のあだ討ちの為に生きてきた」

思い出す。裕福でなくとも幸せに暮らして来れた家庭、軍属であった頃の、懐かしい記憶。
もう、掠れてしまっている。

「なら、その兄妹に振り回されないことだ」

ではな。言って、かつての戦友は概要説明の途中だというのに退席する。
誰も咎めない。気付かない。壮大な、実現できると信じ込んでいる作戦に夢中なのだ。
息を吐く。

「―――馬鹿げてる」

ひとつ呟く。その声も、誰も咎めないし、気付かない。
ただ目先の怨敵を殺すことしか考えていない。

私は、どうだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ここ数日、兄さんがお昼にも居て下さりますから、寂しくなくてすみますね」

午後、特にすることもなく、ただふたりで本を読んでいた。

「・・・あまり居過ぎても、お給料減っちゃうよ」
「兄さんが怪我するよりずっとマシです」

・・・む。

「もう大丈夫だって、あれくらい」

5日前、ただ膝をすりむいただけだと言うのに。
あの日、ウィルにはこれでもかと言うくらいに心配された。次の日から、これでもかと言うくらいに心配され続けている。

「そうだ、散歩でもしに行こうか?」
「あ、良いですね、お天気ですし」

じゃあ、と立ち上がったところで、扉がノックされ、意識が向く。
疑問が浮かんだ。誰だ?

いずれにしても、放っておく訳にもいかない。

「ウィル」

視線を送らず声を掛ければ、はい兄さん、そう一言。いつでも逃げ出せるように、窓を開けてもらう。
ジェスチャーで隠れるように伝えて、渋る彼女に数度伝えて、隠れてくれたところで覗き窓。

知り合いだった。

安堵。同時に扉を開け、迎え入れる。

「と、すまん、驚かせたか?」
「うん、驚いた。出来れば、連絡してからにしてほしい」

それはすまんな、そうおじさんが謝罪し、その姿に首を傾げる。

「でも、仕事なら呼んでくれれば行くのに」
「いや、違うんだ。少しお前に用があってな・・・と、ウィル、久しぶりだな」

テーブルの下からのそのそと這い出してきたウィルに彼が挨拶。はい、とウィル。

「かくれんぼか?」
「おじ様のせいです」
「それはすまなかった」

で、今暇か。声がこっちに来て、えっと、そう呟きながらウィルを見る。
少し残念そうな表情をしながら、しかし口許で笑みをうかべながら、首を振ってくれる。

「・・・1時間くらいなら」
「・・・足りるかわからんが、努力しよう」

じゃあ行くぞ、背を向け、歩いていこうとする彼を追いかける。その前に、振り向いた。やっぱり残念そうなウィルが居て、微笑みかける。

「ウィル、帰ってきたらすぐに行こう」
「え、でも、兄さん」

遠慮が来た。何だかんだでクライアントさんとの用事を最優先させてくれる彼女に、いいよ、と一言。

「僕も行きたい」

ただただ本心を告げる。ぱっと俯き気味だった顔をあげてくれ、笑ってくれる。
僕は、それが見たいんだ。

「―――うん、ありがとう、兄さん」
「じゃあ、用意しておいてね」

こくりとひとつ。

「うん。いってらっしゃい」
「じゃあ、いってきます」

手を振り、挨拶。廊下の先、行くぞ、そう声を上げる彼。駆け足で追いかける。
早く済ませて戻らないと。
そんなことしか考えず、彼の後に続いた。行き先は、彼の自室。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
狼の字を冠す男が居る。
目許は窪み、頬はこけ、幾らか不健康な雰囲気を漂わせ、背高のジープから集落へと降り立つ。

「アマジーグ、お待ちしておりました」

集落の長が声を掛ければ、その風貌が振り向いた。長の名を呼び、親しげに握手を交わす。
若々しい声が、その姿には不釣り合いだ。

「長旅でお疲れでしょう、お休み下さい」
「いや、構わない。それよりも、手筈は整っているか?」

手筈。その単語を聞いた途端、長の表情が翳る。

「アマジーグ、やはり貴方に御足労頂かなくとも」
「いや、私の興味も有るんだ。同行させてはくれないだろうか」

ふう、と溜め息。

「・・・勿論、貴方のなさりたいように」
「ありがとう」
「ですが、休息も重要です」

歩き始める。その周りには人だかり、その全てが彼に賛美を浴びせている。
彼の姿など問題ではない。むしろ、それこそ英雄たるに違いない。

「もう私も、先は長くない」

前後の脈絡なく発せられた言葉を、長が掬う。表情は、翳らせたまま。

「何を仰いますか」
「事実だ。ならばそろそろ、後継も必要だろうに」

立ち止まり、首を捻る。視線を北へと向け、その先には、欧州。

「その後継を、誰よりも早く目にしてみたい。継ぐに等しい者かを確かめてみたい」
「・・・貴方はいつまでも、我々に必要なお方です」
「幻想では生きてはいけんよ」
「幻想などと―――」

何か言いたげな初老を置き、歩みを進める。
彼の意識は、どこへ向いているのだろう。

風が吹き、砂が舞い上がる。視界が遮られ、目を凝らす。視線は、北方から逸らされない。


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