小説/長編

Written by 雨晴


ORCA旅団壊滅の原動力となった男は今現在、単一企業からの依頼をことごとく退けている。
それは彼なりの戦い方で、非戦闘員の被害が見込まれるような場合だけ、彼は動く。
今や殆ど対テロリズム専門戦力と化している彼にとって非番となる日は割合多く、その時間はパートナーと過ごしていることが多い。
しかしながら今日は珍しく一人で、良く見れば暗い表情をしている。そんな彼に声が掛かった。
よう、と親しげに挨拶を掛けたのはロイ・ザーランド。男が振り返り、同じく親しげに彼の名を返す。

「一人か、珍しいな」
「ええ。本当は、いつでも一緒に居たいのですが」
軽い笑顔を浮かべながらそう告げる男に対して、顔のニヤケが勝る。
「フられたか」
「そんな馬鹿な」

即答。少し引きつつ、そうか、と返答。まあ、円満そうでなにより。

「なら、何でまた一人なんだ?」
それは、極当然の疑問である。ここ最近、この男が一人で歩いている事なんて数えるほどしかない。
それが、と言い辛そうに肩をすくめながら、口を開いた。

「どうやら、何か怒っているようなんです」
「・・・はあ?」
ふぅ、と男の溜め息が響く。

「理由はわからないのですが、"ハイン様の馬鹿!"とだけ告げて部屋を出て行ってしまいました。何が何だか」
「お前、あのリリウムが怒るなんて―――つうかお前ら同棲してんのかよ」
「は?・・・ええ」
当然でしょ?位の返事が返ってくる。おいおい相手はあのリリウムだぞ。どれだけ天然タラシなんだこの男は云々と考え、まあ今はどうだって良いことだ。

「・・・そうだな。まあ聞きたいことも色々あるし、飯にでも行くか。リリウムに免じて、相談に乗ってやろう」
宜しいのですか?そう尋ねる男を促して例の食堂へと向かう。ふと考え、端末でダン・モロも呼び出した。ウィンディーは、先から連絡が取れない。
まあ、一人でも人数が多い方が盛り上がるだろう。男の不幸をダシにする気満々である。
のんびりとしたペースで目的地へと向かい始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
ウィン・D・ファンションが人気の無い廊下を進んでいると、談笑スペースに椅子にも座らず一人佇む少女を発見した。近付いていく。
どこか余所行きのような服を着込んだ彼女は気のせいか、幾らか暗い雰囲気を纏っている様にも見えた。

「珍しいな、一人か」
声を掛ければ、顔がゆっくりとこちらを向く。どこか生気を失っているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ウィン・D様、こんにちは」
「ああ。・・・大丈夫か?顔色が優れんようだが」
「あ、はい。体調は良好です」
そうか、と返答。

体調によるものでなければ、精神的なものか。心配事だろうか。見当が付かない。
「もし、何か悩んでいるのならば聞くぞ」
言えば、焦ったように首を振られる。
「い、いえ。そんな、申し訳ないので」
「遠慮するな。どうせ今日は、もう暇だ」
でも、と渋られた。身長差から見上げられるような格好になって、何となく、妹が居ればこんな感じだろうと思う。
自然に、軽い笑みが浮かんでくる。
「良いから話してみろ。口にするだけでも、大分違うものだから」

ほら、と頭を撫でてみる。つい柄にもない事をしてしまっている事実に気付き、しかしもう止められない。
リリウム・ウォルコットの目許にはみるみる涙が溜まっていき、ついには泣き出してしまう。しまった、これは想定外だ。

「お、おい、どうしたんだ。―――あ、す、すまん、配慮に欠けたのだろうか?」
ここ最近では覚えが無いほど狼狽し、助けを求めて周りを見渡す。そこに久しぶりに見る顔があって、目が合った。
「何だ、そう言うのが趣味なのか?ウィン・D・ファンション。その手のサディズムは褒められたものではないぞ」
「黙れ、霞スミカ。久々の第一声がそれか。いや、それよりも助けてくれ」
「今はセレン・ヘイズだ。ところで、何をどう助ければいい」
「・・・いや、私にもわからん」

取り敢えず泣き止ませなければ。簡単なようで、非常に厄介な目標設定である。
二人掛りで30分強要したそれは、ウィン・Dにとっては永遠にも似た時間。ロイからの連絡も、それは出られないに決まっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
「遅えよ!」
エレベーターやエスカレーターを乗り継ぎ、ようやく到着した食堂の前には既にダン・モロが居て、悪い悪いとロイが謝罪する。
まあ入ろうぜ、促し扉を開いた。大して混み合っている様子も無く、取り敢えず席へと腰掛けようとする。
したところで、こんなところでは滅多に顔を合わせない男の姿を窓際に見出した。

「ジェラルド?」
ロイに声を掛けられたローゼンタールの最精鋭が、口につけていたカップを手許に引き戻し顔を向ける。3人で近寄り、巻き込んだ。
「・・・昼食の最中なんだが」
「食事は大人数で取った方が楽しいぞ?」
悪びれる様子のないロイに、全く、とジェラルド。目を閉じ、紅茶を啜る。ハインは苦笑い。
「すみません、ジェラルド」
「・・・いや、構わない」
もう終わるしな。そう言って、パンを引き寄せる。ロイがウェイターを呼び出し、適当に注文を掛けた。
 
 
「ところで、俺は何で呼ばれたんだ?」
ダン・モロの疑問に、それはだな、とロイがさも深刻そうに切り出す。
「コイツ、リリウムを怒らせたんだと」
「はぁ?」
ダン・モロが何だそれ、という顔をする。ジェラルドも同様で、ハインは目に見えて落ち込んだ。ロイは笑っている。

「私が特に何をしたと言うわけでは無い、筈なんですが・・・」
「あのリリウムが、滅多なことで怒るかよ。何かしたに決まってる」
ロイの言葉に、更に落ち込む。いや、それよりもだ、とダン・モロ。
「お前らどういう関係なんだよ?リリウムって、なぜかあんたのオペレーターやってる、あのリリウム・ウォルコットだろ?」
「どういう、と申されましても」
一拍。考えるような間を以って、翳り無く答えた。

「恋仲ですが」
「コッ―――」
ダン・モロの絶句。ロイはニヤニヤし、ロイの後ろからは何かが割れる音がしてきた。
ウェイターが、こちらへ持ってきていたドリンクの類を盛大にぶちまける音であった。隣の席では、屈強な男が二人、わなわなと震えている。
「あああああああんた、何羨ましいコトしてくれてんだよ!」
「羨ましいでしょう」
「・・・」

ハインの横に座るジェラルドの表情が訝しげなように見えて、ロイがどうしたのかと尋ねる。いや、とジェラルド。
「先日顔を合わせたときには、恋仲であるかどうか議論したが。あれから答えは出たのか」
「ええ。あの後、二人で話し合ってみたんですよ」
「ほう」
「どうやら、私たちに足りなかったのは"誓約"だったようで」
誓約?疑問を口にしたロイに、ええ、とハインが返す。

「リリウムの方から、"恋仲でありたい"との言葉を頂きまして。勿論、了承しました」
「・・・何?」

さすがのロイも驚いた。まさか、あのリリウムからそれを言わせるとは。
ダン・モロは固まって、しかしジェラルドだけが、良かったなと飄々として返す。
ロイの後方から誰かがすっ転ぶ音が聞こえてくる。隣の席では、屈強な男が二人、手にしたグラスを握りつぶしたところだった。

―――コイツ、殺されるんじゃないか。

割と本気でそう思いつつ、テメェェェェェェ!とか叫びながら怒り狂うダン・モロを押さえつける。
当のハインはと言えば、いや、あの時のリリウムは本当に可愛かったですよ、とか何とか真顔で話している。成る程、とジェラルド。
まあ、コイツの天然っぷりは今に始まったことではない。
そう思いつつ、ああ、コイツ怒られてるんだっけと、ロイはようやく本題を思い出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
「と、取り乱してしまって、申し訳御座いませんでした・・・」
泣き出してから数十分、ようやく泣き止んだリリウムが発したのは謝罪だった。ウィン・Dは疲れきった顔で、構わない、とだけ答える。
「それで?私にもわかるように説明してほしい。ウィン・Dから執拗な辱めを受けていた、と言う訳ではないのだな?」
「そんな訳が無いだろう」
「そ、そうです。私が勝手に泣き出してしまったのですから」
即座の切り返しに、セレンがそうか、と答える。それを見て、リリウムが首を傾げた。
「ところでセレン様、どうしてここに?」

セレン・ヘイズと言えばハイン・アマジーグ元オペレーターである。その任をリリウムに譲った後、彼の元を去っていた。
うむ。そう、セレンが頷く。
「新しいリンクスを育てようと思ってな、その候補者選びだ」
「カラードで候補者選びか?ここには、正規のリンクスしか居ないだろう」
ああ、とセレン。
「一から育てるのは面倒だから、ある程度下地のある奴から絞ろうとしている」
「無理矢理引き抜いてか?」
「ああ。それ以外にどうすれば良いと言うんだ?」
「知らん」

そうだ、そんな事よりも。セレンが告げて、リリウムを向く。
「ハインは、良くしてくれているか?」

例によって唐突に顔が赤くなるリリウムを見て、ウィン・Dはつくづく顔に出る娘だと思う。か細く、はいとだけ俯いて答えるリリウム。
まあ、その可愛らしさは自分には無いものだ。羨ましいとか、そう思っているわけではない。決してない。

「そうか。まあ、奴に何か至らないところがあれば私に言え。締めてやる。あの馬鹿弟子、どこか抜けてるからな」
「そ、そんなことありません!」
至らないなんてとんでもない、凄く優しいですし、むしろ私の方が云々、まくし立てる。
ウィン・Dが呆然とし、セレンは微笑ましそうにそれを眺めている。一瞬、はっ、と気が付いたように固まった。
「す、すみません・・・」
「気にするな。お前たちが幸せなら、あの男を育てた甲斐があったと言うものだ」
微笑みを浮かべ、わしゃわしゃと頭を撫でる。ウィン・Dが似合わんな、とか内心思いつつ、撫でられるリリウムは嬉しそうにしている。

「で、ハインはどうした。一緒じゃないのか」
その言葉を聞いて、嬉しそうだったリリウムの表情が翳る。
「そ、それが・・・」
再び泣き出しそうな表情にシフトしかけるリリウムに、ウィン・Dは戦慄を覚えた。何とか持ちこたえたようで、安堵。
「その・・・」
「ああ」
意を決したように、リリウムは二人を見据える。

「・・・ハイン様に、飽きられてしまったのかもしれないのです」

それを聞いた途端、セレン・ヘイズの目が鋭くなるのをウィン・Dは見逃さない。言うなれば、それは人を殺せる目だ。
―――ああ、面倒に巻き込まれている気がする。
気付くのが、遅すぎた。
「詳しく話せ」
「・・・ぅえ?」
ドスの効いた声で迫るセレンはきっと、二人を案じているのだろう。が、その声は如何せん、リリウムには恐怖以外の何者でもない。
ウィン・Dが仕方なくフォローに回る。胸中で深い溜め息を吐きながら、戦場へと駆り出した。酷い仕打ちである。何に対するものだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
頭に血の上っていたダン・モロがようやく落ち着き、通常の5倍以上の時間が掛かってドリンクがやってきて、屈強な男達も去っている。
「で、結局何を怒られてんだよ」
それがわかれば苦労しないだろう、と言う質問が浴びせられ、さあ、とハインが答えた。

「例えば怒り出す以前に、彼女に変化は無かったのか?」
「変化、ですか」
うーん、と腕を組み考える。そうですね、と顔を上げた。
「昨日、GA社に顔を出したのですが」
男3人が相槌を打つ。
「そこから戻ってきてからは、そうですね・・・少し焦っているようにも見えましたね」

今度は男3人、首を傾げる。ロイが口を開く。
「どうして焦っているように見えたんだ?」
「そうですね・・・いつにも増して甘えてくる、と言いますか」
ダン・モロが突っ伏した。

「・・・どう、甘えてくるんだよ」
どうって、とハイン。
「いつも以上に擦り寄ってくるんですよね」
「貴ッ様アアアアアアアアアァァァァァァァァァ!」
ダン・モロが飛び掛ろうとして、ロイに抑えられる。

「まあ、甘え方はともかくとして。どうして彼女が焦っていたのかは気になるな」
「同感だ。・・・おい、落ち着けダン・モロ」
「落ち着いてられるか!コイツはカラードの男全員を敵に回したようなもんだぞ!」
「心外ですね。愛し合っているのだから良いでしょう」
「―――――!」
声にならない叫びが響き渡って、そのまま途絶えた。再びテーブルへと突っ伏している。

「GAで何かあったのか?」
「いえ、特には。MSAC社と有澤社の製品を受け取りに行っていただけですから」
「そのときのリリウムは、普段通りだったのか?」
思い返すように視線が上を向く。
「―――そうですね、途中までは普段通りでした。・・・ああ、GA社内では恥ずかしいからと手は繋がせて貰えなかったですね」
「アアアアアアァァァァァァァァァァ!」
「五月蝿いぞ」
低い声とバコ、という音と共に、ダン・モロがテーブルへと叩きつけられる。ロイが隣を向けば、ダン・モロが伸びていた。
そのまま顔を上へと向け、驚く。
「ローディー」
GAの最高戦力が、そこに居たからだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、何を以って飽きられたと思うんだ?」
何とかセレンをなだめ、更に疲れきった表情でウィン・Dが問う。
「正直、あの男が君に飽きるなどと言う感情を抱くとは思えないのだが」
そもそも、あの男はこの娘と生きるために戦っていたのではないのだろうか。それが、とリリウムが口を開く。

「昨日、GA社へ出向いたときに、明らかに彼へと好意を向ける方と出会いまして」
ふむ、とセレン。ウィン・Dは黙って先を待つ。
「その方とお話している姿が、その、彼も満更でも無さそうで・・・」
「・・・それで?」
「怖くなって、その後ハイン様には精一杯アプローチを掛けてみたのですが、彼は普段通りで・・・」
再びリリウムの目が涙ぐんでいく。もうどうにでもなれ、ウィン・Dはそう思う。
「意を決して今日の朝、ハイン様が似合っていると言ってくれた洋服を身に付けて、身嗜みにも気を付けてみたのに・・・」
なのに!と唐突に大声を出したリリウムに二人がたじろぐ。
「なのに、"いつも通り可愛いですね"としか言ってくださらないんですよ!?・・・つい、"ハイン様の馬鹿!"なんて飛び出してきてしまいました・・・」
どうすればいいんでしょう。言って、俯いてしまう。ウィン・Dはげんなりしている。

「・・・ちょっと待て、リリウム・ウォルコット。私には、のろけにしか聞こえないのだが」
「つまり整理すると、ある人間に嫉妬を抱いて、そいつに負けないよう努力したが報われず、朝の必死のアピールにも気付かれなかったと」
「あの男の意識がそいつに行っているから?・・・そう考えるのは早計ではないのか、セレン・ヘイズ」
ウィン・Dが言うと、セレンから殺されそうな視線が来る。何だこれ。何がどうなっているんだ。そう思う。

「いずれにしても、本人に問いただす他あるまい」
セレンが端末を取り出し、耳に当てる。あて先は、考えなくてもわかるだろう。
今日何度目かもわからない溜め息が吐いて出た。まだ、面倒は終わらないようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「ローディー。昨日以来ですね」
「ああ」
「何だ、昨日ローディーに会ったのか、お前」
意識のないダン・モロを気に留めることなく、ハインが肯定する。ならば、とジェラルド。
「ローディー。昨日GA社内で、ハイン・アマジーグとリリウム・ウォルコットとの間に奇妙な点は無かったか?」
「奇妙な点?」
どう言う事だ。その疑問に、ロイがこれまでの話を軽く説明する。成る程、とローディー。
「そうだな、私達と出会った直後と別れ際では、ウォルコット嬢の雰囲気、と言うより目が違っていたように思う」
「・・・何?」
「そうだな・・・言うなれば、羨望と言うより嫉妬に近い目をしていた」

ちょっと待て、とロイ。ジェラルドも訝しげな表情をしている。
「つまり何だ、ハインとあんたが良い関係に思えて、リリウムが嫉妬してるって言いたいのか」
「待って下さい、ロイ、ジェラルド。私はノーマルです」
即座に向けられたふたつの視線に、珍しく焦ったように返す。それは良かった、とロイ。

「私達、と言っただろう。もう一人居たんだ、そこに」
「誰だ?」
「GA社のオペレーターの方ですよ」
答えたのはハインで、はぁ?とロイが返す。

「対ORCA戦時中に一度お世話になった方がローディーと共に居たので、挨拶とお礼をしましたね」
「私にとっては、良く世話になっているオペレーターでな。ちなみに、ハイン・アマジーグには好意を抱いている」
「・・・待て、話が見えてきたぞ」

つまりだ。ロイが人差し指を立てる。
「お前がリリウムの前で、そのGAのオペレーターとやらに例の天然たらしっぷりを発揮したせいで、リリウムがヤキモチを焼いている」
「待って下さい、ロイ。私がリリウム以外の女性に興味を抱く筈が無いでしょう」
反論を気にせず、ローディーにどうだったのかと尋ねる。
「ああ、見事なものだったぞ。"貴女のおかげで辛い戦闘を乗り切れました"などと微笑まれて、あの堅物が真っ赤だったからな」
「確定だな。自滅じゃないか」
「・・・それが何かまずかったのですか?」
本気でわかっていないようなハインと、首を傾げているジェラルド。うわ、本当に似てやがるなこいつらとか思う。

「お前、どういうつもりでそんなコト言ったんだよ」
どうもこうも、そうロイへ視線を向ける。
「そのままの意味ですよ。あの方がストレイドの整備を指示して下さったそうですから、そのお陰です、と」
「それ、普通の人間が聞けば"貴女が居てくれたから生き残れました"くらいに聞こえるんだよ」
「そんな事を言ったら、リリウムに勘違いされてしまうではないですか」
ロイが溜め息を吐く。混じりっ気無しの天然さんらしい。
「だから、そうなんだって。リリウムは勘違いしてんだろ」
ああ、そう言うことか。ジェラルドが閃いたかのように顔を上げた。

「だから彼女は焦っていたと言うことか」
「そうだ。嫉妬と言うか、怖かったんだろう。お前を取られるのが」
指をさす。あぁ、成る程。能天気にそう言って、つまり、と切り出した。
「私の本気が、まだリリウムには伝わっていないと。貴女しか見ていないと、しっかり伝えないといけなかったのですね」
「・・・は?」
何だその理論。そう尋ねようとして、誰かの端末が音を立てた。ハインがポケットを漁り、取り出す。
すみません、と断り、耳に当てた。

「お久しぶりです、セレン」
セレン、あの怖いオペレーターか。ロイは思う。
「・・・え?はい、今ですか?・・・ロイ達とカラードの食堂で―――って、あの、怒ってません?どうしたんです?」
いや、ちょっと、セレン?まくし立てられているようで、その反応も珍しい。不意に、ハインの声が止まる。
唐突に切られたのか、暫く呆然としていた。

「どうした?」
ローディーがそう声を掛ければ、ぎぎぎ、と擬音が付きそうな振り返り方をする。
「いや、その」
どんな表情をすればいいのかわからないようで、貼り付けたような笑顔。
「死ぬかもしれません」

ピピピ、と、今度はロイの端末が鳴る。誰だ、と確認すると、ウィンディーだ。
『ロイか?』
「ああ。どうした?さっきまで連絡付かなかったじゃないか」
すまんな、と謝罪が来る。
『それよりも、ハイン・アマジーグと一緒に居るのか?』
「何で知ってるんだ?まあ、一緒に居るが」
あー、とウィンディー。
「・・・何だ?珍しく投げやりと言うか、疲れてるのか?」
『いや、良いんだ。それよりもハイン・アマジーグに、今すぐ逃げるよう伝えてくれ』
「・・・はあ?」

お前、何言ってるんだ。そう言葉をひねり出す前に、恐ろしく大きな音が立てられて、向く。食堂の扉の開く音。
その人影に、取り敢えずは一瞬で理解出来た。

「・・・どうやら遅かったらしい」
『・・・そうか。私たちもそちらに向かうが、彼女がやり過ぎないように注意していてくれ』
「了解」
ぷつりと切れる。ああ、なんだかアイツが疲れたのがわかる。
あの目は、人を殺せる目だ。止められる自信がないので、せめて十字は切っておいた。
 
 
「お久しぶりですね、セレン。お元気そうで何よりです」

答えず、セレン・ヘイズが真っ直ぐにハイン・アマジーグへと向かっていく。
師弟感動の再会と言うには、彼女の視線はあまりに殺伐としている。
接近し、正対し、流れるような動作で喉元に刃物を突きつけた。

「・・・あの、セレン?私は状況を理解できていませんが」
「これから貴様に幾つか尋ねるが、怪我をしたくなければ出来る限り簡潔に答えろ」
「いえこの場合、私が被るのは怪我ではない気が―――」
「黙れ」
「イエスマム」

一つ目。言って、更に喉元へと切っ先を近づける。冷や汗が流れた。
「リリウム・ウォルコットに対して"飽き"などという感情を抱いているそうだが、事実か?」
「そんな筈ないでしょう」
即答するハインを値踏みするような視線が撫でる。数秒の沈黙。
「では二つ目。リリウム・ウォルコット以外の女に靡いたという事実、これは確かか?」
「どこからそのような情報が流れているのか存じ上げませんが、断じて」
ふむ、とセレン。再びの視線。ほんの数ミリ、切っ先が離れる。
「三つ目。今朝、リリウム・ウォルコットは貴様のためにめかし込んでいたようだが、気付いたか」
「・・・そうなのですか?気付きませんでした」
む、というセレンの表情。何だ、とハインが状況を精査するよりも早く、ならば最後に、と低い声が通った。

「今までの解答に偽りは無いな?」
当然だ。ナイフに注意しつつ一つ頷き、勿論ですと答える。三度の沈黙が流れ、再びのドアの開く大きな音に、全員の意識が移る。
リリウム・ウォルコットとウィン・D・ファンションが、そこに居た。
 
 
リリウム・ウォルコットが目的地に到着してまず真っ先に目に飛び込んできたのは無論ハインとセレンの状況で、絶句から入る。
「セ、セレン様、何してらっしゃるんですか!」
「ああ、リリウム・ウォルコット。喜べ、お前の勘違いのようだ」
全く人騒がせな。言いつつも、ハインの喉元から切っ先は外さない。

何だ、ツッコミ待ちか?ロイが思い、あの流れるようなナイフ捌きはただ者では無いなとジェラルドが思い、もう少し静かに出来んのかとローディーが思い、ウィン・Dは盛大な溜め息を吐いた。リリウムはおろおろしている。ダン・モロは白目を剥いている。
「兎に角ナイフを下ろせ、セレン・ヘイズ。リリウム・ウォルコットの勘違いなら、その男を戒める理由はあるまい」
「ああ、そうだったな」

事も無げにナイフを下ろす。ハインの深呼吸が響き渡り、そのまま恨みがましい視線をセレンへと向けた。
「・・・死ぬかと」
「なに。お前が道を踏み外しているようなら矯正してやろうとしただけだ。師としての愛情、と言う奴だ」
「その愛情表現は歪んでいると言わざるを得ない」

そうか?そうです。そんな遣り取り。

と、ぱたぱたと近寄ってくる足音にハインが視線を向ける。向けるよりも早くリリウムが飛び込んできて、胸部に軽い衝撃を受けた。
「ハイン様、大丈夫ですか!?怪我は無いですか!?ちょっと見せて下さい!」
猛烈な勢いで心配してくるリリウムを、大丈夫ですよとたしなめる。それよりも、と笑顔。
「ようやくお会いできて嬉しいです。およそ5時間貴女の顔を見られなくて、大変だったんですから」
そのまま、飛び込んできていたリリウムに腕を回す。あ、と彼女が声を上げるが、気にしない。
彼女の肩が震えた。
 
 
「・・・ハイン様、私、怒ってます」
他の女性に対する貴方を見ているのが、怖いんです。非難するような声に力は無い。
それでも謝ることにした。すみません、その一言。いらぬ心配を掛けた、或いは疑惑を持ち込んだ自分が悪いのだ。ハインは思う。
だから。

「リリウム。私は貴女に、私には貴女しか居ないと言う事実を明確にしなければなりませんね」
「・・・え?」
腕に力がこもり、二人の間がゼロになる。
「もう暫く待っていて下さい。数日後には、貴女の憂いを取り除いて見せますから」
「は、はぁ・・・」

どういう事だろう。リリウムは思う。けれど、確信に満ちたその言葉。信じるな、という方が酷だろうと彼女は思う。
何のことだか、わからないけれど。
それでも。

「・・・約束ですよ?」
「ええ。約束です」
ふたり見つめあって、先に声を上げようとしたのはリリウム。息を吸い込む。

「―――なら、許してあげます」

言いながら、ふわりとした笑顔。ゼロ距離の中、ハインに擦り寄る。
「それに私の方こそ、勘違いや変なことで怒ったりしてすみませんでした。ハイン様」
「いえ、私のことは良いんです。と言うより、二人で謝らなければならない相手が居ますよ。かなりご迷惑をお掛けしましたからね」

その言葉に、傍観を決め込んでいた数人に対してようやくリリウムの意識が向く。
自身の置かれている状況に気付いた彼女がパニックに陥る事も、きっとお約束と呼ばれるものなのだろう。どこか他人事のように、ハインはそう感じていた。


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