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アーマード・コアに関わった人々 †
小倉康敬 †
- 2023年現在、フロム・ソフトウェア執行役員の一人にして「Ⅵ」のプロデューサーであり、アーマード・コア再起の原動力となった一人。
- もともと広告業界に勤めており、2003年にフロム・ソフトウェアに入社。以後は前職の経験を活かし宣伝部にて広報活動に従事。以前は「宣伝オグ」を名乗っていた。
- アーマード・コアに関して言えば、[4」~「VD」及びポータブルシリーズの広報を担当している。「Ⅵ」においてもマーケターを兼任している。
- 「Ⅵ」以前は広報職ということもあり、生放送や体験会でちょくちょく姿を見せていた。
- それまで広報一本だった彼が「Ⅵ」にてプロデューサーに手を挙げたのは、創業初期から続くACシリーズの火を絶やしてはならないという思い、別ラインで宮崎社長が手掛けるダークファンタジーとは異なる作品をリリースすることによる社の多様性への価値、そして広報で培った自らのスキルを活かし、商品性の観点からかかわることができれば、という考えからであったという。
- その後「SEKIRO」の制作を終えた山村優氏がディレクターとして合流し、フロム・ソフトウェアのノウハウを改めてアーマード・コアの特徴に落とし込み、「三次元戦闘」「アセンブル」「バトルデザイン」「世界観/物語性」という柱をメインとし先鋭化させることで「Ⅵ」としてまとめ上げていったという。
- なお、熱意をもってアーマード・コアブランドに火をつけてくれた彼だが、フロート脚に関しては個人的に思い入れがない模様。
河森正治 †
- 「超時空要塞マクロス」をはじめとした、ロボットデザインの超大御所。初代アーマード・コアのメカデザインを担当し、現在に至るまでの礎となった一人。
- 当時も別にフロム社員だったというわけではなく、外部からのデザイナーとして開発の極初期から参加している。
- 前側からデザインを始める通常のロボデザインと異なり、後ろからの視点で差別化できないといけないため、前側のデザインの連続性やアセンブルという仕様も相まってずいぶんと難儀した模様である。
- もともとバックパックを換装する仕様とする話もあったが、バックパックの方が目立ってしまうため彼の意見により撤回、今に引き継がれる背部武装の仕様に落ち着いている。
- ちなみに最初の依頼は「メインのメカ1体とそのバリエーションを数体、その他にエネミーを」という話が最初の打ち合わせで「アセンブル可能なゲーム」に、と変わっており驚愕したそうな。
- その後少なくとも「NX」まではメインのデザインを担当していたが、以後もゲスト的に(例としてfAのホワイトグリント)参加している。
神直利 †
- フロム・ソフトウェア創設者にして初代社長。2023年現在は社の角川グループ入りに伴い宮崎英高氏に社長職を譲り、彼は相談役となった。
- もともと別の会社に勤めていたが、バイク事故とそれに伴う保険金の獲得をきっかけにして会社を立ち上げたというのは初期のファンには有名なエピソードとなっている。
- 初代から総指揮として制作に携わるが、直接的にアーマード・コアの制作に関わるのはfAにスーパーバイザーとして参加したのが最後となっている。
- MoAのフロムアリーナにおいてはランク一位として君臨、総監督マシーン改を駆る。
- 総監督マシーンおよび総監督マシーン改の存在から、ガチタン使いであるとまことしやかに噂される。
宮崎英高 †
- 2023年現在、フロム・ソフトウェア代表取締役社長にして米のTIME誌にて「世界で最も影響力のある100人のリスト」に選出されたゲームクリエイター。
- 2004年に入社し、アーマード・コアには2006年に「4」そして2008年の「fA」のディレクターとして参加している。
- ディレクターを務めた「デモンズソウル」が異例の大ヒットとなり、それまで比較的ニッチで知る人ぞ知るゲーム会社だったフロム・ソフトウェアを世界に名だたるメーカーまで押し上げた原動力の一人。
- 2014年に社長職に就任したが、ゲームへの関わりがなくなったかというとそうではなく、その後も大ヒット作となる作品のディレクターを務めている。
- また、2018年ごろから他のスタッフと共にイニシャルディレクターとして「今後アーマード・コアを作るとしたらどのような方向性とすべきか」という検討のためのプロトタイプ制作を進め、10年ぶりに「Ⅵ」として復活する土台を作った人物でもある。