小説/短編

Written by らすてー


『Regret』

時々、ある夢を見る。
 

薄暗い雪の積もった山を歩く夢。
 

深く積もった雪に足を取られながら少しずつ進んで行く。
 

灰色がかった空から深々と雪が降り注ぐのを眺めていた。
 

頬や顔に当たる雪の粒の感触を感じる。
 

肩に担いだライフルを担ぎ直し、思い出したように歩みを進めた。
 

木々の間を通りながら考える。
 

俺は何を追っている?
 

雪の上に着いた足跡を頼りに木々をかき分けて行く。
 

少しひらけた場所に出ようとした時、不意に目の前に動くものを見つけた。
 

深々と振り続ける雪。
 

その残影の先に立派な角を持つ雄鹿がいた。
 

膝を立て、気配を消す。
 

担いだライフルをゆっくりと下ろし、弾を込める。
 

音を出さないように装填、ゆっくりと構え直す。
 

雄の鹿が耳を動かすと、前からもう一頭の鹿が現れる。
 

今度は雌だ。
 

2頭は仲睦まじい様に互いに顔を寄せ合っている。
 

番(つがい)だったか。
 

引き金に指をかけ、雄の鹿を狙う。
 

不意に雄の鹿の耳が左右に動く。
 

何かを感じた様に顔を上げ、辺りを見渡している。
 

気が付かれたか?
 

そう感じた時に、何かの視線を感じた。
 

鹿ではない、何か別の視線だ。
 

辺りを見渡すが雪が先ほどよりも強く降り始める。
 

一瞬鹿から目を離すと、番の鹿は消えていた。
 

視線の出所を注意深く探ると、木々の間にいる何かのものだと分かった。
 

雪に隠れ始めているが、白い。
 

あれは、、、白い毛の。
 

目を凝らす。
 

犬…いや……狼…?
 

木陰からじっとこちらを見つめている。
 

暫く互いを凝視しながら佇む。
 

降り頻る雪がやがて吹雪となり、視界を白く覆っていった。
 

ーーー
 

『隊長、そろそろ着きますぞ』
 

薄暗く光るコクピットの中で隊員の通信越しに目覚める。
 
 
ここの所ずっと休めていないせいか、移動中は寝てしまうことが多かった。
 

「あぁすまん、うたた寝してしまっていた」
 

『お疲れの様で』
 

「この話が纏まれば俺も少しは休めるかな、トネさん」
 

『休んでもらわにゃ困りますな、アンタの身体は一つだけなんですから』
 

「いっそ転職でも考えてみるか」
 

『どうせどこもベイラムの息のかかった企業でしょう、間違いなく黒ですよ』
 

「嫌になるな、ほんと」
 

そんな愚痴をこぼしている間に、目的の場所に到着した。
 

輸送ヘリからハンガーを外し、ACを降ろす。
 

「ブリーフィング通り絶対に手は出すな、撃てば俺の休暇が永遠に無くなる」
 

作戦に参加している隊員4名から了解と応答が来る。
 

暫くすると目当ての人物が居るであろう武装船が上空に現れた。
 

《おぉ、噂通りの真面目さだな、俺も早く来たつもりだったが》
 

向こうの船からもACが一機降りて来る。
 

重武装の四脚型のAC、声からしてヤツで間違いない。
 

四脚のACが降り立つのを見届けると、こちらのACの武装を全てパージする。
 

「此方に交戦の意思はない、ベイラムを代表してアンタに話があって来た」
 

《ほぅ、散々やり合って来たが、とうとう降参か?》
 

「あぁ、早い話しがそうだな」
 

ぶわっはっはっは!!と笑い出す男、ひとしきり笑うと咳き込み出す。
 

《げほげほ…ただ白旗だけを振りに来たわけじゃないだろう、ここからが本題だろ?》
 

「あぁ、アンタにウチの新設するチームの指揮官になって欲しい」
 

《なんだと!?》
 

面を食らったのか、動揺が伝わって来る。
 

俺は自機のコクピットハッチを開け、ワイヤーを掴みながら地面に降り立つ。
 

「降りてこいよ、立ち話もなんだ、酒でも飲もうじゃないか」
 

《……》
 

数秒遅れて男も降りて来る。
 

初めて面と向かって会うが、白髪の混じる髪と無精髭を生やした男だった。
 

そして顔に幾つかの傷がある。
 

背中に背負って来た簡易テーブルと2人分の折りたたみ式の椅子をせっせと組み立て、座る様に促す。
 

『こんな丁重なおもてなしは産まれて初めてだな』
 

「今まで散々アンタらは俺らをコケにしてくれたが、今日はお越しいただいて感謝する、船長殿」
 

『周りくどい矜持はよせ、眠くなる』
 

「…なら言おう、ベイラムの本社が総力を上げてアンタらを潰したがっている、このままじゃ四方八方からなぶり殺しだぞ」
 

『…望むところだな、これまでと同じ様に返り討ちにすれば良いからな』
 

「アンタもバカじゃない、今まではなんとかなって来たかもしれんが、本腰を入れられたらこれまでの比じゃないくらいの死人が出る、アンタも分かってるはずだろ?だからこの交渉にわざわざ来てくれたはずだ」
 

『…』
 

「ベイラムは他の企業と同様に本格的に星系外へ打って出ようとしている、アンタらの力と技術が惜しい、味方になるなら多額の金を払うことも約束してる、船員たちの暮らしを考えたら悪い話しじゃないと思うが」
 

『その見返りが新部隊の指揮官か?随分と安く見られたな』
 

男が睨んでくる、虎の様な目、中々の威圧感だ。
 

「アンタら武装船団がこの話に乗るならベイラムは敵では無くなる、十分な金も入る、アンタにかけられた懸賞金も無くなるぞ、一生逃げ回る生活なんて嫌だろう?」
 

男は腕を組み、空を仰ぐ様に何かを考えている様だ。
 

破格の条件だ、ここまでの条件を用意するのには骨が折れたが、もう良い加減コイツらとの小競り合いと追いかけっこはうんざりだった。
 

虎のような顔を更に険しくして悩んでいる。
 

反応を見るに悪くはない。
 

あともう一押しだ。
 

俺は気を落ち着かせるために内ポケットに入っていた酒の小瓶をテーブルに出した。
 

男もほぼ同時に自分の内ポケットから小瓶を取り出す。
 

「『なんだそれは?』」
 

声が被る。
 

「酒だ、俺の故郷のな」
 

『奇遇だな、俺も故郷の酒だ』
 

数秒の静寂の後、男からこれを飲んでみろと促される。
 

促されて一口飲むと、かなり度数が強い、いや、強すぎる上に酷い味だった。
 

此方が咳き込んでいると男も同じ様に吹き出した。
 

『ぶっはっ!?…これが酒か?!ウチの犬の小便の方がまだマシかもな!!』
 

「こんな酒しか作れなくなったんだ、資源戦争で何もかも燃やされてな」
 

『……どこも似た様なものだな』
 

俺の故郷は企業間の内戦で焼け野原になった後、細々と復興を続けている。
 

「こんな酒でも昔は美味かったんだ、今じゃ見る影も無いが」
 

深妙な、何かを考える様に俺が持って来た酒の瓶を男は見ている。
 

一頻り酒の瓶を見た後で、ぽつりと呟く。
 

『…条件がある』
 

当然の反応だ、無条件などありえないからだ。
 

「なんでも言ってくれ」
 

ある程度の裁量は此方に委ねられている。
 

『俺の懸賞金の話だが、俺が死んだら半分は船団の連中に送れる様にしてくれ』
 

「承知した、もう半分は?」
 

『これから俺の率いる部隊の連中に送ってやってくれ』
 

「……承知した」
 

俺は確信した、やはりこの男に部隊を託すべきだと。
 

この男の実力はこれまでの経緯でよく分かっているつもりだ。
 

ただ強いだけでは無い、こう言った男なら荒くれ者たちは納得して従ってくれる。
 

そしてこの男は口だけではない、力と求心力を持ち合わせている。
 

『いつの日かお前の故郷の本当の酒を飲ませろ、どれだけ美味い酒なのか興味が湧いたぞ』
 

徐に男が酒の瓶を目の前に突き出す。
 

「ははっ、きっと美味すぎて腰を抜かすぞ」
 

俺は突き出された酒の瓶を瓶にぶつける。
 

キンッ、という澄んだ音が辺りに木霊した。
 

その音を皮切りに、俺たちは2人、お互いの故郷の酒を煽る。
 

数秒遅れでお互いに咽返す。
 

『ゲホッ…あーそうだ、新部隊の部隊名はなんだ?』
 

「ぐふっ…【レッドガン】だ」
 

『…レッドガンか、まぁまぁ悪くない』
 

「俺はベイラムのナイルだ、よろしく頼む、隊長殿」
 

『響きが悪いな、総長が良い、あとお前みたいな面白い奴は久しぶりだ』
 

男が立ち上がり、手を差し伸べて来る。
 

『ミシガンだ』
 

隙のない…だが先ほどの威圧感は感じなかった。
 

「よろしく頼む、ミシガン総長」
 

差し出された手を握り返す。
 

この日、喧嘩仲間の俺たちは晴れて仲間になったんだ。
 
 

ーーー
 

ベイラムの本社に話を通し、細かな手続きや根回しを踏んで、ベイラム治安維持部隊はレッドガンへ新生した。
 

新たな入団者も多く、気骨のありそうな奴はAC部隊へのスカウトをし、それぞれに訓練を施して行った。
 

目の回るような忙しさだったが、これも俺の将来の悠々自適な休暇の為だ、何とか倒れずにやれている。
 

基本的にAC部隊の訓練はミシガンや俺が行うことが多いが、MT部隊の訓練は治安維持部隊からのベテラン老兵勢が行ってくれていた。
 

ニジェール、トネ、ヴィスワ、エブロ、老兵ながら前線にあり続ける彼らはレッドガンの屋台骨と言って良い人間達だ。
 

彼らは治安維持部隊の頃からの付き合いで、一緒に多くのクズどもを務所にぶち込んできた歴戦の猛者達だった。
 

皆、俺とは20近く歳が上に離れているが、それでも長く俺に付き従って来てくれた。
 

『歌っつったら演歌に決まっとるじゃろがい!』
 

『エンカ?エンカってなに?』
 

食堂の端の方で大声で騒いでる老人2人はニジェールとトネ、黒人系と日系の酒好き、歌好きの喧しい老人共だ。
 

2人とも遠い昔に栄えていた国の文化や言葉をよく知っており、良くニジェールはトネに古いニッポンの文化を教えてもらってるらしい。
 

『ほーらダメよぉ、男はたくさん食べて力を付けるのよぉ』
 

東欧系の老女ヴィスワ、日に4回食事をする事がモットーの大食漢老女だ。
今日も給仕係でもないにも関わらず、食事の列に並んでる隊員達の皿に特盛りのマッシュポテトをぶち込んでいる。
 

『あらら、美味しそうねー、ん?違う違う、君の方がね』
 

レッドガンの女性隊員の席に現れてはナンパをしまくっている老人はエブロ、ラテン系のスケベジジイだ。
 

親戚にいたら面白そうな爺さんだが、家族にいたらうるさくて嫌がられる、そんな扱いの爺さんになっている。
 

こうして改めて見ると、どいつもコイツも癖のある老人どもだが、新隊員の教育にはうってつけの人材達だ。
 

ベイラムが星系外へ進出し、アーキバスやその他の企業と惑星の資源や領土、権利を奪い合い、それが大規模な戦争に発展した木星戦争では彼らをはじめとする多くの老兵部隊が活躍している。
 

ミシガンの活躍は英雄的とされ、この木星戦争でもその強さと統率力でベイラムの地位を飛躍的に押し上げたのは大きな事実だったが、彼らの活躍も無視は出来ない。
 

レッドガンを初めとする大勢の隊員が散って行ったが、彼らは毎度の事ながら最前線から生きて帰って来ている。
 

それが彼らの実力だ。
 

そしてそんな彼らの存在は気骨のある隊員たちにも良くも悪くも受け入れられている。
 

『こんなにジャガイモばっかり食えるかよ!!昼も夜もバカみてぇによそいやがって!』
 

『俺らは肉が食いてぇんだよ!!肉だけ寄越せ!』
 

レッドガンの悪童、ヴォルタとイグアスも見どころのある若者達だ。
 

ある日、ミシガンが突然俺のところに連れて来た2人だったが、2人とも顔に酷い殴打を受けていた。
 

運悪く絡んでブチのめされたのは想像にたやすいが、この2人がここまでの隊員に育って来たのは予想外だった。
 

『イグアス先輩!良かったら僕の分の肉あげますよ!』
 

『うるせぇ!それはお前の分だろうが!そもそもそんなんじゃ足りねぇんだよ!』
 

献身的な提案をしていたのはレッド、レッドガンの新米隊員だがこのレッドガンには似つかわしくないくらいの好青年だった。
 

入隊試験の際、ミシガンの前である啖呵を切ったのを気に入られて入隊を認められたらしい。
 

俺は密かにだが、こういう男が後のレッドガンの柱になってくれると期待している。
 

そんな奴らの喧騒を横目に俺は飲み物と軽食だけを持ってとある男の隣へ座った。
 

『おや?珍しい、占い希望ですか?』
 

「インチキ野郎が少しはウチに慣れたかと思ってな」
 

薬膳料理のような何なのか良くわからないものを食べているこの男は五花海、かつてベイラムの経済権を詐欺で荒らし回っていた札付きの悪だ。
 

民衆の信心と食への欲求を巧みに操り、占星術と中毒症状を起こす薬物を不法に売買して黒い金を生み出していた男である。
 

そこそこの数の信者と私兵を抱え込んで商売していたが、俺の率いたベイラム治安維持部隊によって壊滅させられている。
 

こんなクズでも受け入れてやる辺り、なんとベイラムは懐の深い企業なことか、と呆れもした。
 

頭が切れる点とACのパイロット適性があったこと、そしてコイツが独自に開拓した他企業へのコネやパイプに目をつけた上層部が戦力として飼い殺す事を決めた訳だ。
 

俺の持って来た食事を見ながら不思議そうな顔をしている。
 

『私のように健康に良い物を食べないと寿命が縮みますよ?』
 

「死ぬ時は死ぬ、特に俺達はそんなもんだ」
 

『ふーむ、貴方には吉穴が見えませんねぇ?』
 

「勝手に占うんじゃねぇ」
 

何が書いてあるのか良くわからんカードをペラペラ並べては捲ったり、細い木の棒をジャラジャラ鳴らしては目を細めながら何かを見ている。
 

俺やミシガンが居るうちは良いが、こいつは手綱を握っておかないと離反しかねん奴だ。
そういう意味でも面倒な奴だった。
 

皆食事を終えると持ち場に戻って行く。
 

さっきの喧騒とは打って変わってがらんとした食堂内で俺は一人情報端末を開いて見ていた。
 

上からの機密メールの中に気掛かりな情報がある。
 

惑星ルビコン3にて新資源の情報有り。
 

間違いなく碌な話じゃない情報だ。
 

俺は目元を手で押さえ、ため息をつく。
 

そんな姿を厨房の奥から見ていたのか、1人の大柄な老女がやって来てカウンターにドカリと腰をかけた。
 

煙草に火をつけ、みちみちと吸い出す。
 

『なんだいナイル、アンタまた浮かない顔して』
 

この食堂の大ボスことミズーリ、レッドガンの大食漢達の胃袋をブチのめす大量の料理を繰り出す調理責任者だ。
俺やミシガンも大柄な方ではあるが、それに引けを取らない体躯をこの老女は持っている。
 

ミシガンと偶にメニューの良し悪しで言い争っている時など本当に女なのかと疑いたくなる剣幕だった。
 

「また厄介ごとになりそうな仕事が増えそうだ」
 

まだ機密扱いの情報を言いふらす訳には行かないが、何となく向こうも察してはいる。
 

煙草の煙を燻らせ、鼻から吹き出す。
 

『ナイル、休みな、アンタ今度こそ死んじまうよ』
 

ぶっきらぼうな言い方だったが、それはそれでこの人なりの優しさが含まれた言い方だ。
 

「今度もレッドガン総出で対応しないと人手が足りん任務になりそうでな、俺だけ休む訳にもいかんだろ」
 

『ウチの連中はどいつもコイツもバカ野郎だねぇ…鉄砲玉みたいに扱われて、みんな死んじまいやがる』
 

否定は出来なかった。
 

実際にベイラムのやり方は物量作戦だ。
 

多くの犠牲を払ってでも目的を達成する事を第一にしている。
 

精鋭部隊の位置付けであるはずのレッドガンですら切り込み隊の様に扱われるせいで、これまでにも多くのG(ガンズ)ナンバーも犠牲になっている。
 

『ミシガンもアンタもバカ野郎だよ、死んだら終わりさ、レッドガンのガキ共の為にも簡単には死ぬんじゃないよ』
 

「約束は出来んが肝に銘じておくよ」
 

言うべきことを言って少し満足したのか、また仕込みの為にミズーリは厨房の奥に消えて行く。
 

それを見届けた後、端末を抱えながら食堂を後にした。
 
 

微かに煙草の余韻だけが、食堂に漂っていた。
 

ーーーー
 

空が荒れていた。
 

夕闇に吹き荒れる吹雪が機体を打ち付ける。
 

谷と谷の合間をすり抜ける様に輸送ヘリが急行している。
 

ルビコン3に来てから数ヶ月経ったが碌なことがない。
 

抵抗する現地住民が思いの外厄介な連中だった。
 

ルビコン解放戦線と名乗る武装集団の頑強な抵抗にウチはかなり手を焼いている。
 

惑星封鎖機構の衛星網を突破して惑星に降り立ったまでは良かったが、あらゆる重要地に拠点を作っていたルビコニアン達の結束力と技術力は予想以上だった。
 

物量が売りのベイラムの戦力補充が間に合っておらず、各地で撃退され始めている。
 

開戦当初、ルビコン解放戦線の指導者、サム・ドルマヤンやその幹部数人を俺たちで捕えることに成功したまでは良かったが、解放戦線の勢いが衰える所か寧ろ激しくなったのだ。
 

実質的な指導者にミドル・フラットウェルという男がおり、解放戦線の指揮はその男が取っているらしい。
上から下される情報だけで判断するとこういう面倒な状況になる事が多かった。
 

『アーキバスの部隊も確認され始めましたな、本格的に争奪戦になりますぞ』
 

「訳のわからん独立傭兵も確認され始めている、面倒なことになって来た」
 

ベイラムやアーキバス、ルビコン解放戦線が衝突し始めたどさくさに紛れて、惑星に密航してくる独立傭兵も後を絶たない。
 

この間もミシガンの計らいで素性の良くわからない独立傭兵にガンズNo.を与えている。

 

『隊長、どこへ行っても戦いばかり、ワタシもう嫌ヨ』
 

ニジェールがボソリと呟く。
 

「隊長はよせ、今の俺は副長だ」
 

『そうだったネ、ごめんヨ』
 

子供の頃から故郷が内戦に明け暮れ、還暦を迎えた今でも尚戦場で戦い続けているニジェールの言葉は決して軽くは無い。
 

どこへ行っても貧困が人々を苦しめ、争い、奪い合う日常だ。
 

ニジェールは弟と妹を戦争と飢餓で亡くしている。
生きる為に奪う、そんな日常でも人の心は失っていない人だった。
 

『ワシらにとっちゃアンタがずっと隊長だったからな、そう呼ぶのがもう癖になっとるんじゃよ』
 

「まぁ、今は部隊長だから別に構わんか…」
 

『そういう事ですよ………はぁ…』
 

「何だトネさん、怖くなって来たのか?」
 

『当然ですよ、これでもプロですから』
 

正しく恐れて備える、毎度トネさんが言っている言葉だ。
 

かつてあったと聞く古きニッポンの文化圏の人達には不思議と心を打たれる事が多い。
弱気とも取れるが、戦場におけるトネさんは猛将以外の何者でもなかった。
 

部隊の指揮を取れば人が変わった様になる。昔からここぞという時に頼りになる人だった。
 

ベリウス南部のベイラム捕虜収容施設からの緊急事態を告げる連絡があってから約30分が経過していた。
 

近隣地域で別の作戦を遂行していた俺の部隊が信号を受け取り、現場に急行している。
 

別件で行動中だったヴィスワとエブロの部隊もこれを受けて先行し、最低限の補給と簡単な整備を済ませ、俺たちも向かっていた。
 

襲撃者の数はそう多くない事が通信で判明している。
 

捕虜収容所で小規模な襲撃。
 

敵の規模を踏まえて速さを優先した結果が裏目に出ないと良いが。
 

『あらら、ホントに小規模の奇襲みたいだねぇ、接敵した、交戦しちゃうよ』
 

エブロからの通信が入る。
 

どうやら戦闘に入るらしい。
 

「俺が合流するまで深入りはするなよ」
 

『了解ですよ』
 

吹き荒れるブリザードのせいで視界が悪い。
 

通信システムにも少なからず影響が出始めている。
 

渓谷を抜けるまで後8分。
 

『こちらも着いたわ、索敵ビーコンを発射』
 

ヴィスワも現着し、ビーコンによる索敵を開始。
 

『大型の輸送ヘリとACを一機確認したわ、今のところそれだけみたいね』
 

『あららら、コイツはちょっと…強いねぇ』
 

けたたましい銃撃音と爆撃音が通信から漏れている。
 

エブロの部隊が押されているようだ。
 

「エブロ、部隊を後退させろ、ヴィスワ、援護してやれ」
 

『了解よ』
 

後4分ほどで到着出来る。
 

ヴィスワの重四脚MTの援護が入れば相応の時間が稼げるはずだ。
 

解放戦線に雇われたACが相当の手練れで無ければだが。
 

谷を抜け、捕虜収容所が見えてきた。
 

幾つもの防衛施設が破壊され、噴煙を上げている。
 

「捕虜奪還に単騎で護衛とは」
 

輸送ヘリのハンガーから機体を離し、吹き荒れる雪を巻き上げながら滑る様に地面へと降り立つ。
 

「その蛮勇は認めるが」
 

いったい何処の馬の骨なのかは知らないが。
 

「通らんよ、それはな」
 
 

ーーーー
 

辺り一面に散らばる味方MTの残骸。
 

破壊された各収容所から上がる火の手が煌々と皆の機体の残骸を照らしている。
 

付近には破壊された索敵ビーコンが所々に散らばっており、防衛任務についていたMTや、エブロやヴィスワの部隊のMTの物もある。
 

「なんだこれは…」
 

到着までたったの4分だぞ、何の冗談だ。
 

「エブロ、ヴィスワ、応答しろ」
 

2人から返事はない、が、周囲に散会させていた隊員がエブロとヴィスワの機体を発見した。
 

収容所の壁に叩きつけられた様にもたれ掛かり、コクピットが前面からひしゃげる様に破壊されているエブロの機体。
 

重心を支える足を叩き切られ、雪の中に埋もれる様に横たわるヴィスワの機体。
 

脱出装置が機能した後が無かった。
 

そして敵のヘリとACの姿が消えている。
 

逃したか?
 

「何があっt…」
 

悪寒が走る。
 

機能していた索敵ビーコンのレーダーに一瞬光る敵の反応。
 

『隊長!』
 

燃える倉庫の外壁が突如吹き飛び、機体の背部から振りかぶられる迫る何者かの牙。
 

迂闊だった。
 

燃え盛る背後の建物の中に隠れ、機会を伺っていたのか。
 

白い機体。
 

「貴様…」
 

俺はこいつに見覚えがあった。
 

迫るパルスブレードの刀身。
 

咄嗟に後退するが、機体の左側面を斬り抉られる。
 

後退した慣性を左右のブースターでいなし、機体の左足で白い機体を蹴り飛ばす。
 

突然の格闘に面を食らったのか、横転しながら距離を取る白い機体。
 

距離を離せば俺がやり易くなる。
 

FCSが離れた機体を捉え、トリガーを引き絞る。
 

呼応した機体のハンドミサイルコンテナと12連装垂直ミサイルのハッチが一斉に開き、次々と白い機体目掛けて放たれるミサイル。
 

大量のミサイル群を全て回避するのは困難だと判断したのか、急後進し、収容施設の建物や防壁を盾に立ち回る。
 
 

あの嗅覚と感の鋭さ。
 
 

そしてあの俊敏な機動。
 
 

とんだ拾い物をしてくれたものだ、ミシガンめ。
 

「…やってくれたな、G(ガンズ)13」
 

このコールサインで呼ぶことすら苛立ちを覚える。
 

「これだから独立傭兵なんぞ当てにならんのだ、なぁ?ハンドラーウォルター?」
 

無線をオープンにして問いかけるが当然ながら返事は無い。
 

ウォルター子飼いの猟犬部隊(ハウンズ)。
 

昔はもっと数が居たらしいが、今やコイツのみだとも聞いている。
 

その最後の1匹にミシガンがレッドガンのナンバーを与えた。
 

俺は反対だったがあのミシガンが目をつけたヤツだ。
 

上手く使えればこっちの尖兵にでも使えるか、と思ったが淡い期待だった。
 

向こうから放たれる4連マルチミサイルが機体を掠める。
 

「早速噛み付いて来るとは…躾のなってないヤツだ」
 

リニアライフルの弾丸が白い機体に直撃、空中でバランスを崩すも近くにいたトネのMTに標的を変え、斬りかかる。
 

ベイラム製のMTは光学兵器やパルス兵器相手に相性が悪い。
が、対実弾シールドを構え、銃撃に徹するトネ。
 

寸手の所でシールドを手放し後退、横一文字にパルスブレードの閃光が走り、両断されるシールド。
 

ニジェールのMTがショットガンを構えて撃ち出す。
 

対AC戦にも通用する特殊散弾を機体正面にモロに浴びせられ、たたらを踏んだ白い機体目掛けて残りの8機が一斉にアサルトライフルやグレネード弾の雨を浴びせた。
 

白い機体は背部の2連装グレネードキャノンで反撃するが、2発とも明後日の方向に飛んでいき、山の斜面に直撃しただけだった。
 

目に見えて機体の装甲が痛々しく剥がれ落ちるが、モノアイの光は消えていない。
 

機体をナノ粒子が包み、装甲を瞬時に修復している。
 

ニジェールと他4機が実弾シールドを構えながら銃撃。
 

トネと残りの4機が側面に展開して十字砲火を浴びせる。
 

堪らず後退した白い機体は再び建物を盾に距離を取った。
 

充填していたリニアライフルで空中から狙い撃つ。
 

リニア機構と特殊弾を装填した最新型のリニアライフルの弾丸が、身を隠しながら盾にしていた壁を吹き飛ばし、G13の装甲を削り取った。
 

手応えあり。
 

「どうした?、ミシガンは買っているようだが、その程度か?G13」
 

ディープダウンの黄色いモノアイがG13の白い機体を睨みつける。
 

惑星探査用のAC。
 

本来なら戦闘に適さない性能のACを運用している時点でハンドラーウォルターの涙ぐましい懐事情が垣間見える。
 

ただコイツの油断ならないところが、あの壁越えを成功させた、という点だ。
 

ヴェスパーの隊長格と共同戦線を張ったとはいえ、あそこから生きて帰って来ているところが引っかかる。
 

あの前に此方はG4を壁越えで失っているのだ。
 

あんなACでどうやって…?
 

ハンドミサイルと肩部のミサイルユニットの爆撃炎が壁を盾に動き回る白い機体を炙り出す。
 

ミサイル群によって吹き飛ばされた地面と外壁が降り注ぐ中をアサルトブーストを駆使して掻い潜り、山肌の方へ後退していく。
 

トネとニジェールの部隊が追撃をかけようとした途端、白い機体が踵を返し、2連装グレネードキャノンを先程の岩肌に向かって砲撃し始めた。
 

嫌な予感がする。
 
 

まさか。
 

「追うな!撤退しろ!」
 
 

咄嗟に叫ぶ。
 

グレネード弾が炸裂した岸壁が崩れ落ち、吹き飛ばされた岩と膨大な量の雪がニジェールとトネの部隊を襲った。
 

地形を変えるほどの巨大な地滑りと雪崩。
 

津波のように迫る岩雪崩と雪に部隊の10機中5機が飲み込まれる。
 

それは轟音を奏でて収容所へ迫り、北部のヘリポートや格納庫もろとも飲み込んでいった。
 

『してやられたわ…』
 

爆発を皮切りに山の反対側に現れる大型輸送ヘリ。
 

低空飛行でこの場を離脱しようとしているその機影は解放戦線の所有しているものだった。
 

俺が追うか…?いや…。
 

「ニジェール、3機連れてヘリを追え、あのACは俺とトネさんで引き受ける」
 

『了解ヨ』
 

雪崩に狼狽えていた隊員たちをまとめ上げ、ニジェールは輸送ヘリの追撃を始める。
 

解放戦線の主要メンバーがアーキバスや他の勢力の手に渡るくらいなら、ヘリごと破壊も已むなしと上からは通達されている。
 

求心力の高い奴らを殺してしまうと面倒なことにもなる。個人的には出来れば生かしておきたいが。
 

雪の白塵に紛れて4連マルチミサイルが迫る。
 

左右に機体を振り、熱誘導を鈍らせ回避。
 

急接近して来た白い機体に2連装高誘導ミサイル(アクティブホーミング)を撃ち出すが、構えられたアサルトライフルの銃撃で2発とも撃墜される。
 

自ら囮になってヘリを逃す、そんな作戦誰でも思いつきそうなものなのだがしてやられた。
 

新たなシールドを構え銃撃するトネのMTを盾ごと蹴り飛ばし、此方に迫る白い機体。
 

互いに放ったミサイルが空中で炸裂し、視界を遮る。
 

その白煙を突き抜け、夥しいミサイルが白線を描きながら飛び交う。
 

アサルトライフルの銃撃。
 

被弾し、吹き飛ぶ装甲。
 

指揮官機らしく装甲は厚めに組んでいるが、先の作戦で消耗した装甲が果たしてどこまで耐えられるか。
 

飛び交うミサイルと弾丸が一層激しくなる。
 

一定の間合いを取りながらの撃ち合いならこっちに利があるが。
 
 

踏み込むパルスブレードの一閃。
 
 
 

左肩の装甲がコアごと切り裂かれる。
 
 

先ほど逃げ回っていた時とは動きが違う。
 
 

なぜ非戦闘用のACでそこまでやれる?
 
 

中身が別物なのか?と思えるほど嘘のように速い。
 
 

真っ赤に光るモノアイが此方を捉え続ける。
 
 

猟犬の目、それとはまた違うような鋭い眼光。
 
 

まるでそれは黒い何か違う物のようなーー。
 
 

返す刀身でリニアライフルごと左椀部を叩き切られる。
 

マズい。
 

喰らい付かれている。
 

弾幕を張りながら距離を取り、一旦体勢を立て直す。
 

「トネさん、無事か?」
 

『くあ〜ッ!やってくれたのぉ!』
 

よたよたと立ち上がるトネのMTを横目の此方に突き刺さるような視線。
 

降り積もる雪を巻き上げ、白い機体が一直線に此方に迫る。
 

間髪入れずにハンドミサイルとアクティブホーミングミサイルを撃ち、後退。
 

地面に突き刺さるミサイルの爆炎すら振り切り、懐に入り込んでくる。
 

狙っているのはパルスブレードの一撃か。
 

馬鹿正直なその動きはハンドラーに躾けられたのか?
 

左腕の発生器がパルスブレードを形成し始めた。
 
 

面白い。
 
 

その左腕をへし折ってやる。
 

格闘態勢に入ったディープダウンに振りかぶられたパルスブレードが消える。
 

鋭く機動を変え、右側面に躍り出た瞬間に光るグレネードキャノンの銃口。
 
 

ブレードの使用を使ったフェイクか。
 
 

冷静に考える間もなく、放たれたグレネードキャノンの弾丸の1発が回避行動をとったディープダウンを捉える。
 

避けきれず被弾。
 

「ぐうぅッ…!」
 

コアに直撃し、吹き飛ばされる機体。
 

雪の地面に叩きつけられ横転する。
 

機体緊急用のパルスアーマーが展開されるが、無防備なその姿をヤツが逃すはずがない。
 
 
 

……強い。
 
 
 

「なるほど…ミシガンが興味を持つわけだ…」
 
 

間髪入れずに迫るパルスブレードの刀身。
 
 

今まさに叩き斬られそうになるその瞬間、白い機体の横に突如現れる重騎兵。
 
 

側面からブチ当たり、白い機体を大きく吹き飛ばす。
 
 

『すまないねナイル隊長、少し寝てたわよ』
 

「ヴィスワ…」
 

ヴィスワの重四脚MT、痛々しく破損しているがまだやられてなかったらしい。
 

『さっきはよくもやってくれたね、G13』
 

大型グレネードキャノンとロケットランチャーの砲撃が白い機体を襲っている。
 

『こっぴどくやられましたな、ナイル隊長』
 

「…すまんトネさん、不覚を取った」
 

ディープダウンの機体画面が破損度を表示している。
 
 
性能が通常時の半分以下まで落ち込み、警告音が鳴り響いていた。
 

『隊長、ここから離脱してヘリを追って下され、先ほどからニジェールのヤツうんともすんとも言わんのです』
 

戦闘に集中してしまっていたせいもあるが、確かにニジェールからの応答がない。
 

『この犬っころはアタシらが躾けとくよ、ヘリを逃したら後々面倒だからね』
 

「ヴィスワ、トネさん…」
 

的確な判断だった、此処でこれ以上の足止めを食らって敵の主要人物を逃してしまう方がよっぽど厄介だ。
 

だが、G13相手に生きて帰れる保証などない。
 

現に俺がこのザマだ。
 

『わしらの代わりは沢山おるが、アンタの代わりは居らんのです、分かってくだされ』
 

「……了解した、すまない、ヴィスワ、トネさん」
 

『なんのなんの、殿軍(しんがり)は老兵の役目ですから!…ささ、早う行きなされ』
 

軋む機体を後退させ、離脱する。
 
 
 

俺の役目はまだ終わっていない。
 
 

ニジェール達とヘリを追わねば。
 
 

『さぁて、さっさとかかってこんかい、この犬っころが』
 

『アタシらがみっちり教えてやるよ!【レッドガン】の流儀をねぇ!!』
 
 

背後で再び爆音が響き渡る。
 
 

俺は2人の背中を、ただただ踏み越えていくしかなかった。
 
 

ーーーー
 

暫く機体を走らせたが、輸送ヘリには追いつけていない。
 

谷の隘路を通過した形跡はあったが、ニジェール達とも合流出来ていなかった。
 

痛々しく傷ついた機体を騙し騙し動かしているが、このままでは追撃すらままならなかっ た。
 

ふと思い出した。
 

あの夢の続きだ。
 

雪の激しい中、木陰にいる何かと目が合う夢だ。
 

一度だけ、あの夢の続きを見たことがあった。
 

白い何かと目が合い、それを狙い撃とうとしたその時。
 

不意に何かに後ろから噛み付かれた。
 

首元を噛み切られ、力無く俺は横たわる。
 

夢の中、今まさに死にゆく俺が見たのは、番の狼だった。
 
 

そうだ。
 
 

あれはそんな夢だったんだ。
 
 

そして。
 
 

隘路に散らばるレッドガンのMTの残骸を発見する。
 
 

ニジェールの物もあった。
 
 

待ち伏せか。
 
 

不意に木陰からACが現れる。
 
 

黒を基調とした鋭角なシルエットが目立つ細身の機体。
 

よく知らない機体だが、恐らくは企業所属の機体ではない。
 

「…此処をデカいヘリが通った筈だが、何か知らないか?」
 
 

…。
 
 

返答はない。
 

また独立傭兵か?
 

察するが、解放戦線側の雇ったヤツなのだろう。
 

「……なぜ解放戦線につく?」
 

特に理由もなく聞いてみたが、返事は期待出来ない。
 

《……一宿一飯の恩義の為》
 

独立傭兵はこんな奴ばかりか。
 

《敵方の、名のある将とお見受けした》
 
 

俺がこんな所で。
 
 

《御首、頂戴仕る》
 
 

俺の悪運も此処までか、こうしてみると何だか呆気ない物だ。
 
 

不意に頭に風景がよぎる。
 
 

あの騒々しい食堂。
 
 

最後に思い浮かべるのがレッドガンのあのバカ供の顔とは本当にツイてない。
 
 

何て後悔の残る人生だ。
 
 

思わず乾いた笑いが出る。
 
 

まったく。
 
 

何だかんだ言いながら楽しかったのか、俺は。
 
 

大きなため息が漏れる。
 
 

すまんな、ミシガン。
 
 

俺にはまだやる事が。
 
 

山ほどあったんだがな。
 
 

あれだけ吹雪いていた雪がゆっくりと降り落ち始める。
 
 

深々と、落ちてゆく。
 
 

優しく、身体を覆うように。
 
 

END
 


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