Written by へっぽこ


「やっぱり、無理なのかな、俺には」
なんて、
柄にもなく呟いてしまったのは、きっと俺の中に無理だと思っている部分が少なからずあるからなんだと思う。

「あんた、どう思う?」

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全てが終わって、今日も俺は生き残った。
作戦終了。
システム通常モード移行。
そして帰還。

基地内部、格納庫へと続く巨大なエレベーターに乗って、セレブリティアッシュ共々降下する。
ごうんごうんと腹の底に響く重い音。
がたんがたんと不快に脳を揺らす振動を伴って、エレベーターは緩慢に俺を運んでいく。
そのさなか、お世辞にも座り心地が良いとはいえない、けれど慣れ親しんだシートの背に、全体重を預けて考えるのは、決まって自分の事だった。自分だけの事だった。

辞めたいんだ、俺。
もう、何度リンクスを辞めようと思ったかしれない。

本当は怖いんだ。
世界で二十八番目の、強い力を持つ個人。
そんな肩書は戦場じゃ何の役にも立たない。
騙されれば終わる。裏切られれば終わる。
どころか、二十七人。真正面切ったところで勝つことのかなわない人間が、俺には少なくとも二十七人いる。
じき俺は終わるだろう。
このままでは、間違いなく終わるのだ。それは決して遠くない未来。
だから俺は決意する。
セレブリティアッシュとここを下るのは今日で最後。
俺はもうネクストには乗らない。

瞬間、心がざわめき、動悸は激しく息は苦しく、汗がふつふつと噴き出して、頭がズキズキと痛み、キンと耳鳴り、喉はヒリヒリと、視界がブラックアウトする。
それはまるで、外の世界と隔絶された自身の魂の牢獄に囚われたかのようで。
今一度、想う。
このままでは、間違いなく終わるのだ。それは決して遠くない未来。
だから俺は決意する。
セレブリティアッシュとここを下るのは今日で最後。
―――俺は。
「俺はもうネクストには乗らない」
そう、口にすると、ふっと体中から力が抜け、楽になった。

ごうんごうん、ごとん。
最後に一際大きい振動を伴ってエレベーターは動きを止めた。
静寂。けれどそれは数秒ともたない。
赤い回転灯と黄色の非常灯が明滅する薄暗い格納庫は、エレベーター停止を合図に通常灯へと切り替えられ、地下とは思えないほどに明るく、見知ったメカニック連中が溢れて、

―――そして、拍手喝采。

万雷である。
合間に誰かの口笛が鳴り、フォーだの、ヤーだのと騒ぐみんな。
誰かが俺をヒーローと呼んだ。
気付けばみんなが俺をヒーローと呼んでいた。

止めてくれ。そう思った。
お願いだから、そんなふうに俺を讃えないでくれ。そう、頭を抱えた。

今日のミッション、俺は何の活躍もしていない。できていない。
本当に何も、欠片も、戦闘に参加してすらいないんだ。
砂にまみれて、廃ビルを盾に逃げ回り、隙を見て動かなくなった……いや、あいつが破壊したAFの足元まで逃げて。
潜り込んで、それからはただガタガタと、震えていた。

そうして、コックピットで、惨めに怯えていると。
ふと。
あたりが静かになった。
ああ、ついにあいつもやられたのかと、共有回線を切ろうとしたその時だった。
あいつのオペレーターの声が聞こえた。
「―――任務完了だ。」
まるで、それが当然であるかのように。
正直、その時は何を言っているのかすぐには理解できなかった。
そのまま数秒間、俺は任務完了の言葉の意味を本気で考えた。
「終わったのか」

そうして、やっと、俺は生き残ったんだって、理解して、
だから俺は鉄屑と化したAFから出ていこうと、そう思ったけれど。
次に俺のとった行動は、メインブースターを点火することでも、鉄の足を動かすことでもなく。
静止したまま、止まったままで、ただ左手のライフルをパージした。
今日、一発も撃っていないライフルをだ。
それが一部始終だった。

俺は、もう終わった事を反芻し、虚ろに嘆息した。
格納庫の両の壁から、機体に向けてタラップが伸ばされる様子がモニタに映った。
もうじき、この機体から解放される。やっと。
俺は管制室の、事の顛末を全て知っているオペレーターに尋ねた。
俺の答えは決まっていたけど、尋ねて損はないと思っていたし、それが礼儀だとも思った。

「なあ、どう思う?」
「どうって?」
「今日の俺。」
「最高じゃねえかよ。機体損傷ほぼゼロ。それどころか一発も撃たずに任務完遂。遼機を上手く使った結果だな」
俺は押し黙る。
「まあ、良いんじゃねえの? そういう日もあるだろ。けどな、そんな真相を知ったところで、ここには誰一人として、お前を批難するやつはいない。本当に本気で、俺たちはお前をヒーローだと思ってる。さっきの歓声は伊達ではないよ。なぁ、みんな!」
わーとオペレーターの後ろで歓声が上がる。
「でもさ。本当に無理だと思うなら。乗らなくてもいいんだぜ? お前がリンクスでもそうでなくても、やっぱりお前はヒーローで、だから一番困るのは、俺たちの下にお前が帰ってこないって事なんだから。」

なんか、ずるいな。
ありがとう。

思えば、ずっとずっと支えられてきた。
オペレータ、だけではもちろんない。
メカニックに輸送班に諜報部に交渉担当に調達係に経理に設備課に……いや、そんな肩書は関係なく、皆が皆、自身のできることを精一杯、やってくれている。
もう一度、思う。
ありがとう。
伝える。心を込めて。
「ありがとう!」
「柄じゃねえよ、バーカ。今日はお前の奢りで飲みに行くからな」
「あー!てめえ、人が下手に出てりゃ付け上がりやがって!」
「うるせーボケ。内容はどうあれ、たんまり稼いだのは事実だろうが!」
「だったら経費で落とせよ! 内々の費用差し引けば結局俺の取り分なんざ――」
「あーあー聞こえなーい」

そのまま回路を切られた。
くそ、見てろよあの野郎。あとで管制室に殴り込みしてやる。
と、そんな決意に心が上向いたちょうどその時、今度は格納庫側から通信が入った。
「砂を取り除くまでハッチ開けるな!いいな、絶対、開けるんじゃあないぞ!」
「知ったことか」
そんなわけで俺は盛大にハッチを開けてやった。

「開けるなって言ったのにぃ」
ザバーと頭から砂をかぶって、砂まみれでこちらを睨むのは世にも稀なメカニックガール。
「悪い悪い。文句ならオペレーターに言ってくれ」
言いながら彼女の頭の砂を払う、と見せかけてバンバン叩く。
「ちょっと止めて! もう! 作業に移れないでしょ!」
そんな悪態と、じとーっとした目を向ける珍獣(職業的な意味で)をやり過ごし、タラップを駆け降りた。
「ダンさーん!」
「おうよ!」
たったか駆け寄ってきた新米君の頭を、がっつりヘッドロック。
機体からこぼれ半ば山となりつつある砂の塊に、勢いそのままダイブした。

そしてそのまま、砂の中でもみくちゃ。
ぎゃーともがく新米。
「メカニックがそんなにやわでどうする! トルクが足りてねーぞ!」
「おいダン、あんまりうちの若いの、いじめてくれるなよ? この後、みっちりアッシュを整備するんだからよ」
と後ろで声がする。
それに片手を振って応えてから、やおら新米君を解放してやった。

「ほへーん」
解放された新米君は、気の抜けた声とともにバサッと砂の山に大の字になって。
「まったく、ダンさんは強すぎっす。しかも今日なんてアッシュのほうも無傷じゃないっすか? 被弾箇所がパッと見、見当たらないですけど」
「はっはー! 俺のセレブリティアッシュにかわせないモノはないんだよ!」
「だったら砂も避けて下さい。」
「くぉら、口答えしてんじゃねー新米がー!」
わー。
と、再び新米をヘッドロック。そのまま頭をガシガシと撫でまわし、もみくちゃ。
飛び散る砂と、新米の悲鳴と、遠巻きの笑い声。

そうして今日も俺たちは明るく楽しくて。
だから。そんな奴らを見捨てることなんて出来なくて。
俺は再びネクストに乗ろうと、そう決意するのだ。

これが俺のリンクスとしての日常。

まだ、戦える。
まだ。


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