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[[小説/長編]] #setlinebreak Written by えむ ---- クレイドルの命運がかかったORCAとの戦いは、隠されていたORCAのエーレンベルクを舞台とした戦闘を経て、一つの終結へと向かった。その立役者だったのがラインアークのリンクスと、それに協力したウィン・D・ファンションの存在である。 その後、企業同士の関係は以前よりも良好なものとなっている。企業の総力を上げてとあるプロジェクトが進んでいるらしいとの噂ではあるが、その内容については一般には公開されていないため、その事実を知っている者はそう多くはない。 いずれにしても、企業間での経済戦争はすっかり鳴りを潜めていた。それに伴い、リンクスの仕事も少なくなったのが現状だ。 ラインアーク以外にも反企業体制は未だに存在するし、リリアナや今だに活動を続けようとするORCAの残党と言った脅威はあり、それらの対応で依頼が来ることはある。それでも以前に比べれば出番が少なくなったのは言うまでもない。 そんな中、以前よりも時間が出来てしまったイリアはかねてより考えていた一つの計画を実行に移すことにした。 ランクマッチの制覇である。 ――強くなる。それを目標としているイリアにとって、ランクマッチの制覇を果たすことは、一つの指針となる。ただ、上へ上がるにあたってやらなくてはいけないことが一つ。 それは「下位ランクに潜む魔物」と密かに称されるリンクスの一人であり、最初期のリンクス・オリジナルの一人であり、そして同時に自分の母親でもある、ミセス・テレジアに勝つこと。 そして今まさに、イリアのシルバーエッジはテレジアのカリオンと対峙していた。 「お母さん。手を抜いたりしたら、怒るからね」 『そうね。今回は本気で行かないといけないわね。貴女との約束だし』 イリアの言葉にテレジアが静かに答える。普段は、オーダーマッチやランクマッチにおいても、それほど真面目には取り組まないのが彼女である。その大きな理由は、たんにランクとかにこだわりもなく、本人曰く「やる気が出ない」とのことなのだが、今回はそうもいかない。そんなことをすれば、怒られるとかの問題ではすまされない。 イリアにとって、自分との対戦がどれほど重要なものかは、テレジア自身よくわかっている。 シミュレーターの中で、その長い髪をゴムで束ねる。これは、いわゆるただの癖みたいなものなのだが、その様子をモニター越しに見ていたイリアには、それが何を意味するか、すぐにわかった。 『――さぁ、始めるわよ。それこそ私を殺すくらいの気持ちで来なさいね』 「…………っ」 通信越しの言葉。だがその言葉に秘められていたのは、現実での実戦でしか感じられないはずの空気だった。――殺気。そう、今目の前に入る相手は、そのつもりで動こうとしている。本気で来て欲しい。そんな自分の願いに答えて。 最初から全力を尽くすつもりではいるが、それでもこちらの意思に答えてくれたのだ。こちらもそれに答えなくてはいけない。ただ全力を尽くすだけでなく、それ以上の何かを持って。 シミュレーターのコクピットの中で静かに深呼吸をする。そして、気合を入れるべく両頬を叩いて、正面を向く。――睨みつける。 「それはこっちの台詞。そっくり、そのまま返してあげる!!」 『ふふっ。そう、上手く行くかしらね』 現実なら、戦闘前にこんな悠長な会話を交わす時間はない。が、そんなことはどうでもいい。どちらにしても今から繰り広げるのは、「実戦」相当の戦いなのだから。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ イリアのシルバーエッジが空を駆ける。 追加ブースターの力も借りて、ただただ機体を前へと進める。やがて、遥か前方に砂埃をあげつつ地面を滑るように疾走するカリオンの姿が見える。 まずは高度は下げないまま、カリオンのいる方へと距離だけを詰めていく。対するカリオンもこちらへと確実に近づいてきていた。 交戦距離は遠距離から、中距離へ。 すでに相手の射程内のはずだが攻撃はしてこない。こちらの出方を伺うかのように地上を走っているだけだ。 「(やっぱり、撃ってこない。当然か…)」 攻撃をしてこないカリオン。けれどもイリアは攻撃してこないことを不思議とは思わず、むしろやっぱり…と言った表情を浮かべていた。 カリオンの総火力は高い。だが、装弾数は多くないため長期戦に向いた機体ではない。 それに対し高機動が売りとも言えるシルバーエッジの武装は、使用制限のないレーザーブレードだけ。長期戦に持ち込んで弾切れでも起こせば、確実にチェックメイトだ。 さらにいえば中~遠距離で、そうそう当てれる相手ではないと向こうもわかっているのだろう。実際、カリオンの武装の弾速はどれも決して早いものではない。イリアは、撃たれてからでもかわせる自信があった。距離が開いている限りは。 「(近づくのを待ってるんだろうな、やっぱり)」 近距離戦にもなれば、さすがに相手の攻撃を全部かわしきる自信はさすがにない。だが、こちらは近づかないことには始まらないので、いつまでも距離を維持したまま様子見しているわけにもいかない。 とはいえ、ちょっとやそっとの機動をとっても確実に迎撃されるだろう。誰よりも―――自分が慕っていたあの人・テペスよりも―――自分のことを知っているのだから。そして、色々教えてくれた人でもあるのだから。 それでも、手がないわけじゃない。 「オートバランサーオフ。マニュアルシフト。いくよっ」 独立傭兵になってからの自分については、あまり相手も知らないはず。付け入る隙があるのなら、そこしかない。同時に、自分がどれだけ成長しているかを見せることにもなる。 姿勢制御をマニュアルに変更する。キタサキ・ジャンクションで所属不明の狙撃型ネクストに近づくために使った手だ。負荷が増してしまうが、その分制御しきることが出来れば、柔軟な動きも可能となる。 ブーストをカットし自由落下を開始。落ちながら空中で姿勢を変える。足からではなく、身体の正面を地面に向けるように。それこそスカイダイビングで見られるような体勢で降下していく。 カリオンがハンドミサイルを上へと向ける。そして発射。16発ものミサイルがが迎撃せんとばかりに迫る。 ギリギリまでひきつけ、左サイドへとクイックブースト。すぐ横をミサイルが抜けていくも、急旋回して背後から迫ってくる。それにも構わず前方へと、さらにクイックブーストし、ミサイルから距離を離す。 そして、続けて右へクイックブースト。そのまま体勢をわざと崩し、機体そのものをローリング。すぐ横をバズーカの砲弾がすりぬけていった。 『ネクストってそんな動きも出来るのね』 なにやら感心したような声が聞こえる。けれども、それに答える余裕はない。その場から移動を始めるカリオンを追撃すべく、機体の体勢を立て直し、ブーストを吹かしつつ着地。間隙入れずにオーバードブーストを起動し、一気にカリオンを追う。 背を向けていたカリオンが滑るような動きで、機体の向きをこちらへと向ける。前へとクイックを吹かし、その勢いを殺さぬまま方向だけを転換。映画とかで、バックしていく車が180度ターン、そこから流れるように正面を向いて走っていくような、そんな動き。地上に置いてもホバリング状態を保てる四脚機ならではと言ったところか。 もちろんそれで終わるわけではない。 「……!?」 右背のミサイルコンテナが開いていた。大威力のコジマミサイル。一番当たりにくい武器であると同時に、一番警戒すべき武器。それが放たれる。 このまま先ほどと同じように引き付けて回避すればミサイルの大半は避けれる。しかし、今回に限ってはイリアはその避け方をシルバーエッジにはさせず、地面に足をつけ、バックブーストも全開で急制動をかけた。 正面間近。直進していればコジマミサイルとシルバーエッジが交差したであろう地点で大きなコジマ爆発が起こる。 閃光によってカメラが潰されるが、それは大した問題ではない。一瞬足を止め、それから前方上空へと再び跳ぶ。直後、カリオンから放たれたプラズマキャノンがシルバーエッジのいた地点に着弾。直前に展開していたところを、しっかりと見ていたらしい。 「(…よく見てるわね。前に、「あの人」と戦場で会ったって話をしていたけど…。なるほど、ただ戦っただけじゃないみたい。飲み込みの早い子なのは知ってたけど、ここまでとはね)」 さらに大きくかつ複雑に動き、カリオンの死角を突こうとするシルバーエッジの動きに、カリオンを追従させつつ、テレジアは小さく笑みを浮かべていた。 ノーロックでのコジマミサイル発射。狙った先は地上であり、あのまま進んでいれば確実に巻き込まれていたことだろう。だが、それをイリアは見抜き、敢えて止まって回避した。 わずか数秒の攻防だが、事前に見抜く事は不可能ではない。カリオンが旋回してミサイルが発射されるまでの時間を考えれば、ロックして撃ったか撃ってないかを判別する事は不可能ではない。対処された時に備えてのプラズマキャノンも、しっかりと予期していた。大したものだ。 再び距離を詰めようとするシルバーエッジ。それに対し、そう簡単には近づかせまいと、バズーカとプラズマキャノンで牽制をかけるカリオン。だが、シルバーエッジの動きはなかなかに巧妙で捕捉すらままならい動きだった。まるでこちらがどう動くかわかっているかのように、動き続けている。 いや、間違いなくどう動くかわかっているのだろう。彼から実戦の中で教えを受けたらしいから。 「(ホント、手強くなってるわね。彼と同じく「よく見る」ことも覚えたみたいだし、元々反射神経も良い子だから、なおさらと言ったところか…)」 連射する勢いで攻撃すれば何回かに一回は当たるだろうが、それでは弾切れを起こしてしまう。それはカリオンを操る上で一番注意することだ。 「(さて、どうしようかしらね。このまま続ければ、いずれは私のほうが攻撃の手段を失うことになるし。やっぱり、ここは…)」 カリオンを操りつつ、シルバーエッジへの対抗策を考える。いかに攻撃を当てるチャンスを作るか。そしてテレジアが取った手段は、足を止めることであった・ 「…え…?」 不意にカリオンの動きが止まり、イリアに戸惑いの色が浮かぶ。バズーカとハンドミサイルこそ、こちらに向けているものの攻撃はない。完全にカリオンは足を止めて、こちらを見ている。 「…カウンター狙い…かな」 イリアは、すぐにテレジアの狙いに気がついた。レーザーブレードの威力は高いとは言え、削りあいになればシルバーエッジのほうが圧倒的に不利なのは確実なのだ。 そして、攻撃するためには近づくしかない。だが至近距離ともなれば、相手の攻撃もほぼ確実に当てれる状況でもある。となれば、狙うのはヒットアンドアウェイだろうが、簡単には逃がしてくれない気もする。 それでも行くしかないのだが。 「やっぱり射撃武器も積んどいた方がいいね…」 そんな感想を抱きつつも、今はブレードしかないのだから、それでがんばるほかない。 『どうしたの? 来てくれないと攻撃できないんだけど』 テレジアの声が響くが、それは明らかに誘っているものだった。間違いなく至近距離でやりあうつもりだと確信する。 「大丈夫、いまから突っ込む」 短く答え、再び距離を詰めにかかる。オーバードブーストは使わず、通常ブーストにクイックブーストを織り交ぜ、ジグザクな軌道を描くようにカリオンへと迫る。普通に切りかかっても駄目だ。攻撃するなら一工夫挟む必要がある。 さらに距離が縮まる。それでもカリオンは撃ってこない。 中距離から近距離へ。そして、踏み込める距離へ。 ブレードを振りかぶり前へとクイックブーストを吹かす。 『……っ?!』 案の定、斬りかかる瞬間を狙っていたのだろう。間髪入れずにバズーカとハンドミサイルが放たれるも、すでにシルバーエッジは射線上にはいなかった。 そのまま切りかかると見せかけて、地面を蹴って跳躍。クイックブーストの勢いも借りて、カリオンの頭上を跳び越す。クイックブーストによる左右への回避でもなく、上への回避。そして飛び越えざまに機体を縦方向へと一回転させつつブレードを振りぬき、上からカリオンを斬りつける。 さすがに一撃で落ちるほど、やわな相手ではない。そのまま背後へと着地し、クイックターン。その回転の勢いに載せて、さらにブレードへの一撃を叩き込まんとする。 だが、同時にカリオンもまたクイックターンでシルバーエッジのほうへと振り返っていた。ブレードの光刃がカリオンの装甲に食い込むも、同じ方向へと受け流され最初ほどのダメージには至らない。 シルバーエッジの頭部。メインカメラを通して、バズーカの砲口がドアップでモニターに移る。ほぼ零距離。バズーカが撃ち出される。それを驚異的な反応速度でイリアはシルバーエッジの頭部を横へと逸らし、すんでのところで回避する。…が、それが精一杯。一拍置いて撃ち放たれたプラズマキャノンがシルバーエッジを直撃する。 「……っ?!まだ、この程度…っ」 怯んだところに再び狙いを定めたバズーカが向けられる。右サイドへと、出力を抑えてクイックブースト。射線から機体が外れるギリギリ最低限の動きでかわす。そして右手のレーザーブレードを下から掬い上げるように突きを放つ。 その一撃をハンドミサイル本体を盾にカリオンが防ぐ。至近距離で残ったミサイル全てが爆発。両機共に爆発に巻き込まれ大きなダメージを負う。 『さあ、後がなくなってきたわよ?』 「……くっ」 状況はカリオンがやや優勢に傾いていた。プラズマキャノンの直撃。そしてハンドミサイルの残り全部の爆発。ハンドミサイルは自爆だったために相手もダメージを受けているだろうが、軽量機である以上シルバーエッジの方が不利だ。 さらに右腕部と右のレーザーブレードがハンドミサイルの爆発によって使い物にならなくなっている。それは相手も同じことだが、攻撃の手段がまだいくつもある相手の方が有利。対してこちらは手数まで減ってしまった。 「この…、程度…っ」 だがそんな事態にも関わらず、イリアはすぐに次の手を考え、実行に移していた。 どんなに想定外なことが起きても、慌てずに次の手を考え、即座に実行する。その事を教えてくれたのは、模擬戦とはいえ初めてネクスト戦の相手になってくれたヤンだ。 忘れもしない。彼との戦闘においては、まさにそれが勝負の分け目となったのだから。 『…っ アサルトアーマー!?』 すかさずアサルトアーマーを起動する。すぐさま、それを予期したカリオンが退避しようとするが、シルバーエッジの進力には適わない。閃光に包まれ、カリオンのPAが消失。こちらのPAも低下していたため、本来ほどの威力はなかったにしても相手へのダメージを与えることに成功する。 さらに、今ならカメラも使い物にならないはず。このチャンスを逃すわけにはいかない。なるべく早く、短い間に少しでも大きなダメージを与える必要がある。 でも、どうやって? 片手のみのレーザーブレードで――― 今までの戦いを思い返す。何か、何かなかっただろうか。何か良い手が。 自分に一番足りなかったのは経験だったはず。だからこそ、少しでも実戦の機会が多くなりそうな独立傭兵になったのではなかったか。もちろん、他にも目的はあったけれども、それも理由の一つだ。 そして、いくつもの戦闘をこなしてきた。色々な相手と戦ったりして、今がある。実際に、今の戦いでもそれら全てが生かされて、ここまで来ている。。積み重ねたものに無駄なものはない。 対ネクスト。レーザーブレード。そうして思い浮かんだのは、正体不明のネクストとの一戦だった。ムーンライトを装備した所属不明機との戦闘。あの戦闘では痛み分けだったが、それに持ち込んだ一撃。 あれなら行けるかもしれない。けれども―――同時に不安も浮かぶ。これで決まらなければ、負けてしまうのは自分になる。そんな予感がした。 もっと別の方法が良いのではないだろうか。そんな考えすら浮かぶ。だが、そこでイリアの脳裏に浮かんだのは戦闘とは違うところで得た物だった。 ―――思い立ったが吉日。―――やりたいようにやればいい。―――失敗は成功の元。―――終わりよければ全てよし。―――自爆はすれど、巻き込むな。 それはトーラスの社訓だった。とりあえずやってみて、駄目なら改める。成功すればしてやったりで喜ぶ。ただ失敗した時に他人に迷惑は掛けないこと。ぶっちゃけるとそんなとこだ。 それを思い出し、イリアの中に小さな勇気が生まれた。もし、これで負けたとしても、それをバネにすればいいのだ。仮に失敗して負けても、それが周りに迷惑を掛けることはない。実戦だったらともかく、今やっているのは現実での命を掛けた戦闘ではないのだから。 「……うん、行こう」 気持ちを切り替える。AMSを通じて、シルバーエッジを動かす。とりあえず、やってみるのだ。 「これでっ!!」 まずクイックターンを掛けつつレーザーブレードを振り抜く。旋回の速さを利用した瞬速の一撃。 そして振り抜き終わらないうちに、逆方向へとクイックターンを掛け、刀身が消える前に再度切り返す。 2段クイックによる切り返しターンを使ったレーザーブレードによる瞬速の二連撃。その攻撃は、カリオンのバズーカを切り払い、さらに正面に大きな切り傷を刻み込んでいた。 あの時は発生時間の長い特殊なブレードだったから出来た半ば偶然の産物による二連撃ではあったが、今回は違う。発生時間はあれよりも短いからだ。だがその代わりに肩の追加ブースターによってクイックターンの速度も大幅に上がっているため、再現できた。いや…むしろ、あの時よりも隙のない強力な攻撃になっていた。 プラズマキャノンがシルバーエッジへと向けられる。だが、そこで再び上へと跳ねる。 腕部兵装が潰れた今、上方から迫るシルバーエッジを迎撃する術はカリオンにはなかった。すぐさまクイックブーストで回避しようとするが、シルバーエッジの方が早く、もはや振り切ることは不可能だった。 『……くっ』 「いっけぇぇぇぇっ!!」 シルバーエッジが左腕のレーザーブレードを展開し、大きく後ろへと腕を引く。そして落下と同時に突き出し、その光刃をカリオンの胴体部へと突き刺した。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「………」 AMSの接続が解除され、テレジアの意識は仮想空間から現実へと戻っていた。それが意味する事は一つ。カリオンが撃墜されたということだ。 機体状態を見れば、最後の一撃はコクピットまで貫いていた。殺すつもりで来いと言ったのは自分だが、まさか本当に躊躇うことなくトドメをここに狙ってくるとは思ってもいなかった。これが実戦だったら確実に死んでいることだろう。 「…ふぅ…。ちょっと見ないうちに、ほんと大きくなったわね」 トーラスから独立傭兵になって、どれくらいの月日が流れたことだろう。だが、その月日は間違いなく娘であるイリアにとって糧となっていようだ。 ただでさえ高かった技量がさらに上がっている。それだけではなく、戦闘に置ける気構えと言うのも前よりも確かなものとなっている。不利な状況に叩き込まれても、すぐに次の手を打つ。それは決して簡単なことではないのだ。 通信を繋ぐ。すでに伝える事は決まっている。 「おめでとう。これで貴女はランク29よ」 『………』 そう告げるも返事はない。恐らく勝てたことが、まだ実感できていないのだろう。 シミュレーターの中で呆然としているイリアの様子が容易に思い浮かび、口元から笑みが漏れる。 「上には上がいるって言うから。私に勝てたからといって、気を緩めちゃ駄目よ?」 まだイリアのランクマッチ制覇は始まったばかりだ。当然、上位ランクともなれば、今のイリアといえども一筋縄で行ける相手ばかりではないだろうし、下位ランクにもまだ魔物が潜んでいるかもしれない。 そこはランクマッチを続けていけばわかることだろう。仮に負ける事があっても、勝てるまでイリアはがんばるだろう。実戦と同じとはいえ、死ぬことはないのだ。何度でも挑戦はできる。 だが、それはさておいて。まずは自分が感じたことを、イリアに伝えるとしよう。それが、たぶんイリアに送れる最大の賛辞だ。 「でも、まずは一言。お疲れ様。強くなったわね、本当に」 『……っ!!』 息を呑む音が通信越しに聞こえる。 『う…うん。・・・あ、ありがとう…っ』 そして涙ぐんだ声が返ってきて、声を押し殺してはいるものの咽び泣く声が聞こえてくるのだった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ イリアは、荒野の中に一人立っていた。その視線の先には天まで届くのではないだろうかと思える高い塔が2本そびえている。 エーレンベルク。衛星軌道掃射砲と呼ばれる物が今も残っている場所である。もっとも、ここにあるのは本物ではないらしいが、そんなことは大した問題ではない。 今、重要なのはここで行われた戦闘によって命を落としたリンクスがいるということ。そして、そのリンクスは、自分にとってはやっぱり大切な人であるということだ。 「…テペスさん、お久しぶり。えへへ、また来ちゃった」 そもそも、「あの人」がここで落とされたことを知ったのは偶然のことだった。 ランクマッチを順調に駆け上がっている途中、イリアは新たな壁に突き当たったことがあった。下位ランクに思わぬ伏兵が潜んでいたのである。テレジア以外にも。 今までにないネクスト戦のセオリーすら無視しているような戦い方をする相手に苦戦を強いられるものの、イリアはなんとか一回で勝利。ただ…その時に対戦したリンクスが、イリアの戦い方が前に戦ったことのある相手と似ていると言ったのだ。正確には、動きは全然違うが同じ物を感じたと言った具合に。 その一言が気になったイリアがさらに詳しい話を聞き、そこからこの場所での戦闘で落とされたのが、「あの人」であると知ったのである。 それ以来、時々こうしてこの場を訪れ、イリアは今は亡き相手に近況報告をするようになっていた。 「私は元気だよ。相変わらずランクマッチ制覇目指してがんばってる。明日のランクマッチで勝てたら9になるんだ」 今のイリアのランクは10だった。そして明日には、次のランクマッチが控えている。今日来たのは、そのことも関係している。 「勝てるかって聞かれたら、自信はちょっとないかな。だって明日の相手は、あのホワイトグリントだから…」 ランク9 ホワイトグリント。カラード内では間違いなく最強とされていて、本来ならランク1は確実とされている、そんな相手だ。 「確かテペスさんを落としたのが、ホワイトグリントって話だよね。んーちょっと複雑な気持ちではあるけど、恨んではいないよ。戦場で対峙したわけだし、どっちも譲れない物があったわけだしね…」 恨んだところで帰ってくるわけでもないことをイリアはわかっている。とはいえ、特別な感情がないかと言われれば、首を横に振ることになる。 「出来るものなら、テペスさんとも決着つけたかったけど、それは叶いそうにないから。だから代わりにホワイトグリントを倒すよ。テペスさんと落としたホワイトグリントに勝つことが出来たら、テペスさんにも勝てたってことになるだろうし。あれ?…なるのかな? まぁ、そういうことにしておいてね」 自分の母親であるテレジアの時と同じように、イリアにとっては越えるべき壁の一つだ。少なくとも自分はそんな風に受け止めている。 「あ、そうそう私のペットのアミちゃんだけど。3匹の子供を生んでね、今じゃ立派なお母さんになってるんだよ♪ 今度来る時は連れてくるよ。……それじゃあ、また来るね」 静かに目を閉じ、黙祷する。そして、イリアはその場を後にするのであった。 その後、紆余曲折を経てイリアはランク1へと到達することとなる。そして、長い間その座を維持し続けたと言う。 ある日の事、一人の記者が、イリアになぜそんなに強いのかと聞いたことがあった。その問いに対し、彼女は苦笑いを浮かべつつこう答えたと言う。 「立ち止まっても、また歩く。がんばって進むことかな」と。 ~おしまい~ ---- now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:&counter(total); ---- **移設元コメント [#tea30c8c] -伏兵…あのガチタンか!そして最後まで名前すら出てこなかったP.ダムェ… -- 2011-09-12 (月) 20:01:00 -イレギュラータンクここに登場かw てかアミちゃんに子供って、いったい誰のAMIDAとの子供だよwww -- 2011-09-12 (月) 20:36:05 -↑それはやっぱりダンに恐怖を植え付けたKOJIMAMIDAさんでは? えむさん -- 2011-09-12 (月) 22:06:40 -途中で切れた……長編2作目完結お疲れ様です。ビットマン&変態試作兵器愛楽しませて頂きました、次もお待ちしてます……というかリクエストですがVOWのクラニアムの戦いの裏、ラインアーク再防衛が見たかったり……パッケージのホワイトグリントvsアンサラーやセレンvsダリオ(因縁が消化不良だったので)とかなりそうで面白そうかな?と -- 2011-09-12 (月) 22:18:01 -本編主人公との対決の様子も見て見たかったなぁ・・・ガチタンスキーとして。 -- 2011-09-12 (月) 22:47:24 -凡ミス一つ。途中で明確に右腕潰れてるのに右腕で斬りかかっているところあります。 -- 2011-09-13 (火) 14:45:46 -戦いは憎しみを持ち込むものではないけれど、それを実行するのは簡単なことではない。こういった風に言葉を紡げるのは、とても幸せなことかもしれない。完結お疲れ様です。……それにしてもトーラス社訓も役に立つ日が来るとはw -- 2011-09-13 (火) 20:39:28 ---- ☆あとがき☆ えむです。なんだかんだで、この物語もついに完結を迎える事が出来ました。 例によって、こういう場になると言葉が思いつきません。なんてこったorz まぁ今作を書くに当たって、なんというか、色々と勉強させられた気がします個人的に。次があったら、今回の教訓をまた生かしたいと思います。どんな教訓を得たのか? それは内緒ですw 次の予定は何もありません。ACVで書くかもしれないし、書かないかもしれないし…。ちょこちょこととネタはあったりするのですが…。 また次がありましたら、生温かくでも見守っていただけたら幸いです。 長々とここまでお付き合いいただいて、そしてコメントを下さった方々にも心からのお礼をば。ありがとうございました!! それでは、またどこかでお会いしましょう(・▽・)ノシ ---- **コメント [#zf7fab30] #comment ---- RIGHT:[[小説へ戻る>小説/長編]]
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[[小説/長編]] #setlinebreak Written by えむ ---- クレイドルの命運がかかったORCAとの戦いは、隠されていたORCAのエーレンベルクを舞台とした戦闘を経て、一つの終結へと向かった。その立役者だったのがラインアークのリンクスと、それに協力したウィン・D・ファンションの存在である。 その後、企業同士の関係は以前よりも良好なものとなっている。企業の総力を上げてとあるプロジェクトが進んでいるらしいとの噂ではあるが、その内容については一般には公開されていないため、その事実を知っている者はそう多くはない。 いずれにしても、企業間での経済戦争はすっかり鳴りを潜めていた。それに伴い、リンクスの仕事も少なくなったのが現状だ。 ラインアーク以外にも反企業体制は未だに存在するし、リリアナや今だに活動を続けようとするORCAの残党と言った脅威はあり、それらの対応で依頼が来ることはある。それでも以前に比べれば出番が少なくなったのは言うまでもない。 そんな中、以前よりも時間が出来てしまったイリアはかねてより考えていた一つの計画を実行に移すことにした。 ランクマッチの制覇である。 ――強くなる。それを目標としているイリアにとって、ランクマッチの制覇を果たすことは、一つの指針となる。ただ、上へ上がるにあたってやらなくてはいけないことが一つ。 それは「下位ランクに潜む魔物」と密かに称されるリンクスの一人であり、最初期のリンクス・オリジナルの一人であり、そして同時に自分の母親でもある、ミセス・テレジアに勝つこと。 そして今まさに、イリアのシルバーエッジはテレジアのカリオンと対峙していた。 「お母さん。手を抜いたりしたら、怒るからね」 『そうね。今回は本気で行かないといけないわね。貴女との約束だし』 イリアの言葉にテレジアが静かに答える。普段は、オーダーマッチやランクマッチにおいても、それほど真面目には取り組まないのが彼女である。その大きな理由は、たんにランクとかにこだわりもなく、本人曰く「やる気が出ない」とのことなのだが、今回はそうもいかない。そんなことをすれば、怒られるとかの問題ではすまされない。 イリアにとって、自分との対戦がどれほど重要なものかは、テレジア自身よくわかっている。 シミュレーターの中で、その長い髪をゴムで束ねる。これは、いわゆるただの癖みたいなものなのだが、その様子をモニター越しに見ていたイリアには、それが何を意味するか、すぐにわかった。 『――さぁ、始めるわよ。それこそ私を殺すくらいの気持ちで来なさいね』 「…………っ」 通信越しの言葉。だがその言葉に秘められていたのは、現実での実戦でしか感じられないはずの空気だった。――殺気。そう、今目の前に入る相手は、そのつもりで動こうとしている。本気で来て欲しい。そんな自分の願いに答えて。 最初から全力を尽くすつもりではいるが、それでもこちらの意思に答えてくれたのだ。こちらもそれに答えなくてはいけない。ただ全力を尽くすだけでなく、それ以上の何かを持って。 シミュレーターのコクピットの中で静かに深呼吸をする。そして、気合を入れるべく両頬を叩いて、正面を向く。――睨みつける。 「それはこっちの台詞。そっくり、そのまま返してあげる!!」 『ふふっ。そう、上手く行くかしらね』 現実なら、戦闘前にこんな悠長な会話を交わす時間はない。が、そんなことはどうでもいい。どちらにしても今から繰り広げるのは、「実戦」相当の戦いなのだから。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ イリアのシルバーエッジが空を駆ける。 追加ブースターの力も借りて、ただただ機体を前へと進める。やがて、遥か前方に砂埃をあげつつ地面を滑るように疾走するカリオンの姿が見える。 まずは高度は下げないまま、カリオンのいる方へと距離だけを詰めていく。対するカリオンもこちらへと確実に近づいてきていた。 交戦距離は遠距離から、中距離へ。 すでに相手の射程内のはずだが攻撃はしてこない。こちらの出方を伺うかのように地上を走っているだけだ。 「(やっぱり、撃ってこない。当然か…)」 攻撃をしてこないカリオン。けれどもイリアは攻撃してこないことを不思議とは思わず、むしろやっぱり…と言った表情を浮かべていた。 カリオンの総火力は高い。だが、装弾数は多くないため長期戦に向いた機体ではない。 それに対し高機動が売りとも言えるシルバーエッジの武装は、使用制限のないレーザーブレードだけ。長期戦に持ち込んで弾切れでも起こせば、確実にチェックメイトだ。 さらにいえば中~遠距離で、そうそう当てれる相手ではないと向こうもわかっているのだろう。実際、カリオンの武装の弾速はどれも決して早いものではない。イリアは、撃たれてからでもかわせる自信があった。距離が開いている限りは。 「(近づくのを待ってるんだろうな、やっぱり)」 近距離戦にもなれば、さすがに相手の攻撃を全部かわしきる自信はさすがにない。だが、こちらは近づかないことには始まらないので、いつまでも距離を維持したまま様子見しているわけにもいかない。 とはいえ、ちょっとやそっとの機動をとっても確実に迎撃されるだろう。誰よりも―――自分が慕っていたあの人・テペスよりも―――自分のことを知っているのだから。そして、色々教えてくれた人でもあるのだから。 それでも、手がないわけじゃない。 「オートバランサーオフ。マニュアルシフト。いくよっ」 独立傭兵になってからの自分については、あまり相手も知らないはず。付け入る隙があるのなら、そこしかない。同時に、自分がどれだけ成長しているかを見せることにもなる。 姿勢制御をマニュアルに変更する。キタサキ・ジャンクションで所属不明の狙撃型ネクストに近づくために使った手だ。負荷が増してしまうが、その分制御しきることが出来れば、柔軟な動きも可能となる。 ブーストをカットし自由落下を開始。落ちながら空中で姿勢を変える。足からではなく、身体の正面を地面に向けるように。それこそスカイダイビングで見られるような体勢で降下していく。 カリオンがハンドミサイルを上へと向ける。そして発射。16発ものミサイルがが迎撃せんとばかりに迫る。 ギリギリまでひきつけ、左サイドへとクイックブースト。すぐ横をミサイルが抜けていくも、急旋回して背後から迫ってくる。それにも構わず前方へと、さらにクイックブーストし、ミサイルから距離を離す。 そして、続けて右へクイックブースト。そのまま体勢をわざと崩し、機体そのものをローリング。すぐ横をバズーカの砲弾がすりぬけていった。 『ネクストってそんな動きも出来るのね』 なにやら感心したような声が聞こえる。けれども、それに答える余裕はない。その場から移動を始めるカリオンを追撃すべく、機体の体勢を立て直し、ブーストを吹かしつつ着地。間隙入れずにオーバードブーストを起動し、一気にカリオンを追う。 背を向けていたカリオンが滑るような動きで、機体の向きをこちらへと向ける。前へとクイックを吹かし、その勢いを殺さぬまま方向だけを転換。映画とかで、バックしていく車が180度ターン、そこから流れるように正面を向いて走っていくような、そんな動き。地上に置いてもホバリング状態を保てる四脚機ならではと言ったところか。 もちろんそれで終わるわけではない。 「……!?」 右背のミサイルコンテナが開いていた。大威力のコジマミサイル。一番当たりにくい武器であると同時に、一番警戒すべき武器。それが放たれる。 このまま先ほどと同じように引き付けて回避すればミサイルの大半は避けれる。しかし、今回に限ってはイリアはその避け方をシルバーエッジにはさせず、地面に足をつけ、バックブーストも全開で急制動をかけた。 正面間近。直進していればコジマミサイルとシルバーエッジが交差したであろう地点で大きなコジマ爆発が起こる。 閃光によってカメラが潰されるが、それは大した問題ではない。一瞬足を止め、それから前方上空へと再び跳ぶ。直後、カリオンから放たれたプラズマキャノンがシルバーエッジのいた地点に着弾。直前に展開していたところを、しっかりと見ていたらしい。 「(…よく見てるわね。前に、「あの人」と戦場で会ったって話をしていたけど…。なるほど、ただ戦っただけじゃないみたい。飲み込みの早い子なのは知ってたけど、ここまでとはね)」 さらに大きくかつ複雑に動き、カリオンの死角を突こうとするシルバーエッジの動きに、カリオンを追従させつつ、テレジアは小さく笑みを浮かべていた。 ノーロックでのコジマミサイル発射。狙った先は地上であり、あのまま進んでいれば確実に巻き込まれていたことだろう。だが、それをイリアは見抜き、敢えて止まって回避した。 わずか数秒の攻防だが、事前に見抜く事は不可能ではない。カリオンが旋回してミサイルが発射されるまでの時間を考えれば、ロックして撃ったか撃ってないかを判別する事は不可能ではない。対処された時に備えてのプラズマキャノンも、しっかりと予期していた。大したものだ。 再び距離を詰めようとするシルバーエッジ。それに対し、そう簡単には近づかせまいと、バズーカとプラズマキャノンで牽制をかけるカリオン。だが、シルバーエッジの動きはなかなかに巧妙で捕捉すらままならい動きだった。まるでこちらがどう動くかわかっているかのように、動き続けている。 いや、間違いなくどう動くかわかっているのだろう。彼から実戦の中で教えを受けたらしいから。 「(ホント、手強くなってるわね。彼と同じく「よく見る」ことも覚えたみたいだし、元々反射神経も良い子だから、なおさらと言ったところか…)」 連射する勢いで攻撃すれば何回かに一回は当たるだろうが、それでは弾切れを起こしてしまう。それはカリオンを操る上で一番注意することだ。 「(さて、どうしようかしらね。このまま続ければ、いずれは私のほうが攻撃の手段を失うことになるし。やっぱり、ここは…)」 カリオンを操りつつ、シルバーエッジへの対抗策を考える。いかに攻撃を当てるチャンスを作るか。そしてテレジアが取った手段は、足を止めることであった・ 「…え…?」 不意にカリオンの動きが止まり、イリアに戸惑いの色が浮かぶ。バズーカとハンドミサイルこそ、こちらに向けているものの攻撃はない。完全にカリオンは足を止めて、こちらを見ている。 「…カウンター狙い…かな」 イリアは、すぐにテレジアの狙いに気がついた。レーザーブレードの威力は高いとは言え、削りあいになればシルバーエッジのほうが圧倒的に不利なのは確実なのだ。 そして、攻撃するためには近づくしかない。だが至近距離ともなれば、相手の攻撃もほぼ確実に当てれる状況でもある。となれば、狙うのはヒットアンドアウェイだろうが、簡単には逃がしてくれない気もする。 それでも行くしかないのだが。 「やっぱり射撃武器も積んどいた方がいいね…」 そんな感想を抱きつつも、今はブレードしかないのだから、それでがんばるほかない。 『どうしたの? 来てくれないと攻撃できないんだけど』 テレジアの声が響くが、それは明らかに誘っているものだった。間違いなく至近距離でやりあうつもりだと確信する。 「大丈夫、いまから突っ込む」 短く答え、再び距離を詰めにかかる。オーバードブーストは使わず、通常ブーストにクイックブーストを織り交ぜ、ジグザクな軌道を描くようにカリオンへと迫る。普通に切りかかっても駄目だ。攻撃するなら一工夫挟む必要がある。 さらに距離が縮まる。それでもカリオンは撃ってこない。 中距離から近距離へ。そして、踏み込める距離へ。 ブレードを振りかぶり前へとクイックブーストを吹かす。 『……っ?!』 案の定、斬りかかる瞬間を狙っていたのだろう。間髪入れずにバズーカとハンドミサイルが放たれるも、すでにシルバーエッジは射線上にはいなかった。 そのまま切りかかると見せかけて、地面を蹴って跳躍。クイックブーストの勢いも借りて、カリオンの頭上を跳び越す。クイックブーストによる左右への回避でもなく、上への回避。そして飛び越えざまに機体を縦方向へと一回転させつつブレードを振りぬき、上からカリオンを斬りつける。 さすがに一撃で落ちるほど、やわな相手ではない。そのまま背後へと着地し、クイックターン。その回転の勢いに載せて、さらにブレードへの一撃を叩き込まんとする。 だが、同時にカリオンもまたクイックターンでシルバーエッジのほうへと振り返っていた。ブレードの光刃がカリオンの装甲に食い込むも、同じ方向へと受け流され最初ほどのダメージには至らない。 シルバーエッジの頭部。メインカメラを通して、バズーカの砲口がドアップでモニターに移る。ほぼ零距離。バズーカが撃ち出される。それを驚異的な反応速度でイリアはシルバーエッジの頭部を横へと逸らし、すんでのところで回避する。…が、それが精一杯。一拍置いて撃ち放たれたプラズマキャノンがシルバーエッジを直撃する。 「……っ?!まだ、この程度…っ」 怯んだところに再び狙いを定めたバズーカが向けられる。右サイドへと、出力を抑えてクイックブースト。射線から機体が外れるギリギリ最低限の動きでかわす。そして右手のレーザーブレードを下から掬い上げるように突きを放つ。 その一撃をハンドミサイル本体を盾にカリオンが防ぐ。至近距離で残ったミサイル全てが爆発。両機共に爆発に巻き込まれ大きなダメージを負う。 『さあ、後がなくなってきたわよ?』 「……くっ」 状況はカリオンがやや優勢に傾いていた。プラズマキャノンの直撃。そしてハンドミサイルの残り全部の爆発。ハンドミサイルは自爆だったために相手もダメージを受けているだろうが、軽量機である以上シルバーエッジの方が不利だ。 さらに右腕部と右のレーザーブレードがハンドミサイルの爆発によって使い物にならなくなっている。それは相手も同じことだが、攻撃の手段がまだいくつもある相手の方が有利。対してこちらは手数まで減ってしまった。 「この…、程度…っ」 だがそんな事態にも関わらず、イリアはすぐに次の手を考え、実行に移していた。 どんなに想定外なことが起きても、慌てずに次の手を考え、即座に実行する。その事を教えてくれたのは、模擬戦とはいえ初めてネクスト戦の相手になってくれたヤンだ。 忘れもしない。彼との戦闘においては、まさにそれが勝負の分け目となったのだから。 『…っ アサルトアーマー!?』 すかさずアサルトアーマーを起動する。すぐさま、それを予期したカリオンが退避しようとするが、シルバーエッジの進力には適わない。閃光に包まれ、カリオンのPAが消失。こちらのPAも低下していたため、本来ほどの威力はなかったにしても相手へのダメージを与えることに成功する。 さらに、今ならカメラも使い物にならないはず。このチャンスを逃すわけにはいかない。なるべく早く、短い間に少しでも大きなダメージを与える必要がある。 でも、どうやって? 片手のみのレーザーブレードで――― 今までの戦いを思い返す。何か、何かなかっただろうか。何か良い手が。 自分に一番足りなかったのは経験だったはず。だからこそ、少しでも実戦の機会が多くなりそうな独立傭兵になったのではなかったか。もちろん、他にも目的はあったけれども、それも理由の一つだ。 そして、いくつもの戦闘をこなしてきた。色々な相手と戦ったりして、今がある。実際に、今の戦いでもそれら全てが生かされて、ここまで来ている。。積み重ねたものに無駄なものはない。 対ネクスト。レーザーブレード。そうして思い浮かんだのは、正体不明のネクストとの一戦だった。ムーンライトを装備した所属不明機との戦闘。あの戦闘では痛み分けだったが、それに持ち込んだ一撃。 あれなら行けるかもしれない。けれども―――同時に不安も浮かぶ。これで決まらなければ、負けてしまうのは自分になる。そんな予感がした。 もっと別の方法が良いのではないだろうか。そんな考えすら浮かぶ。だが、そこでイリアの脳裏に浮かんだのは戦闘とは違うところで得た物だった。 ―――思い立ったが吉日。―――やりたいようにやればいい。―――失敗は成功の元。―――終わりよければ全てよし。―――自爆はすれど、巻き込むな。 それはトーラスの社訓だった。とりあえずやってみて、駄目なら改める。成功すればしてやったりで喜ぶ。ただ失敗した時に他人に迷惑は掛けないこと。ぶっちゃけるとそんなとこだ。 それを思い出し、イリアの中に小さな勇気が生まれた。もし、これで負けたとしても、それをバネにすればいいのだ。仮に失敗して負けても、それが周りに迷惑を掛けることはない。実戦だったらともかく、今やっているのは現実での命を掛けた戦闘ではないのだから。 「……うん、行こう」 気持ちを切り替える。AMSを通じて、シルバーエッジを動かす。とりあえず、やってみるのだ。 「これでっ!!」 まずクイックターンを掛けつつレーザーブレードを振り抜く。旋回の速さを利用した瞬速の一撃。 そして振り抜き終わらないうちに、逆方向へとクイックターンを掛け、刀身が消える前に再度切り返す。 2段クイックによる切り返しターンを使ったレーザーブレードによる瞬速の二連撃。その攻撃は、カリオンのバズーカを切り払い、さらに正面に大きな切り傷を刻み込んでいた。 あの時は発生時間の長い特殊なブレードだったから出来た半ば偶然の産物による二連撃ではあったが、今回は違う。発生時間はあれよりも短いからだ。だがその代わりに肩の追加ブースターによってクイックターンの速度も大幅に上がっているため、再現できた。いや…むしろ、あの時よりも隙のない強力な攻撃になっていた。 プラズマキャノンがシルバーエッジへと向けられる。だが、そこで再び上へと跳ねる。 腕部兵装が潰れた今、上方から迫るシルバーエッジを迎撃する術はカリオンにはなかった。すぐさまクイックブーストで回避しようとするが、シルバーエッジの方が早く、もはや振り切ることは不可能だった。 『……くっ』 「いっけぇぇぇぇっ!!」 シルバーエッジが左腕のレーザーブレードを展開し、大きく後ろへと腕を引く。そして落下と同時に突き出し、その光刃をカリオンの胴体部へと突き刺した。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「………」 AMSの接続が解除され、テレジアの意識は仮想空間から現実へと戻っていた。それが意味する事は一つ。カリオンが撃墜されたということだ。 機体状態を見れば、最後の一撃はコクピットまで貫いていた。殺すつもりで来いと言ったのは自分だが、まさか本当に躊躇うことなくトドメをここに狙ってくるとは思ってもいなかった。これが実戦だったら確実に死んでいることだろう。 「…ふぅ…。ちょっと見ないうちに、ほんと大きくなったわね」 トーラスから独立傭兵になって、どれくらいの月日が流れたことだろう。だが、その月日は間違いなく娘であるイリアにとって糧となっていようだ。 ただでさえ高かった技量がさらに上がっている。それだけではなく、戦闘に置ける気構えと言うのも前よりも確かなものとなっている。不利な状況に叩き込まれても、すぐに次の手を打つ。それは決して簡単なことではないのだ。 通信を繋ぐ。すでに伝える事は決まっている。 「おめでとう。これで貴女はランク29よ」 『………』 そう告げるも返事はない。恐らく勝てたことが、まだ実感できていないのだろう。 シミュレーターの中で呆然としているイリアの様子が容易に思い浮かび、口元から笑みが漏れる。 「上には上がいるって言うから。私に勝てたからといって、気を緩めちゃ駄目よ?」 まだイリアのランクマッチ制覇は始まったばかりだ。当然、上位ランクともなれば、今のイリアといえども一筋縄で行ける相手ばかりではないだろうし、下位ランクにもまだ魔物が潜んでいるかもしれない。 そこはランクマッチを続けていけばわかることだろう。仮に負ける事があっても、勝てるまでイリアはがんばるだろう。実戦と同じとはいえ、死ぬことはないのだ。何度でも挑戦はできる。 だが、それはさておいて。まずは自分が感じたことを、イリアに伝えるとしよう。それが、たぶんイリアに送れる最大の賛辞だ。 「でも、まずは一言。お疲れ様。強くなったわね、本当に」 『……っ!!』 息を呑む音が通信越しに聞こえる。 『う…うん。・・・あ、ありがとう…っ』 そして涙ぐんだ声が返ってきて、声を押し殺してはいるものの咽び泣く声が聞こえてくるのだった。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ イリアは、荒野の中に一人立っていた。その視線の先には天まで届くのではないだろうかと思える高い塔が2本そびえている。 エーレンベルク。衛星軌道掃射砲と呼ばれる物が今も残っている場所である。もっとも、ここにあるのは本物ではないらしいが、そんなことは大した問題ではない。 今、重要なのはここで行われた戦闘によって命を落としたリンクスがいるということ。そして、そのリンクスは、自分にとってはやっぱり大切な人であるということだ。 「…テペスさん、お久しぶり。えへへ、また来ちゃった」 そもそも、「あの人」がここで落とされたことを知ったのは偶然のことだった。 ランクマッチを順調に駆け上がっている途中、イリアは新たな壁に突き当たったことがあった。下位ランクに思わぬ伏兵が潜んでいたのである。テレジア以外にも。 今までにないネクスト戦のセオリーすら無視しているような戦い方をする相手に苦戦を強いられるものの、イリアはなんとか一回で勝利。ただ…その時に対戦したリンクスが、イリアの戦い方が前に戦ったことのある相手と似ていると言ったのだ。正確には、動きは全然違うが同じ物を感じたと言った具合に。 その一言が気になったイリアがさらに詳しい話を聞き、そこからこの場所での戦闘で落とされたのが、「あの人」であると知ったのである。 それ以来、時々こうしてこの場を訪れ、イリアは今は亡き相手に近況報告をするようになっていた。 「私は元気だよ。相変わらずランクマッチ制覇目指してがんばってる。明日のランクマッチで勝てたら9になるんだ」 今のイリアのランクは10だった。そして明日には、次のランクマッチが控えている。今日来たのは、そのことも関係している。 「勝てるかって聞かれたら、自信はちょっとないかな。だって明日の相手は、あのホワイトグリントだから…」 ランク9 ホワイトグリント。カラード内では間違いなく最強とされていて、本来ならランク1は確実とされている、そんな相手だ。 「確かテペスさんを落としたのが、ホワイトグリントって話だよね。んーちょっと複雑な気持ちではあるけど、恨んではいないよ。戦場で対峙したわけだし、どっちも譲れない物があったわけだしね…」 恨んだところで帰ってくるわけでもないことをイリアはわかっている。とはいえ、特別な感情がないかと言われれば、首を横に振ることになる。 「出来るものなら、テペスさんとも決着つけたかったけど、それは叶いそうにないから。だから代わりにホワイトグリントを倒すよ。テペスさんと落としたホワイトグリントに勝つことが出来たら、テペスさんにも勝てたってことになるだろうし。あれ?…なるのかな? まぁ、そういうことにしておいてね」 自分の母親であるテレジアの時と同じように、イリアにとっては越えるべき壁の一つだ。少なくとも自分はそんな風に受け止めている。 「あ、そうそう私のペットのアミちゃんだけど。3匹の子供を生んでね、今じゃ立派なお母さんになってるんだよ♪ 今度来る時は連れてくるよ。……それじゃあ、また来るね」 静かに目を閉じ、黙祷する。そして、イリアはその場を後にするのであった。 その後、紆余曲折を経てイリアはランク1へと到達することとなる。そして、長い間その座を維持し続けたと言う。 ある日の事、一人の記者が、イリアになぜそんなに強いのかと聞いたことがあった。その問いに対し、彼女は苦笑いを浮かべつつこう答えたと言う。 「立ち止まっても、また歩く。がんばって進むことかな」と。 ~おしまい~ ---- now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:&counter(total); ---- **移設元コメント [#tea30c8c] -伏兵…あのガチタンか!そして最後まで名前すら出てこなかったP.ダムェ… -- 2011-09-12 (月) 20:01:00 -イレギュラータンクここに登場かw てかアミちゃんに子供って、いったい誰のAMIDAとの子供だよwww -- 2011-09-12 (月) 20:36:05 -↑それはやっぱりダンに恐怖を植え付けたKOJIMAMIDAさんでは? えむさん -- 2011-09-12 (月) 22:06:40 -途中で切れた……長編2作目完結お疲れ様です。ビットマン&変態試作兵器愛楽しませて頂きました、次もお待ちしてます……というかリクエストですがVOWのクラニアムの戦いの裏、ラインアーク再防衛が見たかったり……パッケージのホワイトグリントvsアンサラーやセレンvsダリオ(因縁が消化不良だったので)とかなりそうで面白そうかな?と -- 2011-09-12 (月) 22:18:01 -本編主人公との対決の様子も見て見たかったなぁ・・・ガチタンスキーとして。 -- 2011-09-12 (月) 22:47:24 -凡ミス一つ。途中で明確に右腕潰れてるのに右腕で斬りかかっているところあります。 -- 2011-09-13 (火) 14:45:46 -戦いは憎しみを持ち込むものではないけれど、それを実行するのは簡単なことではない。こういった風に言葉を紡げるのは、とても幸せなことかもしれない。完結お疲れ様です。……それにしてもトーラス社訓も役に立つ日が来るとはw -- 2011-09-13 (火) 20:39:28 ---- ☆あとがき☆ えむです。なんだかんだで、この物語もついに完結を迎える事が出来ました。 例によって、こういう場になると言葉が思いつきません。なんてこったorz まぁ今作を書くに当たって、なんというか、色々と勉強させられた気がします個人的に。次があったら、今回の教訓をまた生かしたいと思います。どんな教訓を得たのか? それは内緒ですw 次の予定は何もありません。ACVで書くかもしれないし、書かないかもしれないし…。ちょこちょこととネタはあったりするのですが…。 また次がありましたら、生温かくでも見守っていただけたら幸いです。 長々とここまでお付き合いいただいて、そしてコメントを下さった方々にも心からのお礼をば。ありがとうございました!! それでは、またどこかでお会いしましょう(・▽・)ノシ ---- **コメント [#zf7fab30] #comment ---- RIGHT:[[小説へ戻る>小説/長編]]
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