小説/長編

Written by えむ


 アスピナ機関。
 オーメル・サイエンス・グループの傘下である研究機関であり、あのジョシュア・オブライエンが所属していたとして有名である。特にAMS技術に関しての造詣が深く、現在はAMS被検体として保有するリンクスを実戦データ収集のために傭兵として運用していることでも知られている。
 それに関して有名なのが、アスピア製ネクスト・ソブレロである。
 空力、空気抵抗はPAで解決できるのに装甲を犠牲にして、敢えてソコを突き詰めたアスピナのある意味傑作機。よって機動力はトップクラス。ただし打たれ弱さもトップクラス。安定の悪さもトップクラス。そのため姿勢制御にAMS処理を食われ、AMS負荷も大きい、乗る人に優しくない機体ともなっている。
 まあ、これはこれで一つの完成形にも思えるのだが、さらに上を…限界を目指すのが技術者たるもの。
 ある日のことだった。彼らは、ソブレロをさらに高みへと引き上げる可能性のある一つの技術の存在を知ったのだ。それはあくまで可能性だが、それでも試してみる価値はあると判断した。そして、その技術が使われている物を手に入れ、独自に研究し再現。それを使って、ソブレロの強化を行う。もちろん予算度外視で。実験機なんてそんなものだ。
 こうして、その実験機として完成したものの、ここで一つの問題が起こった。肝心のリンクスであるCUBEは、現在オーメルからの要請により出向中だったのだ。近々行われる重要な作戦の戦力として。
 そこで彼らは代替案として、実戦下でのテストを外に依頼することにした。そう、その手の依頼をメインに受けているリンクスである、イリア・T・レイフィールへと。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 実戦テスト。
 それは言うまでもなく、実戦と言う環境の中で行われる危険の伴うテストのことだ。失敗すれば、テスト対象である機体や装備が失われる危険も高い。だが、同時に得られる物も大きい。シミュレーションと言う仮想上の場所では決して見つかることのない、「思わぬ何か」が見つかることがあるのだ。
 それが吉と出るか凶と出るかは、その時になってみなければわからない。
 今――イリア達の拠点のガレージには、愛機(今だ名称未定・こっそり募集中(マテ))とは別に、もう一機のネクストが置かれていた。アスピナから実戦テストを依頼された、例の実験機である。

「これがそうなんだ」
「うむ。アスピナが誇る最軽量紙装甲の高速機ソブレロ。それをベースに試験的に他企業の技術を使って改良した強化型の実験機らしい」
「見た目はソブレロと変わらないね」
「内装とか、思いっきり弄ってあるらしいよ」

 そう言って、オウガがアスピナから渡されたスペックデータを差し出す。それを受け取ったイリアは、ざっとそれに目を通す。

「んー? これって前にオウガさんが作ったフラジールと変わらない気がするんだけど。追加ブースターがなくて、脚部が違うだけで」

 内装のメインとサイドをクイック推力最大の物――アリーヤとアルギュロスに換装し、バックはインテリオル。オーバードブーストの使用は考えていないらしく、やはり同じように軽くて負荷の軽いユディト。あとは既存品のフラジールのままだ。
 ちなみにオウガが以前作ったのは、これにアルゼブラの軽四脚と追加ブースターを乗っけたものものである。

「こっちは余計な小手先抜きで速度を追求したって感じだろうね。まぁ、何よりもすごいのは、ここなんだけどね」

 そう言って、オウガがさらにスペックデータ表の一部を指差す。追記事項などが書かれている項目であり、そこにはこう…書いてあった。

『コジマゼリーコーティング使用』

「…コジマ…ゼリー…?」
「あぁ、言っておくけど。トーラスで売られている青林檎を使ったデザートのアレとは違うよ?」

 イリアの表情が引きつるのを見て、オウガはすぐにその考えを訂正する。
 コジマゼリー――実はただの青林檎ゼリー――を表面に塗ったくったネクストの姿でも、たぶん想像したのだろう。ぶっちゃけ色々嫌過ぎる。いやトーラスなら、きっかけさえあればやってしまいそうな気もするが、それはないと思いたい。

「コジマゼリーコーティングと言うのは、BFFの最新型スナイパーキャノンに使用されている専用弾に使われている技術だよ。なんでもコジマ粒子を大量に含んだゼリー状のものを使ってコーティングすることで、空気抵抗を大幅に減らすことが出来るらしい。で、アスピナはそこに目を付けたってわけだ。BFFがそんな技術を考えてたのは知ってたが…、トーラスのみんなは、きっとくやしがってるだろうなぁ」

 ちょっとだけ悔しそうな表情を浮かべるオウガ。
 一方、イリアはイリアで、目の前のソブレロをジーっと穴が開くほど見つめていた。そして恐る恐る、当たり前のことをオウガに尋ねる。

「これ。ただでさえ空力特性を突き詰めてるソブレロが、さらに空気抵抗減ってスピードアップしてる特別仕様ってことだよね?」
「うむ、そうなる」
「…かかるGが半端ない予感がするんだけど。Gジェル込みでも」
「だろうねぇ。ただでさえ、AMSの負荷がきついのに、物理的な負荷も増大してるんだろうねぇ。まぁ、乗ってみればわかるよ」

 こめかみに一筋の汗を浮かべて呟くイリアに、オウガは他人事のように呟く。実際、これに乗るのは自分ではないので、その通りでもあるのだが。

「もちろん、実戦でだよね?」
「そういう依頼で送られてきた機体だからねぇ」
「私、これで生きのこれるのかなぁ…」
「イリア君なら大丈夫だよ」
「だといいなぁ…」

 目の前のソブレロを前に、すでに疲れた表情で呟くイリア。ぶっちゃけてしまえば、さすがのイリアもこの機体にだけは乗りたくはない気分だった。
 だが現実とは常に残酷な物で。それから数日後、実戦テストを兼ねての出撃を行うことになったのは言うまでも出ない。依頼主は、なんとカラードからであった。






「まさかクレイドル空域で戦闘することになるとは思わなかったよ」

 目的地へと向かう輸送機の中にて、イリアは出撃のための最後の準備を行っていた。
 依頼内容はリリアナに占拠されたクレイドル21の奪還。ただ試験運転中だったため、人的被害はほとんど出ない状況らしく、緊急事態というわけではないようだった。それでも占拠されたままであるのは企業としては問題でもある。そこで奪還依頼を出したのである。

「でも、強化型ソブレロのテストには最適だね。障害物がほとんどないから、フルに機動力を生かせる」 
「落ちたら終わりだけど」

 高度7000m。トラブルでも起きて飛べなくなったら一巻の終わりである。もちろん、そんなことにならないように事前にしっかりと調整と整備をやっておいたが。いつもの3倍くらい時間を使って。
 ちなみに敵戦力はノーマルが主体と言う事で、武装はGA製のハンドミサイルとレイレナード製のモーターコブラ。そして、格納にオーメルの小型ブレードと言ったところである。

「それにしてもクレイドル21だっけ。試験運転中だったのは不幸中の幸いだったよね、これで人が乗ってたら大変なことになってたよ」
「でも、そうなるとリリアナは何をしたいのかわからないなぁ…」
「どういうこと?」
「企業に対しての反抗にしても、占拠する意味が薄い気がしてねぇ。破壊なら、まだ費用的な損失としてダメージもあると思うのだけど…」

 ガシガシと頭をかきながら、オウガが首を傾げる。

「すでに稼動しているクレイドルは守りが厚いから、薄いのを狙ったんじゃないのかな?」
「そうだとしても腑に落ちないと言うか。確かにリスクは少ないけど…。意外と、何か裏があったりして。まぁ、気にしても仕方ないか。おっと、そろそろ時間みたいだ」
「あ、もうすぐか。じゃあ私、ソブレロに乗っておくね」

 そろそろ作戦エリアだと気づいたイリアは、すぐにソブレロへと乗り込んだ。
 
「前にもちょっと乗ったけど、ソブレロのコクピットって落ち着かないんだよね…」

 そんなことを呟きつつ、システムを起動していく。通常のネクストと違い、ソブレロのコクピットは非常に独特なものだ。機体そのものがあんな形だからと言うのも一つはあるのだろうが、それでも色々と違いがある。
 まず通常のネクストがシートに座るタイプなのに対し、ソブレロは立ち乗り。さらにコクピット内のコンソールその他も必要最低限のものしかない。AMSを介して、必要な情報や制御のほとんどが出来るとは言え、他の企業の機体と比べたら雲泥の差があるくらいに、コクピット内の設備がない。そして本当に人が一人納まる程度のスペースしかない。手とか足を動かすスペースすらほとんどないのだ。その様子は、もはやコクピットと言うよりも、リンクスがAMSを繋ぐためだけに存在するユニットスペースと言っても過言ではない。

「AMS接続……うぐぅ…」

 接続の際に、ほんのちょっぴりイリアの表情が引きつる。高いAMS適正値を持つイリアですら、ソブレロの負荷は少しつらいものがあるほどだ。

『イリア君、準備はいいかい?』
「うん、いいよ」
『では、リフトオフ…っ』

 輸送機の下部ハッチが開き、強化型ソブレロが投下。すぐさまブーストを吹かし、前方に見えるクレイドルへと、ソブレロを飛ばす。

「…っ。は、早っ?!」

 前方へとクイックブーストを吹かした途端、予想以上の距離を一瞬にしてソブレロが駆け抜けた。さらに続けて前へと機体を飛ばす。
 それは以前、オウガが作った軽四脚&追加ブースター装備のソブレロに匹敵するレベルでの加速度――VOBクラスのものだった。瞬間速度は時速2000越え。瞬く間に、クレイドル21を占拠しているノーマル部隊へと接敵する。

「目標捕捉―――って…」

 FCSが敵を捕捉したのも束の間。数秒もたたないうちに、視界の外へと敵影が流れてしまった。やむなくクイックターンをかけ、再度アプローチをかけようと試みる。

「うひゃぁ?!」

 機体が一瞬にして、その場で一回転した。しかも前になおも進みながら。まるで、スケートで前に滑りながら、華麗に横スピンするがのごとく。

『どうしたんだ、イリア君?』
「お、オウガさん。この機体――慣性が利きすぎる…!!」

 ただでさえ速いソブレロを強化したのだから、当然といえば当然なのだが。それでも予想以上に速かった。速すぎて、なおかつ動くのだ。言い換えれば、勢いがつきすぎて止まらないと言ったところか。

『そうか空気抵抗がない分、ブレーキが効かないんだ…』
「何、それ…」
『自然減速しにくいってことだよ。逆方向にクイックブーストをかけて、強引に制御するしかないね』
「……むぅ。ただでさえピーキーな機体なのに、さらにピーキーとか。……がぁっ!??!」

 不満そうに呟きつつ後方へのクイックブーストをかけるイリア。次の瞬間、とんでもないGがイリアを襲った。

『イリア君?!』
「……う、うぐ…。これ、きついってもんじゃ…ないっ」

 減速とか停止どころの話ではなかった。そのままバッククイックブーストを使ったら、そのまま機体が一気に後ろへと飛んだのだ。あまりのGに、一瞬意識が跳びかけたほどだ。

『…とんでもない機体だな、これ…。と、とりあえず速度を落として動くしかないよ。クイックブーストを使わなければ、それなりにマシになるはずだし』
「…ネクストとして、それはどうなんだろうって思うけど。仕方ないよね…」

 やむなくクイックブーストを封印して、イリアは戦闘を再開する。さすがにクイックブーストのときと比べれば、断然動きが遅い(それでも相当に早い)ため、今度はハンドミサイルやマシンガンでの攻撃も普通に当てれるレベルだ。
 それでも通常ブーストの動きとなれば、幾ら速いとは言えノーマルにも付け入る隙はあるというもの。飛行型ノーマルの一機が、僅かなすきを突いて、背後から攻撃を当てた。

『一発被弾。AP5%低下……って、えぇぇぇぇぇ?!』
「5%も?! ノーマルの攻撃なのに?!」

 やむなくクイックブーストを使って、その場から急速離脱。いったん距離を離してから旋回し、追ってきた飛行型ノーマルを迎撃する。

「ちょ、ちょっと待ってよ。PA剥がれてるならまだしも、どうしてそんなに…」

 しつこく追いすがってくる飛行型ノーマルをマシンガンでけん制しながら、イリアが叫ぶ。
 たった5%。ダメージとしてはそう大きいとは言えない。ソブレロ自体の耐久値が元々少ないからだ。それでも、ノーマルからの攻撃で、それはあまりにも大きい。

『確認した。PAが……機能してない』
「……はぃ?」
『経過記録をチェックしたら、戦闘開始と同時にPAが勝手に減衰しはじめて消失してるんだ』
「私、アサルトアーマーもコジマ兵器も使ってないよ?!PAが勝手に減衰って、コジマ粒子が散布でもされてるとか、そんなオチなの!?」
『観測機に反応はないし、クレイドル空域が最初からってこともない。そうなるとPAに影響を及ぼすような高濃度コジマ粒子なんて、どこにもあるはずは―――』

 そこまで言いかけて。両者共に、ふと一つ思い立った。忘れかけていたが、そもそもこのソブレロ。どうやって強化していただろうか?

「あったよ一つ」
『あったねぇ、一つ』
「コジマゼリー状って言うくらいだから、濃度すごいんだろうねぇ」
『粒子状態とか比べ物にならない程度にはすごいのかもしれないねぇ。調べてみないとわからないけど』
「だから、PAないのかぁ。やっと納得できたよ」

 機体に施してあるコジマゼリーコーティング。当然含まれているであろうコジマ粒子が、PAに干渉して消失。そしてソブレロジェネレーターのKP出力では、PAを維持は出来ても回復はそうそうできない。一度剥がれれば、元に戻るにはかなりの時間を要するのだ。

「……私、これが終わったらジャンボパフェ食べに行くんだ…」
『イリア君、駄目だよ。それはいろんな意味でまずいからっ』
「うぅ…、もう二度とアスピナからはテスト依頼受けないんだから。…とりあえず、どうしよう…」

 まだ敵戦力は残っている。だが動きに制限がある以上、立ち回りは考えなければいけない。主に中の人のAP的に。
 さしあたってFCSの処理が機体の早さについていけないため、横に動きながら攻撃を当てるのがまず無理だ。反射神経だとか、それ以前の問題で狙えないし。
 横が駄目な以上、前後軸をあわせるしかない。だけど前は駄目だ。幾ら速いとはいえ、正面から突っ込めばノーマルでもカウンターが狙える。PAがないソブレロからすれば、その一撃ですらとても怖い。

「……あぁ、もうこれしかないや」

 となれば残るは後ろしかない。
 持ち前の爆発的な加速を持って、全力で後退しつつハンドミサイルを使って攻撃するのだ。「引き撃ち」と呼ばれる基本戦術だが、この機体ならおそらく最強だろう。バックブーストですら、軽く速度1500いくのだから。多少の速度調整は、通常ブーストをうまくつかえばなんとかなるだろう。

『これはこれで、ありか…』

 全力で下がる高速機を見ながら、オウガはそんな感想を抱いていた。もう少し武装を考えれば、きっとこれは一つの最強機となるだろう。スナイパーライフルとかの長射程装備で。おそらく、ほぼ確実にアスピナは、こんな使い方を想定などしていなかっただろうが。そもそも高速機として、何かが間違っている気もするし。
 そもそもBFFがコジマゼリーコーティングをなぜ、弾丸にしか使わなかったのか。今になって、その理由がなんとなくわかったオウガであった。
 





 それから数分後。徹底した引き撃ち戦術により、クレイドル21を占拠したリリアナは排除。ミッション自体は無事成功と終わった。
 その後、イリアがアスピナに対して提出したレポートは、ざっとまとめると次の通りであった。

 こんなのネクストじゃない。速度は出るけど、ピーキー過ぎて、まともに扱える人は絶対いない。というか振り回したら、中の人がやばい。あと装甲紙なのにPAが自然消失するとか、ネクストとしても絶対に駄目だと思う。とりあえず、この実験機は封印することをお勧めする。

 そして、イリアのレポートに関して、返ってきたメールは次の通りであった。

――――――――――――――――

 レポートありがとうございます。
 まさかここまで機体が扱いづらい物になるとは、こちらも想定してはいませんでした。このデータを元にさらなる進歩を目指そうと思います。
 なおPAが自然消失することに関してのレポート内容ですが、ソブレロのコンセプトは「当たらなければ問題ない」となっています。そして強化型の機動力であればPAは必要ないと判断しての結果です。よってPAが消失するのは仕様ですので、その点はご理解の程願います。

――――――――――――――――

~つづく~


now:74
today:1
yesterday:0
total:1527


移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 BFFのコジマゼリー技術の存在を知った時から、ずっと頭にあったネタを出せて満足の、えむです。
 実際にこうなるかは不明ですが、どうせ表舞台に出せないものだからと思って、思うが侭にやってみた。いつものも如く後悔はしていない。
 でもコレに追加ブースターとか積んだらどうなるんでしょうね。さすがに考えるのも怖いですが(==;

 さて次回は試作装備テストではなく、再び日常回の予定。
 そして可能であればマスコットとなる何かでも出せたらいいな―――とか。

 そんなわけで、今回はこのあたりで閉じたいと思います。
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございましたっ。


コメント



小説へ戻る