小説/長編

Written by えむ


 話は、インテリオルの施設全体が停電を起こす1時間前。
 インテリオル地上施設の電源室。大型の発電機などが設置されている室内には、今は誰の姿もない。しかしながら、警備が厳重なのは言うまでもないことだ。
 いくつもの監視カメラとセンサー。さらに警備員が4名、出入り口にて警戒を行っている。それこそ、猫一匹通す隙間はない厳重さだ。
 だが、そんな警備網の盲点をついて、今、まさに侵入者が忍び込んでいた。
 エアダクトの中を通り、金属製の網を破って電源室の中へと。そして監視カメラとセンサーを難なくすり抜け、電源室にある配電盤へと向かう。その配電盤の前までくると、持ってきたと思われる白い粘土のようなものをこねて形を整え、四角い形へと変える。さらに粘土のような物の中に埋め込んであった物を、その作業の傍らで取り出し、四角く形を整えたものの外側へと改めて差し込む。
 それから、その侵入者は来たときと同様に、監視網をなんなくくぐり抜け、床の上から壁をよじのぼって入ってきたエアダクトの中へと消えていくのであった。
 
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 施設の通路をイリアはのんびりと歩いていく。その頭の上には手乗りならぬ頭乗りAMIDAと化したアミちゃん。すでにインテリオル内で、アミちゃんの存在は広く知られているため、すれ違う人間もさほど気には留めない。ただし、撫でたり可愛がろうとする人間はほとんどいないが。
 ウィン・D・ファンションを部屋から連れ出し、ネクストの格納庫まで同行。そして機体に乗せて、出撃までサポートする。プランの概要としては、そんなところだ。そして、プランをスムーズに進めるためにいくつか仕掛けもしておいた。この手の作戦行動において、それは定石である。
 少なくとも、ウィン・D・ファンションの部屋まで行くのは簡単だ。基本的に、自由行動を許可されているのだから、どこに行こうと自分の勝手。
 一般社員用の部屋が並ぶ区画を抜け、さらに奥。施設にいるお偉いさんの私室やVIP用ルームなどがある区画へと足を運ぶ。
 企業に所属するリンクスは大抵、扱いが良いものだ。それがその企業のトップリンクスともなれば、もはや破格の扱いをされると言ってもいい。
 さすがに場所が場所だけあって、一般社員用の区画よりも警備システムの質は高い。傍目には目立たないように隠されているが、イリアはしっかりとそのあちこちに隠されたカメラなどに気がついていた。だが、今はまだ何もしていないのだから、そんなものを気にする必要はない。
 やがて、ウィン・D・ファンションの部屋の近くまでやってきた。通路の角から覗き込んでみれば、部屋の入り口の前には警備員が4人。いくらなんでも、4人を同時に相手取れるほど腕っ節も強くない。
 携帯端末を取り出し時計を見る。ちょうど時間通り。ならば始めるとしよう。
 端末を操作し、メールを送る。内容は『騎兵隊参上』。これは、まぁ…なんとなくただの気分だ。ぶっちゃけてしまえば必要ないことでもある。
 メールを送信。それから、小型のスイッチレバーを取り出す。
 
「………」

 見方を考えれば、これはインテリオル相手に喧嘩を仕掛けるようなものだ。さすがに少しばかり緊張もしてくる。だがしかし、結果的にクレイドルの落下を阻止できる。そう考えれば、迷いもすぐに消えうせる。
 終わり良ければ全てよし、の精神だ。
 スイッチを押し込む。と同時に施設内の照明が一瞬にして落ちた。急な停電により、少なからず施設内はパニックになる。もちろん見張りの警備員4名も、落ち着かない様子で周囲を見回したり、無線機で状況を確認したりしていた。
 だが、誰が電源を落としたのかはまずわからないだろう。唯一誰にも見つからないルートだったエアダクトは人が通れるほどの大きさはなく、動物などを利用したとしても、ピンポイントで配電盤を壊すことなど普通は不可能だからだ。
 だが、イリアには小さめだけど賢いアミちゃんと言う存在がいた。手乗りAMIDAとして、その存在こそ広く知られているが、知能が結構高いことを知っている人間は片手で足りるほどしかいない。まずインテリオルにばれることはないだろう。
 アミちゃんに頼んで、配電盤にC4をくっつけ、遠隔起爆。そして今に至る。
 ちなみになんでC4なんて、そんな物を持っているのだと聞かれれば、その答えは簡単だ。実際、前準備の時点で持ってきた荷物から、C4なんかを取り出すイリアにエイ・プールは尋ねていた。
 その時の返答は、

「お母さんから色々教えてもらった後に、卒業祝いよって、私にくれたんだよ。潜入工作セットだったかな」

――と言うものであった。
 ランクこそ低いが、その気にさえなればトップリンクス並の実力とも言われるミセス・テレジア。彼女はトーラスを立ち上げる際に、色々と。それこそ汚れ仕事と言われるようなこともやったと言われている。一言で汚れ仕事と言っても内容は様々。ネクストを使用した仕事だけでなく、潜入だとか、サボタージュだとか。それはもう色々。
 仕事の内容が内容だったために知られていないが、ミセス・テレジアは工作員としても優秀だった。そして、自分の技術を、何かの役に立つかもしれないからという、それだけの理由でイリアにも全て教え込んでいたのである。そして教え終わった時に、最低限使える各種装備を卒業祝いにイリアに渡していた。C4は、そのセットの中の一つだったのである。
 もちろんC4しかないわけではない。
 急な停電による動揺から立ち直れない警備員達の隙を突くべく、イリアはさらにポーチから一つの物を取り出した。スタングレネード。閃光と音で周辺の人間を無力化する非致死性兵器である。 通路の角から放り込み、すぐに顔を引っ込める。そして目を思いっきりつぶって耳を塞ぐ。アミちゃんも爆発に備え身構える。
 刹那。爆音と目をつぶっていても感じるほどの閃光がその場を襲った。完全に音を遮断できたわけではないため、少しばかりふらつきながらイリアは様子を伺う。案の定、何の備えもしていなかった警備員達は全員その場に倒れて気を失っていた。予定通りだ。
 すぐさま、ウィン・D・ファンションの部屋の前へと急ぐ。そして警備員が持っていたスタンガンとカードキーを拝借して、ドアのロックを解除する。

「ウィンさん、助けにきました」
「?! お前は確か…」
「とりあえず細かい話はロイさんから聞いてください。早くしないと、色々面倒なことになっちゃう」
「ロイに…? …なるほど、そういうことか」

 唯一何も知らされていないウィン・D・ファンションは、突然部屋に入ってくるイリアに戸惑うが、続く言葉に、すぐに事情を飲み込んだようだった。

「すまない、助かる」
「お礼は全部片付いてから。ネクストに乗せるまでがお仕事だし」

 そう言いながら、警備員からいただいたスタンガンの一つを手渡す。何もないよりは絶対にまし。それに何よりも、ここからが本番だ。拘束されているはずの人物を連れ出しているところを見られれば、問答無用で捕まえられるのは確実なのだから。

「これから連れて行くけど、その前にちょっと手伝ってもらっても良いですか?」
「ん?何をすれば良い?」
「えっとですね…。ここで寝ている人達を部屋の中に閉じ込めちゃうんです」
「なるほど」

 こんなところで寝かせたままにしておけば、いずれ誰かが見つけてしまうだろう。そうでなくても、目が覚めた時点で色々とやりづらくなるのは確実だ。
 そんなわけで気絶している4人を部屋の中に放り込む。そして部屋の扉を閉じ外から改めてロックをかける。元々閉じ込めていた部屋だ。簡単には出る事は出来ないだろう。

「それじゃあ、行こう」

 すぐに部屋から出て移動を開始する。向かう先は、言うまでもなくネクストのガレージだ。
 駆け足で目的地へと向かう。とりあえず事前に、施設のMAPは確認しているため、道を間違えるなんてことはない。なるべく人がいそうにないルートを選んで走っていく。
 そうこうしているうちに施設内の照明が戻った。

『イリア君。非常用の発電システムが動き出したみたいだよ』
「思ったより時間がかかったみたいで良かったよ。ウィンさんは部屋から連れ出したよ」
『そっちは早いなぁ』
「えっと、それで今ガレージに向かっているんだけど…」
『こっちの準備も万端だ。ここからはこっちで誘導するよ』

 オウガが告げる。彼は今、セキュリティシステムの一部にこっそり侵入して、監視カメラの映像を頂いていた。偽の映像を流しておくのも忘れない。その気になれば、もっと色々できなくもないのだが、後で問題になった時に少しでも罪が軽くなるようにと、最低限に抑えているのだ。
 
『その先には人がいるから、B通路から回り込んだ方が良いよ』
「わかった」

 耳に差したイヤホンを通して、オウガがイリア達を誘導する。監視カメラを通して、進む先の状況をチェックし、それに合わせてルートなどを指示。それにあわせて、イリア達は隠れてやり過ごしたり、回り道をしたり。
 真っ直ぐ向かうよりも遥かに時間がかかるが、誰かに見つかることで時間を取られるよりは何倍もマシと言うもの。
 さしあたって移動は順調であった。巧みに警備員やカメラをやりすごしながら、確実にガレージまでの距離を縮めていき、やがてガレージへと通じる扉が見えてくる。

「問題は、ここからなんだよね。ここまでは見つからずにすんだけど」
「ネクストを出そうとすれば、嫌でも目を引くことになるか」
「そこでどんな妨害が入るかが問題で…。まぁ、それでもやるしかないんだけど…。レイテルパラッシュはすぐに出せるんですか?」
「それは問題ない。ORCAの襲撃等に備えて、緊急発進が可能なようにしてあるはずだ」
「乗っちゃえばこっちの物か」
「そうなるな」
「じゃあ、早く行きましょう」

 今は少しでも時間がもったいない。二人はすぐにその場から扉を抜けてガレージの方へ。そして搭乗用のゲートへと向かう。
 だが、あと少しというところまで来たところで、行く手を阻まれる。

「そこまでです。申し訳ありませんが、ネクストへ乗せるわけにはいきません」

 搭乗ゲートのすぐ前。そこに数人の警備員が待ち構えていた。その中の一人、隊長格と思しき男が丁寧な口調で告げる。

「そんな、なんでここに…」

 事前の調査によれば、この場所に警備員は配置されてはいないはずだ。仮にいたとしても、監視カメラなどをチェックしているオウガが気がついたはず。しかし、警告はなかった。

『やられた…。』

 想定外の事態にイリアが驚く中、オウガの呟きが聞こえる。

『ハッキングに成功したと思わせておいて、一部分取り戻されてたみたいだ。さすがインテリオル、一筋縄では行かないなぁ』

 どうやらオウガがハッキングしていたセキュリティの一部をいつのまにか取り戻されていたようだった。今の今まで気づかなかったのは、それが全てではなかったからだ。こっそりと、ひそかに必要な一部だけ。さらに大きな干渉は避けることで、注意を引かないようにする。オウガがやったのと同じ事を、オウガはやられていたのである。
 どうやらインテリオルにも優秀なスタッフがいるらしい。なにやらイヤホンの向こうで一人感心するオウガに、イリアはため息混じりに呟く。

「…オウガさん、感心してる場合じゃないよ」

 そのとおり。状況としては非常に良くない。ゴール目の前にガードを置かれてしまっていたのだ。さらに遮蔽物などもない通路の真ん中。逃げも隠れも出来ないし、スタングレネードなんかつかったら全滅確実だ。
 唯一の救いは、やられても(?)命の危機はないということくらいか。

「……どうするんだ」
「…どうしよう…」

 目的はこの向こうに進むこと。だが強行突破できるかといえば、そうでもない。一応スタンガン(射程数メートルはあるタイプ)もあるが、相手の方が数で勝っている以上、ゴリ押しも難しい。 せめて、大きな隙なりなんなり出来たら、まだ打開策もあるのだが。
 その場にて、にらみ合いが続くが、あまり長く続けるわけにも行かない。今、ここで警備員の増援が来てしまった完全に詰みだ。流れは圧倒的にこちらが不利だ。
 必死に考えるがアイデアが浮かばない。やはりここでもネックになっているのは経験不足と言ったところか。技能はあっても、実際にこんな事をするのは初めてなのだから仕方がないと言えば、仕方がないのだが。

「……くぅ…」

 ここまでなのだろうか。思わず弱気になりかけたその時。突然、それは起こった。
 
「…う、うわぁぁぁぁっ?!」

 突然。警備員の一人が大きな悲鳴をあげた。一体何が。そう思いつつ見てみれば、警備員の隊長格と思しき男の顔にアミちゃんが張り付いていた。両足を広げて、イメージとしては某エイ○アンのアレのごとく。

「な、なんだこいつは?!は、離れろ!!」
「キシャー♪」

 慌てた警備員が引き剥がそうとするが、アミちゃんはがっしりと顔にしがみついており、全く顔から離れる様子はない。
 ちらっと見た事はあったが、それでも得体の知れない生物に顔に張り付かれたとなれば、大抵の人間は冷静ではいられないだろう。余談だが、イリアは顔に張り付かれても「もう、かわいいなぁ。じゃれちゃって~」と笑って済ます大物である。閑話休題。
 警備員の注意が逸れる。そして、それは逆転のチャンスでもあった。すかさずイリアとウィン・D・ファンションの二人はその場から走り出していた。
 気がついた警備員の何人かが思い出したようにスタンガンを向けるが時はすでに遅い。
 駆け寄ったイリアの飛び蹴りを顔面にくらって一人が倒れ、さらにもう一人がウィン・D・ファンションのスタンガンを先に撃たれて昏倒する。
 3人目がイリアを取り押さえようとするが、その手を逆に掴まれ、ねじ上げられ、見事な背負い投げで床に叩きつけられる。

「ていっ」
「ぐお…」

 叩きつけたついでにみぞおちに踵落としを一発。確実に動きを封じる。
 そうしている間に、ウィン・D・ファンションがもう一人をスタンガンで黙らせ、残りはアミちゃんが張り付いた警備員だけとなった。…が、彼は彼ですでに気を失って倒れていた。未知の恐怖によって限界突破してしまったらしい。

「アミちゃん、ありがとー!!」
「キシャー♪」

 警備員から離れたアミちゃんがイリアに飛びつく。対するイリアはそれを受け止め、抱きしめ、満面の笑顔ですりすりと頬擦りしてあげる。
 そんな二人をウィン・D・ファンションは引きつった表情で見つめる。そして顔に張り付かれて気絶してしまった警備員に少しだけ同情もする。もし自分が同じ事をされたら、やっぱり気絶する自信があったからだ。間違っても口には出さないが。

「…とりあえず、いいか?」
「はっ?! ご、ごめんなさい。えっと進路はクリアしたから、後は機体を出すだけだね」

 警備員は全員行動不能。一度ネクストにさえ乗り込んでしまえば、後はこちらのものだ。もう誰にも止める術はない。

「ウィンさん、がんばってね。ガレージの外部ゲートはエイさんが開けてくれる手筈になってるから。後は乗り込んで起動してくれればいいと思います。私は、ここまでしかお手伝いできないけど、後はお願いします」
「もちろんだ。…いくら感謝を言っても足りない気分だな」
「お礼はORCAを止めることで一つ」
「そうか、わかった。全力を尽くすよ」

 そう告げて、ウィン・D・ファンションは搭乗ゲートの方へと走っていった。そして、すぐに見えなくなる。その直後、警備員の増援が通路に入ってきた。

「アミちゃん、もう一仕事だよ」
「キシャッ」

 ちらりと警備員達を見やり、抱きかかえているアミちゃんへと告げる。アミちゃんは小さく身体を震わせると、黄色い液体を搭乗ゲートを操作するコンソールへと吹きかけた。量こそ少ないものの、強酸性であるそれは瞬く間にコンソールを溶かし、壊してしまう。
 これで外から搭乗ゲートを開く事は完全に不可能となった。あとは、ウィン・D・ファンションに全てを任せるだけだ。

「……えっと、ギブアップで」

 改めて警備員達のほうへと振り返り、降参とばかりに両手を上げる。これ以上、無駄に暴れたりする必要はない。まぁ、しばらくは不自由な思いをすることになるかもしれないが、覚悟の上でやったのだから。そして結果的にウィン・D・ファンションがやり遂げてくれれば、価値はあったといえるだろう。出来るものなら、自分もネクストで協力したかったが。






 それから数日後。
 ラインアークを通して、全世界へと一つの情報が開示される。それは、ORCAによる脅威が完全に去ったことを知らせるものであった。
 そして、その立役者の一人として。ウィン・D・ファンションの名前が挙がっていたのは言うまでもない。

 ~つづく~ 


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移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 と言うわけで、アミちゃん無双とまではいかなくとも大活躍の回。
 思ったよりも地味になってしまった気がしなくもないですが、まぁ気にしない方向で行きましょうorz

 さて、この話も次でラストとなります。いわゆるエピローグですが、ラスト直前がネクスト戦なしだったのでエピローグ兼ねて、最後にガチバトルをやる予定です。
 ラストを締めくくるのにふさわしいような戦闘になったらなぁ…と願いつつ、次回をお楽しみに。

 それでは、ここまでお付き合いただきありがとうございましたっ。


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