小説/長編

Written by えむ


 資金難。それは独立傭兵なら、誰でも何度かは直面する壁である。ごく稀に企業専属のリンクスでも遭遇することがあるらしいが、基本的にはバックアップがほとんどない独立傭兵ならではの問題である。もっとも、ある程度の腕があれば、仕事を選びに選ぶリンクスでも困らない程度にはなれるのだが。
 さて、アレックスがエイ・プールの6倍以上の弾薬費を捻出し、資金難になってしまった頃(詳しくはVicory of Wisdam9を参照)。彼―――ダン・モロもまた資金不足と言う問題に直面していた。
 彼はリンクスではあるが、通常戦力ならどうにか使える的な評価であるのと、性格的な臆病さも相まって、単独依頼と言うのは意外と来なかったりする。そして、どういうわけかタイミングよく仕事が来ないという状況と資金不足が重なってしまったのである。
 このままでは少し不味いかもしれない。そう考えたダン・モロは、カラードに何でも良いから仕事はないかと打診してみた。そして返ってきたメールにあった依頼が、これである。

「新型生体兵器性能テスト」

 キサラギとか言う聞いたこともないコロニーからの単独依頼。このご時世に生体兵器って何だよ…と彼は思ったものの、もはや選択肢はなかった。もうコレしかなかったのである。
 あと怪しげな依頼主ではあったが、報酬額はしっかりしていた。下手をすれば企業のちょっとしたミッションよりも高いくらいの額だ。しかも詳細を見てみれば、弾薬費および修理費用も向こう持ち。
 なんと言うの好条件。この条件の良さに釣られ、ダン・モロは多少怪しい依頼なのを承知で、これに決めてしまったのであった。






 現地に赴いたダン・モロは、さっそくキサラギの研究員によって出迎えられた。
 トーラスのようなマッド系技術者の集まりかと身構えていたものの、そこの研究員は至って普通のさわやかな人間であった。

「いやぁ、ありがとうございます。どういうわけか、依頼を受けてくれるリンクスの方がいなくて困っていたんですよ」

 その研究員は笑いながら、そう言うのであった。だが…まぁ、彼の言う事も当然だろう。自分だって、資金難と言うこの状況でなければ受けようとは思わなかったくらいだし。
 その後簡単にブリーフィングを行ってから、ダン・モロはセレブリティ・アッシュへと搭乗。そのまま指示に従ってコロニー内にある大型の室内試験場へと通された。
 室内試験場とは言っても、そこはそれなりの広さがあった。ネクストで動き回っても全然問題がないくらいの空間がそこには広がっていた。

『それではこれからミッションを行います。遠慮せずに戦ってください』
「よっしぁ。やってやるぜっ!!」

 今回のダン・モロは強気だった。兵器~などと言われているが、所詮相手は生物なのだ。ノーマルなんかよりも雑魚に違いないだろうから、ネクストならばどうと言うことはないはず。
 そう思いながら待ち構える。やがて―――前方のハッチが開き、そこから一匹の名伏し難い生物が這い出してきた。

「………」

 一言で言えば、それは蜘蛛っぽかった。いや、あくまで蜘蛛っぽいだけで、実際は蜘蛛でないのだが。なんというか、モンスターパニック系の映画にでも出てきそうな代物だ。
 大きさとしては、7~8mくらいあり、ほのかに緑色の光を放つ―――生物だった。

「と、とりあえずアレと戦えばいいんだよな…」

 なんともいえないプレッシャーを感じつつ、装備しているライフルを向ける。そして発砲―――
 直撃した、そう思った瞬間、淡い光の膜がきらめき対ネクスト用であるはずの弾丸が弾かれた。

「は…?何、今の…?」
『その個体は、コジマ粒子も餌にしていて、身の危険を感じたときには、体内に貯蓄しているらしいコジマ粒子を使って防護膜を展開するんです。まさか、ネクストのPA並の強度があるとは思いませんでしたが』
「マジで…!?」

 生物が?PA? 正確には擬似PAと言った所だろうが…PAには違いない。
 なんなんだ、これ。ってか、これはこれですごくね? などと一瞬なぜか感心してしまうダン・モロ。だが次の瞬間、正面に居た「奴」の複眼が怪しげな光を放った。
 そして節足を使ってカサカサカサ!!と凄まじい速さで近づいてくる。どうやらセレブリティ・アッシュを「敵」と判断したらしい。やがて「奴」の背中が開き、羽が現れ、ふわりと空を舞った。

「と、飛んだー!?」

 驚きつつもミサイルを放つ。それなりの熱源になっているらしく、ミサイルは正常に目標を捕捉し、追尾。横へと移動する「奴」の動きを追いかけていき、なんとか直撃するかと思ったが―――
 バシュッ!!ブースト音にも似た噴出音と同時に光を横へと放ち、凄まじい速さで横へ回避。その動きに追従できなかったミサイルが「奴」の横をすり抜けていく。
 その挙動は、まさにネクストのクイックブーストのそれであった。
 
「………」
『あぁ、それはですね。元々は、羽根で飛ぶだけだったんですが。今の個体に変異してから、コジマ粒子を使って飛ぶようになったみたいで…。時々、瞬間的にコジマ粒子を噴出して、すごい速さで動くんですよ。主に普通の餌を捕まえる時に、よく使うのを見るんですが…』

 呆然とするダン・モロを尻目に、丁寧に説明するキサラギ研究員。
 
『ちなみにですね。その個体、意外と知能も高いんですよ。この前、計算を教えたら覚えて、2桁の計算なら出来るようになって―――』
「い、今そんな話はいいってー!?」

 連続クイックブースト並の動きで迫ってくる「奴」に恐怖に近い何かを感じ、逃げの一手に入るダン・モロ。それに対し「奴」は緑色に輝く光弾を放ちつつ、追いかけてきた。弾速自体は早くないし、攻撃間隔も狭くはないものの、焦りから出た操作ミスで一発。PAが一気に減衰し、APが減る。

「うおっ!?」
『これはすごい…。コジマ粒子を撃ち出すこともできたなんて…』

 なにやら感心した様子で感嘆のため息すら漏らす研究員。
 だが、それに突っ込む暇はダン・モロにはなかった。当たったらやべぇ…!!と必死になって回避するのみである。

「や、やばい…しまった!?」

 気がつけば、セレブリティ・アッシュは壁際へと追い詰められていた。逃げ場を失ったセレブリティ・アッシュに、「奴」が瞬く間に距離を詰めてくる。

「ぎゃーっ!?く、来るな!!来ないでくれーっ!?」

 半分パニックになりながら、ダン・モロは反射的にブレードで「奴」へと切りかかっていた。横なぎに振り抜かれた光刃は、「奴」のPAを切り裂き、本体へとその刃を伸ばす。
 ブレードが届いた、その瞬間。

「うお!?」

 爆音にちかい轟音と共にカメラが真っ白に染まり、機体が大きな衝撃に襲われた。
 何が起こったのかわからないまま呆然とするダン・モロ。再びカメラの視界が戻ると、傷を負ってセレブリティ・アッシュから離れていく「奴」の姿があった。
 そして機体のAPがごそっと減っていることにも気がつく。

『まさかネクストのアサルトアーマーに近い防衛手段まで持っていたなんて…!!』
 
 感激の極みとばかりに、なぜか涙ぐんだ声の研究員。

『ありがとうございました。おかげで良いデータが集まりましたよ…!!』

 お礼の言葉を告げる研究員。だが、その言葉は彼には届いてはいなかった。「奴」をなんとか撃退できたので、緊張が一気に解けて茫然自失となっていたのである。
 ただぼんやりとした意識の中、もう絶対にこことは関わりたくないと。そう思ったダン・モロであった―――。
 

 ちなみに擬似的なPA、クイックブースト、コジマ粒子弾にアサルトアーマーまで持っている、この突然変異した生体兵器。現段階で突然変異を起こした個体は一匹のみであり、他の個体に同じような変異は見られていないのは、幸いだと言えるかもしれない。またキサラギ・コロニー側としても、これを実戦に出したりするつもりは到底ないらしく、それゆえに危険はないと企業側が黙秘しているのは、ここだけの話である。

The End……


now:228
today:1
yesterday:0
total:2582


移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 ちょっとお久しぶりです。えー気分転換兼ねての番外編でした。
 本編9話でちょこっとネタにしてから、ずっと書きたかった…コジマ粒子で突然変異した『奴』。短編で独立して出そうかとも思ったものの、FAと1~LRのどっちに分類していいかわからず、結局自分の番外編にて投入。
 ちなみに敢えて名前を出してないのは、わざとです。

 今回はとことん遣りたい放題やってますが、暖かく苦笑いしながら突っ込んでもらえれば幸いです。
 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。m(__)m


コメント



小説へ戻る