Written by Rt
『機械ノ十戒』
どうしても、思い出せないことがある。
幼い頃、確かに握った温かな手。
温もりを感じ、安心して歩くことが出来た。
小さな手を優しく包んでくれた温もり。
ふと見上げると、それに気がついたのか微笑む。
母の顔。それが太陽の逆光に遮られるように黒く隠されて見えない。
何度も何度も見上げ、見慣れていた筈なのに。
母の顔も、歩いた道も、街も、一緒に見ていた夕陽も、それすらも全て造りものだったと言うのか。
俺には。
母と見たあの青い空が紛い物だったなんて、信じられなかった。
数年前、この世界の神が死んだ。
この世界、『レイヤード』の全てと言われていた管理者が、そこに住まう人間全てに突如牙を向いた。
それに対し、三大企業を中心とする人間達は抵抗を決意する。
戦いはレイヤードの至る所で激しさを増し、多くの人間が死んだ。
人間を滅ぼすのが神の下した決断ならば、我々はそれを受け容れなければならない。この世の全てである者に対して抗うなど、無意味だと思わないか?
管理者の暴走?違う、これは人間に対する制裁だ。
人一倍の信仰心を持っていた俺は、その行いに何ら抗おうとはしなかった。
だが、何処にでも反抗者は現れる。
夥しい死体を築いた人間の中から現れた異端者(イレギュラー)。
神の放った刺客を跳ね除け、異端者は神を殺した。
世界を破滅に導く所業は、たった一人のレイヴンによって行われる。
異端者の切り拓いた道は生き残った人類を地上へと解き放った。
地上?なら俺が今生きているここは?
訳がわからなくなってくる。俺が信じていたものが死に、残ったものはえも謂れぬ空虚感。
俺にとって、生きる意味の一つを失ったに等しい。
全てが予定され、管理され、造られた世界。
地上へ出てみて、それを痛感した。
本物の青空と太陽の陽射しが頭の中を真っ白に染めてゆく。
本当に何もかも造りものだったのか?
機械化された腕でコンソールを操作する。
何が本当で、何が偽りなのか。
これで分かるかもしれない。
重苦しい鋼鉄音を立てて開かれた扉の先には、かつて地下世界の全てだったものが在った。
破壊され、焼き尽くされた後なのだろうか、瓦礫と黒澄んだ電子機器の破片らしき物が散らばっている。
聳え立つ塔の様に佇む姿そのものが、まるで墓標の様にも見えた。
自分の信仰していた者が、初めて『モノ』だったことを痛感する。
暫くの間、それを見上げていたが、思い出した様に情報端末の接続モードを起動し、『管理者』だったモノにアクセスを試みる。
送り込まれてくるデータの殆どは破損しており、目的であるデータが見つからない。
俺は本来の目的である情報では無く、レイヤードに住んでいた人間達のデータを漁っていた。
顔写真と名前、住んでいた区画、膨大な量のデータが流れ込んでくる。
記憶の中に、まるでプロテクトをかけられた様に思い出せない箇所がある。その壁を壊すのにこれらのデータが必要だった。
どうしても思い出せない母の顔、此処にならもしかして--。
《おい、まーだ見つからないのか?》
その声で反射的に情報端末のデータ受信を切ってしまう。
声に急かされ、思わず舌打ちが出るものの、俺の必要とする情報も、この任務の目的である情報もまだ見当たらない。
ここに来れば何か分かると思っていたが--。
そう決めるのにまだ早いのは分かっている。データの量が膨大過ぎて一度や二度では処理し切れない。
《早くしないと面倒な事になるぜ?ミラージュの奴ら十中八九追っ手を差し向けてくる、俺には分かるね。》
「その減らず口を今すぐ閉じろ、今やってる所だ」
煽る様に急かすその声に苛立ちを覚えるが、目的である【衛星砲】に関するデータには辿り着けて居ない。 先行しているクローバーナイトからも通信が無いのを見ると、此方と同様に四苦八苦しているのだろう。
こっちの苦労を知らない若僧が早くしろと急かし続ける。
《早くしないと日が暮れちまうぜ………お?……早速ビンゴだ》
中枢施設の入り口を張っていた若僧が何かを補足した様だ。早くも此方の尻尾を掴まれたか。
《ミラージュの追っ手…やはり来たか…此方ムーンサルト、敵ACを確認、これより排除する。》
撃破ならずとも撃退くらいは出来る筈だ。
「テン・コマンドメンツ了解、此方は作戦を続行する」
かつて自分がいたアリーナとは随分面子が様変わりしたが、オーリーは中堅クラスのレイヴンと言ったところだ。そう簡単には突破はされないだろう。
多少の安堵を感じ、管理コンピュータの中枢データにアクセスを仕掛けたその時、後方のエレベーター方面から地響きと爆発音が伝わってくる。
《うわぁぁッ…!!》
断末魔と共にレーダーから友軍反応が消失した。
その声に思わずACの機首を返し、振り返る。
音が止み、静まり返る空間の奥から近づいてくる機動音。
早過ぎる、こうもあっさりランカーがやられる訳が--。
レーダーで確認出来る敵影は一機。
オーリーは運が悪かったのか、それとも実力差で敗れたのか。AC三機という情報はミラージュ側にも漏れている筈、それを分かっていてたった一機のACを送り込んで来たのか?
無謀過ぎる。この戦力差を相手に挑んでくるとは、ただの馬鹿か、それとも--。
開かれた扉の先に光る橙色のモノアイ。迷い無く此処に踏み込んでくるAC、どうやら退く気は無いらしい。
情報の抜き取りを停止し、ACを戦闘モードへと切り替える。眼前のACも此方を補足した様だ。
やれやれだ--。
「俺が戦闘をするのは予定外だが…やむを得んな…。」
レイヤードにも星空はあった。時々見えた流れ星を見つけて子供の時ははしゃいだものだった。
空に流れる流星がそのまま此方に落ちて来るかの様に頭上から降り注ぐ。
迫り来る青い軌跡が機体を掠め、着弾した地面に溶かしたような穴を形成してゆく。
該当データに無いクレスト強襲型のAC、メタルブルーに輝くフレームが此方の攻撃を掻い潜る。
空を駆ける様に飛び回るそのACの機動は、明らかに幾多の戦闘を経験して来たであろう熟練者の動きだった。
いや、熟練者という言葉で表現できるものでは無いかもしれない。
撃ち出されるハンドガンの高熱弾が壁に喰い込み、熱で弾け飛ぶ。
ACのジェネレーターは無尽蔵のエネルギーを産み出せるわけでは無い。着地する瞬間を予測し、フロートのバックブースターを爆発させる。 高速で接近するテン・コマンドメンツが捉えたのは青いACの左脚。
ブレードユニットが光を発し、展開される緑のエネルギーの刃。空を切る刀身が生み出した緑の光波が敵AC目掛けて飛んでゆく。
機動戦特化の相手にはその機動力を奪うに限る。
サイプレスの脳に埋め込まれた電子機器が導き出した正確な予測。が、光波は左脚を断ち切ることなく闇に消えていった。
青いACは着地の瞬間に背部の補助ブースターの片側を吹き上げさせ、回る様に光波を回避、再び空中へ駆け戻る。
狙い澄まされた青い光弾が二つ襲い来る。フロントブースターと左右のブースターを駆使し、ジグサグに後退して撹乱する。一発目は右腕部を掠め、二発目は倒れていた石柱を盾にしてやり過ごす。
あの強力な電磁高熱弾をそう安々と喰らうわけにはいかない。 ハイレーザーライフル・KARASAWAの一撃はクレスト製フレームのこの機体にとって天敵以外の何者でも無い。
対エネルギー弾コーティングを施してはいるが、あの高エネルギー弾に大した効果は得られないだろう。
ハンドガンの装填を待ち、物陰から飛び出た瞬間、レーダーから敵影が消える。
ロスト?いや--。
光の速さで状況を理解。咄嗟にフロート脚部を折り畳み、ACをボールの様に丸く屈ませる。 後方から突き抜けて行く斬撃。緑の帯が機体すれすれを削る様に掠める。
影の様に隣をすれ違う青いAC。少しでも判断を誤っていたら両断されていた。
屈みを解いたテン・コマンドメンツの黄色く光るモノアイが残心を取る眼前のACを睨み付ける。
並大抵のACの動きじゃない。上位ランカーレイヴンに匹敵する動きかそれ以上の鋭い機動。空を駆け回るトリッキーな挙動と霧影の様に敵を撒く回避術。
「オーリーがやられる訳だ…!」
背部の砲身が回転を始め、マズルフラッシュと共に大量の弾丸が撃ちだされる。 バックユニットに装備された鬼札のチェーンガンの暴力的な弾幕は地面を砕き、石柱を粉砕するだけに終わる。
「チッ……」
再びレーダーから敵影が消える。
青いACのエクステンションであるステルスディスペンサーが発動し、機体をチャフ粒子で包んでいる。高性能レーダーやFCSをも欺くその粒子を駆使した戦闘スタイルは、機器に頼った幾多のレイヴン達を斬り捨てて来た筈だ。
視界右から迫るモノアイと緑色の斬光。僅かに回避が遅れ右のチェーンガンを弾倉ごと斬り飛ばされる。
--が、そう何度も容易くやらせると思うな。
チェーンガンを斬り飛ばし、僅かに空いた懐にハンドガンを乱射。 捻じ込まれた弾丸が青いACの懐で炸裂し火花を上げる。速度を維持するために削られたであろう薄い装甲がヒート弾で弾け飛んだ。
仰け反る青いACは空へは逃げず、巧みなステップで此方を撹乱すると、倒れていた石柱の裏へと逃げてゆく。
背部右、チェーンガン破損の文字がコンソールに映し出される。
使い物にならなくなったチェーンガンをパージし、僅かに機体が軽くなる。自動スタビライザーが機体のバランスを維持、平行に保つよう調整コマンドを打ち込む。
数秒の静寂。
獲物を狩るために呼吸を整えているのか、爆発音の続いた空間に張り巡らされる静かな糸。
相変わらずレーダーに反応は無い。
まるで暗殺者だ--。
警戒しながら片手間にパネルを操作し、敵ACの情報を探る。アリーナでも目立った活躍の無い経歴の浅いレイヴン。機体はクレスト軽量フレームの強襲型。
データが--無い?
何なんだコイツは--。
嫌な予感が頭を過る。昔俺が居たアリーナにも同じ様なヤツが居た。 このレイヴンがヤツと同じ様な類のレイヴンだとすれば歩いは--。
腹を括らねばならないか…。
サイプレスが歯噛みすると同時に、天井の強化ガラスを突き破り、一機のACが現れる。
苦悶の表情が一転、思わずにやりと笑みがこぼれた。降り立ったACに敵性要素はない。
形勢逆転だ。
「クローバーナイトか…!コイツを始末するぞ!」
かつて人を遠ざけたこの場所が、初めて人で賑わいそうだ。
爆発音に重なる爆発音。爆炎と粉塵が辺り一面に広がる。
放たれた12連ミサイルと4連スプレッドミサイルの爆撃炎が暗闇に潜む暗殺者を燻りだす。
《ミラージュの差し向けて来た追手か、たった一機とは随分と甘く見られたな。》
「オーリーが早々にやられるくらいだ、油断するな。」
《…了解した。》
クローバーナイトを駆るゴールドブリッドは堅実な戦い方をするレイヴンだ。数的有利に加え、持久戦に持ち込めるなら此方の勝利はより確実なものになる。
ミサイルの弾幕を掻い潜り、クローバーナイトに斬りかかる青いAC。
形成された左腕のエネルギーシールドで斬撃を受け流し、EO(イクシード・オービット)とレーザーライフルで反撃を加える。
クローバーナイトを狙う青いACの側面を取る様に張り付き、チェーンガンによる十字砲火。
必中のタイミングだったが、跳躍した青いACは一瞬で空に駆け戻る。
対空砲の様に放たれるチェーンガンを、補助ブースターを駆使して避け回るその機動は、思わず見惚れるほど見事なものだった。
蒼く唸るKARASAWAの一撃が、クローバーナイトの右腕部をレーザーライフルごと吹き飛ばす。 衝撃によってたたらを踏んだクローバーナイトに迫る緑の光波。
エネルギーシールドが展開され、飛来する斬撃を防ぎ切る--。
光波を弾き飛ばしたエネルギーシールドの僅かな穴にハイレーザーライフルの弾丸が突き刺さる。光波に隠れて放たれた精確な一撃によって吹き飛ぶシールド。
《ぐッ……!》
左右の武装を失ったクローバーナイトのミサイルポッドの全砲門が一斉に開く。
夥しい数のミサイルが放たれ、地面や壁に突き刺さり、瞬く間に当たり一面を火の海に変える。
「クローバーナイト!おい!」
錯乱しているのか、まともに狙いを付けずに放たれたミサイルが此方にも降り注ぐ。
連携が途切れた。
青いACは空を飛び回り、障害物を利用しながら迫り来るミサイルを避け続ける。そして避け続けながらジリジリとクローバーナイトに迫る。
一転、青いACの機動が変わる。
突き刺さる様にミサイルを掻い潜り、突撃。背後の補助ブースターを切り離し、ブースターの熱源に誘導されたミサイルがその場で爆発。
補助ブースターをデコイ代わりに使ったのか、AC背後のメインブースターが弾け、一気にクローバーナイトへ迫る。
槍の様に突き出されたレーザーブレードにコアを突き刺され、後ろへ崩れ落ちるクローバーナイト。
《ぐッ……ッッッ…!!》
漏れる通信から伝わる悲痛な声。 炎に包まれる友軍機。俺は唖然としながらそれを見てしまって居た。
押し倒す様にブレードを引き抜いた青いACのモノアイが、ゆっくりと振り返る。
次はお前だ--。
そう言わんばかりに此方を睨み付ける。
背筋に悪寒が走る。ゾクりとする恐ろしい目。アイツ--あの目と同じだ。
かつて一度だけアリーナで対峙したレイヴン。アリーナでなければ殺されていた。そいつは地下世界の秩序を破壊し、管理者を破壊し、人類を地上へと導いて行った。
同じだ--。
あの異端者(イレギュラー)とコイツは--。
母は病気だった。
家のベッドで苦しそうに呼吸をしている母。まだ大人とも呼べない歳だった俺は毎日必死に働いた。
医者は治療費さえ払う事が出来れば助けてやれると言っていた。だが、掲示された金額は破格のもので、とても俺一人が払える額ではなかった。
それでも母が助かるなら。
毎日毎日、馬車馬の様に働き続けた。
時々僅かな金で薬を買って来ては母に飲ませていた。今少しでも苦しみから楽になってくれれば良い。
母は、ありがとう、と言ってにっこり笑ってくれた。
腕を売り、足を売り、身体が半分以上機械になっても金が足りなかった。
企業が密かに進めていた強化人間計画の実験台になり、俺はレイヴンになる。
機械の身体を得る度に、大切なものが一つ一つ消えていく感覚がした。
それでも、藁にもすがる思いだった。
合法非合法問わず、依頼さえこなせば莫大な金が手に入るレイヴン。 自分がどうなろうと良い、母さえ元気になってくれれば--。
でも。
母は、死んだ。
俺が、初めてレイヴンになって人を殺したその日に。
まるで氷の様なモノアイ。底冷えする視線の奥底に見える確かな意思。
亡骸となったクローバーナイトを踏み越え、青いACが此方に肉薄する。
たじろぐテン・コマンドメンツに突き刺さる流星。高エネルギー弾の衝撃で我に返る。
コクピットに映し出される機体簡易画面が損害状況を表示。コアにダメージと対エネルギー弾コーティングパーツが破損したと警告された。
チェーンガンをばら撒きながら体勢を立て直すも、尚も空を縦横無尽に駆け回る青いACの猛攻は止まない。
「此方テン・コマンドメンツ、機密データ先取に失敗、作戦の放棄を提案する。クレスト本部、応答せよ」
《………撤退は許可できない、速やかに増援を送る、何としてもデータを入手せよ》
援軍など期待出来るか。来たとしても全てが終わった後だろうが。
再び襲う衝撃。左腕部のブレードユニットが腕ごと千切れ飛ぶ。
「くッ……!」
噴煙を纏い、斬りかかる青いACの斬撃。フロートのサイドブースターを前後同時に吹かせ、くるりと駒の様に斬撃を回避。
チェーンガンの弾丸が青いACの左肩部と左腕部の装甲を吹き飛ばす。 それとほぼ同時に撒き散らされるステルス粒子。
それで姿そのものが消える訳でもないだろう--。
「そう何度も逃がさんよ……!」
後退する青いACを追撃。OB(オーバード・ブースト)によって急加速したテン・コマンドメンツが敵ACを視界に捉える。
フロートの旋回力を活かし、弧を描く様に急接近。敵のコア目掛けて膝蹴りの様に脚部を突き出す。
突出した右のステルスディスペンサーを抉り取る。急旋回し、ハンドガンを乱射、数発の弾丸が青いACの装甲を捉え、弾け飛ぶ装甲。
弾け飛んで行った装甲が地面に落ちる間も無く、反撃に転じた青いACの緑の残光がテン・コマンドメンツの頭部を切り飛ばす。
続け様に二撃、三撃、四撃と浴びせられる斬撃。堪らずフットペダルを全開まで踏み切り、後退。
チェーンガンの砲身がオーバーヒートを起こす直前まで弾丸をばら撒き続け、石柱の裏へ退避。呼吸を整える。
自分の体温が異常に上がっているのが分かる。額から流れる汗が首筋をつたり、表情が歪む。
「クソッ……」
これ程までとは--。
見誤ったか--。
クローバーナイトが撃破された時点で全力で逃げ帰るべきだった。 立て続けに受けたレーザーブレードで脚部のホバリングブースターを破損、機動力が50%まで落ち込んでしまっていた。
ここまでか--いや、死ねるか。まだ俺にはやる事が--。
途中まで抜き取ったレイヤードのデータ。この中に俺の求める物があるかもしれない。
前進撤退、無謀だがこのまま戦い続けて殺されるならやる価値はある。
オーバードブースターを発動させ、物陰から飛び出す。チェーンガンをあらん限りばら撒き、その後パージ。管理者の居る部屋まで行き、地上へのゲートから脱出すれば良い。
戦術コンピュータにルートを設定、撤退という意思に共鳴する様に、テン・コマンドメンツは駆動する。
やるしかない。
青いAC目掛けて突撃する。放たれるチェーンガンをひらりと躱し、撃ち下ろされるハイレーザーライフル。 千切れ飛んだ左腕を盾にして致命弾は避けた。
オーバーヒートを起こし、砲身が高熱で煙を上げるチェーンガンのハードポイントが弾け飛び、テン・コマンドメンツは速度を上げる。
凄まじいスピードで青いACの攻撃を掻い潜り、管理者前扉の開閉パネルをハンドガンで破壊。僅かに開いた扉にACの機体を捩じ込む。
青いACの射程範囲外になったのか、攻撃が止んだ。
良し。
掛けに勝ったのは俺の方だった様だ。生き残る事が何よりも価値のある勝利。
そのまま扉を無理やり押し通り、抜け出す。
ブースターを上昇させ、飛行体勢に入ったテン・コマンドメンツを青細い光が貫く。
何---が---?
視界が暗転、前転する様にバランスを崩し、管理者の墓標に後ろ向きに叩きつけられる機体。
霞む視界で遠方を凝視する。
強化された視界が捉えたのは、膝を立て、狙撃体勢に入った青いACの姿。
圧縮され、飛距離を延ばしたKARASWAの弾丸が、あの距離から物の見事に此方を撃ち抜いた訳だ。
「くッ……ははッ…」
化け物過ぎる。それに思わず笑ってしまう。
本当に戦う相手を見誤った--。
それを本気で悔やむ前に、サイプレスは少しの間、呼吸を止めた。
※ ※ ※
どうすれば母に会えるだろう?
暗闇の中で考えた。
昔はこんな答えがわからず、ひたすらに祈った。
だけど、狂った様にいくら祈っても神様は何も叶えてはくれなかったんだ。
何も映らないテン・コマンドメンツのコンソール。
風穴の空いたコアから流れ星が見えた気がした。
母は星が好きだった。なら俺も星になれば良い。
何て答えだと、我ながら苦笑する。
いくら祈っても会えないなら、俺から会いに行けばいいじゃないか。
でも、所々コードの繋がる機械だらけの身体。こんな姿を見て、母は俺だと分かるだろうか?
そんな事を考えながら、コクピットの中で力無く項垂れる。
そろそろ行かなくては。
その時。
頭の中で記憶を遮っていたガラスが壊れる音がした。
吸い込まれる様に、逆流する記憶。
思い出したよ。
母さん--。
もう泣けなくなった筈の顔に、一筋だけ、涙が流れる。
まるで、空に光る流れ星の様に。
--END
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