Written by マサ


上 戦争の終わりとコロニー・アスピナ

 街はお葬式のようなムードに包まれていた。いや、事実お葬式なのかもしれない。
 無益な汚染ばかりを広げて、得るものもなくただ守るばかりで終わりを迎えたリンクス戦争。更にはその戦後処理としてオーメルサイエンスからもたらされた1つのミッション。そして今度こそ完全な戦争の終結。
 代償に対して得たものは英雄を汚い戦犯に仕立て上げた虚しさと、下らない犠牲の上に為る下らない平和だけ。
 思えば彼らの歯車はこのときから壊れていたのかもしれない……。

「ッチ、今日も来てやがるか。オーメルの糞野郎どもは」
 霞のかかったコロニー・アスピナに朝日が射す。聞くからに威圧的なプロペラ機の音と、嫌がらせのように降る統治企業連合発足のビラとオーメルへの帰属を勧告する拡声器。
 リンクス戦争が終わって半年、リンクス戦争の覇者となった2強の片割れ、コロニーアナトリアはジョシュアの駆ったプロトタイプネクストが崩壊させ、ネクストをも凌駕する本物の悪魔のACを駆った代償として、ジョシュアを失ったコロニー・アスピナも事実上の崩壊を迎えていた。
 無論ジョシュアというトップクラスのリンクスが居たというだけでなく、それなりな技術力と暴力に訴える強行性と同時にしたたかさも持ち合わせていたからこそアスピナはこうして厳しいリンクス戦争を生きのこれたのだ。既に企業と反目しても生きのこる道を彼らは見つけていた。


 朝もやの中を一台の古ぼけたジープが走る。元は舗装され美しい通りだったが、今では度重なる示威行為に、舗装は剥がれ、沿道に植えてあった植木など陰も形もない。
「全く毎日毎日上空でよくやるものだ。おかげで研究に集中できないではないか」
 そう呟く男は、もう何日変えていないのか、マシンオイルのニオイの漂う薄汚れた白衣と、ボサボサ髪というまだ20代ながらしょぼつく目がどこか冴えない男だった。
「まあ先輩のほうはゆっくりでもまだ仕事が進むだけいいじゃないですか。僕のほうは非検体がなければ基礎理論しかありません。これでは来年の予算が下りませんよ」
「来年にはアスピナがないかもしれないというのに、君は悠長だねえ」
「だからこそ次の予算を振り込んでもらったらどこか別のAMS研究所に移りますよ。出来れば医療関係に強いコネクションのあるところへ」
 そう応える男の白衣はまだ少しだけ糊が利いていて、運転席の男に比べればどこか医者を思わせる雰囲気を醸している。ただし目は隣の男と同じくらい荒んでいるが。
「とりあえずはその目先の予算のためにも非検体を見つけないとな」
「ええ」
 そういいながら助手席の男は窓の外を見る。アスピナの外周に添ってばら撒かれた示威行為用の焼夷弾やらで景観が変わった街を見るのは、さすがに育った土地のことを思うとやっていられない。
 だがそれ以上に男には窓の外の廃墟に自らの求めるモノを見つける必要があった。
「でもお前の提示した条件を揃えるってのは難しいぞ。『年齢の若い女性かつ四肢欠損が望ましい』ってお前はマッドサイエンティストか……。と、そんなことは俺の言えた義理ではなかったな。あんなものを開発している時点で俺も十分お前側か」
「先輩には及びませんよ」
 そういいながらも助手席の男は目を皿のようにして廃墟を見渡す。このあたりもコジマ汚染の波がやってきているようで、窓は開けられない。
 楽しくもない男2人のジープでドライブ。会話は自然と仕事のことになる。汚れた白衣の先輩がさして楽しげもなく語るのは、現在オーメルサイエンス社との交渉を優位に進めるためのキーアイテムでもある『新型ネクスト』の話だった。
「航空力学を取り入れて浮力と推進力に特化したネクストフレームだ。シミュレーションでは現行モデルのネクストから1.5倍レベルの戦闘力を得られると示している」
 荒んだ目に光を取り戻した男が、雑なハンドル捌きを見せながら語る。
 ただし助手席の男はAMSについての研究者であって、ネクストがどういうものかを理解してこそいるが、その研究結果を語られたところで分かるような才はない。要は畑違いの話に困惑していた。
「凄いですけど、聞く限りネクストの形は従来のような人型からは離れたものになりますよね? 搭乗者を使い潰すようなネクストフレームでいいんですか?」
「いいんだよ。求められているのは『新設計のアーマードコア・ネクスト』なんだからな。別に搭乗者が喚こうが死のうが、そんなことは俺の知ることじゃねえ。飯が不味くなるから俺の知らないところでやれっていうのはあるけどな」
「ま、死ぬなら他所で、というのはありますね」
 そう応える助手席の男の理屈も勿論『飯が不味くなるから』だ。まともな死に方をしなかった死体と食べる飯ほど不味いものはない。人道的ではないかもしれないが、人体実験に関わる者としては仕方ない反応だ。一応死体の臭いに鼻を摘むことはあっても、それだけだ。恨みがましい目をして屠殺されていく実験動物に感傷など涌くはずがない。
 窓ガラス越しの景色はどこまで行っても変わる様子がない。だがその廃墟の中にも変わったところはあった。
「先輩、車停めてください」
 地面に残ったのは粉塵雑じりのまだ乾いていない赤。その血の持ち主は既に死んでいるかもしれないが、既に夜明けから数時間アスピナの廃墟を回って収穫はない。縋って見るのも賭けだった。
 ドアを開け、窓から見えた血痕を探す。目立つ赤はすぐに見つかった。
「居たぞ! 生存者だ!」
 血溜りのすぐ脇に転がっていたのは、到底人とは呼べないような有様をした不恰好な人形。ただ必死に生きようとする人間の壊れかけ、成れの果てだった。
「君、大丈夫か?」
 相手を気遣っているような言葉を吐きながら、男は自分の頬が歪な笑いに歪んでいる自覚があった。紛れもなくここは殺害動画の撮影現場だったというのに、見つけたお宝に笑いがこみ上げてくる。
 歓喜に震え歪な笑いしか出来ない男を見返してくるのは、おおよそ人間とはいえない壊れかけの少女だった。のこぎりか何かで切断されたように荒れ果て、その先を亡くして歪な傷口を晒す右腕と、ストレスのためか半ばメラニン色素の抜け落ちた髪。潰されたのか閉じられた右目から流れ出す赤い液体と、日に当たっていなかったのかやたら生白い肢体は、薄倖の少女のその出自を示すに十分だった。
 激痛に既に一頻り叫び続けた後なのか、突然表れた男達に抵抗らしい抵抗もしなければ、声を上げることさえなく、半開きになった口からは末期のような息と僅かな声にもならない音が混じるばかりだった。
 その少女を介抱し、止血と投薬の応急処置をしながらも男は笑いを堪え切れてはいなかった。人としての機能を奪われながら、必死に生きようとする彼女を使い潰しのモルモットにすることに興奮していた。

 先輩が荒っぽく駆るジープで大急ぎで研究所に戻り、男は少女に対して延命に必要なあらゆる措置を施した。今や乏しくなった物資の中から痛み止めや昇圧剤、血液パックなどを用い、企業の直轄管理の都市なら見捨てられるだろう重傷者だった少女は一命を取り留めた。

 血染めになっていた衣類を取り替え、男は彼女に首輪を着けた。いつでも施設内のどこに行ったか分かるようにするためのICタグ入りの首輪は、仮に彼女が脱走しようとすれば施設の敷地の境界に反応して全スタッフに伝わる仕組みになっている。
 男が彼女に与えたのは施設内を歩きまわれる自由ではなく、モルモットとして使い物にならなくなるのを防ぐための自己メンテナンスの機会だった。

 全て作業が終わり、彼女が再び目を覚ましたのは運び込まれて3日後の朝のことだった。


+  やあ、また会ったね

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