Written by ケルクク


――作者注――
本作品はラナ・ニールセン著『大破壊』より一部の文章を引用しています。引用の快諾及び本書の執筆に当たり詳細な当時の資料を提供してくださった事を感謝いたします。
彼女の協力なくしてこの作品は存在しませんでした。ゆえにこの作品を彼女に捧げます。

地球歴113年2月13日     セレ・クロワール

(8)
前節では彼の半生、伝説の傭兵としての彼の姿を追ってきた。
依頼された結果とはいえ幾度も世界の危機を救った彼は『鴉殺し』アンジェに討たれ歴史からしばし消える事になる。
そして数年の沈黙の後、歴史の表舞台に再度彼は現れる。
アナトリアの傭兵という名で。

現在残されている当時の資料にこの名は幾度も登場している。
最初は政治的価値しかない最低クラスのリンクスとして。だが次第に評価は上がっていき最後は最強のリンクスと評されている。
最強のリンクス。
その評価に相応しく彼はオリジナルの半数以上を討ち取り、傷ついていたとはいえランク1を含む4機に対し単独で勝利し、遂には1陣営を壊滅させ戦争を終結させる。
その戦果に企業は恐怖した。単機で戦争を終結させる力。それが自分たちに向けられる事を恐れたのである。
ゆえに企業は戦争終結直後に彼に唯一匹敵する存在を禁断の兵器に乗せ彼を襲わせた。
搭乗者の命と致命的な環境汚染と引き換えに圧倒的な戦闘能力を持つ悪魔の兵器を駆るもう一人の最強の傭兵、さらに万が一の場合に備え桁外れのAMS適性を持つ最強のオリジナルを後詰に残す完璧な布陣。
だが彼は完璧すら凌駕する。悪魔の兵器を友諸共に葬り去り、瀕死の状態でオリジナルをも撃破する。
そして彼は再びその姿を消した。

企業は恐怖した。彼が自分たちを攻撃してきたら自分たちがBFFやレイレナードに続く事は明らかであった。
特に彼を裏切ったオーメル・サイエンス・テクノロジーは恐怖した。彼には復讐する理由がある。オリジナルでも巨大兵器でも禁断の兵器を用いても彼を止める事は出来なかった。ならば彼を止める手段は存在しない。
笑ってしまう事に当時の企業の防衛計画や仮想敵には他企業の名を抑え常に彼の名がTOPにあった。
国家を滅ぼし世界を我が物にした企業が個人を恐れていたのだ。

怯えた企業が彼の影を振り払う為に始めた計画は二つ、

一つはアームズフォート計画。
第二の彼が現れるのを防ぐために戦力をリンクスとしての個人に委ねるのでなく代替え可能な凡人の集団に移行する。そして、彼を倒す為莫大なコストをかけ巨大兵器を建造する。
そもそも通常兵器に比べ圧倒的にコストパフォーマンスが優れていたからこそ企業はネクストを戦力として用いたのだ。
にもかかわらずそのネクストの代用品により費用の掛かる方法を採用しては本末転倒である。だがそれでもやらねばならなかった。
それほどまでに企業は彼に代表されるリンクスを恐れていたのである。
だが結局莫大なコストを掛けたアームズフォートは彼に限らず力あるリンクスにとっては獲物以上の存在には成り得なかった。

二つ目はクレイドル計画。
汚染された地上を捨て清浄な空に人類を避難させる計画である事は常識であるが、計画を強烈に推進したのがオーメル・サイエンス・テクノロジーであり、その理由が彼から逃れる為であった事はあまり知られていない。
当時の資料を読むといかにオーメル・サイエンス・テクノロジーが彼を恐れていたかが解る。オーメル・サイエンス・テクノロジーは古代の民が神を恐れるように彼に怯えていた。
だが、これを過剰な反応と呼ぶのは間違いであろう。なぜなら後に古代宗教に謳われる神のように単一のリンクスが人類を絶滅寸前に追いやれる事を天敵が証明したのだから。
もっとも、彼から逃れるためのクレイドルが天敵を生み出した事は皮肉以外のなにものでもないが。

そして、最初のアームズフォート、グレートウォールが完成し、クレイドル01に移住が始まりクレイドル02が試験飛行を開始した頃、
企業が彼の名前と恐怖をようやく忘れかけた頃彼は三度歴史の表舞台に現れる。
友のネクストの名――ホワイト・グリント――を継いだ彼専用のネクストと共に、出来たばかりの反企業組織ラインアークの象徴として。

ラインアーク。
それは誕生した当初、企業にとってなんら注目にするに値する価値のない存在だった。
大げさな理想を謳ってはいるものの要はクレイドルに上げるに値しない難民とカビの生えた国家主義者に食い詰めた武装組織が生きていくために集まった寄り合い所帯であろうと。
強いて脅威を挙げるならその雑多な集まりを纏め上げているブロック・セラノの存在だがそれもわざわざ手間をかけて暗殺や懐柔をするほどでもない。
むしろ、纏め上げていてくれた方が叩き潰す際に一つ一つ別個に潰していくより手間がかからない。
それより企業は決めなければいけない事が山のようにあった。
クレイドルの割振りと住民達の移住方法。地上に残るリンクスの管理方法にネクストを有する武装組織の扱いに最近頻発するリンクスの失踪事件の調査に彼の探索。
さらには当然ながら日々の自社業務と他企業との小競り合いも続けていかなければならない。

企業がそうした日々の雑事にかまけ放置している間ラインアークは急速に力をつける。

そして、強大になったラインアークに企業が危機感を覚えた頃、ラインアークは自らの主権領域を宣言する。
それを契機に企業はラインアークへの制裁――武力侵攻――を決定する。企業の枠を超えて編成される企業連軍。
とはいえラインアーク撃破後の利権分配において調整が付かず、今回はラインアークの戦力を壊滅させ、後日調整が付き次第再占領という流れになったため各企業は主力を出し渋ったが、
それでも量産され始めたばかりのギガベースを筆頭に十体以上の旧巨大兵器に五十を超える艦船、さらに二線級とはいえ大量のノーマル部隊はラインアークを叩き潰すのに十分であった。
この侵攻を聞いた時ラインアークに住む住民以外は誰もが企業連の勝利を確信した。
だが、侵攻部隊が主権領域に侵入した時一本の通信が入る。
「貴方達は、ラインアークの主権領域を侵犯しています。速やかに退去してください。さもなければ実力で排除します」
その通信の直後、大多数の兵士が身の程知らずと嘲笑い、極少数のリンクス戦争経験者の兵士がどこかで聞いた事があると首を傾げたその時にOBの閃光と共に現れた一体のネクスト。
それはデータに無い異形のパーツで構成されていた。企業連軍はその異形に僅かに怯むが直ぐに攻撃を開始する。
企業連はラインアークがネクストを保有している事を予想していた。最近頻発するリンクスの失踪事件。あれだけの事が行えるのは自分たち企業かラインアークぐらいであろう。
それを裏付けるようにラインアークがネクストのパーツを集めているという情報を掴んだからこそ利害調整が終わっていない現段階での侵攻を決めたのだ。
今ならば集められたパーツは精々が一機分であろう。ならば、数で押しつぶせばよい。ゆえに企業は並みのネクストなら十機出てきても粉砕できるだけの戦力を動員した。
その戦力に対したったの一機。これではもはや戦闘ではなく狩りにしかなるまい。ギガベースにいた総指揮官は勝利を確信し笑みを浮かべる。

確信は当たり戦闘は一方的な狩りに終わった。ただし狩人と獲物は逆だったが。
異形のネクストは大量のノーマルを一方的に蹂躙し、大型破壊兵器を一蹴し、ギガベースに接近した。
艦橋にいた総指揮官は目前にまで迫った異形のネクストに驚愕の表情を張り付けたまままだ試作段階のアサルトアーマーでギガベースごと吹き飛ばされた。

侵攻部隊が壊滅したと聞き企業の経営者たちは愕然とし、ついで声紋分析の結果通信の声が行方不明であった彼のパートナーであったフィオナ・イェルネフェルトであった事に恐怖し、
異形のネクストの名がホワイト・グリントである事が判明すると遂には恐慌をきたした。
彼らは手持ちの業務を全て放り出しラインアークの情報を集め、幾度も侵攻を行った。
だがそれら全てが失敗に終わり、遂にはインテリオル・ユニオンが送り込んだ最新のアームズフォートイクリプス三機に、
当時のランク1位でありオリジナルである霞スミカならびに彼女と長年ペアを組んでいた支援機として完全な存在であるエイ=プール、
さらに若手最強と名高いウィン・D・ファンションとそのパートナーロイ・ザーランドとという他企業の本社をすら陥落せしめる戦力が粉砕されるに到り企業連はついにラインアークへの侵攻を断念する。

企業が一個人に屈したのだ。またも強すぎる個がイレギュラーとなり秩序を破壊したのだ。
当時の資料には様々な理由――難民の受け皿の確保や企業の団結の為の仮想敵の必要性等――が書かれているが結局は彼を恐れラインアークを彼の檻としたのだ。
その後企業はラインアークの主権領域を黙認する代わりにホワイト・グリントを設立したばかりのカラードに所属させるという取引を行う。
これにより企業連は――間接的にだが――ラインアークの存在を認め、同時にラインアークは企業の支配下にある事を認めた事になる。
かくして企業の威信は保たれた。
もっとも、その代償として少なくない物資がラインアークへホワイト・グリントの所属料という名目で定期的に送られることになったのだが。
無論、企業内部――特に若手――からはそのような弱腰でどうするのかという意見も出た。正攻法で駄目な裏から暗殺すればよいと。
だが、それも諦めざるおえなかった。彼は素人ではない。歴戦という表現ですら生ぬるい修羅場を多数潜ってきた傭兵であり簡単に暗殺出来るとは思えなかった。
そして暗殺が失敗した場合報復に本社を襲撃されかねない。
何より例え成功したとしても、死んだと思われた彼は二度も蘇り我々の前に立ちふさがったではないか!三度目が無いとはどうして言えよう!あれは幾度死んでも蘇る不死身の悪魔なのだ!!
そんな迷信じみた恐怖に囚われるほど老人たちは彼を恐れていた。

その後、主権が認められたラインアークはそれ以上目立った行為を起さず世界にしばし平穏な時が訪れる。
だが、企業の全てがクレイドルに移り彼の報復を恐れる事が無くなるとその平穏は少しずつ崩れていく。
そして、届くべき物資の未送といった嫌がらせにはじまったラインアークへの敵対行動が、ネクストによる主権領域の侵犯が行われるまでに到り歴史は新たなる動乱の時代を迎える

第四章 抑止力としてのリンクス より

扉の向こうに誰かが立つ気配を感じて目が覚める。脳内レーダーの範囲内に反応は二つ。一つは俺の腕に縋りつくように寝ている彼女ともう一つはドアの向こうにいる誰か。
どちらもブルー。あらかじめ登録してある味方だ。ここが自宅だという事を考えるとフィオナだろう。だが足を忍ばせているのは何故だ?
万が一に備え、寝ている彼女を起さない様に抱きかかえドアの死角に移動する。
静かにドアが開く。物音を立てないように入ってきたフィオナは俺達がいない事に気付き辺りを見回す。
フィオナにばれないようにドアの向こうの様子を窺う。………誰もいないし変わった様子もない。異状なしだ。足を忍ばせたのは寝ていた俺達を起さないようにとの気遣いか。
警戒を解き、同時にちょっとした悪戯心を出しフィオナを驚かせようと死角から声をかける。
「おはようフィオナ」
「きゃ!もう、おは………」
想像通り驚き、笑いながら振り向いたフィオナが硬直する。ついで、噴き出す当たりに充満する怒気。何故か酷く怒っている。
戦場で培ったカンと今までの経験が命の危機をがなり立てる。まぁ、目の前で般若のような顔で微笑まれれば赤子でも理解できるだろうが。
とりあえずこれは『今謝ればゲンコツで許してあげるわよ』のサインだ。考えろ!俺!
………わからん。とりあえず謝っておくか。
「すまないフィオナ」
「ねぇ、あなた何を謝っているの?まさか何で私が怒ってるのか解らずにとりあえず謝っている、なんて事は無いわよね?」
もしそうなら酷いわよ?と言外に告げられる。
逃げ道を断たれたな。しかたない、覚悟を決めるか。
なに、この程度の危機、依頼で要塞中枢に突入してやっとの思いで中枢を破壊した直後に、何故か彼女に喧嘩を売られた時に比べればどうという事は無い!
「当然じゃないかフィオナ。死角から声をかけて驚かすような真似をしてすまない。ちょっと、驚かせようと」
怒気が殺気に変わる。不味いな。外したか。
「そんな事じゃ怒らないわよ♪ねぇ、あなた。あなたが抱いている彼女を見て?どう思う?」
ヒントが出た!これは『これで当てたら半殺しで許してあげる』のサインだ。思考しろ!俺!
この程度、未踏査地区の調査中に天使に襲われた事に比べればどうという事は無いはずだ!!
視線を落とし俺の腕の中でグースカ寝ている彼女に移す。
長い髪を寝汗と涎で顔に張り付け、タンクトップを胸の上まで捲り上げ豊かな胸の間をボリボリ掻いている。
この威厳もくそもない姿を見せている彼女が若干24歳にしてラインアークの最高権力者であるブロック・セラノだと思うと頭を抱えたくなる。
そもそもいくら自分に向けられたのではないとはいえこの殺気の中眠りこけているのはいかがなものか?
確かにセラノを見ていると危険感知能力のなさに怒りが湧いてくるがこれはフィオナの怒りの原因ではないだろう。
仕方ないのでさらに観察する。
よく見ると胸の間や臍には汗が溜まり、ホットパンツも暑苦しいのか脱ぎ去りかろうじて右足首に掛かっている状態だ。そうか!わかったぞ!!
「すまないフィオナ。たしかにこのままだと寝汗でセラノは風邪を引いてしまうな。それではラインアークの運営に支障をきたす。俺は彼女の寝汗を拭いて………はいけないな」
「ねえ、あなた?私は彼女をどうこうしなかったから怒っているんじゃないわ。むしろどうこうしたらもっと怒っていたわ」
殺気が充満しフィオナが細かく震えだす。これは『当てないとあなたを殺して私も死ぬ』のサインだ。
不味いな。退路を探る。ドアは彼女が塞いでいるため脱出不可能。後は、隠し通路か窓だな。口実は………早朝訓練に行ってくるでいいか。
とすると隠し通路は駄目だな。訓練室につながらない。残るは窓か。開ける時間はないからぶち破ることになるが口実は?そうだな、緊急時の脱出の訓練。これでいこう。残る問題はここが地上十三階だという事だが何とかなるだろう。
よし!ミッション開!?窓に向かい跳ねようとした所でフィオナに腕を掴まれる。
「ふふ、逃がさないわよ。あなたの考えている事はわかるもの。当然あなたも私の考えていいる事はわかるわよね?さあ、答えてあなた。私はなんで怒っているんだと思う?
ふと脳裏に駆け出しの頃の思い出が蘇る。
あの頃は未熟で金が無かった。未熟なため受けられるミッションの報酬は安く、だが腕が無いため被弾と無駄弾が多くなり嵩む弾薬費と修理費。
その結果弾薬費と修理費を払うと手元には全く金が残らない。支給された初期機体から何時乗り換えられるのだろうと悩んでいた青春時代。
だがそこにあるミッションが舞い降りる。成功報酬がパーツ。俺は喜び勇んで出撃した。それが罠だとは知らずに。
ミッション終了後確かにパーツは支給された。だが喜ぶ俺に突き付けられたのは弾薬費と修理費合わせて53042cの請求書。
当然払えずその場で借金のカタにと拉致られ、そのまま手術台に強制的に乗せられた時の絶望感。
長くなったが今そんな気分だ。フィオナが俺を手術したあの二人に見える。
………だがそこからも俺は生還し生まれ変わって力を手に入れたんだ!だから今度もきのこってみせる!!
さぁ!きのこりたければ考えろ!!彼女が怒っているのはあくまで俺の行動。だが、セラノの様子を見ろと言ったからにはそれがヒントには違いあるまい。
殆ど無毛の股をポリポリ掻きながら指をしゃぶって「もう食べられにゃいよぉ~」と寝言をほざくセラノをじっと見る。幸せそうだ。俺も何かもかも忘れて眠りたい。待てよ?眠りたい?寝たい?寝る。そうか!!
セラノを床に下ろしついでに落ちていた毛布をかける。
充満していた殺気が消える。ギリギリで正解したらしいな。安堵の溜息を吐き未だに幸せに眠るセラノの横に滑り込みフィオナに謝る。
「すまない。そういえば約束していたな。出撃しない日は最低四時間は寝ると。まだ寝てから三時間半しか経っていない。だからセラノと一緒に寝ろ。そういいたかった………わけではないようだ」
消えていた殺気が濃度を増して再度満ちる。殆ど固形化した殺気の中フィオナは護身用に持ち歩いている拳銃を引き抜き俺の頭に合わせた。
「外れよあなた。私は妻がいるにもかかわらず他の女と寝た事を怒っていたの。もちろん何もない事は解っているけど、私の部屋に来るとか最低でも離れて寝るとか気を使うべきだと思わない?
 それとも何かあったのかしら?あったのかもね?だって、こんなにも見せつけちゃってくれるんだもんね?」
「落ち着けフィオナ。戦場でジェンダーフリーは当然だ。寝所もシャワーもトイレも共用で誰もそれを恥ずかしがらない。だから」
セーフティが解除される。
「ここは戦場?だとしたら私が悪いから謝るわ」
「いや、違う。家庭だ」
「なら私が正しいわよね?ねぇあなた私は前から言ってるわよね?戦場には戦場のルール。家庭には家庭のルールがあるって」
「ああ、俺が悪かった。次からは気をつけよう」
「次?次は無いわよ?安心してあなたがいなくなってもジョシュアはしっかり私一人で育てるわ」
「だから、落ち着けフィ「問答無用!!」
引き金が引かれる瞬間顔を逸らす。耳元を通り過ぎる弾丸。
「外した!!でもまだ、十一発あるわ!全部かわせる!」
「だから落ち着いてくれフィオ「問答無用っていってるでしょ!!」
「くっ!浮気などうぉ!」
フィオナを宥めながら次々と発射される銃弾を紙一重で避けていく。

結局フィオナの機嫌が直ったのは十二発の銃弾を全て避け切り、三十分間の説教を喰らい、次の休日に買い物とピクニックに親子三人で出かける事を約束された後だった。
ちなみにセラノはその間ずっと寝ていた。やはり案外大物かもしれんなこいつ。

****

恒例の朝の一幕も終わりトレーニングもすませシャワーを浴びているとシャワー室に併設してある洗面台に人の気配。
「おふぁひょうぎょじゃいひゃふ。ヒャイフュンはん」
気配の元を確認する前に声をかけられる。あの騒ぎの中熟睡し、俺がトレーニングをしている間も寝ていたセラノがようやく起き出したらしい。バシャバシャと顔を洗う音が聞こえてくる。
ちょうどいい。昨日伝えそびれた事を伝えておこう。シャワー室から出て体を拭きながら洗面台に出る。
「セラノ昨日言い忘れた事なんだが」
「ふぁい、なんれふひゃん!!ひゃん!!」
俺の声に振り向いたセラノが奇声をあげ回れ右をし、さらに鏡を見て奇声を上げ反回転し右側の壁を向く。
相変わらずの奇行を。俺達の前はともかく支持者の前ではやるなよ?
まあ、指導者というものは奇行を行うものなのかもしれない。あいつも後ろに回ると尻を振る妙な癖があったし。
「作戦の提案を行いたい。アブにも1300に執政室に来るように伝えておいたからよろしく頼む」
「わっわかりました」
鏡が真っ赤になったセラノと俺を映す。セラノが童顔という事もあり共に二十歳前後の男女にしか見えない。これでは片方が四十台だといっても誰も信じないだろう。
一部のレイヴンに対して行われた強化手術にはレーダーの追加や処理能力の向上に加え肉体年齢の維持がある。
これは高G等の様々な肉体的な負荷に対しての耐久力と回復力を維持するためのものだが、当然肉体年齢を維持すれば外見年齢も維持される。
極端な例になるが堕ち逝く火星の衛星で死闘を繰り広げた宿敵は九十歳近くながら四十代の外見と体力を持っていた。
俺もそこまでではないがそれでも十五で強化手術を受けてから三十年近くたったが外見年齢では精々十年足らず老けた程度だ。
かたやフィオナは年齢より若く見えると言えそれでも三十前程度には見える。
今はまだいい。だがこの先十年、二十年経つにつれフィオナは年齢相応に年を取るが俺は若いままだ。
いずれ親子にしか見えなくなるだろう。最近のフィオナのいらつきもそこに原因があるのかもしれない。
「考えても仕方ないか」
溜息を吐き答えの出ない迷いを振り払う。解決策もないのに先の事など考えても仕方ない。それに傭兵である以上明日と言わず今日の午後にも死んでいるかもしれないのだから。
「そのぅ、考え事も結構なのですが服を着て頂けないでしょうか?」
先程からこちらをちらちらと横目で窺っていたセラノが話しかけてくる。
「安心しろ。強化人間は風邪を引かない」
「いえ、そうではなく。あの、そのレイブンさ「レイヴン」………失礼しました。レイヴンさんはいつもフィオナさんに常識を身につけろと言われてますよね?」
「ああ。だが今は守っているぞ?洗面台までは裸でもいんだ」
「あの、一人なら確かに構わないと思いますが、その、今は私が」
「フィオナやジョシュアと一緒でも大丈夫だからお前でも大丈夫だろう。風呂といえばお前も入ったらどうだ?汗と顔を洗った時の水でずぶ濡れだぞ?
「それは家族だからで私はふぇ?」
何かを言いかけたセラノが下を向き自分の様子を確認する事五秒。服が肌が完全に透ける程濡れて保温どころか体温を奪っている状況が確認できたのか「あっあっあっ」と呟きながらワナワナと震え始める。
ふむ、ようやく自分の状況に気がついたみたいだな。全く大切な身なのだ。風邪を引いたら困るのは自分だというのに、体調管理は基本中の基本だぞ?
俺が頷いていると、突然セラノが大きく息を吸い込み「いやぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁあぁ!!!!!!!!!!」と絶叫し蹲る。
なんだ!?敵襲か!?しかし、レーダーには何も無いし気配もしないぞ?とにかくセラノの安全を確保するため悲鳴を上げるセラノを引き倒し覆いかぶさる。
さらに、絶叫するセラノ。くそ!!状況がわからん!!!
「どうしたの!セラノ!!大丈!!?ってあなたぁぁあぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああ!!!!」
悲鳴を聞きつけ駆けつけたフィオナが突如咆哮し俺に向かって発砲する!
何故だ!?

結局、俺はこの後何故か怒り狂ったフィオナとセラノから放たれた合計二十四発もの弾をかわす羽目に陥ったのだった。


(3)
世に英雄や天才と呼ばれるイレギュラー達は全てを兼ね備えた完璧な存在と言えるのだろうか?
私は数多くのサンプルを観察した結果否と結論を出した。むしろある分野では一般人に劣る能力がある場合が殆どだ。特にまるで減らした短所で長所を伸ばしたように一芸に特化したもの程その傾向は強い。
それは彼と天敵、イレギュラーの極みたる二人も例外ではない。
天敵は五感のうち視覚と聴覚の機能を失っていたし、彼も一般常識が欠如していたと記録は伝えている。
だが彼はその生涯の殆どを戦場においていた事も記しておくべきだろう。長く戦場にいた者の常識の欠落は彼に構わずよくあった。
さらに程度の差こそあれ常識、特に性的羞恥心の欠如は当時のリンクスに良く見られた事を明記しておく。これは詳しくは十三章で述べるが当時のリンクス養成所や企業のリンクスの管理体制が原因と思われる。
数少ない当時のリンクス達の日記やカラードの記録から推察すると日常生活において恋人ではない異性との入浴や寝所を共にすることはよくあったようだ。
特に天敵は驚くべき事にカラードの全リンクスとの入浴を成し遂げている。
とはいえダン・モロがリリウム・ウォルコットの着替えを覗き、グレートウォールのガトリンググレネードで打ち出された等の記録も残っているので何事にも例外はあるのであろうが。

第八章 人間としてのリンクス より

「スピリット・オブ・マザーウィルに対する襲撃ですか。私達ラインアークに対する風当たりが強くなっているこの時期にあえて最大の企業であるGAを襲撃するか理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
セラノが静かに問いかけてくる。目の前の髪を纏めスーツを着こなして腕を組んだ女が朝あれだけの痴態を見せた人間と同じだとは到底思えない。
その姿は気品と器量に満ち見る者すべてを引き付け、その声は威厳と慈愛に満ち聞く者を惹き付ける。
そこにいるだけで全ての人間が彼女に注目し、傅きたくなる圧倒的な存在感。いるだけでその場を支配する呪いじみたカリスマ。
これこそが当時十五の何の背景も無い小娘がラインアークを築き上げた力の一つ。
その力を再確認しセラノに呑まれない様に気を引き締める。
「今だからこそだ。企業が俺達の恐怖を忘れこちらに手を出して来た今、もう一度こちらの力を見せてやらなければならない」
「しかし、力を見せるのは先の領域侵犯を指示したオーメルに対して行うべきでないでしょうか?」
「順番の問題だ。BFFの物資未送の方が領域侵犯より先に行われた。だから先に報復する。そして、犠牲者が出た以上オーメルはフラグシップ撃墜程度の報復で済ませるつもりはない」
「順番ですか。わかりました。しかし、オーメルへの報復は具体的にはどうするのですか?私にはフラグシップを撃墜する以上の報復があるとは思えないのですが?ランク1の撃破でもするのですか?」
「いや、クレイドルへの直接襲撃をかける」
「な!?」
絶句するセラノ。次に来る嵐に呑まれぬよう心構えをする。
「そんなこと許すわけにはいけません!!!わかっているのですか!!クレイドルにいるのは企業の者だけではありません!!何十億もの民間人がいるのですよ!!!」
怒りを露わにするセラノに反射的に申し訳ございませんと傅きたくなるのを懸命に堪える。まったく、本当に呪いだな。
「だが、全て企業の社員、もしくはその家族だ。ならば企業の関係者だ。それに、そもそも無関係でも俺には関係ない。
 俺は鴉だ。依頼さえあれば民間人の乗るモノレールだろうが乗用車だろうがクレイドルだろうが墜とす」
「ですから!その依頼を出さないと言っているのです!!あなたはここの理念を解っているのですか!!
 いいですか!私達の目標は企業が不正に独占している主権を市民一人一人に取り戻す事なのです!!
 そして私達の敵は企業そのものであり社員ではありません!!むしろ社員も市民であり私達が救うべき対象にかわりは無いのですよ!!
 ですから、私達は自衛に徹し企業と粘り強く交渉と話し合いを進めていたのではないのですか!!!」
実現不可能な綺麗事を本気で信じ喚き立てるセラノに頭が痛くなる。これで組織のトップだというのだから恐ろしい話だ。所詮お飾りとはいえもう少し何とかならないものか。
とはいえここでセラノに現実を教えてやっても理解される事もなく平行線が続くだけなのでとっとと結論を告げる。
「落ち着けセラノ。これはあり得ない話だ。恐らくオーメルはこちらにクレイドルを襲撃する意思と能力があると解った時点で折れる。
 その後はいつものように損害に見合った物資を脅し取ってやればいい。いや、W・Gの時のように自分達から献上しにくるだろうな」
「それは本当ですか?」
「ああ、奴らの強気の理由はこちらにクレイドルを襲撃する手段が無いと思っている事だからな。その前提が崩れれば尻尾を振るさ。奴らに自分の命を賭ける度胸は無い。
 そしてその為のマザーウィル襲撃だ。報復と同時に力の誇示となによりこちらにクレイドルを襲撃する手段がある事を示す為にな」
「わかりました。では脅しだけで実際に襲撃をする事はないのですね?」
「ああ」
とはいえ、万が一オーメルが拒否した時は襲撃せざるをえないが。後半は言葉に出さず胸にしまう。
だがセラノの顔が歪む。………見透かされたか?相変わらずカンのいい女だ。
「言っておくが、万が一というより想定をしておくというだけで実際にはあり得ない話だぞ。さっきもいったが「解っています。先程の言葉以外にあなたに嘘はありません。あなたを信じます」
弁解の言葉が遮られる。信じるという言葉に若干棘を感じるが恐らく気のせいだろう。
「すまんな。それで、マザーウィル襲撃作戦なんだがVOBを使う。詳しい話はアブからのはずだったんだが、………いないようだな」
1300に来いと言っておいたのにもう1400だぞ?相変わらず時間にルーズな奴だ。
「それならレイブ「レイヴン」………レイヴンさんが来る前に連絡が来てます。なんでも私に説明しても理解できないから凄い新兵器だと理解しておけだそうです。
 AFやクレイドルを墜とせるなんて凄い兵器なんですね!」
「………それは作戦を許可するということか?」
「はい。成功を祈ります。敵味方を問わずなるべく犠牲を出さない様にしてください」
前置きに一時間かかり、本題が五秒で終わった事に目眩を覚える。
こいつはこのミッションがクレイドル体制に与える影響とラインアークの今後を左右する事が解っているのだろうか?
思わず一から説明してやりたい衝動に駆られたが、襲撃が許可されれば詰めなければならない事は山ほどあり、無駄に終わる事に時間を割くわけにはいかず溜息を吐き部屋から出る。

かくして今後のラインアークの命運を決めるBFFの象徴たるスピリット・オブ・マザーウィル襲撃は僅か一時間の話し合いで実行が決まったのだった。


(7)
ブロック・セラノ。
彼女もまた特異な能力を持った個体である。
彼女の能力は主に二つ。
端的に表すと、人知を超えたカリスマと真贋を見分けるカン、である。
これは指導者として最も必要かつ重要な能力であり、これを異常ともいえるレベルで備えた彼女は組織を興すに最も相応しい人物であった。
だが同時に、彼女は最も組織の長に就くべきでない人物でもあった。

高位のリンクスであり、優れた政治家でもあり、老練な指導者でもあった王小龍は彼女を以下のように評している。
『相対するだけで無条件で従いたくなる魔的な魅力と、相手が信用に足る人物かを瞬時に見極める驚異的な人物眼、さらに真偽を直感的に感じ取る能力を備えている。
 私の模造品とは違う生来の女王と言ってもよいだろう。中世以前に生まれれば史上空前の大帝国を打ち立てたかもしれない。
 ただし現在においては彼女は指導者として最悪の部類に入る。
 妄想に等しい理想への狂信、壊滅的な政治能力、低い理解力、善良な人間性、駆引きの稚拙さに代表される交渉能力の欠如、事務能力の無さと政治家としての才が零に等しい。
 故に彼女を指導者に抱いた組織は彼女の才能に導かれるまま実現不可能な理想を目指し破滅への断崖へと突き進む事になろう。
 それを防ぐには優れた政治能力を持つ者が彼女に代わり政を司るしかないが、それは彼女の才が阻むであろう。
 何故なら中世以前ならいざ知らず、現在においてそのような才を持つ者が彼女に近づく理由は彼女を利用するためでしかありえないからだ。
 だが彼女の才は邪な目的を見抜き、そして彼女の善良な人間性はそのような人間を遠ざけるだろう。理想の為に利用するなどという事は思いもつかないに違いない。
 従ってラインアークは彼女の異才に拠り興り、彼女の無才故に滅びるであろう。
 つまり我々が心得ておくべきことはその滅びに巻き込まれない様にする事のみだ』

王小龍の予想通りラインアークは崩壊を始める。

設立の当初こそブロック・セラノの存在を各武装組織や国家の生き残りが上手く利用していた。
確かに主導権争いや主義主張の違いからくる対立は潜在的に存在していたが、まず協力し企業に対抗し生き残らなければいけなかったため表に出る事は無かった。
だが、企業との和平が結ばれ平穏が訪れると隠れていた対立が噴出する。
各々が利権を巡り派閥を作りあげ対立と協調を繰り返す。また、派閥内でも主導権争いが行われる。
大小様々な政争によりラインアークの機能は麻痺しその責任を巡りまた政争が巻き起こる。
それを唯一防ぎ収め得る立場にいたブロック・セラノにその力は無く、拉致や暗殺を防ぐため彼の元に身を隠すのが精一杯だった。
だが、ブロック・セラノが消えた事で政争は激化し、武力衝突へと変化していく。加速度的に悪化していくラインアークの治安。テロが相次ぎ遂にはリリアナがクーデターを起こす。
規模としては小さかったリリアナだが敵対する者だけでなく中立の者ですら皆殺しにするという方法で瞬時に権力を掌握する。
だが、最後のブロック・セラノの確保という段階でリリアナは失敗する。
彼が動いたのだ。
ラインアークの要所に展開していた部隊を壊滅させられ、リリアナを率いていたオールド・キングはこれ以上の戦力の喪失を嫌いラインアークからの撤退を指示。
かくしてラインアークは辛うじてその命脈を保ったのだ。
とはいえ、犠牲は大きかった。この一連の騒乱によりラインアークを動かしていた者が全て失われたのだから。
ラインアークに残ったのは何の生産性も持たない難民と、異能の力と高潔な理想しか持たない政治能力皆無なブロック・セラノ、そして彼だけだった。
そして必然的にからはラインアークの全権を手にする。
自分達の生活を守る事だけが目的で政治的野心が無く、また最低限の政治的センスと鴉時代に培った交渉能力と柔軟な思考能力に優秀な事務能力を持つ妻がいる彼はブロック・セラノにとって良きパートナーであり、
企業から逃れ自由に暮らせる場所はラインアーク以外に無く、また妻と親交があり彼を縛らずに自由にやらせてくれ金払いのいいブロック・セラノは彼にとって良い雇い主であった。
かくして利害の一致した彼らはラインアークの運営を始める。

こうして王小龍があり得ないと断じた関係が歪ながらも結ばれ、結局ラインアークは人類が地下に逃れるその時まで存在を続けるのであった。

第十二章 リンクスを支えた者達 より

「VOBか。何時見ても異形だな」
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
始めて実物をみたフィオナが不安げな声を上げる。その気持ちはわかる。確かにロケットそのままの外見のVOBを始めて見た時は俺も不安になった。
「大丈夫?大丈夫とはなぁぁにぃにたぁいして言っているのかね?VOBに関してなぁらだぁいじょぉぶぅさぁ!!何しろ世紀の大っ天っ才たるこのぼぉくが組んだんだよぉ?
 まぁざぁ~に突撃する事のほうならぁ、彼に聞きたまえ?んんん?どうなんだぁい?やぁぱっり無理かねぇ?」
「大丈夫さ。既にAFに対するVOBによる襲撃は行われ成功している。入ったばかりの雛でもギガベースが撃破出来たんだ。なら先輩としてマザーウィル程度は墜としてみせないとな」
後ろから聞こえる怪しい声は無視してフィオナに笑いかける。
「そうだよね。あなたは英雄だもんね。ごめんね。作戦目に不安にさせるような事を言って」
「その雛のVOBは目標のはぁるぅか手前で異常をきたしてパァジされたんだけどねぇ?あと一歩でネクストもろとも綺麗なはぁなびぃになるところだったのだよ?
 いやいやいや、異常を感じるや否やすぐぅにぃパージさせた判断はさぁすがぁだよねぇ?流石オリジナァルゥ!
 ちなみぃにぃ、今まで作戦中に壊れたVOBはななきぃ。その全てが非GA製っていうんだからわぁらっちゃぅよねぇ?コピーはだぁめだぁめ!」
ぎこちなく笑い返してくれたフィオナの顔が再度強張る。溜息を吐きフィオナを安心させるため抱き寄せ、振り返る。
「いい加減にしろアブ。作戦前にオペレーターを動揺させるな。それとも整備が完全と言ったのは嘘だったのか?」
「そぉんなことぉあるもんかぁ!!完璧だよぉ?完璧すぎていろぉいろぉ改良したくらいさぁ!それにぃ!W・Gはぁ、世界初のVOB対応型なんだぁ!問題なんかぁあるもんかぁ!!
 きぃみぃこそ平気なのかい?いくら整備が完璧でも、主砲の直撃を受ければ一発でぇアウトだよぉ?んんんん?いやぁ、この場合はさぁんぱぁつぅかぁ!!」
怪しげなイントネーションで怪しげに全身をくねらせ怪しげにアブが怒る。
「なら問題ない。整備が完全なら遠距離砲撃何かには当たりはしないさ。だから安心しろフィオナ」
胸の中で震えるフィオナの頭を優しく撫でる。
「うん、ごめんね。ありがとう」
フィオナが顔を上げ頬笑み今度こそ離れる。
「アブ、そろそろ出るぞ?準備を頼む」
「とぉっくに終わってるよ。あとぉは君が乗っておこなぅ最終フェェズふぁぁけぇさぁ!いや、しかし正気とは思えないねぇ?幾らVOBがはやぁあいといっても巡航ミサイルに比べれば亀みたぁいなもんだよ?
 そしてぇ!まぁざぁぁは巡航ミサイルの飽和攻撃を防ぎきっているんだぁがねぇ?」
フィオナに聞こえない様にアブが声を顰め尋ねる。気を使えるなら最初から気を使え。
「QBを装備したミサイル何か無いさ。そもそも、マザーウィルを墜とすのに本来はVOB何か必要無いんだ。VOBを使うのは企業に対する脅しだ。だから問題ないさ」
「いや、そうか恐れ入ったよ。なら僕は何も言わないよ。頑張りたまえ。君に死なれるとデータが取れなくなってしまうからね」
アブが頷きオペレータールームに向かう。その不器用な励ましに苦笑しW・Gの元に向かう。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
ギリギリまで付いてきたフィオナと抱き合い口付けをかわした後、コックピットに潜り込む。
「ふぅ」AMS接続をせず手動でW・Gを起ちあげながら思わず安堵の息を漏らす。
こうして独りでモニターや計器に囲まれていると今までの息苦しさが消えて落ち着く。そして、次々と計器が立ち上がっていくと心地よい緊張感が全身を包んでいく。
やはりここが一番落ち着くな。
別に日常が嫌いなわけじゃない。フィオナやセラノと過ごす日常はとても温かいし優しい。
だが、いやだからこそあそこは自分の居場所ではないと感じてしまうのだ。だから幸福に浸りつつ違和感を感じてしまう。
こんな日溜まりの様な平穏な場所は自分には合わないと。血と硝煙が満ちる泥だらけの戦場が似合いだと。
そういえば、誰かが言っていたな。
いくら止まり木が快適だからといって止まり木に留まり続ける鴉はいない。羽根を休めた後、鴉はあえて風雨の中に飛び立し羽ばたくのだ、と。
言ったのは誰だったか?鴉の国を創ると謳い皆を騙し世界を敵にまわした宿敵か友人、あるいは誰よりも鴉である事に拘った彼女だろうか?
それとも、今まで戦った他の奴が言ったのか?鴉ならば誰でも言いそうなでもある。それともあるいは誰も言ってはいないのだろうか?
「W・GとVOBの連結準備完了。リンクス、何か問題はありますか?」
そんな愚にもつかない事を考えていると不安さを無理やり押し殺したようなフィオナの声に現実に戻される。フィオナの声がなんとなく俺を責めているように感じるのは俺がやましく思っているからか。
頭をふり計器に異常が無い事を確認し、AMSを接続する。
「そうだな。063が無い事を除けば問題ない」
「その事は悪かったっていっているじゃぁないかぁぁぁぁあ!改良を昨日の夜遅くまでやってついおきっぱなしぃぃにしただけじゃないかぁぁ!!ちゃんと、ヘリに届けさせてるからだぁいじょうぶだようぅ!!」
「そのようだな。ヘリを確認した。VOBとのドッキングを行う。作業員を下がらせろ」
「了解。これよりVOBとW・Gの連結を行います」
VOBがゆっくりと持ちあがる。同時にW・GがOBモードに変形する。背中が切り開かれ背骨と肩甲骨が飛び出すような感覚に怖気が走りAMS接続のレベルを最低値に設定する。
063をヘリから受け取り、次いで肩の噴射口にVOBが連結される。
足元のカタパルトがせり上がり、前方の足場が二つに割れたのを確認しW・Gを前傾姿勢にする。
「最終フェーズに移行。リンクス異常は?」
「若干違和感がある。だが戦闘には支障はない」
「そぉれは仕方ないねぇえ。なぁに他のリンクスなら発狂している所さ。そのうちなぉるからぁぁ、安心していいよぉ!」
「了解した」
「では、発射します!!」
ブースターに火を灯しW・Gの頭を胴体に格納する。同時にカタパルトが作動し機体を強引に加速していく。
十分に速度が出た所で離陸。空中に出た所で腕を前に、足を後方に伸ばしVOB形態に移行する。
違和感に耐えながら異常が無い事を確認しVOBのメインブースターに点火。同時にAMS接続を切る。
凄まじいGと共に、抑えようもない闘争への歓喜が沸き起こる。
やはり自分は戦場が好きなのだ。暖かい家庭よりも血塗れの戦場を好む、どうしようもない鴉なのだ。
「まったく、これでは彼女の事を笑えないな」
呟き、役目を終えた追加燃料槽をパージする。さらに、VOBに急遽接続されたアブ特製長距離分裂ミサイルを発射する。

さあ、行こう。我等の住処たる戦場へ。


(2)
アブ・マーシュ。
彼の愛機たるホワイト・グリントを一から作り上げた天才アーキテクト。
一般には彼専用の整備員と思われがちだが、実際にはリンクス戦争時にはアスピナに研究者として所属し、もう一人の傭兵たるジョシュア・オブライエンとアーキテクト兼整備主任兼友人として親交があった。
そしてリンクス戦争終了直後ジョシュア・オブライエンの00-ARETHA搭乗に最後まで反対し、ジョシュア・オブライエンが敗死すると研究所を辞めている。その後しばらくしてアスピナを出奔し彼に合流している。
その奇矯な言動から変人とされるアブ・マーシュだが今に残る私的な研究ノートやメモにはそのような面は見えず、むしろ落ち着いた理知的な面が見られる。
さらにジョシュア・オブライエンが彼にあてた手紙が発見されており、それには自らが死んだ場合は彼とフィオナの力になって欲しいという内容が書かれている。
これは推測だがアブ・マーシュは友人の遺言を聞き入れ彼と合流したのではないだろうか?もっとも、彼には最後まで研究していたサンプルが潰れたためもう一つのサンプルを研究しに来たと言い続けていたのだが。
この事や先のジョシュア・オブライエンの00-ARETHA搭乗に最後まで反対した事を考えると本当の彼は理性的で情に厚い人物でありそれを周囲に悟られない様にするためにあえて奇矯な言動を行っていたのではないかと私は推測する。

そして先程アブ・マーシュの事を天才アーキテクトと書いたがこれは厳密にいうと誤っている。
何故ならアーキテクトとは国家時代に興業たるフォーミュラ・フロントに登場してからORCA事変に至るまで既存のパーツを組み合わせて要求された仕様を満たす機体を設計する者をさす。
だが彼と合流後、アブマーシュは彼とフィオナの要求に従い一からパーツを設計している。
これは異常な事である。アーキテクトとパーツの設計者は当然だが要求される知識も技術もまるで違う。
さらに新パーツの開発は高度な設備に複数の専門家を大量に用意しても長い時間が必要だ。
リンクス戦争からORCA事変まで企業が新規に開発したパーツが一シリーズ程度という事からその難易度は明らかであろう。
にもかかわらずアブ・マーシュはネクスト研究の第一人者たるイェルネフェルト教授の娘の協力があったとはいえまともな設備の無いラインアークで五年程度の短期間、しかも独力でホワイト・グリントを開発している。
これはもはや天才等というレベルでは表せない奇跡としかいいようのない所業である。
とはいえその奇跡が起きなければ彼はネクストに乗ってから一年持たずに死亡したはずでありひいてはラインアークも滅んだはずである。
つまり、彼やブロック・セラノに比べれば目立たないがアブ・マーシュもまた人知を超えた異才の一人である。

そんな異才が作り上げた規格外のネクスト、ホワイト・グリント。
一般的には彼の生涯の愛機と思われているが無論そんなことは無い。
前半生である傭兵時代では勿論、リンクス戦争時も未搭乗である。
彼がホワイト・グリントに搭乗していた期間はラインアーク設立後から天敵を討つまでの十年足らずであり、出撃回数も三十回に満たない。
にもかかわらず一般的な認知度が高いのはやはり天敵を討った機体だからであろうか?
私はホワイト・グリントを先程規格外と表現したがそれは当時のネクストにはない様々な機能を搭載してきた事による。
例を上げるなら、アサルトアーマーやヴァンガード・オーバー・ブーストとの連結機能にオーバーブーストやアサルトアーマー使用時の変形機能に手動操縦機能が上げられる。
とはいえ、最後を除きこれらの機能は時代を先取りしていたが規格外とまでは言い難い。
ホワイト・グリント設計時にARGYROS/AOの試作品は既に完成していたし、ヴァンガード・オーバー・ブーストも図面は完成していた。
アブ・マーシュはいずれこれらが普及する事を見越して取り入れたのであろう。
また変形機能もノーマルやMTには使われている枯れた技術でありネクストで使用されなかったのはAllegory Manipulate Systemでの接続後の変形はリンクスに極端な負担が掛かるからである。
だが、Allegory Manipulate Systemへの適合値が低く同調レベルが低い彼と通常のネクストとは逆に機体を動かす最低限の同調しか要求しないホワイト・グリントでは逆に殆ど負担とはなら無かった。
つまりこれらの機能は一見特異に見えるがその実独自の機能ではなかったのだ。
だが最後の機能だけはホワイト・グリント独自の機能である。
ネクストの手動操作。
これは完全に時代に逆行した機能である。何故なら機体の制御やプライマルアーマーの展開等の制御をAIや旧来のコックピットによる制御で行えないからこそAllegory Manipulate Systemによる接続が行われているのであり、
もしこれが実現できてしまえばリンクスという存在そのものが不要になる。
さらに仮に実現できたとしてもネクストを自分の身体同然に操る事が出来るAllegory Manipulate Systemと比べコックピットによる操縦では計器の操作といった手順が入るためどうしても反応が遅くなる。
故にAllegory Manipulate Systemはより同調しやすくより一体感をといった方向に進化していったのであった。
確かにニューサンシャイン計画に代表される低適性の者をリンクスとして運用する計画もあったがそれもあくまでAllegory Manipulate Systemによる接続を低負荷で行うということであり決して接続を行わないわけでない。
仮に個人がコックピット制御を行おうとした場合、いくらAIの補助を入れたとしても002-B程度の動きしか行うことはできないであろう。
さらに、高加速からの保護の問題もある。ネクストのコックピットはAllegory Manipulate Systemとの接続ジャック以外は全てジェルで満たすのが一般的である。
そうしなければネクストのクイックブースト等に代表される急加速からリンクスを守る事が出来ないためである。
だが、コックピットから制御するとなると当然複雑な計器を入れねばならず結果としてジェルで満たす事は不可能となり高加速対策を他の面で行わなければならなくなる。
これらの問題はいかにアブ・マーシュといえども克服できるものではなかった。
だが彼としてはこれだけは譲れない所であった。
何故なら彼の身体はリンクス戦争時に限界を迎えており、その後の療養生活でいくらか回復したといってもまたネクストに搭乗すれば仮に負荷の低い武器腕を用いたとしても一年と持たずに死を迎える事は明らかであった。
この難題をアブ・マーシュはAZシリーズの分割制御をさらに推し進める事で解決した。
すなわちネクストの制御を、操縦・機体制御・プライマルアーマー関連の三つに分け、そのうち操縦を完全にAllegory Manipulate Systemから切り離しコックピットで行い、機体制御をAllegory Manipulate Systemとコックピットの両方で制御を行えるようにし、瞬間に複雑かつ膨大な計算が必要なプライマルアーマー関連をAllegory Manipulate Systemで行うようにしたのだ。
これによりプライマルアーマーを展開しない状態ならば彼の低い適性でも問題無く戦闘ができるようにしたのである。とはいえこの状態はネクストの絶対性たるプライマルアーマーが常時ダウンしているため移動はともかく戦闘を行うなど自殺行為に等しいのだが。
また、AIの補助を殆どプライマルアーマー関連に振り分けることで通常の五分の一程度の負荷でPAを展開できるようにもなった。
もっともこれと引き換えに操縦と機体制御をコックピットで行う場合AIによるサポートは精々ノーマル程度の補助しか行われず、唯でさえ十人分以上の働きを要求されるリンクスの負荷はさらに増すのだが。
(アブ・マーシュは彼に仕様を説明した際に仮に一般的なノーマルのパイロットがホワイト・グリントに搭乗した場合、処理すべき情報と実行すべき作業の多さに発狂する事を保証している)
無論機体制御もAllegory Manipulate Systemによる接続で行えばリンクスの負担は減るのだがそうすると負荷が一般的なネクストの半分程度まで跳ね上がり彼の限界を迎えた体にさらに負荷をかける事になる。
さらに高加速対策もコアに組み込まざる負えなくなったため不要な重量増を招き結果として当初は軽量級として設計されたホワイト・グリントは中量級となり、そこまでしても完璧にする事はいかず通常のネクストの二倍程度の負担が掛かることとなった。
つまりネクストとして当然の機能を排除した結果、ホワイト・グリントは低負荷と引き換えに圧倒的なハンディを背負ったのだ。
常に二倍の加速度による負荷の中膨大かつ正確な操縦を要求され、それをなしてもAllegory Manipulate Systemよりも一歩遅い。
しかも通常戦闘ではネクストの象徴たるプライマルアーマーを使えず、プライマルアーマーを展開するとリンクスに掛かる操縦面の負荷は激増し、操縦に専念すれば負荷により彼の肉体は限界を迎える。
だが恐るべき事に彼はそのようなハンデを負っていたにも関わらず出撃の九割以上をプライマルアーマーを展開せずに済ませ、残りの一割もただ一度の戦闘を除き機体制御はコックピットで行っていた。
プライマルアーマーを展開し機体制御もAllegory Manipulate Systemを用いて行い完全に操縦に専念した状態――俗に言う再起動モード――での戦闘は一度だけ。
しかも、天敵に一度撃墜された後というのだから、当時の彼の戦闘能力の高さと肉体の限界さが窺える。

第十二章 リンクスを支えた者たち

「後、五分で敵主砲の射程距離内に入ります。注意してください」
「了解した」
「しかぁし、あれだね?いくら耐G対策はしておいたとはいえ、それでも相当なじぃぃがかかってる筈なんだがぁへぇきなのかね?」
「ああ、Gには強い方だからな」
「強化人間かぁ。強いねぇ。凄いねぇ。しかぁしそんな凄い効果があるんならなぁんで皆やらないんだろうねぇ?」
射程距離外だがいやな予感がするな。
「強化手術をするには脳を弄らなければなりません。しかし、不用意に脳を弄るとAMS適性が下がります」
「ああ、なるほど。いくらこぉうかぁがあっても肝心の適性が「第一射そろそろ来るぞ?」
「え?有効射程距離にはまだ、まさか!?避けて!!」
フィオナが叫ぶ前にQBを噴射して左に避ける。半秒後右を通り過ぎていく圧倒的な質量。
そのままの軌道で二発目と三発目をやり過ごす。
「どうして、まだ有効射程距離内には入っていないというのに」
「伊達に老兵ではないということだろうさ。最大到達距離には入って「来ます!!」っと。入っているからな。機械が予測しきれない分を人間が補っているんだろう」
フィオナに返しながら二斉射目を機体を左右に振ることで、さらに来た三斉射目を右上にQBを使い回避する。
「そんな!!ねぇ、PAを展開して!!」
「いや必要無い。お互いにまだ様子見だ。本気を出すのは100KM以内の絶対防衛圏内からだ」
「しかし今のじょぉうたぁいだと直撃はおろか掠っただけでもこぉぉぱ微塵だよ?意地張らずに張ったらどうだね?」
四斉射目を下降することで五斉射目を左下にQBし回避する。
「いやむしろ展開すると負荷が邪魔になる。安心しろ。意地を張るほど若くない。それにこの手の長距離砲撃には慣れっこだ」
「でも、」
「フィオナ君。僕達は黙ろう。ここで僕等がどうこう言っても結果的に邪魔に彼の邪魔にしかならないよ?」
六斉射目をそのままの軌道でやり過ごし七斉射目を上昇し回避する。
「ミサイルの射程距離内に入るまではかまわんぞ?それまでは問題ない」
所詮はミサイル迎撃用のパターンだ。VOBの機動性についていけていないし人間が補正するにしても限界がある。
「ううん、黙るよ。ごめんね、邪魔しちゃって」
フィオナの沈んだ声。まずったな。帰ったら慰めないと。さて何と言おうか?

そんな戦闘に全くない事を考える余裕があるほど道中は単調だった。俺はともすると眠気さえ覚えながら飛行を続けるのだった。


(21)
彼と天敵。
両者が戦場で相対する者に与える恐怖は同じである。
すなわちこちらがいかなる手を使おうとも読まれ攻撃を当てる事を出来ず、逆にこちらがいかなる手を尽くそうとも読まれ攻撃を当てられる。
まるで心を読めるか予知能力があるかの様な圧倒的な対応能力。
しかしその力の源は真逆である。
天敵が先天的な能力で後の先をとっていたのに対し、彼は後天的な経験で先の先を取ったのである。
すなわち天敵が受精卵の段階でのコジマ汚染による全身の畸形化――特に脳が顕著であった――による絶大なAMS適性(最も信頼できる資料で師である霞スミカの289倍、平均的なリンクスの数万倍の適性があったとする資料もある)と
触角不全による無痛症と自己の生命への無頓着に因る致死性の負荷と即死寸前の薬品投与による人類の限界を超えた処理能力、そして瀕死の状態でも平然とネクストを動かす事のできる狂的な想いに支えられた異質な精神力に因って、
相手が動いてから動き始めたにも関わらず相手より早く動き終える事で相手の動きに対応していた事に対し、
彼は長年戦場で培った経験によって相手が何をするか予想して相手が動く前に動き始めることで対応していたのである。
つまり、共にイレギュラーである彼等だが、天益が真実人間以上あるいは人外――トーラスは天敵がコジマに適応した人類の次の種(ネクスト)であると主張していた――の能力でそれを行っていた事に対し彼はあくまで人の範疇だったのである。
唯一、彼に人間離れした所があるとしたら人外の能力に対抗できる程経験を積むまで戦場で生き残る事が出来た幸運のみであろう。

第八章 人間としてのリンクス より

「なんじゃぁぁぁぁぁぁあっぁあっぁあぁああぁぁ!!」
砲撃を避けながら飛行を続け地形が荒野から砂漠に変わると前方にMTを引き連れビルの解体作業を行うネクストを見つける。
ネクストで解体作業か。解体戦争やリンクス戦争時はネクストといえば強襲専門だったのに時代は変わったものだ。
アブ特製分裂ミサイルに巻き込まれ率いていたMTと共に爆炎に包まれる解体屋の上を通り過ぎる。
「ミサイル射程圏内です!弾幕来ます!!!嘘!何あのノーマルの数!!」
確かに予想の十倍以上だ。マザー本来のミサイルに加え甲板に溢れんばかりにいるノーマルがミサイルを放つ。
まるで壁だな。こちらに迫りくるミサイルを見て恐怖を通り越して呆れが来る。ネクスト何機を破壊するつもりなんだ?明らかに撃ち過ぎだ。
密集したミサイルの幾つかを051で狙撃する。撃ち抜かれたミサイルが爆発し、その爆発に周囲のミサイルが巻き込まれ誘爆し、さらにその爆発に………といった事を繰り返し、誘爆が収まると壁に幾つかの穴が開く。
その穴にVOBを潜り込ませさらに、先のミサイルを狙撃し穴を開けていく。数回の狙撃の後弾幕を抜けた。
「問題ない。接近を続ける」
直ぐに次の弾幕が迫る。だがこれも先程と同じだ。狙撃し穴を掘り進もうとした所で悪寒が走り、進もうとしたルートでなく新たに左を狙撃し爆炎が収まらぬうちにそこに飛び込む。
一瞬後、ミサイルの弾幕を貫通するように現れた主砲が先程までいた場所を撃ち貫く。
いいコンビネーションだ。爆炎に機体を少々炙られながら弾幕を掘り進み弾幕を抜ける。
だが、そもそも大観巨砲主義は俺達の時代にすら否定された時代遅れの概念だ。幾らソフトとハードが優秀だとしても限界がある。長距離砲撃では今のが精一杯だろう。
それにしても巨大兵器か。先程は変わったと思ったがむしろ戻ったのかもしれないな。
企業の鎖が付いていない独立傭兵に何でも屋と化したリンクスに管理機構たるカラード。
良く考えてみればこれらは昔あったものばかりじゃないか。
もし昔に戻っているとしたらこれは俺達鴉の勝ちではないのだろうか?
鴉は山猫に狩られ絶滅したが、その精神は山猫に受継がれ、やがて山猫は首輪を引き千切り空を飛ぶ。ならば鴉は死んだのでなく形を変えただけなのだ。
感傷かもしれないがそう信じたい。そして願わくばそんな時代を死ぬ前に見てみたい。俺は無理でもジョシュアにはそんな時代をレイヴンとして生きて欲しい。
いや、こんな事を願うとフィオナに怒られてしまうな。自分の子供がレイヴン等というヤクザな商売に就く事を望むなと。
子供か。まさか俺「あ~~、考え中の所を失礼するがね、そぉろそぉろVOBをパージしたほうが良くないかね?」
思考が取り留めなく拡散していた所をアブの声で現実に引き戻される。いかんな。いつの間にか思考に没頭していたようだ。自戒し気を引き締め同時にVOBの様子を確認する。
「何故だ?VOBの限界ではないぞ?確か限界まで使ってようやく20KM手前に降りれるのではなかったか?」
アブが苦笑する。
「そぉの筈なんだけどね~。いや、とっくに限界距離は超えているんだよ?ほぉんとならとっくにバラバラになってる筈なのになぁんで飛んでいるのやら。燃料もそこまでもぉつはぁず無いのにねぇ」
 とにかく早く解除したまえ、マザァァを通り過ぎちゃうよ?」
確認するとマザーは目の前だった。慌ててVOBをパージしそのままの勢いで甲板に降り立ち051と063を乱射し付近のノーマルを掃討していく。
やはり数が多い!襲撃の情報が漏れていたということか。PAを展開するようにAMSに指示を出し同時に機体制御をセミ・オートからマニュアルに切り替える。同時に襲いかかる負荷。頭痛と目眩。
「くそ!」AMS接続の負荷に意識を奪われた瞬間にノーマルの射撃を受ける。PAを展開していない剥き出しの装甲に穴が開きバランスを崩し甲板から落下する。
フィオナの悲鳴。「063が!?」咄嗟にヘリを掴み態勢を整え着地し、さらにビルに片手を突っ込む事で勢いを殺す。
「どおぉぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
背後から煩い声と共に突っ込んでくる解体屋。追いついてきたか。花が咲く様に甲板の広げ迎撃態勢をとるマザーを睨みつけながらAAを起動する。
W・Gの変形に頭蓋が痛んだ直後AAが発動する。
「やっぱりかぁぁぁ・・・」
閃光と共にコジマが荒れ狂う。ビルが倒壊しノーマルが粉砕され直撃を受けた解体屋がビルに埋もれ動かなくなる。ネクストはまだ動くはず。リンクスが気絶でもしたか?
引き摺りだして止めを刺したい所だが今は時間が無いか。
引っ切り無しに降り注ぐミサイルを苦労して避けながらマザーに向かう。甲板に飛び乗り途中に展開する無数のノーマルを駆逐しながら先程063そ落とした場所に急ぐ。
見つけた!幸いにも破壊される事なく転がっていた063を拾う。さて、これからどうする?
当初の予定では攻撃手段を全て潰し無力化した後制圧するつもりだったのだがこうもノーマルが多いとな。
展開する殆どのノーマルの動きに戸惑いが見れる事とマザー本来の火線と連携が出来ていないのでさしたる脅威にはなっていないのが救いだがそれでも数が多い。
数少ない動きの良いノーマルとミサイル砲台を優先的に潰しながら考える。最終的にはAAがあるので殲滅も可能だろうができれば泥試合は避けたい。
だがマザー本体の破壊は無理そうだ。しくじったな。MOONLIGHTを持ってくればよかった。
「あぁ~、少しいいかねぇ?」
考えているとアブから通信が入る。
「何だ?」
「いやいやいy、たぁいした事じゃないんだけどねぇ。解体屋がもっている腕武器、出来たら持ちかえってくれないかぁ~い?」
「あのとっつきモドキをか?何故だ?」
この厄介な状況でさらに無理難題を!左の主砲をロック。両肩のSALINE05を叩きこむ。
「なっなっなっ何を言っているのかね!?あの至高の芸術品を射突ブレード等という旧世代の遺物と一緒にしないでくれたまえ!!いいかぁい!あれにはGAの新素材がつくぁれているんだぁよぉ!!
 だぁからこそ、何度使っても壊れないんじゃないかぁぁぁ~!!そもそもあれを構成する………」
爆炎に包まれひしゃげる主砲。これで使用不能。が、流石に誘爆はしないか。あわよくば誘爆で上部ユニットごと吹き飛んでくれないかと思ったんだが流石フラグシップ。量産型とは違いダメコンがしっかりしているな。
今度は右の主砲をロックしSALINE05を発射する。まあいい、これで主砲は使えない。逃げる時に撃たれないだけで良しとするか。
「………によって硬度と柔軟性という相反した要素を高いレベルで両立「解った。持ち帰ればいいんだな」おぉぉぉお!たぁのむよ!あの物質を研究できるとそうぞぉぅするだけでわぁたしぃぃは!わたぁぁぁしぃぃはぁぁぁ!」
怪しく恍惚としながら怪しく荒い息を吐きながら怪しく興奮するアブ。
この辺りのメンタリティーはソルディオスなんていう素敵兵器を創ったアクアビットや、内緒で育てたペットを飼いきれなくなったので下水に捨てるといった小学生レベルの行動で一都市の排水施設を麻痺させた某企業や、
知的好奇心を満たす為だけに特攻兵器を起動させて世界を滅ぼしかけた某企業や、飼ってはいけないペットを内緒で飼ったのがばれて怒られたのを逆切れして家を爆破してデータと共にトンズラした某企業等に良くいたマッドサイエンティスト共と変わらない。
「あぁぁぁあああぁ!!もう駄目だぁぁ!限界だよぉぉぉぉおおぅぅう!!」
「ちょっと!アブ・アブマーシュさん!・ここでそんな事しないでください!!せめてトイレ嫌ぁぁぁぁぁあああ!!!」
色々な意味で限界を迎えたアブの奇声とフィオナの悲鳴を聞き流しながら甲板の根元でAAを発動する。
付け根の部分からへし折れ大量のノーマルと共に地面に落下していく甲板。だが付け根に開いた穴は直ぐにシャッターが下り、こちらの侵入を阻止する。
シャッターに数発051を撃ち込んでみるが傷一つつかない。外壁と同じ装甲か。これはぶち破って内部に侵入は無理だな。
さらに離脱の際に機銃とノーマルから手痛い十字砲火を受ける。
やはり懐に飛び込むと逃げ場が無くなるか。侵入が出来ないなら効率で言えばこれが一番いいんだが、そう何度もできんな。
「AP20%減少!大丈夫?」
「ああ、多少被弾したが問題ない」
「そう。ねぇ、もう戻ろう?これだけ被害を与えられたら十分だよ」
縋る様な声。確かにこれだけ損害を与えればしばらく動けないだろう。
VOBを持つ事を宣伝するという目的も果たしているし、帰りに解体屋を倒してとっつきモドキを奪う事を考えれば退き時か。
「ああ、そうだな。フィオナすまないが退路を「少々お待ちいただいてよいですか?」
暗号を掛けて有る通信に突然割り込まれる。
「フィオナ!今すぐその場を離れろ!俺は後から合流する!」
「でも、ううん。わかった。合流地点は「安心してください。こちらはそちらの敵ではありません」
「あははっはっは!しぃんじらぁれると思っているのかねぇ?」
「ええ。その証拠にポイントKF889いえ、そちらではAR4123A4と表すのでしたね、に潜んでいるそちらに攻撃を行っておりません。
 時代遅れの方法とはいえ中々に見事な偽装です。テクノクラートならば発見はできなかったでしょう。
 どうです?こちらはそちらにとっても悪くない話を持って来たのですが聞いてもらえますか?」
慇懃無礼にこちらを見下すふざけた口調。
「オーメルの犬か。なんなようだ?」
「伝説たるアナトリアの傭兵に知られているとは光栄です。そちらが図体ばかり大きな、時代遅れの老兵に随分と手古摺っていられるようなのでお手伝いをと思いまして」
「成程な。BFFに情報を漏らしたのはお前等か。BFFに恩を売り厳重な警戒態勢をとらせこちらが苦戦した所で今度はこちらに手を差し伸べ恩を売る。
 いや違うか。なら最初から俺達にも厳重な警戒体制が敷かれている事を教えた方が利口か。あわよくばBFFが俺を倒す事でも期待したか?
 だが俺がほぼ無傷で脱出しそうになったので慌てて尻尾を振りに出てきたという所か。
 どちらに転んでも良いよう保険をかけ手をうつが肝心な所で甘い。実にお前等らしいな」
どうせこちらがオーメルを嫌っているのは相手に知られているので開き直って思いっきり嫌味を言う。俺もフィオナも裏切った挙句ジョシュアをあんな欠陥機に乗せたこいつらを許す気はない。
「さてなんの事でしょう。こちらはただ苦境にあるそちらを助けようと思っただけですが?それで、話してもよろしいでしょうか?」
嫌味を気にする事なくぬけぬけと善意の協力者を装うツラの皮の厚さに舌打ちする。
「無言という事は話してもいいという事ですね。では、情報を説明しましょう。
 実はスピリット・オブ・マザーウィルには砲台の破壊から、内部に損害が伝播し易いという構造上の欠陥が報告されています。随分と杜撰な設計ですが、まあ、彼らなど所詮そんなものです。
 つまりこのまま砲台やミサイル発射口の破壊し続ければよいという事です。
 スピリット・オブ・マザーウィルを破壊できる好機です。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」
「それが本当なら確かにいい話です。でも、私達があなた達を信用すると思っているのですか!」
「確かに何の証拠もなしに信じろというのは無理な話です。ではこれならいかがでしょう?」
芝居気たっぷりのオーメルの犬のセリフと共に通信が入る。ONにして通信を開始した瞬間、
「第5ブロックにて火災発生!」「ノーマル部隊の増援は!」「熱い熱い熱い!体が燃えてるんだ!助けて」「第1から第8まで閉鎖しろ!」「死にたくな」「やはりW・Gに挑むなんて間違いだったんだ!」「リリウム様!」「解体屋は何をしている!」「母さん!」「じょ、冗談じゃ」「229から331まで出撃準備完了!」「今さら言っても遅いだろうが!」「俺はもう駄目だ!お前だけでも!」「助けて!奴がこ」「了解!人員を収容後に閉鎖を行います!」「今直ぐ出せ!奴を入れないようにしろよ!」「あなたを見捨てきゃぁ!」「こちらに向っています!」
雑多な通信がコックピットに満ちる。
「これはまさか、マザーウィル内の通信!?そんな」
「どうですか?これで信用していただけましたかな?スピリット・オブ・マザーウィルには前々から私共の工作員が潜入しておりましてこの程度は容易い事です。どうです?情報を信じていただけましたか?」
オーメルの犬が得意げに吠えている間に幾つかの攻撃を行い、それに対しマザーウィルのリアクションが正しく帰ってくる事を確認する。
まさか敵対会社のフラグシップに仕掛けを打つとは、流石裏工作が得意なだけの事はあるな。
これだけの工作を行っている以上情報も正しいと思うべきか?ひょっとしたら近々攻める予定でもあったのかもしれん。
いや、俺達が攻める事を知っていたのならあるいは漁夫の利を狙う為に付近に攻撃部隊を伏せている程度の事は考えておくべきだろう。
どうする?今からミサイル発射口や砲台を狙えば残弾はぎりぎり持つ。とはいえ本当にぎりぎりなのでノーマルや解体屋も無視しなければならない。
そうすると墜ちる事は無いだろうがそれなりに被弾する。そこを伏せてあった部隊に襲われたら?
それが無くともオーメルに借りを作ると後の交渉で強気に出づらい。恐らくオーメルの狙いもそれだろう。
かといってオーメルを無視してこのまま退くのもよろしくない。その後オーメルが伏せてあった部隊でマザーウィルに止めを刺しでもしたら他の企業にラインアークがオーメルの手先に成り下がったとの印象を与えかねないし、なにより癪だ。
どうする?どれを選ぶべきだ?
「おしゃぁぁぁぁああああ!!まぁぁぁぁぁだぁぁぁだああぁぁ!!」
復活した解体屋がOBで全力でこちらに接近してくる。くそ!奴が来る前に結論を出さなければ!!
「おや?煩いのが復活したようですね?早く決めた方がよいのでは?」
黙れ!犬!ええい!くそ!せめて解体屋がいなければもう少し考える時間が出来るんだが。不慣れとはいえ錬度の高い多数のノーマルと最下級と言えそこにネクストが加われては悠長に考え事もできん!!
待てよ?解体屋。ドーザーか。試してみるか。
「どすこぉぉぉい!」
叫び声と共に突き出されるドーザーを避ける。外れたドーザーがマザーに激突し装甲をへこませる。
ほう。待てよ。いい事を思いついたぞ。試してみるか。
「これはいい。手伝え解体屋」
解体屋の前をからかうようにふらふらと飛ぶ。
「まてっぇえぇえぃ!」
狙い通り追ってきた解体屋のく劇を捌きながら目的の場所に誘導する。
単純なのかこちらの狙い通りの動きをあっさりとしてくれたおかげで思いの外楽――避けたグレネードがノーマルに当たる様に誘導する余裕すらあった――に誘導が完了する。
目的の場所、折れた甲板の付け根で下りたシャッターの前で追い詰められたようにW・Gを停止させる。
「一体何「追い詰めたぞ!だっしゃぁぁぁっ!!」
犬の声を掻き消す怒声と共に渾身の力を持って突き出されたWドーザーを当たる寸前でQBで回避する。
「なぁににぃぃぃいいっぃぃぃぃ!!」
奇声を上げてそのままシャッターに突っ込む解体屋。
そして解体屋の意地とプライドを掛けて打ち込まれた解体屋のシンボルたるドーザーは見事マザーウィルのシャッターを解体しスクラップにした。
目の前に開いた穴にOBで突っ込む。こちらを阻もうと次々に閉じようとしていくシャッターをOBでくぐり抜けていく。
流石に五つほど通り過ぎた所で間に合わずにシャッターに激突するがここまで奥にネクストに侵入される事を想定していなかったのか何とか突き破る事に成功する。
「フィオナ!動力炉の位置は!」
迎撃に出てきたノーマルを駆逐し、でたらめに進みながらフィオナに通信を送る。
「え!?えーと、「一番大きなエネルギー反応がある所だ!大体の方角でいい!!」
「はい!北西の方向のやや上部に巨大な反応があります!直線距離にして500Mくらいです!座標送ります!」
フィオナから送られてきた動力炉の位置情報を確認する。
大体の方角さえわかればこの手の大型兵器には侵入慣れしているので問題ない。
外見や武装に運用方法といった要因で微妙に違いは出るが、効率や安全性等を考慮して設計されると内部は大体同じような構造になる。
特に動力炉への通路は頻繁なメンテナンスを行うために作業用MTが通れる程度に広く作らざるおえず、さらに事故や侵入者に備えて迎撃装置やノーマルが多く配置される。
まぁ、簡単に言えば動力炉の方角に向かって敵の抵抗が強くて広い通路を進めばそのうち辿り着くのだ。
そして多数のノーマルやMTに迎撃装置の歓迎こそあったものの特に障害らしい障害もなく動力炉に辿り着く。むぅ、動力炉を守る特殊兵器や高威力のレーザー砲があるかと密かに心配していたんだが無かったか。
オープンチャンネルで通信を開く。
「五分後に動力炉を破壊する。死にたくなければ退避しろ」
「待ってくれ!五分では全員の非難は無理だ!せめて一時間、いや三十分くれ!」
直ぐにマザーウィル側から悲鳴のような通信が入る。
「別に動力炉を破壊したからといってマザーウィルが吹き飛ぶわけではないだろう」
「吹き飛んでしまうんだ!先の君の攻撃でマザーウィルは限界なんだよ!あちこち誘爆したり崩落しかかっているのを消火や閉鎖で何とかしている状態なんだ。
 だからこの状態で動力炉を破壊されてしまうと五分と経たずに弾薬庫や燃料庫に火が回って脆くなった所から吹き飛んでしまう!
 お願いだ!せめて二十分、いや、十五分でいい!時間をくれ!」
「こちらは今すぐ破壊しても構わないんだ。フィオナカウントダウンを!」
「でも「フィオナ!」はい!300、299、288」
「くそ!全隔壁を上げろ!総員退艦!マザーウィルが崩壊するぞ!窓からでも何でもいい!とにかく外へいけ!」
視界が赤く染まりサイレンが鳴り響く。あちこちから悲鳴とシャッターの上がる音にノーマルやMTの稼働音が聞こえてくる。
「いや!御見逸れしました。まさかこのような方法でマザーウィルを撃破するとは。流石アナトリアの傭兵といった所でしょうか。
 どうやら私共の助力など必要なかったようですね。感服いたしました」
黙っていたオーメルの犬から通信が入る。調子を戻したか、はたまた策を練り直したか?
「しかも見捨てて当然のマザーウィルの搭乗員まで助けるとは!すばらしい人道的措置です!流石ラインアークの象徴!彼等乗組員の救助は我々にお任せ下さい!幸い偶然にも付近に部隊がいますので。
 それとこの素晴らしい人道的措置に関して我々オーメルは企業連を代表して賞賛と感謝の念を送らせていただきます。この素晴らしい行為を行ったラインアークに我々は援助を惜しまないでしょう!
 さしあたり今回の出撃に掛かった経費と三カ月分の物資を我々オーメルが負担させていただきます。無論企業連からの援助とは別にです。
 オーメル・サイエンス社との繋がりを強くする好機です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが」
何時もの結びだが口調は今までと違い媚びる様な物になっている。
「そうだな。悪くない」
「では早速「それで賞賛は受け取っておくがお前等は今回の落とし前をどうつけるんだ?」
犬の安堵した声に被せる。
「なっ何を言っているのです。落とし前とは。確かに我々はそちらのお役に立てませんでしたが落とし前などと言われるのは心外です」
「どの口が言う?BFFに俺達の情報を漏らしたのは誰だ?それにわざわざ作戦中に末端を壊せばマザーは崩壊する等という偽情報を送って俺を混乱させたのは誰だ?
 もし俺がその情報を信じていたら今頃解体屋にスクラップにされた所だぞ?」
「なっ!何を!我々がBFFに情報を漏らしていたという証拠がどこに!しっしかも、末端を壊せばマザーウィルが壊れるのは本当です!現に先程の通信でも限界だと言っていたではないですか!」
「では、BFFの連中に聞いてみるか?何故警戒を強化していたのか。お宅のご自慢のAFは欠陥品ですかと?」
「それは………
言葉に詰まる犬。当然だ。BFFがオーメルを庇う理由が無い。無論、自らの象徴たるAFが欠陥品だったと認める事もない。
「もう一度聞くぞ。この落とし前をどうするつもりだ?なんなら折角VOBも手に入れた事だし俺が直接オーメル本社に尋ねに行こうか?」
「い、いっいえ!それには及びません!お任せ下さい。必ず貴方様が満足のいくお詫びを差し上げますので少々お待ちを!」
「いいだろう。トカゲの尻尾にならない様に精々頑張ってくれよ?」
「………お心遣いありがとうございます。それでは本社の方と対応を協議しなくてはいけないため失礼いたします」
慌ただしく通信が切れる。オーメルに全ての責任を自分の独断と押し付けられて始末される可能性に思い至ったんだろう。
そのまま殺されるか。それとも逃げるか。あるいは戦って自分の立場を守るかはあいつの意思と力次第だ。
まぁ、意趣返しとカウントダウンを待つ間のいい時間稼ぎが出来たと思おう。
カウントは「97,96,95」残り約一分半。頃合いか。
SALINE05を動力炉に発射する。直撃を受け爆炎に包まれ崩壊する動力炉。
「何を!まだ時間は残「悪いな。気が変った」
通信を切ってQT後、OBを起動する。
侵入路ではなくひたすら大きな通路を進むと途中で退艦する人の列にぶつかったのでそれを辿る。
W・Gの進路上にいる兵士が何が起こったのか分からないままPAに巻き込まれ挽肉と化す。しかしそれも一瞬後に赤い染みとなりさらに次の瞬間には消えうせる。
W・Gに突き飛ばされたノーマルが横転し周囲に存在する兵士を纏めてミンチに変える。MTやノーマルを避けるために吹かされたQBに焼かれた人間が絶叫し転げまわる。
そんな地獄を作りだした瞬間に遥か後方に置き去り、また新たなる地獄を生み出しながらひたすら出口を目指していく。
「止めて!足元に人が!!」
フィオナの絶叫。
「今のじぃてぇんでぇこんなところにいぃるのならどの道助からないよぉう。なぁら、今死ぬか爆死するかたぁいしたぁ違いはないさ」
「でも!!」
フィオナの泣き声。頭では納得しても心が付いていかないのだろう。なんとなく昔マグリブの連中が襲ってきた時の事を思い出した。
「あ!!」「やれやれ、甘いねぇ」
気が付くとOBとPAを切って天井近くを飛んでいた。
確かに甘い上に偽善だな。幾ら間に合うといってもらしくない。俺は金の為にはどんな事でもする鴉だった筈だろ?それが今さら何をやっている?
「ありがとう」
だがそんな自己嫌悪もフィオナの安堵の声を聞いた瞬間に霧消する。
「間に合うからな」
俺は弱くなったのか?それとも強くなったのか?分からないが確かなのは俺がこの変化を受け入れて悪くないと思っている事だ。
「しかしそれならなぁんでぇ動力炉のはぁかいを早めたんだい?そうすれば彼等も助かったかもしれないのにぃ?」
「馬鹿正直に五分待っていたら隔壁を閉じられてマザーの崩壊に付き合わされる危険性があったからな。W・G単独では最外層の隔壁を破る手段は無い。
 だから別にオーメルの犬が言っていたみたいに人道的措置で待っていたわけじゃない。
 待ったのは退艦の為に隔壁を上げさせるため、リミット前に破壊したのは隔壁を下ろさせないためだ。
 人が多いルートも進んでいるのも隔壁が下ろされる可能性を少しでも減らす為だ」
「でも、ううん、仕方ないんだよね」
「ああ」
沈んだフィオナの声への返事を最後に会話が途切れる。
そのまま一分ほど進んだ所で格納庫にぶつかり開いたハッチから外に飛び出す。
飛び出したW・GをノーマルとMTが包囲する。仕掛けてくるか?
「止めろ!今は復讐より大事な事があるだろう!!飛べるノーマルは高所にいる者の救出!それ以外は地上にいる者を安全圏に退避させろ!!急げ!時間が無いぞ!!」
だが、最後に来たMTに乗った男が怒鳴りつけると包囲を解き救助活動に戻っていく。
唯一機残ったMTに乗った男が今度はこちらに向き直り怒鳴りつけて来る。
「W・G!!見ての通り我々には貴君に敵対する意思も力も無い!!貴君が虐殺を楽しむつもりが無ければこのまま帰って頂きたい!!」
「目標を達成しました。もう帰ろう?」
「ちょっと、待ぁちたまえ!ドォォザァァの事をわぁすれなぁいでぇ」
「無茶を言うな。ここでネクスト戦をしろというのか?」
「そんな事は言わないよぉ。ただちょっと彼に話をさせてくれればいぃんだぁ~。お願いだよう」
どうする?できれば今すぐにでも離れたい。しかしアブはW・Gの整備を一手に担っている。なのでなるべくなら溝を作りたくない。なら仕方ないか。
「わかった。ただし五分だけだぞ?」
「まぁぁかせておくれよぉぉ!十分さぁぁ」
溜息を吐き周囲を見回す。そして救出活動のげんばからポツンと離れた場所に所在無げに佇む解体屋を発見したので接近する。
「なんだぁぁぁぁあっっぁあ!!」
接近するこちらに気付いたのかドーザーを構え臨戦態勢をとる解体屋。しかし声がでかい。
「あぁ、安心したまへ!こぅちらぁにぃ敵意は無い!たぁだぁ、きぃみぃがこれからどうなるか気になってねぇ~」
カラード専用チャンネルでアブが交渉を開始すると同時に武器を下ろせとの指示が来たので下ろす。
「どうするって、お前のせいで仕事が潰れたからホームに帰る。くそぉぉぉぉおお!大損じゃぁああぁぁっぁぁぁぁぁあぁ!!」
大声に眉をひそめる。
「大損ですめばいいんだがねぇぇ」
「どういう意味だぁぁぁあぁぁああぁぁあ!!!」
「いやいやいや。今回君がぁシャッターを破ってくれたおかげでこちらはマザァァアーを潰せたからねぇ。私達は感謝だがぁぁ、BFFは怒り狂ってぇるんじゃないのかぁい?損害賠償でマザァァの建設費用を請求されるんじゃないかとねぇぇ?」
「払えるかぁぁぁぁぁぁああああぁ!!そもそも壊したのはおまえだっぁあああ!!」
余りの煩さに耳を抑える。勘弁してくれ。
「だぁあがぁ、私達には請求できないのだよぉ!とすれば残りは君ぃしかいないからねぇ~。フレンドリーファイアで壊したノーマルの分も含めて一体何百年働いたらかえせるのかなぁあぁ?」
「うぉおぉっぉおっぉおぉおぉぉぉぉ!!一体どうしたらいいんだぁ!」
「かぁんだぁんさぁ!君もラインアァァクへ来ればいい。うちは相互互助組織だからねぇ!君が困っているのならたぁすけよぉ!!BFFにお金を請求しない様にぃ頼んであげようじゃぁないかぁ!」
「しっしかし、反企業組織にいくのはっぁぁっぁあああ!!!」
「ちょっと!?アブ・マシューさん!セラノに相談しないでそんな事!」
「さぁ!選びたまえ!!ラインアークでしぃあわせぇに暮らすか、借金を返すたぁめぇだけに残りの人生を使うかを!!あぁ、それともアスピナにいくぅかね?
 あそこで三年も被検体として過ごせば返せるかもねぇ。もぉともぉ!生きているかも人間のかぁたぁちのままでいられるかは分からなぁいけどねぇ~」
フィオナの抗議を無視してアブが捲し立てる。まぁ、セラノがどうこう言うとは思わないがBFFと交渉させられるのは恐らく俺になるので出来たら勘弁してほしい。
「ひぃぃいっぃいいいぃぃいいぃっぃぃいいいいいぃぃぃぃぃぃぃい!!そっそれだけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁあ!!
 解った!アンタの言う事を聞く!ラインアークに亡命させてくれぃぃぃぃい!!」
「いいとも!さぁ、彼について行きたまえ。ああ!ドォザァァァアァアは忘れない様に気をつけたまえ。ドォザアァァッァァアはぜひ持ってくるんだよ!」
「当たり前だぁ!これは俺の魂だぁぁぁぁぁぁっぁあっぁあ!!!」
ふぅ、ようやく話がまとまったようだな。なんかマザーを攻めた時より疲れた。早く帰りたい。
「話は纏まったな。よし、帰還するぞ。フィオナ。悪いが退ッぅ!」
マザーウィルが遂に爆発する。
爆炎に避難しきれなかった兵士やノーマルがなすすべなく巻き込まれ生きながら焼かれ、巻き込まれなかった者にもマザーの破片が降り注ぐ。最後まで指揮をとっていた先程のMT乗りが破片に潰される。
必死に逃れようとする兵を炎が呑み込み、人間を満載したMTが悲鳴と共に瓦礫に押し潰され、助けようと駆け寄った者がその誘爆に巻き込まれ上半身を失う。
炎に下半身を包まれ黒焦げになりながら必死に這い進む女性兵士をノーマルが踏み潰し、自分も右腕を失ったにも関わらず瓦礫に下半身を潰された恋人を助けようとする男を炎が包み恋人の目の前で黒焦げの炭に変える。
若い死体を抱いて蹲る老兵士の上に破片が降り注ぎ、落ちて来る破片から想い人を突き飛ばし自らは笑って破片に潰される兵士の隣には、足を失い縋りつく恋人の額を撃ち抜き振り払い自分だけが助かろうとする兵士がいる。
自分だけでも助かろうとする者、少しでも誰かを助けようとする者、何も出来ず呆ける者。全ての者が区別される事なく平等に運が無いものから命を失っていく。
自らが作り出した地獄に背を向ける。
「フィオナ、作戦は成功だ。離脱地点の指示を頼む」
「………」
「フィオナ!!」
「残念ながら彼女は嘔吐中だ。少々刺激が強すぎたようだね。かわりに私がオペレートするよ。離脱地点に変更は無い」
「了解した。これより帰還する」

こうして、スピリット・オブ・マザーウィル襲撃は最大限の成功を収めたのだった。


(10)
スピリット・オブ・マザーウィル襲撃。
これがその後の人類の歴史を決定付けた重要な事件であった事は万人が認める事である。
とはいえ、襲撃そのものが重要であったわけではない。
スピリット・オブ・マザーウィルは確かにフラグシップであったが老朽化が進み、また敵対企業の工作員の侵入を許したばかりか致命的な弱点を暴かれていた時点で彼の襲撃が無くとも遠からず撃破されていたであろう。
重要なのは襲撃後にあった出会い、そして襲撃がもたらした影響である。

出会いは、襲撃後に彼が帰還をしている最中にカブラカン搭載の自立兵器に襲われ撃破寸前の天敵を彼が救った事である。
もし彼が助けなければ天敵は恐らく死亡しその後の歴史は大きく変わったはずである。また後に人類の存続を賭け争う二人が始めて出会ったのも歴史的に見て大きな出来事であろう。

そして襲撃がもたらした影響。
彼は企業連との間に均衡が築かれ新たなる平穏が訪れると考えていたようだがその予想は大きく外れる。
彼に対する恐怖をORCAのメルツェルが巧みに煽り、ついには追い詰められたと錯覚したオーメル・サイエンス・テクノロジーはラインアークへの全面攻撃を決意する。
彼を陽動で誘き出しその隙にメガリスを破壊するという搦め手が天敵によって阻まれると、オーメル・サイエンス・テクノロジーはメルツェルの思惑通りにネクストによる直接襲撃を行う。
だがそれこそがカラード内での仕事を終えたテルミドールの待ち望んでいた機であった。かくして毒舌家は水没し扇動家は帰還する。
旅団長の帰還により始まるORCA事変。そしてORCA事変末期のクレイドル03襲撃に始まる天敵と人類の間で起きた人類の九割が単一の個人に殺害された絶滅戦争。
それが天敵の死により終結し、その後に起きた僅かに残った生存可能圏の奪い合いとトーラスの地球緑化計画によって引き起こされた大破壊。
つまり人類が人口の98%と地上を失い地下に逃げ伸びる事になった直接の原因がこの襲撃事件なのである。
それぞれ崩壊の一因子でしかなかった各要素がこの事件によって呼び起され結び付けられ遂には総人口の98%と地上を人類から奪ったのだ。
もし襲撃が行われなかったら?もし彼がオーメル・サイエンス・テクノロジーの提案した方法でスピリット・オブ・マザーウィルを撃破したら?もし天敵を助けなければ?
歴史にIFは無いがそれでも私はその先を演算する誘惑を振り払う事は出来ない。

勿論当時の彼に未来が解った筈が無い。破滅は未だ歴史の陰に隠れ、彼の前に姿を現すのは先である。
当時の彼はただ襲撃に疲れた体を横たえつかの間の休息を取るだけであった。

第四章 抑止力としてのリンクス より

後書きという名の蛇足


某所からの移送です。良かったら見てください



以上が最近発見された別のレイヤードの管理者内部にあった膨大なファイルの一つに記されていた事だ。
もしこれが本当なら長年謎であった大破壊及びそれ以前の旧文明の謎が解き明かされた事になる。
だが信憑性は低い。何しろこいつは歴史小説、つまりフィクションのようだからな。
事実だという証明には最低でも引用されている『大破壊』の原本及び、その作者であるラナ・ニールセンの裏付けが必要だろう。
まぁ、ファイルは死ぬほどあるんだ。暇な時にでも地道に探していこう。
とはいえ、その暇な時が何時訪れる事やら。
特攻兵器はまだまだ降り注いでるし、しかもバーテックスの連中がアライアンスへの襲撃予告までしやがった。
襲撃予告時刻まで後三十時間余り、忙しくなりそうだ。RIGHT:E・W


now:20
today:1
yesterday:0
total:3910


コメント



小説へ戻る
+  移送元の記録