Written by 独鴉


オリジナル・・・生き残った鴉達・・・


インテリオル圏内カラード施設・・・

「2ヶ月休暇だ」

「は?」

 セレンから予想外の突然の休暇という言葉にリンクスはすぐには理解できず、その場に立ったまま首を傾げるばかりだった。

「私にもすることがあるのだ。それに整備士達にも休養が必要だろう」

 ここ半年以上整備士の皆に長期休暇を取得せず、機体の調整や整備に作業に従事してくれていた。
 その為リンクスのネクストは常に万全に近い状態を維持、速やかな出撃が可能となっているのだから感謝しなくてはならない。
リンクスは状況を理解すると軽くうなずく。

「了解しました。その間私はACで旅をしてきます」

 セレンのすぐ隣の席で書類整理をしていたレインはACと聞いて手を止めた。

「あんたのAC?それなら部下達の訓練で改造させてもらってるよ」

 レインの部下達はネクストを整備する為の作業機器を扱う技能は有るのだが、緊急時にも機器を使ってしか対処が出来ないという欠点があった。
その為リンクスの使っていたハイエンドACを使用して訓練を行わせていたのだ。

「改造ですか。使える状態なら別に構いませんが」

「状態に関しては問題なし。性能も少しは上がっているはずだよ」

 リンクスが問題ないと伝えるとレインは自らの作業に戻る。大量にある書類の内容をリンクスが把握することは出来ないが、
それがネクストを整備する上で必要なものであることくらいはわかっていた。レインの話が済んだのを確認するとセレンは再度口を開いた。

 「休暇中は好きにしろ。だが、死ぬような真似だけはするな。以上だ、質問はあるか?」

「休暇中の連絡及び経費についてはどうすればよいでしょうか」

「連絡については一週間に一度で良い。経費については後で請求しろ。出せるものなら経費から出す」

「わかりました。それでは二ヶ月ほどお別れです」

 リンクスはレンタル整備場のミーティングルームから出ると自らのACが保管されている格納庫へと向かった。
これから二ヶ月間はただのレイヴンとして地上を巡る。そうリンクスは心に決めると半日ほどで少ない荷物をバッグに詰め込み、
他地域を繋ぐ輸送機の一箇所を間借り、赤と黒に染め上げられたハイエンドACと共にインテリオル圏内を離れていった。

アルゼブラ圏内カラード施設・・・一般傭兵待機場・・・

「ジャック、また怪我をさせたのか。今日の依頼どうするつもりだ?」

「ふむ。フリーの傭兵を雇うしかなかろう」

「フリーか、悪くは無いが今時いるものか?」

 今となっては珍しいRAVEN用のジャケットを羽織る二人の男は何か困ったようにため息をついていた。

「元々お前が悪いのだ。新しい仲間が入った途端友好を深めるパーティーなど開くから」

「お前がお持ち帰りをするのが悪いのだろう」

「ゲドよ。共に命をかける以上友好と信頼を深めるのは大事だろう」

 昨日のナニかによって数名欠けてしまった人員をどう補充すべきか二人が悩んでいるとき、
二人の視界にリンクスが着用している古ぼけたRAVEN用のジャケットが目に入った。

「レイヴンのようだな。私が頼んでみるか」

 一際体格のイイ漢はジャケットの前を肌蹴させ、古びたジャケットを着ている青年に向かって走っていく。

「そこの君」

 ジャックの声にRAVENジャケットを着た男は振り返る。その顔をみてジャックはどこかで見たことがあるような錯覚を感じたが、本題をすぐに切り出した。

「傭兵として依頼が有るのだが、手を貸してくれないかね」

「依頼ですか?」

 どうやら相手が興味を持ってくれたらしい。ジャックは彼を逃さぬよう軽く肩を叩きながら説明を始めた。

「我々はバアテックスという傭兵団を率いているのだが、少々事故があってね。協力してくれるはずだった者が入院してしまったのだよ。
報酬は支払う。手を貸してくれないか?レイヴン」

一般傭兵用レンタルブリーフィングルーム・・・
 依頼を受けたレイヴンは傭兵達用に用意されている旧式のブリーフィングルームで説明を受けていた。
リンクス達が使用しているブリーフィングルームと違い、平面ディスプレイの旧式端末に情報が表示される。
レイヴンを除いてブリーフィングを終えているためジャックとゲドの二人でレイヴンに現状の説明を行っていた。
しかし二人の男は腕組みをしながらディスプレイの左右に立っているのはいいが、何故か上着の前面を完全にオープン状態にしている。
筋骨隆々ともいえるが均整の取れたその姿は造形美に近いものが合った。

「オーメルからの輸送物資が武装集団に奪われた。普通は企業の通常軍で対処するが、奪われた物資が問題らしくてな。我々に依頼がまわってきた」

「アルゼブラに向けて輸送中だったネクストパーツが強奪されている」

 ネクスト、その言葉を聴いてレイヴンの気持ちが引き締まっていくのをジャックは感じた。
余りにも緊張をかけるべきではないとジャックとゲドは口調を弱める。

「稼動するにはAMS適性のあるリンクスと統合制御体が不足している。稼動している可能性は皆無だろう」

「我々の任務は物資の奪還もしくは確実な破壊。そして敵部隊の殲滅だ。質問がないのなら出撃する」

「質問は無い。すぐにでも出撃できる」

 しかしレイヴンはそのことには一切触れず、得られた情報を紙にメモを取るとミーティングルームを出て行った。
静かになったミーティングルームに取り残されたジャックとゲドの二人は寂しそうに口を開いた。

「この姿に何も反応がないと悲しいな・・・。ジャック」

「そうだな・・・。ゲド」

 二人は上着を調え直すとミーティングルームを片付け始める。

「しかし、ゲドよ。あの顔はどこかで見た覚えがないか?」

「お前もそうおもうか?どうも記憶がはっきりしないのだが、10年以上前に手を貸してもらった気がするのだ」

「ふむ、時間が有るときに共戦記録を調べてみるとしよう。まぁ依頼が終わり次第体に効いても良いと思うのだがな」

「浮気もほどほどにしておけよ」

アルゼブラ圏内の渓谷地帯・・・
 横にノーマル4機並んで歩けるかどうかの狭い渓谷に100機以上ものノーマルACが隊列を組んで進んでいく。
その中、ハイエンドACを駆るのはジャックとゲド、そしてレイヴンの三機だけだった。

「一体どこにこれだけの戦力が」

 軽量級と中量級の間に近いアセンブルのレイヴンは隊列の中ほどを行軍しつつ、隊列を組んで歩いている他のノーマルACを見ていた。
大型兵器はないものの、軽く見積もっても独立傭兵団コルセールと同等かそれ以上の戦力が揃っている。
独立傭兵団と一言で言い表せないほどだ。

「企業に居られなくなった者ばかりだ」

 ゲドは周囲を何度か見回していたレイヴンの考えを読んだのか、ゲドは通常回線でレイヴンに話しかける。

「ここに居る者達は皆そうだ。あのドレイク部隊を見てみろ」

 ゲドに言われたとおりレイヴンは右前方を見ると7機のDULAKEが行軍していた。汚れたり薄れたりしてはいるものの、その肩には騎士のエンブレムが描かれている。

「国家解体戦争の英雄、レオハルト侯の部下達だったものだ。終戦後ローゼンタールを離れここに来た。
向こうはGA、あちらはイクバール、どこも様々な理由で企業を離れたり脱出してきたりした者達ばかりだ」

 SOLARWID部隊、SHAHID部隊、048AC―S部隊、どこも見たこともないエンブレムが描かれていた。

「ここはそういった者達が集まる部隊、まぁ気に入れば君も入るがいい」

「いえ、私には戻るところがあるので」

「そうか…、残念だが仕方の無いことだな」

 ゲドは少し寂しそうにそう言うとゲルニカの逆関節脚部を利用して高く跳躍し、部隊前衛へと向かっていった。

 それから20分後、簡易休憩が挟まれ半数の警戒担当を残し、残りのものは一服したり、
狭いコックピットから降りて背筋を伸ばしたりして短い休憩を過ごしていた。
そんな中レイヴンは機体から降りるとアルゼブラ領内で購入した飲料水を飲み始める。

「有澤製と比べるとやはり不味いな」

 飲料水など環境浄化技術について有澤重工は高い技術力を持っている。
最近有澤グループの傘下に入った如月研究所が特殊な環境浄化技術を保有しているらしく、
有澤の食料や環境物はここ数年軒並み評価を上げてきていた。

「やはり有澤重工と契約でも行っておくべきかな」

 ジャックは水を飲み終え、静かに休んでいるレイヴンの元へと歩いていった。
レイヴンのACと同じハイエンドACを駆るジャック・O、
アセンブルは重量級なのだがレイヴンの駆るKARASAWAに興味を持ったらしい。
待機状態で片膝を付いているハイエンドACの持っているKARASAWAを見上げている。

「君の持つKRSWは私の持つものとは違うな」

 フォックス・アイが右手に持っているKRSWAよりもレイヴンの持つKARASAWAは一回り小型な上に形状が異なっていた。
ジャックの持つKRSWは重厚な収束機とEN変換機、そして照準センサー系によって大型化しているが、レイヴンの持つKARASAWAは細身で必要最低限の機能しか付いていないように見える。

「レオーネ・メカニカに倉庫に眠っていたものです。随分昔に技術試験用に使われていたらしいのですが、不要ということで譲ってもらいました」

「私の持つものよりもさらに旧タイプということか。気になるな」

 ジャックはレイヴンの横に座ると機体を見上げる。レイヴンの機体は中量級に属してはいるのだがコアと腕部は軽量級、
エクステンションの追加ブースターと高出力ブースター、そしてKARASAWAとMOONLIGHTのみの武装に限定し高速化を計っていた。

「君の機体は軽量に近いものだが、前衛戦闘は可能か?」

「アセンブルを見れば解ると思いますが」

「いや、対したことではないのだがすまないな。どうも細かいことが気になってしまうのだ。ところで任務が完了したら今夜」

 ジャックの言葉を遮り先行偵察を行った部隊から届いた通信に短い休憩時間は終わりを告げた。

「ネクストが稼動しているぞ!」

 先行していた偵察部隊からの通信が届き、休憩を取っていた部隊は騒ぎとなってしまった。

「アルゼブラの先行偵察部隊は壊滅した。次は我々の番だろう」

「相手はネクスト、逃げ切れるものじゃないな」

 ジャックとゲドはある種の覚悟を決めるが、全ての傭兵がそう納得できるわけではない。

「無理だ!撤退しよう!」

「死にに行くようなもんじゃねぇか!」

「何いってやがる!敵は一機だけだ!」

「名も知れぬリンクスなのだろう!やれば俺達の株が上がるぞ!」

「だが!ノーマルがネクストを潰したなんて聞いたことないぞ!」

「俺は逃げる!勝手にやってくれ!」

 部隊は混乱を始め秩序を失い始めるが、状況を確認したジャックとゲドは全兵士宛てに通信機を手に取ると全部隊員へと通信を行う。

「逃げたいものは逃げてかまわん。戦いたいものは残ってくれ。私は強制しない」

 ジャックが通信を行ってから数分後、100機以上のノーマルACを要していた部隊だったが、
ネクストとの戦闘を望むものは40機を僅かに超える程度しか残らなかった。

「40機も残ったか…、皆すまないな。その命使わせてもらうぞ」

 ジャックは感謝の言葉を述べると特徴的な円筒形のパイロットヘルムをかぶる。

「作戦指示を出す。何があろうと従ってくれ」

 自らのAC フォックス・アイの元へと歩きながらジャックは詳細な作戦指示を残った部下たちへと伝えた。

 部隊は役割ごとに再編成され、ジャックの指示通り役目を行うべく行動を開始、敵ネクストを誘導する囮部隊となるものを除き、
部隊はECMを展開した上で渓谷に点在する遮蔽物に機体を伏せ、ネクストを誘導する囮部隊が退却してくるのを静かに待っていた。
 その中レイヴンは一人コックピットで機体を完全起動させるため、
コックピット背部からコードを取り出すと自らの首筋のコネクターと繋げていく。
むろんレイヴンの首にあるのはリンクス用のモノだが、
レインがハイエンドACのコネクターをリンクスタイプのものに交換していた。

『システムとのリンクを確認。一般モードから強化人間モードへと切り替え、再度戦闘モードを起動します』

 機体情報がダイレクトにレイヴンに送り込まれ、僅かなマニュアル操作を残してほとんどが脳からの直接操作へ切り替えられる。
AMS高適性者がACを体の延長線上と変えるシステムと表現するのなら、
旧時代のものは体そのものを無理やり機体に換えるシステム、そういったところだろう。

「システム起動確認、戦闘モードを開始します」

 戦闘準備が整いレイヴンは静かに機体を岩場の影に隠した。

5分後・・・
 轟音と通信機から伝わる絶叫と共に渓谷の奥から2機のノーマルと1機ネクストが姿を表す。
映し出された映像からリンクスは機体モデルを確認し、

「OMの旧モデル JUDITHか、攻撃があたればいいが」

 敵ネクストはOMが使用する一般的なカラーリングのままでろくに調整がされていないようにみえるのだが、
機動にふらつきが少なく崩れかけたバランスを直ちに整えなおしている。このことからAMSには充分手を入れられていることが予測できた。
囮部隊最後の一機を撃破した敵ネクストはECM濃度からこちらの居場所を有る程度予測したのだろう。
OB起動させると機体を跳躍、上空を飛行しながらこちらの正確な位置を確認するつもりなのだろう。

「SHAHID部隊跳ぶぞ!」

 頭上を跳び越そうとする敵ネクスト正面にアルゼブラACが跳び上がりロケットを乱射、7機のSHAHIDが放ったロケットにPAを削られ、爆発の衝撃を受けた敵ネクストは急激に速度を落としながら降下していく。
SHAHIDが飛び上がった位置から少し離れた場所、8機のSOLARWIDが岩陰から出てくる。

「弾薬を渋るな!ありったけ撃ち込め!」

 8機のSOLARWID部隊から発射された垂直ミサイルは降下していくネクスト目掛け襲い掛かる。

「048AC―S部後退。予定位置まで下がり射撃体勢を取れ」

 フォックス・アイの垂直ミサイルとエクステンションの連動ミサイルが発射され敵ネクストへと向かっていく中次の指示が飛ばされていく、
ジャックとゲドから受けていた指示に従い各分隊長達は自らの成すべきことを実行。
次の攻撃位置への移動や隊列の変更など手際よく行われ、途切れの無い攻撃が敵ネクストへと襲い掛かる。

「DULAKE部隊!シールド持ちは前衛にでろ!ブレード持ちは後衛から一撃を狙え!」

 僅かな乱れ、攻撃の遅れは群を成して敵ネクストを攻撃しなければ勝てないのだ。その群の中から一機のハイエンドACがOBで飛び出し敵ネクストへと突撃していく。
 ミサイルの回避を終えた敵ネクストは右腕に持っているSG‐0700 ショットガンの照準をハイエンドACに合わせトリガーを引く。
ハイエンドACはショットガンのトリガーがひかれる直前、ハイエンドACはOB状態からエクステンションを起動し機体を横方向に急加速させ散弾を回避してみせる。

「ノーマルの分際でネクストの真似事をするつもりか!」

 開放回線から聞いたことの無い怒声が響き、相手が怒りによって冷静さを失い始めているのがレイヴン・ジャック・ゲドには伝わってきていた。
すぐ横を通り過ぎたハイエンドACを追うように敵ネクストはQBTで180度向きを変えるが目の前にはプラズマ粒子が迫っていた。

 ハイエンドACは地面と接触している脚部から激しく火花が飛び散り、いまだ残っている慣性を殺そうとしている。
ハイエンドACはOBによって得た強力な慣性力を回転方向に生かし180度ターンをしていた。
OBがACに搭載され始めた頃、一部のレイヴン達によって使われたハイエンドACで高速ターンを行う方法、すでに忘れ去られて久しいだろう。
しかし充分な整備とカスタマイズがされているといってもネクストACではない。
全てのEN残量を使い果たし、ハイエンドACのブースターが切れるとカメラアイの光が弱まるが、
慣性が消える前にハイエンドACは跳躍し残された勢いで後方へと下がる。
 ハイエンドACの予想外の行動に回避の遅れた敵ネクストはプラズマ粒子の直撃を受けたが、
PAの緩衝作用によってその威力のほとんどを食い潰され直撃したコアの一部を若干溶解するに留まる。
だが、プラズマ粒子のECM効果は確実にネクストのレーダーを使用不能状態にしていた。

 「048AC―S部隊タイミングを誤るな!我々が外したら全員が死ぬぞ!」

 ネクストのPAさえも貫通し装甲にダメージと激しい衝撃を与える事が出来る反面、ドレイクやソーラのもつ武装よりも連射力は遥かに劣っている。
だが、ネクストを仕留めるにはどうしても048AC―S部隊のスナイパーキャノンの必中が必要だった。
ノーマルACにとっては限界に近い高速戦闘と砲撃が繰り広げられている中、離れた場所で静かに7の砲門が砲口を上げるときを今か今かと待っていた。

「一気に仕留めるぞ!全機突撃しろ!」

 DULAKE部隊はレーザーライフルを撃ちながら接近していくが、
渓谷中央付近での左右のSQBの点火によって半分以上回避され、
さらにPAが健在な状態では有効なダメージにはなっていない。
敵ネクストはQBTで再度機体を180度回転させ十分なほどに迫ってきていたDULAKE部隊目掛けてEB‐0700レーザーブレードを切り払う。
前衛4機のDULAKEは瞬間的に発生したレーザーブレードにシールドごと切り裂かれ地面に転がったが、
背後に控えていたDULAKEブレード持ち3機はブレードを発生させ敵ネクストへと特攻していく。

「仲間の死を無駄にするな!」

 さすがのネクストも過度の機動ですぐに反応できず、切り払った腕で切り返すまでには時間がかかってしまった。
3条のレーザーブレードはPAに接触し減衰するが、両足とコアの装甲を抉り強固なネクストの装甲板を溶断していく。
だが、切り返されたレーザーブレードに切り裂かれ残ったDULAKE全てが地面に転がり残骸と成り果てる。
しかしこれだけで攻撃は終わらない。DULAKEが倒れ視界が開けたところにSOLARWID部隊から発射された垂直ミサイルの群れが襲い掛かっていく。
フォックス・アイも有効射程まで接近するとKRSWAとCR―WL95Gグレネードライフルで攻撃を始める中、
崖に点在する凹凸を利用して一機の逆間接ACが器用に跳躍、
ゲドのACゲルニカは敵ネクストの真横に着地し両腕の武器腕を敵ネクストへと向けた。
正面からカラサワとグレネードの二連装、そして右サイドからは拡散エネルギーの高速連射がPAを減衰させ装甲を抉る。
だが、3重の猛攻を受けながらも敵ネクストのSG―0700ショットガンがゲドのゲルニカへと向けられた。

「ゲド避けろぉ!」

 ジャックはネクストの動きを見て叫んだが、ゲルニカはすぐに回避しようとせずエクステンションのKEEP‐MALUMを起動、
急速回復させたENを全て拡散エネルギーへと注ぎ込んだ。この攻撃はPAを消滅させネクストの装甲を若干損傷させる。
その後跳躍しようとするゲルニカ目掛け敵ネクストから撃ち出された散弾はゲルニカのコア下部全てを抉り取り、
残ったコア上部と共に残骸が地面へと崩れ落ちる。
その時レイヴンのACはENを使用しすぎ、いまだエネルギーの緊急充填中の為武装を使えずにいた。
フォックス・アイは両背と連動ミサイルを射出、同調して放たれたSOLARWID部隊のミサイルがネクストに襲い掛かる。
だが、SQBの高速移動について行けたのは半分にも満たなかった。しかしそれもジャックの予想していた範囲内、
渓谷の端で使用したSQBによって敵ネクストは崖に機体を叩き付けられ動きが止まる。

「いまだ撃て!」

 狭い渓谷内、片面から徹底攻撃を行い、その状態でSQBを使用すれば回避する方向は自然と弾幕の薄い方向、つまり崖側へと向かってしまう。
実戦を積んだ兵士なら混戦状態でも自らの位置を有る程度理解しているが相手はいままでの行動からそれに当てはまらないことは明白だった。
そしてこの時を048AC―S部隊は待っていた。
崖側のみ開かれた斜線軸から7門のスナイパーキャノンの砲弾が撃ちだされ、
砲弾はPAを消失したネクストのコアの装甲板に食らい付き衝撃が後方へと機体を弾き飛ばす。

「やったか!?」

 この時2名を除いてこの場の全員に油断が生じてしまった。
敵ネクストはBの点火で機体を止めるとレーザーブレードを構えブレード用MQBを点火させた。
 一瞬何かがフォックス・アイの横を通り過ぎたと思った瞬間、SOLARWID1機がレーザーブレードに切り倒され地面に転がった。
最高瞬間速度1500を超える軽量2脚ネクストとハイエンドACとでは速度が余りにも違う。
背後を取られたフォックス・アイは冷静にブーストで前方に移動しながら旋回を行っているが、
部隊真っ只中に突入されたSOLARWID部隊は混乱状態に陥り完全に規律を失ってしまった。
それだけならまだしも減衰消滅したはずのPAの際チャージが完了し、再展開されイージスの楯ともいえる防壁に覆われてしまった。

「こ…このやろう!」

「ひぃっ…!」

「逃げろ!」

「いま救援に!」

 立ち向かおうとするもの、退却を始めるもの、救援に向かうSHAHID部隊、
ただでさえ狭い渓谷内で規律を失うことは自殺行為に等しい。
PAの再展開が完了した敵ネクストの持つSOLARWIDとSHAHIDが次々とレーザーブレードとショットガンの餌食となっていく中、
048AC―S部隊の7門の砲口は静かに次の時を待っていた。

「聞こえるか!聞こえるものはこちらへ逃げ込め!」

 ジャッグの通信に反応した1機が混戦状態から抜け出しフォックス・アイに向かうその背に向け、
敵ネクストがショットガンを向けている姿がジャックの目に映った。
フォックス・アイはKARASAWAとCR―WL95Gグレネードライフルの照準を敵ネクストに合わせた時、
敵ネクストとフォックス・アイの中間程度の位置でSOLARWIDが残骸をばら撒きながら地面に転がっていった。
本来ならば一瞬で地面に落下するはずのACの部品がフォックス・アイの真横まで接近していたレイヴンの目にはゆっくりと、
パイロットだった肉の一部まで鮮明に映った。

「一方的な虐殺…か」

 今まで自らが行ってきた戦闘行為、その姿を客観的に見てレイヴンはネクストに対しておぞましさを感じ始めていた。
無機質な機械でありながら生物のように有機的かつ俊敏に反応、そして余りにも簡単に命を奪っていく。
これは戦いではなく狩そのものだった。
 その戦いにどこか絶望を感じ始めていたその時、機体情報を表示していたディスプレイに⑨の表示が現れシステム情報が書き換えられ始める。

「なっ…なんだ?」

 状況が読み取れないレイヴンはシステムを再起動させようとするが、一切に入力を受け付けないまま書き換えが完了し、
自らと機体を繋げているコネクターから送られてくる情報が変更される。
いままで機体を制御し必要な情報を直接送り込んできていたコネクターから送られてくる情報にレイヴンの意識は揺らぎ、
自らが書き換えられる感覚を抑え込もうと噛み締めるが、抑え切れず湧き上がってくる感情に飲まれていった。

「なん…だこれ…」

 レイヴンの意識が完全に消えたとき、コックピット内全てのディスプレイの画面がブラックアウト、
たった一つ⑨の文字のみが表示される。感情と共に表情が消え去ったレイヴンの目は空ろなものにかわっていた。

「⑨システムヲ次の段階ニシフト」

 機械的に言葉をレイヴンは発するとジェネレーターのリミッターを解除。

「対象の危険度最高レベル、戦闘システムヲ対イレギュラー・モードに変更」

 甲高い音を立てながらCR―YC010/UL2のOBが起動、
レイヴンのACが急加速しKARASAWAを連射しながら敵ネクストに突撃していく。しかし周囲がよく見えていないのか、
敵ネクスト周囲に散らばる兵器の残骸にプラズマ粒子が着弾する一方ネクストには当たる様子がない。
 敵ネクストは最後のSHAHIDを破壊し、突撃してくるACに気付くとショットガンを向けるがレイヴンのACは肩のエクステンションを起動、
距離が近かった為散弾を回避しきれず右肩のエクステンションブースターが吹き飛ばされる。
しかしレイヴンのACはOBによる突撃することをやめる様子はない。

「048部隊!4機前へ!」

 ネクストに対して有効な武装を持つ048AC―S部隊を最大限生かす為の戦力は全て潰され、
残るは前衛だったフォックス・アイとレイヴンのAC、そして後衛の048AC―S7機のみ。
状況は絶望的だ。だが、混戦の間にジャックは新たな戦略を048AC―S部隊に伝えていた。
後衛に控えていた7機の内4機が前衛に上がり始める。
例え僅かでもネクストの動きを制限することが出来ればネクストをまだ仕留める可能性がある。
例え自らを含めた全てが戦死したとしても。

「私に続け!」

 フォックス・アイが肩ミサイルとエクステンションをバージしOBを起動させたとき、
レイヴンのACと敵ネクストの距離は目と鼻の先程度になっていた。
レイヴンのACがWL―MOONLIGHTを発生させ紫のレーザー光が伸びていく。
量産普及型ノーマルACとネクストの戦力差は軽く見ても100対1以上、
パーツ交換が可能なハイエンドACと比較しても50対1くらいはあるだろう。
あたから見ても無謀な行為だ。
ネクストACもレイヴンを舐めているのか正面から突撃して行くハイエンドACを悠々と待ち構えている。

 敵ネクストがブレード切り払おうと構え始めたときハイエンドACはOBをカット、
着地と同時に脚部の設置面が地面を削りながらQTで機体を反転させ、
エクステンションブースターとメインブースタを点火しネクストの左サイド、
破壊されたノーマルの残骸が無い位置へと滑り込んでいく。
先ほどのKARASAWAの乱射はこのためだった。

「全機撃て!」

 急に開けた射線軸にジャックは叫ぶとフォックス・アイのKARASAWAとCR―WL95Gグレネードの火力が敵ネクストに襲い掛かる。
敵ネクストはSQBによって急加速することでその場から逃れようとしたが一瞬反応が遅れ、
QBを点火し終えたネクストの左肘から下が失われてしまっている。自分が優位な存在であることからくる油断、
それがMOONLIGHTによって左腕を切り飛ばされ、フォックス・アイの射撃によってPAを著しく減衰する失態を招いていた。

「レーザーブレードが有効ナ武装デあるト確認。攻撃プロセスヲ変更」

 追撃をかけようとレイヴンのACが再度OBを起動させ、
KARASAWAのプラズマ粒子がその間にも体勢を整えようとしているネクストを執拗に追い回す。

「対象ノ移動速度ヲ確認。現システムにヨル撃破ハ不可能。上位システムの起動ヲ求ム」

 ハイエンドACの照準機能ではネクストACに追従できるはずはないのだが、
移動先を推測することで敵ネクストのPAにプラズマ粒子が接触、
僅かずつだがPAを減衰させていた。
 立地は狭い渓谷内の上、ネクストが破壊したノーマルの残骸によって足場は非常に悪く、
ネクストはその機動性を存分に発揮できない上に体勢を整えるのに手間取っていた。
そしてプラズマ粒子が敵ネクストから外れるたびに崖に直撃、ECM濃度を高め岩の残骸を周囲にばら撒く。
ネクストが有機的行動を行えることによる弊害、それはAMSの負荷と人間的な防衛反応、
充分な実戦経験や訓練を行わない限りとっさにコアではなく頭部パーツをかばってしまい視界を遮りってしまう。
リンクスの恐怖はダイレクトにネクストの動きを鈍らせてしまうのだ。
ネクストの異変に気付いたフォックス・アイはOBをカット、
048AC―S部隊と共に敵ネクストを仕留めるべく徹底砲撃を開始、
回避によって外れた砲撃によってはじけ飛ぶ岩の残骸によって再展開されたPAを一瞬で消失させ、落下や飛び散る岩石は僅かずつだが装甲を変形させていく。
 ハイエンドACはOBを発動、KARASAWAをバージし軽くなった機体を加速させ土煙の舞う中に突入していく。
飛び散る岩石が容赦なくレイヴンのACを襲うが、フォックス・アイや048AC―S部隊は砲撃を止めようとしない。
ネクストの動きを制限するには攻撃の手を止めるわけには行かなかった。
ハイエンドACはMOONLIGHTをコア目掛けて切り払い、
損傷を充分なほどに負っているコアを貫くはずだった。
ブレードがコアに接触したように土煙の中から見えたのだが、
BQBの噴出炎が見えた直後ショットガンの発砲音が立て続けに鳴り響き、
一瞬の間をおいて土煙の中から右肩と頭部の一切を失ったレイヴンのACが吹き飛ばされフォックス・アイの前に転がった。
欠損位置からして至近距離でショットガンの直撃を受けたのだろう。

「上位システムの起動ヲ再度要請…、及び現システムを復旧のタメ現在のプロセスヲ終了」

 レイヴンの駆るACの動きが完全に停止、システムが復旧モードへと落ちたことを表していた。

「っ、ここまでか!」

 さすがのジャックや多くの者が覚悟を決めた。しかしここはアルゼブラ領、長時間戦闘を繰り返していれば企業側が黙っているわけが無い。

「人の庭で何勝手な事やってんだい!」

 突然開放回線に怒声が響くと同時にVOBと思われる高速飛翔物体がレーダーに映り、一つの影が高速で降下してきた。
朱に染め上げられた四足の異形のフォルム、そして朱のカラーリングの中、
左肩に描かれている蜘蛛のエンブレムを持つネクスト レッドラムが不明ネクスト排除に到着した。

「どうやら我々は助かったようだな」

 ジャックは残った者達を戦闘に巻き込まれないよう下がらせる。
ネクスト同士の高速戦闘に巻き込まれればハイエンドACもノーマルACもただではすまないからだ。
 アルゼブラに雇われている傭兵部隊が下がっていくのを確認するとレッドラムのカメラアイが敵ネクストをにらみつけるように動く。

「その機体カラードに登録は無いわね。一体どこのテストリンクスかしら?」

 数が居るといってもバアテックスは大多数のノーマルACと少数のハイエンドACのみ、
その部隊の撃滅に時間が掛かるようなリンクスとカラードランク15のレッドラムを駆るシャミアとは天と地ほどの実力の差がある。
さらに左腕を失った上に損傷は軽微ではないのだ。勝機などあるわけが無い。

「くそ!レッドラムが出てくるなんて聞いてないぞ!」

 敵ネクストはきびすを返すとOBを起動させ撤退しようとするが、突如背部ユニットが爆発しコアを中心に粉々に飛び散っていった。
機密保持、恐らくその為に失敗したときに備え積まれていたのだろう。
なんとも後味の悪さを感じながらも戦闘は終わりを付けだ。
 シャミアの目には目の前で粉々砕け散ったネクストが映っていた。
オーメルからの指示による一時的な待機命令、そしてその間に行われた強奪ネクストによる戦闘、
そしてコアを中心とした爆発による戦闘記録から搭乗者にいたるまでの情報の隠蔽、何もかもが出来すぎていた。

「オーメルのネクストパーツ、気に入らないわね」

 そうシャミアが呟いていた時、アルゼブラの部隊が傭兵部隊と残骸と成り果てた敵ネクストを回収するために渓谷地帯へと到着し始めていた。

「また、生き残ってしまったか」

 ジャックは悲しそうにそう呟くと状況を聞くために到着したアルゼブラの通常軍に合流すべく生き残った者達と共に帰還を開始した。

アルゼブラ圏内カラード施設・・・
 レイヴンは戦闘が終わった後ACごとアルゼブラの救援部隊に回収され、カラード施設隣接病院で怪我の治療を受けていた。
しかし傷は軽い裂傷と打撲故に看護士から簡単な処置を施され、
報酬を受け取るためジャックの待つ一般傭兵待機場へと向かっていた。

「…」

 待機場に向かう最中、レイヴンはずっと戦闘中自分の身に何が起きたのか思い出そうとしていた。
コックピット画面がブラックアウトしてからACが回収されるまでの記憶がきれいに抜け落ちていたのだ。

「自分は…何を」

 首のコネクターにふれるが特段異常はない。しかし戦闘中ケーブルを通して流れ込んできたAMS接続を超える大量の情報、
その中感情を激しく揺さぶった一つの数字と言葉。

               “⑨””イレギュラーの排除”

レイヴンにとって聴いたことの無い言葉だが、何か引っかかっていた。
しかし報酬の受け取りを終えてもなお引っかかったものが抜けることなく、レイヴンはジャックを呼び止めた。
契約が終わった以上関わる必要は無いのだが、レイヴン、
いやリンクスは一つジャック・Oに聞きたいことがあった。
 ホワイト・グリントから問われ、自らではいまだ回答の出せなかった問い、リンクスは同じレイヴンに問いて見たかった。

                “何のために戦うのかを”

「なんだね?今夜なら空いてるぞ!」

 上着を脱ぎ始めるがレイヴンの表情からジャックは意図を理解した。彼にとって今後に関わる事を自らに問おうとしていることを。

「あなたは何の為に戦っているか教えてほしい」

「戦う理由…かね?」

 ジャックは脱ぎ始めていた服を着直しその顔は神妙な面持ちに変わる。
リンクスが軽くうなずくとジャックは少しの間黙ったあとゆっくりと話し始めた。

「戦う理由、そんなものに確固たる回答など無いものだよ。なんの為に戦うのか、
それは私には解らないし解る必要も無い。
私にとって正当な報酬が得られればそれでいいのだよ。報酬がそれが金だけとは限らないがね」

 ジャックは何かを思い出すかのようにゆっくりと上を向く。

「私も友も、そして死んだ同胞たちも金とは違う理由を得たときもあった」

 数秒間何かを思い出すように目を瞑ったあと再度口を開いた。

「戦う理由を問いた君も君の思うように戦いたまえ。それがレイヴンである私が言えることだよ」

 そうジャックが答えるとリンクスは軽く頭を下げ、カラード施設内に向かって歩いていった。

「おいジャック!次の依頼着てるんだろ!それまでの短い休みたっぷり楽しもうぜ!」

 生き残った彼の仲間たちと共にジャックは待合室から姿を消していった。


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コメント返し

>さぁて・・・今話の主人公は・・・。あれ?主人公いない?w
今回はリンクスの居ない裏での動きを・・というわけです。


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