力が欲しい。
世界最強なんて望まねぇ。ウィンディーの願いを叶えるだけの力でいい。
永久じゃなくて構わねぇ。ウィンディーの願いを叶えるまで持てばいい
それさえ叶うなら、俺の全てをくれてやる。

Written by ケルクク


統合制御体と同化した瞬間、ロイ・ザーランドを構成する情報の8%が永久に失われ、高負荷によるストレスで心臓が停止した。
この時点でロイはアルテリアからの生還を諦め、目標をウィンディーの願い、全クラニアムの自爆阻止に目的を変更する。

更にストレイドと交戦した瞬間、彼我の絶望的な戦力差を知ったロイはそれを埋めるべくロイ・ザーランドとしての自我の放棄を決定する。
ロイは自ら自我を切り裂き作り変える。ウィンディーの願いを叶えるという目的と、目的達成の為に必要な手段(ネクストの操縦方法や中枢端末の操作方法等)を中央に、それ以外の情報を周囲に配置する。
自我が変質した時点でロイ・ザーランドという存在はこの世から消滅した。今、マイブリスを駆るのはロイ・ザーランドを元に作られた目的を達成するためだけの存在である。
しかし自らの存在と引き換えにした処置により、多大なリソースを裂いていた自我の保護を行う必要がなくなったため、情報の欠損が中枢にまで及ぶ274秒間、天敵と同じ領域に達する事ができる事が可能となった。

「うお!?って、なんつー馬鹿な事を」「ロイ、まさか…」突然桁違いに動きがよくなりネクストの限界を超える戦闘力を発揮し始めたマイブリスに天敵とセレンはロイが何をしているのか理解した。
否、理解したつもりになった。2人はロイが統合制御体と同化した事は察したが、既にロイ・ザーランドとしての自我が失われていた事は推察する事ができなかった。
「おいおい、馬鹿な事は止めろって。そんなん続けてたら死んじゃ…いや、その前に廃人になっちまうぞ!そうなる前にウィン姉と一緒に帰りなよ。致命傷は避けてやったんだから間に合うはずだろ!」
ネクストの限界を超えた速度と精度で次々に繰り出されるマイブリスの猛攻を余裕を持って捌き、かわし、避け、いなしながら天敵がロイを説得する。
天敵の言葉を無視して攻撃を続けるマイブリス。「うげ」マイブリスの猛攻を余裕を持ってかわしていた天敵だったが、ストレイドが軋み始めると舌打ちした。
先の2連戦のダメージとネクストの限界を超えた機動によって痛んでいたところに、更にマイブリスのネクストの限界を超えた猛攻を避けるためにストレイドに無茶をさせた事によりストレイドの限界が近づいたのだ。
無論、今の天敵の能力をもってすればいつ限界を迎えるのかは正確に予測できるし、それまで今の動きを続ける事も可能だ。だがそれでも限界が具体的に見える形で現れた事は天敵の気分を害するのに十分だった。
「あ~もういい加減にしろよ!大体俺を倒したとしてどうするつもりさ!確かに今は自爆モードだから各社の最高権限を持ってればどんな命令もフリーパスだよ。
 でもね、肝心の最高権限の認証パスは新しいのに変更しちゃったんだよ!だから新パスを知らないロイ兄にはどうしようもないの!解ったらとっとと帰れよ!
 ネクストは戦闘するだけでコジマ汚染を広げてくれるから、神を呼ぶためにリンクスにはなるべくきのこって貰わないといけないんだから!」
かつてロイであったモノは天敵の言葉に自分独りで新パスワードを見つけ出せるか検討する。
…答えは無理だった。故にかつてロイであったモノは状況を打破すべく言葉を紡いだ。
「パス教えろ」「教えるわきゃねーだろ!」「Quo Vadis Paterだ」「って、なに教えてるんだよ、ババァ!そんな事したらロイ兄が帰ってくんないだろ!」
責める天敵の声に、セレンは首を振ってこみ上げる物を飲み込んで、勤めて冷静な声を発した。
「教えなくてもロイは帰らないさ。いいか、よく考えろ。お前も知っての通りロイは目の前の命、特に身内の命を見捨てる事ができない男だ。
 そんな甘ちゃんが、身動きが出来ず直に治療が必要な家族を放ってここに来ている。なら答えは一つだろう。
 …ウィンは死んだんだな?」
「あぁ。俺が殺した」
ロイ・ザーランドなら認めてはいても口には出せなかった事をかつてロイであったモノはあっさりと口にした。
「…馬鹿野郎共が。
 おい、遊んでないで本気で戦ってやれ。ロイは全てを捨てて向かって来ている。それに応えてやれ」
「アイサ~!にしても、そうかよ。ヒャハハハハハハハハハハアハ!そうかい!アハハハハッハハハハハハハハハアッハ!そうなんだ!ケケケケケケケ!ロイ兄、ウィン姉を殺したんだ!殺っちまったんだな!ヒイヒヒヒヒヒヒヒイッヒイッヒヒ!」
突然上機嫌になった天敵に操られたストレイドが、高速と連動ミサイルを紙一重ですり抜け、ガトリングの弾幕を掻い潜って接近し、ドーザーを乱打する。
「キキイキイキキキキキキキ!なぁなぁ、今どんな気分だい、ロイ兄?ウィン姉を殺した感想はどうだい?ヒャハハハハハハアハッハ!ウィン姉はどんな顔で死んだ?ウィン姉は最期に何て言った?シシシシシシシシシ!
 いや、答える必要は無いぜ。俺もロイ兄と同じ様に、恋人に頼まれて恋人を、そう、誰よりも愛していたアイツを!自分より大事だったアイツを殺してるからなぁ。ロイ兄の考えている事は手に取るように解るよ~~!」
ストレイドの戯言を無視して、嵐のように繰り出されるドーザーを、捌き、かわし、いなし、時にストレイドの左腕を殴りつけて逸らす事で避けながらかつてロイであったモノは彼我の戦闘能力の差を確認する。
「ヒャハハハハハハ!ウィン姉を殺した時、あっさりしすぎて拍子抜けしただろう?あまりに手応えがなさ過ぎて冗談だと思っただろう?まるで眠ってるみたいだって思っただろう?
 アハハアハアハハアハハアハ!!ウィン姉は死んだ時笑っていただろう?解放されたように安らかに微笑んでいただろう?いい笑顔だっただろう?ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!
 なぁ、ウィン姉は死ぬ時にありがとうと、ごめんなさいって礼を言いながら謝りながら死んだだろう?
 ヒャヒャハヤハヤアハヒャヒャッハハヤヒャハアヒャハアヤハヤハア!!なぁ、ロイ兄。辛いよなぁ?苦しいよなぁ?助けてほしいよなぁ?哀しいよなぁ?許せないよなぁ!!アハハハハハハハハハ!!!」
不意打ちのように放たれたACRUXの双つのハイレーザーを上体を反らす事で回避したストレイドがそのまま体を縦に回転させバク転し、着地と同時にQBで前に跳び繰り出したコジマブレードを半歩横にずれる事で回避したマイブリスがストレイドにBECRUXを押し付けて引き金を引く「ヒャヒャ!」寸前に、ストレイドがドーザーで銃口を殴り飛ばし体から反らすとそのままドーザーを乱打する。
「キキキキキキ!だから神様を呼ぼう!神様に救ってもらおう!神がいれば俺達は助かる。天国があればまたアイツに会える!ウィン姉にだって会える!俺達はやり直せる!救われる!ヒャハハハハハハ!
 カカカカカカ!神がいなければ!もし神がいないなら!こんな世界ぶっ壊しちまおう!みんな!みんな!殺してやろう!アハハハハハハハハハハハハ!だって不公平じゃないか!アイツが死んだのに生きているなんて!俺達がこんなに苦しくて痛くて哀しくてグチャグチャになってるのに楽しそうに笑うなんて!だから殺そう!ドイツもこいつもぶっ殺そう!ヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!誰も彼も殺してくださいって泣いて頼むまで苦しめて嬲った後、みんなみんなアイツみたいに殺してやろう!ヒャハハハハハハハ!」
狂笑と共に繰り出されるストレイドの攻撃を紙一重で捌きながらかつてロイであったモノは確信した。
マイブリスはストレイドに勝てない。
未だに彼我の間は絶望的な差がある。
無論、先程までのような獅子とアリ程ひらいてはいない。マイブリスはストレイドと同じ領域にいる。だがそれでも大人と子供ほどの差がある。その差は戦術や詐術で埋めれるものではない。
だがそれを理解してもかつてロイであったモノは戦いを止めなかった。
もしかしたら偶然墜ちてきた隕石がストレイドに直撃するかもしれないし、大地震が起こるかもしれない。
隙さえできればストレイドを倒す事が出来る程度にはマイブリスとストレイドの間の差は縮まっているのだ。
だからこそかつてロイであったモノは、その隙を作り出すべく言葉を綴る。ストレイドが動揺し致命的な隙を晒す事を期待して。
「一緒にするな」「ひゃ?」「一緒にするなって言ったんだよ!クソガキ!」
故にかつてロイであったモノは言葉を綴るべく、半分近くを失ったロイ・ザーランドの想いを記憶を知性を繋ぎ合せ、変質し穴だらけでボロボロになった自我を奮い立たせてロイ・ザーランドとしての言葉を紡ぐ。
そう、会話を続ける事を選択したのはかつてロイであったモノだが、紡がれた言葉は間違いなくロイ・ザーランドのものだった。
「いいか!イツァムは流行病で弟を失った!載星は自分が助かるために親友を囮にして逃げた!ミューズは口減らしの為に生まれたばかりの双子の片方を殺した!リュミエールは金持ちの道楽の為に姉と殺し合った。スタークスばあさんはMTに家族全員を踏み潰された!エマはコジマ汚染と麻薬でどうしようもなくなった家族を楽にしてやった!解るか!俺が覚えてるだけでこれだけの奴等が俺達と同じ様に失うべきでない人を失ってるんだ!だがなぁ、そいつらはお前と違って絶望に潰されずに前を向いて生きてるんだよ!何日も何日も泣いて泣いて、自己嫌悪と喪失感に何度も何度も自殺しかけたのを踏みとどまって、前に進んでるんだ!解るか!失くしてしまった重さに潰れかけながら、胸に空いた穴から出る血と痛みにのた打ち回りながら、それでも笑えるようになるまで頑張って歩いてきたんだ!不公平だと、ふざけるな!自分だけが辛い目にあってると思ってんのかよ!自分だけが大切な人を殺したんだと思ってんのかよ!甘えるのもいい加減にしろよ、クソガキ!!!」

****

「…本当にお前はいい男を見つけたな。ウィン。いや、お前がいい男に育てたのか。羨ましいよ。
 だが、それだけに残念だな。今のあの子じゃなければ、普段のあの子ならロイの力か言葉、どちらか一つは届いただろうに」

****

「お前の気持ちは解る。お前の痛みも苦しみも絶望も悲しみも、全て滅んじまえって想いも理解できる。だがなぁ、お前の自殺に世界を巻き込むな。死にたいんなら一人で死ね。独りで死ぬ事が出来ないんなら霞の姐さんにでも付き合ってもらえ。まだ生きようとしている奴等を巻き込もうとするんじゃねぇよ!
 いいか、神はいねぇ!!天国はねぇ!!俺達はそんな都合のいい幻想にすがらねぇ!!そんなもの無くたって俺達は、いやお前だって自分で自分を救う事ができるんだよ!」
「………ヒャハハハハハハ!ざんね~ん。神はいます。天国はあります。そうさ!きっと俺達の祈りが足りないんだ。全ての人間が祈って祈って祈り果てれば神はきっと降りてくる!俺達を救いに降りてくる!キキキキキキキキ!だから殺さないと!みんなみんな苦しめて嬲って追い詰めて神に祈らせないと!ヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒイ!!」
「ふざけんな!お前一人の絶望に世界を巻き込まれてたまるか!」「なら止めてみなよ!ヒャハハハハハハ!止めてみなよ!俺を止めてみるといい!ロイ兄には出来ないだろうけどね!アハハハハハハハアッハハハハハ!!」
天敵の狂嗤と共に二機の戦いは更に激しさを増した。嵐のように次々とネクストの限界を超えた速さで攻撃を繰り出しながら、相手の攻撃には一発も当たらない両機。それは何も知らないものが見れば舞っている様に見えたかもしれない。繰り出す攻撃は全て致命打であるが故に、被弾すれば命と共に終わってしまう儚い、だからこそ見る者の心を打つ美しい破壊の舞。

二機は最初は互角に見えたが徐々にストレイドがマイブリスを押し、圧倒し始めた。一度広がった差は詰まる事無く加速度的に広がっていく。もはや誰の目にもマイブリスの負けは時間の問題であった。
だがそれでもマイブリスは諦める事無く戦いを続ける。奇跡が起こる事に賭けて。

****

セレンの言うようにロイの言葉は確かに天敵の耳に届いていた。
その口先だけでない、自らと同じ境遇となった者が魂を搾り出すようにして叫んだ言葉に篭った想いは、既に神を信じたいと願いつつも神の実在を疑っている、言い換えれば神という呪いと天国という狂気から半ば抜け出していた天敵を目覚めさせるには十分であった。
だが、

「大丈夫、お兄ちゃんの形は私が覚えてるから
 神様や天国を信じなくなっちゃうなんて壊れちゃったんだね。平気だよ。私が何度でも直してあげるから!」

だが死人であるが故に不変のチビはその天敵の変化を認めず、チビが知るお兄ちゃんに、即ち統合制御体と同一化する直前の神と天国を信じる為に狂気にすがる天敵へと再定義しなおした。
故に変わらない、否、変わる事のできない天敵は目覚める事無く戦闘を続行し、
「ひゃっは~。神の国へとご招待だ!」ドーザーをパージする事で格納から出したEB-O700でマイブリスの統合制御体を貫いた。

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統合制御体とはリンクスの思考を機械的な命令に変換し実際にネクストを動かす機器である。やや強引に例えるならリンクスを大脳とするなら統合制御体は小脳に当たるだろう。故に統合制御体が機能を停止すればネクストは機能不全に陥る。
無論、統合制御体の役割までリンクスが担えばネクストを動かす事は可能だが当然リンクス側の負担は跳ね上がる。
だがこれは通常の話である。統合制御体との同一化の最中に統合制御体が破壊されると、自我の半分、あるいは小脳が消失したのと同様の衝撃がリンクスを襲い、殆どのケースで即死する。運よく即死を免れても廃人になる事は避けられない。
つまりどちらでもこれ以上ネクスト動かす事は不可能である。
だから天敵はマイブリスの機能停止を確認すると、限界の近いストレイドにこれ以上負荷をかける事を避ける為に戦闘解除を解除し、瀕死の重傷を負っているリンクス(自身)の治癒にリソースを注いだ。

****

天才アブ・マーシュが開発したホワイト・グリントには他のネクストに無い独自の機能が幾つか存在している。
そのうちの一つにモードチェンジがある。
これはその名が示すように、リンクス戦争の後遺症によってただネクストとリンクして戦闘するだけで多大な負荷のかかるアナトリアの傭兵の為に、操縦及び機体制御をノーマルと同じ様にコックピットから手動操作で行いプライマルアーマー関連のみAMSを用いて行う手加減モード(アブ・マーシュ命名)と、機体制御とプライマルアーマー関連をAMS制御で行い操縦に専念する再起動モード(アブ・マーシュ命名)の切り替えを行うものである。
発動のタイミングはリンクスの任意、もしくは手加減モード中にネクストが機能停止した場合にリンクスから中止命令がなければ自動でネクストを再起動させた後に行われる。

偽装撃墜によりホワイト・グリントを失ったアナトリアの傭兵は、ラインアークが保有する全ネクストにホワイト・グリントと同様の改造を施しておりマイブリス、ヒルベルトフレームも例外ではなかった。
そして急な出撃であったため改造の取り外しは行われていなかった事、どちらのモードも参照先を同じに設定していただけで機能そのものは生きていた事、統合制御体とは別の場所に配置していた為に無事であった事、統合制御体の破壊時にリンクスが死亡したので中止命令が出なかった事により、自動的に再起動命令は出された。

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「…な!?マイブリス再起動!まだ終わってないぞ!」「………んな、馬鹿な!?ありえねぇ!」
リソースをリンクス(自身)の治癒に注いでいた為に察知が遅れた事、戦闘稼動を解除していた事、死人が蘇るというありえない事態に動揺した事等が原因で咄嗟に対応する事が出来ないストレイド。
その僅かの隙に再起動したマイブリスはリンクスの死亡を察知し、最優先で緊急蘇生措置を実行しリンクスを強引に蘇生させる。
蘇生したロイは、変質し削られ消失した事で混濁した意識の中で辛うじて覚えていた障害を排除するという目的を果たすべく、GAN01-SS-Gを限界まで、否、限界を超えて稼動させ、暴走に等しい稼動を続けるGAN01-SS-Gから生み出されたエネルギーの全てをBECRUXとACRUXに注ぎ込む。限界以上のエネルギーを注ぎ込まれたBECRUXとACRUXが悲鳴と火花を上げる。
「なんだよ!なんなんだよ!ありえねぇだろ!奇跡でも起きたってのかよ!?」未来を演算した天敵が絶対に避けることが出来ないと悟り、絶望の悲鳴をあげる。
「あぁああああああぁああ!!!」「助けて、母さ」限界以上のエネルギーを注ぎ込まれた反動で半ば暴発気味に放たれた4本のハイレーザーがストレイドを撃ち砕くと同時に、限界以上に酷使されたGAN01-SS-GとBECRUXとACRUXが崩壊したマイブリスも膝を突いた。

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確かにマイブリスがストレイドを破る今回の結末に到達するには奇跡に等しい。ここまでのうちどれか一つでも過程を違えればこの結末に到達する事は無かったであろう。
例えば、
もし、アナトリアの傭兵を説得する事ができなければ、再起動できるアブ・マーシュが改造したネクストを入手する事はできなかったろう。
もし、スプリットムーン戦で、蘭達スタッフが真改の正面から斬りに行くという特性を見抜いていなければ、最後にマイブリスがレイテルパラッシュより前に出なければ、ウィン・D・ファンションがマイブリスの陰に隠れて狙撃する作戦を考えなければ、スプリットムーンに破れストレイドと戦う事はできなかっただろう。
もし、蘭がメーヴェがブギーがニーニャがジーニー命を賭けてストレイドのLALIGURASの存在を知らせなければ、テルミドールがセレン・ヘイズを動揺させなければ、ロイ・ザーランドが自らを捨ててまで戦闘力を高めなければストレイドと天敵がここまで消耗する事もなく、決着後も天敵は戦闘稼動を持続しただろう。
もし、ジニー達整備班がリンクスの緊急蘇生装置を統合制御体と独立して動くように改良していなければ、ウィン・D・ファンションが最期に守られぬ約束を交わしロイに覚悟を決めさせなければ、ロイ・ザーランドは蘇生し立ち上がる事はできなかっただろう。
他にも様々な要因がマイブリスに味方し、マイブリスはストレイドと相打ちをする事に成功したのだ。確率的には天文学的な数字であろう。
だがこの結果は奇跡ではない。
その時々において各々が最善を尽くした結果による必然である。故に此度の螺旋を何十、何百、何千、何万、何億と繰り返そうと常にマイブリスはストレイドを相打つ。

すなわちこの結果は奇跡という名の確率の偏りなどではなく、ロイ・ザーランドが今までの人生の間積み重ねてきた全てが天敵の異能を上回った事による当然の帰結である。
 


 
ソレは暗闇の中で目を覚ました。
ソレは自分がどこにいるのかも知らなかったし、何故暗闇の中にいるのか知らなかったし、そもそも自分が誰なのかも知らなかったが、自分にはやらなければいけない目的がある事は知ってた。
ソレは使命を果たすべく暗闇の中から脱出しようと、何故か知っていた暗闇から脱出方法を実行し外に出ると、そこは高所だった。
ソレは高さを恐れず何故か知っていた地面に降りる手順を実行しようとしたが、体が上手く動かせずに失敗し地面に叩きつけられてしまった。
ソレは落下し地面に叩きつけられた時に右足と右腕がゴキリとなって二度と動かなくなってしまったので、苦労して立ち上がり右足を引き摺りながらズルズルと目的地を目指して歩いていると誰かが目の前に立ち塞がった。
ソレは立ち塞がった誰かに懐かしさを感じたが、目的地に行かねばならないので誰かの横を通り過ぎようとすると「そんなボロボロでどこに行くつもりだ、ロイ」と誰かに声をかけられた。
ソレはロイという名前を聞いた瞬間に多くの事を思い出した。まるでジグソーパズルのピースが嵌るべき場所に嵌り描かれた絵が解るかのように、ソレは自分がロイだと思い出した。だが同時にロイを構成する多くのピースを失ってしまった事も知った。
「中枢端末っす。俺はアイツの願いを果たさなくちゃいけないんです。だから邪魔しないでください、あー、えーと、その」
ソレはロイは目の前にいる彼女の事をよく知っている筈なのに名前が出て来ずなんと呼んでいいのか解らない事に焦った。だが意外にも目の前の彼女の名前や願いを叶えなければいけないアイツの顔や名前が出てこない事は哀しくなかった。きっとロイは全て忘れてしまう事を覚悟していたのだろうとソレは推測した。
「…解らなければ無理に思い出す必要は無いさ。
 中枢に行く必要はないぞ。命令は既に変更してある。エーレンベルクの充填後にアルテリアが自爆をする事はない。クレイドルの落下はもはや避けれないが人類が滅亡する事はもう無いだろう。
 ただ、これ以上余計な命令をされないようにここ(クラニアム)の全通路は30分後に崩壊するように設定してある。死にたくな」
ソレは彼女の言葉を最後まで聞く事無く踵を返し中枢とは逆の方向に歩き始める。
「おい、どこにいくつもりだ?」「アイツの元に帰ります。約束したんです。アイツの願いをかなえたら迎えに行くって」「だったら私の話を聞いた方が「聞いてますよ。ここが後30分で自爆するっていうんでしょう?なら俺は残り30分でアイツを迎えに行って脱出するだけです。いっときますけど俺は諦めてないっすよ。最後まで足掻くつもりです」
「解ってるなら話を聞け。ウィンならお前が寝ている間に回収して出来る限りの手当てはしておいた。今はシリエジオの中にいる。
 …シリエジオはお前にくれてやる。私に合わせて調整してあるが動かすだけなら今のお前でも出来るだろう。それとここを出るなら私達が通ってきたGAの隠し通路を使え。5分で出れる」
ソレは「アザース」と礼を言って、シリエジオに向かって歩き始める。
「でも、アナタはどうするんすか?」「そうだな。あの子が起きてから考える。今はよく眠っているからな。起こしたくない」彼女は微笑むと肩をすくめながら答えた。
ソレが彼女の指し示したほうを見てみると、確かに子供のような誰かが寝ていた。
ソレのいる場所からでは寝ている誰かが本当に寝ているのか、それとも死んでいるのかは解らなかった。
ソレにとって寝ている誰かは、家族同然の弟分であるような気きがしたし、歳の離れた同僚であるような気がしたし、どれだけ憎んでも足りない怨敵であるような気がしたし、自分と同じ境遇の同類であるような気がしたが、誰かに関する事は殆ど思い出せないし、全て終わったという事だけは覚えていたので、シリエジオに着いたソレは考える事をやめてシリエジオに乗り込んだ。
ソレはシリエジオに乗り込み闇の中に漂う誰かを見つけた時、誰よりも大切だった彼女を見つけた時、この世の誰よりも愛した恋人を見つけた時、涙が零れた。
「ア、ア、ア、ウ、ウィンディ…ウィンディー!ウィンディー!!!!」ソレは泣きながらウィンディーを抱きしめようとしたが、ギリギリで踏みとどまる。治療されたとはいえウィンディーは瀕死の重傷なので抱きしめたら危険だし、抱きしめる時間があるのなら一刻も早く本格的に治療が出来る場所に向かうべきだった。
ソレは残る彼女を巻き込まないようにブーストを起動しGAの隠し通路へと向かう。
ソレは残る彼女から十分に距離をとるとOBを起動しようと思ったが、最後に彼女の様子を確認した。彼女は子守唄を謡いつつ誰かの髪を優しくなでながら誰かを膝枕していた。その唄はロイの知らない、けど優しい歌で、その表情はロイの知らない、けれど母親が眠った幼子を見守るような優しい表情だった。
ソレはそんな彼女に「今まで世話になりました。ありがとうございます」と頭を下げるとOBを起動した。
 




 
後書き
某所からの移送です。良かったら見てください
 


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コメント



なぁ、もし私達が別の出会いをしていたら、リンクスとオペレーターなんて形じゃなくて、例えば私が偶々立ち寄った孤児院でなんとなくお前を引き取るとか、道端で倒れていたお前を柄でもない仏心を出した私が拾って帰るとか、そんなふうに出会えたなら、私たちは今みたいな歪な形でなく普通の親子になれたのかな?
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