Written by 名も無き奴隷兵


 私の名はビヨール ボーレタリア国オーラント王に仕える双剣の一人、私の剣に叩き切れぬものなど有りはしない。私に並ぶ者は双剣のヴァラルファクスのみ、武芸において私に並び立ち知略も兼ね備える彼さえ居ればボーレタリアは賢王オーラントと共に安泰のはずだった。そのはずだったのだ。

「ボーレタリア国が滅びた」

 他国で腕を磨いていた私がその報を受けた時少しの間信じられなかった。いかなる敵国が攻めて来ようとオーラント国王と双剣のヴァラルファクス、そして3人の英雄が居ればボーレタリアに敗北などないはずだった。普段の私なら戯言と一蹴しただろう。だが、今回は事情が違かった。その報を伝えたのが双剣のヴァラルファクスだというのだ。それが例え虚実だろうと確認しなければならかった。数日かけて報をもたらしたと言うヴァラルファクスの元へ到着したとき、そこにあったのは紛れも無い友の亡骸だった。教会に丁重に葬られたその身には無数の傷が刻まれており、色のない霧を抜け出るだけでもかなりの戦いを潜り抜けてきたことがわかる。

「何故だ!何故だヴァルファラクスよ!何故お主が死んでしまうのだ!」

 彼は大声で泣きながら今は無き友の死を悲しんだ。教会の外の人間でさえ聞こえてしまうほど大声で彼は泣いた。一頻り泣いた後彼は神父に尋ねた。彼が命を賭してまで何を伝えようとしたのかを。
 神父の話では諸外国の英雄達にボーレタリアの惨状を伝えるよう言い残した後絶命したという。すでにここを尋ね、賢者フレーキ・聖者ウルベイン・聖女アストラエアに暗銀のガル・ウヴィンランドが霧の裂け目に入っていったという。
私も行かねば成らない。共に国を守ると誓ったヴァラルファクス、そして3英雄が居ても国が滅んだのか確かめねばならない。
 
 

 霧の裂け目の前に入ると何か不思議な声に導かれ、声に従うまま霧の中を通り抜けると城の上水道入り口についた。さすがのビヨールも詳しくない場所に困ってしまったが、なぜか抜き身の剣を持ち歩く奴隷兵が歩いていた。

「そこの奴隷兵。正門はどちらの道だ」

 奴隷兵はゆっくりとビヨールのほうを向くと空ろな目をしたまま剣を振り上げて突然切りかかった。とっさの事に左手で顔をかばうが折れた直剣では柴染の鎧に傷一つ付けることが出来ずに弾き飛ばされ、うめき声のようなものを上げながら再び向かってくる。ビヨールは背負っていた剣を抜かず、力任せに殴ると奴隷兵は壁に叩きつけられ動かなくなった。

「私に逆らうとは…どういうことだ」

 彼は水の流れる道を上流へと向かっていくと城の片隅に着いた。そこに居た奴隷兵達も襲い掛かってきたが、誰もまともな言葉を発せずうめき声を上げるのみ。いくら奴隷といっても言葉や読み書きを教え命令に従うよう教育を行うが、これではまるで獣以下ではないか。ボーレタリアらしからぬ扱いにビヨールは違和感を募らせていった。
兵士ならば言葉をわかるだろう。そう思い何人かに声をかけたが奴隷兵と同じように空ろな目のまま襲い掛かってくるだけだった。
 道に迷いながらも場内を進んでいくと、正統騎士である北騎士がこちらに向かってくるのが見えたが騎士の様子もおかしかった。抜き身で剣を持ち歩き、目は不思議と青い光を放っているように見えるからだ。足音に気付いたのかビヨールのほうを向くと抜き身の剣を構えながら向かっていく。グレートソードを上段に構えると気合と共に振り下ろし北騎士を地面に叩き伏せた。

「北騎士までもか」

 北騎士も何も言わず斬りかかって来た。まるでビヨールが誰だか解っていないかのようだった。正門へと続く通路を抜ける為渡り廊下前の広場に到着すると白い霧が入り口を覆っていた。何事かと考えたがその道を通るしか本城に行くことはできず、霧の中を通り抜けると目の前に巨大な化け物が待ち構えていた。

「なんだこの化け物は!」

 浅黒い肌を持った巨大な化け物、右手には人間の身の丈を遥かに超える巨大な斧を持っていた。驚いている暇もなく巨大な化け物は斧を振り上げた。驚きながらもビヨールは横なぎに振られた巨大な斧を柴染の楯で受け止める。しかしいまだ感じたことのない衝撃が全身を駆け巡り、踏ん張っていた足が後ろへと滑り始める。ビヨールは力任せに打ち上げると楯に弾かれた巨斧は勢い余って石柱を粉々に撃ち砕いた。砕ける石材を避けるように下がると灰色の化け物は巨斧を軽々と右手に持ち直しビヨールに向き直る。

「なんたる力、まるで攻城兵器!」

 ビヨールは柴染の楯を床に置くとグレートソードを両手に掴む。いくら柴染の楯と言えど何度も防げる破壊力ではなく、楯が砕かれる前にビヨールの体が限界に達してしまうだろう。ならば再び巨斧を叩きつけられる前に仕留める。それ以外彼に思いつくすべは無かった。

「ぬぉぉぉぉ!!」

 雄たけびを上げながら真正面から突進していくビヨール目掛け唐竹割に巨斧が振り下ろされた。一瞬の間をおいて地面に達した巨斧は石で出来た床を打ち砕き石材が飛び散っている。

「力が有っても所詮は獣、技を知らんか」

 斧の刃よりも先、化け物の手の真横にビヨールは立っていた。その両手には化け物の体に刀身の中ほどまで突き刺さったグレートソードが握られていた。そのまま背負い投げのようにグレートソードを担ぐと上段に切り上げ化け物の体を切裂く。

「振り下ろすよりも突きの方が早いものだ」

 ビヨールは振り切った剣を構えながら振り返ると、光を放ちながら灰色の化け物が消えていった。

「これは……、どういうことだ」

 巨斧どころか化け物の死体までなくなっている。何が起きたか良く解らないが先に進むしか解決する手立ては無かった。
 本城に正門にたどり着くと手から火球を放ち奴隷兵と戦っている者が居た。手に杖を持ちとんがり帽子を被っていることから見て魔法を司る者に間違いないだろう。

「あれは魔術の火線…だったか」

 ビヨールと並ぶヴァラルファクスは武芸だけではなく知略にも優れ、剣のみではなく魔術にも精通していた。
 
 
 
 まだボーレタリアを離れる前のこと、酒場で兵士達が酒盛りをしている中、酒樽ごと酒を飲んでいたビヨールを見てヴァラルファクスが話し始めたことがあった。

「ビヨール、剣のみに生きるお前が羨ましいと思うことがある」

「お主の剣は私と同等、魔術も駆使すればお主と相対出来る者など私くらいだろう」

 ヴァラルファクスは火線や発火等魔術にも精通し、ビヨールの柴染(ふしぞめ)の防具は唯一彼の魔術にも屈しない。それ故に二人の力は拮抗し、双剣と呼ばれているのだ。

「魔術か…、私にはお前のような頑丈さなどない。だから魔術を学んだのだ」

 炎に強い鎧を纏っていると言っても魔法の直撃に耐えられる頑強さを持つ者は少なく、ビヨールほど人間離れした頑強さと筋力を持つ者などまず居ないだろう。

「私はお主のように賢くはやれんよ。魔術もよう解らん」

 魔術に関してビヨールも学ぼうとはしたものの、結局ヴァラルファクスの使っていた魔術の名前を覚えるだけで精一杯だった。
 
 
 
 火の玉が直撃した途端大爆発を起し火線と違うことがわかる。近くに居た奴隷兵を打ち倒し話を聞いてみれば彼女はユーリアと名乗り魔女らしい。彼にとって大抵の魔術は理解できないものだが、ヴァラルファクスから自然現象を超えることは魔術でも出来ないと聞いていた。彼女の話では楔の神殿から獣が解き放たれ、人々がソウルを奪い合っているらしい。ユーリアは魔術を持って獣を鎮める為にきたらしいが、話の半分程度しかビヨールには理解できなかった。重要な点である敵ではなく、何かによって人々は殺しあっている事さえ分かればビヨールにとって十分だった。
 そして共に王の下へと向かったが、3英雄の黒い亡霊達と火を吐くトカゲを自らの力だけでは倒すことは適わず、王の下へたどり着く前に牢獄に捕らわれてしまった事が悔しかった。剣の腕を磨き、自らの体を鍛えたのは国を護る為、王を護る為だ。そして同胞のはずだったミラルダによって目の前で捕らわれたユーリアと名乗る魔女、彼女の持つ魔術の力を吸い取る為に下卑な公使に連れて行かれる事を止めることさえできなかった。
 国の為と体を鍛え、剣の腕を磨きながら何も出来ない自らの無力に打ちひしがれながら牢獄へと捕らわれ、ただ時が流れていくだけだった。その間にも同じように捕らわれていた者達の声がまた一つまた一つ途絶え、どれだけ時が過ぎたか解らなくなり自らもその魂を吸われかけた時、扉が開く音と自らに声をかける声に意識が戻った。

「誰だ…? 私は、そうだ」

 助けられた、そう感じると意識がはっきりし、消えかけていた慟哭が体を巡り始めた。

「ふんぬうう! あのぶよ虫め、許さんぞ!」

 立ち上がるとグレートソードを掴み、助けた者を押し退けると牢獄を管理している公使の下に掛けていく。

「陛下に媚びるぶよ虫めが! 飢えてなお下卑な性は直らんか!」

 王が変わる前から媚びへつらい仕えてきた下卑な者、戦果や功績を上げずにただ上手く立ち回って地位を高める、ビヨールのように不器用で愚直な者にとっては耐え難い存在だった。
 ビヨールは牢獄の隅で様子を見ていた公使を見つけると真正面から突撃していくが、公使は火線を放ち直撃したビヨールは炎に包まれる。炎に包まれながらもビヨールは構わずグレートソードを振り上げると公使に向かって振り下ろした。まるで空薪を割るように抵抗する音も無く行使は真っ二つに切り裂かれ、血しぶきを上げながら地面に転がる。

「ふぅぅぅぅ」

 柴染の鎧は脆弱な炎などで焼く事は出来ない。慟哭に任せ切り倒した公使を見下ろしていたが、大丈夫かと声をかけられ振り返ると先ほど押し退けた者だった。

「ん、貴公は私を救ってくれた者か。とはいえ、なにもでないぞ、何も持っていないからな。 さぁ、私は眠る。貴公は先に行け」

 公使を叩き切った後、ビヨールには睡魔が襲ってきていた。彼とてすでに若くはない。牢獄の中に戻ると扉を閉め座り込んだ。公使が死んでいようと扉が閉められた牢の中に眠っていれば鍵は閉まっていると巡回の兵士どもはそう想うだろう。ビヨールは疲れた体を休めるべく意識を暗闇の底に落としていった。
 
  
 目が覚めるとビヨールはすぐに王城へと向かいはじめた。元々自らが進むべき先は王の下、民や臣下の道を示すべき王の目を覚まさせ国を立て直さなくては成らない。進む先々で北騎士や兵士達が倒れている。これだけの数を倒すのはビヨールでも無理だろう。何が起きたのか少し考えたが、いまは王城へと急がなければならない。打ち倒された兵士の中を進んでいくと白い霧に覆われた王城大正門にたどり着いた。白い霧に覆われた王城大正門の先には、ビヨールを助けた者と大きな人影が見える。おそらくまた化け物だろうとビヨールは白い霧の中に迷わず飛び込んでいった。

「貴公、助太刀するぞ」

 2秒くらいだろうか、視界全てが白く染まった後王城へと続く大回廊が見えている。霧を抜けたと感じた後周囲を確認すると先ほど自らを助けた者は壁に寄りかかったまま動けないで居る。恐らく相当手ひどい一撃を貰ってしまったのだろう。化け物を確認しようと周囲を見回すと相手は灰色の化け物ではなかった。大きさこそ違うもののデーモンの装いは騎士そのもの、そしてその手には見慣れた剣が握られていた。3英雄の一人であるつらぬきの騎士メタス、その所有物であるつらぬきの剣を見たときビヨールの身は怒りに震えた。

「生意気に騎士の真似事とは……、デーモンがしゃらくさいわ!」

 乱入者であるビヨールに向かっていくデーモンの騎士は剣を上段に構えると一気に振り下ろした。ビヨールは振り下ろされる剣を柴染の盾で受け止めるが、余りの重さに骨が軋み伝播した衝撃で石畳にひびが入る。灰色の化け物よりもさらに重い一撃、真似事は言え騎士の動きを真似ているためか鋭くその動きは素早い。上段の連続攻撃が続いた後デーモンの騎士は身を翻し回転しながら大きく剣を振り被った。回転し遠心力をこめられた一撃は盾でも受け止めきれず、防御の構えが崩され数歩後ろに下がってしまう。片手でグレートソードを自在に扱えるビヨールも人並みはずれた筋力の持ち主だが、デーモンの騎士はそれさえも上回る力を持っていた。
 このままでは押し切られる。そう考えたビヨールは回転斬りによって体勢の崩れている騎士に向けてグレートソードを振り下ろした。重量があるため速度こそ速くはないが、タイミングは完全に合っていた。
 しかし自らの剣を地面に突き立てバランスを取り直すと後ろに飛びずさるとビヨールの攻撃を回避、ひざを曲げて剣を水平に構えると光が宿る。危険だ、そう感じたビヨールは柴染の盾を正面に構え身を丸くし衝撃に備えた。その直後強烈な衝撃が盾とビヨールに襲い掛かった。

「うぉぉぉ!」

 光を纏い突き出された剣を楯で防ぐが、余りの力に弾き飛ばされ壁に叩きつけられた。なんとかビヨールは壁に寄りかかりながら立ち上がるが、重装の鎧を全身に付けているといっても壁に叩きつけられたのだ、いくら頑強さの自身があるビヨールとて軽症ではない。ただ、同じ志を持って国の為に戦った同胞の真似をするデーモンを許せず、慟哭が体を突き動かし立ち上がらせた。

「骨が…折れたか」

 灰色の化け物よりもはるかに鋭く重い攻撃に全身が悲鳴を上げ、肋骨が何本か砕けた感覚がある。
 ビヨールは呼吸を整えグレートソードを上段に構える。デーモンとは言え相手は騎士の技を使い、数手渡り合った限りだが刺突も斬撃も大振りでありながら基本はできていた。そうなれば小手先の手が通じる相手ではない。打ち倒す方法ひとつしかない。
 こちらの考えを理解したのかデーモンの騎士はビヨールの方を向くと剣を中段に構える。その手に握るつらぬきの剣に光が宿り、さきほど壁までビヨールを弾き飛ばした突きを見舞うつもりだろう。刺突の攻撃に適した剣であるため、真心から受けてしまえば柴染の鎧も貫かれ抜かれてしまうかもしれない。だが臆していては勝機を失い敗北を待つだけになってしまう。

「……ゆくぞ!」

 真正面から突撃していくビヨール目掛け光の剣は正確に胸に突き立てられ、高い金属音が鳴り響きビヨールの足は止まった。強烈な衝撃がビヨールの体を突き抜け口から血反吐が吹き出してしまう。だが衝撃こそ鎧を突き抜けたが剣そのものは鎧を貫通せず、ビヨールは衝撃で僅かに後ろへと足が滑ってしまっただけで、正面からの刺突をビヨールは耐えてみせた。さすがにデーモンの騎士も驚いたのか剣を退き動きが止まってしまう。その隙をビヨールは見逃さなかった。自らのグレートソードの間合いまで踏み込み、肩幅より若干大きく足を開きひざを僅かに曲げる。

「ぬぉぉぉぉ!」

 脇を締め、歯を食い縛り全身の体重を掛けて振り下ろす。貫きの騎士は受け止めようと剣を横に構えるが、高い金属音を立て剣と胸部の鎧は砕け散りグレートソードは地面に食い込んだ。デーモンの騎士は両膝を着き左手でその身を支えていたが、折れた剣に光を宿らせいまだ戦う意思を失っていないようだった。ビヨールは地面に突き刺さったグレートソードを引き抜くと逆手に構え、全体重を切っ先に乗せデーモンの騎士に振り下ろす。鎧を貫きその身を貫通しても止まらぬ切っ先は地面に突き刺さり、十字の墓標がデーモンの騎士を地面に繋ぎとめた。荒い息を整えるビヨールの前にはグレートソードの十字の墓標によって繋ぎ止められた騎士は淡い光を放ちながら消えていった。

「終ったぞ! デーモンが」

 長年掛けて自らが鍛えた技と体と心、その力は悪魔さえも打ち倒す事が出来ると確信しビヨールは笑った。自らの道が間違っていなかったと高らかに笑った。そして十分に笑った後いまだ動けないでいる自らを助けてくれた者に持っていた満月草を飲ませると立ち上がらせた。

「貴公、やるものだ。まぁ、所詮デーモンの真似事、真の騎士には及びもつかんが」

 騎士は技や力だけではなく《信念》もなければならない。ビヨールにとってデーモンの騎士は所詮姿かたちだけを真似たに過ぎない存在だった。落ち着いてくると折れた骨が痛み出しビヨールは通路の隅まで移動すると座り込んでしまう。助けた者の話では獣の神殿に生存者が集まっているらしい。ビヨールは魔女ユーリアが二の門近くの塔に囚われ手居ることを伝え、助けてくれと頼むとその者は快く引き受け来た道を引き返すと言ってくれた。ビヨールは安心し目を閉じる。

「さぁ、貴公は先に行ってくれ、年波か、少し疲れた、少し眠る」

 眼が覚めたら自分も楔の神殿に移動すると伝えビヨールは意識を闇にゆだねた。


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