小説/短編

Written by Rt


『騎士の敬称』

空が黒い。吹き荒れる風と雨がこの広く汚れた大地を打ち付け、黒雲を縫うように稲光が見える。山間部に見える川は濁った水がとめどなく溢れ、崖は流れてくる膨大な量の雨水で滝のようになっていた。

「この戦争ももうじき終わりか、随分とあっけないものだが、それも当然か」

男の視界に映る数機のACの残骸。粉々に吹き飛んだものや綺麗にコアだけ打ち抜かれたものまで様々だ。つい数日前まで戦場を『支配していた』存在。新たな力の前に薙ぎ払われた鴉達の骸が転がっている。

「あう…うぐ、ぐ…」

骸の一つが少しずつ動きだした。コアから下は吹き飛んでいるが、ライフルだけはその手に握りしめられている。翼をもがれた鴉は健気にも突きつけられた死にあらがう。いや、最後の足掻きといった方がただしいか。

「まだ息があったのか?運の良いやつだ」

かすかに息のある鴉にゆっくりと歩みより、レーザーライフルの銃口を突き付けた。

「命乞いでもしてみるか…?それによっては助けてやらんこともない」

「何者だ…貴様…なんだその機体は…」

「新しい力だ、もう貴様らレイヴン共の時代ではない」

引き金を引く。光がコアを貫いた。動かなくなったACを踏みつけ、潰す。

「くくく…っはっはっはっは!!!」

脆い、レイヴンなど。この力の前には赤子同然だ。

「これが…これがレイヴンか!?これが戦場を支配する力か!?この程度の力でよくそんなことが言えたものだな!!」

潰す足に力が入る。ぐしゃぐしゃになったコアから煙が上がる。

「あの世で悔いろ…この私に挑んだ事をな…!」

もうコアの原形がないほど踏み潰されている。みるも無残なACの残骸に男は顔のにやけが止まらなかった。

「…スク…マウロ…様…!!マウロスク様!!」

急に耳をつんざくような大声が響きわたる。オペレーターの声だった。

「何事だ?」

「勝手に通信を切られては困りますっ!いきなり通信が途絶えた私の身にもなってください!オペレートするのが私の仕事なんですからっ!」

ものすごい怒声だった。思わずのけぞってしまう。

「なにを偉そうに…私にはオペレーターなどいらんと言ったろうが」

「そういうわけにはいきませんよっ!リンクスには専属のオペレーターがつくことに決まったんですから!文句があるなら上層部に直接申請してくださいよっ!!」

「もういい、わかったから静かにしろ 任務は完了した」

このままどなられ続けたら間違いなく耳がおかしくなる。こいつのせいで鼓膜が破れでもしたら笑い者だ。

「む…早いですね…さすがは『ネクスト』といったところでしょうか…でもあなたが通信を切っていたせいで追加任務が伝えられませんでしたよ?山岳地帯に向かったアルドラのAC部隊からの通信が途絶えました、近くにいるリンクスがあなたなので調査に向かってほしいと」

「くだらない任務など願い下げだ、敵はACか?」

「おそらくそうでしょう、AC以外に手こずるはずないでしょう?」

「ふん、まぁいい」

嵐がさらにひどくなってきた。ネクストのPAに打ち付けられる雨の音がさらに大きくなる。巡航型OBに切り替え、雨で泥沼と化した大地を疾走する。山岳地帯までおよそ10分といったところだ。視界がかなり悪い、嵐のせいで光学兵器の性能に異常が懸念されるが、たかがAC相手なら背部武装のASミサイルでなんとかなる。次もたいした任務にならなそうだ。

山岳地帯が見えてくる。ところどころ土砂崩れが起きたらしく、まともな道は岩でふさがれていた。山道ぎりぎりをしばらく道なりに進むとACと思わしき残骸が見えてきた。これがおそらくアルドラのAC部隊のようだが、SOS救難信号が発せられていないところをみると誰一人生きていないようだ。

「生存反応なし、無駄足か」

「そうですね…念のため周辺の探索……あっ!熱源!?ACです!」

頭部のカメラアイを遠距離のものに設定すると約1キロ先に確かに機影を確認できる。黒いACだった。
崖の頂に立ち、こちらを見据えているようにも見える。ものの数秒でACに接近、崖の下に着地して黒いACをロックにとらえる。

「この私を見下すか、なんだその眼は」

こちらの無線をオープンにして話しかけるが向こうからの応答はない。黒いACは赤いカメラアイをこちらに向けている。

「くくく…敵ACを確認、レイヴンだ。ネクストAC『ラムダ』戦闘に入る」

肩のASミサイルポッドが開き、崖の上のAC目がけて発射。熱源を確認したミサイルは一直線にACに飛来する。ACはサイドステップとOBでミサイルを回避し、後退を始めた。

「敵AC、撤退を開始しました!追撃を!」

ACのOBなどネクストのOBに比べれば止まって見えるようなものだ。あっという間に距離を縮める。ACの背後をとらえレーザーライフルの引き金を引こうとした瞬間、ACが肩の旋回ブースターで急旋回し、背部のグレネードキャノンで谷の岩盤を打ち抜いた。

「!?」

すさまじい轟音と共に岩盤が崩れ、落石が雨のようにネクストを襲う。

「ぐあぁ!?なんだと!?」

ネクストの数倍はあろう巨大な岩がPAにのしかかる。下手な銃弾より何倍も威力があった。PAが出力を失いはじけた。強力な盾が崩れネクストの機体が露わになる。

「貴様…下らん真似を!!」

クイックブーストを吹かして機体をひねり岩盤を押しのけたその瞬間、黒いACのグレネード弾がラムダの左腕に命中。腕の装甲を吹き飛ばされた。

「ぐっ…!」

間髪入れずにACはブレードを展開、蒼い刀身がネクストのコア目がけて肉薄する。

「……!!」

刹那、右のレーザーライフルがACを貫いた。AMSの高さがネクストの挙動に表れたのだ。その一瞬がマウロスクの命を救った。
ジェネレーターを破損したらしく、ACは炎を上げ滑落してゆく。

「…見逃すと思うか!」

燃えるACにミサイルを乱射。次々に機体に突き刺さり爆発したミサイルによってコアから半分が吹きとんだACは谷底の濁流にのまれ、消えていった。

「この私に傷を…レイヴン風情が…」

雨がすこしずつおさまり始め、雲の隙間から光が差しはじめている。光のさした大地に、新たな支配の前に転がっているのは多くの鴉達の骸だった。あまりにも唐突に、あまりにも巨大なその力の前に薙ぎ払われたかつて戦場を支配した英雄たちの姿はあまりにも無残な形として残り、そして消えていった。
後に『国家解体戦争』と呼ばれるこの戦争は六大企業の一方的な奇襲と30機に満たない新型AC・ネクストの圧倒的な戦闘力により約一ヶ月あまりで終結。世界は今までの世界国家に変わり、六大企業が支配する新時代へと変貌を遂げたのである‐‐‐。


国家解体戦争から数年。六大企業は世界各地に統治支配域を広げつつあるが、まだまだ支配に必要な駒
が絶対的に不足していた。そのため各地で国家の代わりにいくつかの軍閥が派閥をきかせる隙を与えることになった。とはいえネクストを有する企業連合体・パックスエコノミカに旧世代兵器を主力とするコロニーが太刀打ちできるはずもなく、多くのコロニーはパックスの支配下に置かれている。だが中にはパックス統治下に賛同しないコロニーも所々に存在しており、目下パックスの勧告令の対象になっている。平和的解決を表向きにしているパックスだが、その気になれば対象とするコロニーなどネクストを投入すれば一気に統治することもできる。しかしあくまで話し合いで解決したいのがパックスの考えだ。力での統治は反乱を招き、民衆の不満を煽る。戦闘のきっかけをパックスは必要としているのだ。パックスは正義、従わないコロニーは悪。パックスを正当化する明確な理由が必要なのだ。

ネクストが一機、帰路についていた。つい数時間前にラムルというコロニーを陥落させたところだ。インテリオル・ユニオンの勧告令に頑強に抵抗を続けていたラムルだったが、痺れをきらしたインテリオルが強行策を決行。レオーネメカニカの輸送部隊を襲撃し、他のコロニーに輸送中だった食糧物資をラムルのAC部隊が強奪したといわれのない理由をつけてネクストを投入する。ラムルは反論してきたが弁解の余地もなくレオーネのネクストに叩き潰された。

「寄せ集めのクズレイヴン風情でこの私が止められると思ったか…?」

燃え盛るコロニー・ラムルを眼下に一人リンクスがつぶやく。

「格が違うんだよ…格が…!」

『サー・マウロスク』 インテリオル・ユニオンを構成する企業の一つ、レオーネメカニカ社に所属しているリンクスである。国家解体戦争後に与えられたリンクスナンバーは9。リンクス十傑に名を連ねる現レオーネの最高位リンクスだ。自尊心と野心が強く、レオーネからは運用に細心の注意を張られているという変わり者である。
そのことをマウロスクは知っていたが、別に気にするところでもなかった。むしろ警戒されることは優れた力をもった自分には当然の反応であると思っている。
レオーネ本社に到着し、ネクストハンガーで耐Gジェルを洗い流し、用意されているリンクス専用のVIPルームに向かう。

「サー・マウロスク ご帰還!!」

レオーネ軍の指揮官が号令すると兵士たちはマウロスクに向かって一斉に敬礼をする。これもリンクスであり騎士階級の自分にとってはいたって当然のことだ。

「少しは彼らを労わってもいいんじゃないでしょうか?無反応で通り過ぎる神経が分かりません」

いつの間にか横にオペレーターのリンが付いている。

「ふん…お前は相変わらず私に対する敬意がない」

ガレージを抜け、本社の中を歩いている途中途中でレオーネ社の女の子達がマウロスクを一目見ようと集まっていた。手を振ってきたり挨拶をしてきたりするが、目もくれず通り過ぎる。

「挨拶くらいしたらどうですか~?」

「うるさい」

「ほんっとマウロスク様ってもったいないですよね~せっかく男前なのに~」

「うるさいぞ」

「いつもツンツンしてるんですもんね~マウロスク様がすこーし優しくしたら女の子なんていちころですよ~?w」

「静かにしろ」

「ほんっともったいないんだから~ツンツンじゃなくてせめてツンデレならなぁ~」

「…(ツンデレ?)」

そうこうしているうちに部屋につきマウロスク専用の大きな椅子にすわり、一息つく。

「紅茶を…」

「今入れてます」

「うむ」

デスクにあった書類に目を通す。今日襲撃したコロニー・ラムルについて書かれていたものとホワイトアフリカの反体制組織・マグリブ解放戦線について書かれていた。

「ふん…世も末だな 反体制組織がネクスト保有とは」

ここ数年間で北アフリカを中心に勢力を拡大しつつある反体制勢力がマグリブ解放戦線だ。ノーマル、MTはもとい、弾道ミサイルや大型対空機関砲など旧式兵器の横流し品であろうものを躊躇なく使用し、マグリブ解放の大義のもとパックスに対し抵抗の意思を見せている武装勢力である。ノーマルを主力とする武装勢力など珍しくもなんともないのだが、この数年間でマグリブ側にネクスト戦力の存在が確認されてから事態は急変した。『砂漠の狼・アマジーグ』。マグリブ解放戦線に所属するこのイレギュラーに対し、パックスはGA・イクバールのネクスト及びノーマル部隊による掃討作戦を何度も決行するものの、そのことごとくを返り討ちにされ自社のオリジナル戦力をも失いかけるという大敗をおかしている。それほどアマジーグの戦闘力は異常だった。

「…その戦闘力はリンクス十傑にも匹敵?ふざけた記事だ AMSもろくにないリンクスごときに私が負けるかバカめ」

「パックスももうカンカンに怒ってますよ~今度はGA社が推薦した独立傭兵を送り込むとか」

「独立傭兵?GAの厄介払いか、所詮は捨て駒だろうな。どこの独立傭兵だ?」

「えーと確か…アナトリアの独立傭兵だって聞きました」

「知らんな、無名か。新参の傭兵を送り込んでなんになる?叩き潰されて終わりだ」

紅茶を飲み終えると今読んでいた記事をクシャクシャに丸めてポイッとゴミ箱へ投げる。

「もー入ってないですよ」

「さっさと拾って部屋を出ろ、私はもう休む」

不意に首にかかっているペンダントに手をかけた。気になったようにリンが聞いてくる。

「マウロスク様そのペンダントいつもしてますよね?まさかその中に恋人の写真でも…??」

「東洋人はいちいち小賢しいな まぁ、お前に限ったことか…早く行け」

手でしっしっと追い払うように出て行けと促すマウロスク。むーっと顔を膨らませながらリンは部屋を後にしていった。
再びペンダントを見つめる。開封式になっているそのペンダントの中には笑顔の眩しい三人の幼い子供の写真が入っていた。それは幼いころのマウロスク、レオハルト、そして---妹のニアだった。
 
 


私の家は高名な騎士の家系だった。幼いころから何不自由ない暮らしをし、大きな屋敷に住んでいた。
父は貴族であるレオハルトの家と親しく、そのつながりでレオハルトとはよく顔を合わせる機会が多かった。よく親子で屋敷に訪れるので自然と話すようになり、よく妹と一緒に庭で遊んでいたのを覚えている。幼いころから礼儀正しく貴族らしい子供だったが、どこか抜けており泣きむしでもあった。なんというか弟のような感じでもあったのだ。
ニアは七つ年の離れた妹だった。誰に似たのか影響されたのかおしとやかな感じとはほど遠く、やんちゃな妹だった。

「おにいちゃん みて! けむしっ!」

よく庭で見つけた虫を持ってきて私たちを困らせていたのを覚えている。特に私は虫が苦手だったのでとても困っていた。

「おにいちゃんってどおして虫さん嫌いなの~?かわいいのに~」

「う、うるさいっ! ダメなものはダメなの!それからお兄ちゃんじゃなくてお兄様って呼びなさいってお母様から言われてるでしょ!」

「言いにくいからやだ」

「もうお兄ちゃんでいいんじゃないか?僕もその方がいいとおもうよ」

無責任なレオハルトの発言。ニアは嫌だと言ってとっとこ走っていってしまい、それを見てレオハルトはにやにやと不敵な笑みを見せる。

「お兄ちゃんも形無しだね」

そう言われた私は思わず、うっとする。確かに形無しだった。

「でも羨ましいなー、僕には弟も妹もいないから」

ははっ、と苦笑いし石の上に腰かけると、レオハルトは私を見てこう言った。

「ニアちゃんは君のことを『優しくて最高のお兄ちゃん』だって言ってたよ 恥ずかしいから君の前では言わないだろうけどね、ちゃんとあの子は君の事を信頼してるんだね」

「ははは…信頼かぁ」

急に照れくさくなり下を向く。なんとも歯がゆい感じに襲われた。

「おにいちゃん、レオ君なにしてるの~?こっちこっち~!」

ニアが遠くで手を振っている。今行くよ~とレオハルトが手を振り返して走って行った。私の顔からふふっ、と笑みがこぼれる。私は幸せだった。信頼できる親友がいて最愛の妹がいる。それだけで私は……。

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「レイ…ヴン…?」

つい数時間前に街を火の海にした奴ら。大勢の人を巻き込み、殺した。父からその名を聞いた。病院のベッドの脇で泣き崩れる両親。ベッドに横たわっているのは-----ニアだった。
レイヴンを中核とした武装組織が私の住んでいた都市を襲った。今朝いつものように学校へ車で送られていったニアは守備隊と武装組織の戦闘に運悪く巻き込まれたのだ。守備隊は壊滅させられ、都市にあった物資はことごとく奪われ、近隣の都市から救援が来るころにはすでに奴らの姿はなかったらしい。
レイヴンのACがニアの乗っていた車を襲った。無差別な攻撃だったそうで車はほとんど原型のないほどグシャグシャになっていたそうだ。

この部屋に入った時からわかっていた。もう、ニアが動かないことを。いつも笑顔で…いつも私を困らせていた妹が。

死んだ。

分からなかった。

 
どうして?どうして?どうして?どうして? 勝手に涙があふれてくる。どうしてニアが死んだ?妹が何をした?どうして死ななきゃいけない?

どうして----どうして----!!

心にどす黒い鉛のような物が落ちる。

「許さない…」

こらえようのない悲しみが怒りとなり弾けた。歯を食いしばり、握った手に爪が食い込む。私は--誓った。妹を…ニアの命を奪ったレイヴン共に---。

復讐を---。


 

その日を境に私は変わった。『力』を求め始めたのだ。レイヴン共を殺せる圧倒的な『力』が欲しかった。そのために私は多くの兵器書を読み漁り、ACの操縦技術を身につけるため軍のAC部隊に志願した。必死だった。レイヴンを殺す。その思いだけが私を突き動かしていた。そこで私は多くの人間を押しのけ、蹴落とし、踏みにじってきた。

「っはっはっはっは!!」

「もうよせマウロスク!勝負はついている!止めるんだ!」

上官からの怒号が響く。闘技場の中心で軍用ACが同タイプのACを何度も何度も踏みつけている。

「立ち合いは中止だ!何をぼさっとしているお前ら!マウロスクを止めろ!」

弾かれたように兵士たちのACは私のACを止めにきた。

「…(奴は危険だ…このままでは…)」

周りから何と言われようと気にもしなかったが、ある日私は部隊をやめさせられた。
仲間を仲間とも思わない奴に我々の後ろは任せられない、と。

「屑が…後悔するぞ…」

そう私は吐き捨てると部屋を出て行った。 

それから半年、私のもとにレオーネメカニカ社の者だと名乗る男が現れた。軍にいたころに受けた怪しげな検査のことについて直接言いに来たらしい。
私が怪訝な顔をするとその男は唐突に『適性が確認されました』と言い出した。何のことだと言い返すとその男は『あなたは選ばれた人間です。あなたには世界を変える力がある』と言い放った。ふふっ、とその男は笑うと、詳しくは本社でと言い、私をいざなった。

その数日後、高いAMSを偶然兼ね備えていた私は両親の反対を押し切り、リンクスになった。そして騎士の敬称である『サー』を名乗ることになる。本来この名は世襲が許されるものではないが、父がそれを許してくれた。
自分の誇りを父は私に託したのだ。誇りなど、レオハルトが好きそうな言葉だと思った。
何にせよその敬称はこの世界で動き回るのに必要だった。権力が横行するこの世界で優位になる。
そしてついに手に入れた、私が求めていた圧倒的な力、『ネクスト』を-------。
私は選ばれたのだ。選ばれた人間が力を手にすることを許される。見せてやるよ、レイヴン共。選ばれた者の力を。私から妹を奪った貴様らに教えてやる……本当の格の違いってヤツを-----。

その数ヶ月後、後に『国家解体戦争』と及ばれる紛争にマウロスクは身を投じる。圧倒的な戦闘力を見せつけたマウロスクだったが、あるレイヴンの駆るACに手傷を負わされるという失態を犯し、それによりマウロスクは本来よりもわずかに戦績をおとし、No.9の功績を得ることとなった。納得がいかなかったが、それよりももっと納得がいかなかったことがあった。
レオハルトである。彼はローゼンタールのリンクスとして国家解体戦争に参加し、輝かしい戦績を納めていた。その実力が認められNo.4の功績を得ていたのだ。
戦争の後、二人はBFFの本社兼豪華客船・クイーンズランスでの戦勝会で再会した。
以前の自分なら手を取り合ってレオハルトの功績を喜んだだろう、だがそうではなかった。数年ぶりの再会で感じたのはレオハルトの功績への妬みと憎悪だった。
私がこいつよりも下。昔は弟同然だったレオハルトが自分よりも上。なぜ----?
認められるか---。
レオハルトと少ない会話をしただけでマウロスクはその場を去った。認めない。認めたくない。
かつての親友とはそれっきりであとは何もない。自ら心の扉を閉ざしてしまったのだから。


「マウロスク様ぁ~起きてくださいぃ~」

ゆさゆさと体を揺さぶられ、起こされる。いつの間にか寝てしまっていたようだ。

「勝手に部屋に入るなとあれ程…」

「お客さんですよ、どうぞ~」

入るぞ、という声の後ドアを開けて入ってきたのは同じレオーネの同僚のなんとも美しい女性だった。当然マウロスクは誰であるかをわかっている。

「…カスミか」

「随分とお疲れのようだな 起こして悪いな」
適当な謝罪をすると近くにあるソファーにドカリと座ったその女性は、レオーネ社のリンクス霞・スミカである。すれ違う男たちを思わずふり返させるその美貌はレオーネ最高戦力そのものだった。

「吉報、というべきか…ホワイトアフリカに派遣されたアナトリアの傭兵がアマジーグを破った。つい先ほどだ」

「なに…?私が寝ている間にか」

ぴくりと眉毛がひきつる。アナトリアの傭兵と言えばあの記事に書かれていた新参の傭兵のことだ。

「奇襲作戦がマグリブ側に露見していたらしい、それと回収されたアマジーグの機体からオーメル製のブースターが見つかった これがどういうことか…わかるな?」

「マグリブ側を背後から支援していた企業があり、それがオーメルである可能性が高い…か?」

「そうだ、奴らが意図的に加担したかどうかは測りかねるが、どうやらその可能性が高いらしい 公にはできんがな」

裏で動き回るのが得意な連中とは聞いている。だが可能性が高いだけで明確な証拠がない。たとえブースターがオーメル製のものだったとしてもそれを本当にオーメル自身が提供した物とは言い切れない。公にしてもオーメルは当然否定し、また関与も否定するだろう。これが事実なら抜け目のない連中だと言える。

「アナトリアの傭兵とは何者だ?よくネクストを動かせる駒を見つけたものだな」

「適性はかなり低いらしい、ネクストを運用できるギリギリのレベルとか。GAが得た新たなカードだ」

「適性が低い?はっ!適性が低いもの同士の戦闘など大したものではないだろう たまたまその傭兵が勝ったに過ぎんな…他には?」

「そうだな…元レイヴンだというのを聞いたな。たしか伝説的な凄腕のレイヴンだったとか、それぐらいか」

「…レイヴンだと…!?」

顔がひきつる。忘れもしない思いが蘇ってくる。

「どうかしたのか?」

はっとしたリンがスミカの耳に手を当て、ごにょごにょと耳打ちをしている。どんな内容かは察しがつく。

「…そうか、悪かったな。ではそろそろ私は失礼する、何かあれば伝えるよ」

出されていた紅茶を飲み干すと部屋を出て行った。

「………」

「あの…マウロスク様、スミカ様も悪気があったわけではないので…」
誰がどう見てもマウロスクの顔は不機嫌な感じだった。さすがのリンも恐々となってしまう。

「リン 」

「えっ!?あっ…はいっ!(初めて名前呼ばれた…)」

「アナトリアの傭兵をマークしろ、今後入ってくる情報は全て私のところへ持ってこい いいな?」

「はいっ!」

目を輝かせながら廊下にまで響くような返事をし、スキップしながらリンは部屋を出て行った。

「なんであいつはあんなに張り切っているんだ…」

その後のアナトリアの傭兵は新参の傭兵とは思えないほど注目され始めた。やはりアマジーグを破ったのが一番大きかったようだ。GAのガニア資源基地でマグリブ解放戦線もう一人のイレギュラー・ススのアシュートミニアを粉砕し、玉砕覚悟でアナトリアを襲撃したマグリブ解放戦線の残党たちもアナトリアの傭兵によって壊滅させられている。
それからというものGAの先兵として様々な依頼を受けこなし、その任務遂行率の高さは企業オリジナルにも匹敵し始めた。迅速かつ的確に任務を遂行するのはレイヴン時代の名残というのか。ますます気に入らなくなってくる。そんな中事件が起きた。
アルドラのオリジナルであるシェリングが戦死した。ドルニエ採掘基地攻防戦で再度攻撃にでたGAの繰り出したアナトリアの傭兵により、アルドラの主力フロートノーマル部隊とシェリングの駆るネクストが敗れた。
この事件はGA以外の企業の顔を曇らせる結果となり、アナトリアの傭兵の価値を一気に押し上げることとなった。オリジナルが非オリジナルに敗れる、あってはならないことだった。あってはならない…それは数ヶ月後GAも思い知らされることになる。

GAとGAEの内紛。GAEのハイダ工廠で製造されていた兵器を破壊するためにアナトリアの傭兵を派遣すると同時に傭兵の抹殺を実行する。明確なミッションプランを告げられないまま、派遣されたGAのオリジナル、メノ・ルーは必然的にハイダ工廠内で傭兵と鉢合わせになった。そこまではGAの思惑通りだったが、誤算が起きた。

メノ・ルーが工廠内でアナトリアの傭兵に撃破され戦死したのだ。まさかの結果に愕然とするGAだったが、さらに厄介な事が起きた。GAEと兵器を共同開発していたアクアビットがそのハイダ工廠襲撃を自分たちへの宣戦布告だと難癖をつけて言いかかってきたのだ。GAは自ら地雷を踏んだ。内紛がきっかけとなり、世界は二つに分かれることになる。すなわち、アクアビットを盟主としレイレナード、BFF、インテリオル・ユニオンを与する『アクアビット陣営』。オーメルサイエンスを盟主とし、ローゼンタール、GA、イクバールを与する『オーメル陣営』に分かれ、ここにパックスで初の企業間直接戦闘の火ぶたが切って落とされたのだ。


「だからって奇襲しますか普通?」

慌ただしく駆け回っている兵士たちを眼下に見下ろしているマウロスクの後ろでリンが呟いた。
アクアビット陣営の奇襲作戦により、今オーメル陣営は劣勢に立たされ始めている。ネクストを中核とした奇襲は戦闘準備中のオーメルの主要基地を片っ端から襲撃し、壊滅させている。それが功をなして今オーメル陣営は防戦一方だった。

「ふん、確かにな。奇襲などせずともこちらの勝ちは見えている」

レイレナードが友軍の時点で優勢だと言っていい。遊撃として単機で行動しているNo.3のアンジェなどすでにイクバールのネクストを2機撃破、No.11のオービエ、次いでNo.12のザンニも各1機ずつ敵陣営ネクストを戦闘不能にしている。それだけレイレナードはネクスト及びリンクスの技術・戦闘レベルが高い。

「それゆえにインテリオルは支援か、私を有しておきながら気に入らんな」

外では兵士たちが鋼鉄板の運搬をしている。組み立て式の大型バリケードの様だ。いったいどこで使うのかは測りかねる。一通り外を見終わり、椅子に座って紅茶を飲もうとしたその時部屋のドアがノックされた。リンに誰が来たのかを確認させる。開かれたドアの先には背の小さな少女が立っていた。

「あ、あの…初めまして」

たどたどしく挨拶をした少女が誰なのか全くわからない。というかなぜ子供がこんな所にいるのかすら分からない。

「そんな所にいつまで立っている、用があるなら入れ」

そう言って入るように促すと、少女は失礼します、と言って部屋に入る。

「そこに座れ。リン、確か来客用にクッキーがあったはずだ、紅茶はミルクティーにして一緒にだしてやれ」

マウロスクもソファーに移動し、向かい合う形で座った。少女は緊張しているのかやたらもじもじしていた。
じれったいのでこちらから話を切り出す。

「レオーネのマウロスクだ、用があるならきちんと話せ、黙っていては分からんだろう」

「あ、はい!…えと…あの、レオーネ社のセーラ・アンジェリック・スメラギです」

弾かれたように少女は話し始めた。ただの恥ずかしがり屋のようだった。

「レオーネの?子どもなのにか?」

「えっと…一応わたしもリンクスです」

「なに!?」

ライトブロンドカラーの長い髪、ブラウンの大きな瞳、まるで西洋人形のような容姿のこの子供がリンクスだとはまったく思わなかった。

「知らなかったんですかマウロスク様?セーラちゃんはれっきとしたレオーネのリンクスですよ?」

二人分の紅茶とクッキーを運んできたリンが言う。リンクスということにもちろん驚いたが、マウロスクは別の事にも驚いていた。どことなく似ているのである。妹のニアに。

「えと、今日お伺いしたのは私がインテリオルの重要な任務にあたらせてもらう事をお伝えしようと思って来たんです」

「…どんな任務だ?」

「はい、ローベルトマイヤー付近の守備任務です 霞・スミカ様と二人であたらせて頂くことになりました」

「ローベルト…大橋か」

巨大な渓谷をまたいで架けられたインテリオルの主要輸送拠点、ローベルトマイヤー大橋。インテリオルはこの大橋を利用して前線のレイレナード、BFFの部隊に物資を輸送している。輸送の半分以上はこの大橋が利用されていることを知ったGAは攻略部隊を派遣し、補給路を分断する作戦に出たらしい。その大橋を守るのは確かに重要な任務だ。

「上の方々からもマウロスクさんには報告しておいた方がいいと言われました」

なるほど、用はこちらの機嫌を損ねないようにするためのものだ。それほどマウロスクの運用に注意を払っていることがうかがえる。

「カスミもいるなら問題はあるまい 敵にネクストの情報はあるか聞いているか?」

「いえ…ネクストが出てくる可能性は薄いと聞きました」

「そうか、なら私の所にくることはなかったな」

目の前のミルクティーを飲むように促す。いただきます、とセーラはティーカップを口に運んだ。

「年はいくつだ?」

「あ、えっと…14になりました」

「子供を戦場に送りむとはな、適性者は見境なしか…両親か兄姉はいるのか?」

「物心ついたときから施設にいたんです…両親のことはあまり覚えていなくて…兄姉はいません…」

えへへと笑ってはいるが無理をした顔だった。辛いことを経験してきた顔だとマウロスクは思う。

「あの…マウロスクさんはご家族は?」

「父と母は生きている、随分会ってはいないがな……後、私には妹がいた、もう何年も前にな…死んでしまった」

「ご…ごめんなさい!あの…そうとは知らなくて…」

申し訳ないといった感じでセーラはうつむく。しょんぼりした時の感じもどことなくニアに似ている。

「気にするな、お互い様だ………そうだ、ちょっと待っていろ」

思い出したようにマウロスクは立ち上がり部屋の奥へ消えていった。少しして戻ってくるとセーラの手の上に奇麗なペンダントをのせた。

「えっ?あの…これは?」

「昔、妹がしていたペンダントだ、お前にやろう」

「そ、そんな大切な…!う、受け取れません…」

セーラが驚いている横で、リンがもっと驚いていた。口を大きく開けて唖然としている。

「良いんだ、きっと似合う。私が持っているよりお前が持っていたほうが良いだろう」

自分でも驚くような行動だったが、なぜかそうしたくなった。セーラにあるニアの面影がそうしたのだろう。

「あ、ありがとうございます…!大切にします…!」

嬉しそうにセーラは首にかけ、はじけんばかりの笑顔を見せた。

「綺麗なペンダント…本当にありがとうございます…!」

セーラがお礼を言っているその横でリンがマウロスクに物欲しそうな瞳で訴えかけている。

「マウロスク様ぁ~私にも何かください~」

「…は?」

醜い大人の物欲だった。子供の純粋な気持ちと比べることすらしたくない。

「お前はこれでも食っていろ…!」

セーラの前に出されていたクッキーを一枚つかむと、リンの口に無理やり押し込んだ。むーっと顔を膨らませながらもリンはクッキーを食べ始める。

セーラはその後何度もマウロスクに礼を言うと笑顔で部屋を後にした。その日レオーネ社ではあのマウロスクが女の子にプレゼントを贈ったという噂でもちきりだった。誰に送ったかということはリンが伏せていたので、セーラは何事もなく過ごせているようだ。


その数日後、部屋にいたマウロスクを驚かせる事態が起きる。

「なんだと…!?それは確かなのか!?」

「はい…!情報によると確かに…このままじゃセーラちゃんが…」

ローベルトマイヤー大橋にGAの大部隊とともにアナトリアの傭兵が派遣される。リンが持ってきた情報に誤りがあったことは一度もない。生意気だがリンは信用のおけるオペレーターだ。

「いくらカスミが一緒にいようと…相手が奴では…」

それだけアナトリアの傭兵は危険だった。得体が知れない。奴は私が仕留める、奴らには、レイヴンには忘れることが出来ない因縁がある。部屋を飛び出し、衛兵を押しのけレオーネの上層部がいる部屋へ入る。
会議中だったらしく、中には殆どの重役とレオーネの代表と言える女、そしてスミカとセーラがいた。唐突に入ってきたマウロスクに対し、代表の女が口を開いた。

「どうしたのですかサー・マウロスク?あなたはこの会議には招集されてはいない筈です」

「大橋には私が向かう、悪いがここは譲れん」

重役たちがざわめき出す。突然の事に周りも動揺している。

「そんな勝手な事が許されるとでも思っているのですか?ローベルトマイヤー大橋には空挺部隊と霞・スミカ、セーラ・アンジェリックを派遣すると決定したのです。いかにあなたといえどこれは決定事項です、覆りはしません」

当然の答えだがマウロスクは食い下がらない。

「派遣されてくる敵ネクストを貴様らは確認したのか?アルドラのシェリングを殺したあのアナトリアの傭兵だ。リンクスといえど、ましてや経験の浅いセーラが無事帰還できる相手か?こんなところでリンクスを無駄死にさせるような人選など私は認めん 大橋には私とカスミが向かう、まだ異論はあるか!?」

ネクストはまた開発すれば替えはいくらでもきく、だがリンクス自身はそうではない。

「…しかし」

「私を温存しているというなら願い下げだ、私はベンチを温めるためにインテリオルにいるわけじゃない」

そう言うと部屋を後にし、ネクストハンガーに向かった。今から出撃すればすぐに空挺部隊と合流できる筈だ。

マウロスクが部屋を後にした後の部屋では代表の女が頭を抱えていた。

「彼の運用には本当に骨が折れますね…上層部にここまで好き放題言えるリンクスは他にいないでしょう」

大きなため息を吐き、女が言った。

「仕方ありません、大橋には彼を第2派の援軍として、霞、あなたは第3派の援軍として向ってもらいます。セーラ、あなたには別の任務を任せましょう それと霞、彼に伝えておいてください 帰還した後は厳罰が待っている事を覚悟しておくようにと」

深々とスミカは頭を下げ、セーラと共に部屋を後にした。


「~だそうだ、覚悟しておけよ」

ネクスト・ラムダの中でマウロスクはスミカからその内容を聞いた。ふっ、と笑みがこぼれる。

「好きにしろ、それが出来ればの話だがな」

「それとセーラからだ すいませんでした、だそうだ」

いかにもセーラらしい言葉だ。

「お前の先に空挺部隊の第2軍が進軍しているから合流しろ、彼らはセーラが来ると思っているからふ抜けきっているだろうな。まぁお前が現れればその心配もなくなるか。私はシリエジオの整備が済んだら向かう、それと…」

「なんだ?」

「…死ぬなよ…?後が色々面倒なのだからな」

「ふん」

激励にも取れるスミカらしい言葉だ。スミカからの通信を切るとリンの通信に切り替える。

「マウロスク様、前方に空挺部隊です、部隊長さんに通信開きますよ~」

「聞こえるか?こちらレオーネのマウロスクだ。合流する、応答しろ」

向こうの無線から驚嘆の声が聞こえてくる。セーラが派遣されてくると思っていたからショックは大きいだろう。

『こ、こちら空挺部隊第2陣・部隊長のドイルと申します…マ、マウロスク殿であらせられますか?』

やたらおどおどしている男だった。マウロスクの評判を聞いていれば大抵の兵士はこういった反応をする。

「そうだ、何度も言わせるな」

『も、申し訳ございません!!』

巡航型のOBの速度を落とし、ドイルが乗っている飛行型ノーマルの脇にネクストを着けた。

「ほう、フェルミか…」

インテリオルが誇る空挺母艦・フェルミが第2陣として出撃していた。メリエス製の大型レーザーキャノンとミサイルランチャー、ネクストにも運用されているPAも搭載されている。フェルミが制空権を握っている間は敵は自由に動けない筈だ。フェルミの他にはドイル率いる飛行型ノーマルが17機、大型爆撃機が5機、戦闘ヘリが20機余りいる。決して多いとは言えないが、繋ぎとしては十分と言える。

『大橋が見えてきました!』

ドイルの声で全機が戦闘態勢に入る。マウロスクもネクストのPAを展開する。

「ディフェンスライン確認。防衛目標、ローベルトマイヤー大橋だ」

作戦領域を表示し、地形のデータをリンに転送する。

『みんな!あのマウロスク殿がいらっしゃったんだ!負けられんぞ!』

り、了解…、と各機からばらばらに聞こえてくる。マウロスクに対する妙な緊張と恐怖心が兵士たちにいらぬプレッシャーを与えてしまっている。これではいつもどおりの力を出すことは難しい。チッ、と舌打ちをするとマウロスクは全機に向けて無線をオープンにした。

「貴様らよく聞け!指揮は全てドイルに任せる、貴様らは私を気にすることなく堂々と戦え!」

張り詰めていた空気が切れ、兵士たちの闘志が伝わってきた。マウロスクに対する緊張が不要なものだと兵士たちも理解したのだろう。

「全機、私の足だけは引っ張るなよ!せいぜい生きて帰れるように戦え…幸運を祈るぞ…!」

「「「「『イエス・サー!!!!!!!!!!』」」」」

耳をつんざくような掛け声におもわずのけぞる。帰還したら後は許さん…という気がマウロスクに生まれた。
耐Gジェルの抵抗を受けながら、パイロットスーツの内側のペンダントを握る。笑顔のセーラが頭に浮かんできた。ニアに似ている。この任務を無理に志願したのもそのことが関係していた。アナトリアの傭兵の名が出てきたとき、セーラが死ぬだろうと思ったのだ。このまま大橋の任務を受け、アナトリアの傭兵と交戦し、死ぬ。 

死なせたくなかった---。 

もうあの時の無力な自分とは違う。「力」がある。

セーラにあった妹の面影がマウロスクをそうさせたのだ。

大橋にネクストを着陸させる。眼下に広がるのは味方の無残な残骸。そしてその中に立つ1機の黒いネクスト。なぎ倒された鋼鉄製のバリケードが見える。あの日兵士たちが運んでいたものだった。

間違いはないはずだ。マウロスクはネクストを通常モードから戦闘モードへと切り換える。 
ネクスト機、ローゼンタールタイプ・オーギル。カラーリングは黒。該当データなしの不明機。ローゼンタール製の突撃ライフル、イクバール製のAZAN、両肩にはオーメル製のスプレッドミサイル、肩には連動ミサイルという広範囲制圧から対ネクスト戦闘までこなすであろう超攻撃型の機体。機体の所々に傷があるが、この戦闘のものではなさそうだ。
赤い眼光がこちらを見上げている。やはりヤツで間違いない。

「貴様が…アナトリアの傭兵か」

黒いネクストを睨みつける。四肢の動きがネクストに伝わっていく。

「教えてやるよ…」

貴様はここで私が殺す----。

「格ってヤツを…!!」


戦闘開始の合図はフェルミのレーザー砲だった。ネクストのハイレーザーキャノンに匹敵するその光線は一直線に敵ネクストに向かっていく。不意を打って放たれたそのレーザーキャノンだったが、アナトリアの傭兵の黒いネクストはたやすくかわし、飛翔する。一定の高さに達するとミサイルポッドの全砲門が一斉に開いた。

『来るぞ!各機回避体勢を取れ!』

ドイルが叫ぶ。黒いネクストからおびただしい数のミサイルが放たれた。

「ふん」

ラムダを飛翔させ、ミサイルをQBで回避。黒いネクスト目がけて突撃する。高速で接近するラムダに臆する様子もなく、黒いネクストは後退し、肩の連動ミサイルポッドをパージ。爆薬が弾け、機体から弾け飛ぶミサイルポッドにヤツは銃口を合わせた。

「ちぃッ!!」

アサルトライフルの弾がミサイルポッドに被弾し、突っ込んでくるラムダは爆発したミサイルの破片と爆風を諸に受ける。めちゃくちゃな目くらましだった。一瞬黒い機影を見失う。

『くそっ!爆撃機1機破損!戦闘ヘリ8機が撃墜されました!』

先ほどのミサイルで受けた被害をドイルが叫んでいる。先手を打たれた被害は大きい。

『反撃する!……なんだ!?熱源!?』

不意に放たれてきたミサイルが飛行型ノーマル一機に被弾。ブースターを破損したらしく、ふらふらと高度を下げていき、爆散した。

「大橋の東に敵反応多数!GAのノーマル部隊です!」

『反転しろ!迎え撃つぞ!』

リンの声でドイル達は敵の増援を迎撃。フェルミを中心に激しい戦闘を繰り広げ始めた。

『マウロスク殿!こちらはお任せを!』

「任せる…」

「マウロスク様!下です!」

下方からのスプレッドミサイルが突き上げるように迫る。OBを発動し、即座に前方に回避。QBを織り交ぜながらミサイルを振り切る。
ミサイルを避けきった機体をアサルトライフルから放たれた対ネクスト用徹甲弾が襲う。瞬時に反応し、回避するものの、恐ろしく正確な射撃だった。

「少しはやるようだな…」

レーザーライフルを構え、放つ。PAは光学兵器には効果が薄い、武装の差でこちらが有利だ。PAを貫通し、黒いネクストの装甲を焼き焦がす。まともに撃ち合ってもこちらが有利である。

「ククク…ならば!」

中距離から近距離の戦闘に切り替える。マウロスクが最も得意とする間合いだった。ブレードを使用するような距離でレーザーを撃ち込めば、ネクストといえど無事では済まない。遠距離から中距離を得意とするスミカとは正反対のインファイト戦法。対するアナトリアの傭兵もこれを迎え撃ってくる。

次々にPAを貫通しレーザーが黒い機体を襲う。確実に敵の装甲が削られていくのが分かる。勝てる---!。勝機が見えてくる。絶え間なくレーザーを浴びせ続ける、一発のレーザーがアサルトライフルAZANを貫き、爆散させた。敵の火力半減。勝利を確信し始めた。

「はっはっはっはっはっは!!!レイヴン風情が!!古臭いんだよ!!折れろよ!!」

距離を離し、ASを連射。ミサイルは全弾命中。爆炎が大橋付近の一角を覆った。

「死ね…そしてあの世で悔いるんだな…!」

爆炎が晴れ、PAに覆われた黒い機体が見えてくる。

「な…!?」

現れた黒い機体には然したる損傷が無い。装甲の表面は焼けているが本当に表面を焼いた程度だった。ミサイルのよる被害すら軽微。目立った被害と言えば左腕にあったアサルトライフルが爆散した程度だった。

「バカなっ…!?」

あのレーザーの雨を寸前で避けていた?全弾命中と思ったミサイルすら撃ち落とされていたというのか?あの距離で?----そんなバカな話があるか!?

赤い眼光がマウロスクを睨みつける。すさまじい殺気を纏った鋭い眼光。レイヴンの眼だ。

「その眼…知っている…貴様まさか…」

そうだ。

「あの時の…」

国家解体戦争当時、谷底でマウロスクの駆るネクストに損傷を与えたACの眼と全く同じだった。地形を巧みに利用し、果敢にもネクストに立ち向かってきたあの黒い機体。

あの赤い眼光、忘れもしない。

「まさか貴様がアナトリアの傭兵とはな…これも因縁か、レイヴン」

アナトリアの傭兵は答えない。ぴくりとも動かずにこちらを見ている。

「リン、悪いが切るぞ」

「えっ!?マウロスク様!?ちょっと…」

通信を切る。リンには悪いが今オペレートは不要だ。

「ククク…どうやら天は私に貴様を殺せといっているらしい…殺す、殺してやるよ…」

「殺してやるよ!!レイヴン!!」

OBで一気に接近、再びインファイトに持ち込む。黒いネクストの顔がはっきり見えてきたところでレーザーライフルの引き金を引き絞る。奴の顔があった場所をレーザーが突き抜ける。下だった。格納ハッチの開く音がし、橙色の閃光がラムダの左腕を突き上げるように一閃。

「!?」

左腕の、人間でいう第2関節から下が切り落とされていた。何が起きたか分からないまま激痛が走る。

「ぐぁ…なんだと…!?」

オーメル製格納ブレード。黒いネクストの左腕に装着されている。接近戦に持ち込んだのが最悪の結果を招いた。
間髪入れずに接近してくる黒いネクスト。反射的に後退してしまいアサルトライフルの猛攻を受ける。強烈な弾丸が装甲を穿つのがAMSを通じて四肢に伝わってくる。
レーザーライフルを放つが突進のプレッシャーなのか照準がブレて当たらない。斬撃。コアを斜めに切り裂かれる。

「クソっ…!!」

黒いネクストが視界の右斜め下に消えた。背後に回られたのだ。振りかぶられるレーザーブレード。とっさに背部のPA整派強化装置の出力を最高にまで上昇させる。機体ENを大幅に消費し、分厚いPAを構成。レーザーブレードを弾き返す。QTで反転し、レーザーを放った、放たれた青い光線は黒いネクストの右肩のミサイルポッドを直撃。パージが遅れ爆発した。
バランスを崩した黒いネクストのコアにゼロ距離でレーザーを撃ち込もうとしたその時、同じようにラムダの背中にあるPA整派強化装置が異常をきたし、爆発。バランスを崩す。レーザーブレードが整派装置を直撃したらしい。2機のネクストは互いのPAを干渉させながら後退した。

ASミサイルが黒いネクストに肉薄する。熱源を認知したミサイルは一斉に敵目がけて迫る。
黒いネクストのサイドブースターが弾け、皮一枚でミサイルを回避していく。OBでの突撃。メインブースターが強烈な推力を爆発させ、黒いネクストが迫ってくる。

川の水を巻き上げながら黒き槍と化したネクスト渾身のレーザーブレード。回避が間に合わず肩の装甲をばっさりと切り落とされる。すれ違う瞬間、強力なソニックブームがラムダを襲う。刃と化した衝撃波はラムダのPAを減衰させる。

「クソっ…!させるか…!」

レーザーが黒いネクストに被弾するが、ものともしない。変則的な動きでこちらを撹乱すると、空中からスプレッドミサイルを発射。機体に突き刺さるミサイルがラムダの装甲を確実に抉っていく。

近距離からのレーザーブレード。間一髪かわし、黒いネクストのコアにレーザーを叩き込む。のけぞる黒いネクストにASミサイルの雨。直撃し、吹き飛ばされる。

「はぁっ…はぁっ…」

息が乱れる。おそらく奴も同じだろう。一進一退の攻防だが、いずれ必ず崩れが生じてくるはずだ。
並のリンクス…ならの話だった。

甘かった---。

今まで捉えていた黒いネクストが一瞬で視界から消える。もはやオーギルのスピードではなかった。
疾やすぎる。捉えられない。弾丸がラムダの装甲に食い込む。

なんだというのだ----。

放たれてくるスプレッドミサイルをQBで回避…出来ない。先ほどまではたやすく避けられたものが。右足の装甲が完全に吹き飛んだ。

「バカなっ…!?避けているはずだ!!」

突き刺さる散布型のミサイル。ラムダのPAが減衰し、弾けた。切り落とされていた腕側の装甲が完全に剥がれ落ち、ぐしゃぐしゃに変形してしまっている。それでも攻撃は止まない。

「私がこんな……!」

ASミサイルポッドが被弾し、爆発。前のめりになるも、黒いネクストの繰り出した蹴りにより、無理やり体勢を立て直させられる。

「なぜ…!?」

もう機体が言う事を聞かない。されるがまま弾丸を浴びせられる。

「なぜだっ…!!」

レーザーブレードがラムダの右足を切り裂いた。推力を失い、地面にたたきつけられる。意識を保つことがやっとだった。岩の段差に寄り掛かるようにたたきつけられ、もう立つことすらできない。

こんなことがあってたまるか---。

「わ…私は…!」

胃から何かこみあげてくる。吐き出すとジェル内が真っ赤に染まった。バイザーから漏れた血がコクピット内を染め上げていく。

「私は…今まで…全ての戦闘に…勝ってきた…!…なのに…なのになぜ…!?…こんな…こんなところで…こんなところで!!」

崩れ落ちるラムダを前に見下ろすように立ち、銃口を向けている。

悲しみ、哀れ見た赤い眼光だった。

「レイ…ヴン…風情…がっ…私を、見下す…なぁ!!」

黒いネクストを睨みつける。

薄れていく意識の中、黒いネクストが急に吹き飛ばされるのがわかった。ミサイルと思わしきものが飛来し、ネクストを襲っている。

『マウロスク殿! ご無事ですか!?』

ドイルの声。ミサイルはフェルミからのものだった。

無理だ。

できることならここから逃げてほしかった---。

「ドイ…ル、逃げ…」

スプレッドミサイルがドイルのノーマルに突き刺さっていくのが見える。声を上げることもなく爆散するノーマル。フェルミのレーザー砲をかわし、OBで突っ込んでいく黒いネクスト。フェルミの頭上からレーザーブレードを突き刺し、引き抜く。煙を上げ、高度を下げながらフェルミは川に落ち、爆発した。

なんなんだ---ヤツは----。

この不利な戦況を、臆すこともなく覆した。私に負ける要素など、なかったはずなのに。

AMS適性。今考えるとバカらしくなってくる。ヤツは適性が低いはずだ、なのに---。負ける要素---あるとすれば一つ。

覚悟の差か---。

私には慢心があった。 どこかで必ず勝てると。

私が負けるわけがないと。

だが負けた。

最初で最後の---敗北。

もしかしたら。

戦う前から私は負けていたのだろうか。

もう悔しくはない。なぜだろう。

認めざるを得ない。

この強さを。

認めるとするか。貴様を。

「っは…っはっはっは…」

笑う。ほとんど声にはならなかった。

「レイヴン…か…侮れん…な」

目を閉じる。

ふと、ニアの顔を思い出す。

ニア---ごめんな---寂しかったろう---?

もうすぐ---お兄ちゃんも---そっちに行くからな---。

妹の温かな肌を感じた気がし、マウロスクは笑った。


インテリオル第3陣に撤退命令が出される。ローベルトマイヤー大橋の放棄。上層部はそう決断した。

レオーネ社に一機、無残な姿と化したネクストが運ばれてきた。壮絶な戦闘を彷彿とさせるその姿に皆唖然とした。誰もが思っている。もう中のリンクスは助からないだろうと。それほどネクストは破壊されつくしていた。

リンさん---泣いている。泣き崩れているリンさんをインテリオルの兵士さん達が支えている。

わたしは首にかけていたペンダントを強く握った。あの人から頂いた大切なペンダント。大切な---大切な---。

涙があふれてくる。

「リンさん…」

セーラの一声でリンが振り向く。

「セーラちゃん…」

セーラの小さな体を抱きしめる。ひどく体が震えている。

「セーラちゃん…うぅぅ…マウロスク様が…マウロスク様が……死んじゃったよぉ…」

声をあげてリンは泣く。セーラの涙も止まらない。

「どうしてよ…どうしてなの…!?どうして死んじゃったの…!?」

周りにいた兵士たちも軍服で涙をぬぐっている。その中、軍服の隙間から白いパイロットスーツを着た女性が現れる。スミカである。

「奴はリンクスだ、リンクスである以上常に死の危険はある…相手がネクストなら尚更だ…」

「スミカ様…」

「奴がまた高笑いしながら戻ってくると私は信じていたんだがな…そうか…あいつは死んだのか…」

くるりと背を向け、スミカは帰ってゆく。

「馬鹿野郎が…」

スミカの頬に一筋の涙がつたった。

そしてマウロスクの部屋。リンはセーラと共にそこにいた。

リンは2人分の紅茶を注ぐと向かい合わせでセーラとソファーに腰掛ける。

しばらくの沈黙の後、リンが話し出す。

「マウロスク様…また勝手に通信切るんだもの…いつも通りのことなんだけどね…あの時はいつもと違ってたの」

「えっ…?」

「なんていうか…ちょっと変だったの、うまく言えないんだけどね…怖かった」

リンが紅茶をすする。セーラもミルクティーにされたものを飲む。

「ふふ…この紅茶、マウロスク様が一番気に入ってたのよ 私に何度も買ってこさせて…いつも飲んでた…」

リンの頬から再び涙が流れる。

「マウロスク様…」

「リンさん…」

とても美味しいミルクティーだった。初めてマウロスクに会った時に御馳走になったのだ。その時マウロスクさんは自分を気遣ってくれたのかミルクティーにしてくれた。横柄な人だとセーラは聞いていたがそんなことはなく、とても優しい人だった。

「…」

マウロスクさんは私の代わりに---。

セーラの目からも涙が出てくる。リンさんには謝っても謝りきれない。あの時私が行けばリンさんをこんなに悲しませることはなかったのではないか。

セーラの頭に悔やんでも悔やみきれない思いが溢れてくる。

私があの時出撃していれば…。

そう頭の中で強く思ったその時、ふと風が2人を撫でる。

そんなことはない----。

「えっ?」

頭の中に声が響く。リンも同じように聞こえたようだ。

私の分の紅茶が無いんだが----注いでくれるかリン----?

聞き覚えのある声。ふと振り向くその先には、専用の椅子に座った彼の姿があった。

「マウロスク様…?」

セーラにも見える。マウロスクだった。

何をグズグズしている-----早くしろ!

「はいっ…!」

一喝され、飛び上るように立つとリンは急いで紅茶を注ぐ。恐る恐る持っていき、椅子の前のマウロスクに紅茶を差し出す。

ふっ、と笑うとマウロスクは今までリンに見せたことのない笑顔をみせこう言った。

すまんな---ありがとう---。

目の前の涙を拭うと、マウロスクはいなくなっていた。

暖かな風。部屋を通り抜ける。

すでに夕日が沈み始めていた。

ふと紅茶の香りを感じ、2人は顔を見合わせて微笑んだ。

セーラはペンダントを強く握る。

マウロスクさん…ごめんなさい…いえ…ありがとうございました。

忘れない---心の中でセーラは強く誓った。


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