《ウォーニング!!》
この作品は異性間に於ける性交を主軸とした小説です。
Written by 仕事人
【ケモノのスミカ レギュ03 《履き違え》】
朝である。
陽光を浴びた蟻たちが列を作って、忙しそうに巣に食料を運んでいる頭上では草木が風に揺られて、さわさわと心地良いメロディーを奏でている。更にその上の雲一つ無い青空では、太陽が地上に燦々と陽光を注ぎ、台地に温もりを与える。
そんな風景を見れば、大多数の人が「う~ん、いい気分だ」と言うだろう。
だが、どんな天候だろうと、どんな時間帯であろうと、そんな大多数の中に入らない人も勿論いるものである。
「――へっくし! びぇっくしっ! ふぇぇっくしっ!!」
三点バーストで放たれたクシャミによって、木々のメロディーは掻き消される。蟻は行列を崩して渋滞を起こす。
中々の音量とキレであったが、次の弾丸は既に鼻の中に装填されている。
そして――次の放火で、蟻が玉突き事故を起こした。
「大丈夫か?」
そんな冗談は兎も角。ベッドの上で横たわりながら、顔を熱で赤くして、大きなクシャミと掠れた咳を繰り返す少年の隣で、黒い長髪の美女が心配そうに声を掛ける。
彼女、霞スミカは彼の師匠であり、オペレーターであり、保護者であり、そして――恋人だ。
流派やら道場は無いので、皆伝は存在しないが、既に独り立ちしている事で、師匠の立場はほぼ無くなり、またオペレーターも仕事の時の顔であるから、残った二つが彼に対する彼女の立場を表わす言葉だ――師匠と弟子と云う厳格な上下関係が尾を曳いてないとは決して云えないものの。
少し前までは残った二つの比率も10:0ぐらいであったのが、ある時を境に、その後5:5ぐらいに、最近では3:7にまでなっている。
しかし、やや影を潜めていた保護者という立場も、彼が風邪を拗らせた事で、束の間ながら一気に勢力を盛り返した。
「ほら、かめ」
そう言って、スミカは折り畳んだティッシュを取って、少年の赤くなった鼻に押し付ける。
口から息を吸い込んだ彼は、思いっきり鼻から空気を噴出させて、ずびびびびっと盛大に鼻水を鼻腔から追い出した。
スミカは鼻の穴の周りに付着したのを拭うと、近くのゴミ箱に、ぽいと放り投げた。
「・・・しゅいましぇん、スミカふぁん」
空気の通りが悪い鼻声の所為で良く聞き取れない声。風邪で苦しんでいる少年には申し訳ないと思いつつも、スミカは、ちょっと可愛らしく聞こえた。
熱い彼の頭に、そっと手を伸ばし、熱を逃がすように髪を撫でながら、思いを巡らせる。
つい、前までは元々師匠ということもあるので、彼女の方が彼より立場は上であった。
彼と密接な関係になった後というもの、どうにも彼の方に主導権を握られており、其の時の彼は少年と云うよりも明確な“男”である。
しかし、今の彼は正に子供そのものの体だ。おまけにスミカは看病をしている立場である。
こんな時なのに。何故だろう――と思いつつも、彼女は嬉しく感じていた。
儚さすら漂う繊細さを持つ此の少年が、自分の手の中にあることを。
ぼんやりとした表情で頭を撫でられていた少年だったが、ベッドの上から手を伸ばしてスミカの傍にあるティッシュを掴み取ると、今度は自分で溜まった鼻水を処理して、俄に張り詰めさせた顔でスミカを見上げる。
「スミカさん」
「な、なんだ?」
忘我していたからなのもあるが、詰まった鼻声ではなく、いつもの透き通る声で呼ばれて、スミカは急にどうしたのだろうかと驚く。
先の、やや邪な、少しいじらしい感情を読み取られたかと、どぎまぎとしていると、
「ずっと看病してくれなくてもいいですよ」
それは彼女にとっては些か、いや、かなり衝撃的だった。
自分のことが必要無いといわれた気がしたからだ。
だが、云うまでも無い事かもしれないが、未だ続きがあった。
「……スミカさんに、伝染したくありませんから」
墨かは、風邪など伝染されても構わないと思っていたし、覚悟もあった。
其れだけに胸中に込み上げるものがあった。
自分のことを心配してくれている――そう理解して。
素直に、スミカは少年の気遣いが嬉しかった。
また、風邪を患っているのに、そんな風に考えれる事は、彼が大人にも、一端の男に成りつつあるのだろうと感じて、頼もしくも思えた。
言われるまでは、夜も付きっ切りで傍に居ようと云う使命感すら持っていたスミカだが、少年の立派な気遣いを汲んで、昼だけにしておこうと決めた。
治った後、少し前までのように甘えてくるか。はたまた、男に磨きが掛かっているか。
どちらにしても、スミカには楽しみでならない。
しかし、三日経っても、彼の症状に変化がない。
目に見える程の悪化はないとは云え、良くもなっていない。
頭から足の先まで純白の容姿が、アルビノを思わせる通りと云うべきか。
元々、少年は深刻なものではないが、少し病弱気味な処があるようだ。
だから、単なる風邪でも、こんなに長引いてしまっているのだろう。
同じ年頃の健康なら男子なら、其の日に治ってもおかしくはない。
当然、スミカはずっと傍にいてやりたいと想いを強めた。
反対に、少年はスミカを傍に居させたくないと云う想いを強めた。
三日の間、昼は兎も角、夜には病気と独りで闘う事で体質を乗り越え、スミカを心配させないようにしたいと云う、男の意地があるからであった。
昼寝をしている少年の傍で、スミカはぼんやりと彼を眺めている。
早く良くならないかな――そうスミカが考えていると、端末から電子音が鳴り響いた。
ヘッドセットを装着し、ボタンを押すと、聞き慣れた声が彼女の名を呼んだ。
『久しぶりだな、スミカ』
電話の主はスミカの本名を知っている数少ない人間の一人で、嘗て彼女の所属していた《インテリオル》の専属リンクス、そして、旧い戦友でもある《スティレット》だった。
「どうした、スティレット。そっちから掛けてくるとは珍しい」
『お前のとこのが病気になったと聞いてな』
随分前であるが、少年とスティレットには面識がある。カラードの本部で、擦れ違い掛けた時に、スミカが互いを紹介した。因みに、スティレットは、
「突然、リンクスを引退したと思ったら――そうか、そうか。男を囲うのが目的だったか」
などと冗談を言って、スミカを怒らせた。
同棲とか結婚の為とかではなく、男を囲った、と云うのが味噌だ。男を囲うような性格ではないのを知った上で、スミカに恋人が出来る訳が無いと遠回しに言った訳である。
其の時の嫌味を思い出して、スミカがふと思ったのは、冗談とはいえ、後にも先にも初対面で彼をちゃんと男扱いしたのはスティレット位であったな、と云う事だった。
先日、迷惑をかけたメイや、他の戦友の一人であるエイ=プールなんかは確かに、彼が正しく少年であるとは云え、子供のように扱っている。
そんな事を考えていると、スミカに一つの疑問が生まれた。
「……なんで、お前が知っているんだ?」
今の少年の状態は知人はおろか、誰にも話したような覚えはない。
何も隠している訳でもないが、態々言う事でも無かったからだが。
メイ辺りには教えてやってもよかったかもしれない。
しかし、“あの日”以降、彼女とは一度も連絡を取っておらず、それに――どうにも会話をするのが憚られていた。
『お前が二日前に断った依頼だが、私も関わっていてな』
スティレットの言ったように、其の日、古巣のインテリオルから依頼が届いていたが、少年は依然風邪を拗らせていたので当然、内容も聞かずに断った。
関わっていた、と云う事は、恐らくは彼女と協働する予定の依頼だったのだろう。
『結局、私一人で終わらせたが』
つまり、スミカ達が断ったお陰で仕事が増えたということだ。
只、事実はそうだとしても、スティレットは其の手の嫌味を言う人間ではない。
割合で云えば、リンクスは、万に一人はおろか奥に一人の稀少なので、当たり前と言えば当たり前だが、単独の任務で出撃することが多い。また、スティレットは其れを好む。
仮に協働したとしても、連携する事は絶対に無く、そうしようとする態度すら見せない。自己完結型と評されるに相応しい振る舞いをするリンクスである。
長年の付き合いであるスミカは良く知っている事だ。だからこそ、尚更、疑問は残る。
そんなスティレットが何故、他のリンクス、いや、他の人間、しかも、協働する予定だったと云うだけの相手が病気だからと連絡して来るのか。
『どうだ。久し振りに一緒に飲まないか』
スティレットは出し抜けに言ったが、スミカが抱いた疑問への答えではなかった。
しかし、其の先を行く言葉である。
スティレットは戦場でこそ、暴走的とすら思われる程にワンマンプレーを好むが、中々どうして、日常ではよく人に気を利かせるのだ。
気を利かせられると云う事は、同時に、機微に聡いと云う事でもある。
どうやって判別つけたかは不明だが、恐らくスミカと少年の関係に気付いているのだろう。
――少年が臥せっているとなると、スミカは寂しがっているのではないか。
そう考えて、こうやって電話を掛けてきたのだろう。
そして、予測は見事に命中していた。
『彼のことが心配だろう。だから、私がそっちへ行く』
皮肉も多いが、歯を着せぬ物言いなのも、スティレットらしい。
「いいのか? アイツは風邪を引いているんだが……」
『そんなものをうつされるほどヤワじゃないさ。大体がだ。お前は、私を風邪を引いているヤツの前で、酒を飲む人間だと思っているのか――ああ、成る程。離れたくないと、そう云う――』
「煩いっ――分かった、待ってるぞ」
恐らくであるが、此の誘いは、
――偶にはリラックスしろ、治った彼に疲れた顔を見せたくないだろう?
そう云ったスティレットなりの気遣いが込めらているのだろう。
ずけずけとものを云うのに、肝心な処はぼかす。
通信を切った後、スミカは我知らず苦笑した。
そうして、一見すれば無愛想としか見えないが、お節介で世話焼きで、歯に着せない物言いなのに、気遣いだけは隠してしまう、複雑な性格の旧友の来訪を待つのだった――。
「――《エイ》や《ウィンディー》はどうしてる?」
「前と変わらん。エイは貧乏な侭で、ウィンディーは誰かに似て無愛想で仏頂面の極みだ」
「お前にだけは言われたくない」
「だろうな」
面倒だと言わんばかりに乾杯もおざなりに、ワインを飲み始めた二人は、自分や身内の近況報告をしている。
曲りなりにも冷艶な雰囲気と美貌の美女二人が同性だけで酒を飲んでいるのだから、此処が洒落たバーだったなら、直ぐに男から声を掛けられるだろう。
だが、仮に男がこの部屋に入ってきたとしても、今の彼女らを誘う事はしないに違いない。
スミカはタイトスカートだと云うのに片膝を立てており、片やスティレットはタイトズボンだとは云え、胡坐をかいているのだ。
二人に工事現場の黄色いヘルメットを被せたら、似合ってしまうような様である。
「ほう、驚いた。無愛想だと、自分で理解していたのか」
「当たり前だ。お陰で寄り付く男もいなくて、楽なものだよ」
スミカが皮肉たっぷりに言うと、スティレットはスミカの予想に反して自嘲で返す。
しかし、くいと顎を上げ、グラスに並々と注がれている赤い液体を一口で飲み干すと、
「――お前と違ってな」
想像通りに皮肉が返って来たスミカだが、やり返せない。恥ずかしさを隠すように、スティレットと同じようにグラスを一口で空けただけで終わった。
スティレットは心中を読んだのか、
「其の歳で男の事を言われて照れているのか? 似合わんぞ」
意地悪い笑みを浮かべる。
スミカがむっとしながら、「お前も似たような歳だろうが」と反論すると、「何を言う。子供みたいに、私は照れたりしないぞ」と、矢張り笑った。
スミカは(言われるような相手がいないだろうが)とは思ったものの、心の中だけに収めた。旧友に対して、ちょっとした優越感を本人に気付かせないで覚える優越感に浸る。
「――一つ、聞いていいか?」
酒も大分回り出した頃、スミカがそう切り出した。
スティレットはグラスにワインを勢いよく注ぎながら、ぶっきらぼうに「何を」と聞き返す。
「どうして、私とアイツが関係を……」
何故、気付いたのか――そう聞こうとしたのだが、スティレットは質問を最後まで聞くことはせずに、「全く簡単な質問だな」と勿体付けた前振りをしたが、瓶の中身が無くて、瓶をぶんぶんと振り出し始めた所為で、話を先に進めない。
スミカは小馬鹿にされてると分かって、諦め悪く瓶を振る友人に「早く言え」と言って急かす。
何回も試して漸く諦めが付いたのだろう。ティレットは空になった瓶を床に置いて、喉を潤そうと云う風にグラスに少しだけ残っている中身を喉に流した。
雑に置かれて倒れた瓶が、ごろりと床の上を転がっていく。
「――お前が感情移入をしない訳がない」
叱られた訳ではないが、スミカは、ぎくりとした。
動揺を代弁するように、床の上を転がっていた瓶が、空き鬢の山に当たって、音を立てる。
言われて初めて気が付いたのだが、思い当たる節が幾つも在るからだ。
例えば、技術を教えるだけでよいと言われて、インテリオルからウィンディーこと、《ウィン・D・ファンション》の先生の役を押し付けられたのだが、結局は、ネクストの操作及び戦闘技術のみならず、リンクスとしての心構えまで教えたのだ。師匠の立場になってしまった所為か、引退と云う言葉が浮かんだのも丁度其の頃だ。
そして、現在、面倒を見ている隣の部屋の少年に到っては、途中どころか、出会った瞬間に情が湧いた事は、彼女自身が一番自覚している。
あの時、彼の事を説明したアスピナの研究員の一言が、反骨精神を揺さぶったのもあるだろう。
もしかしたら、尻尾を含む彼の容姿を見て、雰囲気から内面を感じて――其れこそ、正しく歳に似合わぬが――少年に一目惚れしたのかもしれない。
「勿論、其れが悪いとは思ってはいないが」
似合わないと言いたげな言葉を聞いたからか。或いは、彼への想いを再認識した事を隠す為か。
スミカは先程の仕返しと言わんばかりに、頬を歪めて、「羨ましいのか」と言ってやった。
視線を落としながらワインを飲んでいたスティレットが顔を上げてスミカを見る。例に漏れず、軽口が返って来ると予想したスミカであったが、
「そうだな。それも少しはあるが――喜ばしいというのが大きい」
予想外にも、皮肉家の友人からの祝福の言葉に、スミカは眼を丸くする。
お返しに、或る言葉を言おうとするも、ソレは付き合いが長い程に、本心からである程に、気恥ずかしくって言うのが、どうにも躊躇われた。
しかし、意を決して口を開く。
「……ありがとうな」
そして、こう言うのは得てして、言われた方も気恥ずかしいものである。
感謝された事で、むず痒いような居心地の悪さを感じるスティレットであったが、恥の上塗りを覚悟しつつ、グラスを自身の眼前に掲げた。
何の所作であるかなど聞くまでもなく、スミカも同じようにグラスを掲げて、友人のグラスに軽く触れ合わせると、ガラス同士がぶつかり合う、涼しげで明瞭な音が部屋の中に響く。
乾杯と云う、一種の儀礼を行なったスミカは、“親しき仲にも礼儀あり”と云う言葉の本質を理解したような気がした。
「――アイツはホントに可愛いんだ。何で、何であんなに可愛いんだろうな? 理解不能だ、不可思議だ……そうだ、これを見ろ。可愛いだろう? もう、見ているだけで抱き締めたくなってしまう。其れ位、可愛いんだ。可愛過ぎて、理解不能だ、不可思議だ。何で、あんなに……」
気が付けば、スミカは完全に出来上がってしまっていた。
同じ事を、何度も何度も、繰り返し繰り返し、言いながら、がっちりと肩を掴んでいるスティレットに、《カラード》の登録の用紙のコピーの右上にある少年の写真を、ぐいぐいと鼻先に押し付けるようにして、見せびらかしている。
スティレットは面識があるというのに。
傭兵一味のアジトと云う粗野が付き纏う場所だが、未成年の少年との同棲を続けていた所為で、スミカが酒を呑むは久し振りの事だ。なので、以前よりも酒に弱くなっている。
おまけに久し振りに顔を付き合わせた旧友と、小っ恥ずかしい事をした気恥ずかしさを誤魔化そうと少々酒を飲り過ぎた。其の結果、管を巻いてスティレットに惚気話をしている。正に恥の上塗りであり、本末転倒もいい処である。
「実際な、髪もさらっさらで、肌も滑らかでな。そんじょそこらの抱き枕なんぞ、比べる事も出来ないぐらい抱き心地がいいんだ。何せ、髪もさらっさらで、肌も滑らかだからな」
飲み屋に延々と居座っているオヤジ並みに迷惑な酔っ払いと化した友人であるが、スティレットは嫌な顔一つせずに、スミカの話に耳を傾けている。
スミカの心の中には少年の事を自慢したいという欲求があったらしい。酒の力を借りて表出しているのだと友人を観察している――が、しかし、冷静に見えて、同じ位に相当に酒が回り始めており、頭は非常にぼんやりしている状態である。
「それにだ、それにだなぁ……」
平素のクールなスミカは何処へやら、えへへ と人懐っこい笑顔で笑うスミカが、聞いてくれと言いたげに、聞けと言わんばかりに間を空ける。
スティレットは、実際の所、半ば面倒臭いと思いつつも、此の機会を逃せば一生聞けないだろうスミカの惚気話に興味が沸いてしまい、「なんだ」と聞き返す。
スミカは「あいつはなぁ……」と勿体付けてから、ちょいちょいと手招きの仕草をする。スティレットが寄って来る――までもなく、長い濃紫色から覗ける耳元に顔を寄せて、小声で囁いた。
「……“夜”の方も、凄いんだ」
スティレットも、流石に此れには、重い溜息を吐く。
期待していたのは、うざったくも、微笑ましい惚気話で、聞くに堪えない猥談ではない。
しかし、そ疲労感やら虚脱感やらを表わす溜息を、スミカは違うものと勘違いしたらしい。
「なんだ、其の溜息は……お前。さては信じていないな? まぁ。確かに、若いからテクニックの方はそんなにないだろうと思うのは分かる。あいつが凄いというよりは、私達の身体の相性がいいと言ったほうが正しいかもしれんしな。実際、そうだ。ぴったりでばっちりだ。しかし、若いからこそ体力が凄い。アイツが満足する頃には私の方は腰砕けなんて、しょっちゅうだ。寧ろそんなのが普通だ。じゃあ、体力だけでテクニックが皆無かと言うと、そうでもないんだな、此れが。先ずキスが迚も、迚も優しい。撫でられているような安心感すら感じるんだ。情熱的にしてくれる時もあるしな。それにいつも私を抱く度に……んふふ、私の耳元でな、そっと愛の言葉を囁くんだ。そう云えば、お前は未だアイツの声を聞いた事が無かったか。それだと分からんだろうが、あの声で囁かれると……なんて言うんだろうな、身体中の力が抜けるような、空を漂うような……そんな感じになってしまう。しかも、そこで終わらない。大人びた言葉を囁いた後に、あの顔で、あの顔でだぞ? 恥ずかしそうに、はにかむんだぞ……あれは反則だ。イエローカード、いや、即レッドカードと云った処だな……言っておくが、勿論今のは言葉の綾だ。退場などさせるものか、逆に、ぎゅっと抱き締めたいぐらいだ。でも、さっき言ったように、力が抜けてしまっていて、そうも出来ないのが口惜しい……と言いたい処だが。抱き締める――そんなことはする必要がないんだ。何故なら、私がそうしたいと思った時にはッ! アイツが私を抱き締めてくれていて、私は既に抱かれているんだッ!! 他にもなぁ、まだまだ沢山あるぞぉ――」
それからも何十分もの間、スミカの一方通行の惚気話は続いた。
聞かされているスティレットは途中で何回か寝そうになったのが、その度にスミカに起こされて、惚気られて、そして寝そうになって、起こされて――そんなのが、幾度となく繰り返された。
惚気話は既に拷問に変わっていた。
“真摯に惚気話を聞いてやる”、”満足させて惚気話し終わらせてやる”。両方やらくちゃいけないのが《旧友》の辛い処だが――スティレットには全く覚悟は出来ていなかった。
眠る度に眠りから解放される、“眠りたい欲求の奴隷”だった――無論、勝利の筈も無い。
時に見上げる天井が、ふやけた視覚の為に、今にも落ちてきそうな空のように感じられる。
休暇の度に訪れる、インテリオル領内の《サルディニア島》が、今のスティレットには何故か無性に恋しかった。此の試練のような時間が吹っ飛んで、狐の尾のようなビーチで、ピッツァでも食べていると云う結果が訪れてくれるのなら、どれだけ良いだろうかと想われてならない――。
「……うん? 酒が切れてしまったな」
怒涛の勢いで喋りつつ、ワインの瓶も空にし続けていたスミカが、はたと口も手も止める。
部屋に持ち込んだのを呑み尽くしてしまったのである――因みに、どの位かと云うと。飲まずに溜め込んでいた、ワインは一味の中ではスミカしか飲まない事を前提にしても、他の一味の連中が飲む量、いや、飲める量の、数ヶ月分に匹敵する。
スミカが残念そうに空き瓶の山を見遣っている――スティレットの肩を組んでいたのから、抱き着くように寄り掛っている、のではなく、完全に抱き着いている体勢だ――傍らで、スティレットが(やっと終わった……)と心の底から安堵したが、
「ちょっと待ってろ、ワインじゃないが――酒なら食料庫に未だ在る筈だ。ウチの連中のだが、まあ、買いなおしておけば、多分、文句は言われないだろ。いや、言わせない」
其れを聞いて、愕然とした。
二人だけの飲み会の方ではなく、惚気話が未だ続く事に。
何とか止めようと、スティレットは口を開き掛けたものの、立ち上がったスミカは、声を掛ける暇も無く、既にドアノブに手を掛けている。
止める事も出来ず、遠くに去って行こうとする後姿を見送るだけに終わる。
スティレットが絶望感に打ちひしがれていると、スミカが思い出したように、ドアの陰から顔を出して「トイレはこっちの突き当たりにあるからな」と言った。無論、其の侭、酒を取りに行ってしまった――しかも、似合わない事にスキップで。
疲れからか、スティレットは一人だけになった部屋で、重くて長い溜息を吐く。
しかし、惚気話を始めてからと、うきうきと楽し気になったスミカの表情や仕草を思い返すと、少しは微笑ましい気持ちにもなる――少し、と云った通り、感情全体の三割だ。残りは憂鬱さが六割で、羨望と嫉妬とが混ざった一割。
そう思いつつ、隣で寝込んでいる少年の事はいいのか、と指摘したくなったものの、誘ったのは自分であるから、言えた義理ではないかと考え直す。其れに、言おうにも居ない。
そうこう考えていると、スティレットは尿意を催したので、先程スミカに教えられたトイレに向かうことにした。
用を足した後、トイレから出て、スミカの部屋に戻ったスティレットであったが、
「――ん?」
何故か照明が落ちており、部屋が暗い。
だが、出る時に自分で消したのかと思って、特に気に掛けない。
スイッチを捜そうとしたスティレットであったが、身体処か頭の隅々にまで酒も廻っている彼女にとって、暗闇は跳ね返す事が困難な程の眠気を起こさせた。
酒を呑んだのが久し振りだったのは彼女も同様で、スミカには悪いと思いつつも、スティレットは暗闇に誘われるようにして、記憶を頼りにベッドへと、覚束無い足取りで歩き出す。
「う、わ……っ?」
足元が良く見えなかった所為で、足が何かに取られ、前のめりに倒れこんでしまった。受身を取ろうとして反射的に手を出すと、両手が柔らかなベッドのマットレスに減り込んだ
其の瞬間、何か位置的な違和感を感じた――どうにもベッドの場所が違うような。
とは云え、此の部屋に来るのは今日が初めてであり、しかも自分は酔っているのだから、記憶に間違いがあるだろうと考えた。
転んだ勢いの侭、スティレットは身体をベッドの上にうつ伏せに横たわらせる。
少ししてから、柔らかくも、明らかにベッドではないものの感触に気が付く。
正体が何なのかを確かめようと思った――矢先だった。
不意に、スティレットの視界が目まぐるしく回転し始めた。鼻を抓まれても分からない程の暗闇の中だが、平衡感覚の知覚に拠るものと云うべきだろう。感覚的に、そうなっていると分かる。
暗闇が実体を持って、自身を包み込みながら渦巻いているかのように彼女には感じられた。
(――ッ?!)
突然の不可解さに、口からは出ることは勿論、心の中でも言葉を作る暇は無かった。
やがて、漸く視界が落ち着いたと感じた時には、仰向けになっている事が理解出来た。背中の全面に接している感触が柔らかいことから、ベッドの上であることも分かる。
(な、何が?)
望んだベッドの上であったが、突然の出来事に眠気も何処かに飛んで行き、取り敢えずは脇に突いた手を支えにして、身体を起こそうとする。
上体を起こしたまではよかったのだが、しかし、自身の腰の辺りに何か重い――実際は軽いが、在る筈の無い、無と比べれば重い――ものが乗っていることにスティレットは気付いた。
「――え?」
驚きつつも間の抜けた声を上げた途端、再びスティレットの視界が流れ出す。
今度は、回転しているのではなく、頭が後ろと同時に下に行っている事を知覚している。
「んっ――んんッ?!」
押し戻されるようにベッドに背中を預ける格好になったスティレットは、後頭部もベッドに接触している事を感じ取ってから、漸く、遅蒔きながら、自分の口が塞がれている感触も感じ取った。
暗闇に漸く慣れた彼女の眼が見たものは――白であった。
白い肌が自分の眼前を埋め尽くしている。
其の上から垂れる白い毛先が自分の顔を擽っている。
こそばゆさに身を捩りたい気持ちになったが、自身の唇を分け入り、口腔に入って来た柔らかな何かに、歯茎を優しく撫でられる感触に、スティレットは身体の力が抜けて行く感覚を覚える。
酒で意識も思考もふやけている脳が、
――ああ、キスをされているらしい。
朧に理解した途端、自分の口腔を愛撫する舌に、殆ど無意識に自ずから自分の舌を這わせる。
既に酩酊しているスティレットにとって、身体はおろか、魂までを求めるような、優しくて愛しげながらも、強引な荒々しさもあるキスの感触は更に彼女を酔い痴れさせる。
自分の上にいる人物の背中に腕を回して、抱き寄せるようにして、より身体を密着させる。
「ふぅ、ン……ン、ンン……」
口内で舌が絡み合い、唾液が交じり合って、粘着いた音を上げるのと同時に、二人のくぐもった声が口蓋に染み入って行く心地良さに、スティレットは全身が発熱するのを、特に下腹部に疼きを覚えるのと共に燈り出した熱が、奥底から染み出すのを感じている。
やや細めの背中を両腕で弄りながら口接に耽るスティレットだが、暫くしてから漸く、今まで気にも掛けていなかったのが不思議な位だが――これは、誰なんだろう――と考え出した。
どちらとも言い難いが身体は硬い方。自分の胸と同じ感触を感じられないから、男であることは間違いないだろう――等と、現実感の乏しい推理を構築する。
そう考えた瞬間。そもそも此のベッドの上に寝ていて、キスに耽っている発端だからか、先ず、スミカの顔が頭を過ぎった――そして、直後、もう一人の顔が浮かんだ。
「――ぷぁっ!」
更に直後、スティレットは焦燥感に駆られながら、急いで密着していた唇同士を離した。
胸中に早打って響き渡る鼓動や、心中に噴出した罪悪感で、浮付いた酩酊感と甘美な心地好さで惚けていた思考や意識が、唐突に、いや、自然に鮮明になりつつある。
「どうしたんですか・・・?」
眼前の、凛として整った顔から発せられた、惚けた響きの澄んだ声音に――そんな事を聞かれても、拒むしかないだろう――と、スティレットが動転しているのも、至極当然の事だろう。
暗闇に浮かんでいるような純白の相貌を見上げて、閉口するばかりの彼女に対して、彼は「ああ、なるほど」と何か思い立ったように小さく声を上げた。
「今日は“そういう感じ”で、したいんですね」
何を言っているのかが理解出来ず、スティレットが聞き返そうとしたが――徐に彼は、開き掛けた彼女の口を奪った。
「むぅっ?!」
先程、スティレットが胸中一杯に感じた、心地好かった優しさは露程もない。其の代わり、女の芯を疼かせ、また、屈辱的でもある、快い激しさだけが際立っている。
唾液から、舌、歯から何まで、口内にある全てを奪い取ろうとする、接吻とも呼べぬ、一方的な口内器官での交合めいた感触に、スティレットは口内を犯されているとさえ感じられた。
逃れようと頭を振っても、がっちりと頭を後ろから手で掴まれてしまっている。
下から手で身体を押し返そうとしても、不釣合いなまでに力強い小柄は微動だにしない。
そうしている内に、息継ぎが出来ていないからか。或いは、此れまでの人生の中でも味わった事のないキスの所為か。やがてスティレットの動きが、眼に見えて緩慢になっていく。
男に、しかも単なる男では無くて――友人の恋人に圧し掛かられている。
そんな異常な状況であるが、何分もの間、キスをされ続ければ、多少は慣れも生まれる。
最初は余りの衝撃に、まともに呼吸も出来なかったが、スティレットは今になって遣り方を思い出したように、鼻から酸素を取り込んでいる――口腔への凌辱めいた愛撫に耐えつつ。
しかし、またも動揺がスティレットを襲う。
「んんんっ?!」
つつっと筆の先でなぞるように、少年の手がスティレットの腹の上を這い出したのだ。
――今度こそ逃れなくては。此の侭では……。
想像するだけで焦燥感と恐怖が募る、此の先のことを頭に浮かべながら、スティレットは酸素を取り込んだ事で活力を得た身体に動くように命令を下す。
流石に身体の下から、叩かれ、押される等して、必死に踠かれては、彼の方も堪ったものではないらしく、スティレットの口を解放した。尚も、臍の辺りに指を置いたままで。
なんとか言葉を話せるようになったので、取り敢えずは罵詈雑言を浴びせようとスティレットが口を開こうとしたが、暗闇に溶ける純白の陵辱者に先を越されてしまう。
「……今日はとことん、やるんですね? 分かりました」
彼はそう言いながら、暗い為に見難いが、確かに顔を綻ばせた。
愉しげで、嗜虐的な、冥い笑みを浮かべていた。
スティレットが、今しがたの言葉が意味が理解出来ず、気を取られていると、
「――あっ!」
掴むように握ったと云うべきか。握るように掴んだと云うべきか。
力強く股間に手を遣られて、驚愕は自然にしても、つい、艶のある声を上げてしまった。
見開きながらも、暗闇に包まれている彼女の眼球は殆ど何も捉えられてはいない。
しかし、女らしい反応に興が乗ってか、残虐性を帯びた少年の笑顔だけは、視ようとするまでもなく見えていて、また、視たくなくても見えている。
そして、当然の感情と、不可思議な官能、其れ等の衝撃の中にあって、何故だか、スティレットは彼が口にしていた言葉の意味を、いや、其の根元である思考を理解した。
彼は、自分をスミカと間違えているのだ――と。
正しく閃きであった、突然に浮んだスティレットの推論は、事実、的中していた。
風邪を患っている少年は、朦朧としている所為か、見分けが付いていないのだ。
今日、スティレットが来ている事を知らないのだから、そんな状態では、目の前に居るのがスミカである事に疑いすら抱いていない。
少年はスティレットが――今の少年にとってはスミカが――キスを拒絶した事のを見て、また、感じて、倒錯的な趣の交わりを望んでいると解釈したのだ。
単にキスを拒まれただけだったけのなら、そうは思わなかったに違いない。
元々の性質も然る事ながら、性欲の強い年頃であり、更には、そんな時期にセックスの快楽を知ったばかりのだとしても。少年にも思い遣りや、自制心もある――まあ、其れなりには。
しかし、間違いとはいえ、彼の寝床に侵入して来たのはスティレット――スミカの方なのだ。
彼女の方から夜這いを掛けたと云っても、差し支えない状況だ。
故に、先のような解釈をした。矛盾と感じられる事柄同士を繋げる、正に解釈と云える。
但し、相手が恋人たるスミカになら通じる理論だ。今、彼が行為に及んでいるのは、全くの他人のスティレットだ。そもそも寝床に侵入したのも、部屋とベッドを間違えただけだ。
言うまでもなく、彼を拒んだのも、心からのものである。
だ からこそ、誤解を解くのは簡単だ。
たった一言――自分はスミカではない――と、そう言えばいい。
しかし、スティレットにはそうする事が出来ない。
「んむっ! むぅぅっ!」
またも唇を奪われてしまったのだ。口を塞がれ続けていると云ってもいいだろう。
強姦魔、乃至、強引な恋人を演じる――前者は兎も角、後者は素に近いが――少年には、此れはもうキスですらない。獲物に悲鳴を上げさせない為の方法の一つに過ぎない。
必要以上に舌を彼女の口内に挿し込まないのも、噛み切られないようにする用心だ。一応、彼女の唇も味わってはいるが、矢張り、口を塞ぐ事の序で程度だ。
スティレットも逃れようと懸命に抗ってはいるのだが、見た目通りに少年とは云え、曲りなりにも男に力ずくで抑えられてはどうすることも出来ない。
スミカや他の誰かに助けを請おうにも、或いは、少年に懇願しようにも、後頭部に回される手の力も相俟って唇同士を固定されていては、矢張り、不可能だ。
「んんっ?! んーーっ、んーーっ!」
挙句には、股間に――遣っていただけで、未だ姦ってはいなかった――伸びていただけだった手が、タイトパンツの上で揉むように蠢いて、パンツと其の下のショーツの上から、恥部を弄られて、スティレットが拒絶の音を上げる。
細い指の先端の小振りな指先は、衣服の所為で抉れないまでも、確実に秘裂を捉え、割れ目をなぞるようにして緩慢に上下し、硬い布地の上に軌跡を刻む。
アルコールによって発揚状態で、そして血行も良くなっている肢体は、先のキスによって既に蕩け、また、疼いており、湿り気を帯びた花肉にショーツが張り付く。
其の服の内側の股座の感触に、スティレットが羞恥を覚え、顔を赤らめる。すると、布越しに秘所の様子に気付いたらしい少年が、口を塞いだ侭で、彼女の口内に言葉を響かせる。
「――濡れてますよ」
そんな嘲笑の一言も本来はプレイの一環でしかなく、もし言われたのがスミカであったなら、刺激を与えられ、快感を強められただけだっただろう。
しかし、少年としては本心から愚弄する気は無かったものの、現在、本当に襲われているスティレットにしてみれば、受け容れ難い事実の宣告に、身を焦がす程の羞恥に苛まれる。
無理矢理、襲われているのに、反応してしまっている――身体はおろか、尊厳すら疵付けられるような事実に、彼女は悲哀、または悔恨の涙を、我知らずに流す。
しかし、眼から溢れた水滴が顔に触れても少年は、数日感ずっと抱かれなかった結果、自分が風邪を引いているのにも関わらず、我慢出来なくなったスミカが、プレイにリアリティを持たせるようとしている迫真の演技としか認識していない。
思う処があるとすれば――今夜は、やけに熱が入っている――其の程度だ。
だからこそ、目の前、いや、身体の下で涙を流す知人、恋人の旧友と正反対に、少年は劣情を衰えさせるばかりか、益々、滾らせて、熱を上げていく。
「ン、んっ! ん、ンンっ、んんぅっ!」
二本の指で淫裂の淵を撫でられたり、布越しに、大事にして秘すべき、また、恥ずべき場所が無理矢理に暴くように開かれる度に、小刻みにスティレットの肢体が跳ねる。
抉じ開けられる亀裂から液が染み出して、下着が湿り気を帯びる不快感を覚える。
其れは自身の身体が如何様な反応を示しているかの証明のようなものであり、強くなった羞恥によって、込み上げる屈辱感によって、更に流れる涙の量が多くなっていく。
四肢の間接の内側を占有されている以上、殴打での抵抗は効果が見込めないので、噛み付こうとしても、そうしようとする度に彼は頭を退かせて躱し、逆に手淫で彼女の肢体を強引に宥める。
「んんっ?!」
そうこうしている内に、少年はスティレットの腰の辺りに手を掛けて、タイトパンツを下ろそうとし始めた。つまり、下半身を直接に弄ぼうとしてると云う事だ。
彼女は激しく左右に揺すって、身体を捩じらせる。其れに加えて、パンツを身体に留めているベルトも在るので、少年の目論見を上手く阻止出来ている。
暫くして、諦めたのか。彼の手が止まった――が、しかし、次の瞬間。
「――んんんーーっ?!」
ビリッと云う音が上がるのと共に、スティレットのくぐもった悲鳴が少年の口腔に響き渡ると共に――彼女の下半身の一部と、ショーツが露になった。
業を煮やした少年が、スティレットのパンツの股の辺りを掌で鷲掴みにすると、乱暴に引っ張って、力任せに引き裂いたのだ。
長く戦場に身を置いているスティレットだが――何せ、ネクストと云う鎧は無く、スティレット個人と云う丸裸だからこそ――嘗て無い程の程の恐怖に慄き、震え始める。もし、口が塞がれ、舌を挿し込まれていなかったら、歯同士がぶつかり合って、カチカチと音を立ていただろう。
だが、まだ終わらない。少年はショーツを脱がすのに邪魔だからと、再び薄い布地、浮き上がっている端を掴んで、更に引き裂いて行く。
其の度に、ビリッ、ビリビリと鳴る音に鼓膜を震わせられるスティレットの肢体は、更に震えを大きくしていく。そして、先から腹の辺りに感じる熱も彼女に一層の恐怖を与えている。
「うっ、うっ……うぅ……っ」
やがてスティレットの唇から、少年の唇との隙間から、嗚咽が漏れ出す。涙を流す処か、完全に泣き始めてしまったのだ。恐怖に怯える様は、まるで、いたいけな少女のようだ。
しかし、その悲痛な有様も凌辱者を演じている少年の心に届きはしない。鼻歌交じりに、むき出しにしたショーツにも手を伸ばそうとしている位だ。
そして、ショーツまでも脱がしに掛かる――と、彼自身、寸前までは、そうしようと考えていたが、此れも一興とばかりに、頬を歪めると、
「ひっ、う……!」
獲物の泣き声をバックに、ショーツからも布を裂く音を奏でさせ、隠れていた恥部を暴いた。
ズボンは履いている侭なのに、ソコは剥き出しと、悲惨で淫猥な光景を眼に収めたかった少年だが、照明の灯っていない部屋は暗い上に、破いてからは殊に弱まったが、未だ抵抗を見せる肢体を抑え込まなければいけないので、迚も口惜しいが出来なかった。
其の分を補うべく、無遠慮に薄い陰毛を掻き分けて、今度は本当の意味で、彼女の股間に手を伸ばす。付着している愛液を指先に絡めるように秘唇を弄り、そして指二本に力を入れて――
「――んぁあっ!」
一気に膣内に挿し込んだ。突き挿した、若しくは、捻じ込んだ、とも云って良い。
散々、じりじりと外側を弱く嬲られていただけに、また、暗かったり、死角であった為に、内側への強い刺激は殊更に鋭く感じられ、スティレットは仰け反って嬌声を上げた。
反応も大きく仰け反った事で、意図せず口は解放された。故に、少年に甘い声を聞かせる事にも成ってしまった。彼女はそこまで意識が回っていないだろうが。
そして、少年が凌辱者らしく、直ぐに再び口を塞いだので、自省する暇も無かった。
「んっ、ンっ、ンうっ!」
指による抽迭は優しさを微塵も感じられぬ膣壁を削らんばかりだが、スティレットは身体を駆け抜ける快感に、繋がる口内に喘ぎ声を響かせ、彼の劣情をより刺激してしまう。
(どうして、どうして……!)
心中でも涙声で、何故感じてしまっているのかと自分自身に問う。そして、掠れ声の自問を押し退けるように、恥ずかしくないのかと冷酷な詰責が込み上がって来る。
直接に身体に影響を及ぼしている酒の所為なのも大きいが、羞恥と快感に阻まれる思考は其の答えに到達する事はなく、心中の己は只管に恥知らずな自身を責め立てる。
逃げ場の無い苦渋は、しかし、其の実、逃避に過ぎない。
何でもいいから、考えれなければ――そう思って、意識を反らそうとしても、スティレットは自身の膣内を撫でる指の形まで明瞭に知覚し、其れ故に鮮明に感じる刺激に身を震わせてしまう。
「ンぅっ! ンっ、ン……!」
無意識が為に抗い難く、自らの声の響きが、段々と甘く変わりつつあると気付いた時には、心中で、先とは異なる誰かに囁かれた気がした。
――もう、いいだろう。
内から湧き起こって、内に響く其の声を、スティレットは認めたくなかった。
例え、強請るような声を上げようと、顔や目を蕩けさせようと、ソレだけは許容したくない。
瞬間、彼女は不運にも――或いは幸運にも――気付いてしまった。
自分が酩酊していた事に。
元々、曖昧を自覚した思考は、済し崩し的に回転が遅れる中で、冷静に算盤を弾き始める。
酒に酔っているのだから、しょうがない――だとか。
自分の所為ではなく、不可効力だ――だとか。
最早、理由は何でも良いとさえ考えている。だが、尚も拒否を示す声が聞こえてもいる。
頭上で天使と悪魔が争う風に、理性的な思考と本能的な衝動が拮抗し合っていると、今度こそは完全に幸運な事に、スティレットが自分自身を踏み留まらせる事も、正反対に一歩踏み出させる事出来る好機が訪れた。
「ンン、んっ……?!」
少年が、湿り気に満ちつつあるのと共に熱を帯びつつある胎内から指を引き抜き、トランクスの中に手を突っ込むと、スティレットも最初の方から感じていた熱を取り出した。
そして、彼はソレの根元を掴んで、股間同様に剥き出しの柔い内腿に先端を擦り付ける。
じんじんと尚も火照りを強める硬い熱と、微かに染み出る粘付く薄い汁を、スティレットは秘部に近い奥まった所の肌に感じて、ぞくっと背筋を奔るものを知覚する。
少年は性急だったが女らしさに富む肌を堪能してから、此れから先を宣告するように、期待を抑え切れぬように、ぴとりと肉棒の穂先を膣口に触れさせ、ぬるぬると摩擦させる。
「は、あ……」
“本番”の為に塞ぐのが疎かになったスティレットの口からは甘い溜息が漏れる。
そんな反応や、其れから容易に想像される事に面持は上気して緩んでいるものの、其処からは覗けない心中では、激しい葛藤が繰り広げられていた。
――今、彼に真実を告げれば、もう終わりにすることが出来る。
――真実を告げてしまえば、今、ここで終わりになってしまう。
前者は素晴らしく健全な思考であるのに対して、後者は浅ましい劣情の思考。
スティレットは、気にならない。覚えるべき羞恥は勿論、起こるべき自省も無い。
二つの思考が犇き合う狭間で、頭に響く動悸と、二つの荒い息遣いに、スティレットは、
「はぁっ、はぁ、はっ、はあっ……!」
ゆっくりと陰毛の毛先を掻き分け、秘裂の肉弁を抉じ開ける、少年の熱だけを感じていた。
「……っ!」
ずぶずぶと自身の胎の中に、ゆっくりと異物が侵入して来る感覚――いや、快楽。
口から溢れ出そうになった嬌声を押し留めたく、スティレットは、押し倒して来て、覆い被さって、自らを凌辱している男を押し退けようとしていた手を――まるで、愛しい恋人を抱き締めるように――其の小さくも堅さのある背中に腕を回して力んで、歯を食い縛る。
最後に異性と交わったのが何時だったかは彼女自身も覚えていないが、普段、自慰をすることも稀である彼女のヴァギナは、久し振りに分け挿って来るペニスに、めりめりと音を立てるようにして押し拡げられて行く。
「くっ、うぅ……っ!」
苦悶そうな声や強張る面持とは裏腹に、顔の緊張の端々には弛緩が伺える。また、眉根が寄っている下では、苦痛そうに眼も緊く塞がっているが、反対の方は緩く半開きである。
戦慄きだが、決して慄きではない身震いの、皮膚と筋肉の微かな潮騒が、スティレットの体表にも体内にも広がる中。やがて、拡げるのを愉しむように進んでいた肉棒が、根元に至るまで全てを、彼女の胎内に収まり切らせ、そのまま自分の場所だと言わんばかりに居座った。
「いつも、より……狭、い……っ」
追い出そうとしてか、若しくは、誘い込もうとしてか。
締め付けてくる膣の中で、自身のモノをビクつかせながら、少年は苦し気に呻く。
胎の中の小刻みな震えに我知らず意識を傾けていたスティレットは、自分の具合を聞かされてしまい、恥じ入って身体を硬直させる。すると、意識せずに力んだ事で、より強く締め付け、より密着させてしまい、彼女は中に収まっているモノの熱や形を、更にはっきりと感じてしまう。
そうして、内圧と異物に押し出されるようにして、愛液が結合部から滲み出る。無惨にも曝け出されている淫唇はおろか内腿を濡らし、簾掛かる衣服の切れ端に染みを広げると、
「――あァっ! あっ、あ! あっ、あうぅっ!」
挿れているだけ、収めているだけ、包まれているだけで、限界を迎えてしまいそうな少年が、急き立って腰を遣い始め、スティレットを性急に責め立て始める
彼女も彼女で、押し拡げられる、咥え込む、受け容れるのは、前述のように何時以来かで、繋がっているだけで相当な快感であった。それを、こうも慌しく乱暴に、膣壁を肉棒の出っ張りで抉られ、竿全体で擦られて、はしたなく大きな声を上げる。
(これっ、これぇっ……久し振りぃ……っ!)
もう、スティレットの中では、葛藤も抑圧も、そして、争いも無い。
鬩ぎ合いの勝者すら消えて、新たに現れた――或いは、最初から居て、葛藤を傍観していて、抑圧が無くなったと見るや、表舞台に飛び出した――何者かが心の中を占めているかのよう。
そして、自制も自責も羞恥も無く、快楽を享受するばかりである。
「はぁぅっ、うン! ンぁっ、ああンっ!」
あまつさえ、不慣れだが、自らも腰を振って、少年の抽迭の手伝いをしている有様だ。
しかし、振るなら振るで、もっと激しい普段のスミカと比べると、今の彼女の――現実にはスティレットの、少年の認識ではスミカの――ぎこちない腰遣いは、彼にはもどかしく感じられる。
後頭部に回していた手を浮いて揺れる腰に回して、ぐっと強引に抱き寄せた。
「うぅああっ!」
腕の力に加えて腰を押し出した事で、唐突に強くなった挿し込みに過敏に反応したスティレットの膣道と襞肉は自らと、持主を犯すモノを、更に強く締め上げ、更に激しく舐め回す。
固さや強張りが在って、乙女のモノの如き――尤も、少年は処女の味わいを知らないが――青さが残っているのを抜きにしても。一層に狭まって来た上に、青さとは裏腹に、不意に絡み付いて来た。数日の間、一度も精を発散出来ずにいた若者に、其れは強烈な快感であった。
しかし、襲っていると云う体で、此の侭、堪え切れずに放出するのは情けないと思う少年は、負けじと、そして、凌ぎ合いに負けるのも恐れずに、一気に抽迭の動きを激しくする。
「はぁンンっ! はぁっ、はぁンっ、はあンっ!」
スティレットが呼吸か嬌声か判別出来ないような声を上げながら、少年が喘ぎ声か呻き声か判別出来ない息を吐きながら、重なり合って繋がり合う互いの肉が弾け合う。
スティレットの奥底から溢れ出す液が、脈動が早鳴る少年の肉棒をしとどに濡らす。
少年の穂先から染み出る汁が、乱暴に突き穿たれるスティレットの奥底を湿らせる。
全身が前後する抽迭で、べっとりと纏わり付き、ぶじゅぶじゅと零れ出る液と汁が、肉と肉が摩擦する度に、水滴を散らし、シーツを汚し、二人の太腿を、二人を濡らす。
(あ、あっ……! キ、そう……!)
やがて、口に出す事無く、余裕も無く、スティレットは絶頂の到来を予感する。
本当に何時以来かと思われる程に、久方振りの頭の中が真っ白になる感覚を、常よりも、此れまでよりも強く待ち焦がれ、尚も喘ぎ声を漏らしながら、異性と快感を受け容れていると、
「うっ、ううっ!」
少年の、自分と同じらしいと察せられる呻き声を聞いて――スティレットは、蒼褪めた。
今更になって、思い出したのだ――男の最後に何が起こるかを。
「ま、待て……! そ、れは、ソレはっ……ソレは、駄目、だっ!」
嬌声を上げながらなので制しようとする言葉に説得力は無いに等しく、また、手にも腕にも力が入らないにしても、此れまで以上に押し退けようとする等、何とか止めようと試みる。
だが、そんなやんわりとした拒絶に、力任せの少年が聞き入れる筈が無ければ、押し負ける筈も無く、既に荒々しい息遣いと腰遣いが一層に激しくなっていく。
「だ、駄目だ! 駄目、駄目だっ……駄目っ!」
スティレットは同じ単語を繰り返し、拒否と拒絶の姿勢を示す。
夢現の最中の浮言のようだが、だからこそ、必死さが良く顕れているとも云える。
しかし、既に彼女の思考も意識も、快楽の波に攫われる直前だ。拒否の言葉に芯は入っていなければ、拒絶の仕草にも感情を示している程には力も意志も込められていない。
其ればかりか、涙を滲ませて濡れている侭の眼、暗闇の漆黒に溶け込んでいる金色の瞳には、浮かんでいて当然の恐怖や不安は無い。挙句には、何処を見るとも無く、視える筈も無く、許容を超えた刺激の果てに起こる様相の侭に、上向きがちに、微かに上下動さえしている。
やがて、少年が呻きながらスティレットの身体に尚一層に重々しく圧し掛かった。
そして、押し出したい本人の願いとは裏腹に、奥へ奥へと引き摺り込もうと蠕動する胎内を、内側から押し拡げるように、肉棒が最高潮に膨張して――
「だ――めええぇぇっ!」
スティレットが悲鳴の形をした絶頂を絶叫した。
胎内はおろか頭の先にまで響く、白濁の奔流が子宮口を力強くノックする音を聞きながら。
視界を無音の真っ白で派手なスパークに塗り潰されながら
スティレットの頭の中もまた、白一色になっていった――。
「はぁぅ、はぁ、はぁ……っ」
スティレットは、たっぷりと胎内に射精を受けた感触に――初めての感覚にして、本能に訴え掛けて来る感慨に――引き摺り出されたような、深い絶頂の余韻に耽っている。
すると、何故だか不意に(あいつの言っていたことも分かるな……)とスミカの惚気話が思い出された。だが、友人が乱れている処が想像されて、気味の悪さを感じていた。
其れが、旧い馴染みの相手の、プライベートな部分の中でも最大のものだからだろう。部屋の広がっているものではなく、目蓋の裏の暗闇に映った虚像を振り払おうとした――其の瞬間。
スティレットは自然と頭に浮んだ、“スミカ”と云う単語に血の気が引いた。
今、自分がセックスをしてしまったのは――
遅蒔きの実感に、言いようの無い罪悪感が胸に広がる。一瞬前の自分と同じく、余韻に浸る少年を押し退けるべく、身体を持ち上げようして、上体を起こそうとした――其の時だった。
自らに覆い被さった侭の少年の顔の脇から、彼の背中の向こうの暗闇が縦長の長方形の形に真っ白に切り取られていて、其の中に人影が浮かんでいるのを、スティレットは見た。
逆光を受ける人影は、只、其処に立っているだけと見える。
しかし、全体は直立していながらも、肩の部分らしい緩い線が高く上下している――まるで、何かしらの、激しく込み上げて、激しいが余りに抑えられない感情を示すように。
「――ス、スミカ……」
スティレットは光の中に浮ぶ影法師が何者なのかが分かった。見慣れた輪郭であり、慣れ親んでいる気配なのだから、当然だったろう。
人生の中でも最大級に震える声で、恐る恐ると其の名を呼んだが、全く反応は返って来ない。
「ち、違うんだ、これは……」
普段は冷静なスティレットも、動揺してしまって、言い訳の一つも出てこない。
とは云え、彼女が誘ったのではなく、寧ろ反対に襲われた訳なのだから、言い訳をする必要も無い。だが、途中からではあるが、受け容れてしまった事の自覚から、罪悪感を抱いている。改めて云うのならば――友人の恋人と寝てしまった、と云う事実に。
スティレットの弁解にも成っていない、震える声を聞いても、尚もスミカは一言も発しない。
顔が見えないとは云え、スティレットは影がスミカだとは分かっているが、だからこそ、まるで此の世のモノではないように感じられ、二度目だが、もっと根源的な恐怖を抱いた。
有り体に云えば、
――殺される。
そうとさえ、本当に本心から本気で思っている。
輪郭がぼやけているため、はっきりとは見えないが、だからこそ想像が勝手に働いてしまって、もしかしたら、スミカの手には銃が握られているかもしれないと。
――どうするべきか。何を言うべきなのか。
スティレットは死の恐怖と戦いながら、今、生きる為にすべき事を必死に考える。
そう云った思考は、長く戦場に身を置く彼女には慣れたものだ――が、今度ばかりは何も浮かばない。最早、忌避すべき末路に覚悟を決めて、受け容れつつあると云っていい。
だが、予想外の処から、今際の淵に立つスティレットに、今一瞬だけの救いの手が伸びる。
「……あ、れ? スミカさんが……二人?」
スティレットに凭れ掛かるように圧し掛かっている侭の少年が、背後の気配に気付いて、振り返って、間の抜けた口調で、ぼんやりとした声を出した。
少年は、一体、今の状況を、果たして、どのように処理しているのだろうか。恋人に精を放ったと思ったら、後ろにもいるという状況を。
スティレットは混乱の極みに達しているであろう彼の脳内に気が回る余力は無い。緊張の糸を切った――と、思いたい――言葉を、スミカの誤解を解く糸口にしようとしか考えていない。
すると、部屋の入り口で突っ立っていたスミカが、遂に部屋の中に足を進め出した。
今まで彼女が何をしていたかと云うと、部屋を出た時にスティレットに言った通りに、旧友とのサシでの飲み、そして、惚気話を続行する為に、酒を取りに行っていた。
だが、食料庫に着いたのはいいが、中で床に座り込みながら酒を探していると、ふと眠気に襲われてしまい、壁に凭れ掛かって、眠り込んでしまったのだ。
暫くして、体勢が崩れ、ダンボールに身体を突っ込んだ衝撃で眼を覚ました。食料庫に来た理由、友人を待たせている事を思い出し、急いで酒瓶の入ったダンボールを抱えて部屋に戻った。
しかし、足をふらつかせながらも慌てて戻った部屋の中に、スティレットは居なかった。
トイレに行っているのだろうと思って、少し待ってみたものの、一向に戻って来なかった。
其れも其の筈だ。スミカの想像通りにトイレに行っていたが、帰り途を間違えた旧友は、丁度、其の頃、隣の部屋で唇を唇で塞がれながらズボンを引き裂かれて、嗚咽を漏らしていた。直後には、ショーツまで千切られて恥部を剥き出しされ、そして遂には。玩ばれていたのだから。
スミカはスティレットが飲み過ぎて具合でも悪くなったのかと考えて、トイレに向かった。
ドアのノックをして「大丈夫か?」と声を掛けても反応は無かった。声を返せない位に悪いのかと判断したのだが、気配すら感じないので、今度は怪訝そうな声で「スティレット?」と呼びながら、ドアを開けると誰も居なかった。
何処に行ったのかと思いつつ、部屋まで戻ろうとした――其の時だ。
寝ている筈の少年の部屋から物音がしたので、立ち止まって耳を傾けてみると、聞こえて来たのは、彼の荒い息遣い――そして、女のものと思われる甲高く、甘い声。
てっきり、彼がソノ手のビデオでも見ているのかと考え、最初こそ何やら罪悪感を覚えたも。
だが、何故か、ふと胸騒ぎがしたので、そうっとドアを開けてみた処、暗闇に包まれているベッドの上で、もぞもぞと動いている人影が見えたと思った途端。
平素とは違っている処か聞いた事も無いが、確かに間違い無く聞き覚えのある声の――
「だ――めええぇぇっ!」
絶頂の断末魔が、スミカの耳朶を打ち、鼓膜を震わせた。
少年の部屋から、自分のものではない、しかも、旧友の声の響きで。
「は……話を聞いてくれ、スミカ」
スティレットが何かを言っているようだが、スミカには能く聞こえていなければ、暗闇の中に在ると云う以上に、殆ど其の姿も見えていなかった。
室内に一歩踏み入る度に、漂う甘い臭いと、生臭さが臭ってくるのが、真実、“鼻につく”ようで、甚だしく不快感が湧き起こってくる。
スミカの眼には、スティレットの身体から退いて、ベッドの上に座って、後ろと傍らの人物を交互に見遣っている少年の姿だけが映っている――暗闇の中に在っても、純白の容姿は能く見える。
そして、スミカは彼の直ぐ傍まで近付くと、徐に手を持ち上げた。
「ま、待てっ、話を……!」
スティレットは即座に、スミカが彼を殴るのだと思い、落ち着かせようとするも。矢張り、恋人を寝取った女の言う事などに聞く耳を持つ気はないらしく、動きを止める気配は全くない。
しかし、スミカが取った行動は、スティレットの予想に全く反するものであった。
「ンぅ、ふっ……」
スミカから少年にキスをし始めたのだ。
振り被ったと思われた手は、見上げる少年の頭を固定する程に強く頬に添えられた。
呆然とする顔に、思い詰めた顔で真正面から覆い被さった。
そうして、唇を重ねた処か、捻じ込むように顔全体を左右に揺らして、擦れ合わせている。
入り口から弱く光が差し込んでいるが、変わらず部屋は暗い侭で、位置的にもスティレットからは見えないが、スミカの舌が少年の口腔に挿っているのは、聞こえてくる音から察っせられる。
スミカの積極的なキスは、スティレットが二度目にされたもの以上に情熱的であった。
少年の喉がこくり、こくりと何かを流すように動いているが、スミカの喉に動きは無い事から、抑え付けながら唾液を流し込んでいるとも、スティレットには分かる。
「ン、ふむ、ン……ンはっ……」
不意にスミカから顔を離したと思うと、見下ろす少年に向かって舌を突き出した。
見上げる彼は其れを見て、自らのを伸ば出すと、直ぐに互いの間、明暗が曖昧に交じる黒と白の境で赤い舌同士が互いを求め合うように絡み合い出す。
傍らで呆然と見守るスティレットを他所に、畝ねり回りながら舐め合う舌が、ぐちゅぐちゅと交じり合う唾液を搔き立てる、厭らしい音が上がり出す。
夢中になって舌を絡み合わせていたスミカだったが、我慢が利かなくなったのだろう。
少年の頬から両手を離すと、キスとも呼べぬような交合を続けながら、衣服を脱ぎ始め、シャツやネクタイ、スカート、果てはハイソックスを含む下着類まで、全てを床に落とした。
変わらず少年を見下ろしながら立った侭の体勢を崩さないようにしつつ、腕を伸ばし、膝だけを曲げて、爪先からハイソックスを下ろす、焦っているような仕草は、いじらしさを醸し出しながらも、また、欲求に耐え切れない淫らさを匂い立たせていた。
そうして、スミカは、恋人は兎も角、旧友の眼前で生まれた侭の姿になった。
「はっ、はっ、はっ、はぁっ……」
どれ位、経ったのだろう。漸く舌を離した二人は互いに相手の上気した顔に、熱い吐息が掛かるような距離で、肩を揺らしながら、見詰め合う。含められる意味ではなく、字面通りに情を交わしているようでもあり、視線だけで交わって、快楽を覚えているかのように。
二人の蕩けた双眸は何かの合図を待っているように、スティレットには見えていた。
すると、スミカが横目で、ちらと傍らを一瞥する。
鋭い視線に射竦められて、スティレットが、びくりと身体を硬直させた途端、
「ンぅっ!」
少年とスミカは同時に、互いの背中に手を回し、顔を寄せて、唇を重ねた。
先程の、スミカが一方的に少年に行い、少年は受け容れるだけの格好とは違う。
互いが相手の唇を貪り合っている。先とは比較にならない程の粘着く水音が鳴り、荒々しく吐き出される二人の鼻息が相乗し合うのが、まるで興奮の度合いを表わしているかのよう。
スミカが彼の背筋を爪の先で弱く引っ掻く。少年は彼女の背中に回していた腕の内、左腕を脇腹に沿って下げて行き、むっちりとした太腿を撫で始める。
そうして、互いの身体に縋り付くようにして、互いに性感帯を刺激しているのだろう。二人の指と手の動きは、這い回る蛇のように厭らしくも、蠱惑的でもある。
そんな口交と愛撫の様子を眺めている内に、スティレットの醒めて冷えていた頭に、再び熱が燈り出していた。引いていた血の気も回り出した事で、再び酔いが回ったのだろう。
くらりと視界が眩み、ふらりと平衡感覚が崩れる。其の拍子に、端の方に退いていたベッドから、ずり落ちた。舞台から降りたように床に座り込んで、一糸纏わぬ全裸の女と、半裸だが股間の一物は漲っている男の、熱烈で濃厚なキスシーンを惚けたように見上げて眺めるばかりだ。
少しして、女の方――代名詞で表したように、全く見知らぬ誰か、或いは、スクリーン上にしか観た事の無い誰かのように感じられるスミカに見られている事に、スティレットは気付いた。
蕩ける眼の眼差しに、同性である彼女は、一瞬、どきりと胸を高鳴らせられた。同時に、澱む真紅の奥から放たれる鋭い眼光に、矢張り緊張させられた。
睨まれていると理解して、スティレットは無言の視線に篭められた意図も理解した。
スミカは、自分に、見せ付けているのだ――と。
怒りを向けられていると察したスティレットだが、もう一つを汲み取れていなかった。
スミカは悔しかったのである。
酒の席での冗談交じりの惚気話だったとは云え、少年との情事を思い出して、本心から抱かれたいと想っていた矢先に、数日振りの彼の相手をする役割を取られた事が。
そして、よりにもよって、其れが、其の話をした友人であった事が。
スティレットが自発的に少年を誘ったとはスミカも思っていない。そうまで男に飢える性質ではないと知っているし、そんな事をするような女ではないと信じている。
只、信頼を覆す行為だったのも事実だが、部屋に踏み込んだ後の、ぼんやりとした調子の第一声から、スティレットが部屋を間違えて入った過程も含めて、少年が彼女と自分を勘違いしたのだろうと察してもいた。
普通ならば、怒りに我を忘れても――そして、スティレットが恐怖を覚えた、想像通りの凶行に走っても――不思議ではなかったが、冷静に思考し、的確に判断していたと云える。
しかし、と云うべきか。だからこそ、と云うべきか。
そんな風に頭が能く働いたが故に、スミカの口惜しさ、悔しさは倍増した。
少年が如何な状態であるのも抜きにして――自分と、他の女を間違えた事を。
だからスミカは、少年と身体を重ねた旧友、恋人を寝取った女、彼の男としての善さを身を以て知った筈のスティレットに、今の交わりを見せ付けている。そして、更に見せ付けんとする。
自分の背中を愛撫する細い右腕を、そっと掴み、既に湿り気を帯びている自身の股間に導く。
少年には、其の行動が、どうして欲しい事を示しているかは、聞くまでも無いだろう。
黒艶の長髪と同色の薄い陰毛にも、さわさわと触れられるのを感じながら、そっと秘所を小さな掌に覆われて、スミカは「ンっ……」と喉を鳴らし、ぴくりと身体を跳ね上げさせる。
舌の動きが一瞬だけ止まったが、直ぐに絡ませながら舐め回すのも、加えて、舐めながら吸い付くのも再開する。更には、少年にさせたように、スミカもまた、彼の肉棒を掌で包んだ。
「ンンンっ……ン、むっ! ンァンっ!」
「ンっ! ンっ! ンぅっ!」
互いに相手の性器に触れたのを合図に、二人は互いを責め始める。
スミカの膣内を行き来する指が、開拓するように襞肉を掻き回すにつれて、奥から湧き出る牝臭のする液をを攪拌させて、粘り気のある水音を響かせる。
少年の陰茎を上下に擦り上げる手が、被せ直すように包皮を持ち上げるにつれて、先端から垂れた先走りの汁を攪拌させて、粘り気の強い水音を奏でる。
最初から終わりへ向かわせるスパートが掛かっている激しい責めの最中であり、口蓋に嬌声を木霊させていても、二人は決して唇を離そうとはしない。
ベッドの傍に立つスミカの膝は、がくがくと笑らっていて、今にも身体が崩れ落ちそうになって、前屈みになりながらも、必死に堪えている。
ベッドの上に脚を広げて座る少年の腰は浮き、投げ出す脚の太腿の筋肉も、ピンと張り詰めさせて、爪先を丸めつつも、懸命に耐えている。
異なる様相を呈する二人であるが、頬を桜色にしながら、ぎゅっと目蓋を堪らず耐えられなさそうに瞑らせながらも、雄弁なまでに手指を激しく動かしているのは同じだ。
呆然と成り行きを見届けているスティレットを他所に、スミカの裂目からは、水が漏れ出しているように液が溢れ始め、陰唇を伝って少年の手を濡らしながら床に垂れつつある。少年の先端からは、汁がどんどん噴出し始め、亀頭を伝ってスミカの掌や指を汚しつつある。
そして、ぐんと少年の腰が持ち上がったのと、がくんとスミカの膝が崩れた瞬間、
「――ンンっ、ンンンーーっ!」
スミカの淫口から薄い液が放射状に噴出し、床に水溜りを広げながら、飛沫を飛ばす。
少年の肉棒からは濃い汁が断続的に噴出し、スミカの手とベッドのシーツに降り注ぐ。
唇を密着させながらの高らかな嬌声は、最早、どちらのだかも判別できなかった。
「はァ、はァ……はあァ……!」
水溜りの上に座り込んで、肉付きが善くて引き締まっている尻を濡らしながらスミカは少年の首に腕を回して、彼はそんな彼女の背中に腕を回して、縋り付き合っている。
何処かに飛んで行ってしまいそうな相手を此の場に留めるように、相手を強く抱き締めている。
「は、はっ、はぁ……っ」
絶頂を見守っていた――秘唇を濡らしながら――スティレットの微かな息遣いが聞こえた少年が、彼にとっては未だ不可思議な侭の、背後の存在を確かめようと振り向こうとしたが、膝を揺らしながら立ち上がったスミカに気を取られた。
ベッドの上に乗ったスミカの尻から水滴が垂れて、点々とシーツに跡を残す。
ふんわりと漂ってきた牝の香りを嗅いで、あっと云う間に萎び掛けの肉棒を滾らせている少年を跨ぐように仁王立ちになったスミカは、今度は彼の身体の上に絶頂の残滓を落としていく。
上手く力の入らない膝を何とか曲げて屈んで、其の途中、股の下に在る肉棒を手に取って、天に向けさせるように、膣口に宛がった。
既に溌剌と膨張を取り戻しているモノとは反対に、尚も夢心地の余韻冷め遣らぬ少年が、驚きやら期待からの声を掛ける暇も無い内に、スミカは「ン……!」と嬉しそうな声を上げながら、ゆっくりと腰を左右に揺らしながら落として行って――
「――はぅっ、うぅンっ……!」
スミカは自分から男のモノを己の胎内に迎え容れての、直接的で肉体的なものは勿論、倒錯的で背徳的な精神的な快感に、ぶるるっと其の身を震わせる。
少年は濡れた尻が股間に、ぴったりと密着するように覆い被さって、火照った身体が気化熱で冷やされる感覚に、心地良さを感じる。
無論、そして、自然、身体に起こっている熱の中心を覆う、柔らかくて濡れる熱い肉に包み込まれている感触も、いや、何よりも其れこそが、此の上ない快感である。
同時に感覚に驚いているのは――其れ等が実に、実に“現実感”が有るからだ。
何度もスミカを抱いているので、彼女の膣肉の蠢きや柔さや熱さを身体が覚えているのは当然だとしても、濡れた尻から滴る愛液の水気までもを感じられているからだ――尤も、結局の処、“夢”の中だからと云えば、其れまでなのだが。
そう、少年は先程はスティレットを犯し、そして、今はスミカと交わっている、此れまでの状況、此の状態を、夢だと認識している。
其のように考えるのも当然だろう。何せ、彼はスティレットを“一人目”のスミカ、本物のスミカを“二人目”のスミカだと思っているのだから。
風邪の熱が、若しくは蓄積した性欲が生んだ奇妙な夢、所謂、淫夢の類だと。
現実離れしていて、訝しく感じられる部分もあるが、一人いるだけでも十二分に喜ばしい最愛の女性が、何と二人もいるのだから、歓迎すべき内容であるだろう。
しかも一人目は倒錯的なプレイを好み、二人目は、自ら跨って来たばかりか――今もそうしているように、自ずから腰を振っていると、熱烈に積極的なのだ。
同じスミカなのに、そんな差異を作ってくれた自分の脳に感謝したい位である。
とはいえ、矢張り、夢だからなのか。怪訝に感じる以上に、違和感を覚えてもいた。
特に一人目のスミカだ。スカートではなく、ズボンを履いていたり――これはプレイの演出に役立ったから良しとするにしても――如何にも胸のサイズも違ったような気がした。
実際に手で揉み扱いたわけではなく、服の上から身体に触れていただけなので、はっきりとは言えないが、いつものスミカのよりも小さい気がしたのだ。
また、香りが違っていたようにも思えていた。
確かに一人目も芳しい体臭だったが――彼には、いつものスミカの香りの方が好みだった。
――もしかしたら、今繋がっているスミカも、いつもの彼女とは違うのではないか。
夢にしては、冷静な考えが浮び、少年は眼前と身体の上で、自分の首に手を回して跨っているスミカの豊満な胸に埋もれるように抱き付き、その谷間で犬のように鼻をひくつかせてみる。
「ああ――スミカさんの香りだ」
どうやら二人目はいつものスミカらしい。其れを確認して、少年は安心した声を漏らす。
すると、彼女は谷間に埋めさせている年の頭をそっと、抱き抱えて来た。肉棒に感じられる狭くて緊いのと同様だが反対の、此の優しい抱擁の感触にも、覚えがあった。
谷間から顔を離すと、乳房を揉みながら、ソノ先端にある桃色の突起に吸い付いた。
「あ、ンっ・・・」
鼻に感じる香りに加えて、肌に感じる肌の触感、唇や舌に感じる肉の触感に汗の味、そして、耳に感じる甘い喘ぎ声の響きに、矢張り、此のスミカは、いつものスミカだと確信を強める。
――いつもの、スミカ。
――夢。
其れ等の言葉、其れ等の事実を思い浮かべて、少年はふと、或る閃きを得た。
尖り勃つ乳首への吸引を強めながら、反対側の方を指先で捏ね繰り回す。
「あぅンっ! あっ、あっ、あンっ!」
乳首を吸われ、抓まれながら、自分から肉棒で膣を抉るスミカの痴態を見上げて眺めながら、悪戯を思い付いた子供のような笑顔で、男らしい昂揚で火照っている頬を歪める。
(そうだ。どうせ、夢なら――)
楽しまなければ損だ――と云う風に。
「あぁっ! きもち・・・いぃっ!」
少年がそんな事を考えているとは露知らず、本物にして現実のスミカは自ずからの抽迭を愉しんでいる。自ら咥え込んだペニスを自らのヴァギナに摩擦させる快感に耽っている。
繰り返して来た上下の反復を変えず、高く浮かせた腰を、深く落とそうとした瞬間、
「――あァうぅっ?!」
不意に揺すっている腰を掴まれたかと思うと、力任せに奥底に突き込むように腰を突き上げられつつ、強引に腰ごと全身を引き寄らせられた。乱暴に膣壁を肉棒に駆け抜けられて、全身に迸った刺激に、スミカは驚愕を覚えたと共に、軽い絶頂を迎えた。
だが、性欲を蓄積させていたのはスミカも同じだった。それだけに、此の程度では未だ物足りず、芯から震えているのも構わず、再び腰を浮かせて、抽迭を再開しようとしたのだが、
「……どうし、て……?」
腰を掴んでいる少年は引き寄せている侭で、微動だにしない。
突き上げないだけではなく、スミカの腰遣いも止めさせている。
てっきり――イッてしまったのか――とも最初は考えたが、胎の中に熱いのを脈を打って注がれた感触も、ソレに満されている感覚も無い事から、有り得ないと考え直す。
だったら、何故――と、浮んで当然の疑問や怪訝も御座なりに、早く快感が欲しくて、強請るように、もぞもぞと腰を動かしているスミカに、物欲しげな視線を受ける少年が囁き掛ける。
「スミカさん、僕――”あの格好”で、シて欲しいです。シたいです」
「え……?」
スミカは小さく驚く声を上げると、少年の頭の後ろ、彼を挟んで自分の向かい側のスティレットを見遣る。躊躇いがちに、戸惑っている様子だ。
スティレットにしてみれば、二人の会話の内容、婉曲的な言葉が意味している処が分からないので、動作こそ取ってはいないものの、首を傾げると云った風である。
外野は放って置くにしても、眼下の少年に視線を戻したスミカは、変わらず困惑した面持で、恥ずかしそうに「あ、あれは……」と、もごもごと口篭る。
何とも、らしくない、はっきりしない態度であったが、
「“アレ”を着てるスミカさん……とっても、エッチだから……ねぇ、いいでしょう?」
少年の透き通る声で甘えられて、ぐらりと心が揺さぶられた。
しかし、散々痴態を見せ付けたとは云え、放置はしていても視界に入って来るスティレットの所為で、どうにも決心が付かずに迷っていると
「――そうですか。着てくれないなら、いいです。今日はこれで終わりにしましょう」
寸前とは一転して、少年が突き放すような冷徹な口調で。そう言い放った。
起こった驚きも置き去りにして、嫌がるスミカは「そ、それは……」と足元に縋り付くような声を出したが、無論、彼とて此の侭で終わるのは不本意である。繋がってしまった以上は、彼女の感触を味わい尽した最後に絶頂を迎えたいのは自然だ。。
発言と内心との矛盾を繋ぐのは、少年にはスミカが従う確信があるからだ。
普段なら、未だ頼んだ事は無いが、件の物を望んでも、絶対に断られただろう。だが、此れは自分の脳が作った夢の中なのだと。だから思い通りになるに決まっていると、そう考えて。
勿論、少年にとっては胡乱な夢の中でも、スミカにとっては確固たる現実だ。
スミカは悩んでいる。彼の望んでいる物は、結局、今までに一度だけしか着ていない。理由は極めて単純で、恥ずかしかったからだ。時には、着た事はおろか買った事すら後悔する事も。
だが、先程の言葉から改めて分かったように、少年は“アレ”を気に入っているらしい。元々、彼の為に着た物であり、買った物だから、其れは其れで嬉しく感じられる。
そうなると、問題は傍らのスティレットだ。
長年の付き合いの友人の前では、幾らなんでも――と云う躊躇いが起こる。
でも、これで終わりにはしたくない――と云う未練は少年と同じ、或いは、彼以上だ。
少年とスティレットは交わった。繋がっただけに留まらず、挙句には、最後の一瞬まで。
それなのに、自分はゼロなどと云うのは、絶対に承服できない――欲求は強まる一方だ。
そのようにスミカが逡巡していると、少年は「いいんですか?」と余裕たっぷりに尋きながら、力瘤を作るように己のモノに力を込めて、
「はあンっ! ……あ! い、やぁ……っ」
収まっている侭で跳ねさせる。が、胎の中で肉棒を暴れさせて、ソノ存在感を改めて知覚させる充実感と同時に、内側から狭まる内壁を押し返される快感を覚えさせておきながら、其れ等の余韻も冷め遣らぬ内に、掴んでいるスミカの腰を持ち上げて、深い結合を解こうする。
「わかっ、た……わかったからぁ……」
すると、殆ど泣きそうな面持のスミカが首を振りながら、切な気な涙声で嫌がる。
そんな弱々しい様子を見上げる少年は愉しそうに微笑みながら「じゃあ、待ってますから、早くしてくださいね」と我儘に急かす――内心の、募り上がる期待を押し隠しながら。
嫌々に欲求を受け容れたスミカであるが、着替える為には一度、結合を解く必要があるから、結局、結果は同じと云えなくも無い。だが、此処で終わらず続く事が確約されたのは事実だ。
希望めいたものを感じながら、今度は自ずから腰を持ち上げて、引き抜いて行く。
「――ンンっ!」
結合と別離の境界に差し掛かった瞬間、スミカの身体が小さく震え打った。
少年は名残を残させようと――彼自身もまた、未練を覚えた為に――膣口の裏側に雁首の返しが引っ掛かった瞬間を狙って、先と同じように高く跳ねさせたのだ。
やがて、スミカは――余程、締め付けが強かったのだろう――ちゅぽんと音を立てて、ずるりと愛液に塗れる肉棒を、桜色の裂目から引き抜かせた。足腰に力が入らないにしては、また、無意識に身体が、はっきりと心が嫌がっていた割りには、スムーズだったろう。
股から水滴を滴らしながら、少年とベッドの上から降りた。寸前まで繋がっていた所為で、より一層に求めてしまっている為に、力が入らない身体に鞭を打って、時には転びそうになって壁に手を突いて凭れ掛かりながらも、何とか全裸の侭で少年の部屋から出て行った。
まるで、重傷を負った兵士が、必死に撤退しているかのような様だった。
スミカを見送っていた少年はと云うと、覚束無くて千鳥足めいた足取りの後姿が見えなくなったと同時に、背後の暗闇に視線を移して、おいで、と云う風に手招きした。
スティレットは其の誘いを断る事が何故かどうしても出来ず、秘唇から垂れる愛液が糸を引くのを感じながら立ち上がって、待ち構える彼の元に、ふらつく足取りで寄って行った。
数分後、自室で用事を、支度を終えてから、再び少年の部屋を訪れたスミカが見たのは、
「あっ、あっ、あ! あぁンっ!」
変わらず照明が落ちた侭の暗闇の中で。
先程の自分と似た風に、立った状態で覆い被さるように、持たれ掛かって抱き着きながら、嬌声を上げるスティレットの姿と。
そして、何様なのかと思える、何処か偉そうにベッドに座った侭の気楽な体勢で、彼女の股間に突き立てる指を手ごと上下に動かして、彼女の内部を掻き回す少年の姿であった。
責められている旧友の顔を見ると、部屋を出る前よりも明らかに、頬は紅潮させ、眼は蕩けている。恐らく、着替えている間に、一度、気をやったのだろう。
スミカは再び、腹立ちも露な強い足取りで部屋に踏み入ると、手淫に喘いでいるスティレットを突き飛ばすようにして横に押し退けて、躍り出るように少年の正面を占める。
「――あ。あぁ、やっぱり……綺麗です、スミカさん」
目の前に立った事で漸く――本物の――スミカの存在に気が付いたと同時に、少年は見上げながら、うっとりとした声音で、ほうと嘆息を漏らすように呟いた。
下半身の虫食いの中の、剥き出しの肌や肉はおろか、歪な穴の縁まで、ぐっしょりと濡らしているスティレットも、床に倒れ込んだ姿勢で見上げながら、目を剥いて驚いた。
二人が各々の感情を覚えたのは、スミカの装いに対してだった。
少年が以前のを所望した通りに、黒のシースルーの生地が、レースとリボンに彩られた、ベビードールとは名ばかりのランジェリーに身を包んでいるスミカの姿に。
以前に同じのを来た時と異なってもいる。恐らく、履くのが面倒臭かったのだろうと、どうせ役に立たないと判断したのだろうと察せられるように。ブラジャーを付けていないだけではなく、ショーツも履いていないのが見て取れるように。豊満な胸乳も尖った乳首も、黒艶の薄い繁みも白い肌を被る桜色の突起も、充血する肉弁も真っ赤に染まる膣肉も、透けて見えている。
激しく興奮しているのだと分かる荒い息遣いと共に、スミカを見上げる少年の眼には劣情が存々と輝いている。また、熱い視線を向けられて、彼女の劣情も刺激される。
視線の交錯だけでボルテージが上がり、空気までもが熱を帯びつつあるような中で、再びスミカがベッドの上に乗り、少年に跨り、先と全く同じ行程で繋がろうと腰を落として行く――が。
「あっ……?」
先と同様に、中途半端な体勢で、少年に腰を掴まれて制されてしまった。
矢張り先と同じように、困惑と切なさが滲む面持で見下ろすスミカの視線の先で、少年は、屈託の無い、とは言い難い、悪魔的な――どちらかと云えば、小悪魔的だろうか――笑みを浮かべていて、諭すような口調で囁き掛ける。
「ダメですよ、勝手に挿れようとしちゃ」
さっきは何も言わなかったのに、今は許可を求める。理由が分からず、スミカは「だって、着てきたのに……」と、まるで駄々を捏ねる子供のようだが、正しく理不尽に対して反論する。
「スミカさん“が”、シたいから、ソレを着たんですよね?」
単語の節目を強調しながらの言葉の都度の、少年の表情は悪意を増している。
着ないのなら、終わりでも構わないと言った処、スミカは従った。
此れは即ち、条件を提示する事で譲歩してやったと、口語的に云えば――しょうがなく、相手をしてやるのだ――と、解釈する事も出来るだろう。
「だったら――何か言う事があるでしょう?」
少年は遠回しに言ったものの、スミカには、はっきりと聞こえた。
お強請りをしろ――と。
だは、自分と同じに乱れているとは云え、旧友の手前だけに殊更に恥ずかしさがあり、そもそも何を言えば良いのか分からず、スミカは「あの」だの「その」だのと口篭る。
「どうしたいか、言えばいいんですよ」
そんな心中を察している少年は、躊躇う彼女の背中を、やんわりと押す。
「言わないなら……」
ほんの少しだけ、掌握している身体を押し退けるように力を入れて、脅し掛ける。
余程、脅しが効いただろう。スミカは即座に「わ、わかった……」と弱々しい声を出して、自分を遠くにやろうとした彼の手を、縋り付くように、ぎゅっと掴んだ。
「し、シたい……」
スミカは顔を紅色どころか、真っ赤にして、正直に本心を乗せた言葉を、おずおずと発する。
前にも似たような事を言った覚えも在るが、言うのと言わされるのでは、意味する処、生じる感情には大きな違いがある。羞恥に身が焼かれそうな位だが、しかし、不幸にも、未だ続くのだろうと云う確かな予感がある。幸運と感じられる期待の前に立ち塞がるように。
「誰と? 何を?」
間髪入れずに強く掛けられた少年の台詞、と云うよりも、展開はスミカの予想通りであった。
何処で何で見たかは知らないが、ソノ手のモノで出てくる、お決まりのパターンであるが故に、最後には如何な形で、何を言わせたいのかも、彼女は敏感に察している。
しかし、当然ながら羞恥を覚えていてか――それとも、此の状況を愉しみたいからなのは、彼女自身も分からないが――スミカはあくまで結末への正しい順を追って続ける。
「お前と、その……セ、セックス、を……」
「セックスって何をすることでしたっけ?」
分からないと惚ける少年の口振りは、何とも態とらしい白々しさに溢れていて、普段とは別人のようだ。だが、台詞を紡ぐのが早いのは、待ち兼ねている事の表れだ。
スミカは、遂に決定的な単語を言わされてしまうと思い、ぞくりと背筋を震えさせる。
中腰で跨っているが腰は浮いた体勢で、困惑しているように、もじもじとする彼女に追い討ちを掛けるように、逃げ場を失くすように、
「分かり易いように、お願いしますね」
少年は念押しする。釘を打つ処か、杭を刺すかのようである。
言うのを避けたい言葉を言えと命じられていると、明らかに弄ばれている。しかし、其れを分かっていても、スミカは不思議にも義務感に近いものを抱きながら、口を開く決心をする。
言わなければ、重なり合えない――最悪の末路を想像しての絶望感に後押しされて。同時に、最高の結果を想像してのものとは別に、屈辱的な過程にもまた、昂揚してもいる。
そうして、結果への欲求が、また、過程への期待が最高潮になった事を顕すかのように。透けて見える秘所から垂れた愛液が肉棒の先端を包んだ瞬間。
渇く口元に絡む唾液の音を小さく立てて、スミカの喉が波打って、唇が動き始める。
「こ、ココに……」
「“ココ”って?」
「ま……まん○、だ……」
「それで?」
「コレ、コレを……ち、ちん〇をぉ……っ」
「どうするんですか?」
「挿れる、こと……っ」
子供が学習する時のように、一つ一つを確認しながら、確認させられながら、淫語を述べさせられて、スミカは今にも泣きそうな顔だ――口許を歪めて、目に涙を浮かべて、頬を真っ赤にさせている表情が、泣き出す寸前だけに表れるものだと、断言出来るのならばの話だが。
スティレットは見た事の無い友人の一面を、まざまざと見せ付けられて衝撃を受けて、最早、言葉も無い。只、傍観者の立場に相応しく、映像のように目の前で繰り広げられる光景の、次の展開を待ち望んでいる事も自覚している。
そして、確実な学習には、最後の総括した確認が必要だと言わんばかりに、少年は声音にも面持にも愉悦を含んだ口調で畳み掛ける。
「分かり難かったので、もう一度、最初から、はっきり、分かり易く、言って下さい――スミカさんが、僕と、何をシたいのか」
求める余りに、どうにでもなってしまえと自暴自棄になったのだろう。
自ずから自らの思考を停止させた事で、スミカの理性の箍は容易く外れた。
「……私の、まん○にっ……お、お前のっ、ちん〇を! 挿れさせてぇっ!」
傍らの旧友の存在はおろか、更には生涯の内に築いて来た今までの自分すら忘れたように、淫らな懇願を叫んだ瞬間、スミカは少年の掌中に堕ちて行く感覚を感じた。
はしたなく、浅ましく、淫らな痴態に、少年はソレだけで身体が震えるような快感を覚える。
早く挿入したいのは同じであったので、強請りを受け取ると、今まで以上に相貌を悪辣に歪め、万力のような力を手に込める。
そうして、自身に跨る女の身体を、其の牝の部位を――己へと全力で引き寄せた。
「――あァァああーーっ!」
瞬間、スミカは玉のような汗を飛び散らせながら、背骨が折れると思われる程に仰け反った。
雷に打たれたかのような打ちひしがれた身体の様相、断末魔の如き絶叫とは裏腹に、虚空を仰ぐ顔には――至福としか表現できないような感情が刻まれていた。
「はぁうっ! うぅあっ! ああァァっ!」
力強く突き上げて、一気に突き込んだ直後、少年は上体を持ち上げると、下半身全部を使って腰を跳ねさせ、打ち震えっ放しのスミカを突き上げ、痙攣が収まらない膣内に突き込む。
スミカは縋る他に何も出来ない風に、小柄を必死に抱き締めている。だが、揺さ振られるばかりでもない。叩き込まれる快楽に打ち震えている身体の様相とは裏腹に、自分からもベッドを壊さんばかりに全身を上下に跳ねさせ、腰を回して、高らかに嬌声を上げる。
突き上げつつ、見上げながら荒々しく喘ぐ少年の顔を、スミカの開きっ放しの口から漏れ出る熱い吐息が包み込んで湿らせ、飛び散る唾液が点々と跡を残して濡らす。
また、たらりと半開きの口許から顎を伝って、涎が赤く染まる首筋に垂れてもいる。
少年は舌を、蛇がそうするように、チロチロと蠢かせて舐め取りながら、軌跡を辿るようにして、スミカの側頭部に向かって、整った顔の輪郭の線を添わせている。
そうして、黒艶の長髪に顔を擽られながら耳元まで這わせ上げると、真っ赤な耳朶を、色も肉付きも薄い唇で甘く食み、犬歯のように尖った八重歯で弱く噛み付いた。
「はぅ……っ」
ゴリゴリと胎の中を削られ、ゴツゴツと胎の奥を穿たれる重く鈍い感触とは正反対の、チクリとした鋭い刺激、ソレ等を同時に感じて、スミカは戸惑ったような甘い声を上げる。
小さく耳肉に痕を残した八重歯が離れて行ったかと思うと、今度は柔らかでいて水気を伴う熱つく厚い肉が耳管に侵入して、入口と壁の浅い所を舐める音を、鼓膜に直接響かせる。
「あっ、あっ! あンっ! ふぅあァっ!」
片方の耳には、膣を犯している陰茎が、絡み付く愛液を攪拌させる淫らな水音。もう片方の耳には、耳管を犯している舌が、纏わり付く唾液を攪拌させる厭らしい水音。
音にも犯されている感覚を味わっているスミカは、本人も気付かぬ内に、跳ねるように大きくストロークさせていた腰を、落とした侭で小刻みに前後させて、特に奥底で少年を、彼の肉棒を更に強く感じようとしている。擦り寄らせて、訪れつつあるものを掴もうとしている。
「イ、ク……! 私っ、イクっ、イキそう、イっちゃうぅっ……!」
スミカは少年に倣うように耳元に顔を寄せ、甘えるような声色で、絶頂の予感を何度も囁く。
抱き締める力が強くなっていくのと共に、膣壁が肉棒を締め上げる力も強くさせている。
前兆を感じ取った少年が、今まで以上に思い切り激しく、腰を跳ねさせて――、
「――イっ、クうぅンンっ……!」
少年の身体と肉棒を締め上げる、大股開きの格好のスミカの全身が震えた。
奥底を貫かれて、根元まで咥え込んだ侭で、かくかくと、がくかくと、足腰が狂悦に笑う。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
一部始終を見届けたスティレットと、二人の荒い息遣いが、暗闇の中で交わっている――呼吸と同様に目の前で盛大に果てた旧友と同様に、スティレットの股間も濡れそぼっていて、しかし、違っているのは、指先から始まって掌に至るまでと、手も濡れている事だ。
芯から力が抜けているが、ビクリ、ビクリと断続的に強く痙攣する身体を、スミカは少年に支えられている。と云うよりは、凭れ掛かって、委ねている。丁度、惚気話をしていた時にスティレットにそうしていたり、食料庫で寝てしまった時に壁にそうしていた風に。
そんな余韻が在るのかと思われる程の絶頂感に耽っているスミカとは反対に、肉棒が、トロトロと溢れ出た愛液に濡れていても、白濁に塗れていないように、少年は達していなかった。
すると。彼は肩口に火照っていても安らかな面持の顔を埋めているスミカから、斜め後ろの方に居るスティレットの方へと目を、尚も劣情を宿している真紅の瞳を向ける。
見られた瞬間、怯えるように、びくりと身体を震えさせた彼女であったが、舐めるような視線に、抱いていた劣情を絡め取られているかのように感じられて――無言で、すっと両脚を開いて、少年に向けて、自らの指で慰めていたが尚も熱く疼く股を開いた。
理解するまでもない、受け容れるサインを受け止めた少年は、上記する肌から逃げていく熱を視線で追うように天上を、頭上に広がる虚ろな暗闇を仰いでいるスミカから、凝と物欲しげな視線を注いでくるスティレットに狙いを変えるべく、収めている侭の肉棒を引き抜こうとしたが、
「待っ、てぇ……っ」
視界の外側だが耳元の間近に切なげな声が上がったと同時に、熱い筒の闇の中から半分以上が外の闇に出掛かっていたペニスが、再び艶かしい肉襞に絡められた。
突然の快感に身を捩りつつ、少年は前方に視線を戻す。未だ脱力感を伴う余韻の最中であろうにも関わらず、其の身で以て、自身を留めようとする、いじらしいスミカの顔があった。
「私を……お願い……私だけを、見て……」
二人は関係を持つに当たって言葉を用いる事の無かっただけに、其の言葉は、改めて相手を求める愛の告白のようなものだった。また、スミカは本心から其のつもりだった。
しかし、スミカが二人いる夢だという前提がある少年にしてみれば、彼女が彼女自身に向けている嫉妬だとしか捉えていなくて、
(同じスミカさんなんだから、別に取り合わなくてもいいのに)
と、心の中で苦笑するだけに終わった。
心の中だけでは無く、実際に表情にも出ていた苦笑を見たスミカは、年甲斐も無く嫉妬している事を自覚して、気恥ずかしくなってしまった。
ソレを誤魔化そうと、憎まれ口の一つでも叩こうとしたのだが、
「――やんっ!」
ベビードールの裾から内部に侵入してきた手に胸を揉まれて、飛び上がるような声を上げさせられた。嫉妬を自覚してのものを誤魔化せなかったばかりか、素直に嬉しそうな反応を見せてしまった事で、気恥ずかしさは一層に強まる。更には、胸に広がる甘い痺れは、誤魔化したいと云う思いだけを残して、そうしようとする考えを削ぎ取って行く。
服の中で乳房の形が変わる光景は、透ける程の薄布しか妨げる物しか無いとは云え、そうしている本人の少年には、遠く隔絶された場所で行なわれている行為のように、また、自身の手も誰か他の人間の物のように思えている。
現実感の乏しい感覚の通りに、映像のような光景は、視覚的に中々楽しめると感じた。手の動きを激しくすればするほどに、其の認識は強くなる。
「ンぁっ! あンっ! あっ、ン、もっとぉ……!」
だが、眼前の豊満な胸も、そして、其の持ち主も――自分のモノだと云う自負がある。
少年は先程のスミカと同様に、自身への嫉妬に煽られるように、揉みしだく手を止めて、ベビードールを捲り上げると、其の中に頭を突っ込んだ。
「きゃっ?! こ、こら! 何を……うぁっ!」
視覚的な障害が消えた事で、掌に握っている肉の感触に、急に現実感を得た少年は、寸前以上に揉み扱く力を強くして肉房を乱暴に揉みくちゃにしながら、口を大きく開く。入れられるだけの乳房を口に含めるや、加えて、先端で屹立する先端ごと吸い上げる。
「あンンっ! きゅ、急に、どうした、んだ……あっ、あっ、あ!」
スミカには、自分にセックスを強請らせもした、先程までの余裕の態度をかなぐり捨てるように、むしゃぶり始めた理由が分からず。そして、考える余裕もない。
ベビードールの中の、まるでベールに包まれているような少年は、乳房を手で、また、反対側では乳首も口でも責めていたかと思うと、更には焦ったように彼女を突き上げ始める。
「ンンっ! あンっ、あンっ! あァンっ!」
「ふっ、うぅっ……うぁっ、うぅっ!」
突然の興奮と、既に先の挿入で快感が蓄積していただけに限界は近い。
如実に其れを示しているのが、小刻みなピストンだ。先の際の、突き込む都度にスミカを浮かせるようとする力の入れ方はせず、穂先を突き立て、雁首を引っ掛け、肉竿を擦り付かせる抽迭での快感を得る事だけに専念していて、尚且つ、反復も早い。丁度、先のスミカが瀬戸際に膣内全体に肉棒全体を擦り付かせていたのとそっくりに。
それでも、少年は最後の最後までスミカの胸を離そうとはせず――
「――ンむぅぅうう……っ!」
「はァああンっ! で、出てるっ、出てるうぅっ!」
乳房を握り締める侭、乳房ごと乳頭に喰らい付く侭で、スミカの膣内で肉棒を律動させて、彼女の最も深い場所に熱の塊を解き放った。
数日振りの射精、其れも恋人と繋がりながらのもの――だったにも関わらず。
少年は余韻もそこそこに、また、軽いものだったとは云え、殆ど感慨だけで打ち震えているスミカを余所に、もそもそとベビードールの中から抜け出す。
そうして、自分達を見ながら自慰に励んでいたらしいばかりか、触れるには都合が良く、ズボンもショーツも破けて穴が空いていて、剥き出しになって外気に晒されている股間を弄っている、膣肉を穿り回し、陰核を捏ね繰り回しているスティレットに腕を伸ばす。
ごぽり、と音を立てて、結合部から白濁を溢れさせているスミカが圧し掛かっているので動けないのもあって、ギリギリで腕は届かなかった――が、ふらりと、向こうからも躊躇いがちに腕を、指が愛液に塗れる手を伸ばして来たので、ぐいと引き寄せる。
先程も同じ事をしようとした時にも、自分だけを見て欲しい――自分だけを愛して欲しい――と、そう言った際と何ら胸中に変わる処は無く、彼がスティレットを抱こうとしているのを見て、スミカは「お、おい!」と恍惚が抜け切らない面持で声を荒げる。
すると、少年はスティレットの腕を引っ張り、抱き寄せながら、
「可哀想じゃないですか……」
淋しげな表情で、訴え掛けるように言った。
「え……?」
「だって、スミカさんは目の前で僕とセックスしてるのを見せられて、焼き餅を妬いたんでしょう? じゃあ、こっちのスミカさんも同じはずです」
まるで雨に打たれてた仔犬を拾って来た子供が、飼うのを親に強請っているような。そんな少年言葉を聞いて、スミカはスティレットを見る。久し振りに旧友同士が目を合わせた。
彼にとっては、どちらもスミカだ。
だから、どちらも相手にしなければいけないと、そう想っている。
スミカも、恋人を悦ばせたいと云う気持ちは胸が痛い程に――胸が高鳴る程に――分かる。だが、そもそも前提が勘違いであるので、また、どんな理由があろうとも、承服したくない。
しかし、少年の切なげな視線に射止められると、何でもしてあげたくなり、また許して遣りたくなってしまう――此の辺りが、スティレットが図星を突いた通り、いや、其れ以上か。
そして、スティレットはスティレットで、確かに身体は疼きに疼いているのだが、流石に友人の前で、其の恋人に相手をしてくれ、と言える訳も無い。
二人は困って相談するように視線を交わす。
暫しの間、何とも気まずい雰囲気が場に立ち込めていたが、
「……分かった。指だけなら、いいぞ」
驚く事に、と云うべきか。矢張り、と云うべきか。
根負けしたのは、スミカであった。
驚いたのは勿論、スティレットだ。付き合いが長いだけであって、無愛想と見えて、根っこは情を持ち易い性格だとは知っていたが、こうも押しに弱いとは、悪い言い方をすれば、男に従ってしまう女だとは思っていなかった。
やっぱりと思ったのは無論、少年だ。只、スミカなら自分の言う事に従うだろうと打算的な考えを働かせていた訳ではなく、自分にも他者にも厳しい気質で、無愛想な処もあるが、根っこの方は優しい性格だと知っているからだ。
同じ人物に対してだが、受け取り方は夫々で異なった赦しを聞いて、スティレットは驚きの余りに無言だったが(いい、のか?)と目だけで問う。金色の瞳には居た堪れ無さが浮んでいながらも同時に、潤いに濡れる昂ぶりも灯していた。
旧友同士らしく、スティレットとスミカが視線だけで意思疎通を図っているのを余所に、少年はと云うと「はい!」と場違いなまでに元気良く返事をしたかと思うと、
「――あっ?! ……はンンっ!」
スティレットの虫食いの穴の中で丸出しの股間に既に宛がっていた指を、早速、剥き出しの割れ目に捻じ込ませる。そして、膣口が半開きだった為に覗けていたが、陰唇と異物とで暗闇に覆われた、濡れて蠕動する肉襞が群れる女肉を好き勝手に搔き回し始める。
「―ンンっ?! 中で、大き、くっ……うぅンンっ!」
射精と憐憫の感情で萎びていた肉棒が、返事そっくりに元気と精気溌剌として赤黒く傘を広げる鎌首を、むくむくと擡げさせて、挿った侭だったスミカの胎の中を満杯にする。そして、真っ赤に染まる胎の壁を思うが侭に抉り回し始める。
「ンァあっ! あうっ! くぅっ!」
「あっ、あっ、はァっ!」
「はぅっ! はン! はぅあっ!」
一人の男、二人の女、三人の嬌声が、暗い部屋の見えぬ壁に木霊し、暗闇の中で交じる。
スミカは少年の膝に置いた手を支えにして、彼に向かって結合部を見せ付けるように突き出し、浮かせている腰を、上下に揺らし、前後に振って、左右に回して、肉棒を味わう。
火照った身体が舞台上に共に立つ事を許されたスティレットは、ベッドの上で膝立ちになって、露な恥丘の奥の膣壁と、包皮を向かれた陰核を弄ぶ少年の指にされるが侭に愉しむ。
少年は、二人の美女――どちらもが身も心も焦がす程に恋しく、愛しい相手だと思っている女――の秘所の肉襞を、突き挿している指先で、そして、突き込んでいる肉棒で一心に感じている。
「あっ あっ あっ! もうっ! もう、イっ……イキますっ!」
少年が限界間近の嬌声を叫びながら、発声そっくりに勢い凄まじく腰を突き上げる。
スミカは荒々しく子宮口を穂先で叩かれて、反射的に膣を緊く締め上げる。
其の快感に身を硬直させた事で彼の指が、穿っていたスティレットの膣の天井を破かんばかりに抉りながら、抓んでいた陰核を潰さんばかりに捻り上げた。
そして、火が燈る導火線で連なる火薬の如く、性感に快楽が連鎖して――
「――はァァああンンっ!」
「あぅぅううっ!」
「――スミカっ……さぁぁぁんっ!」
スティレットは指で、スミカは肉棒で、少年はヴァギナで、ほぼ同時に三人は果てた。
濃さと量の異なる愛液を溢れ出させ、濃厚で大量の精液を撒き散らしながら。
スティレットの股を塗らし、スミカの胎が塗れさせ、少年のと指とペニスを塗り変えて。
腰を突き上げさせて、全身を仰け反らせて、身体を丸めさせてと、三人は各々が異なる激しい絶頂の様相を見せながらも、同じように激しく長きに亘って快感に打ち震えた後。
余韻を残して戦慄く三つの身体を一点に、凭れ掛からせ、寄り添わせ、重ね合わせた。
あたかも自分等を包み込む暗闇に、夫々を熔け交じらせるかのように――。
朝である。
陽光を浴びる小鳥達が仲良く飛び回り、可愛らしい鳴声で囀り、樹木の枝に留まっている。
樹木を見上げれば 緑の葉を濡らす朝露の雫が、眩しい朝陽の輝いて、まるで宝石のよう。
そんな風景を見れば、誰でも、我知らず顔が綻んで「いい朝だなぁ」と呟きたくなる。
しかし、どんな天候だろうと、どんな時間帯であろうと、どんなに善き風景が広がっていようとも――そう云う大多数の中に入らない者達も居るものである。
「――ふぇっくしっ! へくしっ! ひぃぃっくしっ!」
アサルトライフルらしい、ロックが追い付かない三点バーストで――以前までは其れがお決まりだったが、時が変われば変わるもので、バトルライフルだと改良された――放たれたクシャミに驚いた小鳥達が編隊飛行を崩す。夫々が空中接触を起こして、錐揉み回転をしながら、高度を落として行く。小鳥だと哀愁も湧くが、戦闘ヘリだと思えば、見慣れた光景だ。
すると一旦、クシャミが止まって、墜落寸前の――何故だか無性に「ブラックホーク、ダウン! ブラックホーク、ダウン!」と無線機に叫びたくなる――様相だった小鳥達も、地面寸前の宙空で奇跡的に体勢を立て直したものの――哀れにも、援護射撃が始まる。
「――ごほっ ごぉほっ! うえっほっ!」
そして、哀れな小鳥達は、最後の三連射によって、遂に撃墜されたのだった――。
と、まぁ、冗談はさて置き。
「……大丈夫ですか?」
ベッドに横たわりながら派手なクシャミをしたスミカと、其の傍の椅子に座っていて、マスクの内側で咳き込んだスティレットに声を掛けながら、少年が二人に御粥を差し出す。
二人は必要以上に申し訳なさそうにして、其れを受け取る。
起床後、少年は身体も軽く、楽であることから風邪が治ったと思って喜んだ。
瞬間、既に曖昧に成りつつある、甘い夢を思い起こした。
直ぐに、がばっと起き上がり、トランクスの中を見て――
「ふぅ……」
と、安堵の溜息を吐いた。幸いにも、汚れている気配も、臭いも無かった。
風邪が治った事を――其れだけにしては、いやに下半身が軽いような気がしたが、取り合えず、それは置いておくことにして――スミカに告げようと、彼女の部屋に入った。
すると、スミカは当然としても、何故だかスティレットの二人が同じベッドで添い寝をしているのが眼に入って、一瞬――不味い処を見てしまったかと勘繰った。
立ち往生する少年であったが、先にスティレットが起きて、「おはよう」と挨拶されたので、「おはようございます」と返しながらも、改めて、何故、彼女が居るのかと考えた。
何を聞いたものかと逡巡していると、突然スティレットが咳き込みだし、其れを目覚ましにしてスミカも漸く起きたのだが、スティレットと同じように、何を言うことも無く、咳き込んだ。
そうして、少年は二人が――何故か全く同時に――風邪を引いてしまった事に気付いて、急いで二人分の御粥を作り始めたのであった。
献身的に働いたのは、自分が移ししたのだろうという罪悪感が少しあったからであった。
御粥だけではなく――因みに、其のレシピは、地黒で縦にも横にも広い巨漢の上に強面だが、見た目に反して、気が弱いばかりか、家事全般が得意な整備班の一人に教えて貰った物だ――風邪薬を持っていったり、水を運んだりしている時、少年は夢の内容を思い出していた。
現実には在り得ない、荒唐無稽な内容であり、自分でも馬鹿げているとだと思ったのだが、一つだけ、現実であって欲しかった事がある――スミカのあの台詞だけは。
――私だけを、見て……。
(……言われてみたいな)
夢の中での事とは云え、思い出すだけで胸に温かい火が燈るような気さえする。其の温もりは、夢の内容が内容だっただけに生じそうな身体の熱よりも強いものだ。
少年が看病に精を出しているのは、罪悪感を抱いていると云うのは勿論だが、少しでもスミカの覚えを良くしようと云うのが大きい。
同じ言葉を、違う状況でもいいから、彼女にそんなことを言って欲しくて――。
さて、面倒なのはこの後からであった。
少年の師匠であったと同時に、オペレーターであり、マネージャーであるスミカが風邪を引いた事で、更に依頼を受けることが出来なくなり、暫くの間、一味の経済状況は貧窮する事に。
また、一味の過半数を占める整備班の面々からは、ヒヒヒと、ケケケと「移されちゃったんだぁ~」と何やら含みを持って嗤われ、一味の中で最年長の整備班長からは小言を貰った始末。
そして、スティレットにしても、同様だった。
マスクを着けてインテリオルの本部に帰えったらば、普段は忙しいのに、こう云う時に限って顔を合わせたウィンから「体調管理がなってない」と小言を喰らった。
基本的に暇なエイからは「あれ? 制服じゃないのに、スカートなんて珍しいですねぇ」と、破られてしまって使い物にならなくなったズボンの代わりとして、スミカから借りたスカートに言及された挙句に、
口調こそ冗談交じりだったが、結構、真剣な眼差で「履かないんだったら、私に下さいよ~」なんて強請られてしまって、誤魔化すのに一苦労したのであった。
さて、程度に差はあれど、ほぼ自分らのせいで風邪を移されてしまった二人。
今回、結果的にとは云え、酒池肉林をしでかした訳だが、酒池の段階で“親しき仲にも礼儀あり”と云う言葉の本質を理解したのは得であったろう。
しかし、彼女らはもう一つ、ありがたぁ~い格言の本質も悟っていた。
「……なぁ、スミカ」
「……なんだ」
「こんな言葉を知ってるか?」
「――待て。多分、同じことを考えていた」
「じゃあ、せーの、で言うか」
「分かった。行くぞ」
「せーの――」
「――“酒は飲んでも、呑まれるな”」
「……至言だな」
「ああ、全くだ……」
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