Written by へっぽこ


そんなわけで、別れ話をしましょうか。

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エンジンが失火する。

私は今、地上より7000mの空のただなかにいる。
ただなかで、浮かんでいるのだ。
24いた仲間たちはどこへ行ったろう? 
03は煙を上げて地へ落ちたと聞いた。

あたりを見回しても誰もいない。何もいない。
つまるところ孤独。たったひとつ、世界で稼働しているものは私だけだ。
ゆく当てのない渡り鳥のごとく、中空を漂い続けた群青の翼は羽ばたくことなく、ついに地上へ墜ちるだろう。

ひとつ。
またエンジンが光を失っていく。
その都度、速度は失われ、高度は下がる。
鉄の体は滑空するには重すぎて、上昇気流には乗れそうもない。
もう墜ちる一方なのだ。
ふと下。
大地を見れば、さながら噴き出すマグマのように、緑色をした光の束がうねっている。
視線を戻す。ここは6000mの空である。
が、地表と同じく緑色の光のうねりが目の前を横切っていく。
いまや汚染は空にまで達し、緑光子がクレイドル(ここ)にまで立ち上っている。
無数の光子をまきちらしながらだ。
緑色なのは、なにも大地ばかりではない。

河も海も氷河も、全てが緑に染まっている。
そして空。
漂う雲の色を、君は想像できるだろうか?
チカチカするこの輝きを見て、人類は何を思うだろう?
クレイドルには展望室が二つある。上と下。その昔は人であふれていた。
飽きもせず、大地を眺め、海を見下ろし、空を見上げ、星を見つめた。
今はもう、そのどちらも、見える光景は同じ。キラキラ光る緑一色。
その光景を見やる人はもういない。

昔、緑の大地と言えば、それは豊穣の証だった。
豊かな自然を讃える色だったんだ、緑は。
いったい、いつからなのだろう?
綺麗な緑が、汚染を意味し、見ただけで危険と脳裏に刻まれるようになったのは。
緩やかな死を約束する緑色。
結局人類は屈服したのだ。
この、毒々しくも美しい緑色に。
それは無限のエネルギーとして、人々に恩恵を与える科学の粋だった。
でも、それを扱い切れるほどに人類は器用ではなかった。
太陽に手を伸ばすと、背中の翼が溶けました。つまりはそういう話だった。

地球は青かった。
と、古代人は語った。
しかし青かったこの星は、何千年も経て真緑に塗り替わった。
それでも人は、最後の最後まで戦った。
ありとあらゆるものと。
それは例えば思想であり、自然であり、また別の人であり、鉄の塊であり、空を埋め尽くす兵器群であったりした。
敵という言葉でくくることのできる、全ての事象と人類は争いを続けた。
途方もない犠牲と成果を生みながら、人類種としての闘争は続いた。
そうしていつか気が付いた。
もう、この星では争いを続けられないということに。
だから彼らは出て行った。新しい闘技場を探しに宇宙へ。

ああ、また。
エンジンが失火する。
これで右舷は全滅。左旋回はもうできない。
ゆっくりゆっくり、大きな螺旋を描きながら、私は堕ちてゆく。
高度は少しづつ下がっている。

別れは近い。
あれから何千年も私は飛んだ。
それは星に満たされた、この緑の粒子のおかげでもある。
人類がいなくなっても、飛び続けることができたのは、この緑の光子のおかげだ。
だが、同時に溶けもした。光子を吸い込み吐き出すたび、私の体は溶けていった。少しづつ。
それは有機生命体の、老いと呼ばれる現象に近しいと私は感じている。
移ろい行く時流のかで、世界とともに劣化する。
呼吸はできても全力で駆けることはできない。
体の節々が痛む。飛び上がろうにも、そんな力はもうどこにも残されていないのだ。
ゆるやかにゆるやかに。

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エンジンが失火する。

私は今、地上より4000mの空のただなかにいる。
ただなかで、堕ちているのだ。
24いた仲間たちはどこへ行ったろう? 
03は煙を上げて地に墜ちたと聞いた。

私も直に墜ちるだろう。
できれば、大地がいい。
ああ、神様。
地球の七割は海だというが、最後ぐらいは、私のわがままを聞いてはくれないだろうか?

後悔はない。
私はこれでも役目を終えている。ゆりかごとしての役目をだ。
私は人類史上、いや地球史上最後のクレイドルである。
私がかつて腹におさめた人類はみな、宙へと上がった。
広大な宇宙を、私の創造主たちは今も漂っているのだろう。
もしかしたら、もう約束の地へ到達しているかもしれない。
そこでまた、新たな闘争を繰り広げるのだろう。
それがきっと彼らの進化のあり方なのだろう。
そんな不毛とも思える歴史の中で、私はひとつの機械として生まれ、無数の戦争を傍観し、いつか彼らの歴史から切り離され、それでもこの星を傍観し続けた。

傍観者。
それが私の役目だった。人生だった。
だからこれは、傍観者としての最後の言葉。
誰に届くでもない、記憶。
オートパイロットAIのRAMに全ての学習値を掻き消して、深く深くアーカイヴする。

最後のエンジンが火を失う。
―――さあ、別れの時だ。

人類が消えて、世界は今、とても平穏である。


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