小説/長編

Written by 雨晴


「以上の通り、致命的な戦闘は辛うじて制しているものの、依然として、ORCAの思惑通り進んでいると言えます」

ですが、言って手許の資料から顔を上げたリリウムの表情は、飄々としていた。

「つい先ほど、オーメル・サイエンス社から連絡がありました」

旧GA本社、その言葉にローディーが反応する。

「ビックボックスに、ORCA本隊が確認されています。これが、本日皆様にご参集願った理由です」
「・・・ボックスとはな」
「出るのかローディー?知らぬ土地でもないだろう」

呟やかれた言葉を初老が拾う。いや、と否定したのはウィン・D・ファンション。

「私がやろう。奴らは酔いすぎている」

その提案に、数秒間の沈黙が流れる。口を開いたのは王小龍。まあそれもいい、そう納得して、顔を上げた。

「支援機を用意しよう」

飄々とした表情が翳る。王小龍の前では滅多に表情を変えないリリウムを見て、ウィン・D・ファンションはその真意に気付く。

「成る程、それは頼もしいな」

感謝しておくよ、王大人。王小龍を指す彼女の声色には、皮肉めいた感情が載せられていた。
 
 
 
 
 
「身体は、もう大丈夫なのか?」

声に振り向けば、セレンがそこに居た。ええ、と答えて視線を戻す。そうか、と一言。

「ご迷惑をお掛けしました」
「あれだけの戦果を挙げたんだ、迷惑などとは思っていないさ。お前は良くやったよ」

驚いて再びセレンを捉える。顔に出ていたのか、何だ、と怪訝な顔をされた。

「貴女からそんな言葉を聞けるとは、光栄と言うよりもある種の恐怖を感じますね」
「私に対してどんな判断を下しているのか知らないが、少なくともそれは当人を前にして言うべきではないぞ」

すみません、と笑う。彼女は全く、と目を閉じて微笑む。
そんな表情を見たのは初めてかもしれない。初めて会ったときから、この人は厳しい人だった。
多少なりとも、認めてもらえたか。
オーメルの実験施設から連れ出して貰った時を思えば、ようやくだ。そう思うと、素直に嬉しく思う。

「新しい機体の受領書だ」

手渡された書類は、後は私のサインを残すのみ。胸ポケットからペンを取り出し、書き込む。

「アリーヤがこんなに早く納入されるとは思いませんでした」
「オーメルの連中が寝る間も惜しんで建造したんだそうだ」
「はあ」
「お前の機体と聞いて精度も完璧、現行技術も用いてオリジナルよりも高水準に仕上がっている」

渡されたスペックシートに目を通し、つい苦笑がもれる。

「随分と良い身分になったものです」
「まあオーメルにとっては、技術力誇示の良い広告塔ということだ」
「知ったことではありませんが。頂けるものは頂いておきましょう」

お互い頷いて、見上げる。小奇麗なアリーヤフレームには、まだエンブレムも、色も無い。

「吾輩は猫である、そんな小説が日本にあってな」

聞いたことの無い小説名に、耳を傾ける。

「語り出しはこうだ。"我輩は猫である。名前はまだ無い"」
「それで?」
「別に、それだけだ。何となく思い浮かんだんだよ。だが」

そう言って、まっさらなアリーヤへと、再びその目を向ける。

「お前の猫にも、そろそろ名前が必要かと思ってな。迷い猫では、今のお前に相応しくないだろう」
「成る程」
「いっそ父親に倣ったらどうだ?」
「バルバロイですか?」

イクバールフレームの、ショットガンとライフルの構成が浮かぶ。懐かしい、そんな感想を得る。

「私にとっては、その名を冠すべき機体は一機のみなので」

そうか、セレンが呟いて、あとは何も話さない。少し、考える
まあ、決まっていた。

「オーメルの研究所で貴女に見出して頂いて、貴女がどこからか強奪してきてくれたアリーヤフレーム」
「強奪してきたとは何だ。譲り受けたんだ」

そうですか、と苦笑。

「いずれにしても、その恩人から頂いた名です。簡単に外せはしませんよ」
「では、継ぐのか」
「ええ」

あのアリーヤを思う。今思えば、長年連れ添った戦友だったのかもしれない。

「あの機体とは貴女の厳しい指導も実戦も共にしてきた。それなりの愛着はあったんです」

再び、そうか、と頷く彼女。

「義理堅いと言うか、馬鹿な男だ」

無表情のようにも見えるが、どこか嬉しそうにも見えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カラードのブリーフィングルームに彼が呼び出されたのは数時間前で、知らせを聞いた私もここに居る。
いつかの企業連本部では数時間も待ったそれが、今日は十分程度で開いた。駆け寄る。

「ハイン様」

一瞬驚いたような顔が見えて、すぐに消える。

「リリウム?待っていて下さったんですか」

有難う御座います、そう微笑んでくれる。とんでもないですと返す。

「それよりも、もう実戦に復帰なされて大丈夫なのですか?」

あれだけの怪我のあと、前回の出撃から2週間も経ってはいないのに。彼は、表情を変えない。

「喜ばしいことに、担当医からは完治を言い渡されまして」
「・・・そうですか」

お医者様を丸め込んでおくべきだった。不覚である。

「これで、リリウムに迷惑を掛けず済みますね」

彼は嬉しそうだ。迷惑云々ではないが、むしろ寝ていてくれたほうが戦場に出なくて良いのだから、心配せずに済むのだが。

「心配して下さらなくても大丈夫ですよ」
「心配です」

即座の切り返しに、また驚いたような顔。いや、驚かないでもわかって下さい。

「心配性ですね、リリウムは」
「そういうことでは無く・・・」

わかって言っているのだろうか、この人は。

「言ったじゃないですか。私だって、貴方が居なくなってしまうのは絶対に嫌なんです」

言えば、3度目の驚きが返ってくる。だから、わかってやっていませんか?そんな疑問が頭を過ぎった。すぐに微笑みに変わる。

「幸せ者ですね、私は」

頭を撫でられ、反射的に目が細まる。何度目だろう、数えられないけれど、自然に受け入れられた。

「必ず帰ってきますよ。こんなところで死ぬわけがないじゃないですか」
「ですが・・・」
「私は今、幸せなんですよ。こんな思いは、本当に久しぶりです」

だから、と彼が続ける。

「こんな思いの中死ぬなんて、死んでも死に切れません」

そう冗談めかして、頬に彼の手が触れる。これは、二度目。

「それに、今私の居るべき場所は病床ではなくて戦場です。あまり怠けていては、父にも皆にも、妹にも顔向けできませんし」
「・・・ウィル様はきっと、寝ているように言うと思います」

確かに、と苦笑が来て、受け止める。

「だとしても、私は行きます。私が行かなければ、貴女が出るでしょう?」

苦笑が、再び柔らかい笑みに。

「私が出て、勝って、帰ってくる。ほら、問題ありませんね」
「ですから」

言い負かされそうになるのに抵抗を試みようとしたところで、彼のモバイルが音を立てる。時間を知らせるもの。

「残念、時間切れです」
「・・・酷いです、ハイン様」

俯けば、顔を上げてくださいと声が掛かる。上目で伺い、顔は上げない。精一杯の抵抗。

「貴女の隣に居る為に、全力を尽くしてきます。貴女に心配を掛けないように、そうですね、無傷で戻りましょう」

そう言う彼の表情には自信が宿っていて、この人にはきっと、それを成すだけの力がある。

「それで手を打ちませんか?私も、病院生活に戻るつもりはないですから」

顔を上げる。数瞬考え、声を絞り出した。

「誓って下さいますか?」
「ええ」

簡単に頷いて、では行ってきます、とハンガーへ向かう彼の背を見詰める。
突然、ああ、と振り返った。

「病院生活でも、良いことがありました」
「え?」
「リリウムに看病して頂けたのは、それはもう幸せな事でしたね。特に、こう、食事を」

スプーンを相手の口へと運ぶ実演を披露され、顔が熱くなる。

「は、ハイン様!」

周りに人が居ない事を確認する。彼の表情は意地悪な笑顔。その笑顔のまま、すみませんと詫びられた。
むぅ。

「では、今度こそ行ってきます」
「・・・はい。お気をつけて」
「有難う御座います。戻ってきたら、また食事にでも行きましょう」
「・・・絶対ですよ?約束ですよ?」

わかりました、と今度こそ歩いて行ってしまう。その背に祈るのは、彼が無事であるようにという事だけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で、本当にもう大丈夫なのか?」

尋ねれば、肯定と礼が帰ってきた。そうか、と一言。投下90秒前、輸送機のハッチが開く。

『割り当てはどうしますか?ウィン・D・ファンション』
「ウィンディーで構わない」
『それは、ロイに殺されそうなのでお断りします』

何でだと尋ねると、何でも何も、と返される。良くわからん。

『では、ウィン・Dで』
「大して変わらないじゃないか」
『そうでしょうか。と言うか、ロイが聞いたら泣きますよ?』

まあいい、と話を戻す。

「君がタンク型、私が重二脚型でどうだろうか」
『撃破後はお互いのフォローですね、了解しました』

アラームが鳴る。PA展開、ジェネレーター正常稼働中、各兵装準備良し、投下。重力に任せて落ちていく。
すぐ後方に黒のアリーヤがついた。頼れるだろう。ボックスを視認、ネクスト反応確認。数は事前情報通り、2。

『ビックボックスへようこそ』

敵機からの通信は、若い男の声だ。

『歓迎しよう。盛大にな』

同時、ボックスから砲撃が来る。打ち上げられるそれを、クイックブーストで回避。敵機視認、距離1200。

「一気に敵ネクストを叩く。遅れるなよ」
『了解』

散開。後方でコジマ粒子収縮、オーバードブーストか。クイックブーストを絡め、凄まじい速度で相手へと迫っていく。
負けられないな。そう思い、同じくオーバードブーストを起動する。向かうは、黒のネクストだ。
フレームはGA、実弾兵装で固められたそれは、当たれば大きな障害となる。
だが、当たらなければ。クイックブーストで背後へ。鈍い動きは、AMS適正の低さからか。レーザーキャノン命中。
一度距離を置き、エネルギーを回復へ。ミサイルが来る。速度の遅いそれは、大型のものか。これも、当たればまずい。だが。

「威力だけか。それでORCAとは、笑わせる」

再び距離を詰め、その最中にレールガン。命中はしないが、敵機の回避はレーザーキャノンへの繋ぎになる。命中。

『ハッハー!』

威勢の良い声が聞こえてきた。

『まだまだ行けるぜ、メルツェル!』

メルツェル、この男の名だろうか。知ったことではない。パルスキャノン命中。
一瞬、ストレイドへと目を向ける。ガトリングガンの弾雨は、ことごとく避けられる。遠目から見ると、まるで途切れないその機動。
ロイやジェラルドは、あの男をべた褒めしていた。その評価通り、いい動きだ。意識を戻す。
先からライフル弾が少しずつ当たり始めている。致命傷にはならないが、あまり蓄積しても良いものではない。
上昇、後方へ。ミサイルが来るが、オーバードブーストで振り切る。クイックターンで回頭し、レールガン射撃、2発。

『ヘッ、ここまでか』

威勢のいい声が、どこか萎れている。

『悔いはねえ。楽しかったぜ、メルツェル』

ネクスト反応消失、早いな。オーバードブーストで、黒の重量機に襲い掛かるストレイド。

『単純馬鹿が。死んで治るものでもあるまい』

そう言う声色は辛そうで、彼らの信頼関係を感じさせた。
だとしても。思い、再接近。

「敵兵装、大型ミサイルと実弾兵器に注意してくれ」

肯定の返事は無い。ロイが言っていた、沈黙系とはこのことか。接近完了、距離500、レーザーキャノン射出。
初めて間近で見るその機動。相手に一切のサイティングの隙を与えず、多段クイックブーストを駆使して飛び回る。
評価通りの良い腕だ。マシンガンとアサルトライフルがプライマルアーマーを弾き、正確にグレネードが命中する。
近距離戦の常套手段を、尖りに尖らせたような。その技術は、一夕一朝で成るものではないだろう。一息。

「遊びすぎたな、自動人形。終わりにしよう」

踏み込み、援護に徹する。ストレイドの射線から飛び出しそうな重量機をパルスキャノンで牽制し、レーザーキャノン。
再びグレネードが命中し、よろめいた。レーザーブレードを展開し、その懐へ。命中。
止めとばかりにいつの間にか敵機の背後に居たストレイドがマシンガンを浴びせる。

『潮時か』

側方へ回り込み、距離を取る。レールガン。

『まあいい。最早私も不要だ』

ストレイド、グレネード展開、射出。

『人類に、黄金の時代を』

敵ネクスト反応無し。

「任務完了か」
『そのようですね』

目を閉じる。

「でかい墓標だ。奴ら皆でも、不足はないな」

目を開け、隣のストレイドへ向けた。被弾ゼロ。改めて、ロイやジェラルド、或いは王小龍の評価も頷ける。

『戻りますか、ウィン・D。ボックスの機能も停止したようですから』
「ああ」

メインブースターに火が灯り、上昇。
だが、それでさえも。
先行するストレイドの後姿を見ながら、医療施設での二人の姿を思い出していた。


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