小説/短編

Written by Rt


『Legendary Raven』

ゆっくりと瞳を開く。

ぼやけた視界の先には空が波紋を立て、揺れていた。青く、ゆらゆらと揺れている空。
空がどんどんと高くなるにつれて周りが少しずつ暗く、冷たくなっていく気がした。

思考を少し戻してみると、ここが空ではない事に気がつく。空…?空ではない、ここは海だ。

水が優しく、時に強く体に纏わりついてくるように感じる。

傷つき、沈んでいく白い身体。

手を伸ばすが先には届きそうもない。

俺は死んだのだろうか、それすらも分からなくなってくる。

もう何も感じない。かつて感じた痛みも、つらさも、何もかも。

あぁ、これはもう死んだも同然か。

光の届かない海の底に一つ、『光』があった。

沈んでいく---どこまでも。

限りなんてない---どこまでも---どこまでも。


戦争。この世界では特に珍しいものではない。世界各地で頻繁に行われている戦争や紛争。俺の暮らしていた町も戦場になった。

親なんてものは気付いた時から既にいなかった。俺は今までずっと一人で生きてきた。身寄りもなければ金もない、俺は俺なりに必死に生きてきた。どんなに汚いことをしようと、どんなに屈辱的な仕打ちを受けようと、罵倒され、どんなに汚い目で見られようと。

俺は生きてきた。

死にたくなかった。

戦場で乗り捨ててあった軍用ACに乗ったのがまだガキの頃。そのACで俺は初めて人を殺した。

人を殺すことにあまり躊躇いを持ったことはない。

なぜならば、そうしなければ俺が殺されてしまうから。殺さなければ殺される。そんなこと当たり前だった。

俺はそのACで他の似たようなACを何機も襲った。破壊したACから使えそうなパーツを奪い取り、ACをより強くしていった。
時には名のあるレイヴンのACを襲い、殺した。無論、俺も無傷では済まない。だが俺は殺した、殺すことができた。

いつもいつも上手くいくわけではない。何度も死にかけたことはあるが、どんなに酷い傷でも、どんなに過酷な戦場でも、俺は死ななかった。きっと悪運だけは強かったのだろう。

俺はレイヴンだった。

気が付いたら既にそう呼ばれていた。金の為に、多くの汚い仕事に手を染めた。
俺はまともな人間じゃない。
金の為に大勢の人を殺し、金の為に多くの町を焼き払い、金の為に多くのライフラインも潰した。

レイヴンは本来群れることはない。仲間、そんなもの俺には必要なかった。はっきり言って邪魔以外の何物でもない。

無駄な仲間意識の為に死んでいったレイヴンも少なくはないと聞く。普通の人間にとっては美談に聞こえるかもしれないが、俺にとっては馬鹿な話にしか聞こえない。
下らない仲間意識の為に死ななくていい者が死ぬ、馬鹿な話だ。

裏切られるのは傭兵の常。クライアントに裏切られ、仲間だと聞かされてたレイヴンに裏切られ、殺されそうになる。

信用、そんなものあったものじゃない。誰も信用できなかった、誰も、何もかも。

血みどろの戦場を駆け抜け、多くの死地を潜りぬけていくうちに、俺は『伝説』と呼ばれるまでのレイヴンになっていた。

人は『伝説』と呼ばれるものが好きだ。

人は『英雄』と呼ばれるものが好きだ。

俺の存在を人々は伝説と称え、俺の強さを英雄と称えて賞賛した。そうして人々は俺を良いように担ぎあげる。

俺はそこで初めて気が付いた。自分が今まで行ってきた過ちの大きさに、当たり前のように奪ってきた命の重みに。

俺の存在は伝説、俺の強さは英雄。

違う---。

何も分かってはいない。

俺はただの人殺しだ。

俺は称えられていいはずがない、賞賛されるべきではない。行く先々で死をまき散らす、血にまみれた薄汚い鴉など、本当は生きていいはずがない。

俺は、なぜ生きている?

答えなど出てこなかった。俺はただ、死にたくなかっただけだ。

自分の為に生きてきた、その時はそう答えるのが正しかったのだろう。

生きている理由などその時は考えたこともなかった。俺の生きている理由と価値?そう考えたとき、自分の存在がとても無意味なものに感じた。

いつ死んでも構わない、だがそう易々と死ぬつもりもない。そんな矛盾が俺を襲う。

俺が死ぬとき、それは俺を上回る者に殺される時だ。きっとそんなものなのだろうと。

俺が生きる理由、これから先ずっと変わらないものだと思っていた。

あいつと出会うことがなかったら、俺は本当の意味で死んでいただろう。

あいつと出会ったことが、あいつの存在が、俺自身を変えた。


水の流れる音で俺は目を覚ました。それと同時に全身に激痛が走る。体中傷だらけだった、所々血が滲んでいる。

あれは何だった---。

あれと呼んだものが一体何だったのかよくわからない。酷い嵐の日、俺は見たことのない形状のACと交戦した。機体の周りをバリアの様な膜で覆い、信じられない瞬発力で迫ってきたあの機体。レイヴンであれば企業のパーツをほぼすべて熟知しているが、どの企業にも見られないパーツだった。少なくとも既存のACではない。俺のAC、コアブロック以外はすべて吹き飛ばされ、ほとんど原形がなかった。

撃破され、そのまま川に落ちて流されてきたのか。嵐でなかったら追撃を許し、そのまま殺されていただろう、つくづく悪運が強い---。

かろうじて少し開いた搭乗口から傷ついた体を出し、這うようにして外に出る。
川、そこには綺麗な川が流れていた。ふらふらと立ちあがり、数歩歩くが、激痛で体が言うことを聞かず、河原で倒れた。川の水がパイロットスーツに少しずつ滲みこんでいくのが分かった。

冷たい---。身を切るような冷たさではないが、俺の生きる気力を奪うには十分なものだった。

死ぬのか。

このまま目を閉じて死んでしまおうかと思った時、不意に河原を人が歩いてくる音がした。
はっとし、足に付けているホルスターからピストルを引き抜こうとするも、激痛で腕に力が入らない。足音の主もこちらの存在に気付いたのか、こちらに向かってくるのが分かる。駆け寄ってくる足音。動かない俺の腕。

あぁ、こんなところで俺は死ぬのか。

そう思ったその時。

「大丈夫ですか!?」

女の声。一体誰だ…少なくとも敵ではなさそうだが…。

「酷い傷…すぐに治療しないと!」

なんだと…?何を考えているこの女は。

「待っててください!すぐに助けを呼んできますから!」

遠のいて行く足音、それと同時に俺の意識も遠のいていく。

死ぬのだろうか?まぁそれもいい…そこで俺は意識を失った。


目覚める。生きているのか。

ベッドに横たわっている俺の体。相変わらず激痛が続いている。

「あっ!目が覚めたんですね?」

女の声、あの時の声だ。顔を声のほうに向ける。若い女だった。

「動かないでください、まだ傷が治っていませんから」

「……」

「なぜ俺を助けた…」

ひとときの沈黙の後、俺は口を開いた。女は少し驚いたように答える。

「なぜって…酷い怪我をしていたからです」

「…そんな理由でお前は俺を助けたのか?俺は敵かもしれないんだぞ…」

この女がなぜ見ず知らずの人間を助けたのか俺には理解できなかった。

「…目の前で傷ついている人を助けるのに、敵も味方もありませんから」

「……」

ただのお人好しか。

女はそう言うと、おもむろにテーブルの上に置いてあったリンゴの皮を剥き始める。皮をむく音が静かに部屋に響き渡る。

「はい、どうぞ」

「…」

酷くボロボロに切り分けられているリンゴ。不器用にも程があるほど酷い形に切り分けられたリンゴだった。

「リンゴです、どうぞ」

俺は生まれて初めてリンゴに同情した。リンゴが可哀想である。

「あっ、動かなくて大丈夫です」

全身包帯だらけの俺を察したのか、女はフォークでボロボロのリンゴを俺の口に運ぼうとする。

「…いらん」

そう言って俺は顔を背ける。

「…すみません、でも…何か食べないと身体に悪いと思って…」

「……」

「…自分で出来る」

かなり痛むが、かろうじて動く右腕を動かし、なんとかリンゴを口に運んだ。

「どう…ですか…?」

「…」

「すみません…私、こういうの上手く出来なくて…」

「…味はリンゴだからな」

「むっ、それもそうですね…」

そんなやり取りをしていると不意にドアがノックされる。開かれたドアの先には小柄な青年が立っていた。

「ここにいたのかフィオナ、話がある…来てくれ」

その青年はベッドで寝ている俺を一瞥すると、フィオナと呼んだ女を連れてどこかへ行ってしまった。

今思えばそれが前触れだったのだろう。

俺が再びあの場所に立つきっかけがそれだったのだ。


「終わり…か…」

日が沈みかけた砂漠の大地。

「あるいは貴様も…」

マグリブの大地を駆け抜けた一匹の狼が砂漠に鎮座した。足を折り、崩れ落ちる機体。

「同じ…為に…か…」

砂漠の大地に倒れる狼。マグリブの英雄はついにその体を砂の上に横たえる。
守るべき故郷の為、守るべき仲間の為、世界を相手に牙をむいた狼は志半ばでその命を砂の大地に散らした。

かろうじて立っている俺の機体。これ以上に無いほど喰らいつくされた。

死闘だった、どちらが死んでもおかしくはなかった。

生きているのか、俺は---。

頭が割れそうな激痛と凄まじい嘔吐感が襲ってくる。何度も何度も気を失いかけた。

不意にある言葉が頭をよぎる。

その力で----貴様は何を守る-----。

マグリブの英雄が俺に投げかけた言葉。戦いの最中、俺は答えなかった。

守るべきもの---?

この時の俺には---そんなものは無かった。


「こちらホワイト・グリント、リンクス、ジョシュア・オブライエンだ」

日に照らされる広大な砂漠。

「レイヴン、活躍は聞いている、よろしく頼む…共に勝利を」

俺はその時、この男と出会った。『白き閃光』の名を冠した機体を駆り、高いAMS適性と強さを兼ね備えた理想的なリンクス。

アスピナの傭兵---。

ジョシュア・オブライエン---。

『ホワイト・グリント、ソルディオス撃破!!』

フィオナの声が響き渡る。

『すごい…圧倒的です…!!』

強い------。

遠目から見ても分かった。ジョシュアという男の強さが。俺が最後の一機を破壊するよりも早く、ジョシュアは敵を全滅させていた。

「やるな…!頼もしい!味方でよかった、お前が…」

「お前とは、敵対したくないな」

俺もだ。そう言いかけて俺はやめた。ジョシュアの強さを目の当たりにして、俺は怯えていたのかもしれない。答えてしまうと、この男の強さを認めてしまいそうな気がしたからだ。認めざるを得ない、だが認めたくはなかった。何よりも-------。

「また会おう、フィオナ」

俺はジョシュアに嫉妬していたのかもしれない。

「こんな時代だ…生き残れよ…お前たちも」

『ジョシュア、守るべき故郷の為に戦い続けているの…本当に強い人…昔も、今も…』

こんな感情、生まれて初めてだった。違う、俺はこんなことの為に戦っているんじゃない。

俺はただ、恩返しがしたかった。こんな俺を、こんなにも薄汚く、くたばりぞこないだった俺を。

あいつは、フィオナは救ってくれた。

恩返しが…したかっただけなのに。なんなんだ、俺は。

俺は心のどこかで思っていたんだ。

自分でも気がつかないうちに。

あいつのことを----。


『お疲れさま…あとはゆっくり休んで…』

声を聞くと、俺は安心する。

『死なないで…』

声を聞くと、俺は何が何でも死ねなくなる。

俺は生きて---必ず戻る。

『これで、リンクス戦争も終わり…勝手な理由で…大勢の人が亡くなって…汚染ばかりが広がって…あなたがいなければまだ続いていたかもしれない…本当に、ご苦労さま…』

アナトリアの傭兵-----。俺はアナトリアの為に戦っている?本当はそうじゃなかった。

俺が死ねない理由----。

それは、あいつのため---。

フィオナの為だった。

俺はお前の為ならどんなことだって出来る。お前の為ならどんな敵とだって戦える。俺はお前の為なら---どこまでも強く---。

俺は生まれて初めて、人を好きになった---。


「リンゴ、剥けたよ?」

皿の上に綺麗に切り分けられたリンゴ。最初出されたあの時と比べると全然違っていた。

「随分上手くなったな」

「だって…いっぱい練習したもの」

照れくさそうに笑顔でこたえるフィオナ。

「ふっ、そうだな…」

思わずこぼれた笑み、自分でも驚くほど自然に出た。

「ふふっ、あなた本当に変ったわ」

「…?」

「こんなに笑ってくれることなんてなかったから…」

「あの頃は、こんな風じゃなかった」

「懐かしいね…」

俺の身体、あとどれくらいもつだろうか。そう言いかけて俺はやめた。もうすぐこの戦いは終わる、いや---俺が終わらせる。

「…ねぇ、全部終わったら…どこか遠くに行こう もう…戦わなくていいの」

「あぁ…分かった、行こう」

一緒に行こう。

「約束だからね…」

あぁ---守ってみせる。

必ず---。


なぁ…ジョシュア、なぜだ…?

「遅かったな……」

そんな----来てはダメ!

「……言葉は不要か」

お前がやったのか---?全部---。

こうなることがお前の望みだったのか---?

答えろ---ジョシュア---。

俺たちは燃え盛るアナトリアで激突した。

俺たちが守るべきもののために-------。

なぁ、ジョシュア。

戦うこと、必然だったのか。

俺たちは。

そうだったのかもな。

俺とお前は-------。


俺は生きている。

俺はもうレイヴンじゃない。

一人のリンクスとして。

フィオナ、ありがとう。お前は俺に、生きる理由を与えてくれた。だから俺はここまで生きることができた。本当に感謝している。

昔の俺なら、もう死ぬ事を考えていただろう。生きる理由なんて見出せなかっただろう。
だが、今の俺は---。

死ねない。

まだ死ぬわけにはいかない。

俺の帰りを待っている人がいる---。

大切な---かけがえのない人なんだ---。

その人に為に-----。

せめて----もう一度だけ。

もう一度だけでいい-----。

俺に力を貸してくれ----『ホワイト・グリント』----。


機体に囁き、そして返ってくる。

四肢にみなぎってくる力、あふれてくる---かつて感じたあの感覚が。

それは溢れ、そして弾けた。

海を吹き飛ばすかのような大爆発。海中から湧き上がった膨大なエネルギーは水柱となって海面を突き上げる。

かつて携えた黒き翼を白き翼に塗り替えて、新たな姿を宿した伝説は再び飛翔する。

空。どうしようもなく広く、青く、そして綺麗だった。こんな風に空を思ったのは初めてかもしれない。

もう一度だけ、俺を飛ばせてくれ。

ラインラークを支える巨大な鉄柱、そこに俺は機体を降ろす。

「ホワイト・グリントの生存を確認、再起動…?これはデータにありません」

「再起動だと!?あり得るのか…こんなネクストが…」

フラジールにストレイド。いずれもカラード管轄のネクストにリンクス達だ。オペレーターであろう者の声も聞こえる。

「いつまでこの世に居座るつもりだ…過去の遺物が…」

オッツダルヴァ、若くもカラードの頂点に君臨する王がこちらを睨みつける。

「やはりただでは死なんか…ホワイト・グリント…!」

俺を殺しきれなかったのがそんなに悔しいか?

『そんな…!再起動なんて!!そんなことしたら…』

フィオナ---いいんだ。

必ず戻る---待っていてくれ、いつものように---必ず。

閉じていたカメラアイ保護機能システムを解除、開かれた複眼は眼下に映るネクスト三機を見据える。故障なのか、その目はいつもの様な蒼い複眼ではなく、紅く、血に染まったような色をしていた。

「ふん、まぁいい…下らん茶番はここまでということか」

撃破対象を確認。カラード管轄のネクスト、ステイシス、フラジール、ストレイド。

「あの男は貴様を認めた…私が志したレイレナードの英雄がな」

「本当の貴様の力を…アナトリアの生ける伝説を…」

武装、機器チェック、起動に支障なし。

「見せてみろ…リンクス戦争の…」

戦闘システム、起動。

「『英雄』の力を……!!!!」


OBブースターが唸り声を上げ、弾ける。爆発的な推力を利用し、一気に3機のネクストとの距離を詰める。ステイシスを先頭に、フラジールとストレイドがそれぞれ左右に展開、迎撃の構えを見せていた。

あらかた突撃してきたところを上手く取り囲んで撃破する作戦なのだろう、見え透いたものだった。

ステイシスが先行、こちら目掛けてミサイルを放ってくる。ミサイルアラートが鳴り響き、俺に警告を告げるが、この速度なら被弾することは無い。
読み通りミサイルは機体をかすめ、あさっての方向に飛んで行った。

OBで前進してくるステイシスを迎撃…するつもりはない。QBでひらりと突撃してくるステイシスの脇をすり抜けると、後方にいる2機のネクストへ向かって突撃する。
ステイシスはこれに驚くも、これを挑発ととったのか猛然とホワイト・グリントを追撃してきた。プライドの高い奴ならこれを挑発ととるのは自然だ、そして後方の二機は前衛のステイシスをすり抜けてきたホワイト・グリントを見てあからさま油断しきっていた挙動をとった。

…掛かったな。

ホワイト・グリントを覆っていたプライマル・アーマーが揺らめく。

先手は俺が貰う。

圧縮されたエネルギーが弾け、強烈な閃光と共に周囲を巻き込み、吹き飛ばす。

『アサルト・アーマー』。凄まじい爆音が辺りに響き渡る。追撃してきたステイシスとこちらの動きに瞬時に反応したストレイドは間一髪で直撃を回避。PAと装甲を多少そがれるももの、戦闘続行可能。フラジールは直撃をくらい、吹き飛ばされる。

敵の陣形が崩れた。

「…パターン修正、作戦続行します」

どうやらまだ動けるらしいが、深手を負ったことに変わりはない。被弾を考慮してなのか、PAを展開しなおすまで時間を稼ぐべく後退するフラジール。

それを逃すわけがない。だが追撃に転じたホワイト・グリントを一発のグレネード弾が襲う。

弾は海面に着弾、爆炎がこちらの視界を遮る。後退したフラジールをストレイドがカバーしたようだ、多少の連携は心得ているらしい。
後方からのミサイルアラートが耳をつんざく、ステイシスだ。ホワイト・グリントのサイドブースターが弾け、ミサイルを回避、追尾機能を失ったミサイルは全て海面へと落ちて行った。

「何のつもりだ貴様…この私を無視とはやってくれるな」

やはりプライドに触っているようだ、こういう敵が一番殺りやすい。

「貴様らは下がっていろ、私がこいつを海に沈めてやる…」

若きカラードの王は一騎打ちをご所望の様だ、共同戦線を張っておけばまだ勝算があったものを、プライド云々以前に馬鹿だ。

猛スピードでステイシスが突っ込んでくる、一対一なら願ってもない、これに応じる。
両肩の八連分裂弾ミサイルを展開、突っ込んでくるステイシス目掛けて放つ。分散したミサイルがステイシスを襲うものの、ステイシスは鋭い機動でそれを回避、距離を詰め、ホワイト・グリントを射程範囲内に収める。

撃ちだされるアサルトライフルの弾丸とレーザーバズーカの光の帯が機体をかすめてゆく。オーメルの新標準機・ライールの機動は速く、鋭い。それとオッツダルヴァの操縦の腕が重なってそれなりの強さを見せている。

生え抜きのエリートとは異なる常に実戦にある天才、これがオーメルの切り札、カラードを統べる若き王。

こんなものなのか。

ホワイト・グリントのライフルがステイシスの左腕を撃ち抜いた。損傷により引きちぎれた腕は海に落ちていく。

「!?」

ACの関節部分は他の装甲と比べると非常にデリケートだ、それはネクストにも言える。オッツダルヴァは何が起きたか分からないといったようだ、ステイシスの挙動に乱れが出てくる。一度崩れれば一気に崩れる、どれだけ踏みとどまれるか、リンクスの真価が問われてくるところだ。

しかしさすが実戦派のエースというわけか、一呼吸置いて体勢を立て直した。落ち着いてこちらの動きを見てくる。
分裂ミサイルとライフルを絡めながらステイシスを迎え撃つ。着実に衰えを見せるステイシスの機動、ホワイト・グリントは変則的な動きで放たれてくる弾を回避し続ける。徐々にスピードを上げ、確実に装甲を撃ち抜いていく。焦りがオッツダルヴァを襲っているはずだ。

「こんなはずが…こんなに…遠いはずが…」

人の出会いは皮肉だ。

上には上がいる、それはどの世界でも同じように言えることだ。絶対的な自信に傷をつければ後は自然に壊れていく。

抉られ、傷つき、引き裂かれた装甲を晒し、若き王は最後のあがきに出る。背部に搭載されたPMミサイルをパージ、右手に握られた剣のような形状のアサルトライフルを片手にインファイトを挑んでくる。

猛然と接近し突き出された剣は、ホワイト・グリントの心臓を貫くことは無かった。それにタイミングを合わせ、機体をねじって空中でスピン、突き出された剣を腕ごと脚部でへし折る。PAの干渉する音が耳障りなほど響きわたった。

衝撃で落ちていくステイシスのメインブースターにライフルの照準をあわせ、撃つ。

弾丸はブースターに被弾、爆音を響かせながらふらふらと高度を下げていく。推力を失ったネクストが戦闘に勝利することなど無い。ましてやここは海上、どうなるかは目に見えて分かる。

「認めん…認められるか…こんなこと…」

勢いよく海面に叩きつけられ、ステイシスはゆっくりと沈み始める。

「…また戻る…絶対に…」

投げかけてくる言葉を俺は受け止めはしない。ステイシスの機動、どこかおかしな癖を感じた。あれは軽量機乗りの癖ではない、なにか引っかかるところがあったが、それ以上考えるのをやめた。

奴が生きていようと死んでいようとここは戦場、戦闘不能に陥った者に語る口は無い。

敵反応残り二、さて、どこへ逃げた。

考えると同時に飛来する弾丸。瞬時に反応し、回避。まるで海を耕すような弾の雨、先ほど損傷したフラジールからのものだった。

「パターン修正完了しました、戦闘開始します」

驚異的なQBでこちらの弾を回避し、接近してはマシンガン、チェインガンといった瞬間火力の高い武装で削りを入れてくる。こちらも回避を試みるものの、アサルトライフルの弾幕を軽く上回る弾丸にPAと装甲を削がれる。なかなかに厄介な武器だ。

「パターン変更、No3~No7適応、データ修正、全て良好、良い傾向です」

まるで精密機械のような奴だ。先ほどの戦闘を全て見ていたのだろう、それをデータ化して戦いを組み立てているのか、面倒な相手だ。

「挙動を確認、KP反応が高まっています、アサルトアーマーですね?二度同じ手は通用しませんよ?」

完全にこちらの挙動を読み取っている。わずかな動きでも同じ動きは通じないわけか、ならば---。

ホワイト・グリントのOBを展開、まるで翼のような炎を展開させ、一気にフラジールとの距離を詰める。

「やはり反応が高まっていますね、アサルトアーマーでしょう、回避します」

その通りだ。俺は再びアサルトアーマーを発動させる。強烈な閃光と爆音が周囲を包み、あらゆる物を吹き飛ばす。が、やはり手ごたえは無い。

「回避に成功、カメラアイ機能修正、三秒待機します……リカバリー成功」

視界の開けたフラジールの前に、ホワイト・グリントの姿は無かった。

「消えた?目標ロストしました」

初めから当てようなどと思ってなどいない。それに----。

精密な機械ほど、予想外のアクシデントに弱い。

海面から湧き上がる水しぶき、フラジールの後ろ姿が間の前に現れる。合わさる照準、引き金が指に掛かる。

「海を…?回h……」

銃声。右手のBFF製のライフルと左腕のアサルトライフルが火を噴く。機動性を重視した機体なだけあって紙の様な装甲だった。穿たれた装甲が飛び散り、落ちてゆくフラジール。

戦いというものは一瞬で決まることもある。

この世でもっとも恐ろしいのは、油断という名の化け物。敵にとどめを刺すその時まで決して敵から目を離してはいけない、目を離したとき、それは死を意味する。

穴のあいたボロきれのようにフラジールは海に沈んでいった。

敵反応残り一、これで最後だ。

海上に突き出たビルの上に熱源反応、残り最後の一機、ストレイドを確認。探す手間が省けるというものだ。見上げると奴がいた。

オーギルの頭部、そしてアリーヤをベースにした高機動タイプの中量二脚といったところだ、カラーリングは黒をベースに所々黄色のラインが入っている。ローゼンタール製アサルトライフルにMARVE、グレネードキャノンにミサイル、改めて見るといかにも独立傭兵らしいアセンブルだった。

俺はこいつを見た時、どことなく不思議な、懐かしいような感覚に襲われた。初めて見るはずなのになぜだろうか、そんな風に思えた。

先ほどの回避といいカバーといい、少しは腕があるように見える。新参の独立傭兵が出てきたと聞いたことがあるが恐らくこいつの事なのだろう。このラインアーク襲撃にかりだされるくらいだ、大方才能はあるがまだ経験の浅いリンクスといったものか。

ストレイドは微動だにせず、こちらを見据えている。先の二機との戦闘をこいつは見ていたのだろうか。加勢するなら早々にしていたはず…オペレーターの指示なのか、こいつの意思なのか、それは分からない。

不思議だ---。

俺はなぜかこいつが昔の自分に見えてきた。ただ苦しみ、ボロボロになりながらも歩んでいたあの時の自分に。

いっそ死んだ方が楽だった、だが俺は死ねなかった、それは俺に生きる理由が出来たから、初めて守りたいものが出来たから。

ふと、俺はこいつに全てを語りたくなった、今まで自分自身の歩んできた道を。

でも---それは出来ない。

【戦いに慈悲は無い…生きる者と死ぬ者がいる…それだけだ】

静かに俺は呟いた。

「あぁ…」

驚くほど若い声、それがストレイドのリンクスだった。こいつも分かっている、それならこれ以上言うことは無い。

これから殺しあう者同士に、言葉は不要なのだから。

いい加減俺も限界が近い。お前なら、ぶつけられるかもしれない、俺の全てを。

俺は今まで色々な物を背負って生きてきた。色々な戦い(出会い)を経るたび、俺はたくさんの意志を背負って、ここまで生きてきた。

もう二度と無いと思っていた、俺が俺でいられる瞬間。

俺の全てをお前にぶつけよう。

『アナトリアの鬼』---人が語ることのない、それが俺の本当の異名。

きっと、これが最後になる。

俺を殺せ、出来なければ---。

お前が死ぬだけだ---。


瞳を閉じ、そして開ける。

かつて、『戦友』に向けた殺意を俺はこのリンクスにぶつけた。あらゆる生命に恐怖を与え、生き物ならば当にその場から逃げだす程の純粋な殺意を。並みのリンクスならもはやその場から動くことすらかなわない。

鬼が出したケタはずれの殺気、それは一人の若いリンクスへと向けられた。

海が割れる。

弾ける翼。

ホワイト・グリントは一気に亜音速に入る。槍と化した白き閃光は目標を瞬時に捉えた。
正面から放たれてくるミサイル、まるで止まって見える。回避などしない、アサルトライフルを薙ぐように撃ち払い、全弾叩き落とす。

煙の中からストレイドから放たれてくる対ネクスト用徹甲弾がホワイト・グリントを襲う。機体をねじってすれすれを回避し、ストレイドの正面に踊り出る。
突き出されたMARVEをQBで右に避け、側面に弾丸を浴びせた。ストレイドのPAを貫通した弾は左肩の装甲を吹き飛ばす。

即座に上空へ機体を飛翔させ、死角からスプレッドミサイルを浴びせる。衝撃に耐えきれず、のけぞり、吹き飛ばされるストレイド。体勢を立て直させようとするが、わずかな隙すら俺は許さない。

瞬時に追撃し、黒い機体に照準を合わせ、撃つ。マズルフラッシュと共に撃ちだされた弾はコアに被弾、当たり所がまだ良かったのかコクピットには達していない。

体勢を立て直そうと全力で後退するストレイド。グレネードキャノンを展開し、こちらに向けて放ってくるが、直撃することはない。PAすれすれをかすめ、わずかに機動の変わったグレネード弾は後方にそびえているビルに着弾し、爆発した。

かなり荒削りな動きをするリンクスだ。挙動に独特の癖があり、それが自身の足を引っ張っているようにも見てとれる。オッツダルヴァ程の実戦経験もなければ精神力もない。わずかな才能だけを振りかざしてお前はここに来たのか。
怯えるようにただただ撤退のみを繰り返すストレイドを見てそう思った。

お前には覚悟はあるのか---。

動きを止め、俺は黒い機体を見つめた。それに合わせるように、向こうも動きを止める。

それが無いのならば---。

ストレイドのリンクス---お前はここに来るべきでは無かった---。

崩れ落ちるビルの音だけが周りに木霊する。同時に俺の思い描いていたものも一緒に崩れ去っていくような気がした。

ライフルの銃口、ストレイドのコアに合わせる。お前がいくら距離を離そうが俺は外しはしない、次の瞬間、お前は死ぬ。

躊躇いもなく引き金が引かれる。悲壮感と確信のこもった弾丸はストレイドのPAを貫通し、コアを撃ち抜く。

はずだった。

だが、弾はストレイドを貫くことは無く、ストレイドの残像を射抜くだけに終わる。

驚きではなく、歓喜にもとれる感情が俺の中に湧きおこる。なるほど、そうか。

まだお前は死ねないのか---。

ストレイドはその黄色い双眼でこちらを捉えている。若き山猫はその覚悟の片鱗を俺に見せた。

黒い機体に闘志が漲ってくるのが分かる、何をきっかけにしたのかは分からないが、こいつは恐怖を超えた。

それがただの開き直りなのか諦めなのか…いや、やめよう。考えるなんて野暮なものだ。

ストレイドはゆっくりと身構える。落ち着いた目、あふれてくる覇気。そう---。

それが覚悟だ---。

白の機影と黒の機影、ほぼ同時に動いた。お互いを視界に捉え、接近する。ほぼ同時に二機のプライマルアーマーが揺らめき、弾ける。

膨大なエネルギーがぶつかり合い、爆発する。衝撃に耐えきれず、二機とも吹き飛ばされ、海面に叩きつけられる。

体勢を立て直す前に飛来するミサイル。ホワイト・グリントのサイドブースターが弾け、薄皮一枚でミサイルを回避、ストレイドに迫る。撃ちだされた弾がストレイドに食い込んでいく、弾け飛ぶ装甲。変則的な動きでストレイドの追撃を振り切ろうとするが、先ほどとは打って変わって喰らい付いてくる。

ストレイドの弾が右腕の装甲を吹き飛ばした。それは一度では収まらず、二度三度続けて撃ち抜いてくる。連続してミサイルのロックオンアラートが鳴り響く。ストレイドのミサイルポッドからミサイルが展開される。一瞬の隙をついてミサイルポッドにライフルを合わせ、撃ち抜く。ミサイルはストレイドの近くで誘爆、ポッドもろともストレイドを吹き飛ばした。

爆炎が視界を遮る、その一瞬、グレネード弾が煙の中から撃ちだされてくる。コンマ0.1秒回避が遅れ、直撃を許す。

あぁ…こいつならもしかして---。

お互いを包んだ爆炎が晴れ、再び二機は向かい合う。所々ひしゃげ、吹き飛び、傷ついた身体をさらす白と黒の機体。

傷ついた若きリンクスは突きつけられた死にあがき、そして今、伝説に挑む。

この姿を見て人はこいつを笑うのだろうか。いや、笑うのならば俺がそいつらを殺す。少しも滑稽ではない、むしろ俺は嬉しくすらある。

こいつの様なリンクスが今この世界にどれ程いるのだろうか、恐らくだがいないだろう。そして、これが本当のリンクスなのだと、妙に納得した気がした。

俺は自然と勝手にリンクスのつもりでいたが、どうやら違ったようだ。

なら俺は何だ?そう考えたときに、懐かしい呼び名が俺の頭に響き渡った。

なるほど、な。

俺は最後まで、『レイヴン』なのか-----。

やはり俺にはこれがしっくりくる、きっと---レイヴンはどこまで行こうとレイヴンなのだろうな。

ふふっ、と微笑し、再びストレイドを見つめる。

俺とお前---かつての『俺たち』と同じ---まるで鏡のようなものだ。

人は向かい合って---初めて本当の自分に気づく。

俺とお前---似てはいるが---正反対だな。

二つの機影が同時に動いた。至近距離で浴びせられる弾丸の雨。それらはまだお互いの命には届かない。

ホワイト・グリントは両肩のミサイルをパージ、ストレイドも肩のグレネードキャノンを捨て、さらに速度を上げる。

左腕のアサルトライフルの弾が底をつく、ストレイドも同様に左腕の武装が底をついた。ホワイト・グリントを一発の致命弾が襲う、とっさに底をついたアサルトライフルを盾にかろうじて防ぐ。当然武器に弾を防ぐ装甲があるわけはなく、吹き飛ぶ銃身。
弾け飛んだライフルを突き抜けて、MARVEがその鋭利な銃身を突きたてて白いコアに迫る。
削がれる装甲、だが浅い。紙一重でかわし、その銃身をライフルで吹き飛ばす。破壊には至らなかったが、それはストレイドの手を離れ、海に落ちた。

急旋回したストレイドのアサルトライフルを撃ち抜く。爆散し、砕け散る銃身。
格納ハッチの開く音、ストレイドの左腕には大口径のネクスト用ハンドガンが握られている。接近し、距離を詰めてゼロ距離で放つつもりだろう。

PAはまだお互いにまだ展開されていない。ホワイト・グリントに握られた右腕のライフルとストレイドに握られた左腕のハンドガン、どちらも止めを刺すのには十分な火力がある。

神経が焼き切れていくような感覚、もう身体が持たない。だが、まだ動ける、まだ終わりはしない。

こちらが撃ちだす弾を、信じられない瞬発力で回避するストレイド。一瞬で距離を詰められる。

ほぼゼロ距離で撃ちだされるハンドガンの弾を、装甲を穿たれながらも避けきる。そしてそのストレイドの左腕に握られたハンドガンをなにもない左腕で抑え、へし折る。

殺った。

こちらライフルの残弾数残り一発。ストレイドには何もない。PA展開もなし。これで仕留める。

トリガーに指がかかる。照準はストレイドのコア、この距離ならまず避けることはできない。

その刹那、何かが開く音がし、ストレイドはこちらの視界から消え、後ろへと突き抜ける。
撃ちだされる最後の一発、それは黒い機体のコアを撃ち抜くことは無く、海面に着弾し、そのまま底へ消えていった。

見えなかった---。

半身振り向き、ストレイドを見つめる。

最後の最後で、その覚悟の全てを俺にぶつけたのか。

なるほど---。

そうか---。

何かが、俺の身体から流れ落ちていく。

俺の負けか---。

崩れ落ちる白き閃光、その胸元にはわずかに何かで焼き切られた跡が残っていた。

ストレイドの右腕に装着された最後の切り札、そこには格納製のレーザーブレードがあった。

山猫は最後の最後までその牙を隠していた。あの刹那、わずかに展開したブレードでコアを突き刺されたようだ。短い刀身が俺を貫いたらしい。

血が溢れてくる。だが、痛みは無い。

身体が次第に動かなくなってくる。少しずつ、少しずつだが近づいてきている。

これが本当の死か。

いざその時が来ると悟った様な気分になった。俺は今まで、フィオナの為に生きてきた。あいつを守ることを理由にここまで生きてきた。だが本当は、俺はこうなることを望んでいたのではないのだろうか。そう考えるとなんだか無性に可笑しくなってくる。

後悔はある。それはこいつに負けた事じゃない。

必ず戻ると約束したが---どうやら今度ばかりは無理らしい。

『死』にすがり、受け入れることでそれを力にしてきた俺と。

『死』を撥ね退け、『生』きることを諦めなかった若きリンクス。

生きようとする意志は何よりも強い。それを分かっていながら俺は…いや、こうするしか無かったんだ。

目の前にたつネクスト・ストレイド。そしてこのリンクスは俺の想像を遥かに超えたリンクスだった。

不思議と誇らしく、そして嬉しく思えてくる。こいつは、俺を超えた。

俺には、たった一つの戦争を終わらせることしかできなかった。

だが、お前はそれ以上の何かをする気がする。

それが善いものであっても悪いものであっても、これからの時代を創っていくのはお前たちだ。

俺は時代の残党、これ以上先へ行くつもりはない。

だから今---俺はここで降りる。

もう、これ以上俺は戦わなくて良いんだ。

なぁ---そうだろう?----ジョシュア----。

紅い複眼が、消えかかる。

【…これで…やっと………】

もう力が入らない、まるで自分の身体ではないみたいだ。

【生きろ………】

お前の帰りを待つ人の為にも----。

力なく崩れ去り、沈んでいく。

わずかに目を開け、周りを見ていた。青く暗い海。

底に沈むにつれて、だんだんと堕ちていくような感覚がした。

まるで無限に堕ち続けていくような。

それがなんだか、心地よく感じた。

堕ちていく、限りなんて無いのかもしれない。

どこまでも---どこまでも---。


堕ちていく俺の手を、不意に一つの光が掴んで引き上げる。

まばゆいばかりの光で、そいつは俺の前に現れた。

遅かったな---レイヴン。

懐かしい顔がそこにある。

これでやっと---祝杯を交わせそうだ。

ふん、律義な奴だ。

そう言うと、そいつは俺を光の中へといざなう。

行こう---みんなお前を待っている---。

あぁ、分かった、すぐに行く。

ふと後ろを振り返ろうとしたが、やめた。

俺が進むべき道は後ろじゃない。

光で出来た道を俺は前に進み始める。

前に--ひたすらに前に。

不意に黒い羽根が、目の前に落ちた。

拾い上げ、見つめる。

これでいいんだ----これで----。

拾い上げた羽を虚空に投げ捨て、俺は笑った。


かつて、『リンクス戦争』にて多大なる戦果を上げ、戦争を終結に導いた一人の男がいた。

男は、鬼神のごとき強さで敵を打ち倒し続け、その名を世界に轟かせる。

その姿は味方に勇気と勝利を与え、最前線の敵の士気をたやすく砕いたという。

そして男は、リンクス戦争の終結とともにその姿を消した。

あの男の圧倒的な強さと勇姿、今でも私たちの記憶と心の中に焼き付いている。

人々が彼を何と言おうと、私は彼を辱めはしない。

彼は---。

間違いなく『英雄』だった---。


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