Written by へっぽこ


それは夏。
深窓から差し込むうららかな日差し、――と、文学的表現に浸れるほど、この季節の太陽は優しくない。
まして外に出れば、もっと、むあっと。
遠慮のない熱気が街を覆って、うだるうだる。
そして私はここぞとばかり。
自宅にこもって、お気に入りにの小説に埋没するのだった。
えあこん、さいこー。
そして、この本もまた…。
「あふぅ……ステキ」
自身でも気付かぬうちに、そんなため息と素直な感想が口から漏れた。
ここは私の書斎。
通称リリムーライブラリー(仮)である。
ちなみに、全窓ばっちりパーフェクトUVカットコーティング済みですので、あしからず。

ところで。
「メイドの冥ちゃん。時に、明日の予定なのだけど」
と、隣で控えるメイドさんに私は声をかける。
「はい。朝から晩まで、会議とか会議とか、あと役員とかと会議とか、なんかそんな感じのお仕事がぎっしり詰って、忙しいったらありません。お昼は十秒チャージで行きましょう。あ、くれぐれも“ぐぅ”とかお客様の前でお腹を鳴らしてはいけませんよ。お仕事に萌えは必要ありませんので」

ふむふむ。そーね。
「全部キャンセルでお願い。その日は夕刻からスミカ様の新刊発売記念サイン会です。朝から並んで、夜は読書といきませう」
「いけませんわ。お嬢様。そんなことでは、――」
メイドの冥ちゃんはやれやれとばかりにため息をついて、そして。
「そんなことでは、王大人がお空でお嘆きになりますよ」
……それを言われると私は押し黙ってしまう。

「ずるいなぁ。たーれんの名前を出すなんて」
私はぎこちなく笑う。
やりきれない空気が寒々しく、部屋の中は静まり返った。
「――ごめんなさい。少し配慮が足りのうございました。どうか、失言のお許しを。」
ふいと顔を背けてメイドの冥ちゃんはそう言って、それから深々頭を下げた。
腰より曲がる45度の美しきお辞儀に私は心を打たれる。

「ううん。
 いいのよ。いいの。顔をお上げになって。
 わたくしはもう大丈夫。もう大人ですから。
 人の世の常なる、出会いも別れも受け止めております。
 ―――王大人は、ええ、逝ってしまったわ。
 けれど、あなたは傍にいてくれるわ。
 だからわたくしは。
 リリウムは、元気にやっていけるのです。
 元気に元気に、リリウムはやっていけるのです。
 冥ちゃん。あなたには、感謝しているの。ありがとう。嬉しかったよ」

ぶわわ、とメイドの冥ちゃん。
目には瞬間涙が溢れ、口を押さえつつ、「勿体のうございます」と声を震わし、よよよと泣く泣くメイドちゃん。
「嗚呼、王大人。あなたの娘はこんなに立派に―――」
と、その時であった。
こつこつ、と、部屋の扉が控えめに鳴らされて。
「私だ。そろそろ出掛ける時間だが。リリウム?」
王小龍である。普通に御健在である。
「ハイ、ただいま」
そんなわけで、私は笑顔で出迎えた。

さあ。
楽しい日常の幕開けです。

     /

あくる日。
珍しくお客の少ない某喫茶店にて。
今日も今日とて、エイメイリリィの女史会を開催中なのですが。
「じゃーん! サイン、もらっちゃいましたぁ!」
と、私は昨日ゲットしたサイン本を披露する。絵本である。
ちらっと、カウンターをみる。
あの人は客の一人と歓談している。っと、あれは隣の花屋の奥さん?
むむ。いつの間にそんな仲に!ちょっと“じぇらしぃ”感じちゃう今日この頃である。

不倫はいけないんだぞー。と、こころ陰る私をよそにエイプーさん。私が掲げた絵本のサインを眺めて曰く。
「おおー達筆。しかも毛筆……え?あれ?絵本だよね?気合い入れすぎて、逆に空回っちゃってるねコレ。剛毅なサインが絵本の内容とまるで合ってないよう」
「てい」
ぺちん、と、わたしはエイプーさんをチョップする。
「良いのです! そのサイン慣れしてない感じがまた乙なのです! 萌なのです! あ。絵本の内容も良いのですよ!」

はつかしながら、鼻息荒く、あれこれ語る私をよそにメイさん。身ぶり手ぶりで忙しい私を眺めて曰く。
「ホントに好きなのね、その本も作家さんのことも。でも、あんまり振り回して、紅茶の染みとか作っちゃったら大変じゃない?」
なんという正論。メイさん、ほんと気が効く女性でありがたい。
「えへ。そうですね。しまいまふ」
私はいそいそと本をしまうのでした。
「ところで、その本はどんな話?」とメイさんが聞くので、ここぞとばかりに「ぺらぺらぺらぺら」語りまくるわけですが。

まにまに。
「なんだ、ラヴい話か」だの。
「え? 誰も死なないの?」だの。
「そこでゾンビが出てきたり?…しないのか」だの。
「餡パンマン新しい顔だよ!」だの。
ちゃちゃを入れやがるは我らがエイプー。

「ちょっとエイプーさん! 真面目に聞いてます?」の問い掛けに悪びれること無く、「趣味じゃないもん」とばっさり。
人の嗜好はそれぞれだ、とまあ、そんな正論は最もですが、自分の好きなものを毛ほども理解してもらえないと言うのはちょっと辛いものです。
「良いじゃないですか! ラヴ&ピース! 」
私、ピースサインである。ぶい。
「んー、でもあたしゃもう鯉だのeyeだのにうつつを抜かしてイイ年じゃないしナー。私の少女時分はそれこそ企業と大人と戦争にあったわけで、無縁ですよ。そーいうの」
と、しめやかに手をひらひらさせるエイさん。その話すところを掘り下げると、なかなかにハードな人生が出てくるのでは?と、ためらいもあるが、それはそれ。
「ちっち。そんなシリアスぶったって無駄ですよエイプーさん! にゃんせこのご時世、今こそ、まっとうに、恋だの愛だのをまっとうに! 語ることにこそ意味があるのです!」

「リリィに一票!」とメイさん愛の手、もとい合いの手。
「私はまだまだ子供です。だからなのかもしれません。こういった、暖かくて、やわらかくて、ふかふかで、白くて、なんだか良く分からない生き物のようなものが好きなのは。そんな私を、窘めてくれる大人なエイさんには感謝しています。でも、虚無主義に負けてはいけません!」
「リリィに二票。分かったよ。今度その本、買ってみるよ」
面と向かって、話す。と、ちゃんと聞いてくれて、受け止めてくれて、時には折れてくれて、そんなエイプーさんはやっぱり大人だ。
「YES、YES! エイさん好きー」
私はそう、たからかに勝どきを上げて、エイさんに甘えるのだった。
「ごろにゃん」
「よーし、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

「ところで、ふと思ったんだけど。もしかしてリリィは今恋してる、とか?」
バカやってる私とエイプーちゃんの隣で、ぽつりとメイさんがそう言った。
私は一瞬ぽんと頭が空白になるのを感じた。が。
「んむむ、どうなんでしょうね。でも、何となく。目で追っちゃうとか。頭にふと顔が浮かんでぽーっとしてしまったりとか。そんな方が若干一名おりますけれど、んー、たぶん恋ではないですね! えへへ」
と、結論づけるのだった。

「それは恋だよ!」
そして瞬間覆されるのだった。
エイプーさんに。

「ちょっと。声が大きいです、エイプーさん」
ごっめーん、と誤りテヘと舌を出すエイさんのその表情に反省の色は皆無であった。
でも、かわいらしいのでその表情としぐさはいただきです。心のノートにメモメモ。てへぺろてへぺろ、っと。
それから、こほん、と咳払いを一つ。
「わたくしとしては、それが恋であるかは、正直分かりかねるのです。だから。――いえ。でも、もしかするとそうであるかもしれなくて、そこで、それを明確にするためにも、わたくしは、あの人とお近づきになりたいのです」

「ああ。だからこの喫茶店に……」
顔がかぁっと熱くなるのを感じた。きっと今、私の頬は赤いだろう。
「え? え? 私、まだ誰とか言ってませんよねぇ?」
「おっと!」と、これ見よがしに、片手を口にあてたりなんかして。珍しく、ちゃめっけ全開なメイさんは言う。
「でも、その反応、ビンゴね!」
「ぐぬぬ」
傍らでほほうとしたり顔なエイプーさん。
「善はいそげでとりあえず、告っとく?」
いつだって直球である。
その提案に私は。
「んんん」
んーと体を揺らし、「やっぱむりですよー」と日和るのだった

「まずは、こう、一歩づつ、少しづつですね…。徐々に徐々にゆっくりと、ですね…」
「ゆっくりと、何をするの?」と、メイさん。
「……何も考えてませんでした」
あー、とエイプー&メイさんの声が重なる。
「こうなったら先に調査だね! 敵を知り、己を知ればなんとやらだね!」
パチンと手を叩いくエイさん。その提案は、なかなか。
「でも、調査って?」
「ウィンさんに聞く!」
なかなか、普通だった。普通に正攻法だった。

「ああ、それは良いかも。彼女なら、また違った目線で話が聞けそうだわ。私たちの知らないことも知っているかもね」
む。
「あの二人、仲良いんですの?」
「んー、なんか知らないけど、あの二人、特別仲良かった気がする。」
むむ。
「そ、それはライヴァル的な……」
「どーだろ? 単純な友情に見えなくもない。けど、案外……エル・オー・ブイ・イー」
「ええ!?」
やだ、困る!
「まま、それひっくるめて聞いてくるが良いよー」
と、片手をひらひら。
「さあて、次の女子会の話題も決まったことだし、そろそろお暇しよっかな」
メイさんは立ち上がった。つられて私も立ち上がる。
「ちょ、ちょっとメイさん、次の女子会の話題って……」
「そりゃ、もちろん、ね?」
ね?って、言われましても。
私は固まってしまい、メイさんが伝票を持ってレジに行くその後ろ姿を眺め続けた。
メイさんはちらっとこちらを見、それからレジで喫茶店マスター相手に御勘定をすませながら、何か世間話をしていた。

いやはや。
かくして、ひた隠しにしていたはずの恋心を暴かれたうえに、なんとも軽いノリで背中を押された私なのだった。
と。ともかく。
ウィンさんに会いに行こう。


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