小説/短編

Written by らすてー


【黄金の捨て駒】

偉大な偉業も、小さな一歩から。

 

かつてある偉人はそう言ったらしい。

 

世に名を轟かせる人間たちは皆、凡人とは違う大きなことを成し遂げてきた。

 

ただ、偉大とも言える偉業は何も一度で成し遂げた物ではない。

 

絶えず考え、失敗し、学び、進む。

 

産み落とされた赤子が産声を上げ、這い、自らの足で立ち上がるように、偉業もまたほんのわずかな一歩から始まる。

 

私はこの言葉をとても気に入っている。

 

今から死に行く人間の身だが、最後に縋れる希望の様に感じる言葉だ。

 

自分は英雄になれる器量や運のある人間ではない。

  

死にゆく凡人の一人だ。

 

だが。

 

私は必ず成し遂げる。

 

それが例え、今を生きる多くの人間を犠牲にしなくてはならない事だとしても。

 
 
 


 
 

淀んだ雲からポツリと顔に当たる雨粒。
 

ポツリポツリと降る雨粒は時間を置かずに土砂降りになった。
 

走る私の服があっという間に雨で張り付く。
 

水たまりを走る足で踏み抜き、必死に走った。
 

街の路地に入り、貨物にかけてあった青いシートの中に身を隠す。
 

薄いシートを隔てた目の前を、複数の足音が通り過ぎてゆく。
 

何かを叫んでいるが雨音でよく聞き取れない。
 

足音が聞こえなくなった頃を見計らってシートから飛び出し、再び走った。
 

路地から路地へ移る、大通りには奴らがいると思うと迂闊には出ていけなかった。
 

大通りは軍のトラックが何台も停まっていて、大勢の兵士が何重にも検問を敷いている。
 

近くの川に飛び込むことも考えたが、大雨で増水し、泳ぐどころではなくなっているだろう。
 

私では簡単に溺れ死んでしまう
 

 

いたぞ!!
 

 

声のする方をとっさに振り返る。
 

私を追っている兵士が一人叫んでいた。
 

考えるよりも早く、走った。早くこの場から離れなければ殺されてしまう、そう思わずにはいられなかった。
 

狭い路地をひたすらに走る。
 

後ろから迫る兵士。無線で応援を呼んだのか3人に増えていた。
 

目の前に背丈の倍ほどの金網、必死によじ登る。
 

もう少しで乗り越えられると思った矢先に視界が暗転。足を掴まれ地面に引き摺り落とされた。
 

体を強く打ったがまだ動ける、足を掴んだ兵士の足を蹴り飛ばし、再び金網に手を掛けたところで背中に激痛が走る。
 

金網に叩きつけられてそのまま地面に倒れ込んだ。
 

兵士は私を2、3発殴りつけると、私の腕を後ろに縛り上げる様に手錠をかける。
 

捕まえたか!?
 

後ろから来た兵士複数が何か言っていた。
地面に押し付けられ、痛みで意識が飛び掛けていたせいでよく聞き取れなかった
 

力が入らない。濡れた地面に押さえつけられながら、私は全く別のことを考えていた
 

孤児だった私が家族と呼べる人達のこと。
 

同じ境遇だった孤児たちと自分の夢を教え合ったこと。
 

そして後頭部に衝撃が走り、私は気を失った。
 
 
 


 

「手痛く痛めつけてくれたものだ。」
 

『軍が手荒なのはどこもそうだろ、下っ端に任せるから傷物にされる。』
 

誰かが話している声で目が覚める。
 

病院の様な場所、ベッドに寝かせられ、点滴を受けていた。
 

痛みで身体を動かすと、医者の様な研究員の様などちらとも分からない男がこちらに気づく。
 

「あぁ、起きたかね?随分手荒に扱われた様だね?もう安心して構わないよ」
 

白髪混じりの男が私の目にペンライトで光を当てながらそう言った。
 

『バカな兵士共に任せるからだ、命令に従うしか能がない奴等に価値のあるものが分かるものかよ』
 

「命令に従わなければならないのが兵士だ、まぁ確かに彼らに任せたのは私の間違いだったのは認めるよ、ダリオ」
 

大きな椅子に座って悪態をついている男はダリオと言うらしい、赤毛の若い男だった。
 

『適正があるならさっさと【ネクスト】に乗せればいい、そいつが本当に価値のあるものかどうかが分かるだろうに』
 

そう言うと、飲み物を片手に立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
 

「……ふぅ、全く辛辣な奴だな」
 

白髪混じりの男は冷水機から水を注ぎ、こちらに差し出してくる。
 

私はそれを受け取らず、真顔で見つめていた。
 

「心配するな、別に毒は入っていないよ、とにかく飲みなさい」
 

ぐいっと差し出される紙コップを受け取り、一気に飲み干した。
 

水が体に染み渡る様に流れていく。
 

「手荒に扱って済まなかったね、私はローレンツという者だ、そしてここはローゼンタールという企業の…まぁ病院の様な場所だよ」
 

にっこり笑って水をもう一杯勧めて来る。
私は初めから笑顔で接して来る人間を信用しない様にしている。
 

差し出されたコップを手に取り、側にあったキャビネットの上に置いた。
 

それを察したのかローレンツは口を開く。
 

「…信用しろと言っても無理な話だね、ただ、君がここに連れてこられた理由くらいは知りたいだろう?」
 

バツが悪そうに頭を掻きながら言ってくる。
 

当然そうだ、追われた理由も私は知らないし、心当たりもない。
 

出先から孤児院に帰ろうとしていた途中、突然軍に拘束されそうになって逃げたのだ。
 

誰だって逃げるに決まっている。
 

怪訝な顔をしてローレンツを睨むと、わかった分かったと言わんばかりの顔で話し始めた。
 

「本題に入る前に話しておきたいんだが、君はAC(アーマード・コア)という兵器は知っているかね?」
 

ACと言えばMT(マッスル・トレーサー)を発展させた人型兵器のことだ。世界中で多発している紛争やテロに対して、かつて存在した旧国家諸国が挙って企業に開発を依頼し、鎮圧の為に各地に実戦投入したものだ。
 

テレビや新聞を読んでいればこんな話誰だって知っている。
 

口には出さず、ただ頷く。
 

「ふむ、ではその発展型の新型AC・ネクストは何かで知ったり見た事はあるかね?」
 

実際に見た事はないが、テレビの映像で見た事があった。
 

6大企業が国家を相手に仕掛けた戦争で活躍した新型兵器なのは知っている。
旧ドイツが統治し、自分が育ったコロニー・ミュンヘンでは天使の様な羽のついたACが有名だった。
 

再び頷く。
 

「ほぅ、それを知っているなら話は早い」
 

怪訝な顔をする私の反応を楽しむかの様にローレンツは切り出す。
 

「では、君がそのネクストに乗れるかもしれない数少ない人間だとしたら…君は驚くかね?」
 

「えっ?」
 

思わず声に出して驚いてしまう。この男は何を言っている?
 

「単刀直入にいうが、君をローゼンタールの名の下、新型AC・ネクストのパイロット、【リンクス】候補として保護下に置きたい、君はその為に拘束されたのだよ、説明もなく方法が手荒だったのは済まない事だったが」
 

言っている意味が分からなかった。
 

「どうして僕が?」
 

「旧国家解体前に6大企業は全国民を対象とする健康診断を行ったんだ、大人も子供も例外なくね、勿論孤児院育ちの君もその検査を受けてもらっていたんだよ」
 

孤児院育ちだとは私は一言もこの男には喋っていない、身元も押されられてしまっているのか?一体どうなっているんだ。
 

「ネクストに乗るには生まれ持った『適正』がどうしても必要でね、数値はそうでも無いようなのだが……君にはリンクスに成れる資格がある、という事だよ」
 

ローレンツが言う事を端的に言えば、ローゼンタールが半ば拉致に近い形で適正のある人間をこの様な施設に収容しているらしい。
 

とにかく適正のある人間をテストし、多くのテストパイロットの確保を目的にしているとローレンツは言う。
私の様な境遇の孤児や、女子供も適正さえあれば見境ないとの事だった。
 

「酷い話だと思うだろう?私もそう思うが戦争が近いからね」
 

6大企業が二つに割れ、国家解体戦争以来の大戦が勃発しようとしている。
企業がマスメディアに情報を流さないため、私はこの事実を初めて知った。
 

私の身体が小刻みに震える。
 

ローレンツの話を察するに自分がその戦争に駆り出されると思ったからだ。
 

得体の知れない乗り物に乗せられ、訳もわからず死ぬ。そんな人生を送る為に孤児院で勉学に励んできた訳じゃない。
 

そう思っていた私の心情を他所に、ローレンツは意外な事を言う。
 

「あぁ、但し誰もがローゼンタールのリンクスになれる訳じゃない、我が社は少数精鋭主義でね、誰彼構わずに戦争には投入はせんよ」
 

その言葉で私が少し安心したのを読んだのか、さらに話を切り出す。
 

「まぁテストだけは受けてもらうがね、それに合格すれば君はローゼンタールの保護の元でそれなりにいい暮らしが出来るだろう、少なくとも孤児院よりはね」
 

今よりも良い暮らしが出来る。それを聞けば誰もが身の振り方を考えるだろう。
 

ただ、私はそう思えなかった。
 

理由はどうあれ、世界を代表をする大企業の一つに目をつけられてしまったのだ。
 

また逃げようものなら…なんとなく結末は分かる。
 

必要なら自軍を使って人を平気で拉致してくる様な連中だ。
逃げれば今度こそ酷い目に遭わされて殺されるかも知れない…自分にはもう選択肢など残されてはいない様だった。
 
 

だが。
 
 

「……孤児院に金を恵んでほしい?ふーむ、君も交渉上手だね、まぁ何とかなるだろう」
 

そういうとローレンツは壁に掛けられた電話を取り、何処かへ電話をしている。
5分ほどだったが聞いていると、AMSと言う単語が何度か聞き取れた。
 

「いや失礼、では2日後にさっき行ったテストを受けてもらうよ。しっかり食事をとってそれまでゆっくり休むと良い」
 

ローレンツは1時間後に食事が運ばれてくる事を私に告げると、部屋を出て行ってしまった。
 

1人になると途端に不安で身体が震えてくる。
 

これからどうなってしまう?テスト?AMS?
 
 
  

拭きれない不安を抱えながら私は2日後を迎える事になる。
 
 
 


 
 

視界が光と共に開かれ、両手を見つめる。
 
 

見つめた手のひらがグニャリと曲がりくねり、視界が回る。
まるで頭の中を冷たい鉄の棒で思い切り掻き回されているかの様な激痛と不快感が私を襲った。
 

身体が浮遊し、叩きつけられる。
 
 

違う。
 
 

椅子に座っていた筈だ。
 
 

目玉が飛び出し、地面に落ちた。片目が見えなくなる。
叫び声を上げたくても声が出ない、声の代わりに胃のものが逆流し、ぶち撒けた。
 

視界が暗転し、目が覚める。
 
 
拘束バンドが外れ手で目を覆う、片目がなくなったかの様に思ったが無事だった。
 
 

椅子から転げ落ち、吐瀉物の上に倒れ込んでしまった。
 

身体が痙攣して力が入らない。
 

両脇を誰かに抱えられ、担架に乗せられる。
 
 

ギリギリの数値じゃないか--。
 
 
 
またハズレか、これでは使い物にならん---。
 
 

サフィラスでなら使えるか---?ミヒャエルやイサミの様な可能性もある---。
 

頭にエコーがかかった様に周りの音が聞こえた。何処かへ運ばれているのか、視界が回るせいでよく分からないが移動させられている。
 

着いた先で視界がさらに明るくなる。
 

腕に針が刺され、私は気を失った。
 
 

………
 
 

頬に冷たい何かが触れる感覚で私は目覚めた。
 
 

ローレンツの手、驚くほど冷たかった。
 
 

「起きたまえ、テストは不合格だった様だね、残念だ」
 
 

初めとは違う抑揚のないトーンの下がった声、まるで実験動物でも扱うかの様な声色だった。
 
 

「適正はあるが中の下といったところだ、この数値では我が社のオーギルを動かすのがやっとか…ネクストでの戦闘は期待できんな」
 
 

バインダーを見ながら1人で何かブツブツ言っている。
 
 

「ただ腐っても君にはAMS適正があるからね、少しは我々の役に立ってもらおうか」
 
 

ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべるローレンツの顔を私は一生忘れないだろう。
 
 

私は強制的に手術を受けさせられ、適性の低いリンクスもどきとしてローゼンタールの行う戦闘実験や、AMS研究の被験体となる。
 
 

正規のリンクスに対する扱いは軍の上級将校並みだが、AMS適正があってもその数値が低いものに対する扱いは研究用のモルモットと何ら変わらなかった。
 
 

研究の為に飼われ、生かされている。
 
 

リンクスとのシミュレーションや実弾を用いた訓練ではサンドバッグの様に扱われ、怪我をすれば強制的に蘇生や再生手術を受けて生かされる。
 
 

助けられるのではない、次の実験の為に生かされるのだ。
 

過度なAMS負荷の実験が続く為、中には過労や重度の汚染で死んでしまうものも少なくはなかった。
 

たとえ死ななくても、良くて精神崩壊して廃人の末路を辿る。
 

毎日毎日地獄の様な日々だった。
 

私は中途半端にAMSがあるせいで集中的に研究の対象になっていた。
ローレンツはAMS関連の研究者らしくローゼンタールではそこそこの立場にある様で、適正者の実験にはだいたい顔を見せていたのを覚えている。
 

ただこの男が顔を見せる時はろくな扱いを受けなかった。
私たちをゴミのように扱う実験の中でも特にだ。
 

この男が顔を出した実験ではとにかく人が死ぬ。
 

適正のある人間は特別ではなかったのか?そんな考えが足元から崩れ去る様な酷い扱いを 私たちは受けた。
 

目の前で同じ被験体であった人間が血反吐を吐いて死んでいくのを毎日毎日見せられてみるといい。
 
 

心の一つや二つ簡単にへし折れる。
 
 

恐怖で流れた涙も枯れ、争うことなく連行されて拷問を受け続けた。
 

今日死ぬかも知れないなんてことすら考えることができなくなってくる。
 

私は地獄のような拷問に耐えながら生きる術を探った。
 
 
他の者の様に無駄死にする為に生きるのではなく、生きてこの地獄から抜け出す方法を。
 

単なる捨て駒ではなく、少しでも価値のある駒になるには--。
 
 

そして、一年ほどの月日が経った。
 
 

部屋から見えた青々とした木々の葉が枯れ落ち、冬を迎えたその年、機会は来た。
 
 

GA(グローバル・アーマメンツ)社とローゼンタールの技術提供。
 
 

自社のネクストやリンクス候補たちを金や資源で売り買いする場に私は呼ばれた。
 
 

半ば廃人になり掛けていた私の目に再び光が宿る。
 
 

交渉内容はローゼンタールの初期型のオーギル5機とリンクス候補を数名GAに提供する事で、ローゼンタールの貿易の緩和化とパックスでの発言力の拡大を得られる、といった様な内容だった。
 

少数精鋭主義を謳っているローゼンタールにとってボロ雑巾の様に扱って来た被験体と初期型のネクストを失う事になんら不服はない内容で、私と数名の被験体の所有権はGAに譲渡される形となった。
 

単なる奴隷の売り買いに過ぎなかったが、私にとって千載一遇のチャンスだ。
 

GA社のネクストはAMS適正の低い者でもそれなりに動かせる低負荷のネクストが売りらしく、私はすぐに交渉の候補に入れた。
 

それから直ぐにGA社に引き渡されることになった私は、看守に連れられて独房の様な部屋を出て外に向かう。
 

他の被験体たちの部屋を通り過ぎるたびに、私の目からは涙が溢れる。
 

嬉し涙ではない、ただただ胸が締め付けられた。
 

年端もない少女が部屋の扉の窓から此方の様子を伺っているのが見えてしまう。
 

その顔は虚ろで頬はこけ、目が死んでいた。
 
 

思わず目を背け、部屋の前を通り過ぎると、突き当たりの廊下の角からローレンツが現れる。
 
 

私を見た奴の目はいつもと変わらず実験動物を見る目だった。
 
 

「そこの部屋の娘は最近連れて来られたんだ、君の代わりでね。」
 

すれ違い様にローレンツはそう口を開く。
 
 

「君とAMS適正はさほど変わらないからリンクス落ちだがね、まぁそれでも貴重なサンプルだ、楽しませてもらうよ。」
 
 

クックックと下卑た笑みを浮かべ、肩を小刻みに震わせてローレンツは笑う。
 

これまでに私が受けた仕打ちをあの少女が繰り返し受けるのかと思うと、胸に怒りを通り越した殺意が湧き上がる。
 

この男は死なねばならない、だが私の身体は動かず、ローレンツを睨む事しか出来なかった。
 

「随分と反抗的な目をするじゃないか、また被験体に逆戻りでも私は構わないんだよ?」
 
 
看守が私の腕を掴み、早く来いと促す。
 

私はあの子の顔を一生忘れる事は無いだろう。
 

だが、この時の私は、只々無力だった。
 
 


 

3ヶ月後。
 

旧アメリカ合衆国シエラネバダ山脈東部、GA軍デスバレー訓練基地。
 
 

《メインシステム起動、リンクせよ》
 
 

オペレーターの声で機体のシステムを稼働、機体から返ってくるシグナルを身体に受け、視界がクリーンになる。
 

開かれた視界に映ったのは荒々とした砂漠と山脈。
時折吹き荒れる砂塵が機体にバシバシと吹き当たる。
 

《ソーラー1、PA(プライマル・アーマー)を展開せよ》
 

粒子噴出口からコジマ粒子という特殊な粒子を噴出、ゆらゆらと機体を丸く覆う様に伸びて行き、ピシィッという独特な音を立ててネクストの身体を鎧が覆う。
 

《ブースター、スラスター点火、ソーラー1の判断で目標を排除せよ、状況開始》
 

オペレーターの指示で作戦が開始される。
 

広大な山脈を見渡す砂の大地を、鋼鉄の巨人が疾走する。
ローゼンタールのオーギルの様に外装を重視したものではなく、みるからに堅牢そうな装甲と角ばった外見。
 

グローバル・アーマメンツ社製、サンシャインtype -L型 それが今私が搭乗している機体だ。
 

ネクストのコクピットにはノーマルの様な細かな計器は無い。
 

機体とパイロットの首後部にある接続部を文字通り繋ぎ、特殊なバイザーを介して情報を パイロットに流す事からリンクスと呼ばれる。
 

またコジマ粒子を動力にした高速機動であるQB(クイックブースト)やOB(オーバードブースト)、高速旋回を可能にするQT(クイックターン)の負荷からリンクスの身体を守る特殊耐Gスーツとコクピットに注水される耐Gジェルもネクスト特有の物だ。
 

前進をするフットペダルや武装を射出するトリガーは初期型のネクストには搭載されているが、最新型はそれらが無くても攻撃や前進が可能らしい。
 

レイレナードやオーメル、インテリオル・ユニオンといった企業はそういった技術に余念が無いらしいが、他社と比べるとGA社は一歩も二歩も遅れてしまっている様だった。
 

現にGAのサンシャインLは最新型でありながら、ベースは初期型のサンシャインに寄せた造りになっている。
 

なだらかな丘を越えると、前方に攻撃対象が複数見えてきた。
 

ミサイルを搭載したMTが4機、バズーカとマシンガンを搭載したノーマルが4機、合計8機の撃破目標がこちらに向かってくる。
 

複数のロックオンアラートが鳴り響くが構わず前進、こちらをロックオンしたMTからミサ イルが放たれる。
 

PA(プライマルアーマー)に着弾し、爆発するが、サンシャインL本体に刺したる損傷は無い。
 

左武装のガトリングガンを斉射し、MT4機を薙ぎ払う。
続け様にロックオンアラート、今度はノーマルのマシンガンが着弾。
 

四方向からの連射に若干PAが減衰するが、本体に届く前に弾丸の威力が減衰し、ネクスト本体には擦り傷すら付いていない。
 

右武装のバズーカで丁寧に狙って行き、一撃で轟沈するノーマル。
 

《見事だ、これより最終テストに移行する、ネクストを投入開始》
 

オペレーターの指示と同時に作戦エリア外から敵ネクスト反応がレーダーに映る。
こちらに向かって疾走してくる白い機影、ローゼンタールのオーギルだ。
 

《サンシャインLの機動力と耐久性をテストしたい、中〜近距離で交戦せよ》
 

オーメルの武装はライフルにレーザーブレードというスタンダードな武装構成だが、シンプル故に厄介だ。
 

特にレーザーブレード等の光学兵器武装にGA社のネクストは脆い傾向がある。
 

互いのネクストが400mの距離まで迫った時、マズルフラッシュが火を吹いた。
 

ガトリングガンの砲身が回転し、数秒遅れで暴力的な弾幕が張られる。
ワンマガジンあれば十数機のノーマル部隊ですら紙屑の様に引き裂くGA社製のガトリングガンだ。
 

対するオーギルは丘の高低差を利用し、巧みにガトリングガンの弾幕を防ぐ。
バズーカ砲で丘を吹き飛ばすと同時に飛び出してくるオーギル。
OBによる推力で接近するネクストのスピードはノーマルのそれを遥かに凌駕する。
 

数秒で接近され、ギラリと光る左腕の刀身がサンシャインLを斬りつけた。
 

プライマルアーマーを介して入るが、バズーカの砲身とコアから肩にかけて斬り付けられ、装甲がバッサリと焼き切られる。
 

体制を立て直してオーギルを追撃、再び射程距離に収めようとした瞬間。
 
 

《状況終了!2機とも戦闘停止!これよりテストは終了とする!》
 
 

オペレーターの声でネクストを静止させ、PAを解除し、ネクストハンガーへ向けて機体を帰路に着かせる。
 

機体に受けてしまったダメージは無視できないものだったが、咄嗟に左にQBを吹かせなければコアに大きな損傷を許してしまっていただろう。
 

そんなことを考えている間にハンガーに到着、整備班にネクストのコジマ粒子の除染を頼み、洗浄場で耐Gジェルを洗い流す。
 

私だけでは無いと思っているが、ネクストに乗ると、とてつもない疲労感と怠惰感に見舞われる。
 

機体を繋ぐプラグと体が離れると特にそう感じた。
AMS適性の高いリンクスならそうはなりにくいらしいが、私はそうではない。
 

ただGA社のネクストはローゼンタールの機体に比べれば「まだマシ」だった。
 

適性の低い私にはサンシャインが身体にまだ合っていると言えるだろう。
これがレイレナードやオーメルのネクストなら負荷が強過ぎて死んでしまっているかも知れない。
 

耐Gスーツの洗浄が終わり、衣服を乾燥させて外に出ると、整備班の人達から拍手喝采を受けた。
状況がわからずポカンとしていると、整備班の後ろから大男が1人現れる。
 

『良くやったじゃねぇか!テストは大成功だぞ!』
 

肩に手を回しながらわしゃわしゃと私の頭を撫でてくる事男はオリバー、ネクスト整備班の班長をしている人だ。
 

「武装と装甲が壊れてしまったんですが…」
 

『そんなんまた直しゃ良いんだよ!そんな事より俺らが整備した新型がGA社の正規ネクストになるんだってよ!お前のテストを見てお偉方が正式に決定したんだとさ!俺らも鼻高々よぉ!!』
 

いええええぇええい!やっほおおおおぉぉ!!と周りからの拍手喝采が一段と大きくなる。
 

ローゼンタールの研究施設にいた頃とはえらい違いだった、これもお国柄なのだろうか。
 

『今回のサンシャインLタイプをベースに次世代機の開発も視野に入れるんだとさ、お前のお陰でおまんまの食いっぱぐれはねぇな!!』 
 

ガハハハ!!と豪快に笑う髭面のオリバーは私がGAに来てからネクストの整備をしてくれている人だった。
元は旧アメリカ陸軍のノーマル部隊だったらしいが、前線を退いて整備班になったらしい。
 
 

オリバー曰く、俺はどうしても人を撃てないチキン野郎らしく、機械をいじる方が性に合っていると本人は言っていた。
 
 

『あぁ、そうだ、なんでもお偉方の1人がお前と話をしたいらしいぞ?上階のラウンジに行ってみな』
 

バシンと私の背中を叩き、行って来いと促された。
 

途中で基地内でいつも着ているテストリンクス用の衣服に着替えて上階に向かう。
 

警備員に上部の人間がよく使うVIP専用ルームに通され、待つ様に言われる。
 

大きなソファーに腰掛けながら少し待っていると、部屋の扉からスーツを着た大柄な男が入ってくる。
 

年は40代前半くらいだろうか?
 

SPを部屋の外で待つ様に促すと、私の目の前まで小走りで駆け寄り、軽く会釈した。
 

思わず私も立ち上がり、つられて会釈をする。
 

『初めまして、私は有澤という者です。君がローゼンタールから来たリンクス候補生君だね?先ほどのテスト、僭越ながら拝見させていただきましたよ。』
 

「アリサワ…さんですか」
 

『おっと失礼、こちらが名刺です、日本人と話すのは初めてかね?』
 

実際に行ったことはないが、日本という国の名前は知っている。
 

旧アメリカ合衆国とは同盟関係にあった国で俗に言う技術大国と言われた国だ。
 

軍の練度が高く、国防軍から多くのACのパイロットを輩出し、旧アメリカ軍や紛争地域で
活躍していた日本人のAC乗りやレイヴンは多い。
 

かつて起きた大戦では大国と言われた旧中国軍の侵攻を受けるも退け、ほぼ単独で本土とシーレーンの確保に成功している。
 

企業が世界を支配する今となってこそGA社の傘下という形には収まっているが、独特の文化と外部の干渉を好まないお国柄は今も現在だ。
 

有澤と名乗った男は、有沢重工と言う企業の社長だと言う。
 

有沢重工と言えばGAグループの一角を担う企業の一つで、GAが有するノーマルやネクストの装甲、グレネード砲や榴弾、炸裂弾など火薬分野に定評のある企業だ。
 

『サンシャインLの装甲と機動力は設計よりもずっと良かった様だね、従来のサンシャインならばオーギルの攻撃でやられてしまっていただろう。』
 

「一定の積載量と装甲を保ちながら素早く安定して動けるのは凄いです、ただクーガー製のブースターを調整する必要があると思います。」
 

『何故かな?』
 

「推力は有るのですがいかんせん燃費が…これではQBを多用する機動戦について行けません。」
 

『はっはっは!その通りだ!クーガー製品は課題が多いからね、これからはより技術の追求が必要だ。』
 

「それと機動戦ならば自社製のライフルがあればそこまで積載量を気にせず継続して戦闘がしやすいです。」
 

懐からペンとメモを取り出し、ふむふむと言いながら私の言ったことを綴る有澤、見かけによらずマメな性格なのかもしれない。
 

失礼ではあるが、大きな身体に似合わない小さなメモとペンを動かすその姿がどこか笑いを誘う風貌だった。
 

一通りサンシャインLの課題点を言うと、有澤は満足顔で目の前のお茶を啜る。
 

『サンシャインLも良いが、我が社の霧積も中々だぞ?あれと我が社のグレネード砲が有ればオーギル如き一撃で消し炭に出来るだろう。』
 

「霧積?」
 

『大きな鎧の様な装甲と、どんな悪路も踏破する足を持ったネクストだよ。圧倒的な火力を搭載して敵を葬れる我が社の自慢さ。』
 

自分の足をバシバシ叩きながら力説する有澤。
 

タンク型こそ至高!と声高らかに喋るその姿はどこか無邪気な少年の様に見えた。
 

『あぁすまない、随分と話題から逸れてしまったね、実は君に有る案件があってね、それを話しに来たんだ。』
 

「案件とは何でしょうか?」
 

『早い話が異動の案件になる、本土のGA所属から一度我が社の管轄に来てもらうことになった、本当に急ですまないがね。』
 

『そうだ、任期は3年を見ているが早まるかも知れない、日本のGA支部で訓練を受けてほしいとGA社からの命令だ。』
 

「はぁ、分かりました。」
 

『そう嫌がらんでくれ、何せ世界情勢が不安でね、直ぐに異動で申し訳ないが後悔はさせんよ。』
 

後悔はさせない?どう言う意図があっての発言なのかこの時は分からなかった。
 

1週間後に迎えに来る、目の前のお茶を一気に飲み干すと、そう言って有澤は部屋を出て行った。
 

GA本土から数ヶ月経ってまた別の国へ。
 

私の心が休まる日はない、この時はまだそう思っていた。
 
 

この時は。
 
 
 


 
 
 

《照準を調整、角度を5度上げよ》
 

10メートルACの背丈近くは有るのだろうか、巨大な砲身の銃口が小高い山に向けられている。
 

《単発……撃て》
 
 

凄まじい轟音と共に砲身から砲弾が放たれる。
 
 

そして冗談かと見紛う程大きな薬莢が砲身から排出され、地面に落ちた。
 

《10、9、8、7、6、5、4、3、…弾着、今》
 

着弾した砲弾は夥しい土煙と爆煙を巻き上げながら炸裂、まるでミサイルでも落ちたかの様な衝撃が遠く離れたこちらにも響き渡る。
 

風が黒煙をゆっくり払うと、今までそこにあった小高い山が跡形もなく消し飛んでいた。
 
 

「凄い………。」
 
 

思わずポロリと口に出る。
 
 

『ふむ、先のOGOTOよりも強力になっているな、早速このYAGAMIを配備する。あとで霧積に乗せて何度か運用してみよう。』
 

新型グレネードキャノンの試射訓練と火力演習、私はそこに呼ばれていた。
 

日本有数の山岳地帯と言われる所で行われる火力演習は想像以上だった。
 

有澤重工が有するノーマル・ゼニガメによる戦列陣形からの砲撃、装甲車や戦車の一糸乱れぬ動き、パワードスーツ部隊の降下訓練や有沢重工仕様のソーラーウィンド隊によるピンポイント砲撃からの装甲ヘリによる爆撃など、とにかく事あるごとに爆発する訓練を見学させてもらった。
 
 

『大艦巨砲主義、皆我が社を口々にそう言う。称賛だったり蔑称を込めた意味でもね。時代がハイエンドノーマルからネクストへ変わった今でも、私たちは大きくて物騒なものを造り続けている。』
 
 

「変わらない伝統というものなのですかね。」
 

『いや、伝統とは変わるものさ、寧ろ変わらなければならない。変わり続けなければ滅んでしまう、いつまでも強く、そして変わり続け、守るべきものを守る。それが有沢重工なんだ。』
 

有澤という男は不思議な男だった。
渋く、威厳のある風貌と体格では有るが、穏やかな心と子供の様な無邪気さを垣間見せる、人を惹きつける魅力を持った人間だった。
 

私がかつてローゼンタールに居た頃には感じなかった感情が芽生える。
 

この男や有澤重工の人間達は自分を一人の人間として接してくれた。
 

実験用動物としてではなく、個を持つ一人の人間として。
 

私がこの国に興味を持つのに時間はかからなかった。
この国で過ごした時間、文化、風習、歴史や言葉、私の人生にとって特別な時間だったと思う。
 
 

そして。
 
 

私が有沢重工に来て一年が経った後にそれは起きた。
 
 

国家解体戦争に次ぐ世界大戦、のちにリンクス戦争として伝わる大戦。
 
 

6大企業の見せかけの統治が崩れ、世界は理念なき戦乱に突入した。
 
 

各地で戦火が拡大し、巨大コロニーですら呆気なく壊滅、ネクストを中核としたレイレナード陣営の奇襲により、瞬く間に防戦一方に追い込まれるオーメル陣営。
 
 

老いた巨人、GAはGAE( GAヨーロッパ支部)
の内紛を粛清しきれず、アクアビット、レイレナードの戦争参入を許してしまう。
 
 

ハイダ工廠でGAのトップリンクスであるメノ・ルーを失い、本来パックスの盟主である椅子をオーメルやローゼンタールに明け渡す結果を作ってしまった。
 
 

ゼクステクス世界空港でのGA要人襲撃、ネクスト研究施設にてユナイトモス、ハイダ工廠でメノ・ルー、立て続けに戦力を失い、戦争における大きな後退を余儀なくされたGAは、同陣営企業と満足な連携も取れずに開戦した。
 
 

いくら母体が旧アメリカ合衆国で戦争慣れしているとは言え、相手は強力なネクストを有するアクアビット、レイレナード、インテリオルユニオン、BFFだ。
 
 

ローゼンタール、オーメルが欧州戦線で釘付けになり、イクバールが内戦でグループ内の統率を欠いている中、有沢重工のあるこの極東エリアも安全ではない。
 
 

〈BFF第4艦隊がインド洋に侵入!レイレナード軍が国境を越えてGA本土に侵攻!アルドラ軍がドルニエ採掘基地を襲撃!インテリオル軍がローベルとマイヤー大橋を占拠!〉

次々に有沢重工本社へ世界各地の情報が上がってくる。
 

『GA本社の対応は?』
 

〈本社は本土の防衛で手一杯です!極東のGA軍は列島本土とシーレーンの確保を優先せよとの命令です!〉
 

『列島周辺の状況は?』
 

〈中国大陸の軍事企業、瀋陽、広州の企業軍に不穏な動きがあるとGA海軍第6艦隊から情報提供がありました。仕掛けてくる可能性は十分あります〉
 

『北部方面の第7機甲師団にワカを送る。九州北部沿岸の守りは少弐大佐、竹崎中佐、対馬付近は国防海軍から小早川大佐、村上中佐に守りを、台湾から沖縄諸島にはGA海軍第7艦隊と君、そして私だ。』
 

「有澤さんも行くんですか?」
 

『え?どういう意味かね?』
 

「何故って、社長自ら向かってどうするんです?」
 
 
『一応私もネクストに乗れるからね。』
 

「えっ?」
 

『え?』
 

この時は衝撃的な事実だったが、直ぐに新しい情報で掻き消される。
GAの偵察衛星から捉えた映像に敵のネクスト機の存在が確認されたからだ。
 

『旧中国の軍閥企業が随分と強気だとは思ったが、やはりBFFが絡んでいたか…小競り合い程度で済めば御の字だが。』
 

確認された機影は一機、BFF製のネクスト047ANだ。
その他にもノーマルを含んだ多数の航空戦力、海上戦力が写っている。
 

『急いで沖縄へ向かう、GA海軍と合流しよう。』
 

足早に部屋を去る有澤を追って、私も足早にネクストハンガーへ向かった。
 
 
 


 
 

淀んだ黒雲が南の空で広がっている。
 
 

鎌首をもたげた艦砲から一斉に砲撃がなされると、遠くを運航していた艦艇に直撃し、火を吹きながら沈んでゆく。
空では幾重もの戦闘機が翼を重ね、バラバラになった機体が空から海へ堕ちていった。
 

那覇と旧上海を挟んだ東シナ海域で、新興企業・広州の海軍とGA海軍の戦闘が始まっている。
空では戦闘機が、海上では艦船と足をフロートに換装したノーマル部隊が、海中では潜水艦同士による激しい攻防が行われていた。
 

遥か上空に放たれた偵察機からの映像を機体にリンクさせて海戦の様子を見ていた。
 
 

本物の海戦を見るのは初めてだったが、心は落ち着いている。
 

自分がネクストに搭乗しているせいでもあるだろうが、何よりGA海軍は強かった。
 

一隻の艦艇から放たれた対艦ミサイルが、広州海軍の艦艇に直撃し、航行不能となった船を戦闘機のミサイルが追い討ちをかけ、次々に敵船を沈めていく。
 

GA海軍第7艦隊を指揮するベン・ヘリントン中将はもう20年以上海で戦い続けてきた歴戦の猛者らしく、彼の指揮する空母打撃群の苛烈な猛攻は、彼の心中をそのまま表すかの様な暴れぶりだった。
 

見る見るうちに広州海軍の艦艇が撃破され、その数が半数まで減り始めた矢先、上海方面から急速に接近する物体が広域レーダーに捉えられたと通信が入る。
 

長距離対艦ミサイルにしては緩急のある速度で接近してきている。
 

『ネクストだ』
 

私が声を上げる前に有澤がそれに気づく。
 

高速接近する機体はBFF製047AN一機、標準ベースのカラーリングとは若干異なる銀と青の色彩に赤い龍のエンブレムが目立つネクストだった。
 

途中から急速に速度を上げるそのネクストは、物の数十秒で戦闘海域に入っていく。
 

『該当データに無いリンクスだな、だがあのエンブレムは何処かで…』
 

接近する銀のネクストがGA海軍のノーマル部隊を射程距離内に収め、両腕を振り上げた。
 

マズルフラッシュが弾け、BFF製高精度ライフルから弾丸が放たれる。
応戦しようとしたノーマル数機が瞬く間に撃ち抜かれ、爆散した。
 

ミサイル駆逐艦から放たれるミサイルをQBで避けてまわり、上空から艦艇を蜂の巣にする。
 

鋼鉄が擦れる音と共に沈むGAの艦艇に目もくれず、次の標的を見定める銀のネクスト。
 

引き金を引くのに躊躇いがない。
 

かなり戦闘慣れしているような動きだった。
 

該当データに無いリンクスは国家解体戦争後に登録された非オリジナルに分けられており、No.が増えるほど新しく登録されたリンクスの筈である。
 

その大半が戦いなど経験したことのない一般人や精々テスト慣れしただけのパイロットなのだが、あのネクストの動きは違う様に感じた。
 

放たれるミサイルや砲撃をふわりふわりと避け続け、急接近して弾丸を撃ち込んで離れていく、まるで戦闘機のような戦い方だった。
 

劉伯林だ!とGA海軍の戦闘機乗りが叫んでいる。
エンブレムに見覚えがあるらしい。
 

『何処かで見たような形だと思っていたが劉伯林か、まさかリンクスになっていたとは』
 

「何者ですか?」
 

『劉永という旧中国空軍のパイロットだ、赤い龍のエンブレムと尾翼に青い槍を模したペイントを施した戦闘機に乗っていたやつさ、空の趙子龍なんて呼ばれていた凄腕の戦闘機乗りだったが、こんな所で出くわすとは』
 

銀のネクストは次々にGA海軍を撃破していく。
 

『出るぞ、このまま味方を見殺しには出来ん』
 

ネクスト輸送用の大型ヘリから霧積が降下、それに続いて私のサンシャインも降下する。
 

ブースターとスラスターを吹かせてバランスを取り、海水を巻き上げながら前進。
 

速度を上げながら作戦海域を目指す。
 

『この綺麗な海を汚染するのは心許ないが…やむを得んな…』
 

私にとってこれが初めての実戦だった。
 

シミュレーターや訓練ではない本物の戦場。
 

ただ、私の胸中は落ち着いていた。
 

目の前で人が死ぬのには慣れて過ぎていたからかもしれない。
 
 


  
 

〈来るぞ!迎撃しろ!!〉
 
 

迫り来る銀色のネクストを撃ち落とさんと、艦隊防衛用の長距離ミサイルが幾つもの艦艇から放たれる。
そのミサイルの雨霰を掻い潜り、音速を超える速度で接近した銀色のネクストがまた一隻、GA海軍の艦船を火の海に包んだ。
 

〈クソっ!!また一隻やられたぞ!!〉
 

〈何でも良いから奴に撃ち込め!!これ以上やらせるな!!〉
 

混線となった無線から怒号と悲痛な叫びが聴こえる。
たった一機のネクストにGA海軍の艦艇が既に5隻沈められていた。
 

『有澤重工、霧積だ、加勢する。』
 

GA海軍の無線から歓声が上がる。味方ネクスト2機の加勢、戦場の死神が味方に来たのだ、士気が上がらないはずが無かった。
 

『GA海軍の艦船を援護する、味方の突破口を開くぞ』
 

「了解」
 

『見せてやるとしよう、我が社の【火力】を』
 

霧積に積まれた大型グレネードキャノンYAGAMIが展開し、敵艦船の一隻に照準を合わせる。
 

前に火力演習で実際に射撃を見せて貰ったものだ。
 

轟音と共に打ち出された榴弾は敵艦船の横腹に命中、着弾と同時に大爆発を起こして横にへし折れる。
 

近くに展開していた敵ノーマル部隊も衝撃波の巻き添えを喰らい、吹き飛ばされて海に沈んでいった。
 

こちらも負けてはいられない。
 

海上に展開している広州海軍の艦船をミサイルでマルチロックオンし、トリガーを引き絞る。
 
 

背部から放たれたミサイルの群れが複数の艦船目掛けて肉薄し、命中。敵艦4隻が航行不能に陥った。
 

GA海軍から再び歓声が上がる。劣勢を優勢に覆した瞬間だった。
 

刹那、背中に悪寒が走る。
 

何かがこちらを見ている、そんな感覚がネクストの中に居ながら感じた。無論、それは銀色のネクストからだ。
 

GA海軍の艦船を沈めると、踵を返してこちらに向かって来る。
 

「なんだ…?レーダーの反応が?」
 

急に自機のレーダーに異変が起きる。
友軍である艦艇と有澤の位置がジャミングされた様に分からなくなった。
 

レーダージャミングを受けるのとほぼ同時に衝撃。
 

銀色のネクストの銃撃がサンシャイン-Lを襲う。
対ネクスト用の徹甲弾だ、ノーマルが使用する様な物ではなく、ネクストのPAへの攻撃を視野に入れた貫通力を高めた銃弾。
 

堅牢なGA製のネクストと言えど連続被弾はマズい。
 

反射的に後退し、引き下がりながら右腕部のバズーカで狙い撃つ。
銀色のネクストはQBで左へ難なく回避し、更に距離を詰めて来る。
 

ローゼンタールのオーギルとはまた違う鋭い機動だ。狙い撃ち、一撃離脱を得意とする劉永の機動は本当に戦闘機の様な動きだった。
 

すれ違いざま、コアに数発弾丸を叩き込まれる。
 

両肩部のマルチミサイルを背を向けた銀のネクスト目掛けて撃ち放つ。
その殆どは振り切られるか、追尾性能を失い、海面に落ちていった。
 

こちらの武装は両肩部のマルチミサイルと両碗のバズーカ砲。
劉永の駆る銀色のネクストに当たりさえすれば手痛い一撃を加えられるが、あのスピードだ、照準を合わせるのでもやっとだった。
 

ただ、劉永のネクストの機動を観察していて、どこか違和感を感じた。
BFF製のネクストの照準精度やスピードに隠れてはいるが、戦術に複雑性が無いのである。
 

OBを使用して最高速度に達した後、両腕のアサルトライフルによる銃撃を加えて離れていく、殆どがこのパターンだ。
 

AMS適性が高いパイロット程機動がより曲線的になり、より複雑な動きをするらしいが、劉永はそれに当てはまらない、寧ろ自分の様な適性の低いパイロットに有りがちな直線的で単純な機動が目立っている。
 

ローゼンタールにいた時のAMS適性実験や、ネクストの戦闘訓練台だった時の経験がこんな所で活かされるとは思わなかったが、一つ仮説を立ててみる。
 

劉永自身、AMS適性は高くはない、寧ろ自分と同等か、それ以下だ。
 

劉永が戦場に現れてから既に30分以上が経過していた、その意味は時間が経てば経つほどわかって来るはずだ。
 

マルチミサイルの連続射撃。
 

反射的に銀のネクストは被弾を許さんと、回避行動に移る。
ミサイルを振り切る為に機体左右にQBを吹かし、回避を試みていた銀色のネクストの動きの流れに揺らぎの様なものが見える。
挙動が鈍り、ミサイルが数発ネクストの左半身に突き刺さった。
PAが干渉するが、この戦闘でのあからさまな被弾。
 

手応えがあったわけではない、ただ仮説が確信へと変わりつつある。
AMS適性の低いリンクスが長時間ネクストへ搭乗しているとどうなってしまうか、私は身を持って知っている。
 

ネクストが機体に受けた損傷や細かな金属疲労が機体を通してリンクス自身に跳ね返って来る。
リンクス自身の神経と機体が繋がるネクストがノーマルよりもより高度で繊細な操作が出来る分のデメリットがこれだ。
 

高性能でより高いAMS適性を要求される機体こそ、操作する難易度やリンクス自身にかかる負荷がより高くなる。
BFF製のネクストはGA製のネクストと比べると要求される適正は高い方だ、適性の低いリンクスがおいそれと扱えるものでは無い。
 

数発被弾しただけの銀色のネクストがぐらりとよろける。
その隙をつく様にミサイルを再びロックオン、トリガーを引き絞った。
幾重にも白線の尾を引いたミサイルが銀色の機体に突き刺さり爆発、黒煙と共に減衰するPA。
 

堪らず後退する銀色のネクストを照準に両腕のバズーカを振り上げる。
重音を響かせ放たれた砲弾の一発が左脚部に命中、装甲を吹き飛ばした。
 
 

チャンスだ。
 
 

さらに後退する銀色のネクストを追撃、このままミサイルとバズーカを織り交ぜて一気に決める。
ミサイルの照準を逃げるネクストに合わせようとした時、再びレーダーに異変、そして機体に衝撃が走る。
 
 

「うわっ……!?」
 
 

サンシャインの右肩から右腕にかけて凄まじい衝撃。
肩の装甲が弾け飛び、右腕部が後ろに吹き飛ぶ。
 
 

なんだ?!
 
 

激痛が右腕に走る、右腕が千切れたかの様な酷い痛み。
一体何に攻撃されたのか分からなかった。
 
 

敵艦艇からの流れ弾か?一体どこから?
 
 
 
激痛の余り、数秒機体を静止させてしまった。
それを攻撃の主が見逃すはずが無かった。
 
 

千切れかけたネクストの右腕部に再び衝撃、完全に右腕を吹き飛ばされる。
 

「うわあぁぁ!!!」
 

レーダーが反応せず何処からの攻撃なのか把握出来ない。
激痛が更に走り、痛みで冷静な判断が出来なかった。
 
 

右腕部が撃たれた角度からして機体の右180度の範囲内からの攻撃、だが、見える範囲には味方と敵の艦船やノーマル部隊しかーーー。
 
 

PAのあるネクストの装甲を容易く吹き飛ばす攻撃。
 
 

マズい。
 
 

死が頭をよぎる。
 
 

何処から、何に狙われているのか分からない。
 
 

「アリサワさん…!!何処かに敵が…!!」
 
 

『そこか…!!』
 
 

敵艦を次々に蹴散らしていた有澤が叫ぶ。
霧積から放たれたグレネード弾が一隻の装甲艦を捉えた。
グレネード弾の直撃によって甲板が吹き飛んだ艦船の底部がハッチの様に開き、中から一機、ネクストが現れる。
 
 

《あらら…中々鋭いじゃないの、こんなに早く気がつくなんてね》
 
 

BFF製のネクストだ、同社製のライフルを二丁と背部に聳える二本の長い銃身、そして肩部に見える羽根にも見える装備。
 

『貴様何者だ、オリジナル…ではないな?』
 
 

《ふふふ》
 
 

何者かは分からないが男の声だ。
 
 

『ECMの出どころは如何やらコイツだ』
 
 

両肩の装備、初めて見たがECMを発生させる装置らしい、レーダーへの異変はあの機体の仕業だった様だ。
そしてあの背部の銃身、長距離狙撃用のスナイパーキャノンが装備されている。
先程の攻撃は長距離狙撃によるものだった訳だ。
 
 

《さて、ワタシはもう帰らなければ。劉将軍にはもう少し頑張ってもらいたいのですが、まだやれますよね?》
 
 

艦艇の影に紛れての奇襲。先程退いていた銀色のネクストが有澤の霧積を襲う。
両腕のライフルの照準を霧積に合わせ、銃撃。
減衰するPAと装甲を削られる霧積。
 
 

「痒いな」
 
 

霧積の強化型バズーカが銀色のネクストのライフルに直撃、銃身がバラバラに砕け散ったライフルを投げ捨て、格納用ハンドガンを二丁構え霧積に乱射。
もはや破れかぶれの攻撃に見えた。さっきまでの高機動からのヒット&アウェイでは無く、通常推力からの接近射撃。もう限界の様だ。
 
 

PAが減衰し、霧積の装甲が露わになった。
震える様に照準を合わせ、弾丸が放たれる。恐らくだが最後の一発だったのだろう。
それが有澤の命を奪うことは無かった。
 
 

右腕に構えたグレネードランチャーが銀のネクストを吹き飛ばす。
直撃し、大きく吹き飛んだ銀の機影は海面に落ち、そのままゆっくりと沈んでいった。
 
 

『また雲隠れか、一体何がしたい?』
 
 

再びレーダーECMの障害が出る。
 
 

《さぁ?ではワタシはこれで》
 
 

遠くの水平線に全域を離脱してゆく機影が微かに見える。
敵ネクストの戦域離脱を確認したGA海軍は広州海軍を海域から駆逐し始めている。
 
 

『このまま掃討戦に移行しよう、まだ動けそうかね?』
 
 

「なんとか……アリサワさん、あのリンクスは何だったのでしょうか?」
 

『私にも分からない、分からないが…今は出来ることをしよう』
 
 

有澤の言葉に我に帰る様に、私は再び前を見据えた。
 
 


 
 

旧オーストラリア国・中立コロニーキャンベラ
 
 

「今回の騒動、我々としても誠に心が痛みます」
 
 

『あれだけ派手にやっておきながら心が痛む?そりゃあ無いでしょう、王大人(ワン・ターレン)』
 

「かつて大国であった我々も今やBFFの傀儡、もはや逆らえません、ですが、旧中国軍の私の胸中は全くの逆です。今回の瀋陽、広州の進行も企業の独断によるものです」
 

『だから旧体制のあなた方は関係が無いと?お言葉ですが大人、少々虫が良すぎるのでは?』
 

「そう思われるのも致し方ありません、既に瀋陽、広州軍の代表者は拘束し、私もこの件の責任を取って辞任する腹積りです」
 

『…もし貴方が降りれば益々新興企業らの抑えが効かなくなるでしょう、貴方の影響力は旧中国軍閥に必要なのでは無いですか?』
 
 

「BFFの傘下に降ってから私の肩書きなどもはや意味を為しません、現にBFFの息のかかった新興企業らの台頭を許してしまっている、情けないことです」
 

沖縄近郊での戦闘はGA海軍が広州海軍を退け、戦域の確保に成功、対馬に侵攻した瀋陽軍も有沢重工の対馬防衛部隊によって撃退されている。
 

各地で各陣営に位置する企業軍が戦闘を繰り広げており、その戦果は世界に広がりつつあった。
極東戦線の初戦はGA軍の勝利に終わっているが、オーメル陣営全体を見れば劣勢に立たされているのに変わりはなかった。
 
 

中立コロニー・キャンベラでの会合は有澤重工と旧中国体制派代理の王小龍による和議の会合だった。
 

政治的会合の場、張り詰めた空気は戦場の空気と似ている。
 

卓上はもう一つの戦場とはよく言ったものだ。
 

戦いが得意では無い私が学ぶことはここにたくさんあるようにも肌で感じた。

『引き続き台湾島へはGA海軍が駐留致します、異論はありませんな?王大人?』
 

「えぇ、構いません、瀋陽軍と広州軍は我々の管理下に置きます故、ご安心下さい」
 

温和な表情を浮かべ、丁寧な口調で話す老人だったが、私はこの男が只者では無い様に思えて仕方がなかった。
皺に隠れ、終始柔らかに話す口とは裏腹に、目の奥に見え隠れする不敵な光。
ローレンツの様ではあるが、桁が違う何かを隠している目だった。
 

『では我々はこれで、王大人、またいずれお会いしましょう』
 
 

有澤の言葉に会釈する様に頭を下げた後、王小龍は不意に私を見つめる。
 

「先ほどから気になっていたのですが、そこの御人はどなたでしょう?」
 

『あぁ、我が社の社員ですよ、私の仕事を手伝ってくれている者です』
 

「ほぅ、お若いのに此処に居合わせるとは中々…有澤社長のお墨付きとはさぞご立派なお方なのでしょうな」
 

私を見つめる目は相変わらず笑っている、私は軽く目線を逸らし、会釈をした。
 

うんうん、と王小龍は頷くと、椅子に腰を下ろす。
 

『では、失礼致します』
 

そう言うと有澤は私を部屋から出る様に促し、2人して部屋を後にした。
 

しばらく歩いて気がついた。
 

足早に歩く有澤の背中にどこか焦りが見える。
 

声を掛けようと思ったが、先に口を開いたのは私ではなく有澤の方だった。
 

『此処に乗ってきた飛行機には乗るな、私が今本社に手配させた飛行機で此処を離れよう』
 

珍しく険しい顔で私に話しかける有澤、何かあったらしい。
 

タイミング良く着陸した本社の飛行機に乗り、コロニー・キャンベラを離れて30分ほど経っただろうか、機内で有澤が口を開く。
 

『BFFの第6艦隊がマラッカ海峡を押さえたらしい、先日の列島侵攻は中国軍閥企業の独断などでは無い、完全に囮だ、してやられたな』
 

「ネクストを使った陽動ですか?」
 

『その通りだ、インド洋はGA第6艦隊の管轄だったが…敵にメアリー・シェリーが居たそうだ。BFFの女帝だよ、GA軍にネクストの護衛がついていても押さえ込むのは厳しいだろう』
 

マラッカ海峡と言えば旧シンガポールの海域に位置する海上輸送の一大拠点だ
いち早くGAが抑えたのは良かったが、BFFのネクスト一機に完敗を期したらしい。
 

BFFのメアリー・シェリーと言えば先の国家解体戦争にて活躍したリンクスだ。
 

充てがわれたリンクスナンバーはNo.5。
 

これは先の大戦で第5位の戦功と思って差し支えないと言う。
有澤が言うには性格に難のある女らしいが、BFFのトップリンクスであり、その実力はNo.5という数字が物語っていると言っていた。
 

ネクスト無しとは言え、GA海軍は他企業と比べても屈指の海軍力で、装備も充実している。
その海軍を相手取り、たった一機で退ける実力を持ったリンクスがBFFには居るのかと思うと、どうしても驚きを隠せない。
 

『噂ではそのメアリーの後見人が王小龍らしい、大方目障りな瀋陽、広州のトップを失脚させて新興企業を旧体制派の管理下に置くつもりなんだろう、本当に食えん老人だよ』
 

「じゃああの銀色のネクストも…」
 

『劉永は旧軍の英雄的な象徴だった男だ、何故空軍の英雄だった彼が広州軍閥に居たのかは分からない。ただ、彼の様な名のある男がネクストに乗って先駆けになればどうかね?』
 

アレだけの規模の軍閥を動かせる影響力を持った人物だったという事だ。
劉永本人が率いる事を願ったのか、持ち上げられて従ったのかは分からない。
 

有澤は怪訝な顔をして語る。
 

『ネクストもリンクスも企業の抱える政治的な道具に過ぎない、二機目のネクストは劉永を助ける素振りすら見せなかった。そして結果的にこの紛争でGAに制海権を譲る敗北をした。結果的に得をしたのは何処の誰だろうね?』
 

「旧中国体制派とBFFですか」
 

『そんな所だろう、現にマラッカ海峡を抑えられ、旧中国軍閥は新興企業を傘下に抑えて増長しているからね。肉を切らせて骨を断つ、敵の本命はそこにあった様だ。』
 

「もしかしたらあの時の四脚のACも」
 

『恐らくだが劉永の監視を兼ねた役割の者だろう、王大人の差し金だ。』
 

小難しい話を纏めると、極東戦線は局地的な勝ちは此方が収めているが、大局的な面では敵が優勢という事だ。
国家解体戦争時は友軍同士だったリンクス達が今となっては企業の主力として投入され、他企業のリンクスと殺し合いになっている。
 

戦況すら覆すネクスト同士の戦いが世界各地で行われ、深刻な汚染や被害が目に見えて広がり始めていた。
そんなものは勝った後にどうにかすれば良い、そう言わんばかりに汚染の事実などお構いなしに企業軍は侵攻を続ける。
 

『とにかくオーメル陣営は何処もかしこも劣勢だ、少しでも戦力を確保するために独立コロニーに対して参戦を促している様だね』
 

独立コロニーに頼らなければいけない程切羽詰まりなのが戦況の過酷さを物語っている。
 

現にGAですら北米本土への侵攻を許し、主要な軍事施設を片っ端から襲撃されているのだ。
 

ネクスト研究施設のあるアスピナ機関や研究機関のあったアナトリアと言った小規模コロニーの戦力と言って良いのか分からない者達を当てにしないといけないくらいだ。
どれだけのリンクスを味方につけて戦えるか、独立コロニーだろうが傭兵だろうが猫の手でも借りたいのだろう。
 
 

ただ。
 
 

この時の自分と有澤は知る由もなかった。
 
 

傭兵の、それもたった2人のリンクスに戦況が覆されるなど知る由もない。
 
 


 
 

一度日本に戻った後、私はGA本土の防衛戦力として再招集を受けた。
比較的安定している極東戦線から本土の守りを担うべくサンフランシスコ近辺の防衛戦力に編入されたのだ。
 
 

有澤から
 
 

『寂しくなるなぁ〜』
 
 

と物凄く残念そうな顔をしながらしんみりした言葉を貰ったが、私も人との別れが悲しくなる感覚は久しかった。
 
 

この人は本当に表情が豊かだった。黙っていれば仏頂面なのにこの顔からはおよそ似つかないくらい人情味がある。
 

『何かあれば日本にいる私と有澤重工を頼りなさい、必ず力になろう』
 

深々とお辞儀をすると私は固い握手をしてその場を後にする。
 

多くの日本人と出会ったが、優しくも聡明で、どこかに誇りを感じる人間達だった。
 
 

私は生涯彼らと出会い、彼らと学んだ日々を忘れる事は無いだろう。
 
 

北米行きのGA軍の輸送機の窓から離れゆく日本本土を眺めていた。
 
 

名残惜しさだけが私の心に残っていた。
 
 


 
 

10数時間後--。
 
 

揺れる機内と警告音。
私は必死に何か掴まれる物にしがみ付いていた。
機体の後部とエンジンから火の手が上がり、パイロットが必死に管制塔へ事態を告げている声が聞こえる。
 
 

輸送機の着陸予定だったGAサンフランシスコ海軍基地への襲撃。
 
 

その襲撃に巻き込まれたのだ。
 
 

黒煙と大きな炎の上がる港湾基地と応戦しているGA軍が見える。
敵はレイレナード地上軍とBFFの混成軍だった。
 
 

この輸送機にリンクスの候補生が乗っている事を見越した襲撃なのか偶然なのかは分からないが、とにかく状況は最悪だった。
 
 

襲撃の混乱で管制塔の着陸許可が降りず、空中で身動きが取れない輸送機を地対空ミサイルが襲う。
搭載されているフレアーをばら撒きながら回避行動を取るも、続け様に地上からの砲撃を受けて被弾。
 
 

片翼を失い大きく高度を落としながら操縦不能となった輸送機は、地上ではなく港湾外周の海に着陸を試みた。
 
 

勢いよく着水した輸送機はけたたましい金属の悲鳴の様な音を上げながら少しずつ減速。
吹き飛んだ外装の穴という穴から海水が飛び込んで来るが何とか着水には成功した様だ。
 
 

生きている心地などしなかったが、沈みゆく機体を目に我に帰り、急いでベルトを外して脱出を試みたが左腕に激痛が走る。
一瞬何が起こっているのか分からなかったが、吹き飛んだ輸送機の破片が自分の左腕に深々と突き刺さっている。
 
 

一呼吸遅れて血が滲み、激痛が全身を襲った。
 
 

あっという間に海水が腰まで浸かり始める。
兵士の叫び声と揺れる機体のなかで死が頭をよぎり始めその時、生き残っていた機内の兵士の1人が此方に気づき、痛みで悶える私に掴みかかり、早く外へ出ろと促す。
 

大きく息を吸えと私に叫ぶと、その兵も息を吸ってお互いに海中に身を投じた。
私は傷口に染み込む海水の痛みで気を失いかけたが、生存本能がそれを優ったのか必死に陸に向けて泳ぎに泳いだ。
 

幸い着水した場所が陸地に近かったお掛けで割と直ぐに陸に上がれたが、出血した左腕の痛みが尋常ではなく、その場でのたうち回る。
 

『生きてたか…こりゃひでぇな、直ぐに止血しねぇと』
 

男の声、さっきの…やたら大柄な兵士だった。
 

兵士は私を担ぎ上げると、乗り捨ててあった軍用車両に放り込み、エンジンをかける。
 

基地に降り注ぐ砲撃やミサイルが壁や地面に着弾し、巻き上がった瓦礫や炎混じりの破片が辺り一面に降り注ぐ。
 

多くの兵士が負傷者や死亡者を収容するために右往左往し、反撃に転じようと出撃するノーマルやMTが駆動音を上げながら瓦礫を踏み越えて前線へ向かっていた。
 

『ここに居たら死んじまう、早く逃げねぇと…でも何処に行きゃ…』
 

サンフランシスコ海軍基地には一度だけ来たことがあった。街を含めて主要施設の位置は何となくだが頭の中に入っている。
 

「基地から離れて南に向かってくれ、軍の病院があったはずだ…」
 

『あぁ?!南ってどっち行きゃ良いんだよ!?』
 

敵の砲撃が近くに着弾し、基地の施設の外壁が吹き飛ぶ。
悠長に話している場合ではないと言わんばかりの砲撃が辺りを襲った。
兵士は反射的にアクセルを踏み込み、瓦礫で散乱した道の上を無理やり車で走らせる。
 

揺れる度にひどい痛みが左腕を通じて襲う中、吹き荒れる風の中に薬品が燃える様な臭いや何が燃えているのか分からない様な鼻をつく臭いで思わずえづく。
 

応戦しているGAのノーマル部隊やMT部隊とは別の軍が援軍としてこのサンフランシスコ海軍基地に集結している様だ。
ここはかつて造船所でも有名だった海軍基地を要塞化した場所で、西海岸の要所の一つだ。
当然守りも堅牢で部隊も多く駐屯している。
 

初めは襲撃の混乱で分からなかったが、レイレナード陣営の軍はそこまで大規模な襲撃では無いことが流れていた軍の無線を聞いていて分かってきた。
 

大規模な襲撃ではない?
 

そんな小競り合いをこの海軍基地に仕掛けてくるわけがない。
 

その疑問は前線の兵士達の悲鳴で確信に変わる。
 

防衛線を敷いていたGA守備軍のノーマルを側面から一発のプラズマ光弾が襲う。
直撃を許したノーマルは下半身部分を残して吹き飛んだ。
次々と光弾に直撃し、一機また一機と吹き飛ばされていくノーマル部隊。
 

悪寒がした。
 

急いでここから離れないと。
 

こんな所でそんな強力な武装を使える兵器と言えばアレしかいない。
 

ネクストだ!!
 

前線の兵士達が叫んでいる。
特徴的な鋭利なフォルムに瞬間火力に秀でた武装、何よりこの独特な起動音。
それは何処からともなく現れ、基地の外壁へ降り立つ。
 

遠目に見ても分かる、レイレナードのネクストの特徴だった。
 

突如として飛来したレイレナードのネクストの両椀から放たれるマシンガンの弾丸が、堅牢さが売りのGA製ノーマルの装甲をいとも容易く切り裂いている。
 

反撃に転じるノーマル部隊は銃撃やミサイルをネクスト目掛けて撃ち出すが、その殆どは回避されて空を切り、まぐれ当たりでも有効打にすらならない。
 

成す術なく蹴散らされるGA軍のノーマル達の怒号や悲鳴が聞こえて来る。
 

《アッハハハハ!!弱すぎるねぇ!!可哀想だねぇ!!!》
 

ネクストから響き渡る独特な笑い声と声が聞こえる。
一声で凶暴な人間が駆るネクストだと分かった。
その間にも次々に撃破され崩れ落ちていくノーマル。ネクストが現れてからたった数分の出来事だが、既に十機以上のMTやノーマルが破壊されていた。
 

《どうせ死ぬんなら最後は死に花咲かせないとねぇ!!!》
 

ノーマルやMTでネクストを相手にするなど自殺行為だ。
 

せいぜい時間稼ぎにしかならない。
 

一進一退の攻防が一転、敵の一方的な狩場と化した。
 

尚も高笑いしながら目につくノーマルやMT、守備施設を破壊しまくるレイレナードのネクスト。
移動の衝撃だけでガラスが吹き飛び、その両碗の引き金を軽く弾くだけで消し飛ぶ命。
 

生身では感じたことは無かったが、ネクストの重圧と言うものは凄まじいなんてものでは無かった。
標的にされれば最後、理不尽なまでの暴力が命そのものを刈り取る。
 

ネクストを相手に出来るのはネクストしかいない。
 

一方的な殺戮が行われていたサンフランシスコ海軍基地に僅かな望みが現れる。
 
 

〈…遅れてすまん、こちらGA社、ネクスト・フィードバックだ〉
 
 

空気を切り裂く起動音と共に、挨拶だと言わんばかりのミサイルの雨を降らせ、レイレナードのネクストを爆撃する。
 

GAのリンクスが救援に来てくれた様だ。
 

不意を打たれて面を喰らったのか、ミサイルの直撃を許した様だったが、爆炎が晴れていくとPAに守られた機体が露わになってくる。
 

《ああぁ…?何かと思えばGAの粗製か、そのポンコツネクストで何処までやれるのか気になるねぇ》
 

何かしたか?と言わんばかりにGAのネクストを睨みつける。
まるで獰猛な獣の様な目だった。
 

〈皆んな出来る限り遠くに避難してくれ、巻き込まない保証が出来ない…!〉
 

アッハハハハ!!と高笑うレイレナードのリンクスとは対照的に静かに相手を見据えるGAのリンクス。
落ち着いているのか、相手のプレッシャーに気圧されているのかは分からない。
 

《オリジナルが粗製如きに負けてちゃ俺の立つ瀬が無いんだよ!!リンクスなのに弱い奴は可哀想だねぇ!!じゃあ死んで良いねぇ!!!》
 

夕日に血を混ぜた様な色の二機のネクストがぶつかり合う。
鋼鉄の巨人達が巻き起こす死の嵐から少しでも早く離れなければ。
 

落ちてゆく日を尻目に、非力な私達はただただ遠くへと逃げるしかなかった。
 

あのGAのリンクスが居なければ私達は死んでいたかもしれない。
 

私はその時の事故で左腕を失い、リンクスとしてはまともに戦えない身体になってしまったが、命あっての物種だった。
 

あの時私達を救ってくれたリンクスは後に多くの兵士に讃えられることになるのだから、人生とは何が起こるか分からないものだとつくづく思う。
 

この戦争は一部の者に莫大な富や栄華を約束し、大多数の者へは死と荒廃した大地を残した。
 

拭いきれない悲しみと憎悪、怒り、多くの感情を抱えて人々は前に進む。
 

各々が各々の思いを抱えながら。
 
 

この戦争で私が学んだのは悲しみだけではない。
 
 

傷つきながらも少しずつ歩んでゆく。
 
 

人間の持つ力強さだった。

 
 


 
 

僅かに涼しくなり始めた風が身体をそよいでいく。
季節の変わり目を感じる余裕など今までの自分には無かった。
 
 

そんな事を少しでも感じるようになれたのは何故なのだろうか?
 
 

今から会う人間に昔の自分を重ねているからなのかもしれない。
 

ビルの屋上、まるで緑地の様に木々が植えられ、ちょっとした公園の様になっている。
そこのベンチに腰掛けてもう10分程経っただろうか。
 

空を見上げると雲の間からほんの少しだけ星が見え隠れしていた。
 

不意に後ろから足音が聞こえ、立ち止まる。
振り返るとそこには色白の痩せた青年が立っていた。
赤みがかった髪と黒い瞳、その瞳の奥は何処となく正気を感じず澱んでいる様にも見えた。
 
 

2人がけのベンチの横に腰掛ける様に促し、青年に私の名刺を渡した。
 
 

「君のカラードでの活躍は聞いているよ、お互いに名乗り合う必要は無い」
 
 

青年は黙っている。
 
 

「君の実力はカラードでも指折りだ、ただ君にいつまでも首輪は似合わないと私は思う」
 
 

私は1時間ばかり彼と話しただろうか。
会話というには一方的だったが、それでも青年はじっと話を聞いてくれていた。
反応を見ていると、少しずつ青年が此方の話に心を開いてくれているのが分かる。
 

「あの空の先に、私達が目指すものがあるんだ」
 

空を指差し、先ほどとは打って変わった星空が顔を覗かせていた。
 

「私達と一緒にあの先に行こう、君も来ると良い、君にはそれを成し遂げる力が眠っている」
 

1時間前の青年とは思えないくらい瞳には輝きが宿っている。
 

『…見てみたいです、僕も本物の宇宙を』
 

「なら私と君は同志だ、共に成し遂げよう」
 

青年はこくりと頷き、瞳を輝かせながらずっと夜空を見上げていた。
私は立ち上がると、ビルのエレベーターに向かう。
そのまま下層まで降りると、待機させておいた車へ乗り込んだ。
 

『はえぇなぁ、もう垂らしこんだのか』
 

開口一番に運転席に座っていた大男が呟く。
 

「快諾してくれたよ、後は向こうから連絡を待つだけだ」
 

はぇー!と大男は呆れた様な驚嘆した様な、どちらとも取れる顔をした後に車を走らせる。
もうこの男とも10年近い付き合いになったが、未だに方角を覚えようとしないのは何故なのか。
 

逐一私が行きたい方向へ曲がる様誘導していると不意に左腕に痛みが走る。
それを抑える様な仕草を取る私を相変わらず不思議そうな顔で見てくる。
 

『なぁ、何で義手なのに痛むんだ?』
 
 
「さぁな、幻肢痛というらしい、気分の良いものではないぞ」
 

『無いものを痛がるなんて可笑しな野郎だよ』
 

「同じ目に遭えばいくらお前でもわかるだろうな」
 

『はっ!そんなのゴメンだぜ、俺は痛ぇのは苦手なんだ』
 

ひとしきり車を走らせると、街の様子が煌びやかな都市から煤けた様な何処か古ぼけた街並みに変わっていく。
古ぼけた煉瓦造りの様なビルの裏に車を停めると、大男にここで待つよう命じた。
 

地下に降る薄汚れた階段を下り、木の扉をノックする。
暫くすると自動でロックが解除され、見た目よりも分厚い扉を開けて中へ入っていく。
 

薄暗い中を少し歩くと、古ぼけたバーの様な作りの部屋に入る。
既に待ち合わせている者は到着していた様だった。
 

『収穫はあったか?思ったより早かったな』
 

「また新しく戦力を確保出来そうだ、あとは幾らかの支援者もな」
 

年季の入った部屋に酒を片手に待っていたこの男とももう10年くらいの付き合いになるだろうか。
 

「事は順調だ、企業の老人達も我々の様な存在を利用したいだろう、交渉のパイプはいくつもあるに越した事はない。あとはもう少し交渉を続けていけば上手く事を運べるだろうな」
 

『流石だな、念には念をか、私にはお前の様な慎重さは無いからな』
 

「折角の人生を棒には振れんからな、引き続き細かな調整はこちらで行わせてもらう、お前はオーメルとの橋渡しになっていてくれれば良い」
 

鋭い目つきで此方を見据えてくる。
 

『こういうのは初動が大切だ、そうだな……出来れば派手なお披露目が良いな』
 

「好きにしろと言いたいところだが、あまりこちらの手間だけが増えるのだけはやめてく れ」
 

ブツブツと独り言を言い始め、こちらの話を聞く状態ではなくなってしまう時がある。
この男は出会った時からこうだった、もう治るものではないと諦めている。
 
 

『あと何年かかる?』
 
 

「3年は欲しい、それまでに手札は揃えたい」
 

3年か、と酒を煽る姿に落胆する様子はなく、むしろ早く来いと言った様な光悦した表情を浮かべている。
数秒の沈黙ののちに目つきの鋭い男が大きく息を吸い、肩を落としながら吐く。
 
 

表情は一転、険しいものになっていた。
 
 

『多くの同志を失う事になるのだろうな』
 
 

「…そうだな」
 
 

程よく言えば人類を導く大業、悪く言えばただのテロリストだ。
 
 

犠牲は避けては通れない。
 

それが私たちの成そうとしている業だった。
 

それに何も同志だけではない、今を精一杯生きる大勢の人間を巻き込むものだ。
 
 

どう成しても人の死は避けられない、ただ、その先には人類が到達し得ない道が広がっている。
 

このまま指を咥えて絶滅を待つより遥かに良い未来があるはずなのだ。
 

徐ろに置いてあるグラスを取り、氷を中に入れる。
 

男がグラスで飲んでいた酒の瓶を手に取り、グラスへ注ぎ込んだ。
独特な擬音と共に杯が半分ほど満たされる。
 

『珍しいな、どういう心境だ?』
 
 

私は普段酒は一滴も飲まない人間だ。
 
 

不思議がる男を脇目に、隣の椅子へと腰掛ける。
 
 

古臭い木の匂いとカチコチ動く時計の針の音だけが響いていた。
 
 

『暫くは会えんだろう、たまには飲むのも悪く無い』
 
 

鼻を近づけると、薬草の様な香りが広がってくる。
 
 

盃を重ね、私達は同じ様に杯をあおった。
 
 


 
 

あれから更に約4年。
 
 

事は順調に進んでいる。
 
 

「直接会う約束だった筈だが、聞き間違いだったか?」
 
 

『幾分多忙なものでな、代わりに使いの者を寄越した、私は画面越しで失礼する』
 
 

旧企業連の保有していた大型ビルの一室。
今は表向きはGA社のものだが、実質的には傘下に降ったBFFの物になっている。
 
 

『状況が状況だ、周りくどい挨拶は無しにしよう。
それで、何を交渉しに来た?』
 
 

画面越しだが皺が多いのがよく分かる老人だった。
如何にも高級そうなスーツに身を包み、杖を付きながらどっしりと椅子に座っている。
枯れ木のような老人だが、目の奥の眼光は衰えていない。そういう印象の男だった。
 
 

この男に前置きは通用しない。
 
 

「単刀直入に言わせてもらう、アルテリア・クラニアムから手を引け、それが我々の要求の一つだ」
 
 

老人は表情を崩さない。
 
 
 
『妙な事を聞くものだ、クラニアムは企業連全体の管轄だ、私がどうこう決めるものではない。
それに、クラニアムを明け渡せばクレイドルを失う事になる。
それを企業連の上層部が許すと思うか?』
 
 

まぁ当然の意見だ。
 
 

『何億人と言う人間がその生活の基盤を失い、ライフラインが断たれる、お前たちの革命ごっこのせいでな』
 
 

……。
 
 

『それは大虐殺と同じだ、許容できると思うか?』
 
 

「私たちのせい?それはおかしな事を言うものだ。
大地が汚染され、人がその居住区を空に移さざるを得なくなった理由、その根本の原因を作ったのは貴方がた旧国家体制の人間達だ。」
 
 

「成層圏より先に無数に犇く旧世代の愚物、それが貴方がたの犯した拭いきれぬ大罪だろうに」
 
 

老人は黙って聞いている。
 
 

「国家解体戦争も、リンクス戦争も、結局はまやかしだった。その過程で死んでいった大勢の人間達の犠牲はなんだったのだ?
貴方がた老人達の招いた下らない利権争いのせいで何十億という人間が死に続け、そしてこれからもじわじわと壊死し続け、やがて絶滅に瀕する。」
 
 

「老人達の始めた業に終止符を打つ、それが我々の存在意義だ」
 
 

少しの静寂の後、口を開く。
 
 

『詭弁を…野良犬共が集まったところで所詮は野良犬の群れだ。』
 
 

『どんな人間を取り込んだとしても世界は変わらん、何一つだ。
お前達が殺し尽くしたその先にはまた別の殺し合いしか無いのだよ。
それを永劫続けてきたのが人類の歴史だ。』
 
 

老人らしい、一端の戯言だ。
 
 

「私たちはきっかけに過ぎん、人類の大きな一歩をこじ開けるのは私や旅団長ではない」
 
 

「【彼】だよ」
 
 

『……セレンヘイズの拾い物か、ああいうのはどんな時代にもいるものだ、そして祭り上げられて消えてゆく。』
 
 

『【イレギュラー】、それも時代と同じ数だけ現れては消えてゆく。
何もできやしない、大きな流れに飲まれていなくなるだけだ、アナトリアにいた傭兵のようにな。』
 
 

「機を見るに敏、かつての貴方はそうだったと聞く。
初めは膝を突き合わせて話せると期待して来たのだが…まぁ、こうして話しに来て正解だったよ。
世界ではない、人類が史上最も大きな転換期を迎えている事に気が付かないとは。」
 
 

或いは気が付かないふりをしているのか。
 
 

『……そうか、思い出した。お前はあの時、有澤と一緒にいたあの小僧か。』
 
 

あの時に殺しておくべきだった。そう言った抑揚が含まれた言葉だった。
 
 

『…何一つ変わりはせん、何一つな、企業連やその上も。お前の言う人類も。』
 
 

「それを聞いて確信した、貴方以外の老人達は我々の取引に応じたよ。知らないのは貴方だけだったようだな。」
 
 

哀れな。
 
 

「随分と長い間根回しをして、企業連を牛耳ったつもりだったろうが、権謀術数だった貴方も老いたものだ。」
 
 

「過ぎたるは尚、及ばざるが如し、だ。
もう少し、小人の妬心を知るべきだったな。」
 
 
 
 
 
 
 
 

「王小龍」
 
 
 
 
 
 
 
 

『……』
 
 
 
 
 
 
 
 

数秒の静寂の後、武装したセキュリティが乗り込んでくる。
 
 
 
 

『……殺せ、イアッコス、必ずな』
 
 
 
 

イアッコスと呼ばれた男がセキュリティを押し除けて前に出てくる。
 
 
 
 

ふふふ、と、不適な笑みを浮かべながら、私を殺そうと手にした拳銃の銃口をこちらに向けてくる。
 
 
 
 

その瞬間、後ろに控えていた味方のセキュリティに突如として取り押さえられた。
 
 
 

流石に何が起きたか分からないといった様子だ。
 
 
 

BFFとは言えここはGA社が保有している施設、ここは私の息のかかった人間が何人もいる。
 
 
 

『貴様…』
 
 
 

「だから貴方は老いたと言っただろう、せいぜい長生きして、事の顛末をその目に焼き付けてから逝け」
 
 
 

そう言って私は椅子から立ち上がり、画面越しの哀れな老人を背に扉へ向かった。
 
 
 
 
 


 

 

あの時から随分と経った様な気がする。
 
 

物言わぬ人形の様に、ひたすら痛みに耐えて生きながらえてきた。
 
 
屍同然だった生き方にようやく意味を見出せた。
 
 

多くの人と出会い、乾いていた自分の心に水が染みたわる様に満たされ、そしてそれが今炎の様に熱く燃え上がる様な感覚。
 
 

鋼鉄の巨人が2機、大きなビルの上に鎮座している。
 
 

1人は私、もう1人はこいつだ。
 
 

「世話をかけたな」
 
 

自分でも驚いたが、不意に口に出ていた。
 
 

『あぁ?なんだよ急に?』
 
 

この大男とも随分と長い付き合いになった。
それも終わるともなると物寂しくも感じる。
 
 

『久しぶりの前線でブルっちまってんのか?』
 
 

「っははは、そうかもな」
 
 

『なんだ急に…気持ちわりぃな…言っとくがな、俺ぁこんなとこで死ぬつもりなんかねぇぞ』
 
 

この戦いに万に一つも勝ち目は無い。
 
 

だが、タダで死ぬつもりも無い。
 
 

それは私も同じ気持ちだった。
 
 

身体に繋がるプラグから機体の駆動を感じる。
 
 

時代は流れ、アームズフォートが台頭し、もはやネクストの時代とは呼べなくなったとは言え、リンクス達が不要となったわけではない。
 
 

私の機体はコアだけが旧式だ。身体にかかる負荷を少しでも和らげるカスタムが施されている。
 
 

もはや満足に戦える身体では無いのは自分が一番分かっている。
 
 

少しでも時間を稼げればそれで良い。
 
 

暫くすると、夜空を切るように現れる輸送機の発光シグナルが確認できた。
 
 

『奴さん食いついたようだぜ、来やがった』
 
 

上空から降下してくる機体が2機。
 
 

いずれも企業連の狗共だ。
 
 

【貴様らか、噂の扇動屋共は】
 
 

インテリオルの最高戦力がまんまと餌に釣られてくれたか。
 
 

【はしゃぎ過ぎたな、自動人形】
 
 

混合液のコクピットの中でふと義手を見つめる。
 

自動人形か、なかなか面白い皮肉を言ってくれる。
 
 

「オルカ旅団、メルツェルだ」
 
 

私などただの捨て駒にすぎん。
 
 

「ビッグボックスへようこそ、歓迎しよう…!」
 
 
 

だがこれが、人類全ての大いなる一歩になるならば。
 
 
 

機体背面の有沢重工製大型グレネードキャノンと大型ミサイルのセーフロックを解除、トリガーを引き絞る。
 
 

私の気持ちは夜空に反して晴やかだった。
 
 

どうしようもなかった私の人生にはちゃんと。
 
 
 
 

「……盛大になぁッッッ!!!!!」
 
 
 

意味はあったのだから−−−。
 
 
 

−END
 
 
 


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