Written by ケルクク


幼き頃より言葉を発するのが苦手だった。
自らの内に渦巻く想いを如何なる言葉で表せばいいのかわからない。想いを完全に表現する言葉が見つからぬ。
自らの内に渦巻く想いと言の葉の間の乖離。追えば追うほど解らなくなる言の葉。
十、百、千、万、億。幾ら言葉を費やしても想いは言の葉で完璧に表現できぬ。
自らの想い完璧に伝える方法が無いのなら、他者に完全に伝えられるわけもなし。
不完全な言葉。不完全な繋がり。
それが我慢ならぬ。
故に俺は幼い頃から必要最低限の事以外は他人とは関わらず、紡ぐ言葉も最低限にして生きてきた。
自らを相手にするのなら胸に渦巻く想いを無理に言葉に堕とす必要は無い。
想いは想いとしてあればよい。

だが幼き自分は一人では時間を持て余した。
故に体を鍛える事とした。
自らに目をやり足らぬところを足し、劣るところを強くしていく。
酷く単調な作業だったがやればやるだけ僅かとはいえ確実に成果が出る。
その達成感と充実感と何より他にやる事が無かったが故、俺はそれに忘我した。

だが幼き自分ではいずれ限界が来る。
理も歴史も何も無い我流では成果があがらなくなってきた。
しかし誰かに相談するにしても不完全な言葉では伝えられぬ。
故に八方塞。それでも幼き俺は無駄と知りながら今までの方法を続ける術しかもっていなかった。
そんな途方にくれる俺の前に最初の師が現れた。
大人達が近寄るなと注意していた最近町に居ついた風来坊である師は、たまたま非効率的な修練を続ける俺を目にしてお節介を焼く事にしたらしい。
師の教えは的確だった。
拙い動きと足らない言葉で俺の問題を正確に把握した師は、「おめぇは言葉より見せたほうが早そうだからな。まねしてみ」と鍛錬の流れを一式見せてくれた。
その日から俺の鍛錬は今までと比べ物にならぬほどの成果を挙げるようになった。
それからも師は幾度も俺を訪ねてきてその都度俺に適した新たなる鍛錬方法を見せてくれた。
それだけではない、師は子供である俺に流派の全てを教えてくれた。

だが別れは来る。
師は俺がレイレナードに仕える事が決まった日、「ピロシキが喰いたくなったからいくわ」と出会った時と同じように唐突に消えた。
しかし残されたものはある。
それは約束。別れの夜に見せられた斬月を何時になるかわからない次の再開までに極めると俺は誓い、ならばと師は腰に差した刀を俺に渡した。
「斬月ができりゃぁ皆伝だからな。こいつは皆伝の証だ。順番がちと違うがまぁ、問題ねぇだろ。んじゃ、次に会う時を楽しみにしてるぜ、坊主」

そして時が経ち、偽りながらも月を斬る事が可能になり師との約束を果たす事が出来るようになった頃、丁度リンクスとなった俺はリンクス名を師と同じ『真改』とし、ネクストをスプリットムーンと名づけた。
師が少しでも俺を見つけやすいように。師に俺は貴方の名を名乗る程度には強くなったと知らせるために。
そしていずれ本当に月を斬るという我等が流派の願いを載せて。
 
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遥か彼方よりこちらに向かってくる懐かしい殺気に目を開ける。
「ようやく、起きたか真改。しかし、この正念場で寝るとは相変わらず肝が据わっとるのう」
「敵襲」
「そうか。やはりきたか。メルツェルの小僧の読みどおりだな。レーダーには捉えられておらんが何処から来るか解るか?」
凄まじい勢いで接近する殺気の方角を示す。
「VOB」
「ほぅ。その方角だとラインアークじゃのう。まさか、相手はアナトリアの傭兵か?」
「否。二人。剣と四葉」
「ほう、なら少しはくみやすそうじゃの。わしは蟲を起動してくる。少しの間ここは頼んだぞ」
「承知」
 
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ネクストの調整は楽しかった。
繋がればネクストは自分と同じように全てを理解できる。
故に足りないところを足し、劣るところを補強してやればよい。
最初は自分とネクストの差異に戸惑ったが慣れてしまえば普段自分がやっていることと同じ。
だから楽しかった。楽しみが自分の鍛錬とネクストの調整の二つに増えた。
故に戦争が始まろうと彼女の専属の整備員になろうと他は全て些事だった。

戦争が終わって暫くした後、俺は社命でリンクスとなり、彼女に師事した。
彼女は良き教師であった。俺が理解するまで幾度も幾度も繰り返し実演してくれ、何よりネクストを動かす楽しみを教えてくれた。
俺はネクストの操縦にのめり込み彼女と寝食を共にして鍛錬した。
だからだろうか?何時からか彼女が考える事が俺はわかるようになっていた。
不完全なる言の葉を用いずとも理解できる関係。完全な繋がり。
だからか俺は彼女にいつの間にかある感情を抱いていた。
だが俺はその感情をなんと呼べばいいのか解らない。
でもそれでよいと思った。彼女も俺に同じ想いを抱いている。
互いが同じ想いを互いに抱いている。俺にはそれで十分だった。
だからこそ俺は彼女に斬月を見せたのだ。
俺が今いる場所がここであり、いずれ至る場所を見せる為に。
彼女に俺の全てを見せたかった。
そういえばあの時何故彼女は泣いたのだろう?
彼女が俺の前で流した三度の涙のうちそれだけが彼女の全てを継いだ今も解らない。

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VOBを切り離したか。準備をしないとな。
殺意と使命に満ちて揺れる心を静めるために目を閉じ、自己を空にする。
そして大きく息を吸い、心に吹き荒れる想いを載せて吐き出していく。
吐き出すたびに心は静まり、代わりに場に殺気が満ちる。

師の言葉が蘇る。
「こいつの効果は二つ。
 一つはてめぇを落ち着かせることだ。どんなにいい技もってても冷静に使えなきゃ意味ねぇからな。
 そんでもう一つは当たりに殺気を撒き散らす事だ。
 へへへ、ばら撒く量にもよるがよ、うまくいけば心が弱っちぃ奴なら殺気に当てられてむかってこれなくなる。そうすりゃぁ、戦うまでも無く勝ちだぁ。
 そうじゃなくても殺意に当てられちまえば萎縮してまともには動けねぇ。
 だが注意しろよ。萎縮もせずに向かってくる奴は相当の覚悟を決めた奴だ。
 そういう肝が据わった奴はどんなに格下でも油断せずに一気に決めろ。
 そうじゃねぇと、恐いぞぉ」
二機の速度に変化は無い。ぶれもせずにまっすぐこちらに向かってくる。
師よ、どうやら恐い相手のようです。
だが、安心してくれ、アンジェ。例え如何なる者が相手だろうと俺は貴女の遺志を叶える。
その時こそいつかの約束を果たそう。
 
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彼女がアナトリアの傭兵に挑む三日前に彼女から想いを伝えられた時、俺は胸に渦巻く想いが愛と呼ばれる感情である事を知った。
だが妙に現実感が無い。愛という言葉と想いが結びつかない。
本当に俺達二人が抱く想いは本当に『愛』という言の葉で定義されるものなんだろうか?
もっと適した言葉があるのでは?あるいは愛という言葉では表現するには足りないのではないか?
俺は必死になって考えたが答えは見つからなかった。
だから俺は彼女に答えを返す事はできない。自らの想いの正体が解らぬのだから俺も愛していると返事を出来よう筈も無い。
故に彼女のクローズプラン成就の日まで彼女の想いを預かり今までと同じように接してほしいという申し出は助かった。
彼女の想いと俺の想いは同じなのだから預かる事に是非は無い。
そしてまだ答えを出さなくていい。
だから時間をかけてゆっくりと答えを見つけよう。あるいは師に再開した時にたずねてみてもいい。

だが難問であるが故に時間が掛かると思われた答えはあっさりと見つかった。

彼女が死んだと聞かされても信じられなかった。
自分にとって彼女は師と同じく絶対的な強者だったのだ。
それは彼女の葬式に参加しても同じだった。
ただ変わり果てた彼女を見た時、今まで彼女に抱いていた想いと同じくらい巨大な想いが心の中を占めるようになった。
だが俺はその想いをどう呼んでいいのかわからず、その想いをどうしてよいのかも解らなかった。

オルレアとリンクしたのは何故だかわからない。
長い間面倒を見ていたオルレアに別れを告げたかったのか、ただの気紛れか、それとも彼女が呼んだのかもしれない。
オルレアに繋がったとき俺は思わず悲鳴を上げた。
押し寄せて来る彼女の想い、遺志、記憶、過去、技法、願い。
即ち彼女の全て。
流れてくる情報に翻弄され、溺れそうになりながら俺は理解した。
『愛』という言葉の意味を。そしてこの想いは紛れも無く『愛』と呼ぶべきものだと。
つまり、俺は彼女を…。

『だから真改、全てが終わるまでこの想いを預かっていてもらえないだろうか。そして、それまでは今の言葉は聞かなかった事にして今までと同じように接してくれないか?
 そうすれば私はこれからも闘える。闘い抜ける。
 私などに愛を告げられていても困る事も、あまつさえそれを忘れろ等と虫のいい事を言っている事は解っている。
 でも頼む。この想いを抱えたままでは私は奴に勝てない。それは答えを聞いて同じだ。断られても、ありえないが受けられても私は私ではいられない。かといって捨てる事など出来はしない。
 だから真改、奴を倒し、クローズプランを成し遂げるその時までこの想いを預かってくれ。そして全てを成し遂げたその時、遮る物の無くなった空の下でこの想いを返してはくれないか?』

駄目だ!!
自分を思い切り殴りつけて思考を強引に止めて答えを出すのを止める。
約束したはずだ。クローズプランを叶える時まで俺は彼女とは盟友でいると!
彼女の想いを預かったまま俺一人で答えを出していい筈が無い!!
彼女が死の間際に願った事は俺に夢を、遺志を、剣を託す事だろう!!
だから考えるな。全てを成し遂げるまで答えを出すな。
その時まで彼女の遺志を継いだ盟友でいろ!!
それでも考えようとする思考を叫び声をあげて妨害する。
それは直に涙が混じり、聞くに堪えない慟哭となったがそれで良かった。
彼女は俺に自分だけの為に泣いて欲しいと願っていたから。
『盟友』の死に涙を流すのは不自然ではないから。
俺が今彼女にしてやれる事は涙を流す事だけだから。

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乱れる心を静めた俺はゆっくりと目を開ける。
「終わったか、真改。奴等はクラニアムの中に入った。手筈どおりここで迎え撃つぞ」
「承知」
返事と同時に腰に差した刀をゆっくりと構える。
そして間近に迫った二つの殺気に目掛けて抜刀する。
目の前の壁が割れずり落ちる。
だが全てが二つに断ち切られた世界の中で二機のネクストだけは切れずにそこにあった。
やはりか。
首を振ってスピリットムーンへと足を進める。
「…相変わらず原理がわからんのぅ。わしがボケたんじゃなかったら確かにクラニアムがまっ二つに割れとったわい」
「詐術」
「確かに実際には斬れとらんから詐術は詐術なんじゃろうが。まぁよい。直に本当に真っ二つにしてくれるんじゃろ?」
「当然」

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アンジェの全てを継いだ時、俺は愛の意味を知っただけではなく全ての言の葉の意味を理解した。言の葉と想いがようやく繋がった。
人として不完全だった俺はアンジェのお陰でようやく人になれたのだ。
人形だった俺を人にしてくれた恩。これだけでも残りの人生全てをアンジェへの報恩の為に生きる理由になる。
いや、これは言い訳だ。
俺がアンジェの遺志を継ぎたいのだ。俺がアンジェの願いを叶えたいのだ。俺がアンジェとの約束を果たしたいのだ。

俺にはそれしか残っていない。
師はリンクス戦争が始まる前に死んでいた。
街を占拠するために住民を皆殺しにしようとした企業の特殊部隊とただ一人で刺し違えたらしい。
誰も師の今際の際に立ち会っていないが、死に顔は笑顔であったとの事だからきっと満足いくものだったのだろう。
そして放棄されたPA-N51の片隅にある朽ちた墓前で斬月を披露する事で誇るべき師との約束を果たした。

だから俺にはそれしか残っていない。
もとより俺に望みや願いはない。未来への展望等あるわけがない。生きる目的なぞ存在しない。
だから何も無い俺だから残りの人生全てをかけて彼女の遺志を継ぎたいと思った。
人類の未来の為に剣になろうとした彼女の剣になりたいと思った。
人の未来なんざどうでもいい。過去の罪なんか知った事じゃない。レイレナードの遺志など継ぐ気は無い。
俺はただ彼女の為に。彼女の願いを叶える為に俺はここに在る。彼女の剣と成る事が俺の存在意義。
俺は彼女の為にある。

だから見ていて欲しいアンジェ。
貴女の剣が貴女の遺志を叶える所を。
その時こそ、俺は答えを出す事ができる。
そして遮る物の無くなった空の下で貴女に想いを返し、貴女の想いに応えよう。

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隔壁が僅かに開き、その奥から二機のネクストがやってくる。
来たか。
腰に手をやり師の刀に僅かに触る。
次にアンジェから継いだ07-MOONLIGHTに僅かに視線を落とす。
二機のネクストが戦闘距離に入る。

「開始」
 




 
後書き
某所からの移送です。良かったら見てください


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刀身合一、神刀一体
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