《ウォーニング!!》
この作品は異性間に於ける性交を主軸とした小説です。
Written by 仕事人
【ケモノのスミカ レギュ07.5 《整備士達はかく語りき》】
「あぁぁ~~~、おっつかれさぁん」
眼鏡に出っ歯のミゲさん(ミゲル・シバ)が肩をぐるぐる回し、深い溜息を吐きながら扉を潜ると、広い食堂のような室内には同じ服を着た整備士達が同じ言葉を返す。
「へ~い、お疲れさま~っす」
とはいえ数分前までは全員同じ場所で作業しており、ミゲさんは確認作業のために彼の後ろに居る――ミゲさんが率先して扉を開けた格好である――整備班のトップである、浅黒い顔にサングラスとトップである威厳を無言のままに醸し出している、おやっさん(ドナルド・サカキバラ)とガレージに残っていたのである。
おやっさんがすっと、ミゲさんがどっかりと椅子に座る。
すると、ぬぅっと二人に照明を遮って人型だが熊のように大きな影が降り掛かる。
「お疲れ様です」
四角い顔に細い目付きの厳しい顔、そして身の丈六尺を優に越える巨漢に相応しい野太い声と共に――テーブルにほうほうと湯煙が立ち昇っている、緑茶の入った、おやっさんとミゲさんのマイカップである湯飲みが置かれた――言っておくが片や六十で、四十に手が届く年齢であるから名前などが書かれている訳ではない。
「おお、ありがとうな」
普通のサイズであるが、彼が持つと小皿のような大きさに見えているお盆を持っている整備士におやっさんがそう云ってから、ミゲさんと殆ど同じタイミングで茶を一口啜る。
「――うん、上出来だ」
「やっぱ、ヒロミちゃんの淹れるお茶は美味しいねえ」
「ありがとうございます」
しみじみと感想を漏らす二人の言葉を聞いて、体格と相俟って取っ付き難い厳つい顔が一点して、柔和な笑顔を見せた。
他のテーブルにもコーヒーや紅茶はあるが、其れも彼――体格通りに力はあるのだが、体格に見合わず繊細な手付きを持っており、料理は出来、動物をこよなく愛する――小鳥に餌をやるのが日課で、食料源の一つである卵を産む鶏を世話するのも彼の役割である――其の上、子供が見たら泣き出しそうな顔の癖に気が弱い所為か皆から、ちゃん付けで呼ばれるヒロミちゃん(ヒロミ・ロドリゲス)が淹れた物で、味のほうは絶品である。
「いやあ、仕事の後のヒロミちゃんのお茶は疲れが吹っ飛ぶよ――といっても、そんなに疲れてないけどねぇ」
お茶をもう一口啜ってから、ミゲさんが先程徹夜明けのような嘆息を漏らした本人とは思えないような事を――苦笑しているヒロミちゃんにケケケと笑みを見せているから、その事を自覚しているのだろう――言うと、おやっさんが其れにうんうんと頷く。
「ボウズはスマートに仕事をこなしてくれるからな。お陰でこっちの仕事も楽に済む」
おやっさんを筆頭にした彼らが扱っているモノと云うのは、整備士であるから勿論、機械である。
しかし、細かく区分されるとはいえ総勢十数名で扱うのはたった一つ――ネクストと呼ばれる人型機動兵器である。ただ維持するのも、そして運用するのにも多大なコストが掛かる、繊細でいて豪胆な、じゃじゃ馬と呼べる程に手の焼ける代物だ。
そのように様々なメカニズムを持っているというのもあるが、兵器であるから機会にとってのあらゆるストレスが圧し掛かってくる戦場で用いる訳で、それが余計に整備に負担が掛かる。
しかし、彼らが整備をしているネクスト――機体名”ストレイド”は今、おやっさんが言ったように、まだ経験不足である事は否めないものの、それを補って尚余りある技量とセンスを持つ操縦者の――ネクストの操縦者は一纏めにリンクスと呼ばれる――使い方のお陰で、とても損傷が少ない状態で常にガレージに帰ってくるから、程度の低い技量しか持たぬリンクスと仕事をしなければならない整備士に比べれば、遥かに負担が少ないのである――ただ、そうは言いながらも、おやっさんは何処か物足りなさげであるが。
「そうそう! ねね、おやっさん、ミゲさん」
「なんだい、ノアちゃん」
ヒロミちゃんの巨体の後ろから整備士連中の泥臭さには不釣合いな高い声がして、ミゲさんが身体を横に傾けながらも返すが矢張り障害物のせいで見えなかったが、ヒロミちゃんが振り返った事でやっと見えるようになると猫のようなくりくりとした大きな眼の少女、整備班の紅一点ノア(アンナ・ノア)がソファの背もたれに向かい合う形で座って、其の上に両腕と顎を置いている姿が眼に入った。
「今ちょうど皆で尻尾君の事、話してたんですよ」
声の高さなどは確かに女子の物なのだが、ボーイッシュと云うには男子のような溌剌さのせいか、紅一点と呼ぶのも違和感がある程で、皆が同じ事を思っているが流石に口に出す事はしない。
しかし、其れについては本人も自覚している。何せ、無骨な機械を弄る仕事をしているのだから。
ちなみに彼女が言った”尻尾君”と云うのは、おやっさんが言っていた”ボウズ”と同一人物で、ストレイドのリンクスの事を指す。
世界中のリンクス傭兵を管轄するカラードに登録されている企業専属ではない独立傭兵であるから、傭兵稼業を主とする彼らの組織に於いては中心人物であり、引いては整備班の雇い主――という訳ではなく、会計担当にして組織の首魁は別に居る上に、整備班の中で最年少のノアよりも更に幾つも年下なので、雑役を命じたりこそしないが、はっきり云って全員の弟分のような扱われ方をしている。
「ふぅん?それで」
「”あの二人”って見てて、ホンッ――トに飽きないよなあ、って」
「―――ああ、確かにねぇ」
肘掛に置いた肘の先の手で頬杖を突きながらミゲさんが回想するように少し上を仰ぎ見ると、間を置いてから、分かると云った風にうんうんと頷いたから、思い当たる事が多々あるようだ。
それと、またちなみにであるが、ノアの言った”あの二人”の内の一人は当然少年の事であり、もう一人は前述の組織の首魁である女性――霞スミカの事である。
世界を牛耳る三大企業グループの一つ、インテリオルグループの宗主であるインテリオル・ユニオンにリンクスとして所属していた過去を持ち、企業が国家の代わりに世界支配を確立する事になった戦争、国家解体戦争の英雄、オリジナルの一人でもある。
一年と少し前ぐらいにそのインテリオルから姿を眩ますように退社して――ついでに国家解体戦争当時からの担当であったおやっさんやミゲさんと云った古参の整備班も奪い取るように引き抜いて――リンクスのマネージメントをすることで独立型の傭兵稼業を立ち上げた。勿論、マネージメントされる事になったのはネクストとリンクスを繋げるAMS研究で知られる、アスピナ帰還の被検体であった彼の少年である。
尚、尻尾君のニックネームの由来はそのまま、少年に尻尾が付いているから。
それで何故、組織の中心人物であるとはいえ、此の二人が一緒くたに纏めて話をされるかと云うと――。
「皆で食事する時なんか――」
口火を切ったのは、小さな小鼻に頭の上で天然パーマがこじんまりとアフロのように乗っかっているのが特徴のオムル(オムル・ハウィン)だった。
「――絶対に隣同士ですもんね」
先日、というよりは僅か二日前の事。生活リズムの都合で――主に整備の仕事時間の関係で――今彼らが居る食堂に組織の全員が集まる事は殆ど無い。しかし料理を作る際の光熱費の関係で出来るだけ纏めて作るようにしている。
其の為、数人程度は一緒になる事は多いが、オムルが言っている日は珍しく全員が揃っており、食堂も狭く感じた程だった。
しかしである、時間差を置いて入ってきた筈の二人は、さも当たり前のように、決められているかのように、何時の間にかに隣同士で座って食事をしていた。
「俺、前に見たんですがね――」
続いて口を開いたのは、大きな団子鼻に垂れた目尻で愛嬌の良さそうな顔をしたアストナージ(アストナージ・ベッケナー)である。美味いサラダを作れる事で皆から重宝されている。
「――手ぇ、繋いで歩いてましたよ。ええ、それは仲良さげに」
ちなみに組織のアジトはネクスト用の巨大な半球形のガレージの横に、集合住宅のような建物が建っていて――インテリオルから独立したついでに整備班を引き抜いた更に其のついでにスミカは何機か土木作業用のMTもかっぱらって、それによって建てたのである。また殆ど必要なさげであるが、屋上に行くための外階段もあるのは、おやっさんが月見しながら酒を呑みたかったためである――地下一階、地上四階建てになっているのだが、アストナージが今居る食堂のある一階、整備班達の寝床である二階、三階のトイレが埋まっていたために、二人の部屋がある四階のトイレで用を足した後に出ようとすると、廊下の丁度反対側の階段から二人が上がってくるのが見え――本人も何故かそうしたのか全く分からないが――トイレの扉の隙間から伺うと、二人が手を繋いでいた。
「そういえば、買出しに彼も居た時――」
次は顔の線が全体的に直線的で固い性格が伺える、太いもみあげが特徴的――寧ろそっちよりもインテリオル時代に離婚を経験していて、未だに元嫁に未練が残っている方が特徴として挙げられるウッディ(ウッディ・アジャン)だ。
「窓から霞さんが心配そうに見ているのを見ましたな」
稼業が稼業な為に街中に居を構える訳にもいかないので、荒野のど真ん中にぽつんと寂しげにアジトはあるのだが、定期的に近くの街にローテーションでメンバーが食料などを買出しに行く――勿論、はっきり云って怪しげな連中にも物を売ってくれる同じように脛に傷のある者から。
それで前回の買出しの際、ウッディは留守番組であったのだが、その際買出し組を乗せて走っていく車を窓に手をやって見送っていたのだ。
「なんか、オペレーターとリンクス、師匠と弟子、と云うより、姉弟とか親子みたいですよねー」
話を聞いてノアが楽しげに笑うと、其れを聞いて他の面子も、確かにそうだ、と言いたげな感じで笑った。
しかし件の二人は年齢が十以上離れているから、姉弟にしては遠く、親子にしては近すぎるのだが。
それが一層に関係の可愛らしさを強調している点でもあろう。
すると、ミゲさんが不満げな、物足りなさそうな顔をして
「そんなじゃなくてさぁ、もっとこう――”ビシッ”とした話は無いワケ?」
抽象的な表現でそう言った。
しかし、抽象的ながらも言わんとしようとしている事は全員に伝わったらしく全員が全員――苦笑いを浮かべた。
「それは……その……」
「まぁ、ねぇ……」
途端に室内に煮え切らないような空気が流れる。
それを敢えて言葉で述べるのなら
――そこンとこを言わないように話、進めてたんでしょうが。
と云ったような、空気を読まなかったミゲさんへの非難じみたものである。
つまり、全員が苦笑いを浮かべていると云う事は全員に思い当たる節がある訳で――誰も明言こそしないが。
「そうだねえ、そろそろ、お二人さんにはちょっと抑えてもらおうか……なんて、ねえ……ハハ」
空気を乱した事を察知したのか、ミゲさんが取り繕おうとしたのだが、逆に更に全員が避けようとしていた所をより深く突っ込んだ形になり、全員からじろりと睨まれ、尻すぼみになった。
矢張り、敢えて言葉にするのなら
――だから言うなっつってんだろ。
と云ったところか。
ミゲさんが空気の重圧によって、しゃっくりのような引き攣った笑い声を上げている時だった。
「……スミちゃんはな」
「え?」
おやっさんがゆっくりと口を開き、ミゲさんを筆頭に全員が視線を送る。
スミカは明らかにちゃん付けで呼ばれるような年齢ではなく、本人も好ましい訳ではないのだが、年上からだとやけにそう呼ばれる事が多い。
「孤独な、寂しい――女として、とか、そういう下世話な意味じゃねえぞ。一人の人間として、っつぅ意味だ――そんな時があったんだよ。しかも長く、なぁ」
スミカのインテリオル時代に何があったのかは古参のメンバーは周知の事だが、ヒロミちゃんやノアなどの初の企業間の直接戦争、リンクス戦争の終結後や、それよりも更に後に整備班に加わった者達はよく知らない。
「だから俺にはな、今のスミちゃんが、そういう頃を必死に取り戻そうとしているように思えるんだよ。其れはボウズの方も同じなんだろう。アスピナの被検体だった時分は、出来損ないとして扱われてたらしいからな。だからよ、少しぐらいは羽目を外しても――まあ、いいんじゃねえかなぁ」
おやっさんがそんな風に言葉を、そして言外に見守ってやろうと紡ぐと、その場の全員が各々の了解を示す風で頷いた。
付き合いの長さに関わらず、何処か家族のような繋がりで結ばれているのだと口にしないでも、其れは全員の共通の思いであり、ならば彼らの幸せを願うのも同じだったから――。
整備班一同が寛大を共通にした日の夜。
スミカが先日の依頼によるパソコンで収支結果を纏めたり、依頼主から送られてきた殆ど形式的な作戦完遂への礼文に目を通している。
其の後ろのベッドでは少年が寝そべりながら雑誌『月刊ネクスト』の人気コラムを読んでいる。
だが、ふとスミカが椅子を半回転させて後ろを見ると、ばったりと二人の眼が合ったのは、本を見ながらもスミカの仕事が終わるのを今か今かと待ち侘びている事が現れるようにちらちらと彼女の方を見ていたからである。
其の心境を読まれたのが恥ずかしいのか、少年が焦ったように本に視線を戻すと、スミカは彼の様子が微笑ましく感じて、小さく笑みを浮かべた。
「ふぅ……」
やっと作業を終えたスミカが背もたれに背を預けながら腕を伸ばして溜息を吐く。
だが先程の少年の様子を鑑みて、
――寝るのはまだ先かな。
そんな風に考える。
すると凝りを解すように伸ばしていた腕を下ろした途端、突然後ろから抱きすくめられた。
「――ん。もう、終わったからな」
断りも無しに身体に触れられている状態だが、こんな事は日常茶飯事であり、またそんな事にとやかく言うような間柄ではないので、自分を抱いている腕にそっと手を添える。
「その――いつも、お疲れ様です」
しかし我慢が出来なくなったかと思いきや、予想外に耳元から普段の苦労を労ってくれる声色も優しい言葉を掛けられ、身体の奥底が暖まるような嬉しさを感じ、
「――お前も、ご苦労様」
腕を握っている手の力を僅かに強くしながら頭を後ろに回すと、直ぐ其処にある少年の唇に、自分の唇を、そっと、しかし、確かに、そして、強く、重ねるのだった――。
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