まんまと題名と紹介文に騙されてくれたな。
この作品を書いたのはこの俺さ。そうとも知らずに…おめでたい野郎だ。
騙して悪いが、シリアスなんでな。
だが安心しな、前半部分はコメディを多めにしてやるよ!

っと言うわけで割りとシリアスです。
コメディやギャグを期待していた人は余りないので戻ったほうがいいかもしれません。

そうそう、これは某所からの移送でし。
良かったら見てくれると嬉しいな


Written by ケルクク


少年は少女の前に跪き恭しく手の甲に口付ける。
まるで騎士が姫にするように。
そんな、御伽噺のような光景を私は見る。

ああ、私は夢を見ているんだ。
まだ私が何も知らない少女の頃の夢。世界にまだ自分と彼しかいない幼い日の夢。

戸惑う少女に少年は微笑み誓う。

「約束するよ。僕はいつか君をあの空の向こうに君を連れていく」
「空の向こうに?本当に行けるの?」
「ああ、僕はいつか天使になる。天使になってあの空を飛んでいく」
「そうだね。きっとなれるよ。もしなれたら私を抱いて飛んでね」

少女の問いに少年が答えるために口を開くと同時に二人の姿が急速にかすんでいく。
ああ、私は夢から覚めるのだ。

「                                    」

………夢と現実の狭間で私は思う。
この後、彼は何と答えたのだろうか。


浅い眠りから覚め、僅かに残った眠気を払う為に頭を振る。
懐かしい夢を見た。もう覚えていない程昔の夢。この夢を見るのも久しぶりだ。
「ふん。私らしくないな」
昔を懐かしむなど柄でもない。やはりクローズプランが開始されるので昂っているのだろうか。
汗を掻いていたのでシャワーを浴びる事にする。
服を脱ぎながらにメルツェルの居場所を確認すると私室にいるらしい。
シャワーを浴びながら通信を開く。モニターが何時ものように書類仕事をするメルツェルの姿を映し出す。
「メルツェル、今から訪ねたいのだが構わないか?」
メルツェルが顔を上げ僅かに目を細める。
「ああ、構わない。だが、ジュリアス・エメリー、少しは恥じらいを持て。そちらが良くてもこちらが対応に困「興奮するぜ!ジュリアァァァァァァァス!」」
全く動揺していないメルツェルの苦言が画面外から常に興奮しているデカブツの大声にかき消される。
「その手の説教はせめて隣にいるデカブツの百分の一でも動揺しながら言え。まあいい。相談したい事がある。三十分後に向かう」
「待て、ジュリ「以上だ」」
お説教が始まる前に通信を切る。
そして、溜息をつき鏡に自分の姿を映し苦笑する。
「もっとも、これでは、動揺しろというのが無理な話か」
引き締まった体。戦士としては理想の肉体。だが、女としての魅力があるかと問われれば、よほど特殊な性癖の持ち主でない限り首を横に振るだろう。
だがこれでいい。私は女ではなく戦士だし、ORCAに必要な者も女ではなく一流のリンクスなのだから。

***

汗を流し着替えてから部屋を出てメルツェルの部屋に向かう。
通路を歩いている最中、ふと疑問に思う。
そういえばあの後あいつは私に何と答えたのだろうか?
…………………………
思い出せないか。皮肉なものだ。別れた当時は毎晩夢に見ていたというのに。
まあいい。次に会う時までに思い出せばいいだけの話だ。それにメルツェルの部屋はもう前だ。

***

「駄目だ」
「…まだ、何も言っていないのだが」
「意味がわからないぜ!メルツェェェェェェェェェル!」
部屋に入った途端に拒絶される。後、黙れデカブツ。
メルツェルが事務仕事を続けながら話を続ける。
「言わずともわかる。カーパルス襲撃に志願してきたのだろう」
「わかっているなら!」
「あそこには新人と後詰めにトーティエントを投入する」
「襲撃予告を出すのならあそこには確実にノブリスとトラセントが投入される。新人とトーティエントでは役者が足りん」
「さらに、サーベージビーストの投入と防衛システムの増強も行われるだろう。まあ、こちらは無視しても構わないだろうが。
 だが、ここが計画の中で一番危険度が高い事は事実だ」
「なら「だからこそだ」」
メルツェルが顔を上げ、気勢を削がれ黙る私を見る。
「こんな初期の段階でお前という重要な駒を失うわけにはいかない。
 お前にはマクシミリアン・テルミドールが第一段階を終える前に斃れた時、代わりにクラニアムを襲撃する役割がある。
 ゆえに、不必要な危険を冒す事は認められない」
「危険などリンクスになった時から覚悟している!」
メルツェルのディスクの上に手を叩きつける。
その衝撃で積み上げられた書類が舞う中、メルツェルは僅かに目を細め言葉を続ける。
「不必要な危険と言ったはずだ。他に駒がいないのならお前を当てた。だが、今は他に駒がいる。それだけの話だ」
「どうしても駄目か?」
「駄目だ。何度も言わせるな」
殺気すら籠めた視線を叩きつけるが、メルツェルは全く動じずに冷静にこちらを一瞥した後、話は終わりだとばかりに散らばった書類を拾い始める。
「まだ、話は終わっていないぞ!メルツェル!」
怒声を上げる私を無視するメルツェル。
その態度に私らしくもなく熱くなり、手が無意識に腰に下げている拳銃に伸びる。
「落ち着け!ジュリァァァァァァァァァァァス!」
デカブツが私の腕をつかむ。
「離せデカブツ!」
振り払おうとするも暴れる私と押さえつけるデカブツ。騒ぎを無視し書類を拾うメルツェル。
遂に私がデカブツを振り払い、致命的な事態を引き起こす寸前に、メルツェルが顔を上げ私に尋ねた。
「そもそも、なぜそんなにカーパルス、いや、ジェラルドに拘る?」
「約束と、誓いがあるからだ」
またも、気勢を削がれた私は腕を下ろし口を開く。
「確かに、私はジェラルドに拘っている」
ここで隠す事に意味はない。それに、私は確かにジェラルドに拘っている。
拘らないわけがない。何故なら私が私でいられるのはジェラルドのおかげなのだから。
そう、ジェラルドが私を人にしてくれたのだから。


まだ、私がジュリアスとなる前、S003と呼ばれていた頃、私の周りは白ばかりだった。
白い床に白い壁に白いベットに白い研究員たち。
そして白い私。
だから私は白い窓から切り取られた青い空を何時も見ていた。

朝起きて朝食と検査が終わった後は空を見る。
昼になり昼食と投薬が終わった後は空を見る。
夕方では夕食と検査が終わった後は空を見る。
よるには検査と投薬の後に空を見ながら眠る。

稀に検査が長引いたり、投薬の後気分が悪くなって寝込んでしまったり、
青い空を白い雲や雪が隠してしまって空を見ない時があったが、
それ以外は常に空を見ていた。
起きて、検査と投薬の時以外は一切人と話さず、ベット以外何もない部屋でただ空を見続けるだけの生活。
今なら、それがいかに異常な事かわかる。だが当時はそれが普通だった。疑問にも思わなかった。
当然だ。家畜は疑問を持たない。生まれた時から異常な環境にいれば異常が正常になる。
そう、空をアサルトセルが蓋い、汚染された地上に人類が縛り付けられ、汚染を広げるクレイドルが空を飛び続ける『今』が大多数の人間にとって正常になっているように。
そして、異常が正常になってしまえば内部から歪みを正すことは出来ない。だから外から強引に変えることしかない。
そう、家畜であったS003をS005が人にしてくれたように。あるいは私達試験体をS001が救ったように。

***

ある日、朝の検査が終わった後、いつもは直ぐに部屋に帰されるのだがついてくるように命じられた。
白い研究員に白い廊下を連れられ白い部屋に辿り着くと少し待つように告げ白い研究員は出て行った。
白い椅子に座りながら、今日は特別な日なのかな、長くなって空が見れなくなったら嫌だな等と、考えていると白い研究員が戻ってきた。
白い研究員はS005というナンバーを付けた白い試験体を連れていた。
それに少し驚く。別に白い試験体が珍しいわけではない。白い通路ですれ違った事がある。
だが、殆どの白い試験体はDかCだった。BやAも数度は見かけたがSは初めてだった。私と同じS。何か関係はあるのだろうか?
「S003、廃棄されたS004に変わって新しく補充されたS005だ。優先保護対象の為お前と同室になる」
だが、直ぐに興味を失う。S005の色も私と同じ白。白は嫌。

私たちは部屋に戻される。
S005の検査準備のためしばらく検査は中止。
だから、私はいつものように空を見る。
一緒に帰ったS005は部屋を見て回っているようだ。何が楽しいんだろう。こんな白い部屋。

空。青い空。紅い空。ここには無い色がある一杯ある空。

「ねえ、君は何時からここにいるの?」
「覚えていません」
いつの間にか隣にいたS005が質問をする。
空を見ながら質問に答える。
「そう、えと、あ!僕の名前はジェラルドっていうんだ、君の名前は?」
「質問の意味がわかりません。『なまえ』とはなんですか?」
「え?名前は名前だよ。えと、パパとママが付けてくれる、皆が君を呼ぶ時に使う」
「『ぱぱ、まま』が何かわかりませんが、私はS003と呼ばれています」
「…パパとママが何か分からないって。なんで?後、そんなに固くなくていいよ。今日から一緒に住むんだし友達になろう」
私の視界にS005が入る。青い空が白いS005に隠される。嫌だなと思いながら質問に答える。
「教えられていないからです。試験体は研究員の質問には誤解の無いよう正確に答えるように命じられています。『ともだち』とはなんですか?」
「そうなんだ。僕ちゃんと、答えられるかな。でも、僕は君と同じ『しけんたい』だから、大丈夫だよね。でねえ~と、友達っていうのは………」

私の生まれて初めての会話はこのように始まった。ジェラルドが問い、私が意味を尋ね返し、ジェラルドが答える。
それは、研究員との会話とあらゆる面で違っていた。
質問の意図は不明瞭、会話に不要な感想が入り、言葉の存在も意味も解らない。
質問の答えは曖昧で、会話は迷走を幾度も重ね、言葉は誤用と冗長を繰り返す。
それでも、私は気付けば夢中になり、いつしか空を見る事も忘れ、ジェラルドとの会話に没頭していた。

結局、その日私たちは就寝時間を過ぎても話し続けた。
次の日も私たちは一日中話していた。
その次の日も、また次の日も。
実験が再開されてからも。

そう、S005いや、ジェラルドは、私に色々な事を話してくれた。
パパやママや友達等、普通の人間なら知っているべき言葉の意味を私に教えてくれた。
それらが一通り終わると、外の話を聞かせてくれた。
私は見た事の無い外に想いを馳せ、焦がれ、憧れ、ジェラルドに外の話をしてくれるように頼み続けた。
そして、外の話が終わった後、尚も話をせがむ私に困ったジェラルドは沢山の御伽噺をしてくれた。
殆どの噺は勇敢な勇者が、竜や魔王を倒す噺。勇者の名前は何時もジェラルド。竜や魔王に攫われるお姫様は私。
私はお姫様でなく勇者と一緒に闘う戦士になりたかったのだが、ジェラルドは女は闘っちゃ駄目と遂に一度もお姫様以外にしてくれなかった。
そんな小さな不満もあったがそれでも私はジェラルドの話す御伽噺に胸を躍らせていたのだ。

気が付くと私は空を見るのと同じくらいジェラルドと話す事が好き――これも彼が教えてくれた言葉だ――になっていた。

彼にしてみれば何でもないことだったかもしれない。
もしかしたら、他に何もない部屋で暇つぶし程度のものだったのかもしれない。
だが、彼は確かに試験体S003を人間S003にし、そして年相応の少女に変えたのだった。
私に親はいないが、あえていうのならばジェラルドが当たるのだろう。


あっさりと認めた私に何故か溜息をつきながらメルツェルが問いかける。
「やはり、それは研究所時代に何かあったのか?報告では八歳の頃から十年近くに渡って共に過ごしたようだが?」
「出来てたのか!ジュリァァァァァァァァァァァァァァァァァス!」
「下種の勘ぐりはよせデカブツ!ジェラルドは恩人だ。だが、恋人というわけではない。どちらかといえば………兄妹に近い」
「姉弟か。だが、それにしてはORCAに奴を誘うのを反対したな。もしや、いまさら勧誘に行くのではあるまいな?」
「まさか。クローズプランの目的がいかに正しかろうが、その結果クレイドルが墜ち、人が死ぬのであればジェラルドはそれを認めない」
「ならば何故だ?………仲間にならないならせめて自分の手で殺す等という戦士の誇りの為ではあるまいな?」
メルツェルの眼が細まる。怒っているな。そんなくだらない誇りの為にクローズプランを危機に晒すのかと。
だが確かに、苦心して作り上げたクローズプランをそんな益にならない誇りの為に危機に晒されてはたまったものではないのだろう。
何より、クローズプラン成就を一番願っているのは夢想家のテルミドールではなく実際に実務に奔走したこいつなのだから。
だが、私も引くわけにはいかない。何故ならこれは、『リンクス』ジュリアス・エミリーの誇りではなく、『人間』ジュリアスの願いなのだから。
だから、正直に答えよう。
「そうだな。確かにそれもある。だが、一番の目的は誓いを果たすためだ」
「誓いだと?」
「そうだ。ジェラルドは約束を果たした。ならば、次は私の番だ」
「約束を果たした?」
「ああ。あいつは約束を果たしたんだ」
そう、もはや擦り切れ記憶から消えかけているほどの約束を。


その日も、いつものように検査が終わり私は寝そべり空を見ながらジェラルドの話を聞いていた。
これが私のお気に入りの聞き方。
こうすればジェラルドの噺を直ぐに空に描く事が出来る。

そして、天使の力を借りたジェラルドが悪魔に攫われたS003を助け出して噺が終わった時、ジェラルドが私に言った。
「ねぇ、たまには僕ばかりじゃなくてS003の話も聞かせてよ」
「私の話?えーと」
考えてみる。私の話。私の事。
私は、気付いた時にはここにいて、毎日検査をしてお薬を飲んでいました。
これだけ。ジェラルドみたいにパパやママがいるわけでもお外の思い出も無い。
そもそも、私には名前すらない。私がジェラルドに話せる事など何もない。
そうだ。私は何も無いんだ。
「うわ、どうしたの!どこか痛いの?」
気が付くと私は痛くもないのに苦しくて涙をボロボロ流していた。
ああ、そうかこれが悲しいって事なんだ。お姫様を浚われた王様はこんな気持ちだったんだ。
「ごめんね、ジェラルド、ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと、どうしてあやまるの。いいよ、お話なんてしなくて」
慌てるジェラルドと泣き続ける私。

結局それは30分後にやってきた研究員が私にお薬を打つまで続いたのだった。

お薬を打たれるとそれまでの悲しみが嘘のように無くなり涙は止んだ。でも、頭が少しボーっとして考えるのが面倒になる。
だから何も考えずに二人で並んで寝そべりながら空を見る。今日の空は青い空。時々白い雲が邪魔をするのが嫌だけど。

***

「ねぇ、S003は空が好きなの?」
どれくらいそうしていただろうか?
青い空が紅くなって黒くなった頃、隣に寝そべるジェラルドが不意に私に尋ねた。
「うん」
まだ、少しボーっとしていた私は短く返事をする。
「そういえば、僕が教える前から空の事だけは知っていたよね?どうして?」
「小さい頃、空を見ていたら教えて貰ったの」
「誰に?やっぱり研究員の人」
私は少し考える。記憶を辿るが声は覚えているけど思い出せない。ううん、思い出せないんじゃない。きっと、
「わからない。私はずっと空を見ていたから」
「そうなんだ。空は好き?」
「うん。前から好きだったけどジェラルドが来てからもっと好きになった」
「どうして?」
「私が見れるのは空とジェラルドだけだから。
 外の話も好き。御噺も好き。でも、どんなに想像してもどんなに見たくても私は知らないし見れないから。
 だから、私は空とジェラルドが一番好き。ううん、空は見るだけだけどジェラルドは触れるしお話できるから、やっぱり一番ジェラルドが好き」
「……………………………」
「……………………………」
それっきりジェラルドは隣でゴロゴロ転がるだけで私に何も言わなくなった。
私は少しおかしいなと思ったが、まだ頭がボーっとするので気にせず空を見ることにした。

「よし!決めた!」
ゴロゴロ転がっていたジェラルドが突然立ち上がって叫んだ。
そのままジェラルドは私の前までやってきて、私を立たせる。
そのまま跪き、戸惑う私の手を取ると御噺の勇者が姫に誓うように手の甲にキスをし告げる。
「騎士ジェラルドはS003をあの空の向こうに連れていく事を誓います」
戸惑う私にジェラルドは立ち上がり微笑みかける。
「見せてあげるよ!外の世界を。御伽噺の世界を」
「そんな事出来るわけないよ」
ジェラルドの言葉を思わず否定する。
「出来るよ。騎士の誓いは絶対だ」
「出来ないよ!ここから出られるわけないよ!研究員が出してくれるわけがないよ」
「出来るよ。今は無理かもしれないけど大きくなって強くなったら邪魔する奴は僕が全部やっつける!大丈夫。騎士は負けない」
「でも、ここは高い壁に囲まれてるし出るところなんてないよ?」
「その時は空を飛ぼう。御伽噺の天使のように空を飛んでここを出よう」
「………もし、出れてもジェラルドはいいかもしれないけど私はここしか知らない。外は怖いよ」
「大丈夫。僕が付いているよ。僕が君を守ってあげる」
怯える私の言葉を一つずつ否定していくジェラルド。そして、黙りこむ私にもう一度微笑みかける。
「約束するよ。僕はいつか君をあの空の向こうに君を連れていく」
「空の向こうに?本当に行けるの?」
「ああ、僕はいつか天使になる。天使になってあの空を飛んでいく」
「そうだね。きっとなれるよ。もしなれたら私を抱いて飛んでね」
「      天使   ん     二    空      飛んで  う!」
「 も 使    るか      いいな」
「大丈夫。きっとなれるよ!だから約束だ」
「わかった。約束する」


肝心な部分を覚えていないがとにかくジェラルドは約束を守り、天使になり空を飛んでいる。
ならば次は私の番。
誓いとあの日答えられなかった答を返さなくては。

「ジュリアス・エメリー、約束とは何だ?誓いを果たすとは?」
想いに沈んでいた所をメルツェルの声で現実に引き戻される。
「すまない。それを言う事は出来ない。酷く個人的な事なんだ」
「これは質問ではない。ORCA旅団副団長としての命令だ。答えろ、ジュリアス・エメリー」
「個人的な事だと「もう一度言う、答えろ。お前はローゼンタールのジェラルド・ジェンドリンと何の約束をした?何の誓いを果たしに行く?」
後頭部に冷たく硬い物が押し付けられ同時に後ろから怒鳴られる。
「答えろジュリァァァァァァァァァァァァス!」
しまった。そういう事か。それにしてもデカブツめ。何時もは煩いのにこんな時だけ気配を消すとは生意気な。
「待ってくれ!誓いも約束も研究所でしたものだ。私はORCAを裏切るような事はしていない!」
「それは、こちらが判断する。これが最後だジュリアス・エメリー、約束と誓いを言え」
どうするべきか?どうしなければならないか。
いや、考える必要はない。ここで自らを曲げる事が出来る程器用ならば、私はORCAに参加していない。
大きく息を吸い込みメルツェルの眼をしっかりと見る。
「すまない、答えるわけにはいかない。ただ、私はORCAを裏切ってはいない。ただ、ジェラルドは私が討つ。奴を討っていいのは私だけだ。
 そして、ジェラルドか死ぬ前に告げねばならない言葉があるんだ」
後ろから安全装置を解除する音が聞こえる。それでも、私はメルツェルの眼を見る。
「ならサヨナラだぜ!ジュリァァ「待て。では、それはORCAの目的、クローズプランを危険に晒してまで叶えるべきものか?」
「それは………」
「答えろ、ジュリアス・エメリー」
逡巡する。
この世界の在り様を憂い、間違いを正したい。それは間違いなく私の本心だ。
そのためには自らの死、大量虐殺者の汚名、罪の無い人間が大勢死ぬこと、全てを受け入れる覚悟はある。
だが、それは全て『リンクス』ジュリアス・エメリーとしての想いと覚悟だ。
でもそれは、ジュリアスとしてではない。そう、私が『リンクス』ジュリアス・エメリーとなった時に消え失せた『ただの少女である』ジュリアスの誓いと想いではない。
そして、その誓いと想いがあったからこそジュリアスはジュリアス・エメリーになることができた。
一体、過去の誓いと現在の理想どちらが大事なのだろう。
私には解らない。答えは出せない。ならば、せめて正直に答えよう。
「すまない答えられない。いや、比べられない。それは私が私になるために起てた誓いで、その誓いがあったから今の私はあるんだ。
 でも、クローズプランは私の理想。先人から継いだ気高い理想。私が私であるために叶えるべき夢。
 だから、比べられない。どちらも私を構成する根幹なのだから。
 だが、テルミドール、クローズプランは私だけの夢ではない。多くの散って逝った先人の、そしてお前の夢でもある。
 だから、ORCA旅団副団長としてお前が命じるのならば、私は誓いを諦めよう」
眼を閉じる。そうだ、こう答えるしかない。私個人の誓いの為に皆の夢を犠牲にするわけにはいかない。
「クッ」
それでも涙が溢れる。嗚咽を懸命にこらえる。直接涙を見られるメルツェルはともかく後ろのデカブツに悟られるわけにはいかない。

永遠とも思える長い時間が過ぎる。
そして、前から大きな溜息が聞こえた。
私は耳を塞ぎたくなる衝動を堪え、次に発せられるであろう言葉で崩れ去らないよう備える。
「いいだろう、ジュリアス・エメリー、ORCA旅団副団長として命じる。カーパルスに征きノブリス・オブ「流石だぜ!メルツェェェェェェェェェェェェェェル!!」

メルツェルの言葉を理解した瞬間、頭が真っ白になった。

***

「やったぜ!ジュリァァァァァァァァァス!」
気が付くとデカブツに抱き上げられグルグル回転していた。
「クッ!いい加減に離せデカブツ!」
「わかったぜ!ジュリァァァァァァァァァス!」
デカブツが回転を止め、私を下す。わざわざメルツェルとは逆向きにだ。気の利かない奴め。
「本当かメルツキャ!」
仕方なくメルツェルに向き直ろうとしたところでそのまま、崩れ落ち床に座り込む。
………腰が抜けている。心構えの甲斐無く崩れ落ち、さらには腰さえぬかしたようだ。
無様なまあ、確かに想定した衝撃とは逆だったため仕方ないと言えば仕方ないのだが。
どうする?私らしくない悲鳴を上げ「キャ!とか似合わないぜジュリアァァァァァァァァァァァァス!」
「デリカシーを持て!デカブツ!」
殴ろうとしたが届かないためとっさに腰に下げていた拳銃をデカブツに向かって投げつける。
弾が入たまま投げたため、デカブツに当たった瞬間に暴発し、壁に掛ったモナリザの額に第三の眼を作る。
同時にデカブツが本棚に倒れこみ、本棚が壊れ本の雪崩に埋まる。
デカブツが本に埋まり動かなくなった事を確認しメルツェルに改めて向き直る。
メルツェルは何故か意識を失う前より遙かに疲れた顔をして通信に出ていた。
「ああ、問題無い。………いや、ヴァオーが転んだだけだ。怪我はない。それと、悪いが本棚の替えを頼む」
「本当かメルツェル!?」
通信の間に腕の力だけで机によじ登る。置いてあったインクが倒れ、私と書類を黒く汚すが何とか通信が終わる前によじ登る事に成功する。
「ああ。そうだ。お前にはカーパルスを担当してもらう」
メルツェルは急に頭痛でも起こったのか額を手で蓋いながら答えた。
「しかし、何故だ。その、お前は私が征くのに反対だったのだろう?」
戸惑いながら問いかける。
「ああ。だが、征った場合の危険と征かなかった場合の士気の低下によって起こる危険性を考慮した結果、後者の方がより被害が大きいと判断した」
「すまない。メルツェル」
疲れた顔をしている以外は無表情なメルツェルに頭を下げる。だが、メルツェルは一つ首を振り、
「気にするな。私は合理的な判断を下したまでだ。それと、僚機は新人とトーティエントのどちらにするのだ?」
「いや、ここまで我を通したのだ。カーパルスは私一人でいい」
「ジュリアス・エメリー勘違いをするな。私はお前の我儘をきいたのではなく、合理的な判断の結果だ。そして、お前は重要な駒である事を忘れるな。
 それに防衛部隊とネクスト三機を相手にす「アステリズムじゃ、弾が足りないぜジュリァァァァァァァァァアス!」
絶叫と共にデカブツが立ち上がる。立ち上がった際に跳ね飛ばされた本が通信機のディスプレーに突き刺さり、煙が上がる。
チッ。もう復活したか。やはり火でも点けて止めを刺すべきだったな。
「………ヴァオーのいうとおりだ。お前は何よりも生存を考えろ。最悪ノブリス・オブリージュ撃破後は即離脱しても構わん」
肩を落としながらメルツェルが告げる。
確かにそうだな。私のアステリズムは軽量機にしては火力はある方だがそれでもネクスト三機を相手にするには火力が足りない。
いや、そもそも恐らくジェラルドを倒すのが精一杯だろう。あいつを倒した後、格下とはいえさらに二機を相手に出来ると考えるほど私は愚かではない。
では、どちらを僚機にするか。
普通に考えればトーティエントだ。奴のグレイグルームはAAもあり殲滅能力が高い。先鋒が最初に突入し弱らせた敵を後詰めの奴が殲滅するのが最も確実だ。
だが、この方法では先鋒に当たる私の死亡はほぼ確実だ。そして私は死ぬわけにはいかない。
それに、ジェラルドが先に来ない可能性もある。その際は、共同して二機に当たる事になるがグレイグルームとは共同戦線は不可能だ。敵と一緒に吹き飛ばされかねない。
と考えれば相手は新人しかいない。戦力としては未知数ゆえ不安が残るが最悪の場合はサベージビーストさえ抑えられればいい。その程度は期待してもいいだろう。
「では、新人を頼む」
「了解した。私はお前の後片付けをしなければならん。用が済んだのなら出ていけ」
要件は終わったとばかりに会話を切り上げ、床に落ちていた書類を拾い始めるメルツェル。
その相変わらずな態度に苦笑し、涙の後を拭き踵を返す。よし、腰は直っているな。
「相も変わらず仕事の虫か。もう少し休んではどうだ」
「お前等が仕事を増やさねば休めたのだがな」
「すまない。ならば、新人とトーティエントには私から伝えて「眼が真っ赤だから泣いていたのを隠せてないぜジュリァァ「黙れ!!デカブツ!」
ハイキックを喰らわせたデカブツがメルツェルの前のディスクに激突する。
「………おこう!!」
先の教訓を生かし、ディスクの上で眼をまわすデカブツに向けて三人掛けソファーを投げつける。

轟音と辺りに舞い散る埃。
それが両方とも収まると後にはディスクの残骸と共にソファーの下敷きになっておりピクリとも動かないデカブツの姿があった。
その結果に満足し出口から部屋を出る。
扉を閉める前に振り返り、何故か崩れ落ちているメルツェルに向かって頭を下げる。
「その、ありがとうな。メルツェル。私の我儘を聞いてくれて」
何故か顔が熱くなる。
「じゃぁ、私はいく!」
私はメルツェルが返事をする前に扉を閉めて部屋から走り去る。
ふん。らしくないな。まるで少女のようじゃないか。きっと、久しぶりに昔の事を思い出したからだろう。


約束をした後も私たちの生活は表面上は変わらなかった。

起きて検査をして噺を聞いて薬を飲んで噺を聞いて寝る。

だが、いつからだろう。
薬を飲んでも気分が悪くなる事が少なくなっていった。
気分や具合が悪い時検査が中止になる事が多くなった。
通路で擦違う白い試験体が笑顔でいる事が多くなった。
それに、通路で擦れ違う試験体は毎回違っていたのに、
いつの間にか同じ試験体と擦れ違うようになっていた。

そんな、小さい変化に私達が気付いたころ、ベットと窓と私達しか無い部屋に本がやってきた。
殆ど他愛のない絵本ばかりだったけど、私達は夢中になった(私は殆ど字が読めなかったのでジェラルドに教えて貰いながらだったが)
中にはジェラルドが読めないような外国語の本や古典等もあったが私達は同時に来た辞書を使って読んだ。
そう、何故本が与えられたのか、誰が与えてくれたのか、何故今まで与えられなかったのか、
そんな事は一切考えずにただ与えられた娯楽に夢中だったのだ。
私達は家畜の幸せを満喫していた。
それが、どんな犠牲の上にあったかなどとは考えず、
いかなる犠牲と引き換えにもたらされたかも考えず。

***

そんな醜悪な幸せを満喫していたある日、私達の白い部屋に研究員でも試験体でもない彼があらわれた。
いや彼は、試験体なのだろう。胸にS001というナンバーを付けていたのだから。
彼は、私達の部屋に入ってくると何が起こったのか解らず戸惑う私達の前まで歩いてくると抱きしめた。
「すまない。遅くなった。君達で最後だ。もう大丈夫だ。私が君達を守ろう」

それが、私達試験体の救世主S001―――ジョシュア・オブライエン―――との出会いだった。

***

ジョシュア・オブライエンが何をしたか。
簡単に言うと全てだった。待遇の改善や本の提供が全て彼の働きかけによるものだった。
そして、彼は遂に自らの功績と引き換えに私達の扱いを試験体から被験者に変えたのだ。
私達を家畜から人間へ。物から人へ。
私達SやAなどの上級ナンバーからしてみれば待遇が少々改善されたにすぎない。
だが、基本使い捨てのDやCからしてみれば命の恩人だし、死ぬことすら許されずに生かされ続けたBにしてみれば、救済を与えてくれた救世主だ。

そして、アスピナのAMS研究所から非人道的な実験は一切姿を消し、
ジョシュア・オブライエンが傭兵をやっている間、ここは皮肉なことには世界で一番人道的な研究施設と呼ばれることになった。
ただ、その一環で男女の部屋を分ける事になりジェラルドと別れなければいけなくなってしまった。
そのことに関してだけは随分とジョシュアを怨んだのを覚えている。

人間らしさといえばもう一つ。私がジュリアスという名前を貰ったのもこの時だ。
人になった証として私達はナンバーではなく名前で呼ばれることになった。
ジェラルドのように元から名がある者はその名を、私のように無いものは一人一人ジョシュアが名付けていった。
とはいえ、これにも少々異論がないわけではない。
無論名付けて貰った事には感謝しているし、一人で千人以上の名前をつけなくてはいけなかったジョシュアの苦労も解る。
だが、
私の2人前に名付けられた少女の名前はリア、
その次に名付けられた少女の名前はジュリア、
その次に名付けられた私の名前はジュリアス、
私の次に名付けられた男の名前はジュリアン。

これでは私が感謝と共に手抜きを疑うのは仕方ないことだと言えよう。
それに、そもそも当時のわたしはジェラルドという名前を望んでいたしな。

そんな小さな不満もあったがそれでも私達は人間として平凡で幸せな時を積み重ねる。

私達が自分達の罪深さを知り贖罪の道を歩くことを決めたあの日まで。


さあ、ジェラルド!私はお前に会いに行く!
あの日の約束を守るために!誓いを果たすために!あの日伝えられなかった言葉を告げに!!


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無知である事は幸せだ。何故なら自分が罪人である事を知らずにいられるのだから
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