Written by ウィル


 ――あれからもう、どれくらい経っただろうか。
 あれが起こったのは、わたしがまだまだ子供だった頃の話。
 たしかわたしがジュニアスクールの中学年くらいだった頃だから……ええと、もう十年くらい前になるのだろうか。
 当時、わたしは東欧のはしっこにある小さなコロニーに住んでいた。
 都市圏からは遠く離れていて、産業といえば農業とか牧畜とかを除けば、あとは古くて小さな研究施設があるくらいで。その研究所の研究員を父親にもったわたしは、だから生まれてからずっとその街で育ってきた。
 森と山と川に囲まれた、古臭いけど綺麗な街並み。
 決して豊かではなかったけれど、それでも街の人々はとても優しくて。
 同じ年頃の子供たちと夕暮れ時まで街中を駆け回って、道行く老人にたしなめられたり。
 おとうさんと同じ研究所の人たちに挨拶して、近所の優しいおねえさんから本を読んでもらったりして。
 そんな、ちょっと退屈で、でもとても素敵だった、わたしの生まれ故郷。
 ――でも、その街は、今はもう存在しない。
 あの日、なにもかも焼き尽くされてしまったのだから。

 当時は、全世界を巻き込んだという“戦争”が終わって、まだ間もない頃だった。その戦争で世界中の都市という都市が焼かれ、数えきれないくらいの人命が失われ、ありとあらゆる自然環境が汚染されてしまった。
 幸い、わたしたちのコロニーは直接巻き込まれるような事こそなかったものの、それでも輸送用のトンネルが塞がれて物資が滞ったり、近隣からの避難民がたくさんやって来たりしていた。聞こえてくる知らせも、戦闘で何万人が死んだとか、どこかのコロニーが丸ごと消えてしまったとか、そんな話ばかりだったのを覚えている。
 戦禍から遠く離れた場所でさえこれである。当然のように治安は乱れに乱れていて、戦禍や汚染から逃れてきた難民でもってコロニーというコロニーが溢れかえり、生きる糧を求めての暴動や略奪が世界各地で頻発していた。世界を支配していた“企業”も戦争によって疲弊していて、自分たちの体制を維持するだけで手一杯だったのだという。
 ――そんな時だった。あの機体が、わたしたちの街を襲ったのは。
 あの時代の常として、わたしたちのコロニーにも自前の防衛戦力があったし、親交のある企業の戦力だって配備されていたらしい。でも、あの機体は超高速で侵攻するとそれらをたやすく蹴散らし、あっという間に市街地へ侵入。そうして平和だったはずの街は、あっという間に炎に包まれていったのだ。

 その時、わたしはおかあさんが夕食を作るのを手伝っている最中だった。その日、おとうさんが仕事で遅くなる予定だったので、お弁当を持っていく事になっていて、それじゃ料理を教えながらふたりで作りましょうか、っておかあさんが言ってくれたのだ。そうして、ちょっと焦げたけど、ちゃんと形になった卵焼きが作れて、それでふたりで喜んでいたところで、それは起こった。
 サイレンが鳴り響いたかと思いきや、急に台所が真っ暗になって。次に地震みたいに激しく揺れて、食器や棚、壁までもが崩れ落ちてきたのだ。幸いケガこそしなかったけれど、何かに当たってすごく痛かったし、なによりもいきなり暗くなったのが怖くて、声も出せずに震えているばかりだった。
 それでもおかあさんはなんとかわたしを見つけると、わたしの手を引いて崩れかかった壁から引きずり出した。暗闇の中、外から漏れる赤い光を頼りに、崩れかかった家から飛び出して――
 あの時見た光景は、今でもはっきりと覚えている。
 夜のはずの空は夕暮れ時のように赤く染まって。
 見慣れた街並みは焼かれ、虫食いの跡みたいになって。
 そして、通りのそこらかしこに広がる、炎よりも真っ赤な――!
 そこで耐え切れずにうずくまった記憶がある。涙がぼろぼろ出てきて、視界もかすんで。酸っぱいものがこみ上げてきた記憶があるから、ひょっとしたら吐いたりしていたかもしれなかった。
 そんな時だ。震えるわたしを、おかあさんがぎゅっと優しく抱きしめたのは。豊かな胸元にわたしの顔を埋めさせながら、おかあさんは諭すように言った。「研究所の地下にあるトンネル。そこまで逃げられれば安全よ」と。かすかに体を震えさせながら。まるで、自分自身に言い聞かせているかのように。そうして、
「――きっと助けが来る。おとうさんと、とっても強い傭兵が、あなたを守ってくれるわ」
 その優しげな言葉と、おかあさんのぬくもりが効いたのだろうか。なんとかわたしが落ち着いたのを確認すると、おかあさんは再びわたしの手を引いて駆けだしたのだった。
 ごうごうと炎に包まれた街の中を、ふたりで駆け抜けた。その途中で、たくさんの酷いものを見た。蜂の巣みたいになった家、焼けただれた電気自動車、大破したコロニーガードの機体。見慣れた人たちの死体だって、たくさん見た。そのたびに涙がこみ上げてきて、足を止めそうになったが、心の中で「ごめんなさい」と繰り返しながら、必死で駆けた。河を渡って、木立を抜けて、そうして大通りに出て、研究所まであと少しというところになって。
「……? おかあさん、あれは……?」
 そこで、思わず立ち止まった。川向こうのほうに、奇妙なものを見たような気がしたのだ。
 瓦礫と化した家々の中で立ち上がる、なにかとても大きくて黒いもの。コロニーガードの機体よりもずっと大きくて、辛うじて人型に見えなくもない歪なシルエット。逆巻く炎に巻かれるように立ちながら、しかし実際には周囲の炎はその機体を避けるように燃え盛っていた。その巨体を取り巻く、緑色の光のせいだ。その巨体を中心にシャボン玉のように展開した緑色の光が、燃え盛る炎を弾き飛ばしている――
「そんな……なんで、あんなものが……」
 そちらを見て、呆然と呟いたおかあさんの顔は真っ青で。そうこうしているうちに、その黒くて大きなものは、こちらから見て左のほうにある腕を持ち上げた。その細長い腕の先にあった、巨大な塊が鎌首をもたげ、いくつもの切っ先がまっすぐにこちらへと向けられて――
「――メイ!」
 おかあさんがわたしの名を叫んだと思った刹那、どん、と力いっぱい突き飛ばされていた。なす術もなく、わたしの体がふわりと浮いて、一瞬遅れて、断続的に響いた轟音とともに、すぐ目の前を何かすごく速いものが通り抜けるのを感じ――そのまま背中から叩きつけられたわたしは、地面の上をぐるぐると転がっていって、少し離れたところにあった街灯にぶつかって、ようやく止まっていた。
「いたたた……いったいどうしたの、おかあ、さ――」
 転がった時にぶつけた頭をさすりながら、身を起こす。でもその時、そこにおかあさんの姿はなかった。そこにはもう、誰もいなかったのだ。
 飛び散った黒い髪を真っ赤に染め上げる、生暖かい液体。
 もはや原型を留めないほどに、バラバラになって散らばったなにか。
 赤い肉と、白い塊と、蛇のようにのたくった管のようなものが混ぜこぜになって。
 そして、それだけは原型を留めている、指輪をつけた女性の左手。
「――おか、あ……さん……?」
 言葉がうまく出ない。目からぼろぼろと涙がこぼれてくる。炎の照り返しを受けて輝くシンプルな金色の指輪は、私にとってはひどく見慣れたものだったからだ。わたしが物心ついた時からずっとつけていて、さっき料理をしていた時だってつけていた、おかあさんの結婚指輪――!
「あ……あ……、ああ、ああああ……!」
 口から出たのは、もう言葉ですらない叫びだった。おかあさんだったものに縋り付いて、手や顔が血で汚れるのも構わずに、何度もおかあさんと叫んだ。でも、返事なんてない。当然だ、こんなふうになって生きていられる人間なんていないんだから。
 ――そんな時だった。
 地面を揺るがしてこちらに歩いてくる、あまりにも巨大な影に気が付いたのは。
 普通の機体の倍以上、二十メートルはあろうかという巨躯。胴体に半ば埋まった頭部には赤い複眼が輝き、前後に張り出した巨大な肩に、パイプやシリンダーがむき出しになった異様に細長い手足。そしてその両腕に握られた、鉄塊じみたあまりにも巨大な銃器。
 人間を模しながらもあまりにも人間からかけ離れた、複雑で禍々しいシルエットは、その身にまとう緑色の燐光もあいまって、うすら寒い神々しさすら感じさせた。
「あ……あ……」
 それを前にして、わたしはただ、放心して座り込む事しかできなかった。それを見上げているだけで心が鷲掴みにされたようになって、呼吸さえもうまくできないくらいだったのだ。当時は分からなかったけれど、それはきっと畏怖というものだったのだと思う。
 ――神話において、神とは力である。
 絶対に敵わないであろう存在を神と呼ぶのならば、あの機体はまさしく、わたしにとって神のごときもの――絶対的な終末を運ぶ、黒い死神そのものだったのだ。
 轟音が響く。視界の端で、一際大きな建物が炎に包まれ、崩れていく。
 おとうさんが働いている研究所。今日もいつも通り朝早くからお仕事に行っていて。わたしが「いってらっしゃい」って言ったら、おとうさんもいつも通り笑って、わたしの頭を撫でてくれていて。
 そりゃあ自分にも他人にも厳しい面があって、街の人たちにはあまり好かれてなかったけど、それでもすごく頭が良くてなんでもできて、研究所でも主任さんなんてやっていて。それでいてわたしやおかあさんにはいつも優しくて、だからわたしにとっては自慢のおとうさんで、いつかはおとうさんのお嫁さんになるんだ、って大真面目に思っていて。だから、今日の料理だってすごく頑張って。お弁当をわたしが作るんだ、って電話で知らせた時だって、おとうさんすごく喜んでくれていた、のに。
 その時、指先に何か硬いものが触れた。そちらを見ると、突き飛ばされた時に衝撃で落ちたのか、つけていた髪留めが転がっていたのに気がついた。丸い緑色の地に黒い目と口が描かれた、スマイリーマークの髪留め。以前、おとうさんとおかあさんに連れられて別のコロニーに行った時、一目で気に入って、何度もねだってようやく買ってもらった、わたしのお気に入り。それは今や、おかあさんの血でべっとりと汚れていた。
『…………』
 気が付けば、漆黒の異形はわたしからほんの十数メートルというところにいた。その身に纏う緑色の光の粒が、触れてしまいそうなほどに近い。
 ――わたしも、ここで死ぬんだ。おかあさんや、たぶんおとうさんみたいに。
 自分でも不思議なくらい、それは当然の事として受け止められた。それほどまでに、目の前の存在は圧倒的だったのだ。
 落ちていた髪飾りを拾い、胸元にかい抱く。
 悲嘆、恐怖、絶望、そして無力感。自らの死を目前にして、いろんなものが浮かんでいったが、なによりも強く思ったのは、目の前の機体に乗っているであろう誰かと、そして自分でも誰だか分からない“誰か”への問いかけだった。
 ――どうして。
 どうして、こんな事に――
『――許しは請わん。恨めよ……』
 ずっと無言だった漆黒の異形が、外部スピーカーを使って言葉を投げかけてくる。どこか諦観さえ感じさせる、低く落ち着いた声。まるで教会の神父様みたいだ。呆然としゃがみこんだまま、そんなふうに思った。
 そんなわたしに、漆黒の異形はゆっくりと右腕の銃を向ける。鉄塊みたいな本体に、束ねた砲身が五つも生えた、出来の悪い玩具めいた銃。あれがおかあさんを殺したのか。おかあさんを、あんなふうにバラバラにして。きっとすごく痛かったんだろうな――なんて事を考えながら、わたしは漆黒の異形を見上げ続けた。なんにもできないほどに無力だったけれど、それでも目を逸らす事だけは、してやりたくなかったから。
 そうして、漆黒の異形の右手が引き金を引こうとした、まさにその刹那。奥の研究所のほうで轟音がした。わたしと漆黒の異形が同時にそちらに振り返ると、研究所のドーム状になっている屋根を、無数の火線が貫き、破壊するところだった。その直後、鉄を引き裂く音とともに“それ”がドーム状の屋根を突き破って飛び出してきた。青白いブースターの尾を引きながらもの凄い勢いで上空へと跳躍すると、空中で姿勢を制御し、逆さまになりながら滞空。両腕に握った銃器のサイトレンズと、頭部に宿った蟲の複眼めいた赤い輝きが、わたしと漆黒の異形とを見下ろして――
『来たか……!』
 漆黒の異形が歓喜めいて叫ぶ。直後、上空の機体が両手の銃から無数の銃弾を撃ち下しながら突進してくる。漆黒の異形はそれを避けるため、両脚を踏みしめ、大きく後ろに跳び退いて――そうして、漆黒の異形とわたしとの間に割って入るように、“彼”の機体が着地したのだ。
「う……あ……!」
 猛烈な風と震動に、吹き飛ばされそうになる。でもそれも一瞬。すぐに辺りが静かになり、思わず閉じていた目を恐る恐る開けたわたしは、すぐ近くから“それ”を見上げる事になった。
 こちらを背にして身をかがめる、全高十メートルあまりの歪な人型。空力特性を意識した、レーシングカーとも深海魚とも思える優美かつ鋭角的な曲線美。全体的に細身でありながら部分部分が大きく尖ったシルエットは、より洗練されてはいるもののどこか眼前の異形と似通った印象を受ける。背部と両肩に箱形のミサイルランチャーらしきものを装備し、両手にはそれぞれ形状の異なる無骨なライフルが握られている。錆びた鉄を思わせる褪せた黒に塗られた装甲には、いたるところに無数の疵が刻まれ、数えきれないほどの戦いを生き延びてきたであろう事が伺えた。
「これ……は……」
 その機体とよく似たものを、ニュースで何度か見た事があった。
 “ネクスト”と呼ばれる、最強の機動兵器。
 国家に代わって世界を支配する“企業”の力の象徴。
 そしてその機体は、先の戦争で崩壊した企業のものとされる機体だった。
「きゃっ……!」
 轟音が鳴り響き、悲鳴を上げる。黒いネクストがわたしの盾になるように駆け込むと、左手のアサルトライフルで私を庇いながら右手の大型ライフルを乱射したのだ。マズルフラッシュが夜闇を染め上げ、一抱えはあろうかという空薬莢ががらがらと降ってくる。漆黒の異形のいたるところで着弾の火花が上がり、それを嫌ったのか、その巨大な肩から巨体に倍する噴射炎を噴き出し、一気に数ブロック離れたところまで後退していった。
 ……今にして思えば。あれだけ稼働中のネクストに近づいても無事だったのは、あの黒い機体が最初からプライマル・アーマーを展開していなかったからだったのだろう。わたしを守るために。己が身を、危険に晒して。
『遅かったな……』
 機体を後退させた漆黒の異形が、黒いネクストに言葉を投げかける。揶揄するような言葉には、しかし嘲りの色は微塵もなく、気のせいかもしれないけど、どこか安堵したような響きすら含まれていたように思う。
『…………』
 黒いネクストが、右手の大型ライフルを油断なく構えながら、ゆっくりと振り向く。スリット状のバイザーの奥で、輝く無数の複眼がぞろりとスライドしていき、こちらに目線を向けたのだと分かった。無数のカメラアイの赤い輝きが、黒いネクストの左肩に描かれたエンブレムを浮かび上がらせる。黒の中にあってなお黒く輝く、羽ばたく鴉のエンブレム。それを、わたしは逃げる事すらも忘れて、呆然と見上げていた。
 以前、おとうさんが話してくれた事があった。このコロニーを守るために何度も戦ってくれたという、凄腕の傭兵の話を。結局、その傭兵の名前こそ教えてもらえなかったけれど、その人を指して使われていた言葉なら教えられていた。元々は機動兵器を駆る傭兵全般を指した言葉で、たしか鴉を意味する――
「レイ、ヴン……」
 呆然と、その名を呟く。赤い複眼とわたしの視線とが重なり合って、そうして数秒ほど経った頃、黒いネクストの左腕が、こちらに向かって小さく振るわれた。それが、下がれ、という意味だと理解して――おかあさんだったものから離れたくはなかったけど、それでもがくがくと震える脚で、必死に後ろに下がった。
 わたしが無事だった事に安堵するかのように、カメラアイの光が少しだけ細まって見えた。だがそれも一瞬の事。次の瞬間にはそれを悪鬼のように紅く滾らせながら、黒いネクストは漆黒の異形へと向き直る。搭乗者は無言だったけど、ぎしり、と奥歯を噛み締めるような、そんな音が聞こえてきたような気がした。
『言葉は、不要か……』
 そして漆黒の異形もまたこの時を待ちわびていたかのように複眼を赤く輝かせ、左手の巨大な銃を大地に叩きつけて――

 ――そうして、戦いは終わった。漆黒の異形は“彼”によって撃破され、その直後に襲撃してきた企業のネクストもまた返り討ちにあったという。
 そうして、“彼”は“彼女”と共に街を去り、後には見るも無残に破壊された故郷と、途方にくれる住人たちだけが残された。そのあと“彼”と“彼女”は各地を放浪し、やがてある自由都市に流れ着く事になるのだが、それはまた別の話。
 わたしはというと、あの後たまたま近くにいた街の住人に助けられ、なんとか研究所地下にあるトンネルへと逃れる事ができた。その後、救援にやってきた企業の軍隊に保護されたわたしは、しばらくの間入院生活を強いられ、そこでいろいろあった末に、その企業の軍人だという男の人に引き取られる事になった。そうして、街の住人たちが企業のコロニーに移住していく中、ひとりだけ企業の本社がある北米へと移送され、そこでその後の人生を過ごす事になったのだ。

 ――そして、あれから十年が経った。
 わたし――メイ・グリンフィールドは、“彼”と同じリンクスとして、今日も戦場に身を置いている。

 
 

 ACfA Smiley Sunshine
 Episode1:Girl meets boy

 
 

 ――午前八時五十分。旧ロシア、シベリア地方上空にて。

『♪We'll trust,I can see all. We'll trust,I can see all♪』
 明るい歌声が、両耳を覆うヘッドフォンから響いてくる。明るく軽妙な雰囲気の間奏が、韻を踏んだリズミカルな歌詞と相まって、心地よく耳朶を打つ。ただ聴いているだけで、心が軽やかになっていくかのような曲だった。
 この曲は、わたしにとってお気に入りの一曲だ。読書中や勉強中、それに“仕事”の合間にもよくこうやって聴いていたし、時にはリピート再生で何回も繰り返し聴く事もあった。
「む~……」
 けれど、今この時に限っていえば、その明るい曲調はむしろ耳障りですらあった。眉根が寄り、呻き声めいたものが口から漏れてくる。シートのアームレストを叩く指が、こつこつ、と苛立たしげなリズムを刻んでいた。
『♪We wanna trust on I can see all. Find your Tactics to turn the Table. More the Time goes you're in a Difference. I can see――』
「……ええいっ!」
 脳天気とすら思える歌声に、ヘッドフォンを乱暴にむしり取る。引っ張り上げられた髪が跳ね、視界の端で鮮やかな金色を踊らせた。
 音楽を聴くのを中断したのは、別に曲そのものに原因があるわけではない。単純に聴いているわたしの機嫌が悪いだけの事で、その原因はわたしの真正面にある大型モニターに映し出された外部映像にあった。
 高度七千メートルの空はどこまでも澄み渡り、地平線間近の薄青色から頭上の濃い青へ、鮮やかなグラデーションを描いている。その下にぽつりぽつりと浮かぶ綿菓子めいた雲が、太陽の光を受けて真っ白に輝いていた。
 雲の上の世界――通称、“クレイドル空域”。この地上に残された数少ない清浄な空間にして、限られた人間にしか立ち入る事を許されない、人類最後の楽土。
 ここから見る空は、汚染された地上から見るそれと違って、たしかにこれ以上ないくらい清浄で、綺麗だった。地上に住む人々が憧れを抱くのも、企業のお偉いさんたちが独占したがるのも分からないではない。ただ、それが綺麗であればあるほど、眼下に広がっている景色の凄惨さを引き立ててしまってもいるのだ。
 急峻なウラル山脈をバックに地平線の果てまで広がっている、真っ黒な汚泥の海。時たま泥の合間に広がっている水溜りはコールタールのように濁りきり、青い空も白い雲も映しはしない。その中に見える黒い塊は、あるものは横倒しになって、またあるものは地面から生えたそのままに朽ちた、数え切れないくらい多くの樹木の死骸だった。そして、それらに紛れて、砲塔がやたらとコンパクトな戦車らしきものや、前進翼っぽいものがかろうじて確認できる航空機、そして人型にも見える機体の残骸がいくつも転がっていて、無残に露出したはらわたを眩い陽光の下に晒していた。
 汚泥に埋もれるようにして存在するそれらは、風雨に晒され、長年の時を経ながら、しかし腐りもせずに原型を留め続けている。高濃度のコジマ粒子に晒され、動植物はおろか、土中の微生物さえも死滅してしまった結果だ。土に還る事すら許されず、ゆっくりと朽ちゆく無残を晒している様は、死体置き場もかくやという陰惨な光景だった。
 これらは“タイガ”と呼ばれていた針葉樹林帯の名残だ。かつてはこのシベリア地方の大半を覆っていた大森林だったが、長年に渡って続いた乱開発と地球規模の温暖化によって森林破壊が進み、そこに追い討ちをかけたのが、国家解体戦争の際、企業側と北の大国ロシアとの間に行われた大規模戦闘である。際限なく拡がった森林火災と重度のコジマ汚染によって、現存するタイガの総面積はかつての三割にも満たないという話だ。
(せっかく楽しみにしていたのに、この有様とは、ね……)
 わたしは前々からずっと、このタイガというものを一度くらいは見てみたいと思っていた。いくら版図を減らしたとはいえ、世界に残っている数少ない大森林のひとつだからである。北米大陸にはもう自然の森なんて数えるほどしか残ってなくて、わたしが住んでいる開放型コロニー、“グリフォン”でも、人工的に栽培されたごく小規模のものが公園や植物園などで見られる程度だった。
 だというのに、この有様である。シベリア上空に入ってからこっち、行けども行けども沼地ばかりで、森らしきものなんてごくわずかしかなかった。海を越えてから何時間もずっとこんな感じでは、つい苛立ってしまうのも仕方ないと思う。
(あ~あ……こんなことだったら、ダンの馬鹿みたいにムービーディスクの類でも持ってくるんだったかなぁ……)
 暇さえあればヒーローもののオールドムービーばっかり見ているので有名な男友達の事を思い出し、ついそんな後悔めいた考えが湧き出てくるが、それも後の祭り。そもそも、作戦行動時に外部の映像が見られなくなるのを嫌って、そういうのを持ち込まないようにしているのは、他ならぬわたし自身だし。
 常在戦場。戦いに身を置く身であれば、作戦中は常に周囲に気を配るべし。不用意な余所見は即、死に繋がる――幼少からの教育と訓練によって身に染みついた習性が、今はひたすらに恨めしかった。
「ほんと、イヤになっちゃう……」
 ぼやいて、シート脇から取り出したスポーツドリンクを一口すすり――
「……って、おお」
 そこで、青と黒とで埋め尽くされていた景色に、次第に茶色と緑色が混ざり始めたのに気がついた。茶色と緑色は時を経るにつれて黒色を拒絶するかのようにその割合を増やしていき、数分経った頃にはやがてそれは緑色と黄金色に――大小無数の草々が風にたなびく草原と、真円を描くようにして植えられている、よく実った麦の穂へと姿を変えていった。
「なにこれ……すっごい……」
 思わず感嘆の言葉が口をついて出る。現代の技術によって高度に自動化が進んだ、大規模なプランテーション農法だと分かってはいるが、それでも地平線の果てまで広がる緑色と黄金色は、絶景のひと言以外では言い表せないものだった。
 遥かな昔。人類はこんな草原を馬で駆け羊を追い、あるいは切り開いて麦を植え、悠久の時を暮らしてきたのだという。今や馬も羊も観賞用や食用に少数が飼われるだけの籠の動物だし、オーガニックな穀物類も贅沢品になって久しいが、そこにはたしかに、人類の原風景というものがあった。
 ――やばい。この景色、気に入ったかも。幼少の頃に追い駆けっこをしたアナトリアの野を思い出し、心なしか涙腺が緩むのを感じる。途中の景色こそアレだったけど、何時間もかけて飛んだ甲斐があったというものだ。それこそ、時間さえ許せばずっと見ていられるような気さえしてくる。
(まあ、あれさえなければの話だけど、ね……)
 だが、現実は非情である。わたしの眼は眼前の美しい景色の中に混じった異物――ウラルの峰と麦畑に挟まれるようにしてそびえ立つ、黒く巨大な“なにか”を捉えていた。それこそが今回のミッションのターゲットであり、すなわちそれが見えたという事は、この数時間にもおよぶ空の旅が、あっさりと終わりを迎えたということでもあった。
「さてさて。お仕事お仕事、っと」
 気分を切り替え、コンソールを操作する。モニターが外の景色、すなわちネクスト専用のティルトローター式大型輸送ヘリ、《バラクーダⅣ》の機首に備え付けられたカメラアイの映像から、今わたしが乗り込んでいるマシンのそれへと映像が切り替わっていくのを尻目に、わたしはコックピットをぐるりと見回した。
 機動兵器特有の人ひとりが入るのがやっとという狭苦しいコックピットには、しかしあるべきはずの操縦桿やペダルがなく、アームレストに申し訳程度のコンソールがあるだけ。それらの代わりにあるのが、シートの後方から側面にかけて覆いかぶさるようにして覗く仰々しい機械の塊であり、無数の計器やLEDランプがちかちかと視界の端で瞬いている。あいも変わらず息が詰まりそうなコックピット内を見回すと、最後に正面――霜に覆われた薄暗い格納庫内部の映像を映し出すメインモニターと、そこに反射した自分自身を見た。
 記憶にあるおかあさんによく似た整った顔立ち。後ろで結わえた金色の髪に、そこだけは昔と変わらない、安っぽいスマイリーマークの髪飾り。金属製のプロテクターが各所に取り付けられた緑色のパイロットスーツは、特殊かつ高品位な樹脂と繊維で作られており、ありとあらゆる危険から身を守る優れものなのだが、スーツに包まれた胸が窮屈なのがちょっと困りどころだった。
『リッチランド上空に到着。作戦領域までもう少しよ。メイ、準備は出来ているかしら?』
 カメラの映像を切り替えたまさにその直後、わたしの耳朶に心地いい声が響いた。大人の女性ならではの落ち着いた声音に、流暢なクイーンズ・イングリッシュ。わたしのオペレーターを務めるフランさんからの通信だ。
「こっちはとっくに準備オッケーよ、フランさん。あちらさんはどうだか知らないけど」
 シートの脇に置いておいた、GA製らしくどこか角ばったデザインのヘルメットを被り、答える。スーツの背中に設けられた生命維持装置からパイプを通じてヘルメット内に新鮮な酸素が送られ、肺を満たしていく。
『あちらはまだのようね。なにか手間取っているのか、それとも早めのモーニングティーでもしているのかしら?』
 体や太腿をシートベルトで固定しつつ、さらりと皮肉をこめたフランさんの物言いに苦笑したのも束の間、
『さて、と。投下予定ポイントまでまだあるし、今のうちに出撃前の最終ブリーフィング、始めちゃいましょうか?』
 と、妙に楽しげに続けたフランさんに、「う……了解」とちょっと尻込みした返事をしつつ、わたしは彼女の説明に耳を傾け始めた。

 今回の作戦目標は、南アジア圏の雄、アルゼブラ社が管理・運営している大規模食料生産施設、リッチランド農業プラント。ここを防衛するアルゼブラの部隊を排除するのが、わたしの雇用主であるGA(グローバル・アーマメンツ)社からの依頼だ。
 なぜこの農業プラントが目標になったのか、わたしは知らないし、知らされてもいない。知る権利がないというやつだ。ただ、GA社とアルゼブラ社が昔から食料関係を巡って深刻な対立関係にあるのは周知の事実であり、理由がその辺にあるのは想像に難くない。ようはいつもの小競り合いというやつで、その結果として何が起こるか誰も考えないのも、またいつも通りだった。
 元々、この作戦はGAの通常部隊が行うはずだった。リッチランドはアルゼブラ社の支配圏の中では僻地の部類であり、防衛部隊の構成もノーマルとMTの混成がせいぜい十数機程度と見られていたからだ。元々GAグループは三大勢力と呼ばれる企業グループの中でも最大勢力であり、とくに通常戦力の質と量においては他のグループを圧倒していた。通常戦力同士の戦いであれば、まず負けはない――はずだった。
 だが、いざ作戦が遂行される段になって、GAは前線兵から驚くべき報告を聞く事になる。アルゼブラ側は、よりにもよってGA製のアームズフォートを鹵獲・運用していたというのだ。
 作戦は根底から覆される事になった。なにしろ相手は地上最強の戦力であるアームズフォートだ。ノーマルと航空戦力で構成された空挺部隊が敵うわけがない。投入された空挺部隊“ヘルダイバーズ”は、通常軍きっての精鋭部隊だったそうだが、それも所詮は通常戦力の中でのコトだ。
 かくして、通常軍の制圧作戦は大失敗。事態を重く見たGA社上層部は、農業プラントの占拠を断念。リンクス管理機構カラードの傭兵、つまりはネクスト戦力を用いての殲滅戦を決定した。そして、さらに念には念を、ということで自社のリンクス――つまりこのわたしを僚機として派遣した、というワケだ。
 ……とまあ、だいぶ長い話になったが、任務内容そのものは極めて単純だった。そのGA製アームズフォートも含めた、全敵勢力の撃破。いつも通りの殲滅戦、いつも通りのサーチ・アンド・デストロイ。今のリンクスに求められるのは、おおむねそのような汚れ仕事ばかりである。たまたま今回は、他者と協働で、という但し書きがついているに過ぎない。

『……なお、今回の協働相手には本社も多大な関心を寄せているらしいわね。可能な限り、協働相手がメインとなるように作戦を進行せよ、というオーダーが来ているわ。考えうるプランとしては、まず協働相手を先行させて――』
「オッケーオッケー。とっとと始めちゃいましょう」
 HMD(ヘルメット・マウント・ディスプレイ)のスイッチを入れ、各種データが表示されるのを確認しながら、話を打ち切る。フランさんのブリーフィングはやたらと長い事が仲間内で知られている。いろんな情報や細かな状況を漏らさず伝えようとする彼女なりの心遣いではあるのだが、適当なところで切り上げないと、最悪出遅れる事にもなりかねない。
『はいはい。相変わらず、細かい話は性に合わないのねぇ』
 フランさんは呆れたようにそう言ってブリーフィングを切り上げようとして、
『……と、あら?』
 そこで、なにかに気づいたかのような声を上げた。
『向こうも準備できたそうよ。たった今呼び出しが来たところだから。それじゃ、今から機体を投下するわね』
 フランさんからの通信の後、ごうん、と重い音を立てて、格納庫の床に設けられたハッチがゆっくりと開いていく。汚染防止のために極低温に維持される事を義務づけられた格納庫内に、急激な勢いで外気が入り、格納庫にこびりついた霜を吹き散らす。陽光が舞い散る霜に反射してきらきらと輝いていく中、わたしはハッチの隙間から覗く、一面の緑に覆われた緩やかな丘陵と、その中心に無数の円を描いて広がる黄金色の麦畑、そしてその景色にはあまりにも不似合いな、巨大な黒い鉄塊を見た。
『本機はこれより機体を投下、離脱します。いってらっしゃい、メイ。幸運を――』
 フランさんの言葉に「了解」と返しつつ、コンソールにコマンドを入力。今まで足を下にしていたコックピットがくるりと縦回転し、腹を下に向けた向き――格納庫天井のハンガーアームによって宙吊りにされている機体と同じ向きに固定される。シートベルトが食い込み、宙吊りにされる不快感を味わったのも数秒、続いて入力したコマンドに従って、ハンガーアームがロックを解除し、がくん、と音を立てて機体が落下。そうして、薄い霜に覆われた“それ”が、陽光の下へと一気に放り出されていた。
 全身を緑色と黄緑色に塗られ、左肩に大きなスマイリーマークのイラストが描かれた、全長十メートルあまりの人型兵器。だが人を模したにしては、そのフォルムはあまりにも無骨に過ぎた。
 兜を連想させる縦長の頭部には大小五つの眼が輝き、胴体部はぶ厚い装甲板が胸板めいて大きく張り出している。そして装甲を重視するあまり、ブロックを繋げたような形状となった、太く直線的な四肢。
 搭載された武装も機体に劣らず重厚なものばかりで、背中には大型レーダードームと馬鹿みたいに長大な十六連式VLS(垂直発射装置)、両肩にはまさにコンテナそのものといった外見の大型ミサイルポッドが取り付けられ、両手には長大なライフルと大口径無反動砲が握られている。
 アーマードコア・ネクスト。
 ほんの一握りの選ばれた人間だけが操れる、最強最悪の機動兵器。
 かつて存在した“国家”に代わって世界を支配する企業が創り上げた切り札。
 何十万という軍隊をたったの二十六機で壊滅させ、企業の力の象徴となり――そして先のリンクス戦争において世界を破壊しつくした、悪魔の機体。
 そしてこの機体は、今なお現存するネクストのうちの一機。わたしことカラードランク十八位のリンクス、メイ・グリンフィールドの乗機、《メリーゲート》だ。
 格納庫から放り出されて数秒後、輸送ヘリから十分に距離を取ったのを確認してから、わたしは機体の頭脳である統合制御システムに指示を出した。
「メインシステム、起動開始」
 わたしの宣言とともに、シート後ろの機械が音を立てて起動。体の保護と固定を兼ねたガードバーが下りてきて、肩と胸部をしっかりと固定する。胸を押しつぶす感触に耐えながら、軽く深呼吸をしてから目を閉じる。まるで注射に備える子供みたいに、数秒後に来るであろうものに備えて。そうして――
「いっ、……っ!」
 首筋に形容しがたい異物感が奔る。シート後ろの機械から金属製のコネクタが伸びてきて、パイロットスーツのジグを通して、わたしの首の後ろに設けられたジャックに突き刺さったのだ。ちょっとした灼熱感とピリッとした感覚とともに、わたしの肉体が物理的に機体と“繋がる”のを感じた。
 ネクスト特有の操縦機構であるAMS(アレゴリー・マニピュレイト・システム)。単純に言えば搭乗者と機体を物理・電子的に接続するというシステムで、搭乗者に極めてまれな、特異な知覚能力を要求する代わりに、超高速かつ超高精度、そして極めて複合的な機体制御を可能にするというものだ。
 リンクス(繋がる者)と呼ばれる人種にとっては必要不可欠なものであり、機械に繋がるという事もごく当たり前の事に過ぎないのだが、わたしはこのAMSに接続する瞬間というのが、少し苦手だった。機械の部品のひとつになる感覚というか、自身の境界が曖昧になるというか――あるいは単純に、金属と金属が擦れ合う感覚がイヤだというか。
 ……そういえば、わたしの同僚がこの時の感覚について話していた事があって、曰く「ケツにぶっといのを突っ込まれたような感じ」だとか――なんてコトを思い出して、思わず自分で赤面してしまう。あのセクハラオヤジ、つくづく碌な事を言わない。
 数瞬の灼熱感の後、AMSへの接続が完了。機体から送られてくる情報量が加速度的に増大していくにともなって、首筋に埋め込まれたジャックを中心として形容し難い異物感が全身を奔る。そうしてわたしという人間の五感がゆっくりと薄まっていき、代わりにもうひとつの五感とでも言うべきものがゆっくりと持ち上がってくる。わたしよりもずっと巨大で、鋼鉄の肌と燃える心臓を持った、もうひとつの肉体。ネクストからAMSを介して直接脳に流れ込む電気信号と、わたしの思考とが同調し始めたのだ。そうして、
『セットアップ完了。AMS接続レベル、九十パーセント。ジェネレーター稼働開始、エネルギー出力正常、コジマ粒子放出量問題なし。FCS(火器管制システム)の同調確認。メイン・バック・サイド・オーバード、各ブースター異常なし。全武装、セーフティロック解除。オールグリーン。メインシステム、戦闘モード起動します』
 統合制御システムの宣言とともに、ジェネレーター出力が最大レベルまで上昇し、機体のカメラアイが力強く輝く。それと並行してコアの粒子発生口から放出された緑色の光の粒が、極低温を維持するためのディムフロスト・コーティングを剥ぎ取りながら拡散し、機体各部の整波装置が発する磁場によって周囲に固定され、淡く輝く球状の防護膜――プライマル・アーマーとなって展開する。
 そうして、今やわたし自身となった重量二脚型ネクスト《メリーゲート》が、流れ行く薄い霧と緑色の燐光をその身にまといながら、高速で地上へと舞い降りていく。
「あれが、今回の協働相手か……」
 その最中、わたしは《メリーゲート》のカメラアイを右方向に巡らせ、同じようにプライマル・アーマーを展開しながら降下していく、もう一機のネクストを見た。
 砂色と焦げ茶色に塗り分けられ、左肩には月と狼のエンブレムが描かれた中量二脚機。マス・プロダクツ的な直線を描きながらも意匠的な、何処となく中世の騎士を思わせるデザインはローゼンタールの新鋭機《タイプ・ランセル》のものだが、胴体部のみアルゼブラの軽量コアに換装されており、背部に増設された棒状の大型スタビライザーと相まって、特徴的なフォルムになっている。
 武装は腕部に装備された機動戦用ライフルとレーザーブレードに加え、背部に散布型ミサイルと軽量型プラズマキャノン、肩にフレア・ディスペンサーを装備。異なる企業の製品が平然と混在する、ある意味で独立傭兵らしい機体構成だった。
 カラードランク31、《ストレイド》。リンクス名、Unknown。リンクス管理機構カラードにごく最近登録されたリンクスで、近年急速に増えつつある独立傭兵の中では、比較的有名な存在だった。
 理由は単純。質の低下が叫ばれる昨今の新人リンクスの中で、とくに優秀と目されているからだ。出撃したミッションこそまだ数えるほどだが、その全てを完璧に遂行。アームズフォートとの交戦経験もあり、今のところオーダーマッチにおいても負け知らずだという。
 また、このリンクスはミステリアスな人物像を持つ事でも知られていた。依頼の交渉などをもっぱら専属のオペレーターが代行し、本人が人前に出る事はないためであり、さらに作戦中も極端に無口で、年齢も性別すらも不明なのだという。カラードのリンクス登録時のデフォルトネームである“Unknown”が、皮肉にもぴったり当てはまる――そのような人物ではあった。
 とまあ前評判だけで判断するなら、優秀と言っても差し支えない。どのみち、噂通りの実力かどうかは、これから判断すればいいコトだ。
(カラードの新人の実力をチェックもして、アームズフォートの撃破もする――シンプルな任務じゃないね)
 内心でこっそりとため息をつくのを尻目に、そのまま二機のネクストは高度を落としていく。高度六千、五千五百、五千――そうして、高度四千メートルを切った頃、
『ミッション開始。プラント内のアルゼブラ部隊を全て排除する』
 降下中に通信回線から流れてくる、低く硬質な女の声。《ストレイド》のオペレーターで、名はたしか……セレン・ヘイズといったか。フランさんがその名前を妙に気にしていたので、こちらも印象に残っていたのだ。
『なおクライアントから、「徹底的に、かつ迅速に」との要望が出ている。手早く終わらせろよ』
 フィールドスキャン開始。メインカメラやサブカメラから得た立体複合的な情報と、背部の大型レーダードームが感知したレーダー反応を、統合制御システムがデータ解析。本来の視覚に擬似的な三次元映像が重なって、わたしの脳裏に映し出されていく。
 敵部隊の照合完了――前衛として展開しているのは、二脚型ノーマルAC《タイプ・ドレイク》が六機、同じく二脚型ノーマルの《セルジューク》が六機、そして廉価タイプの逆脚型MT《マムルーク》が十五機。さらにそれらに囲まれるように、自走式コンテナが二台配置されている。ここからでは判らないが、中になんらかの敵戦力が格納されていると見て間違いないだろう。
 まあ、これら自体は、ネクストにとって大した脅威ではない。ないのだが……その後ろに佇むものが大問題だった。
 平面と直線で構成された平べったい胴体と、それを前後から支える十数本もの太く長い脚。全身の大小無数の突起物が触角めいて生え、ぱっと見、ヤシガニか何かに見えなくもない特徴的なシルエット。
 黒い欺瞞塗装が施されているため、遠距離からでは細部までは判らないが、それでも胴体の各所にハリネズミのように搭載された多種多様な火器群が見て取れ、胴体下部には大型のコンテナまで抱えている。その中でもとくに目を引くのは胴体上部に鎮座する四基の三連装砲塔で、旧世紀の超弩級戦艦に匹敵するスケールのそれは、昨今の機動兵器が支配する戦場においてはあまりにもオーバースペック過ぎた。
 そしてなによりも、山のような――比喩ではなく、文字通りの意味で山のような巨体。全高三百メートル、全長一キロ超という機動兵器としては桁違いのサイズの前には、地平線の果てまで広がるこの農業プラントでさえも窮屈に見えてしまうほどだ。
 “それ”が何と呼ばれているか、わたしは知っていた。
「――アームズフォート」
 アームズフォートと呼ばれる兵器が登場したのは、リンクス戦争の直後である。
 その名の通り、リンクスすなわちネクスト戦力が互いの主力となったあの戦争において、多数のコロニーが壊滅したのみならず、六大企業と呼ばれたメガコングロマリット(超巨大複合企業体)そのものも多大な被害を被った。とくに六大企業のひとつ、レイレナード社を壊滅させたのは、たったひとりのリンクスの手によるものだったとも言われている。
 企業は、今まで主力であったネクスト戦力の固体依存性に危機感を覚えた。AMS適正という希少な才能ゆえに替えが利かず、なによりその圧倒的なまでの力を、たった一人の個人の判断に委ねるという危うさを恐れたのだ。
 そして、六大企業のひとつBFF社が秘密裏に開発していた巨大兵器をもとに、リンクス戦争後に同社を傘下に収めたGA社が完成させた新兵器が、このアームズフォートである。
 “要塞”の名が示す通りの桁違いの大きさによる、圧倒的な耐久性。
 莫大な積載量によって可能となった、大型でありながら多種多様な火器群。
 そして、それらを機動兵器として十全に稼働させる、過剰なまでのマン・パワー。
 これら全てを併せ持った新兵器アームズフォートは、登場するや否や瞬く間に戦場を席捲。今やネクストをも凌ぐ、地上最大の戦力として君臨している。
 また、生産と運用にかかるコストこそ絶望的なものの、アームズフォートはネクストと違って普通の人間でも操縦できるのが最大の利点とされており、一部の機体は大量生産すらなされている。そして、わたしたちの眼下に佇むそれも、その量産型アームズフォートの一種だったのだが――
『アームズフォート《ランドクラブ》を確認。やはり情報どおりだったが……二機もいるとはな』
 心底呆れたような口調で、『GAめ、だらしのないことだ』とストレイドのオペレーターがぼやく。
 そう、どう見ても、目の前にいるアームズフォートは二機だった。事前に通常軍から受けたブリーフィングでは、鹵獲された《ランドクラブ》は一機だけという話だったはずなのに。
『こちらでも確認したわ。《ランドクラブ》級アームズフォート、《クインシー》および《ヴィンセンス》。どちらもGA極東軍所属で、作戦行動中に大破、放棄されていたはずの機体ね。……まさか、こんなところで同時にお目にかかるとは思わなかったけれど』
 いっそ機械的ともとれるその口調は、フランさんもまた、《ストレイド》のオペレーターと同じ心境であることを伺わせた。……ていうか、たぶんキレてる。怖い。
「はあ……」
 短くため息をつく。通常軍には悪いが、今回ばかりはわたしも同感だった。いくら量産型とはいえ、虎の子のハズのアームズフォートをこうも簡単に奪われるのみならず、同じ企業内で情報の秘匿までやらかすだなんて、いくらなんでもいただけないと思う。
 ……本社の連中に一言言ってもらうよう、後でエンリケ部長あたりに頼んだほうがいいのかもしれない。もしもまかり間違って義父の耳に入ったりしたら、いろいろとまずい事になるだろうし。でもまあ、それも生きて帰ってこれたらの話だ。
『さて、どうする? さすがに二機となると少々やっかいだ。正面から行くのは愚の骨頂だが――』
「こちら《メリーゲート》。作戦を開始しましょう」
 なにやら面倒そうなコトを言いかけた《ストレイド》のオペレーターにかぶせるようにして言い放った後、《ストレイド》よりも先行して降下し、前面の敵をマルチロックしていく。イメージは、十六本もの蜘蛛の糸。しなやかで粘り気のあるそれらは、わたしのイメージのまま飛翔し、二つに分かたれると、敵部隊の中央にある二基の自走式コンテナに絡みついていき――
(行け!)
 頭のなかでトリガーを引く。《メリーゲート》の左背部に装備されたVLSが鎌首をもたげ、連続的に開いていくハッチから計十六発もの小型ミサイルが発射されていく。それらは空中でふたつの群れに分かれると、文字通り雨となって敵部隊の真ん中へと降り注ぎ、二機の自走式コンテナが中にいたであろう敵もろとも爆散する。先制攻撃、ひとまず成功といったところか。
「正面から行くわ。細かいのは性に合わないの」
 一方的に宣言して、武装をライフルと無反動砲に切り替えながら、ブースターを全開にして機体を前進させる。空中から突進していく《メリーゲート》に前衛部隊からの銃撃が集中し、何発かがプライマル・アーマーを掠めていく中、不意にフランさんが秘匿回線で話しかけてきた。
『……いいの? 装甲はこちらが上とはいえ、なにも率先して矢面に立たなくても……』
「いいのいいの。こうして尻でもひっぱたいてやらないと、アイツの実力なんて分からないでしょ?」
 手をぱたぱたと降りながら、こちらも秘匿回線で答える。
『……そう。貴女がそう言うのなら、そういう事にしておいてあげる』
「ん。心配してくれてありがと」
 そうしてわたしたちが内緒話を終える頃には、《ストレイド》側にも動きがあった。
『ちっ……ええい、お前も行け!』
 《ストレイド》のオペレーターが舌打ちひとつすると、罵声同然に前進の指示を出したのだ。最初は前衛部隊を上空から迂回しようとしていた《ストレイド》も、それに応じるように前進しつつ着地し、別方向から来た防衛部隊と銃撃戦を展開していった。ベース機とは異なり旧レイレナード製の高出力型ブースターを搭載しているためか、中量機としてはかなり速い。スピードと身軽さが身上の《セルジューク》相手に翻弄される事もなく、的確に機動戦用ライフルを斉射。“最も人の命を奪った銃”によく似た形状のライフルから放たれた徹甲弾の雨が、《セルジューク》や《マムルーク》を次々と鉄屑へと変えていく。
『GAめ、プラントごと潰す気か!』
『各機散開! 敵を包囲、殲滅するぞ!』
 一方、こちらのほうは前進していく機体を着地させ、敵前衛部隊と会敵したところだった。ブースターを噴かして散開しながら突進してくる《タイプ・ドレイク》は、ローゼンタール社製のノーマルで、平均的な性能の機体として知られている。数は六機で、武器はロングレンジライフルとシールド持ち、アサルトライフルとブレード持ちが半々といったところ。もう一方、離れたところからガシャガシャ歩いてくる《マムルーク》はアルゼブラ製のMT(マッスル・トレーサー)。武装は貧弱で、今や数合わせのような存在だ。八機という数も問題になりはしない。
 後衛の《マムルーク》がライフル砲を乱射する中、左右に展開した《タイプ・ドレイク》がそれぞれの武器を撃ち放ってくる。三方向から放たれる銃弾の雨の中、通常であれば逃げ道はない。が、
「無駄よ」
 その程度の攻撃など、わたしの《メリーゲート》には通用しない。敵の銃弾をあえて無視し、右手のライフルで接近してくる《タイプ・ドレイク》に狙いを定め、発砲。フルオートで連射された対ネクスト用重徹甲弾が瞬く間に一機のノーマルを蜂の巣に変えたのに対して、敵弾のほうはというと、機体の周囲に展開するプライマル・アーマー――高濃度に圧縮されたコジマ粒子に次々と激突し、そのすべてが稲光めいた輝きとともに火花を散らして飛び散っていく。《メリーゲート》本体には傷ひとつない。
『ザイードが殺られた! 畜生っ!』
『プライマル・アーマーだ! まずはプライマル・アーマーを減衰させ……うわあああっ!?』
 向こうの攻撃が通用せず、相手が浮足立っている間にもう一機の腰部をライフルで撃ち抜き、行動不能にする。そんな一方的な状況に焦れたのか、左側から一機の《タイプ・ドレイク》が突攻をしかけてくる。こちらのライフルに右腕と頭部を削がれながらもなんとか《メリーゲート》の至近距離まで接近し、左腕のレーザーブレードを振りかぶって――そこに左腕の無反動砲を撃ち込む。大口径成形炸薬弾の直撃を受けた《タイプ・ドレイク》は胴体に深々とした大穴を穿ち、次の瞬間ジェネレーターが誘爆、手足ごとばらばらになってしまっていた。
『う、うかつに近づくな! 各機、距離をとって交戦しろ!』
 今ので恐れをなしたのか、残った敵は離れた位置からひたすらに撃ってくるだけだ。そんなものがそうそう当たるはずもない。通常のブースト機動だけで銃弾を回避しつつ、右往左往している敵にライフルと無反動砲を撃ち込み、一方的に撃破していく。そうして《メリーゲート》が襲い来る敵機を壊滅させた頃には、《ストレイド》のほうも既に別動隊を片付けていた。
 ノーマルやMT程度、敵ですらない。元よりネクストとはそういうものだ。だから、ネクストを倒せるのは同じネクストか、もしくは――
『敵砲撃、来るぞ! 回避しろ!』
「……っ!」
 突如割って入った通信に、二機のネクストが咄嗟にクイックブーストで急速転進。通常ブーストとは異なる爆発的な推力が機体を跳ねるように移動させたその直後、さっきまで立っていた地面が広範囲にわたってごっそりと爆ぜていた。ネクストのそれをはるかに上回る大火力による砲撃。前衛部隊の十数キロ後方にいた《ランドクラブ》からの長距離射撃だった。
『……なるほど。量産型とはいえアームズフォートという事か』
 《ストレイド》のオペレーターが少しは見直した、とでも言わんばかりに呟く。《ランドクラブ》の主砲弾の直撃によって、《メリーゲート》と《ストレイド》がいたあたりの地面は、直径数十メートルの巨大なクレーターとなって抉り取られている。これほどの威力となればネクストのプライマル・アーマーでも防ぎきれるものではない。この距離で直撃を喰らえば、実弾防御に特化したGA製ネクストですら致命傷。まして装甲の薄い《ストレイド》では、即大破は避けられないだろう。
『敵の主砲は非常に強力だ。主砲の射線に入らぬよう、死角から回り込め。懐に潜り込めば、奴の主砲は無力化するはずだ』
 《ストレイド》のオペレーターの立てた作戦は実に単純明快だったが、同時に決して簡単なものでもなかった。
 《ランドクラブ》に搭載されたレーダーの索敵範囲はネクストのそれよりもはるかに広範囲であり、主砲の射程距離は言うに及ばず。さらに機体上部に四箇所設置された三連装砲塔を始め、副兵装の対空ミサイルや重機関砲といったありとあらゆる火器が、それぞれ独立して照準・射撃を行えるため、どの方向から敵が来たとしても対応できるようになっている。実質、死角などないに等しいのだ。
 その構造上、足元まで接近できればたしかに安全ではあるのだが、そこに入るまでは十数キロにわたって敵の猛烈な集中砲火を潜り抜けなければならない。いくら《ストレイド》の機動性が高いとはいえ、正攻法で行くにはあまりにもリスクが高すぎる。
 ――なら、答えはシンプルだ。死角がないなら、こっちが死角を作ってやればいい。
「《ストレイド》のリンクスさん。聞こえてる?」
『…………?』
 こちらの呼びかけに、《ストレイド》のリンクスが訝しげな気配を返してくる。それに、
「わたしが正面から行って、囮になるわ。こっちが攻撃を引き付けている間に、奥のやつから撃破していって」
 こちらが思いついた作戦を説明する。敵が《メリーゲート》に集中している隙に、機動性に優れた《ストレイド》が一気に接近し、叩く。囮役の危険は大きいが、堅牢な《メリーゲート》なら、距離と当たり所次第ではあるが主砲弾にも耐えられる。二機揃って一斉に突撃するよりも、きっと勝算は高いはずだ。
 ――それに、これは《ストレイド》に対する試金石でもある。相手が二機とはいえ、味方の支援がある状態で量産型アームズフォートの相手もこなせないようでは、どのみちリンクスとして生きていく事などできはしないのだから。
『むう……』
 《ストレイド》のオペレーターがどこか不満げに呻くが、さりとて他に有効な代案があるわけでもないようだった。なら、決まりだ。
「上手く盾にしてね。そのための重量機よ」
 機体を《ランドクラブ》に向けさせつつ言ったわたしの言葉に、《ストレイド》のカメラアイがこちらを向いた。バイザーの奥で赤く輝く複眼が、こちらを値踏みするように見据えてくる。一瞬、それに奇妙な既視感を感じて――
『…………』
 数秒後、無言で転進した《ストレイド》は、農場プラントを離脱し、周辺の丘陵地帯に身を隠すように移動していく。その後ろ姿を見送った後、わたしは《メリーゲート》を前進させ、こちらの射程まで距離を詰めていった。
「さ~て、それじゃあ……」
 左の武装を無反動砲から背中の垂直型ミサイルランチャーに切り替え、同時に両肩のミサイルポッドを起動。コンテナめいた大型のミサイルポッドのハッチが、がぱり、と開き、
「行くよっ!」
 背部の垂直式ミサイルランチャーと合わせて、都合八十発もの小型ミサイルが次々と放たれていった。断続的に発射されていく小型ミサイルの噴煙が瞬く間に視界を埋め尽くし、手前側の《ランドクラブ》に殺到。胴体上部や脚部に次々と着弾したミサイルが、爆炎と黒煙とを噴き上がらせる。
 《メリーゲート》が背中と肩に装備する多連装ミサイルは、大量の誘導弾を連続してばら撒いていくため、純粋な破壊力もさる事ながら視覚的な撹乱効果も高い。ようするに、とても派手なのだ。それもあってか、向こうの注意は完全にこちらに向いているようで、二機の《ランドクラブ》が《メリーゲート》に正面を向けて、容赦なく砲弾の雨を降らせてくる。
「おっ、と……!」
 左に、前に、とジグザグにクイックブーストを噴かして、迫る砲弾を危なげなく回避していく。もちろんそうしながらも攻撃の手を緩めず、手前の《ランドクラブ》を遮蔽物にするように動き、後方の《ランドクラブ》からの砲撃を抑止するのも忘れない。
 機体周辺の麦畑が掘り返され、ネクストのグレネードキャノンに匹敵する規模の爆炎が巻き起こっていくが、《メリーゲート》にダメージらしいダメージはなく、せいぜいプライマル・アーマーが陽炎のように揺らいでいくだけ。それに対してこちらは攻撃を着実に回避しながら、背部と両肩のミサイルを手前の《ランドクラブ》めがけて撃ち込んでいく。その巨体の各所から迎撃のミサイルや対空砲火が上がり、こちらのミサイルの数を減じさせていくが、残った数十発が手前の《ランドクラブ》の機体上部に着弾。三連装砲塔を一基、破壊するのに成功していた。
「よし! ……っと、なに……?」
 主砲の破壊を喜んだのも束の間、怪訝な顔になる。リロードのためか、それとも噴き上げる爆炎でこちらを見失ったのか、二機の《ランドクラブ》の砲撃が止んだのだ。これは好機か、それとも誘い玉か……なんにせよ、《メリーゲート》の機動性ではうかつに近づくわけにもいかない。
 そうして十数秒後、手前の《ランドクラブ》の周囲から無数の白煙が上がっていく。よくよく見てみれば、《ランドクラブ》の足元に無数の《マムルーク》がおり、そこから多数のロケット弾がこちらに向けて放たれたのだ。今までアームズフォートの圧倒的な巨体と熱源に紛れて気が付かなかったが、その周囲に多数のレーダー反応がある。そして、手前の《ランドクラブ》の左舷で降下・展開しているふたつのコンテナも。おそらくは、そこから増援の機体を出してきたのだろう。
 無誘導ロケット砲はその名の通りロックオン不可だが、そのぶん射程と威力においてミサイルに勝る。MTレベルのものであればさして脅威ではないが、無駄に喰らうわけにもいかない。機体を右方向にブースト移動させて予測着弾地点から避難して――その時、レーダーに映ったロケット弾の反応に紛れるようにして、比較的速い速度でこちらに迫る反応に気がついた。
(なんだ……?)
 《マムルーク》にしては足が速く、小さい。ブースト機動している様子もない。ロケットの数が多すぎるため判別が難しいが、相当数がいるようだ。
 ロケット弾の群れが手前の地面に着弾し、次々と火柱を上げる。その奥で一輪車めいた白く小さなボディが見え――そこから白煙の尾を引いて、数えきれない数のなにかが上空めがけて打ち上げられた。小さなボディには似つかわしくない大型の、槍のようにも見える細長い刃の群れ。それらは上空で弧を描くと、こちらめがけてまっすぐに降り注いでくる。
「これは……!?」
 文字通りの槍ぶすまとなって襲いかかる、細長い刃の群れ。連続でクイックブーストを噴かし、着弾範囲から逃れようとするも、そのうちの一本がプライマル・アーマーと接触して激しい火花を散らし、弾かれる事もなくそのままの勢いで突き抜けてきた。とっさに身をよじり、直撃だけは回避したものの、槍状の物体は足元の地面に突き刺さり――数瞬の後、青白い閃光が奔った。槍状の物体の後部が展開し、そこから発した無数の電光が、《メリーゲート》の全身を蛇のように這い回っていたのだ。
「――っ、あぁああああああああああっ!?」
 全身に奔った激痛に悲鳴を上げる。神経が焼かれていくかのような灼熱感と、脳内に瞬く負荷電流のアラートサイン。電子機器の塊であるネクストにとって、そして機体と直結したリンクスにとっても致命的な高圧電流のスパークが吹き荒れ、周囲を青白く染め上げていった。
「い、いったいなにが……!?」
 ブースターを全開にし、電流の範囲からなんとか機体を離脱させながら周囲を見渡すと、こっちが身悶えているうちに忍び寄ったのか、《メリーゲート》の周囲を旋回する、無数の小型の機体。ローターのない戦闘ヘリのようなシルエットに、下から生えた一輪のタイヤ。そして機体後部にずらりと並んだ槍状の物体。見た事のない機体だ。
『アルゼブラ製車両型MT、《シャウラー》を確認!』
 フランさんが軽快なタイピング音とともにデータを送信してくる。機体の統合制御システムを介して視界に小型のウィンドウが開かれ、一輪車型のMTのCG画像が表示された。GA社のデータバンクにも情報が少ないのか、各種データに抜けが多い。機体概要によればリンクス戦争の一時期にのみ実戦投入された、旧式の試作兵器――
『アレの放つジャベリンは質量兵器の一種で、プライマル・アーマーを容易に貫通するわ。昔はただそれだけのものだったけれど、アルゼブラはそれに放電機能を仕込んだようね』
「質量兵器? どうりで!」
 フランさんの解説に悪態混じりで答える。
 高濃度コジマ粒子を周囲に展開し、堅牢な防護膜とするプライマル・アーマー。一見無敵に思えるこの防御機構にも欠点はある。ひとつは高初速の徹甲弾やレーザービームなどの貫通力の高い攻撃で、貫通力次第では威力を殺しきれずに貫通されてしまう。そしてもうひとつは単純な大質量による攻撃で、相応の質量をもった物体――たとえばノーマルの腕とかであれば、多少運動エネルギーを削いだとしても、やはり防ぎきれずにぶち抜かれてしまう。昔から近接攻撃がネクストに有効とされてきたのは、そういう理屈なのだ。
 だからといって、機動戦主体の昨今において、無誘導の曲射兵装など通常であれば積むわけがない。普通の敵を仕留めるのであれば、普通にミサイルでも積めばいいのだから。
 つまりこいつらは、初めからすべての汎用性を捨てて、ただただネクストを倒すためだけに作られた特化機体――!
「ええい、まとわりつくな!」
 周囲の敵を睨み、トリガーを引く。ライフルの火線が舐めるように伸び、旋回するシャなんとかいう敵を一機、また一機と捉えていく。装甲は薄いらしく、あっという間に火だるまになった機体が地面を転がっていくが、多勢に無勢。車両型MTは猟犬めいてわらわらと追いすがると、断続的にジャベリンを降り注がせてくる。放物線を描く質量兵器は狙いこそ甘いものの、数の利を生かして面で制圧してくる。重量級ネクストの機動性でこの数の攻撃を躱しきるのは不可能だった。
「――っ! あ、ぐぅっ!」
 ひとつ、またひとつとジャベリンが突き刺さり、プラズマ化した高圧電流が機体に、そしてAMSを通じてわたし自身に襲いかかる。神経を焼く激痛に体ががくがくと震え、視界を充血とアラートとが赤く染め上げていく。
(くそっ! 不味いわね、これは……!)
 このまま喰らい続ければ、いつ機体や武装が支障をきたすか分からないし、なによりも激痛とともにAMSからのフィードバック・ダメージがわたしの脳にどんどん蓄積されていく。そうなれば、いずれ待っているのは脳死という最悪の最期だ。
 ここは陽動を放棄して、いったん後ろに下がって態勢を立て直すべきか。でもそれだと敵中深くに潜り込んだ《ストレイド》にも危険がおよぶし、どうすれば――そんな後ろ向きな思考が頭をよぎった刹那、
『危険よ! 退避して!』
 フランさんの切迫した声に、はっ、と意識が覚醒する。俯き加減だった頭部を起こして前を見れば、そこにはこちらに三連装砲を向けた、二機の《ランドクラブ》。の巨体。しかも、さっきよりも距離が近い。
(誘いこまれた……!?)
 気づいた時には遅かった。片舷二基の二機分、計十二発もの超重砲弾がこちらを包みこむかのように迫り来る。左に右にクイックブーストして、迫り来る砲弾を一発、また一発と回避していく。数発の砲弾がプライマル・アーマーを掠め、ごっそりと抉り取っていく。ジェネレーターのコンデンサ容量が底をつき、左右から迫る砲弾をなんとか身をよじって回避し――刹那、眼前の視界を埋め尽くすかのように迫る、最後の砲弾を見た。
 ぞわり、と背筋が凍る。直撃コース。距離が近すぎる。プライマル・アーマーは崩壊寸前。今からクイックブーストしたとしても避けられない――けど!
「GAを……舐めるなぁっ!!」
 咆哮とともにメインブースターを全開にして――次の瞬間、凄まじい衝撃がわたしの全身を貫いた。

 
 

 ――一方その頃、《ランドクラブ》級アームズフォート、《クインシー》のメインブリッジにて。

「主砲の着弾を確認。敵ネクスト反応、爆炎により確認できません」
 よく通る声で告げてきたのは、索敵担当のインド系女性オペレーターだった。
「索敵を続けろ、もう一匹いるからな。上空のハエどもにも目を光らせておけ」
 こちらの指示に、「はっ」と返した女性オペレーターを一瞥すらせず、艦長は正面上のメインモニターを睨みつけていた。
 メインモニターにはもうもうと立ち込める黒煙と、野火めいて焼かれる麦畑。だが十数秒前には、緑色のネクストにこちらの主砲弾が直撃し、爆炎に包まれるさまがはっきりと映し出されていたのだ。クルーの中には歓声を上げた者すらいたものだった。
 これが戦闘中でなければ、繰り返しで見られたものを――口髭を生やした浅黒い顔に残忍な笑みを浮かべると、艦長は満足げにブリッジ内を見回した。
 GA製の兵器の常として無駄に広々とした造りになっているこのメインブリッジには、数十人からなるアルゼブラ社のスタッフが詰めている。艦長と同じ中東系もいれば多数派を占める東南アジア系もいる。大陸北部のロシア系アングロサクソンも、極東のモンゴロイド系もいる。この《ランドクラブ》内にいる数百という兵員の中には聞いたことのない少数民族すらおり、まさしく人種の坩堝という表現が相応しい。この支配人種の多種多様さが、アルゼブラ社というメガコングロマリットの特色であった。
 ようやくここまで来た。そんな思いとともに艦長は己のこれまでを振り返っていた。アルゼブラ通常軍の軍人を勤め上げる事、十数年。長年にわたる忠節と苦節の末、ようやくこのような巨大兵器の艦長を任せられるまでになり、着任早々にしてそれに相応しい戦果を――それもあの忌々しいネクストを討ち取るという大戦果を上げたのだ。これが痛快でないわけがない。
「ふん、GAめ。通常戦力の次は、僅かばかりのネクスト戦力とはな」
「はっ。我が大アルゼブラも舐められたものでありますな」
 内心を取り繕うための呟きに、副官を努める中華系の男性が合いの手を入れてくる。
「《シャウラー》改良型の戦果はなかなかのものでした。これならば全面的な実戦配備も遠くないかと思われますが……それにしても、凄いものですね。アームズフォートというのは」
「うむ。今まではさんざん好き勝手暴れられてきたが、それもここまでだ。忌々しい山猫どもめが」
 リンクスという人種に対する蔑称をあえて使い、答える艦長の胸中には、かつてのリンクス戦争の苦い記憶が蘇っていた。ネクストによって僚機が次々と屠られる恐怖や、自身のノーマルを破壊され負傷した時の苦痛。そしてコジマ粒子に汚染された戦場を這いつくばるようにして逃げ回った屈辱――
 それが、今はどうだ。アームズフォートの圧倒的な力を前にしては、あの忌々しいネクストがまるでゴミのようだ。憎むべきGAの兵器を任せられるというのは少々癪だったが、今やそれすら痛快に思える。
「見ておれよ、山猫どもめ。同志たちを虫けらのように殺してきたその報い、身をもって償わせてやる……!」
 手始めは、まず目の前の、もう一機のネクストだ。ネクスト二機という戦果をもってすれば、上層部にアームズフォートの有用性を納得させられるだろう。我らが大アルゼブラの叡智と総力をもってすれば、新型アームズフォートを開発するなり、既存の機体を改良していくなど容易い事。なんなら、今回のように敵の機体を鹵獲して使ってもいい。そうして、もっともっと保有するアームズフォートの数を増やしていって――
(ローディーも、有澤も、ウォルコットも。GAに与するリンクスというリンクスを皆殺しにしてやる。そうしたら次は忌々しいカラードのリンクスどもだ。ネクスト戦力など所詮は過去の遺物、全て滅ぼしてしまえばよいのだ……!)
 そんな愉悦めいた思考は、しかし、突如として爆炎の中から伸びた無数の白煙によって打ち消された。
「なんだ!?」
 メインモニターをそちらに向けさせる。上空に向かって伸びた白線は途中で枝分かれし、十数発ものミサイルとなって映し出された。それらは螺旋めいた軌道を描きながらメインモニターに大写しとなり――次の瞬間、メインブリッジを轟音が揺るがした。
「第三砲塔より報告! 敵ミサイルが直撃、使用不能です!」
 損害状況を報告するオペレーターに、艦長は思わず舌打ちをした。
「あれしきの数のミサイルで……! 対空監視、なにをやっていた!?」
「それが……」
 艦長の叱責に、対空火器の統合制御を担当するオペレーターが答える。言っている自分自身でも信じられないというような口調で。
「監視要員からの報告では、敵ミサイルがこちらの対空砲火を避けるような挙動を見せた、と……」
「な、に……?」
 艦長は呆然とした声を上げた。オペレーターがなにを言っているのか理解できなかったのだ。ミサイルが避けた? こちらの迎撃を察知して軌道を曲げた? FCSの自動プログラミングに従って、ただ突き進むだけの誘導弾頭が?
 そんな馬鹿な、と叫びかかった艦長の声は、しかし途中で遮られる事になる。先ほどの女性オペレーターが、悲鳴同然に叫んだからだ。
「敵ネクスト、稼働しています!」
 艦長が弾かれたようにメインモニターを見る。その目に映ったのは、胴体部の装甲板に深々と大穴を穿ったまま、両手に持った銃器で周囲の《シャウラー》を屠っていく緑色のネクストの姿――
「まさか……装甲が厚い部分で受けてみせたとでもいうのか!?」
 艦長はぞわり、と背筋が震えるのを感じた。
 プライマル・アーマーがあったとはいえ、あんな十メートル程度のちっぽけなマシンが、この《ランドクラブ》の主砲弾に耐えるだと? そんな馬鹿な――いや、相手は実弾防御に特化したGAの重量級ネクストだ。あり得ぬ話ではないかもしれない。
 だが、耐久性の問題はともかく、実際にそんな事ができるのか? 《ランドクラブ》の主砲の弾速は音速をゆうに超える。あの距離、あの位置となれば、判断に有する時間はコンマ数秒というレベルではない。人間が剣を盾で受けるのとはわけが違うのだ。相対距離、移動速度、タイミング。なにか少しでも見誤れば、動力部やコックピットを直撃していたかもしれないというのに――!
(あの一瞬でそんな判断ができたはずがない! ただの偶然だ! ただの人間に、そんな事ができるはずが……!)
 生じた懸念を振り切り、艦長は声を張り上げる。
「た、待機中の戦力を全て出せ! 直掩の機体も攻撃に回らせろ! 撃って撃って撃ちまくれ!」
 わめきたてる艦長にも、そしてメインブリッジ内の全クルーの胸中にも、先ほどまでの高揚などもはや存在しない。あるのはただひとつ、眼前の得体のしれない敵への恐怖だけだった。

 
 

「いったた……! あー、後でコレ、痣になるかも……!」
 コックピットの中で、強かに打ちつけた頭をさすりながら、わたしは《メリーゲート》の状況を確認した。AP(アーマーポイント)五十パーセント低下。ジェネレーターのコンデンサ容量全回復。プライマル・アーマーは再展開済み。ぶ厚い胸部装甲板は半ば以上割れ、その下の合成樹脂繊維層も断裂してはいるが、戦闘そのものに支障はない。まだいける!
「お返しよ!」
 FCSの並列処理能力を生かし、両手の銃でそれぞれ異なる敵を狙い撃ちながら、機体を旋回させる。ライフルと無反動砲から伸びた火線が、次々と車両型MTを捉え、爆散させていく。こちらを仕留めたと思って安心していたのか、敵の動きは鈍く――機体が一周し、ライフルのマガジンが空になる頃には、あれだけいた車両型MTは一機もいなくなっていた。
「電気ビリビリで敵を倒せたヤツは……歴史上存在しないのよ!」
『……なにそれ? カートゥーンかなにかの台詞?』
 マガジンに残弾を装填しながらの決め台詞に、呆れたような口調でフランさんが突っ込んでくる。そうしながらも《ランドクラブ》の砲門の向きや、残敵の位置などを次々と送ってくれるのはさすがと言うべきか。
 とりあえず、あのシャなんとかいう敵は全滅させた。最初にいた《タイプ・ドレイク》と《セルジューク》はさっきの戦闘で全て撃破したし、《マムルーク》も近場のやつはだいたい片付いている。ただ、《ランドクラブ》胴体側面のコンテナに動きがある。もしもまたあれが出てきたら厄介だ。
 機体を後退させながら両肩の連動式ミサイルポッドを作動させ、背部の垂直発射式ミサイルランチャーを撃ち放つ。迎撃の対空ミサイルが断続的に放たれ、重機関砲の群れが曳光弾のラインを踊らせる。八十発のうち半数近いミサイルがそれによって撃墜されたが、残った分だけでも目的を達するには十分で、次々と咲き誇った爆発の華が消える頃には、《ランドクラブ》右舷の対空火器群が広い範囲にわたって失われ、降下中だったコンテナも両方とも火だるまになって地に落ちていた。
「よし! ……っと!」
 戦果を喜ぶ間もなく、もう一機の《ランドクラブ》から飛んできた砲弾を、クイックブーストで回避する。敵の動きを見てみれば、奥の《ランドクラブ》が射線を通そうと農業プラント外縁の山のほうに移動していく一方、手前のほうは火力が低下した状態で相対するのを嫌ったのか、こちらに正面を向けようとしていた。再び奥の《ランドクラブ》の射線を遮るべく動いていく間に、十数本の脚を使って意外と早く回頭した手前の《ランドクラブ》から、再び二基分の主砲弾が雨あられと浴びせられてくる。
「ちいっ……、いだっ!?」
 クイックブーストでジグザグに回避していき――瞬間、《メリーゲート》の巨体が大きく揺るがされる。避けるタイミングが甘かったのか、一発、右脚部に貰ってしまったのだ。右足にぶん殴られたかのような痛みが奔る。AMSからのフィードバック・ダメージ。だがこの感じなら、大した事はない。少し遅れて送られてきた統合制御システムからの報告も、右脚の装甲板が損傷しただけで、アクチュエータ複雑系にも推進系にも支障はない、というものだった。
 ……別に自社の製品を悪く言うつもりはないが、やはりアームズフォートとはいえ量産型。この距離で落ち着いて戦うぶんには、プライマル・アーマーやこちらの装甲の厚さもあって、そうそうやられる事はないだろう。
 とはいえ、致命打を与えられないのはこちらも同じで、遠距離からライフルや無反動砲を撃ち込んだり、小型ミサイルを垂れ流したりしたところで、圧倒的な耐久力を誇る《ランドクラブ》相手にそうそう効くものでもない。さっきみたいに武装を潰すぐらいがせいぜいだ。
 互いに決定打を欠いた、だが確実に相手が有利なパワーゲーム。このまま真正面から殴り合っている以上は、いずれ物量に劣るこちらが負ける。それが本来のネクストとアームズフォートとの力関係であり、相手もそれを分かっているから、必要以上に動こうとしないのだろう。
 ――だから、こちらもこのままでいい。元より、こちらは時間さえ稼げればそれでいいのだから。
『――!? おい、こっちから来たぞ!』
 そうして、不毛な削り合いが続く事、一分弱。連中が反対側の丘陵の影から姿を現した《ストレイド》に気付いた頃には、すでに手遅れだった。
 丘陵の頂から勢いよく跳躍した《ストレイド》。その背部装甲板が展開し、そこから覗いた大型のブースターから、甲高い音を伴って緑色の光の奔流が吐き出されていく。ジェネレーターから専用の推進機関へとコジマ粒子を直接供給し、圧縮反応させることで爆発的な推進力とする、オーバードブーストと呼ばれるネクスト特有の特殊機構だ。
 次の瞬間、一気に亜音速まで加速した《ストレイド》は、恐慌状態に陥りライフル砲をめくら撃ちする《マムルーク》の群れを嘲笑うかのようにすり抜け、わたしから見て奥のほうにいた《ランドクラブ》へと突進していく。
 丘陵の近くにいたのが災いしたのか、奥の《ランドクラブ》は主砲を向ける暇すらなかった。ロックオンもそこそこに放たれたミサイルの群れが弾幕となって殺到し、あとを追うようにして重機関砲の火線が地面を舐めていくが、地面すれすれを飛行していた《ストレイド》は一瞬だけ下降すると、両脚で地面を蹴りながらクイックブースト。あり得ないと表現するべき勢いで跳躍し、迫り来る弾幕をすべて飛び越えてみせた。
『やらせるか!』
 それを迎え撃とうと、直掩のノーマル部隊が動き出した。後方の《セルジューク》二機が地上からショットガンやアサルトライフルを乱射する一方、もう一機が跳躍。軽量機ならではの機動性で機体を割り込ませると、相討ち覚悟で左腕の物理ブレードを構える。腕を突き出す動作とともに、重量級ネクストの装甲をもぶち抜く超硬合金製の杭が射出され――それよりも一瞬早く、《ストレイド》がレーザーブレードを一閃。左腕の発振器から太く短い紫色の光刃が展開し、膨大な熱量をもって物理ブレードの刀身ごと《セルジューク》の胴体を両断した。
『……カ、な――!』
 断末魔のノイズを残して爆発四散する《セルジューク》を突き抜けた《ストレイド》は、オーバードブーストの勢いそのままに《ランドクラブ》に肉薄すると、再展開したレーザーブレードを裂帛の気合とともに叩きつけた。
『…………!』
 GA社が誇るぶ厚い多層複合装甲が貫かれ、バターのように溶断されていく。液体化した重金属が弧を描いて飛び散り、露わになった内部機構が青白い火花を咲かせていった。
 側面に張り付いた《ストレイド》を追い払おうと、《ランドクラブ》の側面から大量のミサイルが放たれる。だが、《ストレイド》は肩のフレア・ディスペンサーから大量の熱源をばら撒いてミサイルの軌道を逸らすと、お返しとばかりに背中の武装を同時発射。臨界状態まで加速・圧縮されたプラズマ弾体が極太の光条となって《ランドクラブ》の装甲の亀裂に叩き込まれ、数瞬遅れて飛来した十数発もの小型ミサイルが融解した構造物を破砕する。
 内側から焼かれ、盛大に火柱を噴き上げた《ランドクラブ》が、狂ったように脚をよじり、各所の砲台を乱射していく。だが、そんなものは《ストレイド》の前では無意味だった。対空ミサイルは距離が近すぎて誘導性能を発揮できず、近接攻撃用の重機関砲もそのほとんどが回避され、主兵装の三連装砲にいたってはそもそも射界に捉える事すらできていない。
 圧倒的なまでの火力と耐久性を合わせ持つ一方で、その巨大さ故に小回りが利かず、懐に入られると脆い。それがアームズフォートという兵器の欠点だ。もはや反撃はおろか、逃げる事さえままならない《ランドクラブ》に、機動性を活かして執拗に攻撃を加えていく《ストレイド》。その姿はまさに獲物に喰らいつき、蹂躙する肉食獣そのものだった。
 そうして、何回目の攻撃の直後、
『そ、総員退避! 退避し、――――』
 漏れ出る内部通信に強いノイズが走ったと思った刹那、ついにジェネレーターが破壊されたのか、巨大な火柱と轟音を伴って、《ランドクラブ》の胴体部が内側からめくれ上がった。焼け焦げた装甲板や構造物が周囲にばら撒かれ、逃げ遅れた《マムルーク》が次々と押し潰されていく。そうして後に残ったのは、大量の焼け爛れた金属の塊と、支えていたものを失って立ち尽くす《ランドクラブ》の脚部だけだった。
『《ヴィンセンス》、撃破! 周辺の敵への被害甚大!』
『よぅし、あと一機だ。手早く片付けるぞ!』
 ふたりのオペレーターが戦況を報告していく中、標的を仕留めた《ストレイド》は即座に転進し、そのままもう一機の《ランドクラブ》へと向かっていく。
 先ほどの凄惨な光景を見ていたせいか、敵の反応は素早かった。もう一機の《ランドクラブ》が、残ったすべての主砲を《ストレイド》に向けて発射。さらに側面から大量のミサイルや機銃弾が放たれ、濃密な弾幕となって迫っていく。
『…………!』
 《ストレイド》は左右へのクイックブーストで上手く回避してはいるが、やはり圧倒的な物量を前にして、そう簡単に近づけるものでもないらしく、じりじりと後退していくのが見える。しかも直掩のノーマルやMTが、爆炎に巻き込まれるのも構わずにじりじりと距離を詰めてきていた。敵も必死のようだ。
 ――まずい。あそこまで距離が近いと、そうそう回避もままならない上に、装甲が厚いとはいえない《ストレイド》では、主砲を一発喰らっただけでも致命傷になりかねない。
「すぐそっちに向かうわ! それまで持ちこたえて!」
 通信回線に叫び、オーバードブーストを起動。数秒間のチャージ音の後、一気に加速、跳躍した《メリーゲート》は、即座にその射程に目標を捉えた。遠くでランドクラブの砲台が一門こちらを向くのが見える。先ほどまで戦って思っていた事だが、こちらの《ランドクラブ》、さっきのもう一機とは違って明らかに対応が素早い。おそらくは質の良いクルーがいるのだろうが、だからと言ってここで躊躇するわけにはいかない。
 高速で突進しながらロックオンを完了させ、背部と両肩のミサイルを同時発射。オーバードブーストによって高初速を与えられた小型ミサイルの群れが、通常をはるかに超える速度でランドクラブに殺到していく。
『敵主砲、ロックオン完了! 回避して、今すぐ!』
 その時、フランさんの警告が聞こえて、それから一瞬遅れて砲弾が発射される。だが、まだ遠い。オーバードブーストの圧倒的な推力を横方向に傾け、回避。三発すべてが少し離れたところを素通りし、はるか後方の地面を吹き飛ばしていく。その間にもミサイルの弾幕を張りながら、《メリーゲート》は敵を飛び越えんとする勢いでランドクラブに接近していった。
 この速度から発射された以上、たかが小型ミサイルといえどもその威力は馬鹿にならなくなる。音速の嚆矢となったミサイルの集中砲火を叩き込まれ、手前にある主砲が周囲の装甲板もろとも弾け飛び、巨大な火柱が噴き上がった。
 そうして敵の攻撃を突破し、《ランドクラブ》の上部に飛び移ろうとした、まさにその瞬間に見えたのは、こちらにピタリと照準を合わせている、最後に残った三連装砲塔だった。
 呼吸が止まる。瞳孔が開き、血の気が引いていくのが分かる。
 敵の作戦は元より二段構え。最初の主砲で仕留められればよし。それができなければ、こうして二機目の主砲を叩き込んで、確実に仕留めようという腹か。だが、
「――見え透いた、手を……!」
 激発する思考とともに右肩のサイドブースターから巨大な噴射炎が爆ぜ、鈍重なはずの《メリーゲート》が瞬間移動さながらの速度で飛翔する。
 ブースターのリミッターを強制的に解除しての、クイックブースト・ダブルアクセル。通常のクイックブーストのそれをはるかに上回るGと、限界を超えた機体を制御する事による強烈な精神負荷に、ぎり、と奥歯を噛み締め、耐える。
 だが、その甲斐あってか、ギリギリのところでコアへの直撃だけは避けられた。至近距離から発射された大口径の長重砲弾によって右腕の肘から先がもぎ取られ、オーバードブーストで綻びかけていたプライマル・アーマーも完全に霧散してしまったものの、《メリーゲート》の動きそのものに支障はない。
 さすがに《ランドクラブ》のほうもこれを避けられるとは思っていなかったのか、最後の主砲が、クイックブーストの勢いのまま回り込もうとする《メリーゲート》を捉えようと、懸命に旋回し――次の瞬間、青白い極太の光条がこれを直撃し、動きを止めさせていた。
 無論、《メリーゲート》のものではない。とっさにカメラを向けると、そこに見えたのは、左背部のプラズマキャノンをこちらに向ける砂色の機影だった。
(助けてくれた……?)
 そう思考したのも一瞬、即座に《ランドクラブ》から重機関砲が放たれる。だがそれを《ストレイド》は身を捻って避けると、大地を蹴りながらブースターを全開にし、一気に上昇。そのままの勢いで《ランドクラブ》に飛び移ると、崖を登るカモシカめいた動きで駆け上がり、半壊状態のままそれでもこちらを捉えようとしていた最後の主砲を、レーザーブレードで両断していた。
 ともあれ、これで主砲はすべて破壊。ヤツの脅威は半減した。あとは、相手が混乱している今のうちに、確実にトドメを刺すだけだ。
 相手は圧倒的な耐久性を誇るアームズフォート。そうそう簡単に陥とせるわけがない。でも、他の連中ならともかく、わたしは開発元であるGA社直属のリンクスだ。自社の兵器の構造くらい、ちゃんと頭に入っている。
 《ランドクラブ》の上まで《メリーゲート》を上昇させると、そこから機体の中心、少し張り出して見える位置を狙って無反動砲を数発発射。元々対地戦闘を想定して作られたため、機体上部は正面や側面に比べて装甲が薄めになっている。そこにネクスト用の大型成形炸薬弾を連続で叩き込まれてただで済むはずがなく、直撃を受けた部分の装甲板がひしゃげ、そこから球状めいた内部構造が覗いてしまっている。間違いない、それがメインブリッジを覆う強化内殻だ。
 それを確認し、《ランドクラブ》の上部装甲板に降下。穴が開いた箇所に重量級腕部のパワーを活かして無反動砲の砲身を捻じ込み――躊躇なく、トリガーを引いた。

 
 

「第一砲塔、大破! 主砲が全基使用不能です!」
「アルファ分隊隊長機、通信途絶! 残った機体が指示を求めています!」
「メインシャフトに被害がおよんでいます! ダメです、抑えきれません!」
 《クインシー》のメインブリッジは、今や悲鳴と怒号飛び交う鉄火場だった。オペレーターたちが泣き声めいた声で被害状況を報告し、副官や各部署の担当者がそれに指示を返していくが、もはや打つ手がないのは誰の目にも明らかだった。
 自分を呼ぶ声、指示を求める叫びを呆然と聞き流しながら、艦長は渦を巻く思考に飲み込まれていく。
(何故だ……何故こうなった……? いったいどこで間違えた? 緑色のネクストを撃破したと思って安心した時か? それとも砂色のネクストを放置した時だったのか? それとも、最初から――奴らが来た時から、こうなると決まっていたとでもいうのか……?)
 その時、艦長の肩を掴むものがあった。気が付き、振り向くとそこには必死の形相をした彼の副官がいた。
「艦長! ここは危険です! 艦長だけでも、速やかに脱出を――」
 こちらに避難をうながす副官の声は、しかし、メインブリッジを揺るがした震動によって遮られた。これまでとは質の違う、より近くて強い震動。右往左往するクルーの中には、衝撃で転倒する者すらいた。
「め、メインモニターを上部カメラに切り替えろ!」
 焦点の定まらぬ思考のまま、艦長は反射的に指示を出した。その指示に従い、オペレーターのひとりがメインモニターの画像を、メインブリッジ上部のカメラ画像に切り替えさせる。そうして、一瞬暗転した画面が像を結んだ瞬間、
「――ひっ」
 索敵担当の女性オペレーターの悲鳴が、メインブリッジに響き渡る。メインモニターに大写しになったのは、機体各所に大穴を開け、右腕を引きちぎられた姿になりながらも、今まさにこちらめがけて降下しようとしている緑色のネクストの姿――
「何故、神はこのような存在をお創りになられたのだ……?」
 完全に恐慌状態に陥ったメインブリッジの人員が、あるいは呆然と立ち尽くし、あるいは我先に逃げようとする最中、艦長は魅入られたかのようにメインモニターを見上げ、呟いた。
 緑色のネクストが着地し、メインブリッジを猛烈な震動が揺るがす中、メインモニターに映る機体の、緑色に輝く単眼が傲然とこちらを見下ろす。無反動砲を握った左腕がカメラに、そして強化内殻に覆われたメインブリッジに向けられる。ぽっかりと広がる巨大な砲口は、まるで地獄へと繋がる大穴めいて――それが、艦長がこの世で見た最後の光景となった。
「化け物どもが……!」
 恐怖と怨嗟に塗れた艦長の声は、しかし次の瞬間、メインブリッジを埋め尽くした炎の噴流に呑み下されていった。

 
 

 強化内殻に半ばめり込んだ状態から直接撃ち込まれた無反動砲の砲弾は、構造物や隔壁を容赦なく喰い破りながら起爆。《ランドクラブ》の頭脳にあたるメインブリッジと、そこにいたであろう多数の人員を完膚なきまでに焼き尽くした。操作系統を破壊された余波による誤作動で、《ランドクラブ》ががくんと身を震わせる。そうして数秒後、コントロールを失った脚部から力が抜け、アームズフォートの巨体がゆっくりと擱座していった。
『《ランドクラブ》、沈黙。よし、残りは雑魚だけだ。手早く片付けるぞ』
 自らのオペレーターの言葉に、《ストレイド》は擱座したアームズフォートに背を向けると、ブースターを噴かして一気に地上へ降りていく。物言わぬ残骸には何の感慨もない。そう言わんばかりに、一瞥さえ向けはしなかった。
 そうして十数秒後。《メリーゲート》が無反動砲を引き抜き、プライマル・アーマーの回復を待って飛び降りた頃には、周囲に展開していたノーマルやMTはすでに壊滅させられていた。
『全防衛部隊の排除を確認。ミッション完了。メイ、本当にお疲れさま』
 フランさんが作戦終了の宣言とともに労いの言葉をかけてくれる中、わたしは疲労とともに奇妙な満足感に包まれていた。
「ふう……」
 ひと息つきながら、今回の戦いを回想する。この《ストレイド》のリンクス、新人とは思えない手際の良さである。多少はわたしの方に火力を割いていたとはいえ、あの弾幕を掻い潜って接近してくるなんて、正直思ってもいなかった。それに一機目の《ランドクラブ》を破壊した時も、機動性に優れた《ストレイド》と鈍重だが装甲に秀でた《メリーゲート》という互いの機体性能から、こちらの意図を正確に読み取って行動していた。リンクスとしての戦歴は短く、僚機との協働も初めてだと聞いてはいるが、案外あれで実戦経験は豊富なのかもしれない。
「ふぅん。相性がいいみたいね、あなたとは」
 自然と、声が弾んでくる。別に自慢するワケではないが、支援機として評価が高い、なんてカラードの紹介文に書かれるだけあって、わたしの協働の経験は人並み以上には多い。その経験から言わせてもらうと、たとえ優秀であっても、協働相手の事などまるで考えてなかったりするリンクスというのは、残念ながらかなり多い。たとえカラードランク上位の連中であってもだ。そんな中で、とっさに協働相手のフォローに回れるヤツというのは、なかなかいるものではない。
 そしてなによりも、他のリンクス――たとえばドンとかダンとかと協働した時とは、なにか違う感じがした。まあ女の勘みたいなやつでうまく説明はできないのだけど、なんていうか、呼吸が合うというか、馬が合うというか、そんな感じがしたのだ。
 レーダー上の友軍反応を頼りに、《メリーゲート》を旋回させる。
 自らが殲滅したノーマルやMTの残骸に囲まれ、先ほどまでの暴れっぷりが嘘だったかのように、《ストレイド》は静かに農業プラントを見渡していた。結局、最後まで一言も口を開かなかった彼もしくは彼女が、どういった人間なのか、今のわたしに知る術はないけれど。
「作戦完了ね。次があったら、また味方で会いましょう」
 この言葉は本心からの、嘘偽りのないものだった。

 
 

 ――それから数分後、西の彼方より、リッチランドに迫る赤い影があった。背面からオーバードブースト特有の薄緑色の噴射炎を吐き出しながら、亜音速で飛翔する細身の機体。空力特性を意識した鋭角的なフォルムは、リンクス戦争で崩壊した企業であるレイレナード社製のネクスト《アリーヤ》のものだが、その装甲は同機の一般的なイメージとは異なり、燃えるような赤に彩られている。左肩には金のエングレービングとともに、血を受けたように赤い杯のエンブレムが描かれていた。
 武器は両手に握られたBFF製の大型ライフルと、両肩のAS(自動索敵)ミサイルのみといたってシンプル。一般的にハードポイントのすべてに武装を積む事が多いネクストとしては、異彩を放つ構成ではあった。
『♪Childhood living is easy to do.The things you wanted I bought them for you♪』
 大音量で響くロックナンバーとともにその機体を駆るのは、機体同様に赤のパイロットスーツに身を包んだ、まだ成人して何年も経っていないであろう若い男だった。バイザーから覗く髪は真っ赤に染められていて、無感情に前方を睨む瞳もまた赤色。まさしく全身赤揃いといった風体である。
 赤という非実戦的な色合いを好むリンクスは別に珍しくない。目立つ、傾く、いろいろな言い方はあるが、そういった意地の張り方がリンクスのメンタルに、ひいてはAMS適正におよぼす影響は確かに存在するからだ。
 だが、そんな事よりももっと特異なのは、そのリンクスが大音量の音楽をAMSに直接流している点だった。一般に、AMSを介して音楽を流すという行為はリスクが伴うとされる。単純に脳にかかる負荷が増えるからだ。よほどの精神的高揚が得られるというのであればともかく、そのような自殺行為を行う者など普通はいないだろう。
『♪Wild horses couldn’t drag me away.Wild,wild horses, couldn’t drag me away♪』
 にもかかわらず、そのリンクスは増大した負荷――脳に直接流れる重低音を、平然とした顔で受け止めている。さして面白くもなさそうに、淡々と。
『♪I watched you suffer a dull aching pain.Now you decided to show me the same♪』
 赤い《アリーヤ》がオーバードブーストを切り、着地する。麦畑に長々とブレーキ痕をつけるも、背部に装備された無数の大型スタビライザーが的確に動き、その着地姿勢には微塵も揺らぎがなかった。オーバードブーストの勢いのまま華麗にドリフトターンを決めて機体を静止させると、赤い《アリーヤ》は近場にあった丘陵に隠れるようにしながら、その向こうの様子を窺っていく。
「――なるほど。見事な引き際だな」
 そんな言葉とともに、赤い《アリーヤ》の緑色の複眼が細まっていく。数十キロ先では、それぞれに緑色のネクストと砂色のネクストを収納した二機の輸送ヘリが、今まさに離陸しようとしているところだった。その手前には、もはや残骸と化した《ランドクラブ》が二機。脚だけになったほうはともかく、もう片方は武装とコントロールルームのみを狙い撃ちにされたと見え、少なくない生存者がわらわらと脱出してくるところだった。他にもノーマルやMTなどにちらほらと生存者がいるようだったが、それは赤い《アリーヤ》のリンクスにとってなんの価値もない事柄だった。
「量産型とはいえアームズフォートが二機。負けはないと踏んではいたが、ここまで手際がいいとはな。おかげで、間に合わなかったオレのギャラはパァだ」
 斜面の陰に身を潜ませながら、赤い《アリーヤ》は輸送ヘリがゆっくりとホバリングしていくさまを監視していく。撤退中とはいえ敵機が眼前にいるというのに、赤い《アリーヤ》は未だプライマル・アーマーを展開していない。敵に感知されるのを避けるための措置ではあるが、同時にこのリンクスの豪胆さを示すものでもあった。
「緑のほうは知った相手だが、大した事はない。砂色の《ランセル》のほうは知らんが……どうせ“首輪付き”だろう。こちらはなかなかやるようだ」
 他に僚機がいるわけでもないのに、赤い《アリーヤ》のリンクスはまるで報告するかのように呟いている。もちろん、大音量で音楽を流しながら、だ。傍から見れば変人か狂人の類だが、そうではなかった。
『テルミドールが言っていた奴か。旧上海海域の任務で見かけたという話だったな』
 その呟きに、通信回線を介して答える声があったからだ。低い男の声。赤い《アリーヤ》のリンクスよりはだいぶ齢を重ねているものの、まだ若々しい精気を残した、怜悧かつ冷徹な印象の声色だった。
「ああ、そういえばそんな事も言っていたな。アームズフォートも、だいたいそいつが片付けたようだ。帰還中のようだが、追撃するか?」
 そう言うなり、ティルトローターを前方へ傾けようとする二機の輸送ヘリにFCSの照準を合わせる。大型ライフルが鎌首をもたげ、緑色の複眼が獰猛に輝く。彼がその気になれば、この赤い《アリーヤ》はかつてアフリカにいたという最速の猛獣のごとく大地を駆け、重徹甲弾の牙を二機の輸送ヘリの喉元に突き立てるだろう。だが、
『なに、慌てる事はない。次も敵とは限らんだろう』
 通信相手が放った制止の言葉に、小さく舌打ちをすると、渋々、そう渋々銃口を下げた。そして、さも不承不承というように言葉を繋げていく。
「さあな。もし次に会ったとしても、その時は知らんよ。加減する義理もつもりもないからな。手心を加えたいのなら、他のヤツらに言ってくれ」
 露骨に不満を口にする赤い《アリーヤ》のリンクスに、しかし通信相手はさも愉快げにくつくつと笑うと、
『いや、機会があればお前の好きにするといい。お前とその機体に敵うリンクスなど、そうはいないはずだからな。テルミドールもきっとそう言うだろうよ』
 称賛めいた言葉に、しかし赤い《アリーヤ》のリンクスは忌々しげに鼻を鳴らしただけだった。
「ああ。そうさせてもらう」
 不満げなその返信のなにが面白いのか、通信相手はしばらく笑い続けていた。そうこうしているうちに、二機の輸送ヘリはティルトローターを完全に水平にすると、一気に速度を上げていく。あれではもう追いつけないな。赤い《アリーヤ》のリンクスがそう冷静に判断を下した時、
『だが、もし仮に、それすらもはね退けるというのであれば――その時は早々に始末するか、あるいは』
 笑いを止めた通信相手が、一転して真剣そのものの声で言った。
『――あるいは、首輪を外すか』
 その言葉の意味するところを察し、赤い《アリーヤ》のリンクスが渋面を作り、答える。
「オレのように、か? メルツェル」
『ああ。それも悪くはなかろう、ハリよ』
 メルツェルと呼ばれた通信相手が、嗤うように言って、通信を切る。
 ハリと呼ばれたリンクスは、それきり飛び去る二機の輸送ヘリに興味をなくしたのか、シートに深々と身を沈め、再び重低音の音楽に耳を傾けていった。
『♪Wild horses couldn’t drag me away.Wild,wild horses,we’ll ride them some day. Wild horses couldn’t drag me away.Wild,wild horses,we’ll ride them some day――』

 

 

 ――午後九時三十分。北米東部にある独立計画都市、“グリフォン”にて。

 眩い照明に彩られたショーウィンドウには、流行の最先端らしき服や装飾品が整然と飾られている。その奥には食料品店や飲食店などが並んでいるのだが、その中には飲み屋や風俗店らしきものまでもが平然と軒を連ね、猥雑としか言いようがない独特な雰囲気を醸し出している。その反対側もやはり同じような感じなのだが、その間を太い車道が隔てており、電気自動車のヘッドライトが幾筋も川のように流れていく。頭上で煌々と輝くのは、ビルの外壁にちりばめられた多種多様な看板やネオンサインの群れ。天気はいいはずなのに、街の明かりの照り返しと大気汚染によって、星はまばらにしか見えていない。
 頭上から響く甲高い音にふと見上げれば、キスマークと弾丸を図案化したネオンサインの向こう。無数の灯りをたたえた巨大な翼のようなものが、高速で通り過ぎていくのが見えた。
「――そう、わたしよ、お義父さん。ええ、ようやく終わったわ。そうね……この時間だし、適当なところで食べてくるつもりだから……そうね、今日は金曜日だからカレーなんていいかもね」
 ミッション完了からおよそ十二時間後。街に戻ったわたしは、携帯端末で通話をしながら、ひとり繁華街を歩いていた。
「あはは、大丈夫だって。普段はちゃんと自炊してるし、学校だって欠かさず行ってるから。フランさんだっているしね。そっちこそ、いくら“クレイドル”のご飯が美味しいからって、あまり食べ過ぎないでよ。ただでさえお義父さん、最近運動不足気味なんだから……」
 通話の相手は長期出張中の、わたしの義父。GA軍部の高位軍人である彼は、他の役員たちとともに空の上――《クレイドル01》にあるGA本社に行っているところなのだ。
「だからぁ、こんなに遅くなったのは、わたしの自業自得だから。例の新人さんは関係ないって……え? アームズフォートの件はもう聞いた……って、誰から? え? ケジメは取らせた、エンリケのヤツにもひと言言ってやる? ……止めて。お願いだから。マジでそれ止めて。……なによ、庇うつもりかって。そりゃ庇うでしょう、仮にも直属の上司なんだから。わたしの心配してくれるのは嬉しいけど、こっちの苦労もちょっとは考えてよ……」
 ……案の定、まずい事になっていたようだ。このひとは昔からそうだった。わたしの事を第一に考えてくれるのはありがたいのだが、時折それがちょっと行き過ぎてしまって、こうやってすぐに暴走してしまうのだ。それさえなければ、普段は知的で強くて優しい、絵に描いたように完璧な義父なのだけど。
「ああもう、もう夜遅いし、電話切るよ。詳しい話は明日にでも、ちゃんとメールで送るから。……じゃあね、お義父さん。心配してくれてありがとう。大好きだよ」
 最後にそう囁いて、携帯端末の通話を切る。もうすぐ深夜と言ってもいい時間帯にも関わらず、決して狭くはない歩道はびっしりと通行人や客引きによって埋め尽くされ、普通に歩くのにも一苦労という有様だ。
 ――人類の半分、たとえば企業のお偉いさんや富裕層といった特権階級が、空の居住空間たる“クレイドル”に住まい、もう半分の貧困層が地上で暮らすようになってから、もう数年が経つ。
 地上に残された人々は汚染された故郷を捨て、数少ない生存可能なコロニーに集中するようになり、その結果として、地上に現存するコロニーはそのほぼすべてが極度の人口過密状態となってしまっていた。かつてGAが作り上げたこの独立計画都市“グリフォン”もまた例外ではなく、当初の整然とした未来型都市から、広大なスラム街すら存在する雑然とした過密型都市と変貌を遂げたのだった。わたしの読んでいる小説風に言えば、これも末法の世の一側面、というところか。
「ちくしょ~……ダリオのクソ野郎……。テメェのほうがランク上だからって……雑魚だの、麺類だの……好き放題言ひやがってぇ~。戦場でカチあったら……マッハで蜂の巣に……うぃ~」
「ひっく……気にふるな……。俺たちは、俺たちのやり方でのし上がれば、それでいいさ……。そんな訳れ、次行くぞ次ぃ……いぇ~」
「ねえねえ、そこの金髪のお嬢さん? これから一晩付き合わないかい? 君、学生さん?すごいね、胸大きいね。でも俺も負けてないよ。お嬢さんさえよければ……うぼぁっ!?」
 道行く酔っ払いの会話を聞き流し、なれなれしく触ってきたナンパ野郎を適当にあしらいつつ、人混みの中を掻き分け、進む。
 車やバイクを持っていないわたしは、街中を移動するのにもっぱら公共機関であるモノレールを使っているのだが、つい先ほどまでいたGAグリフォン支社――専属リンクス用のガレージも兼ねている――から最寄のステーションまでは、この猥雑とした繁華街を通らないといけないのが悩みの種だった。タクシーという手もなくはないが、渋滞に巻き込まれると厄介な上に、なにより移動にかかる費用だって馬鹿にならない。二足のわらじとはいえまだ学生の身空にとって、贅沢は敵なのだ。
 そのまま光と混雑に包まれた通りを歩き、交差点を抜けようとして、不意に点灯した赤信号に足止めを食ってしまった。即座に急発車した電気自動車の群れがほんの二、三メートル先を通り過ぎ、激しく鳴り響くクラクションに、まだ横断歩道に残っていた人たちが泡を食って走っていくのを漠然と眺めて、
「……ふう」
 そこで、思わずため息が出てしまう。まあ、街に帰ってからこんな夜更けまで、ずっと缶詰になってデスクワークを強いられていたから、疲れているのも当然ではあるが。
 企業専属のリンクスの場合、ネクストを運用した際、戦闘データや各種明細をレポートとして提出する事が義務づけられている。なので、作戦が完了した後も、こうやって書類の作成で時間を食うのはいつもの事なのだが、今回ここまで遅くなってしまったのは、《メリーゲート》の損傷が予想以上に酷かったせいだ。
 あのシャなんとかいう敵にやられた電装系もそうだが、一番被害が大きかったのはやはり《ランドクラブ》の主砲を被弾した右腕と右脚、それに胴体部たるコアだった。とくにコアのほうの損傷は酷く、被弾の衝撃で最終装甲まで割られていて、あと一歩で内装がやられて機能不全に陥るところだったらしい。さらに右腕が脱落した時に一緒に落ちたライフルも、砲身がひん曲がってメーカー送り。結果として《メリーゲート》の修理費は五桁台後半の大台に達し、こめかみに青筋浮かべた整備班長のサカキさんに大目玉を食らう始末である。
 とはいえ《ストレイド》のほうにはこれといった損害はなかったらしく、そのおかげで報酬自体はそれほど大きな減額ではなかったのだが、大量に撃ちまくったミサイルの弾薬費ともども、「少しはこの新入りを見習ってこい」なんてグサリとくる一言を頂戴する羽目にもなった。
 まあ、無茶な突撃をやらかした挙句の被弾では、言い訳のしようもなかったのだが。幸い、サカキ班長にはフランさんが取りなしてくれたし、レポートのほうも彼女が手伝ってくれたのもあってその日のうちに終わらせる事ができたのだから、最終的になんとか事なきを得たといったところか。
「今回もけっこう被弾しちゃったし。わたしもまだまだかぁ……」
 盾になる、なんて言っておきながらこのザマだ。今日みたいに友軍がいたりする時は必要以上に前に出てしまって、機体の損害が大きくなるのなんてしょっちゅうだった。それに《ランドクラブ》相手に大見得切ってみせてはいたけど、本当は量産型ならまだしもワンオフ・タイプのアームズフォートを相手に出来るほど凄腕というワケでもなし。そのせいでカラードランクも未だ中堅どころといったところだし、エンリケ部長やフランさん、そして同じGA系のリンクスたちにも、いつも「無茶もほどほどにしておけ」なんて言われてるし。
 でも、しょうがないではないか。人間、一朝一夕で強くなれるものでもなし。それに、協働主体の戦闘スタイルを選択したのは自分自身だ。いくら一時的なものとはいえ、味方に死なれるのはやっぱり気分のいいものじゃないし、なによりも彼らにも命や家族というものがある。それに比べれば、わたしの身にかかる危険などなんだというのか。それに――
『……次のニュースです。北アジアにある食料生産施設、リッチランド農業プラントを守備していたアルゼブラ社の部隊が、本日の正午頃、GA社のネクスト部隊によって襲撃されました』
 不意に、横から聞こえてきた声に、思考を中断された。そちらに振り返ると、そこは家電量販店のショーウィンドウ。サイズやデザインの異なるいくつものディスプレイが並べられ、それらの画面にはGA社とアルゼブラ社のエンブレム、そして見覚えのある黄金色の麦畑が映し出されていた。
『アルゼブラ社の支配区域は慢性的な食糧難にあり、穀物等の増産計画を推し進めているものの、未だ目立った成果が挙げられていないのが現状です。リッチランド農業プラントはアルゼブラが保有するものとしては中規模程度の食糧生産施設ですが、ここを失った事でアジア圏の食料危機がより深刻化するのではという懸念もあります。現在の技術では、コジマ汚染を受けた自然環境を元に戻すのは非常に困難とされており――』
 女性アナウンサーの声と共に、映像が次々と切り替わっていく。最初に、アルゼブラの主要な商圏である南アジア圏の食料供給量の変遷を示したグラフ。次いで、どこかのマーケットの映像。食料品の棚は大半が空白で、残った商品には異常な高値がつけられていた。最後に、荒廃した街角の映像。咎めたてるかのような目でカメラを見つめる、異様に痩せ細った子供たちの姿が映し出される。
『午後に行われた企業連の総会において、アルゼブラ社は、食糧問題のそもそもの原因はGA側にある、と従来の強硬な主張を崩さず、より大規模な軍事行動も辞さない構えを見せています。GA社側はこれに対し、アルゼブラ側にも非があると強く反発。両者を仲介しようとするオーメル・サイエンス社の働きかけも、効果を上げるには至っていません。これにより、食料問題を巡るGA社とアルゼブラ社の対立はさらに激化するものと予想され、“クレイドル”における食料体制への影響が懸念されます』
 企業連の総会らしきものを移したあとで急に画面が切り替わり、司会らしき若い男と、白髪頭の太った老人が円卓に差し向いで座っている映像になった。
『この件に関しまして、サンフランシスコ工科大学、環境工学科のホズミ教授にお越しいただいています。ホズミ教授、今回の件ですが、GA側に非難が集中するかと思われますが、どのようにお考えですか?』
『え~、今回の件ですが、完全にGA側に非があると思いますね。食料生産施設などという人類にとって重要な場所の、え~、それも小規模の防衛部隊相手にネクストを投入するなど、正気の沙汰とは思えません。そもそも、今の“クレイドル体制”が確立しつつあるこのご時世にですね、え~、環境破壊兵器であるネクストを使う事自体が言語道断であります。やっぱり、自分たちが最大勢力だという驕りが、え~、出ているんですかねぇ』
『そうですね。私もそう思います』
『え~、だいたい、このGAに雇われたリンクスたちもリンクスたちですよ。才能にあぐらをかき、金さえ貰えればなんでもやるという不遜な態度、え~、これが実にけしからん。自分たちの行為が、直接的にも間接的にも、え~、多数の人命を奪うという事がまったく分かっていないんです。昔から、こういう連中こそがこの星をダメにしてきたんですよ。まったく、本当にけしからん話で――』
 名も知らぬ老コメンテーターが、一方的にGAやわたしたちを悪者扱いして非難していく。アルゼブラがGA製のアームズフォートを使っていた事など欠片も触れていない。妙に偏った態度の司会者やアナウンスも含め、番組それ自体が完全にアルゼブラを含めたオーメル陣営の側に立っているとしか思えない偏向ぶりである。
 敵対する側のマスメディアを篭絡し、敵に不利な情報を流させる。古今東西より使われていた手口であり、これもよくある企業間の情報戦の一環に過ぎないのだが、それと割り切るだけの精神的余裕は今のわたしにはなかった。
「やっぱり、きっついなぁ……こういうの……」
 ……別に、正義の味方を気取るつもりなんて、なかったけれど。
 こん、と音を立てて、力をなくした握り拳がショーウィンドウにぶつかる。うって変わって明るい曲調のCMに切り替わったモニターを見つつ、再びため息をついた。
 ――守るために戦うと決めた。それが戯言である事など、とうに分かっていた。
 今のわたしは、ただの大量殺人者に過ぎないという事も。GAという組織の利益のためだけに戦う、走狗のような存在である事も。誰かを守るというのは、結局、別の誰かを切り捨てる行為に他ならないという事も。
 こんなヤツに言われるまでもない。今日、わたしが撃破したノーマルやMT、それにアームズフォートの搭乗員だって同じ人間だって事くらい、分かっている。彼らにも彼らなりの戦う理由があっただろうし、当然、家族だっていたはずなのだ。
 戦うという事はそういう事なのだと初めて知った日、わたしはそれこそ夜が明けるまで、げえげえと吐いたりしたものだったし、今でも時折、こういうふうにどうしようもなく考えこんでしまう事だってあった。
 でも、それを思い知らされても、それでも諦める事はできなかった。あの日、すべてを失ったわたしに。家族を失い、故郷を無くし、身も心も汚れてしまったわたしに、ただひとつだけ残された想いだったから。
 制服のポケットにしまっていた、古ぼけたスマイリーマークの髪飾りを握り締める。もういなくなってしまった両親が残してくれた唯一のもの。もう何の価値もないガラクタだけど、それでもわたしにとっては何物にも替え難い“宝物”。
「……もっと、もっと強くならなきゃ、ね……」
 ショーウィンドウに映った自分自身に話しかける。ベージュ色をした学校の制服に、チェック柄のグレーのスカート。あの時のちっぽけで無力な子供ではなく、十代後半の健やかな体躯。父親譲りのエメラルドグリーンの瞳が、確固たる思惟と感情でもって見つめ返してくる。
 あれから、もう十年が経った。あの日を境にして、本当に、本当にいろんな事があって。わたしももう、純粋に綺麗なものに憧れていただけの子供ではなくなってしまった。
 ――“アナトリアの傭兵”。
 あの日、わたしを助けてくれた恩人であり、かつて伝説的なレイヴンと呼ばれていた男。
 最低クラスのAMS適正しか持たぬ身でありながら、わたしの住んでいたコロニー・アナトリアを守るために実験用に残されたネクストを駆り、文字通り心身を削りながら戦い続け、ついにはリンクス戦争の英雄と称されるまでになったという。
 その圧倒的なまでの戦果は、たしかにアナトリアに多大な富をもたらした。だが同時に、その戦果によって世界の均衡を徐々に崩し、やがて企業間の戦闘を誘発・拡大させていき、リンクス戦争を引き起こす原因ともなってしまったのだ。
 そうして後に残されたのは、破壊された秩序と荒廃した世界と、そしてなんとしてでも守りたかった街の、無残な残骸だけ。恐怖と破滅を運ぶ戦場の鴉には、結局、そんな結末しか許されなかった。
 だけど、とわたしは思う。
 それでも、“彼”のやった事は無駄じゃなかったのだ、と。
 “彼”はたしかに“彼女”を守り抜いたのだし、わたしの事だって助けてくれた。おかあさんは死んでしまったけど、街の人たちだって大勢助かった。たしかに“彼”は数えきれないくらいの人間を殺していったのだろうけど、それによって助けられた人たちだって、きっとたくさんいたはずなのだ。
 だから、わたしは“彼”のようになりたいって思った。
 “彼”のように、大事なものを守れるようになりたいって願った。
 この世界はこんなにも理不尽で溢れていて。
 だからあの日を境に、なにもかも奪われてしまったけれど。
 いつかは、大切なもののために戦い抜いた“彼”のように、大切な誰かを守れるような、そんな人間になるのだと、そう自分自身に誓った。
 あの日のように、理不尽に奪われるような事がないように。
 もう二度と、あんな無力感を、あんな絶望を味わう事のないように。
 ――たとえそれが、死と恐怖と汚染を振りまく存在でしかなかったとしても。
「……うんっ!」
 ショーウィンドウに映った自分の姿が、力強く頷く。
 よし、なんだか元気出てきた。両手をぎゅっ、と握りしめて、
「頑張る、ぞー!」
 そうして、掛け声とともに力強く右腕を虚空に突き出して。
 次の瞬間、何者かがその突き出した腕を掴んだ。腕を突き出した勢いのまま、体全体が強く引っ張られ――そうして、ふわりとした飛翔感が全身を包んでいた。
「……へ?」
 思わず、間の抜けた声が出る。歩道の石畳が高速でスライドし、通りを行く通行人たちが何故だか逆さになって、ネオンサインとまばらな星空が次々と通り過ぎていき――
「~~っ、~~~~っ!?」
 そうして、わたしの体は背中から石畳に叩きつけられていた。ぶつかった衝撃で肺の空気が吐き出され、呼吸ができない。視界に火花が散って、激痛で体が思うように動かせなかった。
「うう……いったい、なにが……?」
 それでも必死に目を開いて、前方を見上げた。最初に目に入ったのは、足元に転がっているビニール製の買い物袋。黄色の菱形が六つ並んだ図案は近所のコンビニエンスであるキサラギストアのもので、中身はインテリオル・ユニオン製のワインボトルに有澤食品のおつまみセット、それにスポーツドリンクにエネルギーバーというなんともちぐはぐな組み合わせだった。
 次いで目に入ったのは、両手でわたしの腕を掴んでいる、細身の男性の体。背格好はぱっと見、わたしよりもちょっと低めといったところ。まあ低いといっても、わたし自身、女性としては身長が高いほうなので、男性として見ればやや小柄、程度の身長なのだろうか。アラビア語と思しき文章が描かれたTシャツに、黒のGパンとジャンパーというラフな格好で、首には動物の牙が付いた首飾りをしている。
 で、最後に、こちらを冷たい目で見下ろす十代半ばくらいの少年の顔。中東系と思しき浅黒い肌に、雑に切られたぼさぼさの黒髪には、結構な割合で白髪が混じっている。目つきは鋭く、仏頂面で、正直言って人相はあまりよくない。だが、なによりも目を引いたのは、彼の顔面に刻まれた大きな傷跡だった。額から左頬までを走る、大きな裂傷。それによって、少年の左の目蓋は完全に閉ざされてしまっていた。と――
「おまえ……これはいったい、なんの真似だ?」
 こっちがじっと見ているのが癇に障ったのか、隻眼の少年は右目を細めてこっちを睨んでくる。どこかイヌ科の猛獣を連想させる精悍な顔立ちには、こちらに対する警戒の念がありありと浮かんでいた。
「な……なんの、真似、って……つ、つぅっ……あ、」
 痛みが酷くて、なかなか言葉が出てこない。それでも少しずつ体の痛みが引いてって、徐々に思考がクリアになっていく。それにつれて、あの一瞬、何が起こったのか、理解できてきて。
 がば、と掴まれた腕を振り払い、上体を上げて隻眼の少年を真正面から睨みつけた。あの時、思いっきり突き出した右腕。それが横合いから出てきたこの少年にぶつかりそうになって。そしてこいつは、突き出してきたわたしの腕を掴むと、あろう事か、そのまま力いっぱい投げ飛ばしやがったのだ……!
「あ、ああ……あんたねえ! いくら腕がぶつかりそうだからって、いきなり投げ技かけるコトないでしょうが!?」
 わたしの剣幕に、隻眼の少年は右目を丸くしたかと思うと、小さくため息をついて、
「……なんだ。おれが何者か知ってて、襲ってきたわけじゃなかったのか……」
 なんて、物騒なコトを言ってきた。
「知ってて襲ってきた、ってあんたいったいなにやらかしたのよ……。ていうか、わたし暴漢と間違えられたの!?」
「うるさいな……左から突っ込んできたから、よく分からなかったんだ。……それに、どうせ物騒なのは同じだろう? この“暴力女”」
 激昂して詰め寄ろうとしたわたしに向かって、隻眼の少年がとんでもなく失礼なセリフを吐いてくる。「な、なんですって……!?」とわたしがわなわなと震えるのを尻目に、隻眼の少年はぱたぱた、と自分の服を叩いて、手についた汚れか何かを取るような仕草をする。そうして、その右手を――ずい、とこちらの鼻先に伸ばしてきた。
「立てるか?」
「え……?」
 わたしに向かって、まっすぐ差し出された掌。それをおずおずと掴む。
 隻眼の少年の手は力強く、そして年不相応にゴツゴツしていた。酷使され骨ばった指の関節と、掌にできたたこのせいだ。毎日のように何かを握りしめ、何百、何千と同じ動作を繰り返さなければ、決してできる事のない掌――
 そうして、その掌は決して乱暴ではなく、むしろ優しさすら感じさせるゆっくりとした動作でわたしの体を引き上げていく。左手も使って支えられれば、ようやく立ち上がった時には自然と、間近で向かい合うような恰好になっていた。
「あ、ありがと……」
 思わず、お礼の言葉を口にしていた。ほとんど至近距離と言っていいところから見上げてくる黒い瞳。掌を介して伝わってくる体温に、我知らず心臓がどくん、と高鳴るのを感じる。
 ……そういえば、と思い出す。あの頃の体験から男性というものに強い苦手意識があったうえに、わたしにとって男性の知り合いといえば、GAの関係者が大半だった。すなわち、わたしから見て歳の離れたお兄さんとかおじさんとかそういう年齢層が中心であり、わたしと近い年齢の知り合いというのは、腐れ縁の約一名を除いてほとんどいなかったのだ。まあだいたいは理知的で優しい人たちばかりだったし、そりゃあ中にはガラの悪いろくでなしやいかにも好色そうなお偉いさんとかもいたりしたのだけど、そういう連中に関しては大抵実害が出る前に義父が追っ払ってくれていたし。
 では学校ではどうかといえば、いろいろあって精神的に早熟にならざるを得なかったせいか、男子たちがなにかと子供みたいに見えて、全然そういう対象にはなり得なかったものだ。実際、知人は多くても男友達なんてひとりしかいないし。
 そんなワケで、同年代の男の子の手を握る、なんて機会、わたしの人生では全然なくて。だから、こうやって掌と掌が重なり合っているだけで、思わず顔のあたりが赤くなっていって――
「……じゃなくて! ひとのコト乱暴にぶん投げておいて、謝りもしないで行こうっていうの!?」
 投げ飛ばされた怒り半分、照れ隠し半分で詰め寄る。それに、
「……知るか。そもそも最初に手出ししたのはそっちだろうが、この暴力女」
 隻眼の少年は憮然とした声でそう返して、「に、二度も言った……!」とさらに詰め寄ろうとしたわたしの手を振り払う。そのまま踵を返し、足元に転がっていたビニール袋を拾うと、割れて中身がこぼれているワインボトルに舌打ちする。
「戻って買い直さないと、セレンにどやされるな……」
 と愚痴る声が背中越しに聞こえたと思ったのも束の間、隻眼の少年はこちらを背中越しにちらりと一瞥すると、
「次からは、もうちょっと気をつけるんだな」
 と、吐き捨てるように言って、足早に去っていってしまった。そうして、あとに残されたのは、なんとも言えない感情を持て余した、このわたしひとりだけ。
「な……」
 体がわなわなと震える。後からだんだんと怒りがこみ上げてくる。
「なんなのよ、あいつ……」
 そりゃあ、最初に腕が当たりそうになったのはわたしのせいだけど。
 でも、仮にも年頃の女の子に向かって、いくらなんでもあの扱いはないと思う。
「……ホンット、腹立つ……!」
 強化コンクリート製の路面を、ダン、と蹴りつける。
 でもその音は、既に離れたところまで歩いていた隻眼の少年には届かず。
 代わりに足元をトコトコと歩いていた野良猫が、一声鳴いて逃げていったのだった。

 ――それが、わたしとアイツの出会い。
 後々思い返してみても第一印象最悪の、ロマンスの欠片もない、実にろくでもない馴れ初めだった。


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