小説/長編

Written by えむ


「どうだろう。一緒に来ないかね?」

 なぜそんな誘いの言葉を送ったのか。

「お前さんほどの腕の持ち主がいれば、こちらとしては大助かりなのだがな」

 それは事実だ。実際、機体そのもののダメージこそ少ないものの、最初の攻防でプラズマキャノンは破壊されてしまった。あのギリギリの攻防で、機体のダメージこそ相手の方が大きいが、戦闘を続行する上では、こちらの方が追い込まれてしまっている。見事なものだ。
 ランク30と言う肩書きは、どう考えてもおかしいとしか思えない。
 まさか、まだ小さかったあの子が、ここまで出来るリンクスになっているとは。だが技量はあっても、まだ何かが足りないようにも思える。それでも、このまま放っておくには惜しい腕前なのは確かだ。
 だから、テペスはイリアに誘いの言葉を投げかけていた。だが返事はすぐにはこない。やはり、迷っているようだ。
 当然だろう。敵だと思ってた相手が知り合いで、突然一緒に来ないかと言われるのだ。ただ、イリアが自分に対してどんな感情を持っているのか。別に、それを利用しているつもりはない。
 恐らく、相手にとってはそうでもないだろうが。

『……私は――――』

 長く感じるも短い時間を経て、ようやくイリアが口を開いた。
 そこにも見えるしばしの逡巡。そして、深呼吸の音を経て、イリアが答える。

『私は行かない』

 それがイリアの答えだった。

『ORCAが思いっきり悪者じゃないのはわかったけど。それでも今までを犠牲にしてまで行きたくないよ。それに、もうテペスさんの後は追いかけない。私は自分の道を進むって決めたから――』

 自分の後は追いかけない。言い換えれば、彼女にとっては自分が一つの目標になっていたと言う事か。今はもう違うようだが、それでもその一言は少しばかり心を揺らす。
 かつてアクアビットにいた少女。リンクス候補生として連れてこられたのは知っていたが、それほどまでに自分の存在が彼女にとっては大きかったらしいという事実に。

「……そうか」

 自分から見れば、記憶にはあったものの小さな存在だった。交流自体も多くはなかったくらいだ。 それでも気にかけていたのは、いずれは自分が教官として鍛える予定だったから。その機会も自分が落とされ、アクアビットが壊滅したことでなくなってしまったが。
 
「…………」

 ふと一つの考えが脳裏を過ぎる。それは我ながら、なんと甘い物だろうとすら思う。だが、それでも餞別代りに悪くないと、そう思い実行に移す。

「ならば、敵同士ということになるな」

 唐突にマシンガンを向け、戦闘続行の意思を表す。

「お前さんは企業のネクストで、こっちはORCAのネクストだ。それならば、もはや言葉を交わす必要はない。お前さんを野放しにしておいたら、脅威にしかならんだろうからの」

 シルバーバレットがその場から動く。クイックブーストを吹かし、イリアのネクストが落としたACACIAアサルトライフルを拾う。残弾をチェック、―――まだいくらかは使える。マシンガンだけでは心許なかったが、これで少しはマシになるだろう。

「悪いが、ここで摘ませてもらう。それが嫌なら、抵抗するのじゃな」

 そう告げて、シルバーバレットを飛ばす。唐突に戦闘が再開された。






「……っ」

 再びシルバーバレットが攻撃を仕掛けてきた。プラズマキャノンやコジマライフルがなくなったせいでEN消費にも余裕が生まれているのだろう。先ほど以上に、その動きは鋭いものとなっている。
 一定の距離を維持したまま、マシンガンとアサルトライフルのダブルトリガーで確実にこちらを削りに来る。
 機動性なら、こちらのシルバーエッジも遅れは取っていないが、連射武器二つの弾幕を完全に避け切る事は、さすがに困難だ。

『どうした?そのまま、一方的にやられるだけか?』
「……く…」

 少しずつだが機体とPAへのダメージが重なっていく。今はまだPAが展開しているから大丈夫だが、PAが剥がれてしまえば、さらに相手が有利になってしまう。ましてシルバーエッジも防御力は低い。PAが剥がれた状態で弾幕にさらされれば、一たまりもない。
 相手の狙いが削りきるつもりであろうことはわかる。というか、武装からして、それしか手段は残されていない。弾切れを待つのも手だろうが、弾切れになるのとシルバーエッジが落とされるのでは、恐らく落ちる方が早い。
 確実に削られていく中、イリアは必死に回避行動を続ける。一発の威力だけはこちらが圧倒的に高い。そしてランスタンの地の装甲の薄さを考えれば、一気に逆転する事だって不可能ではない。問題は、その逆転のチャンスをどうやって作るか……なのだが。
 隙がなかった。
 高機動が売りのはずのシルバーエッジに、近距離を維持したまま追従し、張り付いて攻撃を当て続けてくる。決して、シルバーバレットがこちらより早いわけではない。ただ、ことごとく動きを読まれ、先手を打たれ続けているのだ。
 二段クイックによる急な切り返しを行う。大抵の相手なら追いきれないであろう動き、それに振り回されることなくシルバーバレットは食い下がる。

『動きは悪くない。だが、まだまだだ』
「………っ」

 繋がったまま通信が入る。こちらは回避と攻撃の隙を伺うので精一杯だと言うのに。相手は冷静にこちらの動きをも分析するだけの余裕すらあるようだ。

『お前さんの目はなんのためにあるのだ?』

 おもむろに問われる。だが答える余裕はイリアにはない。

『お前さんなら見えると思ったのだが』

 見える。何が? 相手の機体――シルバーバレットなら見えている。ついでに動体視力なんかも、結構良い方だ。だが、見る対象が違う気がする。そもそも誰でもというわけでもないらしい。自分だからこそ見えるはず。相手はそう言っているのだ。

「(どういうこと…?)」

 意味がわからない。そもそも、なぜこんなことを伝えてくるのかがわからない。

『勉強不足か。AMSのこともネクストのこともよくは知らんと見える』

 AMS。脳と機体の統合制御体を直結させ、極めて高い反応速度や制御能力を得るネクストがネクストである根幹技術の一つだ。そして、少しでもテペスに追いつこうとしていたイリアは、AMS技術やネクストに関わる技術書やレポートなど、手に入る範囲で読み漁っていたため、そこらのリンクスよりも実は詳しかったりもする。
 だが、それが「見る」ことと、どう関係あるのだろうか。その答えは、やはりわからない。

「(一体…私に何をさせたいの…?)」

 ただ単に自分を困惑させようとしているのだろうか。でも、そうでもない気がする。根拠は何もないが、何か目的があるように思える。
 そうこうしているうちに、PAが度重なる攻撃によって、ついに消失した。さらにこちらは攻撃も当てられないまま、ダメージが確実に蓄積している。状況は悪くなる一方だ。
 そんな状況の中、イリアは改めて落ち着いて考えてみることにした。なおも回避行動を続けつつ、言われたことを一つ一つ思い返す。
 
「……見る……」

 シルバーバレットをじっと見つめる。普段なら意識しない部分まで注意を配るつもりで。
 すると当然ながら、普段なら気づかない色々な部分が見えてくる。
 右側のクイックブーストが点火しようとしている。メインカメラのある頭部がしっかりとこちらを見ている。そして、銃口がこちらを向いている。
 いや、わずかに横へと逸れている。恐らく、こちらがどう動くかを予測して、その上で狙いをあわせているのだろう。向けられている方向は、わずかに左。今まさに自分が動こうとしている方だった。
 すかさず、頭を切り替え右方向へとクイックブーストで跳ねる。土壇場の反射的なコマンド。そして攻撃が――初めて目に見えて逸れた。

「……!!」

 それまで完全な回避は出来なかったと言うのに、ここに来て初めて完全に。一瞬だが銃口が外れた。
 さらに意識してシルバーバレットを注目する。それこそ一挙一動全てを掴むつもりで。
 ―――そして、そうしているうちにさらに色々な物が見えてきた。動く前に見えるわずかな挙動。いわゆる予備動作と呼ばれる類のものだ。
 それに気づいた時、何かがイリアの頭の中で繋がった。
 AMSは脳と機体を直結している。言い換えるなら機体そのものが身体のような物。よって自然とその人が持つ癖や動きなどが機体自身に現れてくるわけで、それは特にAMS数値の高い人間ほど顕著になる。
 シルバーバレットがこちらの動きを追えたのは、そこを「見て」いたから。普通なら注目すらしないその部分を見ていたからこそ、あそこまで動きを追えたのだ。
 仮に人間としての癖や動きがなかったとしてもネクストは機械だ。ブーストを使おうとすれば、当然点火する瞬間があるし、銃口を向けずに攻撃することなども出来ない。それらの機構に注目するだけでも相手の攻撃のタイミングや、移動のタイミングを推し量ることだって、ある程度は出来る。
 それならば、相手になるべくそれを悟らせないように動けば、付け入る隙も出来るはず。そう考え、イリアはすぐさまシルバーバレットへと迫るべく、クイックブーストを吹かした。
 追加ブースターの力も借りて、シルバーエッジが前へと動く。銃口が向けられる。まず右方向へクイックブースト。機体が右へと動く前に次のコマンド――左方向へのクイックブーストを叩き込む。
 機体が激しく左右に揺れる。その動きにシルバーバレットの銃口はやや遅れつつも追従する。そして発砲。撃ちだされるマシンガンとアサルトライフルの弾幕。
 右腕を前に出しレーザーブレードも盾にしてコアへの被弾を防ぎつつ、強引に正面から突撃する。下手に横に動くから、動きが読まれる。それなら、思い切って正面から真っ直ぐ。
 機構的な部分から動きが読まれるのなら、それらの動きをも最低限に抑えれば良い。
 距離が詰まる。だが攻撃の仕草は見せない。
 さらに前へとクイックブースト。攻撃する仕草も見せず、ただ突っ込んでくるだけの動きに、さすがの相手も戸惑いを覚えたようだった。
 わずかに機体の進む向きを右へとずらす。攻撃の仕草はなお見せない。距離が――詰まる。
 シルバーバレットが左へ動いた。当然だ。右にかわせばシルバーエッジと激突するのは目に見えているのだから。だが、それこそがイリアの狙いでもあった。
 
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」
『ぬぅ…?!』

 すれ違いざまに、オーメルの小型レーザーブレードの刃がシルバーバレットの左腕を切り裂いた。光刃を出現させて、ただ横をすり抜けただけ。腕は動かしていない。
 動きのモーションに警戒しているであろう事を逆手にとり、腕を動かさずに機体そのものを使ってレーザーブレードで斬ったのだ。
 そして、すかさずそこで逆時計回りにクイックターンを繰り出し、身を翻すかのように今度は腕を振りぬいてシルバーバレットの背中を続けて斬りつける。
 ―――浅かった。
 ギリギリのところでシルバーバレットが前へと跳ね、機体への致命傷を避けたのだ。ここまでくると先読みとかそういうレベルではない。ただの直感的なもの。さすがにこればかりは誰にも読むことはできない。
 またしても大きなダメージは与えられなかった。だが、掠めた一撃はメインブースターを破損させたらしく、支えのなくなったシルバーバレットは地面へと降下、着地する。
 さらにそこへ追撃を仕掛けようとするイリアだったが、そこまでだった。レーダーが新たに接近する機影を捉えたのである。

「増援……?!」

 接近方向は、輸送部隊が進んでいた方向から。そして速さからして、それがネクストであることは間違いようもない事実だった。
 
『イリア君、撤退するんだ。さすがにその状況で連戦は無理だ』
「……うん」

 すでに機体の損傷は限界に近い。そんな状況で万全の状態であるネクストを相手する余裕は、さすがにない。
 すぐさま踵を返し、オーバードブーストを起動する。そして、去り際にシルバーバレットの方へと視線を向けるも、そのまますぐにその場から離脱するのであった。






『大丈夫か? あんたが、ここまで手ひどくやられるとは思わなかったぜ?』

 メインブースターも破損し、まともに動けなくなったシルバーバレットの横に、一機のネクストが降り立る。深紅色のアリーヤだった。

「何、思った以上に出来る相手だったのでな…。もう少し遅かったら、こうやって話すら出来ないところだったよ」
『それほどの相手が、まだ企業側にいたのかよ』
「いたのだよ。だが、まぁ目的は果たした。とりあえず回収部隊を呼んでくれるかの? さすがに歩いて戻るのは少し面倒そうだ」
『それなら心配ねぇよ。すでにこっちに向かってる』
「そうか。じゃあ、ここで一息つかせてもらおうとしよう」

 そう告げて、静かに目を閉じる。
 思い返すのはシルバーエッジの終盤の動き。あれは、間違いなくこちらの戦術を意識しての動きだった。何もしてやれなかった自分からのささやかな餞別は、どうやらちゃんと届いたらしい。彼女なら、きっとそれを糧として、さらに強くなることだろう。最もこんなに飲み込みが早く、さらに対応してくるとは思いもしなかったが。
 だが仮にそれで落とされてしまったとしても、悔いはなかっただろう。元より、いつ落とされて帰らぬ人になってもおかしくはない世界に生きているのだから。それにどういう経緯にしろ、自分の培った物が受け継がれるのであれば、それはそれで悪くはないとすら思う。

「(さて……次があったらどうなるかね)」

 今回を踏まえた上で、また交戦するとしたらどうなるだろうか。少なくとも今回以上の強敵になるのは間違いないだろう。
 自分と違い、彼女は若い。まだまだ伸びる部分もあるだろう。あそこから、さらにどう伸びるのか、楽しみと言えば楽しみだ。それを再び見る事が出来るかどうかは別として。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 その日の夜。ガレージにて、イリアは自分の愛機であるシルバーエッジを一人見上げていた。
 思い返すのはシルバーバレットとの戦闘。
 そして戦闘中に突然言われたいくつかの事。今になって、落ち着いて考えてみれば。あれこそが「あの人」が長年培ってきた知識に基づき編み出した戦い方であり、強さの秘訣であることにイリアは気がついていた。
 そもそも戦闘の最中、伝えてきた物。それがあったからこそ、あの局面を乗り越える事が出来たのだ。下手をすれば自分が不利になりかねないにも関わらず、なぜあそこで伝えてきたのかはわからないままだが。
 けれども伝えられ、それを受け取ったのは確かだ。それならば、それを無駄にする事は出来ない。するつもりもない。

「私、がんばるよ。テペスさんのように生かすことが出来るかはわからないけど、それでもがんばる。」

 ぎゅっと、小さく手を握り締めて、今この場にはいない相手と約束を一人かわす。 

「がんばって強くなる」

 教わったことを糧に強くなることが、今の自分に出来る唯一のお礼だと思って。

 ~つづく~ 


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☆作者の一言コーナー☆
 というわけで対シルバーバレット戦。正確には後半戦となります。
 テペスさんの説明文から、こじつけながらも独特の強さみたいなのを出してみましたが、いかがでしょう。イリアも同じ事が出来るフラグがたちますが、熟練度的な意味合いでテペスさんには少し届かない予定。
 まぁ、その分。彼女はその他のステータスが高いわけですが…。

 さて次回は、少し趣向を変えた展開を予定。
 そしてそれを含め、最短3話。多くなっても残り5話で、ひとまず完結の形となります。
 もう少しだけ、お付き合いしつつ見守っていただければ幸いです。


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