Written by えむ
「悪いけど。他を当たってくれ…」
「ここまで来て、キャンセルだと? どういうつもりだ…」
「そ、そんな――――」
苦渋の決断とでも言いたげな表情でレックスは告げた。
その答えに、その場にいたセレンが土壇場でキャンセルしようとすることに驚き、ミッションのブリーフィングを行っていたラインアークの仲介人が衝撃を受けた様子で呆然となる。
「メガリスがラインアークの生命線なのはわかってる。頼れる相手がいないのもわかってる。だけどな―――」
片手で頭を抱え、小さく首を横に振る。そして、大きくため息をついてレックスは続けて言った。
「僕の機体はタンク機だぞ? ネクストとは言えタンクなんだぞ? タンクで飛行戦力相手に、空中戦やれってのは―――無茶だろう、さすがに」
「…あぁ、それもそうか…」
その一言に、セレンは一応納得がいったようだった。フォートネクストは、タンク機ゆえに空戦能力に乏しい。地対空戦ならともかく、完全に空中戦となると話は別だ。ましてメガリスは縦に長い施設。いやおうなしに高空での戦闘も強いられる。フォートネクストにとって、このミッションの相性は良くないなんて物ではないのだ。
さらに相手が飛行型ノーマルや航空機で編成された空軍ならば、なおさらのことだ。レックスが話を聞いて断ろうとするのもわからなくはない。
仕方がないことだが、仕事を選ぶことが出来るのも独立傭兵の特権だ。セレンは、もはやレックスが断ろうとするのを止めようとはしなかった。
「…だから悪いけど――――う…」
そしてレックスは、それらの事情から丁重に断ろうと顔を上げて……なぜかそこで言葉に詰まった。
視線の先には、ラインアークの仲介人がいた。まぁ、当然だ。ブリーフィングの途中だったわけだし。
彼の表情は絶望に染まっていた。 ホワイト・グリントと言う希望もあるにはあるが、彼はラインアークの防衛があるために動くことは出来ない。だが、すでに何人かの独立傭兵と交渉し全て断られ、レックスが最後の頼みだった。言うなれば、最後の希望だった。それが今消えようとしている。
「…………」
仲介人の表情から、彼のそんな必死な思いが伝わってきてか。レックスは断りたいのに断れなくなってしまった。例えるなら、雨の日にダンボールに入れられて震えている子犬を前にした時の気分だ。駄目だとわかっているのに放っておけない、一種の葛藤。
「…どうしても……駄目ですか」
振り絞るようにつむぎだされた仲介人の一言。それは、子犬の「くぅん…」と言う悲しげな鳴き声に匹敵するもの。そして、昔――その子犬の鳴き声で撃墜されたことのあるレックスには、もはや抵抗できる術はなかった。
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そして、それから1時間後。メガリスへと向かう輸送機の中に、フォートネクストの姿があった。
その輸送機の中で、フォートネクストの最終チェックをレックスが行っていると、おもむろにセレンからの通信が入る。
『どういう風の吹き回しだ? フォートネクストではきついミッションだろうに』
「わかってる。でもさ……」
『情に流されたか』
「まぁ、そんなところ。あんな表情をされちゃあね…」
断ろうとした時の、そして承諾した時の嬉しそうな顔。仲介人であった彼が、どれだけラインアークのことを思っているのかは一目瞭然だった。力になってやりたいと、改めて思ってしまったほどに。
『まぁ、それは私もわからなくはないが…。…しかし、今回は今回で出費がかさみそうだ。空中で固定砲台をやるとか、正直どうかと思うんだがな』
「仕方ないじゃないか。僕のAMS適正じゃ立体的な機動を取りつつ戦うなんて器用なことは出来ないんだから」
動きが複雑化するほど、負担は大きくなってしまう。レックスの適正では、とてもではないが三次元機動を取りつつ攻撃を行うなんて真似はできない。
だが依頼を受ける以上は、全力で知恵を振り絞るのもレックスがレックスたる所以。そしてレックスが今回考えた作戦は、『浮遊砲台化』と言うものだった。まともに動けないんだったら、動かなけりゃいい。避けれないんだったら最初から避けず、頑丈さに物を言わせて、やられるまえにやっちまえ。そんなところである。
もちろん、装備は今回も考えて選んである。主兵装はスナイパーライフル。これなら、遠距離にも届くし弾速も早い。それでいて火力もそれなりに高い。そして複数ある中から選んだのが047ANSR。これはリロード時間が短く、照準移動も一番早いタイプであり、攻撃までの時間の早さの短さと隙を減らすことで攻撃間隔を縮め、少しでも短時間で敵を撃破できることを考えての選択であった。
肩部はインテリオルのASミサイル・SM01-SCYLLAだが、こっちはロックせずに自動追尾できると言う点に着目してのことである。あと、両背にはOGOTO。どんなシチュエーションだろうと、グレネードキャノンを持っていかないと言う選択肢は、彼にはない。
「あとは全力を尽くすだけだよ」
『わかっている。お前の作戦は、無謀なようでしっかり考えて練られているからな。私はいつもどおりオペレートをするだけだ。受けた以上は、しっかり果たせよ?』
「当然だとも」
『よし。じゃあ行ってこい』
輸送機の下部ハッチが開き、フォートネクストを固定しているロックが解除される。そのまま機体が降下する。前方に巨大な塔のような施設が見える。メガリスだ。
すかさずオーバードブーストを起動して、一気にメガリスへと向かう。オーメルの部隊が包囲していて、現地上空で降ろすことが出来ないため、包囲網の外縁部ギリギリからのアプローチである。
エネルギー残量に注意しつつ、メガリスに接近し、オーバードブーストをカット。通常ブーストを使ってホバリングする。
高度はメガリスの中腹あたり。これなら上下共に狙える。
垂直のブースト制御をAMS制御からオート制御に変更し、その分楽になる負担を攻撃へと回し、さそくその場から攻撃を開始した。飛び回る航空機や飛行型ノーマル、爆撃機を狙えるところから狙って撃っていく。
フォートネクストの乱入に気がついたノーマルが攻撃を仕掛けてくるが、作戦通り避けない。狙うことのみに集中する。
「装備のチョイスは間違ってなかったな。レーザーは痛いけど、これならいけそうだ」
自分を真っ先に狙ってくるノーマルを撃ち落し、爆撃機、航空機の優先順位で攻撃を続ける。APも少しずつ削られてはいるが、それ以上に攻略速度も高い。撃墜ペースから言って、APが削りきれるよりも先に敵が全滅するのは明らかだった。
「あと少し―――」
『敵増援。AFだ。イクリプス…オーメルも本気モードか』
カメラをレーダーにも映った反応の方向へと向けると、円盤型の大きな機体がこちらへと近づいてくるところだった。
『量産型とは言え、敵の主砲は―――っ!?避けろレックス!!』
「っ!?」
セレンからの急な警告。直後、イクリプスから極太のレーザーが放たれる。だが、攻撃に集中するため、AMSの負担を減らそうとブーストをオート制御にしていたフォートネクストにとって、着弾まで数秒と言う時間はあまりにも短すぎた。
レーザーがフォートネクストを直撃。その衝撃でオート制御が解除され、バランスを崩して墜落を始める。
すぐさまブーストをAMS制御に切り替え、機体バランスを立て直しながら、ブーストを全開で吹かす。だが機体の重量が仇となったか、思うように減速しない。
「…このままじゃ、まずい…っ!?」
そうこうしているうちに、地面が目前まで近づいてきた。
咄嗟の判断。ブーストの減速だけでは間に合わないと思ったレックスは両背のOGOTOを展開し、地面目掛けてグレネード弾を叩き込む。
至近距離の爆発によって機体が揺れ、遅れて地面への激突による大きな衝撃が襲った。
「ぐ…っ?!」
『しっかりしろ!!大丈夫か…?!』
一瞬意識が飛び掛けるも、セレンの声でギリギリ意識を保つ。機体ダメージもあるがグレネードの爆風をクッション代わりにするという荒業の甲斐もあってか、思ったほど重傷と言うわけではなかった。
「…な、なんとか」
『そうか、安心したよ。だが、まずいな…。このままではイクリプスにメガリスを破壊されてしまうぞ』
「くそっ。あの形状と攻撃の発射位置からして、上が死角だとは思うけど」
なす術もなく攻撃されるメガリスに、固い表情で見上げるレックスはミサイルとレーザーの装備箇所から、すぐさま死角を見抜くことができた。だが上を取る方法がない。
「フォートネクストの上昇力じゃ狙い撃ちされてしまう…」
フォートネクストの上昇速度は遅い。そして次にレーザーをくらったら、さすがにフォートネクストでも耐えられないだろう。
飛行部隊の排除の際に受けたダメージが蓄積しているところに主砲を受けたのである。しかもレーザー兵器。GA系列の機体にとっては一番痛い攻撃だ。APはすでに30%を切っている。
『オーバードブーストで上がれたら、一瞬なんだろうが…』
「いや、速度的に確かに一瞬だけど―――」
セレンの呟きに突っ込みを入れかけて、レックスは閃いた。たまたまメガリスを見て、オーバードブーストを使って急上昇する奇策が浮かんだのである。
「それだセレン!!」
『何だ?私が何か言ったか?』
「オーバードブースト。オーバードブーストで上がればいいんだよ、上に」
『いや、まて。上がると言うのは簡単だが、どうやって―――』
「すぐにわかるよ」
そうとだけ、レックスはすぐにフォートネクストをメガリスのほうへと走らせた。メガリスの基部へと向かいながら、管制室へと通信を繋ぐ。
「管制室、先に謝っとく。すまん!!メガリスに少し傷つける!!」
『は?一体何を……』
管制官が答えるよりも早く、レックスはブーストを使ってフォートネクストを浮かせてから、オーバードブーストを起動した。爆発的な加速を得て、一気にフォートネクストが前へと飛ぶ。目前に迫るのは、メガリスの基部だ。
メガリスの基部は、垂直に延びている主要部分よりも直径が大きい。巨大なそれを支えるために大きいわけだが、基部と垂直部分の繋ぎ目は急な曲線を描くような形状となっている。よってまっすぐ壁に沿っていけば垂直となるのだ。
では、地面に沿って動くタンク機が、そういう場所に高速で突っ込んだらどうなるか。答えは単純である。
その壁に沿って突き進み、外壁に沿って進む。言い換えればメガリスの外壁を垂直に駆け上がることになるのだ。
わずか数秒で一気にメガリス頂上部へと迫る。頂上部には出っ張り部分があるも、フォートネクストの体勢は90度傾いている状態だ。そのまま普通にブースト上昇で飛び越し、オーバードブーストをカット。機体の姿勢を立て直す。
その眼下には、旋回してこちらへと接近してくるイクリプス。
「上を取った。今回も賭けは勝ちだ」
両背のOGOTOを展開する。そして迫り来るイクリプスへと、グレネード弾が叩き込まれ、大きな爆発にその巨体が揺れる。
そして続けてもう一撃。二度目の砲撃を受け、一際大きな爆発が起こった。そのまま全体から煙を吹き、イクリプスが通り過ぎていく。もはや旋回もしない。移動速度の勢いで進んでいるだけだ。
「……よし、これで全部だ」
『…メガリスの外壁を地面代わりに駆け上がるか。よく思いつくものだよ、こんなこと―――』
「思いついたんだから仕方ないじゃないか。結果、守りきれて何よりだよ。まぁ、損害は少し大きくなったけど……」
恐る恐るメガリス外壁部へと視線を向ける。そこには根元から頂上付近まで、一本の線が引かれていた。正確には外壁部表面のパネルが、フォートネクストの疾走によって剥がれた跡であるが。
『気にしないでください。破壊されなかっただけでも、充分ですから』
さすがにまずかったかなぁと思っていたレックスに、管制室からの通信が入った。
『まずは、お礼を。…ありがとうございます。助かりました』
「いや、こちらは仕事なわけだし。でも、これからが大変かもしれないな、ラインアークは…」
そう答え、高くそびえるメガリスを見上げる。
そんなレックスの言葉に同意するように、セレンがさらに言葉を続ける。
『そうだな。AFまで投入してきたくらいだ。これで、嫌がらせと言うことはないだろう。私の予想通りなら恐らく、次はラインアークかもしれんな』
『そんな……』
セレンの予想に、管制官が息を呑む。
だが、セレンの予想は後日―――見事に的中することとなった。そして、レックスの元にラインアークと企業連の両方から依頼が届くのは、今回のミッションから数日後のことだった。
To be continue……
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total:2651
☆作者の一言コーナー☆
ようやく本編更新。モチベーション戻ってきた気のする、えむです。
鯉の滝登りならぬネクストのメガリス登り。
事前調査でメガリスの基部を見て、ティンと来ました。唯一の心配は、あの形をうまく説明できたかどうか…というところですね。あの文章で伝わわらなかったらごめんなさい。文章でぴんと来なかった方は、ぜひ実機にて確認してみてくださいorz
○コメント返信コーナー
では、今回もコメントレスをば……。
>リリウムとどのように戦うか期待していたが・・・バランスがよく基本に忠実な相手には逆に勝てないのか。残念。
リリウムは平均的に高スペックなので、平均的に低スペックのレックスでは勝てないのです…現状では。
>王と知略戦とは…。
意外と他所では見なかったので、ありではないだろうかと考えたのがきっかけでした。
>王さんかっけぇな。銀翁と戦うシーンを見てみたいなぁ。
これは…考えておきましょう(ぉ でも期待はしないでくださいね(汗
>頭脳戦も出来る首輪付き、か。色々かいくぐった元レイヴンならではってとこかな?
そんなところです。頭脳戦以外は、平凡よりちょっと下ですが…。
>なんか、ネクストに乗る王を久々にみた気がするw
そういえば、あまり見てない気がする…!!
>こういうやり合いはもろ好み!心理戦というか、人間が考えて~っていう話しはやはり良い!
ツボでしたか。それは良かったです。今後もこの調子で進めていけ…たらいいなぁと考えつつ、がんばりたいと思います。
>各種誤字報告など
本当に、毎回お世話になっております…m(__;)m
以上、コメント返信でした。
今回も、またたくさんのコメントをいただきました。ありがとうございます。
また感想とかツッコミとかありましたら、よろしくお願いたします。
さて次回はいよいよラインアークでの戦いとなります。
…どっちについても強敵しかいない罠。どうなることやら…。
では、今回もここまでお付き合いただ来ありがとうございました。m(__)m