小説/長編

Written by えむ


「BFFのスピリット オブ マザーウィルを撃破する。まずはVOBを使って懐に飛び込む。超高速戦闘だ。目を回すなよ―――と言うのは酷な話か…」
「あたりまえだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 レックスの怒鳴り声が通信機に響いた。前もって、ボリュームを落としていたのでセレンへの被害は皆無である。

「この前の特訓で慣れたと言わなかったか…?」
「慣れたって、怖い物は怖いんだよぉぉぉっ!!」

 半分涙声が返ってくる。だが、まぁ…なんだ。絶叫せずに、こういうやりとりが出来るようになっただけでも大きな進歩かもしれない。ついでに言えば、VOBの機動も前より鋭さが増している気がする。

「そろそろマザーウィルの砲撃射程に入る。当たるなよ?」
「了解っ」

 前方に巨大な影が見えた。
 スピリット オブ マザーウィル。旧型だが、AFとしては超大型であるその存在感は、遠くからでもひしひしと伝わってきていた。






 同じころ。スピリット オブ マザーウィルの司令部も慌しくなっていた。レーダーが超高速で近づいてくる反応を捉えたのである。

「反応は?」
「一つです。ですが―――早い。時速1000kmは優に超えています!!」
「時速1000kmを越えたスピードで単機強襲…。ネクストか」

 スピリット オブ マザーウィルの艦長は、それだけで敵の正体を看破した。つい先日、同じ方法でラインアークのホワイントグリントが強襲。懐にまで飛び込まれたのである。
 その時は、搭載していたノーマル部隊の活躍もあって、こちらもそれなりの被害を出しつつも退けることが出来た。しかし、今回は少しだけ状況が異なる。
 現在、ノーマル部隊の大半は、大規模な作戦行動のために出撃中。スピリット オブ マザーウィルの防衛についているのは必要最低限の数だけ。つまり、いつもと比べれば戦力は断然に少ない。最も、それは大した問題ではないと思っているが。
 
「第一種戦闘配備。まずは主砲による砲撃を行う。落とし切れない場合は、近接迎撃戦となる。用意しろ」

 艦長の指示を受け、すぐさま艦内が慌しくなる。
 実際スピリット オブ マザーウィル単体の総火力だけでも相当の物だ。主砲もさることながら、大量のVLSと機銃。副砲もある。懐に飛び込めたとして、頑丈な装甲にも包まれている。そう簡単に落とされはしない。
 ただ、それでも…。長年艦長として培った勘が静かに警鐘を鳴らしているのが唯一の気がかりでもあった。






「VOB使用限界だ。パージする」

 背部に取り付けられていたVOBが分解し、フォートネクストは空へと放り出された。すぐさま、オーバードブーストを起動させ、全速力でスピリット オブ マザーウィルへと向かう。
 自機のレーダーに大量のミサイルが映る。だが回避はしない。オーバードブースト中なら当たる確率は低い。遅れて、前方から機銃や副砲による砲撃も飛んでくるが、それらは左右に機体を振ってかわす。
 クイックブーストによる高機動は苦手でも、レックスはオーバードブーストはそこまで苦手ではなかった。以前にそれに気づいたセレンがたずねたところ、「ネクストと比べると全然違うけど、ノーマルも積んでるんだぞ?」とのことだった。
 ともかく多少の被弾を受けつつも強引に突っ切り、スピリット オブ マザーウィルの真下。ほとんどの兵装の攻撃が届かない死角へとたどりつく。

「フェイズ1終了。さぁ、ここから本番だ…っ」
「抜かるなよ…?」
「わかってるよ」

 ほんのわずか、時間にして1秒ほど目を閉じる。思い返すのは、オーメルからの情報と事前に調べた様々なデータを元に自分で考えたプラン。成功率は低くはないと思っているが、それでも一抹の不安はある。
 完璧な作戦と言うのは存在しない。だが限りなく成功に近づける努力はした。後は実行するだけ。駄目だった時は、その時だ。

「行くか…っ」

 気を取り直し、ブーストを使って一気にスピリット オブ マザーウィルの真下から飛び出し、目的の場所へと移動を開始。スピリット オブ マザーウィルの艦体に、時々機体をこすってしまうほどの密着距離で張り付くかのようにフォートネクストを飛ばす。ノーマルや機銃の攻撃を受けるが、それも無視。まずはたどり着くことだけを考える。
 最初の目標は主砲。まずこれを潰す。これはそう難しいことではない。機体を飛ばし、両腕のレーザーブレードで破壊。さくっと二つ目も同じように破壊する。
 
「次だ」

 次の目標。ここからが本番だ。
 まず事前に調べておいた場所を目指す。それはスピリット オブ マザーウィルの両サイドにある6枚の翼のような甲板。その根元――甲板と本体を繋ぐ接合部分の近く。スピリット オブ マザーウィルの乗組員が気づいているかはわからないが、その巨体ゆえにVLSや副砲の届かない死角が数箇所存在する。そして、ここはそのうちの一つだ。 正直、この場所が死角となる場所でなかったら、今回の策は実行に移せなかったところでもある。
 目的の位置に到着する。案の定スピリット オブ マザーウィルの攻撃はない。残る問題はこの場所に来ることが可能なノーマルだが、そちらの対策も一応してある。時間稼ぎに過ぎないが、この位置は物理的に見通しが利かない。そこでECMを起動し、レーダーを封じる。そうすれば護衛のノーマルが自分を見つけるのにはいくらかの時間はかかるだろう。恐らく、スピリット オブ マザーウィルの方もフォートネクストを見失っているはずだ。

「よし、作業に入るか…」

 両腕のブレードLB-ELTANINを起動。高エネルギーの集束によって作り出される光の刀身が現れるが、それはすぐに消えない。その理由は単純で、単にブレードを発生させ続けているだけである。
 当然そんなことをすればエネルギー消費は凄まじいことになる。通常なら、斬る瞬間だけブレードを発生させエネルギー消費を抑えるようになっているが今回は普通とは使用方法が違うため、敢えてそういう設定にした。
 レックスは、すぐさま両腕のブレードを接合部分のある部分へと突き刺した。頑丈な装甲がそれを阻もうとするが、高熱状態を維持したままのブレードは、じりじりと穴を開け、少しずつ広げていく。
 ここでブレードに異常が発生したことを知らせるサインが表示された。元々、長時間ブレードを発生させるようには作られていないのに、無理やり発生させているため、ブレードの発振機が過負荷によってオーバーヒートを起こそうとしているのだ。

「もう少しだ。もう少しもってくれよ…っ」

 ブレードで強引にこじ開けている穴は、そこそこの大きさになっていた。と言っても、ネクストの腕が入るか入らないか程度のもの。さらに、この程度の穴を無理やり開けたところで、スピリット オブ マザーウィルに影響があるわけでもない。あの巨体からすれば、針の穴だ。
 小さな破裂音と共に、両腕のブレード本体が火を吹いた。

「あ、危なかった」

 作業はギリギリのタイミングで終わっていた。もうブレードは使い物にならないが、問題はない。攻略プランも、これで最後だ。
 両腕のブレードをパージし、両背のグレネードを起動させる。そして、ほんの少し後ろへと下がり、そのあけた穴へと手動照準で狙いを定める。

「さて、最後の運試しといこうか…っ」

 コクピットで一人そう呟き、レックスはトリガーを引いた。
 撃ち出されたグレネードが穴へと飛び込み、爆発する。だが、穴の長さもブレードの長さ程度。あふれた爆炎が噴出し、フォートネクストを巻き込む。
 ――損傷は軽微。コレならいける。そう確信し、レックスは二発目、三発目とグレネードを叩き込んでいった。

 端から見れば、何をしているのか意図すらわからない攻撃。実際、その異常に気づいたスピリット オブ マザーウィル側も、フォートネクストの行動の意味がさっぱりわからなかったほどだ。
 だが意味がないようで、その攻撃は少しずつ確実にスピリット オブ マザーウィルを蝕んでいた。

「第5ブロックで火災が発生!!」
「なんだと!?」

 何発目かのグレネードの爆発が起きたところで、ハッキリとした形でそれが見えてきた。
 どうやらレックスの策は成功したらしい。オペレータールームで見守っていたセレンは、ほっと安堵の息を吐きつつ、先日レックスの話を思い出していた。

 「まずスピリット オブ マザーウィルは、その砲台を破壊することによって、ダメージが内部へと伝播しやすいわけだけだけど、それ自体が直接の決定打になるわけじゃないんだ。それらのダメージの蓄積が、スピリット オブ マザーウィルの本体。メインシャフトに伝わることでそれが崩壊へとつながるみたいだ。
 で、各種砲台のダメージがメインシャフトに伝わるメカニズムだけど。恐らくは、弾薬の誘爆によるものだと思う。砲台を稼動させる以上、弾薬供給は必須なわけだし、メインシャフトにて一括して供給している場所があるんだろう。甲板内に設置されている可能性も考えたけど、あの厚さを考えれば余計なものを内蔵しているとは思えない。
 これらのことから、弾薬供給ラインに直接ダメージを与えることが出来れば、砲台を一つ一つ潰していかなくても同等の結果を出すことができるんじゃないかと思うんだ。
 もっとも、そのラインがどこにあるのか…と言うことが問題となるけど、それは宛てがある。
 砲台のほどんどは両翼の甲板各所に配置されているけど、それらのダメージがメインシャフトへと全て伝わるということは、必然的に本体と甲板を繋げている接合部分を経由するということになる。つまり、その部分にラインが集中している可能性は非常に高いんだよ。他につながっている部分はないわけだしね」

 これらの考えから、レックスの考えたプランが今回のものだったのである。弾薬供給ラインが集中すると思われる接合部。その外部装甲をまず破壊。その後、内部へとグレネードを叩きこみ、弾薬供給ラインに点火する。そうすれば、メインシャフトへと誘爆して、最終的に崩壊へと追い込むことが出来ると。
 ただネクストの装甲とは比較にならない厚さの外部装甲を破ることが出来るのか…とか、仮に外部装甲に穴を開けたとしても、そこから内部への砲撃が弾薬供給ラインに届くか…言った問題もあった。だからこそ運試し。一種の賭けなわけだ。
 最も今回も、レックスはその賭けに勝ったようだが。

 さらなる追撃により、スピリットオブマザーウィルの被害が拡大する。

「メインシャフト、熱量限界です!!」

 そして、目論見どおり、メインシャフトへのダメージが限界を越え―――

「総員、地上装備…!!」
「マザーウィルが崩壊するぞ!!」

 スピリット オブ マザーウィルは完全に崩壊し始めた。
 それと同時に、オーバードブーストを使ってフォートネクストが、その場より離脱する。

「よくやった。一端の傭兵らしくなってきたじゃないか」
「対ネクスト戦を除けばだけどね」

 そう答え、苦笑を浮かべるレックス。
 フラグシップ撃破の功績は大きい。企業の評価もある程度は上がるだろう。だが、まだ対ネクスト戦において手も足も出ないと言う、リンクスとしては致命的な課題が残っているのは事実だ。
 だが、まずは―――帰って寝よう。休憩だって大切だ。
 そう考え、レックスはフォートネクストの進路を、回収地点へと向けるのであった。

 スピリット オブ マザーウィルが新参の傭兵によって破壊された。そのニュースは、瞬く間にカラードやその他の企業にも伝わり、レックスとフォートネクストの知名度をいくらか引き上げることとなる。
 そして――――

「へぇ…。あのマザーウィルがね…。…新参なのによくやるねぇ。ふむふむ、名前はレックス・アールグレイ………。…あーるぐれい…?」
「姉御、補給が終わりましたぜ。…ってどうしたんです、そんな怖い顔して」
「ん、ちょっとね。今回の作戦行動終わったら、ちょっとカラード本部に行って来る」
「は、はぁ…」

 その知らせは、謀らずもあるリンクスを、レックスの元へと導くものとなったのであった。

To be countine……


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