Written by えむ
「やぁ、おつかれ。どうだった?」
疲れた様子で戻ってくる自分の彼女。フランソワ・ネリスに対し、レックスは苦笑いを浮かべながら出迎えた。どうやら戦闘は負けだったらしいのは一目見ればわかる。
「ボロ負けだった。なんなのさ、あの機動。追加ブースター満載にしたって、あの動きは人間じゃないって絶対…」
げんなりした様子で戦闘の結果を告げる。
結果は、ほぼワンサイドゲームだった。バッカニアの主兵装であるハイレーザーは一発もかすらず、散布ミサに至ってはロックオンすらままならない。かろうじて相手に届いたのは弾幕を張れるパルスキャノンであったが、長時間使用すればバッカニアのENを大量消費してしまうのと、相手の機体がEN防御寄りだったのもあって決定打には到底及ばず、結局は懐に飛び込まれ、ブレードで滅多切りにされてしまったのである。
トドメはクイックターンによる瞬時の4連切り。装甲も高くないバッカニアでは一たまりもない。
「うぅぅぅぅ。集団戦闘なら負けないのに~」
集団戦闘。コルセールと言う部隊を率いるフランソワ・ネリス――フランにとってもっとも得意なのが集団での、部隊との連携を生かした戦闘である。むしろ彼女の場合は、単独での戦闘よりもそちらの方が何倍も強く、その分野でならカラードでも間違いなく上位レベルだろう。
フランのランクがそれほど高くないにも関わらず、コルセールの評価が高いのはそのあたりが理由の一つでもある。最も、単独での実力を測るランクマッチでは、ほとんどそれを発揮する事はできないのだが。
「ランクマッチって基本一対一だからなぁ。まぁ相性が悪かったってことで。そうでなくても、シミュレーター戦苦手だろ?」
これが実戦だったら、フランはもっと善戦できたことだろう。彼女曰く、「シミュレーターは空気が読めなくて戦いにくい」とのことだから。
「でも、ここまで一方的だと、ちょっと悔しいなぁ」
「…今回の相手。聞いた話じゃ、上位リンクスに匹敵する実力者って話だからな。オッツダルヴァの再来って密かに噂もされてるっぽいし。」
「……なにそれ怖い」
かつてのランク1に匹敵するとも噂される実力。道理で強いはずだ。
「それはそうと拠点に帰るのは、もう少し後になりそうなんだけど。別にいいかな?」
「ん? 別にボクは構わないけどなんで?」
「ほら、僕はフランの一つ上のランクだろ? だから、この際だから次のランクマッチもやってしまおうかって話が出ててだな…」
「そうなんだ。…で、どう? レックスは勝てそう?」
「フォートネクストの決戦仕様機なら、誰にも負けない自信はある」
「あれは駄目だから。ていうか、基準違反で公式戦出せないから」
決戦仕様。レギュレーションを徹底的に無視した超重装・超火力の凶悪アセン。かつてORCAとの最終決戦にて使用し、模擬戦ではネクストの皮を被った何かとまで言われたトンデモ機体であり、一部システムにまで手を入れて戦闘に投入した魔改造機にして、レックスの「ぼくのかんがえたさいきょうのがちたん」である。が、詳しく、Victory of Wisdomの最後らへんを見ていただくとして。
「わかってるって。そもそもカラードのシミュレーターじゃ再現すら出来ないし。それはともかく勝てるかどうかはこれからだな。あんまり実戦にも出てないって話だったからノーマークだったけど、とりあえず戦闘記録調べからだな。どうせやるなら、簡単に負けたくはないし」
カラードに所属しているのなら、何かしら記録はあるはず。特にランクマッチ等の記録は全てある。相手を知るには充分すぎる材料となるだろう
「そうと決まれば、がんばるかー。なんか久しぶりだな、この感覚も」
そう告げるレックスの表情は、すでに次の戦闘に向けて固いものへとなっていた。
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同じ頃。
バッカニアとの戦闘を終え、そのリンクスであるフランソワ・ネリスとの交流も終えたイリアもまた、次のランクマッチへと思いを馳せていた。
とりあえずオペレーターもかねているオウガに、次の対戦相手のことを聞いてみる。
「オウガさん。次の相手ってどんな人なの?」
「次の相手は、レックス・アールグレイ。コルセールに所属するリンクスで、ガチタン使い。テレジアさん同様「下位ランクに潜む魔物」にして「二度目から本気を出すリンクス」とも言われてる」
「…えっと。…最初のはわかるとして、二つ目はどういうこと…?」
下位ランクに潜む魔物。この言葉が、上位ランクに匹敵しながら、下位ランクになぜかいるリンクスであることはイリアも良く知っていた。が、続く言葉は初聞きだった。
「一度目に戦うよりも、二度目以降に戦った時の方が強いらしいんだ。まぁ、ランクマッチで勝って、わざわざ自分より下位のランクと戦うリンクスなんて、そうそういないから知らない人間も多いらしいけど」
「じゃあ最初は弱いってこと?」
「いや、そういうわけでもなくて、初戦でも十分強いよ。まぁ、なんせORCAとの最終決戦の際。ラインアークが出したのが彼って話だし」
「…ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあ……」
事のあらましはイリアも大体知っている。あの事件の後、ウィン・D・ファンションから、「本命の」エーレンベルクでの戦闘について、色々と個人的に聞いていたからだ。
その際に彼女と組んだのがラインアークに当時所属していたタンク乗りのリンクスであることも知っている。そして、その人物のおかげでORCAとも決着がついたことを。
「実力は上位クラス。下手すると、1位か2位レベルかもしれないねぇ」
「何で、そんな人がこんな低いランクにいるの!?」
「んー、僕に聞かれても困るんだけど」
イリアの突っ込みも最もだが、その理由をオウガが知るはずはない。
「まぁ、とりあえずそんな相手だな。あとは…奇策を巡らせてくる厄介な相手としても有名かな」
「奇策……」
「普通なら考えもしないような戦い方をしてくるというか。一応、戦闘記録はあるから見ておくといいかもしれないね」
「うーん、オウガさんには悪いけど…。私は見ないよ。今回も」
オウガの申し出に対し、イリアは静かに首を横に振った。
「前もって知っておけば、きっと勝てる確率は上がると思う。でも、実戦で必ず相手の予習なんてできるわけじゃないし。今後も意表を突くような戦い方をしてくる敵に遭遇するかもしれない。その時に、ぶっつけで対応できないとか話にならないでしょ? だから、そういう戦い方してくるなら、なおさらのこと。その方が、将来的に私のためにもなると思うから」
強くなるために。敢えて、相手の戦い方を見ない。それがイリアの決断だった。それで負けるようなら、乗り越えられるまでがんばる。勝てたら勝てたで、また一歩強くなれたことにもなる。イリアにとっては、ランク1を目指すことも、自分の目標である「強くなること」に対する一過程に過ぎないのだ。
「でも、それだけ強いのなら、ちょっと楽しみだな。どんな戦い方する人なんだろう」
普通なら考えもしないような戦い方。それがどんなものかはわからない。だが、強くなるための一歩として考えるにしても、今までにない相手であるのは確か。それだけにちょっとだけ楽しみにも感じるのであった…。
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当日。
「ただの下位ランクマッチなのに、なんでこんなに人が多いんだ…」
特に深くは考えていなかったものの、ランクマッチが行われる場所へと訪れたレックスは、驚いていた。ギャラリーの数に。
とりあえずそれぞれの知り合いの大半は、一同に勢ぞろいしていると言ってもいいだろう。それ以外にも知らない顔がちらほらといたりはするのだが。
「…王小龍にリリウム・ウォルコット…。あんたらまで来てるんか…」
「今回のカードはそれだけ注目に値するということだ、レックス・アールグレイ。そうでなくとも上位ランク同士のマッチとなれば、こんなものだ」
「そうなのか…」
「レックス様。がんばってください」
「あー、ありがとう」
すでに時間が押しているのを知っているからだろう。そんな風に一言二言言葉を交わしてから、黒尽くめのボディガードと共にギャラリー席――もちろん企業上役用のVIPルーム――へと去っていく。
「……なぁ、フラン。これってランク24決定戦だよな?」
「そうだけど、王のおっさんが言うとおりだと、ボクは思うなー。どっちも上位ランククラスのリンクスなのは事実だし」
「上位クラスっつてもなぁ。僕的には、自分は下位クラス程度だって思ってるんだが」
「少し前、オーダーマッチでダリオ・エンピオをフルボッコにして、良く言うよ…」
「あ、あははははは…」
ふと脳裏にその時の戦闘が思い浮かぶ。そもそもの発端は、ちょっとしたことからダリオがガチタンのことを散々馬鹿にし、レックスが珍しくプッツン。タンクの恐ろしさを思い知らせてやるとオーダーマッチを挑み、その上でフルボッコにしてしまったのである。
具体的には、オーバードブーストで正面から突っ込みつつ背スラッグで固め、怯んだ隙に体当たり。そのままトラセンドを押しつぶし、タンク脚部で地面に押さえつけてマウントをとった上で、腕部グレネード(もちろんNUKABIRA)の弾が尽きるまで零距離連射と、言った具合である。この戦闘の後、彼は少なからずトラウマが出来たらしいが、それはレックスの知ったことではない。閑話休題。
「ともかく、レックスがどう思おうと周りの評価は大きいんだから。そんなリンクスが、強敵と戦闘するともなれば、誰だって興味を持つよ」
「…そんなものか。まぁ、いいや。とりあえず時間だし、そろそろ準備しないとな」
「そうだね。じゃあいってらっしゃい」
「あぁ、いってくる」
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同じ頃。イリアもイリアでギャラリーの数に目を丸くしていた。
「な、なんかすごいことになってるんだけど…。前のランクマッチの時とかでも、こんなに人は多くなかったよ!?」
「当然ですよ。相手は有名人ですし、イリアちゃんもランクマッチを快進撃で進んで、知名度も上がってますから」
「そういうことだ」。
イリアとエイ・プールが話していると、すぐ後ろから別の声が割り込んでくる。誰かと思って振り返ってみれば、そこにはウィン・D・ファンションとスティレットの二人がいた。
「ウィンさんに、スティレットさん!? 二人も見に来たの!?」
「こんな好カードそうそう見れるものではないからな。最近は、上位ランクでの公式マッチが行われていないと言うのもあるだろうが。私の場合は、相手の実力も知っているからな。イリアがどう立ち回るか興味があったと言うのも一つだ」
「ここに来ている人はみんなそうでしょうね。私もそうですし」
「う、うーん……」
それぞれの言葉に、イリアは視線を下へと落とし、それから改めて周りを見回した。知らない人も多いが、知っている人もいる。よくよく見れば、インテリオルのお偉いさんとかまでいるではないか。その誰もが、今回の対戦に興味を持っている。
普段はほとんど周りなど意識したことのないイリアであるが―――
「ど、どうしよう。なんだか緊張してきちゃったよ……」
気がつけば、その場でガチガチになりはじめていた。笑顔ではあるが、いつものような元気さとかが少しばかり鳴りを潜めているような気もする。
「え、えぇぇぇっ!?イリアちゃん、今になってそれはやばいですよ?!」
「そうだな…。仮にもベストじゃない状態で勝てるほど甘い相手じゃないからな…」
イリアの様子に気がつき、エイ・プールやスティレット達も少し慌てる。はっきり言って、開始時間まで、もう10分もないのだ。その短時間で落ち着ければ問題はないだろうが、じゃあどうするかと聞かれると、方法にも困る。
「あ、あははははは…」
そして、肝心のイリアはといえば乾いた笑い声を漏らしつつ、その場で直立不動のままであった。そうこうしている間にも、時間は過ぎていく。と、そこで―――
「キシャー♪」
「き、きゃぁぁぁぁっ?!」
手乗りAMIDAことアミちゃんがいきなり、イリアの顔に張り付いた。不意を突かれ、アミちゃんに慣れているイリアも、さすがに驚いて声を上げてしまう。
「ア、アミちゃん!?ちょ…やめ…。はーなーれーてーっ」
「キシャー♪」
何とか引き剥がそうとするも、アミちゃんはしっかりとイリアの顔に張り付いており、なかなか離れようとしない。それでもなんとか、エイ・プールが両手で掴み、さらに体重もかけて引っ張って、引き剥がす。
「アミちゃん、イリアちゃんは今から用事があるから遊んでる暇はないんですから、離れてあげてください~、ひゃぁぁぁっ?!」
いきなりアミちゃんが足を離し、そのままひっくり返りそうになるエイ・プールを近くにいたスティレットが受け止めた。
「もう、アミちゃん。めっ」
「キュゥ……♪」
そしてなんとか解放されたイリアはと言えば、なんとか立ち直ってアミちゃんを叱る。だが、なんだか嬉しそうに脚をわきゃわきゃと動かしており、反省の色はない。普通だったら、しょぼーんと言いたげに脚の力を抜いたりするのだが。
「…ふむ。…持ち直したか」
「え?」
おもむろにスティレットが口を開き、イリアが不思議そうに振り返る。
「あ、ほんとですね。あぁ、アミちゃんが悪戯したのはそういうわけだったんですね~。イリアちゃん、緊張解けてますよ」
「え? あ、ほんとだ…」
アミちゃんの不意打ちで意識が違うほうに向いたせいだろう。さきほどまでがちがちだったイリアの面影は、すでにそこにはない。
「アミちゃん、ありがとうっ」
「キシャー♪」
気を利かせてくれたアミちゃんにお礼を告げるイリア。
「さて、そろそろ時間のようだ」
「あ、ほんとだ…。それじゃあ、私も準備しなくちゃ」
「イリアちゃん、がんばってくださいね」
「うん、がんばるっ」
応援の言葉に笑顔で答えるイリア。それから、シミュレーターの方へと駆け出していく。
それから間もなく、ランクマッチの開始を知らせるアナウンスが流れ―――
―――戦闘が始まった。
To be countine……
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☆作者の一言コーナー☆
えむです。同時間軸と言う設定で二つのAC小説を書いたのなら、やっぱり主人公対決はすべきだろうと思い立ち(コメによる後押しもあって)、書いちゃいました。
…予想以上にボリュームが増えたので、前後編になっちゃいましたが。そして肝心の戦闘は、またしても後編だったりするのですが。
そんなわけでまずは導入部だけですが、お楽しみください><