#author("2017-07-10T21:49:59+09:00","","") #author("2017-07-10T21:54:53+09:00","","") #setlinebreak Written by へっぽこ ---- 不意打ちだった。 「ねえ。あなたの、その怒りはどこから来るの?」 彼女は私の絵を観てそう言った。 もう、最後かもしれないからって。 前から観たいとせがまれていた私の絵を、観て、漏らした感想がそれだった。 そうしてマギーは私の回答を待たずに――。 「ごめんなさい」 ねえ、マギー。 それはいったい、何に対する謝罪なの? 「じゃあ。もう行くね」 「うん」 「さよなら」 「うん」 これが最後。 彼女と、面と向かって交わした、最後の言葉。 「またいつか。」 こうして彼女は出て行った。 / 自分の、この世界での役割とは何だろう? 幼い頃からそればかりを考えている。 無限にある道。だが、正解はきっとひとつしかない。 私の頭の中ではいつでも何かが燃えていた。 小さく弱く、燻っていた。 一体何が燃えているというのか? 私には分からない。 ただこの、時折胸を掻き毟り、叫びたくなる熱を、私は持て余していた。 募るのは、むなしさばかり。 眠れない夜が続く。 子供の頃の話。 陽気にスキップしてみれば、何の変哲もない通りでずっこけた。 軽快に道を駆けることすら叶わないのか、と、大げさながらに嘆いた私は、それがもとでスポーツへの情熱を失ってしまった。 人並みに体を鍛え、普通に運動するのは今もだけど、だからと言って、それを専門に命を賭けるなんて到底できない。 こうして。 私にとってのスポーツはテレビ画面の向こう側の代物となり、その道を閉ざしたのだった。 さて。 体育会系で駄目なら学問だ。と、思ったはいいが、何かこれといって知りたい事象などなく、ゆえにゴール無き学びの道は苦痛以外の何物でもなかった。 それでも才があるなら続ける事もできたであろう。が、しかし私の知能は人並み以下で、数式の答えがふいと頭に浮かぶ奇跡もない。 研究の道はそうして途絶えた。 なれば芸術の道へ。 うん。 これはかろうじて保った方。 とはいえ、それはあくまで趣味としての話であって、才能が花開くことはなく。 いつか美術館で出会った×××に打ちのめされて――。 ふと。 外側から。 こんな通信が舞い込んだ。 「始めましょう 殺すわ、あなたを」 聞き慣れた声。けれど、そこにはかつての潤いが消えていた。 その台詞に、ぼーっとしていた意識が覚醒する。 ああ、なんてことだろう。 マギーが私を殺しに来てくれた。 あの時は、私のことなんて、見向きもしなかったのに。 私がどんなにからみついても、どんなに熱くエロティックに肌を合わそうとも。 彼女はとんと涼やかで。 溢れ出るのは私だけ。 それが、どう? “始めましょう 殺すわ、あなたを” ま。そういうわけでさ。 ◇ 私は今、アーマード・コアの中に居る。 あの日、私がこのシートに座ったあの瞬間から。 ここが私の居場所になった。 ここが、どこよりも安心できる場所になった。 ここが、何よりも力を行使できる場所になった。 私は嬉しかった。 降り注ぐミサイル。 白く尾を引く弾丸の軌跡。 稲妻のようなレーザー。 そのどれもが、まっすぐ、私に向かってくる。 彼女の放出した物質が、まっすぐ、私に向かってくる。 それが嬉しかった。 もちろん、それら飛び交うミサイルや弾丸にそのまま撃ち抜かれる程、私もお人よしではない。 この二人舞台、ステージには遮蔽物がたくさん乱立している。 ほら、もっとよく狙って? もっとよく見て? 打ち抜いてごらんよマギー。 彼女が次々に攻撃を繰り出す。 対して私。 私の機体。 強引に背負わせた図体のでかい暴力機械はもちろん使わない。 このタイマンは私とマギーの愛の営みなのだから。 そこにチェンソーを持ち出そうなんて、そんな野蛮はムードじゃない。 私がやりたいのはもっとソフトな、―――レイプです。 私の中。 ちりちり、燻っていたそれが真っ赤に燃え上がるのを感じた。 私の心が、魂が、燃えている。 真っ黒な黒煙を上げて。 エンジンが起動する。 私の中にずっと眠っていたエンジンが、ついに廻り始めたのだ。 その燃料は魂。 もう、ACは私の手足に等しい。 私の脳という制御装置が、酸素で動く小さな動力源でもって、肉でできたインターフェースを介して鉄の体を踊り狂わす。 この、私の、鉄でできた人差し指と親指で、人の頭を胴体から引っこ抜くことが今ならできるよ。 人間の目玉の性能を優に超えるカメラが私の視界。 ぽん、と飛び上がってビルを蹴る。 瞬間、身体は10mを楽々と超え。そして漂う、中空を。ゆるやかに。 ああ、楽しい!楽しい! ありがとう、マギー。 あなたのおかげで、ここまでこれた。 私はマグノリアを犯していく。 一撃一撃、愛を込めて。 彼女に比類なき暴力を振るうのだ。 それこそ全身全霊で、少しずつ、舐めるように暴力を。 殴り蹴り撃ち叩き切り裂く。 本当は彼女の首筋に噛み付きたいけれど、残念ながら、ACにそんな機能はない。 そんな私に彼女は優しく、へこたれず、愚直に向かってくる。ぶつかってくる。その気迫が心地よい。 彼女は私の全てを受け止めてくれていた。 タンタン、とライフルを撃てば、するりとかわすマグノリア。 うん。分かっている。こっちに逃げるってこと。よく分かるよマギー。 見え透いた彼女の動線上に重ねて、私はブレードでなぎ払う。 別段、致命傷にするつもりもなかったが、光波が舐めたマギーの左腕は赤く爛れ、傷つき、幾本かのハーネスでかろうじて千切れず繋がっているまでに陥っていた。 もはや彼女の動きに鮮烈さなどない。 その動き、知ってるよ? 避け方、機体の滑らせ方、攻撃のタイミング。 何から何まで知っている。 彼女は私に全てを教えてくれた。 だから私にとって、この戦いは、それこそシミュレーショントレーニングの延長レベル。いわばチュートリアル並みの難易度だ。 けれどいいんだ、それで。 彼女が私に向かってくることが大事なんだ。 楽しいんだ。 あんまり楽しいもんで、つい笑みがこぼれた。 ああ、たのしい。 ほら。みるみるうちに彼女の体が砕けていくよ。 それでも彼女は諦めない。 負けたくないから、戦いをやめない。 その姿勢、とてもとてもぞくぞくする。 するとどうだろう? 彼女は何て言ったと思う? 「ここが! この戦場が、私の魂の場所よ!」 息も絶え絶え。千切れかけた片腕は関節の動力が暴発し、はじけ飛び、片手を失ってなお止まらない。 炎を上げつ突貫する。 強い意志。頑なな決意。 ああ、なんて健気なのマギー。 すごい。 すごいよ、マギー。 私の憧れ。私の理想。私の夢。 私は私は息荒く、はあはあと息荒く、興奮していた。 とても。 とっても。 はたして、こんなにひたむきに、私のことを見てくれた人が他にいたでしょうか? 何もかもが初めてでした。 そして悟る。 マギーは、私にとっての女神さまなのです。 ああ。 愛してるよ、マギー。 これからもずっと、愛してる。 ずっと。 けど。だめ。壊れちゃう。 もっと、彼女と戦っていたいのに。 もう我慢できない。 私の放つ弾丸が、彼女の体の中に食い込むそれが、途方もなく気持ちいいから。 私は彼女を撃つことを止められない。 何度も何度も。 いろんな角度から。 頭に足に胴体に腕。それに千切れた腕にも。 ゼロ距離で撃つのとか、ホント最高。 きっと。 これが私の、この世界での役割なんだって、今なら分かる。 私の全てはマギーを愛し、壊すことにあったのです。 そしてそれは彼女がこの世を去ってからも続くのです。 永遠に。 私という存在が燃え尽きるまで。 これは儀式だ。彼女の魂と同化するための。 彼女が成りたかったかもしれないもの。彼女の夢も、私が奪う。 ぜーんぶ、奪う。 手にしたアーマード・コアという暴力で。 何もかもを焼き尽くす。 さあ。 最後の一撃は、渾身の飛び蹴り。 ガツン、と言う金属音。 もう、迷うことはなにもなかった。 うん。 ずっと保留にしていた私のエンブレム。 黒い木蓮にしよう。 黒い、木蓮。 枯れているのではない。 燃えているんだ、ドス黒く。 麗しく、死臭漂うマグノリア。 「さよなら、これでよかったのよ」 ――思いだした。それは、いつか彼女が描いた絵のなれの果て。 私が汚した美しいモノ。 私が食べた美しい母(ヒト)。 目の前には、真っ黒に燃え尽きたマグノリア。 本当に、うっとりする。 肉の指が這いずる。 身体が火照って、息荒く、私は――――んっ。や。 だというのに。 こんなにも、いい天気だというのに。 こんなにも、すがすがしい気分だというのに。 『まあ、こんなもんかね。終わってみたら、あっけない』 なんて不快な。 耳障りなノイズだろうか。 ぶち壊しだろーが。お前。お前! きゅるるるる、と、どこからか現れた機械の鳥が気味悪く。 台無しである。 うるさい、と私は思った。 火照った身体が冷えていく。急速に。 そして込み上げる怒り。 怒り、怒り。 “不明なユニットが接続されました” 私は左腕を切断(パージ)する。痛い。左腕が痛い。 “システムに深刻なダメージが発生しています” きゅるるるる、と機械鳥が鳴く。 うるさい、と私は思った。 あと少しで、イケたというのに。 きゅるるるる、と機械鳥が鳴く。 うるさい!と私は怒った! 私の前には道がある。 たった、ひとつ。 邪魔するものは、全て、焼き尽くしてやる。 ---- //以下の"&"前のスラッシュ"/"は、カウンタープラグインに新規ページのアクセス計測 //を確実に行わせるため、更新直前にすべて消してください。 now:&online; today:&counter(today); yesterday:&counter(yesterday); total:&counter(total); ---- **コメント [#v6849da4] - かくして彼女は自己を確立し、夢の成就でもって、自分の進む道を決めたのでした。こうして彼女はこの後、死ぬまで、ACに乗り、戦場を駆け続けるのです。最初はファットマンと二人で。途中からはたぶん一人で。 以上、マギーの敗北をもって本作は終了。最後にエピローグを追加して、この物語の幕となります。 -- [[へっぽこ]] 2017-07-10 (月) 21:54:53 #comment ---- [[前へ>しぼうのかたまり(小説・全年齢)]] [[次へ>パーフェクト・ブルー(小説・全年齢)]] RIGHT:[[小説へ戻る>小説/連載中作品]]