Written by 雨晴
企業連がついに動いた。ラインアークの主戦力、ホワイトグリントの撃破を目的とした作戦は事実上、ラインアークへの最終攻撃。
作戦を遂行するリンクスの一人は即決定している。オッツダルヴァ。だが、いくらランク1と言えど、一機では心許ない。
もう一機に浮上したのはランク2、リリウム・ウォルコットだったが、BFFはそれを頑なに拒否している。
マザーウィルを失い、リリウム・ウォルコットまでも失ったとなればBFFとしては致命的だろう。
他企業もその作戦にトップランカーを繰り出すのには消極的だった。
企業連と言えど、所詮オーメルの代弁者。被害を被るのはご免だという姿勢は崩れない。
そんな中、とある一人の独立傭兵へとその矛先が向いたのはある意味当然とも思えた。
カラードへの登録から目覚しい戦果を挙げ続けている、ストレイドのリンクスである。
リリウム・ウォルコットは企業連のブリーフィングルームの外で人を待っていた。
数時間前に別の用事でここ企業連へと出向いたのち、既に待ち始めてから2時間が経過している。
ここに彼が居るのは確実で、今は件の作戦について説明を受けているところだろう。
ならば待たなくてはならない。考えたくはないが、危険な作戦だ。もしかしたら、もしかしてしまう。
ダメだ、とネガティブ思考を振り払い、前を向いたところでようやく扉が開く。
待ち望んだ瞬間に、あっ、と反射的に声が出る。先に出てきた男性に、一瞬で意識を整えた。
「リリウム・ウォルコット?何をしている」
「オッツダルヴァ様、協働に出られず申し訳御座いません。お気を付けて」
オッツダルヴァ様はさも興味無さそうに鼻を鳴らし、そのまま廊下を歩いていく。
耐Gスーツに身を包んでいるところを見ると、これからすぐに出撃だろうか。そう思い、彼を向いて一礼する。
彼が振り向くことは無い。
「リリウム?どうしたんです、こんなところで」
背後から、2時間もの間待ち続けた相手の声が聞こえた。振り返る。耐Gスーツ姿の彼が居た。
「丁度企業連へと出向く用事がありまして。貴方を待っていました」
こんにちは、とお辞儀。いや、それよりもと彼が制する。
「かなりお待たせしてしまったのでは?すみません、気付かなくて」
「いえ、そんな。今到着したところですから」
嘘である。と言うか、このやり取りは恋人同士のものなのではないだろうか。いつか読んだ小説に、そんな節があった気がする。
「リリウム、大丈夫ですか?顔が赤いですよ」
「い、いえ、何でもありませんから」
「何ベタな事をやっている」
彼の後ろから女性が現れる。オペレーターの方だろうか。
「先に行くぞ。15分後に出撃だ。遅れるな」
「了解です、セレン。直接ストレイドへと出向けば良いのですね?」
「ああ」
そう言い残して、あとは一瞥もくれずに去っていくセレンという女性。厳しい人なのか、と印象を受けた。
「あ、もしかしてお邪魔でしたか?」
これから直ぐに出撃と言うことは、まだしなくてはならないことがあるのかもしれない。
彼は大丈夫ですよと笑いかけてくれる。
「むしろこれから出撃まで何もすることがないので。助かります」
ほっとする。だが、同時に彼の目が赤いことに気が付いた。尋ねる。
「ああ、恐らく寝不足だからですね」
恥ずかしながら緊張してしまって、と彼。
「申し訳御座いません。私が出ることが出来ていたなら、貴方が危険を冒す必要など・・・」
「問題ありませんよ。むしろマザーウィルを落として現状を作り出した張本人は、私ですから」
あ、と声が漏れる。そうだった。
「私は、貴女から見れば本来敵なのですから。私の心配などしない方が」
「そ、そんなの関係ありません!」
あ、と再び声が漏れた。発した大声に恥ずかしくなって顔を伏せ、しかし上目でちらと伺えば、呆然とした顔の彼がいる。
「貴方が居なくなってしまうのは悲しいです。心から、そう思います」
不意に、頭に何らかの感触を得た。彼の手だ。顔を上げる。
目を細める彼がそこに居て、撫でられているという事実に気付き顔が熱くなる。
「優しいのですね、リリウム。有難う御座います」
「い、いえ・・・」
「気が変わりました。本当は持って行くつもりでしたが、もし宜しければ預かっておいてくれませんか?」
え?と首を傾げれば、彼は耐Gスーツの内ポケットから何かを取り出した。写真だろうか、数秒、優しげな視線でそれを眺めた彼に手渡される。
可愛らしい笑顔の似合う、私よりも少し下くらいの女の子。
「やはりこれを戦場に持ち込むのは気が引けます。貴方になら任せられる」
「え、でも、大切なものなのでは?」
「だからこそ、貴方に預けたいのですよ。リリウム」
それは、と彼が続ける。
「大切な妹です。戦場には連れて行けません。・・・迷惑でしょうか」
そんな訳、ない。
「いえ、とんでもないです。預かります。預からせて下さい」
ですから。
「ですから、必ず帰ってきてください。その時に、お返ししますから」
計ったように、彼のモバイルが音を立てる。時間を知らせるものだろう。
「わかりました、リリウム。また会いましょう」
「はい。必ず」
それでは、と背中を向ける彼。最後まで見送り、写真を見直す。彼の目許とそっくりだ。優しげな、その笑顔。
『こちらホワイト・グリント、オペレーターです』
全武装最終チェック、異常無し。ジェネレーター正常に稼働中、プライマルアーマー展開完了。
『貴方達は、ラインアークの主権領域を侵犯しています』
各ブースター異常無し、FCS起動。戦闘態勢。
『速やかに退去してください。さもなければ、実力で排除します』
行くぞ、アナトリアの傭兵。
『ミッション開始』
セレンの一言に、閉じていた目を開く。
『ラインアークの主戦力、ホワイト・グリントを撃破する』
ランク1との二人掛かりだ、これ以上は望めん。確かに、セレンの言う通りだ。オッツダルヴァが何か話しかけてくるが、関係ない。
目標視認、高速接近。橋上では歩が悪い。サイドブースター起動、洋上へ飛び出す。
接敵。
051と063、分裂ミサイルを絡めた中距離滞空戦闘が、ホワイト・グリントのスタイル。ならば。
連続クイックブーストでホワイト・グリントの真下に潜り込み、位置取り。ここだ。
離れようとするホワイト・グリントの機動は流石は英雄、侮れない。だが決して離すものか。
アサルトライフル、マシンガン起動、射出。命中を確認する。継続射撃。
中距離よりステイシスの援護射撃を確認。射角を調整し、そちらへ誘い込む。
不意に、ホワイト・グリントが高度を落とす。垂直推力をカットするのが見えた。
こちらへ落下してくる白。対応判断を迷っている隙に、白が収縮する。
―――アサルトアーマー!
半ば無意識に、メインブースターのクイックブースト、最大噴射で離脱を仕掛ける。途端、薄い緑が爆発した。
視力ごと持って行かれそうな閃光に耐え、一旦距離を置く。ステイシスがカバーに入るのが見え、落ち着いて損害分析。
メインカメラ、再起動までの予測数値25、プライマルアーマー再展開までの予測数値50、AP65%減少。
死ぬかもな。口元が緩んでいることに気が付いた。だが、ステイシスに任せ放しでは、私の居る意味がないだろう。
視界の回復度は15%といったところ。それでも、ミサイルでの援護程度なら可能だ。前進。
『貴方は、昔の私たちと同じです』
突然聞こえてきた、ホワイト・グリントのオペレーターの声。一瞬、前進を躊躇った。
雑音だ、カットしろ。メインブースター起動、ステイシスの援護へ。
『考えて下さい』
何をだ、カットしろ、聞くな。
『何の為に戦うのか』
何の為に?
決まっている。私から全てを奪っていった企業と、そこのネクストを打倒する為だ。
それ以外に何がある?それ以外の何の為に戦う?何の為に生きてきた?他には何も無い。私が此処に居るのは、その為だけだ。
そんな事、誰も望まないのに?
前進が止まる。突如発生した自身の思考に、目を見開いた。
かつてのキャンプが目に浮かぶ。
拾われた先は決して豊かではなかったけれど、皆良い人ばかりだった。
私だけではなく妹をも拾ってくれたあの人は、私に名前をくれたあの人は、強い人だった。何もかもを教えてもらった。
妹は、こんな私を慕ってくれていた妹は、最期まで私を必要としてくれていた。私の拠り所となってくれていた。
けれどその全てが私の手から零れ落ちて、だから今の私が此処に居る。
誰も望まないのに?ただ無作為に戦場を荒らし、人を殺して、そんなこと、あの人たちが望む筈が無いというのに?
なら、私は、僕は、何の為に、戦えば?
そんな事、決まっていた。
あのキャンプを守る為に、父の助けに成る為に、そして何よりも、大切な妹と生きる為に。
なのに、なのに、なのに。
コンソールに額を思い切り叩きつける。額が割れ、血が流れ、それでも意識を回復させる。
後で考えろ、そんな事は。戦う意義を、そこのリンクスが奪っていった。それが、今の全てだ。
後悔は後だ。懺悔もその後だ。死んでられるか、こんなところで。全ての元凶に殺されてなどたまるか。
約束もした。もう一度あの少女に会うと。あの少女が、ウィルの写真を預かってくれている。
プライマルアーマー再展開、充填80、メインカメラ正常に起動、FCS異常無し。前進だ。
前進、前進、前進。オーバードブースト全解放。敵機射程まで、800。敵機視認、上方。
ステイシス確認、健在。ミサイル展開、リリース、アサルトライフル起動、オーバードブースト解除、メインブースター推力へ移行。
敵機迎撃開始、回避。AP警告音カット、マシンガン起動、近距離戦闘。
射撃、射撃、グレネード射出、クイックブースト、クイックターン、背後獲得、ミサイル射出、アサルトライフル射撃。
『メインブースターが逝かれただと?』
ステイシス、被弾。戦闘続行。
『浸水だと?馬鹿な』
ステイシス、戦域離脱。現状確認、AP25%、プライマルアーマー充填65%。
ノーロックで接近、敵機アサルトアーマー誘引、成功。敵機プライマルアーマー排除、再ロック、極至近距離戦闘へ。
マシンガン、アサルトライフル射撃、敵機回避。
グレネード射出、パージ。ミサイルリリース、パージ。敵機プライマルアーマー再展開。
敵機分裂ミサイル起動、一時後退。到達前に迎撃、成功。連続クイックブースト、サイドブースター出力50、メイン100、突撃。
右腕部被弾、頭部被弾、突撃続行。敵機後退、オーバードブースト点火。逃がすか。逃がすものか。オーバードブースト起動。
突撃、突撃、突撃。極至近距離を全力で維持しろ、ありったけの残弾を撃ち込んでやる。マシンガン、アサルトライフル全力斉射。
マーヴ残弾ゼロ、パージ。格納兵装、レーザーブレード展開。これで、
―――終わりだ。
オーバードブースト解除、同時にクイックブーストによる踏み込み。
衝撃、爆散。
戦闘終了、敵影ゼロ。
「ホワイト・グリントの撃破を確認」
まさか、本当に成し遂げるとは。
「結局、お前一人か」
アナトリアの傭兵の名を、知らないはずが無い。恐怖の代名詞。当時リンクスだった私自身、あの男の強さは知っている。
「信じられんな」
率直な感想だ、それは。正直、ここまでとは思わなかった。
ステイシスが戦線を離脱した時点で、ホワイト・グリントはまだ健在だった。予測値だが、APは60%を超えていただろう。
『・・・こんな所では、死ねないと判断しましたので』
だが、一時気の緩みがあったようだとは言え、それでも一機で倒しきったのだから。
「・・・そうだな。ほっとしているよ、今は」
いい加減、この傭兵を認めてやってもいいのかもしれない。
「ホワイト・グリントは大破。ステイシスは海中へ没し、結果、生存を確認されているのはストレイドのリンクスのみとなります」
そうカラードのトップランカーの前で話すリリウムからは、感情は伺えない。伺わせない様図っている。
最も、その知らせを聞いたときには安堵のあまり泣きそうにはなったが。
「結局、自信が過剰だったと言う事かな。オッツダルヴァの天才坊やも」
「どうかな。存外、深く潜れる男かもしれんぞ」
ウィン・D・ファンションの皮肉めいた、或いは何らかの解答を得ているような言葉に王小龍は一つ息を吐く。
「とにかくホワイト・グリントは喪われた」
作戦は成功と言ってもいいだろう、そう言う王小龍が、先を続ける。
「議題はまだある。例の、アルテリア襲撃の件だ。それに」
顔を上げた王小龍の表情からは、何も伺えなかったが。
「生き残りの扱いも、決めておいた方が良いだろうしな」
リリウムには、その"扱い"とやらが彼にとって不都合なものにならないよう、気に掛けるくらいしか出来なかった。
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