Written by 雨晴
食堂は、今日は割と賑わっていた。その片隅、男がひとり、女がふたり、男の手許に紅茶がひとつ。
珍しい組み合わせと言って差し支えない。男が説明を受け、目を閉じた。
「それで」
注がれた紅茶を一口。
一拍置かれ、彼の目の前に座るウィン・D・ファンションとリリウム・ウォルコットが見詰める。
「どうして、私なのだろうか」
「・・・お前くらいしか、こんなことを聞ける奴が居ないからな」
「ふむ」
茶器を手許に、視線がリリウム・ウォルコットへ。
「君は?」
「わ、私は付き添いです。間違ったコトをお伝えされないように」
「何を言うか、私が可笑しなことを吹き込むとでも?ロイ・ザーランドではあるまいし」
「・・・はあ」
どうだか。リリウムが思う。素肌に赤のリボンなど、並みの人間は吹き込んだりしない。
疑いの視線を向ければ、逸らされた。
「つまるところ、ロイ・ザーランドが喜ぶようなチョコレートの渡し方、で良いのだな?」
「ああ、そう――――って違う、断じて違うぞ!"例えばお前なら"としか言ってないではないか!」
むきになって弁解を始めるその姿を見定める。少しだけ、端正な顔の口許が歪んだ。
ひとつ頷く。
「絵に描いたようなツンデレだな、素晴らしいぞウィン・D・ファンション」
「・・・すまんが、何を褒められているのかわからん」
「だが決して違えるな、7:3の黄金比を」
また一口啜る。ふたりして"何言ってんだコイツ"みたいな視線を向けて、首を傾げる。
視線が来る。
「さて」
次に来たそれは、ローゼンタール最精鋭の鋭い眼力だ。
ウィン・Dは受け止めて、リリウムは少しばかり身を引く。
「それではレクチャーしようか、ウィン・D・ファンション。それは君だけに許される、たった一つの切り札だ」
「あ、ああ、頼む」
よろしい、では。茶器を手許から退ける。
「料理は不得手だと聞き及んでいるが、確かか?」
ウィン・Dの視線がリリウムに向けられ、彼女が焦る。い、いえ、上達されてますよ!
その言葉に、ウィン・Dの溜め息。
「そういうことだ」
「成る程な。だが、君はそれで良いんだ」
「・・・どういうことだ」
ふむ、例えば。言って、リリウムを指差す。
「リリウム・ウォルコットには、犬っぽさ、料理上手、甲斐甲斐しさ、恥じらい過多、純粋さ、その他諸々の反則的とまで呼べる属性が多数付与されていることは理解していると思うが」
「いやちょっと待ってくれ、全く理解していない」
「そうか」
まあ、それはいい。放って続ける。リリウムも首を傾げているが、気にせず続ける。
「君にも、属性は備わっている」
「・・・属性と言うのは、なんなのだろうか」
「何だ、そこからか。・・・そうだな、"魅力"とでも言い換えるか?」
「ま、待って下さいジェラルド・ジェンドリン様。私、犬っぽいのが魅力なんですか?」
ちらと彼の視線がリリウムに来て、おそらく何かを思い浮かべたのだろう、重々しく頷いた。
「それについては、後にしようか」
視線がウィン・Dへ。
「君の魅力は、そのツンデレ。そして、"料理下手"にあると私は考える」
「・・・それのどこが魅力か」
溜め息混じりに答えたウィン・Dに、ジェラルドが目を細めた。
「・・・"どこが"?」
全てを威圧するような声色で返す。
な、なんだ、とウィン・D。珍しく焦っている。
ふん、鼻を鳴らし、いいか、と指を差す。
「良く聞け、ウィン・D・ファンション。料理の下手な女性が、自分のために精一杯作ったチョコレート。良く見ればその指先は傷だらけで、火傷のあとさえあったとしよう。いやむしろ、作成の過程も見せてしまうと良いかもしれん。そうだな、そうしよう。君は、手を傷付けながらもロイ・ザーランドのために頑張る訳だ、お前のためじゃない、とか言いながらな。ああ、ならば、この一言は外せんな、外してなるものか」
突如始まった熱のこもった情景描写。取り敢えず聞きはするものの、ふたりは何を言っているのかさっぱりで。
自分ひとり理解したような表情の彼が、目を閉じる。
「つまりだ、ウィン・D・ファンション。君がロイ・ザーランドの前で調理するにあたって最も必要なもの、それは―――」
「は、はい!」
・・・いつの間にか、ロイ様の前で調理するコトは決定なのですね。第三者的な視点で、リリウムは思う。
ウィン・Dがサー、くらい付けてしまいそうな勢いで応じ、口調もどこかへ行き去り、鋭い声を受け止める。
重々しく、ジェラルド・ジェンドリンが頷いた。
目を見開く。端正な顔立ち。ふたり、息を呑む。彼が、口を開いた。
「"はわわ"、だ」
ACfA/in the end
The Valentine War
「それで、ロイはいつプロポーズを?」
「ああ、近いうちにとは思ってるんだけどな」
「そこでナチュラルに対応するの、変だと思わねえ?」
何だかんだで仲の良い3人組。ダン・モロの自室で、ピザを囲む。
「おお、本当に美味いわ。ウィンディーにも教えてやってほしいな、これは」
「そうでしょうそうでしょう、さすがは私の嫁。もっと褒め称えて構いませんよ?」
ダン・モロが大きく溜め息をついて、一切れ。
うむ、美味い。
「今日は突っかかってこないのですね、ダン・モロ」
「無駄なんだろ、そうなんだろ」
「わかっているじゃないですか」
コミックヒーローのフィギュアが散らばる部屋に、芳ばしい匂い。
「最近は、"食べさせ合いっこ"というのが、我々のブームでしてね」
「死んでくれますでしょうか?」
「お断りしましょう。ああ、この件に関しては、ロイ、有難う御座いました。堪能していますよ」
「自分達でアレンジしてるんだから、それは俺が礼を言われることじゃないだろう」
苦笑いのロイに、きっかけを作ってくださったのは貴方ですからね。そうハイン。言われ、ロイが頷く。
まあいい、そう一言。
「まだまだ氷山の一角に過ぎんさ。ジェラルドに頼んだモノが到着し次第、次のが来るからな」
「最ッ高」
「ハインさんキャラ忘れないで、お願いだから」
ダン・モロの突っ込みに、失礼、と笑顔が戻る。
「ああ、そうだ。ダン・モロ、リリウムから伝言が」
「・・・何だよ?」
視線を向ければ、笑顔のハイン・アマジーグ。
「ご昇進おめでとう御座いますと伝えてください、と言うことでした。私からも、おめでとう御座いますと言わせて頂きましょう」
「ああ、お前ここ最近、頑張ってるらしいな」
そんな、祝いの言葉。かつて最下位に近かったそれが、今は23番目。
「・・・ぅ」
言われ、色々思い出して手が止まる。
生じた恐怖を抑えられず、ぷるぷると震え始める。
はて、とハイン。
「・・・どうしたんです、ダン・モロ。顔色が悪いですよ?」
「おいどうした、そんな気に障るようなこと言ってないぞ?」
恐怖を押さえつけ、見据える。少しばかり、心配そうなふたり。
口を開く。
「・・・姐さんに、脅されたんだよ」
「脅し?」
ロイが問うて、一つ頷く。
"いい加減ランク20程度にならんと、アスピナフレームに乗り換えさせるぞ"、って。
涙目でそう告げて、ダン・モロが震える。
俺死ぬよなぁ、その言葉に、ロイとハインが目を合わせる。
「きっと、冗談じゃないよな」
「セレンは冗談が好きではないので」
「いや慰めろよなんでそこで傷に塩を塗りたくるんだよ!」
冗談冗談、笑いながら、ロイが書類を一つ掴む。現状の、ダン・モロの搭乗機のスペックシート。
「でも確かに、これはエグいよなぁ」
苦笑いで、特にこれ、と背部ブースターを指す。
「・・・だろ?大分慣れてはきたんだが、速すぎて追いつけなくてさ」
「あー、俺にはわかんねえな」
「ライール機はかなり癖がありますからね、慣れるまでは操作が大変でしょう・・・と、何か?」
向けられたふたつの視線に、ピザを片手に首を傾げる。
いや、とダン・モロ。これ、と、スペックシートを指差し。
「乗ったことあんの?」
向けられた疑問に、更に首が傾げられる。
言って無かったですか?そう尋ね、否定が来たので頷き返す。
「いえ、私、かつて"それ"のテストパイロットだったので」
「・・・ああそういや、昔オーメルにも居たんだっけか?」
「ええ、ロイ。居たと言うか、居させられたと言うか」
しかし、懐かしいですねぇ。そう呟いて、遠い目。
「あれ、搭乗スペースが狭くて狭くて、拘束されている感と言いますか、気分を害しますよ」
「ああ、それ滅茶苦茶わかる!」
ダン・モロが食い付いた。苦笑いでハインが続ける。
「それに、機体の剛性が低すぎて。特に高高度からの接地には幾ばくかの緊張を必要としますし」
「うお、それもわかるぜ!何この一体感!」
「あと、あまりに挙動が激しすぎて、リミッター付けてないと人体に悪影響を及ぼすって言うのも―――」
「え?」
「え?」
ビクン、と、ダン・モロの身体が震える。
「え、ちょ、ちょっと待って、それ初耳なんだけど」
「は?」
そうなのですか?少しばかり驚いたような表情で、ロイにスペックシートを要求する。
さらと目を通した途端、眉間に皺が寄った。
「・・・あ」
「何だよ!?ちょっと待って、え、マジ!?」
ちらと視線をダン・モロに向けて、逸らす。数秒開けて、ピザを掲げる。
「・・・ダン・モロ。リリウムのピザ、美味しいですよ?」
「何でちょっと悲しげかつ同情の目向けてんだよ姐さんによろしく言っておいて下さいお願いします!」
土下座くらいするぞ、くらいの勢いで頼み込まれたので取り敢えず頷いておく。
しかしながらあのセレン・ヘイズが人の意見に耳を貸すかは定かではなく、ピザはやはり美味しかった。
まだリリウムが戻るまでは時間がありますね、そんなことを考えつつ、時間が過ぎていく。まあ、リリウムが居ないこと以外は悪くないランチタイムである。
「・・・"はわわ"?」
「そう、"はわわ"、だ」
細目を向けられたジェラルドが深く頷き、続ける。
「"ドジっ子"、という属性が存在することは承知のことと思うが」
「ジェラルド・ジェンドリン様、申し訳御座いませんが存じ上げておりません」
そうなのか?その問いに、ふたり頷く。
「簡単に言えば、"そそっかしい者"、或いは"うっかり者"の延長線上の属性、と言ったところか」
「・・・はあ」
「・・・それが、私に?」
いや、首を振る。
「君はまだ、料理下手なだけ。そこで、エッセンスとしての属性、"ドジっ子"を加える訳だ」
「・・・うむ、言いたいことは、何となくわかる」
だが。そう言って、今度はウィン・Dが首を振る。
「わからん、うっかり者のどこが良いのだ?」
「ならば、リリウム・ウォルコットを例に挙げて考えてみようか」
「わ、わたしですか?」
ああ。目を瞑って、考える表情。
「例えば、リリウム・ウォルコットが料理下手だと考えるぞ、ウィン・D・ファンション」
「・・・ああ」
「その彼女が、ハイン・アマジーグのために一生懸命作るわけだ。チョコをな」
「・・・ああ」
「湯煎時の湯で火傷をし、チョコを刻むときの包丁で指を切り、それでもめげずに作業を続ける」
「・・・ふむ」
「あの、私、そんな事しませんけれど」
指摘に意を介さず、続けられる。
「ここまでが料理下手だ。まあ、十分とも言える。その姿勢は、何にも変えがたい」
「・・・はあ」
「ここで、エッセンスであるドジっ子を加えることとしよう」
腕を組み、目を閉じ、想像するように。
「ボウルの中には溶けたチョコレート。火傷を負いながらも出来た代物だ」
「うむ」
「これで、あとは型へ流し込むだけだ。思い、ボウルを手に持ち、一歩踏み出した」
「ああ」
「そこで躓いてしまう。それがドジっ子であり、そこで発声すべきが、"はわわ"だ」
「・・・はあ?」
何だそれは、意味がわからん。困惑顔のウィン・Dを、まあ待て、そう制して先に進む。
「良いか、躓いたあと、泣きそうな顔でおろおろする訳だ」
「・・・」
「けれど、それにもめげずにまた立ち上がる。そう、ここで重要なのは、ドジっ子がただの"うっかり"で終わらないということだな」
「・・・すまん、頭が痛くなってきた」
「そうか、続けるぞ」
「・・・そうしてくれ」
途中から完全に会話に参加しなくなったリリウムが、時計を見詰める。
何でしょうこれ、早く終わらないでしょうか。そんな失敬なことを考えつつ、彼の講義を受け流す。
・・・と言うか、ロイ様の言う通り、私、犬っぽいのですね。
少しばかり前に、ロイ・ザーランドから伝えられた作戦のひとつを思い出す。
でも、それは、ちょっと。
溜め息が色濃く響いて、まだ彼の話は終わらないでいる。
おそらく近くに居るだろうパートナーに、想いを馳せる事とした。
「そういや、バレンタインが近いな」
そこそこの量があったピザも、男3人居ればすぐに無くなる。
ロイの切り出しに、ハイン・アマジーグの良い笑顔とダン・モロのしかめっ面。対照的。
「リリウムが私にチョコレートをくれる事は確定事項らしいのですけれどね」
「だろうな。ちなみに、ウィンディーも同様だ」
ふたりの視線が、ダン・モロへと向く。
「・・・俺、姐さんなんだけど」
深い深い溜め息。ハインが拾う。
「何を溜め息など吐くことが?頼めばきっと、彼女も用意して下さいますよ?」
提案に、もう一つ。
「俺、出来れば"女の子"から貰いたいんだけど」
「おいダン・モロ、下手な事言うと殺されるぞ」
「うん、ですよね」
うな垂れる。
ふむ、とハイン。
「まあ、それは良いとして」
「結局放っとくのかよどうでも良いのかよ!何でお前俺にはそんなに厳しいんですか仕舞いには俺だって泣きますよ!?」
「ウィン・Dもやはり、手作りなのでしょうかね」
「・・・ああ、俺もそれだけが心配でな」
「・・・ぅぅ」
完全に放置されたダン・モロが不貞腐れて、組んだ腕に顔を埋める。
「まあ、アイツが作ってくれたものなら、どんなものでも食べ切る自信はあるが」
「私の嫁の作るものは何であろうと大変に美味ですからね、そう言った苦労は理解しかねます」
「いや、割と良いもんだぜ。少しずつ上手くなるのを二人で実感できるというか、な」
軽い惚気に、プルプル震える。畜生、呟く。
「しかし、私は料理をしないので判らないのですが、簡単なものであればチョコレートを溶かして固めるだけなのでしょう?」
「だとしても、確実にチョコレートにはならないんだよな。アイツの場合」
今度は、ロイの溜め息。
「すまんが、またリリウムを借りることになるやもしれん」
よろしく頼む、そう告げられる。まあ、仕方ないですね。そう返す。
「ではそのときにはどうか、また何らかのサプライズをば」
「そんな事、当然だろう」
お互い頷きあう。
「私がつい襲ってしまうくらい強烈なのを要求しましょう」
「ああ、任せとけ」
良い笑顔が交錯して、がっちり握手。
ダン・モロがシクシク泣いている。泣き声に、ロイの哀れむような視線。
「・・・不憫だな、コイツ」
「そう思うならもう放っておいて下さいお願いします」
「貰おうとすればあんな美人から貰えるのに、何がそんなに不満ですか」
顔を上げれば、赤い目。そのまま口を開いた。
「・・・年齢差」
ハインの眉間に皺が寄る。
「クリスマス直近には興奮していたくせに、良くそんな事が言えますね」
「何だお前、倍の歳あたりがストライクな人種なのか?」
また顔を伏せる。
涙は止まらない。
「・・・もう、何とでも言って下さい」
で、結局諦めた。
「ふむ、どうしてウィン・D・ファンションは混乱していたのか理解出来ん」
「あのお話を理解しようと言う方が無理かと思います」
極力簡潔に述べたつもりだが。言って、紅茶を啜る。
ウィン・Dは頭にクエスチョンマークを躍らせながらふらふらと退席した後であって、リリウムは彼を見やる。
「・・・ところで、あの手の情報は一体どちらから?」
「家柄から、女性に関わる機会が多かったのでな。かつては、良く勉強したものだ」
「はあ」
軽く頷く。
「女性と会話を交わす前に、その女性像や機微を掴む事が出来るに越したことはないだろう?」
「・・・それにしても、その、"属性"が男性に及ぼす影響ですとか、関係の無い知識などは」
「それは趣味だ」
・・・そうですか。
げんなりした顔でリリウムが頷いて、紅茶を飲み干したジェラルドの視線がリリウムを捉える。
「それで、君の犬属性についてだが」
俯きかけていた顔が前を向く。
「ロイ・ザーランドから多少の話は聞いているのだろう?」
「・・・え、どうしてそれを」
その名が出るとは思わず、少しばかり焦る。いや、とジェラルド。
「奴から頼まれていてな。少し待て」
奴も中々わかっている。言って、足下に置いていたブリーフケースをテーブルに載せる。
暗証番号式なのか、開けるのに数秒。重たい音を伴って開く。
リリウムの側からは見えていないが、中身を確認したジェラルドが満足げに頷いた。
「そうだな。例えば、ウィン・D・ファンションを犬、或いは猫に例えるとしたらどちらだと考える?」
唐突の質問に、一瞬目を細めて考える。直感で良い、その補足に頷いて、向き直す。
「失礼かもしれませんが、猫、でしょうか」
「そう。そういうことだ」
「どういうことだか理解できません」
首を振るリリウムに、ジェラルドの眉が寄る。
「・・・全く、二人して無知だな。仕方の無い」
良いか、指差される。
考えてみろ、強制される。
「あのウィン・D・ファンションが、ネコミミを付けて"にゃあ"なんて鳴く姿を」
何ですかそれ。尋ねれば、ネコミミを知らない訳ではあるまい、そう返ってくる。
いつか読んだ小説において、その存在を挿絵で確認したことがある。
聞きたいのは、そこではないのだが。
「・・・え、っと」
取り敢えず、考えてみることとする。
考えてみた。
ちょっと恥らっていた。
鳴いた。
にゃあ。
「あっ」
目を見開いた。
「――――可愛らしい」
驚いた表情のリリウムに、再び満足げな表情のジェラルド。
だろう?そう一言。
「男なら、放っておく筈が無い。そして客観的に見て、君には犬が最適と言うわけだ」
自信満々にそう言われ、先程以上にリリウムが焦る。
「で、ですが、私に似合うのでしょうか」
「驚異的なほどに似合うだろうな」
間髪入れずに返され、返事に困る。
「ロイ・ザーランドの着眼点には感謝しておくように」
そして、これだ。
差し出されたブリーフケースの中、クッションに包まれたそれが佇んでいる。
リリウムが驚愕する。ジェラルドの口許が歪む。
「――――これは」
知らないというわけではない。いつか読んだ小説において、その存在を挿絵で確認したことがある。
ああまさか、この世界に実在するなんて。そんなことを思う。
そう、それは。
イヌミミ、だった。
ハイン・アマジーグの理性が崩壊する日は、おそらく近い。
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