Written by 雨晴
旧チャイニーズ、上海。かつての都市は海底へと沈み、しかしいくつかの高層ビルはかろうじてその姿を残している。
とあるビルの屋上に、ネクストの姿があった。ステイシス、停滞の意。オッツダルヴァは、協働の相手を待ち続けている。
―――遅い。
本来であればこの程度の戦力、ステイシス一機で十分に対応できる。
だが、それは遂行すべき任務では無い。ここでの彼の目的は、協働相手にあった。
『遅れて申し訳御座いません、オッツダルヴァ』
男の声に、ようやく来たかと思考する。曰く、突発戦闘があったとのこと。知った事ではない。
左後方に位置づけたストレイドを確認する。その姿は、アリーヤ。
促し、戦闘開始。オーメルからオッツダルヴァに課せられた任務は、この新人の戦力分析だ。
それは、彼自身も望むことでもある。最も、それを望むのは"オッツダルヴァ"ではないが。
「前面のみのシールドとはな」
後ろに回りこみ、レーザーライフルを撃ち込む。半砲台化したノーマルが崩れ落ちるのを確認して、ミサイルを展開する。マルチロック。
ミサイルが各目標に向かう隙に、ストレイドというネクストを追った。成る程、早い。
ラインアーク防衛戦力の突破程度では魅力など微塵も感じないが、ミミル軍港戦力の殲滅というのはおいそれと誰にでも出来る事ではない。
その証拠に、アリーヤは担当のノーマルなど既に破壊し終え、奥に見えるギガベースを目指しオーバードブーストを吹かしている。
面白い。
ライールコア内のオーバードブーストにもコジマ粒子が注がれ、一気に噴出された。音速。ストレイドを追う。
ギガベース周囲に展開している敵艦船を適当にあしらいながら、アームズフォートとストレイドの戦闘を記録していく。
ギガベースの近接対応はミサイルが主だ。その弾幕はある程度濃く、並みのリンクスであれば数十秒で撤退に追い込まれるだろう。
だが、ストレイドのリンクスはどうだ。接近からこの方、あのミサイルを一発たりとも被弾していない。
マシンガンでギガベース本体に継続したダメージを与えながら、クイックブーストで振り切れないミサイルをアサルトライフルで巧みに撃ち落としていく。
連続クイックブーストとクイックターンを駆使して死角に入り、いつの間にか展開されていたグレネードが主砲を破砕する。
自分自身が笑みを零していることに気が付いた。面白い。実に面白いではないか。
純粋な戦力面から見れば、明らかに一級品だろう。足りないのは経験だけだが、死ななければ積める。死なないだろう、この男は。
あとは我々の理想に賛同するかどうか。だが、そこは私やメルツェルの手腕だ。
いつの間にか、敵影は無くなっていた。
「まあ、有りじゃないか。貴様」
オッツダルヴァを演じるのも、そろそろ終わりだ。
最後にパートナーを連れ帰るのも、悪くない。
カラード施設内、雰囲気からしてどこか抜けた男が一人、放心状態で突っ立っていた。数秒後、瞳に光が灯る。
「くっそ、なんなんだよアイツは!」
シミュレーターを退室したダン・モロが発した悪態は、先ほどオーダーマッチで対戦したリンクスに対するものだった。
「そもそも機動がおかしいだろ!何で俺の攻撃が一発も―――」
「貴様が弱いからじゃないのか」
唐突に掛けられた声に驚き、それを隠すように"ゴゴゴ"と効果音が付くような振り返り方をする。
何だとこの、と言おうとしたところで、相手が女であることに気付いた。眼力に押し潰されそうになったところで、男の声が聞こえる。
「セレン、失礼ですよ」
「そうか?実力は最下位ランクだぞ、この男」
「ですから」
色々な意味で泣きそうである。全て当たっていて言い返せないのと、必死で庇ってくれる男の優しさと。
・・・男?誰だ?という視線を送れば、律儀に一礼するその男。
「初めまして、ダン・モロ。ストレイドのリンクスです」
ストレイド?という疑問が浮かび、すぐに先ほどのランクマッチを思い出した。
咄嗟に反応が出来ないうちに、先に行くぞ、とセレンと呼ばれた女は歩いて行く。
「・・・お前が、あのネクストのリンクス?」
「はい。よろしくお願いします」
まじまじと観察する。物腰の柔らかい、真面目そうな男。年は同じくらいか。正直、リンクスには見えない。普通、リンクスってもっと、こう。
「あの」
そんな思考を繰り返していたら、困ったような顔をされる。あ、悪いと一言。
「しかし、なんだその口調。あんなに強いんだから、もっと堂々としてれば良いじゃねえか」
「いや、そういう性格でして」
はは、という苦笑。ああ、こういう男がモテるんだろうな、強いし。カッコいいし。とか何とか僻みが始まった。
「それに、あなたはリンクスとしての経験は、私よりも上な訳ですから」
その言葉に僻みが止んだ。俺の、リンクスとしての、経験が、上?
「・・・俺、あんたより上?」
「え?あ、はい」
感動を催す。何だコイツ、わかってるじゃないか。
「・・・あんた、これから暇か?」
「一応、午後からの予定はありませんが」
「おっしゃ、じゃあ飯食いに行こうぜ!先輩が良いモノ奢ってやるぞ!」
手を掴んでずんずんと進む。振り返れば、えー・・・、という顔をする初めて出来た後輩に、不満か?と問いかける。全力の否定。満足し、前を向く。
そういえば。
「そういえばあんた、名前は?」
ストレイドのリンクス、では味気無い。この人の好い後輩の名前を聞いておきたいと思った。答えは無い。
突然の沈黙に、もう一度振り返る。苦々しく笑う男が居た。
「unknown」
「は?」
「名無しです」
名無し、その意味を理解するのに数秒を要して、反応に困った。
色々ありまして、と冗談めかして言うストレイドのリンクスの顔色はあまり芳しくないように思えて、何かあったんだろうと直感する。
根っからの一般人に低レベルのAMS適正という毛が生えた程度のダン・モロには、彼が言う"何か"が何なのかなど見当は付かなかったが。それでも。
「・・・カッコいいんじゃね?」
「は?」
「ほら、あのホワイト・グリントのリンクスもunknownなんだぜ?俺コミックヒーロー好きでさあ。そういうの、憧れるんだよな」
「・・・はあ」
何言ってるんだこの人、という顔をされる。
「別にいいんじゃね?unknownならunknownで。昔なにがあったかなんて知らないけどよ、今のあんたはunknownなんだろ?それでいいじゃないか」
「・・・」
「うわ、俺今無茶苦茶良い事言ったんじゃね!?」
「・・・台無しです。ダン・モロ」
そう言う男、unknownの表情に笑みが戻る。まだ少し苦々しいが、先よりもマシだろう。
そう判断したダン・モロは男を連れ、カラード内の飲食店へと消えていった。
「145秒でギガベースが陥落。被弾はゼロ、か」
オーメルに潜伏している腹心から送られてきたステイシスの戦闘記録を再生しながら、王小龍は呟いた。
確かにギガベースは愚鈍だ。それでも、近接戦闘は大量のミサイルや機銃の類で対応できる。
対ネクスト戦でも"それなり"には役に立つそれも、当たらなければ意味はない。
しかも、話によると手負いだったらしい。移動中、ミミル軍港の報復にインテリオルが仕組んだ罠を突破してきたと言う。
「AMS適正がそれなり、乗っているネクストも上々」
数日前、セレン・ヘイズから発せられた言葉を反芻する。しかし、本当にそれだけか。まだだ。まだ情報が足りない。
手を伸ばし、受話器を手に取る。短縮ダイヤルで繋がった相手とは、盗聴対策の施された回線を利用する。相手は、オーメル社内だ。
『王大人。直接お電話とは、急用でしょうか』
「お前が送信したオッツダルヴァの記録を確認した。ご苦労」
労いの言葉と、とんでも御座いません、と言うやりとり。
「だが、もう少し情報が欲しい。この男がどこまでやれるのか」
『ですが大人、上海のギガベースを撃破したことで、手近にやり込められそうなアームズフォートやネクストは、現状のオーメルにはもう』
手元のモバイル・パソコンを操作し、パスワードを入力。
「今、手元に端末はあるか」
肯定の返事に、エンターキー。
『・・・これは?』
「スピリット・オブ・マザーウィルの構造図だ」
『大人、それは見ればわかります。まさか』
王小龍が目を閉じた。
「あれも、もう長距離砲撃には向かないだろう。老朽化が過ぎる」
絶句する相手を振り切り、進めた。
「その火力を以って、あの男の試金石としよう」
そう言って、目を開ければ、鋭い光がそこにある。
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