Written by 雨晴
ORCA旅団との抗争は、二人のリンクスの手により終結へと向かっている。
尊い平和は守られた。そう宣言した企業連は、クレイドル体制の再構築を速やかに行い、かつての姿を取り戻しつつある。
二人のリンクスは企業連から向けられた賛辞を受け入れ、情勢は企業連に有利だと思われていた。いや、実際に有利に働いていた。
ORCA旅団を壊滅させる原動力となった、とある一人の独立傭兵。彼に目を付けられた、BFFを除いては。
BFF本社施設から数キロ南。その地点から、とても正気とは思えない通信を発した男が居る。
"リリウム・ウォルコットを奪いに来た"。
堂々と宣告した男は、即時展開されていた大隊規模のサイレント・アバランチから放たれた一斉射撃を軽々として避けつつ続ける。
"黙って差し出すのなら被害は与えない。だが"
その言葉の後、2キロ程度離れていたサイレント・アバランチやノーマル部隊との距離が一瞬で詰まる。
数十機の輪に潜り込み、直立する黒のアリーヤ、ストレイド。最早知らない人間は存在しないであろう、その機体。
ノーマルを駆る一人の兵士は、その黒を直視し固唾を呑んだ。向けられた複眼に冷や汗が流れた。この程度の戦力で、敵うはずがない。
操縦桿を握るその手は、震えていた。
本社施設内、知らせを聞いて呆然としていた。自室に閉じ込められ、数十分が経つ。
まさかこんな形で彼がやってくるとは思わず、と言うか、彼は何を考えているのだろう。
常識で考えて、一人の人間の為に一企業を敵に回すなんて事は有り得ない。有り得ない筈なのだが、彼はそこにいる。
嬉しいか嬉しくないか、と言えば嬉しいに決まっている。
彼に最後に会った日、大人の真意を知っても彼は、私と一緒に居たいと言ってくれた。奪いに行くとも言ってくれた。
だが、それはきっと成就しないだろう。私はBFFの箱入りだから、ここから抜け出すことは出来ない。彼がここに来る事はない。
実際、あの日からカラードや企業連へ向かうことは大人に禁じられていた。
最近本社施設から出た事と言えば、ORCAの残存勢力対策に駆り出されたくらいのこと。他人との接触は殆どない。
彼がどれだけ望んでくれようと、彼の元には向かえないのだ。
ドアがノックされる。
一瞬驚き、はい、と声を上げる。
返事はない。訝しげに思って、ドアへと向かう。覗き窓から先を伺い、再び驚きつつ戸を開けた。
「ロイ様にウィン・D様・・・どうしてここに?」
見ると、警備の二人が寝息を立てている。よう、と何事も無いかのように挨拶される。つい頷いてしまった。
「あいつの代わりに攫いに来たぜ、リリウム。大人しく攫われな」
聞きながら、頭の中を整理する。そうだ、今日はお二人がユニオンから派遣されてくると、誰かから聞いた気がする。
「ORCA残存勢力掃討作戦の足並みを揃える為にここへ来たが、ついでだ。彼に借りを返さなければならないしな」
ほら、行くぞ。そうウィン・D様に手を引っ張られ、それでも急に不安になった。足を止めてしまう。
「どうした?」
聞かれ、立ち尽くした。
「そ、その・・・」
よく考えれば、私がここから居なくなることでBFFが被る被害は少なくないだろう。
ずっとお世話になってきたのに、良いのだろうか。俯く。ロイ様の溜め息。
「リリウム、お前、あの男じゃ不満か?」
「そ、そんなこと!」
不満だなんて、そんな筈が無い。顔を上げたと同時に恥ずかしくなって、再び俯く。
「相変わらず愛されてるなぁ、アイツ」
「それよりも、行くのなら早く行かなければ。見つかったら面倒だ」
「で、ですが・・・」
再び、ロイ様の溜め息。
「お前、自分がBFFから居なくなったら、なんて心配してるんだろ?」
「・・・はい」
その通りだ。正確に言い当てられ、驚く。全く、とロイ様の声。
「お前、これまでどれだけBFFに尽くしてきたと思ってるんだよ」
「・・・え?」
「短くとも、これまでの人生殆ど費やしてまで仕えてきたんだろ?そろそろ、わがままの一つくらい言っても良いと思うぜ」
わがまま。彼の傍に居たい。それも、わがままだろうか。
「それに、どうしてもって言うなら独立傭兵って選択肢もあるしな。良いぞ、独立傭兵。面倒なしがらみは一切無いしな」
それを聞いて、ロイ様に目を向ける。確かにこの人は、独立傭兵でありながらユニオンについている。
・・・そうか。
「・・・わかりました」
頷き、ウイン・D様に握られたままだった手に引っ張られていく。何となく、姉が居たらこんな感じだろうか、なんて思ってしまった。
いつもは慌しい歩き慣れた廊下には、誰も居ない。それはそうだ。反則とも思える強さのネクストが一機、目と鼻の先に居るのだから。
「陽動成功だな」
「贅沢な陽動だ」
若干同意しつつ、先を急ぐ。監視カメラもあるが、彼らがここまで来られたということは、きっと警備室も抑えられているのだろう。
角を曲がる。エレベーターがそこにはあって、目的地もきっとそこなのだ。
こうしてみると、私の籠はこんなにも脆かったのかと思ってしまう。エレベーターを呼び出し、3人でそれを待つ。靴音に、振り返る。
「リリウム、どこへ行く?」
掛けられた声に、籠の脆さなんて考えは失われた。
「た、大人、これは・・・」
「貴様らも貴様らだ。なぜここに居る?誘拐など、褒められたものではないな」
その問い掛けに、ロイ様が顔を顰めた。ウィン・D様も同様。暫く睨み合う3人。
「返してもらうぞ」
「断る」
ウィン・D様が断固として告げ、繋がれた手が少しだけ強く握られる。
と、大人の後ろからもう一つ靴音が響いた。ローディー様が顔を出す。彼も今日の話し合いの場に居たのだろう。
「ロイ、それにウィン・Dか。姿を眩ませたかと思えば、どういうつもりだ」
ロイ様がローディー様へ目を向け、笑みを浮かべる。
「どうもこうも、与えられた任務をこなしているだけです」
「それは、すぐそこで黙々と回避行動を続けている男の為か?一機として敵機を落とさずに」
「さあ、どうでしょうね」
とぼけた様な回答に、ローディー様が黙り込んだ。視線が来て、目を伏せてしまう。
「あとは、ウォルコット嬢の為に、か」
「知ったことではない」
大人が距離を詰めてくる。それを、ローディー様が制した。
「何だ、ローディー」
彼の右手にオートマティック拳銃が握られていて、大人の後頭部へと向けられている。
「あの若者には、ネクスト一機では返しきれん借りがあってな」
「・・・貴様、何を考えている」
「なに、ウォルコット嬢の後継が見つかるまでの面倒くらいみてやろう。同じGAグループだしな」
ローディー様から目配せを受ける。ロイ様が頷き、どうも、と返した。
「あの若者に、宜しく伝えてくれ」
「了解」
エレベーターの扉が開き、ウィン・D様に引かれつつ乗り込む。大人と目が合った。その目は、初めて見る。どこか、諦めに似たような。
一礼をする。今の私が居るのはきっと、大人のおかげでもあるのだから。扉が閉まる。
昇っていくエレベーターに揺られながら、何か言葉にし難い感覚を得ていた。
「もう離せ、ローディー。時間の無駄だ」
言われたローディーは、銃口を王小龍から外した。ユニオン所属のヘリは既に飛び立ち、確かにこれ以上の意味はないのだろう。
短く溜め息が漏れ、珍しく初老から発せられたそれを拾う。
「珍しいな。貴様が溜め息など」
「吐きたくもなるだろう」
まあ、確かに。長年掛けて手塩に育てた側近を失うのだから、当然だ。
「奪還は考えないのか?」
「まず不可能だろうな。出来たとしても、報復があるだろう」
報復。例の若者は恐らく、BFF一社の機能を奪う程度ならやってのけるだろう。スポンサーは付くだろうから、確実に攻め落とされる。
なら。
「どうして何もせず行かせた?私が引き金を引けない事くらい、わかっていただろうに」
王小龍を撃ち殺したとあっては、BFFに対するGAの立場は悪くなっていただろう。私としては、それは避けなければならなかった。
まあ確かに、脚を撃ち抜くくらいのつもりはあったが。いずれにせよ、この男は動かなかった。
「・・・そうだな」
初老が目を閉じる。
「まあ、あの娘一人でBFFが安堵するならば、それはそれで構わんと言うことだ」
「嘘だろう、それは」
いや、半分事実で半分嘘か。
一瞬視線が来る。面倒臭そうに鼻を鳴らして踵を返した王小龍に、微かに笑みを浮かべる。
まあ何者であれ、情が移ることもあろうよ。思い、初老とは逆の方向に歩き出した。
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