小説/長編

Written by 雨晴


「で、あの男の容態は?」

セレン・ヘイズは、、その問いにしかめっ面で応えた。何だ、と言う切り返しにも、表情を変えない。

「貴様が人の心配など。どういうつもりだ?」
「別に心配している訳ではない。ただ、復帰はいつになるのかと聞いている」

成る程、そういうことか。思い、告げる。

「正直重症ではあるが。だが、あいつは起きさえすれば出ようとするだろう」
「そうか」

言って、考えるような表情。

「クレイドルに被害を与えずネクストを落とし、そのままORCAの主力機にアレサ。短時間でこれだけの戦果だ」

少し休ませてやれ。セレンの提案に、初老が彼女を見据える。

「それよりも、あの男の機体だが」

唐突な話題の転換に、セレンが再び顔を顰める。

「オーメルが急ピッチで生産している。ライールも発注できたが、アリーヤで良いのだろう?」
「ああ」
「GA経由で発注した。オーメルの連中も戸惑っただろうが、あの男の機体とあれば完璧に仕上げてくるだろうよ」

そうか、と返答。

「あとは兵装だが、レイレナードのものはオーメルのライセンス生産品を3セット受け渡す。オーメル製の格納兵装もだ」
「残りは?」
「MSACに有澤だ。GAに直接言い付けろ、そこまでは知らん」

わかった、とひとつ頷く。

「何だかんだで、あの男が居ないのは不安か?王小龍」
「戦力的にはな」

そのまま背を向け、部屋を出て行く。きっとあの男は、まだ何か企んでいるだろう。
残されたセレンは受け取った封筒の中身を取り出し、吟味する。機体さえ新調出来れば、あの初老がどう考えようが関係無い。
ハインはもう迷わないだろう。だったら私は、それをサポートする。それだけだ。
そう考え、資料に没頭し始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
扉の開く音と、よう、と言う声に顔を向ける。男性と女性のふたり組がそこに居た。会釈。

「まだ起きないのか。もう5日だろう」
「はい、ウィン・D様。お医者様は、一週間は掛かるだろうと仰っていました」

彼に視線を向ける。穏やかとは言えない、苦しそうな表情。額の汗を拭う。ふと気になって、もう一度彼らを向く。

「それよりもお二人とも、カーパルスの防衛任務に就かれていたのでは?」
「ローゼンタールの二人組にバトンタッチだ。バックアップがデコボココンビだと思うと少し心配だが、ようやく休ませて貰えるぜ」

伸びをするロイ様を、ウィン・D様がたしなめた。

「で、久々にカラードに戻ってこられたからな。コイツの見舞いにと思ったんだが」
「そうだったのですか」
「全く。リリウムを泣かせたら容赦しないって言っておいたのに」

起きたら一発殴ってやろう。そう冗談を言う彼の目は心配そうで、まあ、とウィン・D様が会話を拾う。

「いかにAMS適正が高かろうと、あれだけネクストを動かし続けたんだ。少し休ませてやれ。・・・それで」

怪我の程度はどうだったんだ?その問いに、一枚の紙を手渡した。読んだ二人の顔が歪む。

「・・・良く死ななかったな」
「全くだ」

超高G環境に居たからだろう。肋骨の骨折から始まり、その骨が肺を衝き、幾つかの臓器は破裂していた。
手術は成功して、完治はするそうだ。だが、その痛みを押しての長時間AMS接続が、彼の意識を戻さないでいる。

「私が、もっと戦力に成り得ていれば」

彼はこんな事にならないで済んだのに。俯くと、何度目かも判らない涙が出てきた。
これまで涙なんて流す機会が無かったから、止め方がわからない。

「・・・一発じゃ足りない。五発だ」
「駄目です、ロイ様。ハイン様が悪いのではありません」

むしろ、私を守ってくれたのだから。わかってるよ、と苦い笑みを浮かべるロイ様。

「戦闘ログを見たが、恐ろしい機動してたからな。そりゃ、こうなるさ」
「あれなら、カラードの評価も納得出来る。ただ、自己管理はしなければ」

リリウム、とロイ様に声を掛けられる。

「あんまり自分を責めるなよ。コイツはコイツで、思う所があるだろうしな」

頷く。でも、自分を責めないなんて、出来そうにない。

「では、そろそろ行くぞ。長居するものでもないだろう」

ウィン・D様が踵を返し、ロイ様も続く。
では、と言おうとしたところで、背後から呻くような声が聞こえた気がした。慌てて振り返る。

「ぅ」

確かに、うっすらと目を開けている彼が居た。名前を呼ぶ。大声になってしまっていたかもしれない。

「・・・リリウム?」

掠れた声で名前を呼ばれて、つい、はいリリウムです、なんて返事が出てきた。
彼の目の焦点が定まり、すぐに焦ったような表情へと変わる。

「リリウム、無事ですか!」

飛び起きた彼に手を掴まれ、大声で問われる。突然の事に、まったく頭が回らない。

「怪我は?どこか痛むところや痺れがあったりはしませんか?」
「落ち着け」

ロイ様が彼の肩を掴んで、ベッドへと頭を誘導する。ハイン様が暫くロイ様を見て、首を傾げた。

「居たのですか、ロイ」
「言うじゃねえか。似たような事、前にもあったぞ」

ほれ、とロイ様が手渡したのは診断書。ハイン様が目を通し、また首を傾げた。

「ひどい怪我ですね。この方が生きているのですか?不思議なものですね」
「だろ?」
「・・・まさか、リリウム!」

再び飛び起きそうになったのを、ロイ様が制する。良く見ろ、と書面を指差し。

「・・・私?」
「ああ」

何か熟慮するような一拍。

「そんな馬鹿な。身体には何の不調も感じませんが」
「なら、現代医学に感謝するんだな」

そこで、ようやく意志が戻ってきた。

「ハ、ハイン様?身体の調子は・・・」

顔だけこちらに向けて、そうですね、と手のひらで身体を触る。

「問題無いようです。いえ、そんなことよりもリリウム、貴女こそ大丈夫なのですか?」
「わ、私なんかより自分の心配をして下さい!」

つい大声が出てしまう。言いたいのは、そんなことじゃ無いのに。
俯く。

「・・・私はどうして怒られているのでしょうか」
「たまに無性に殴りたくなるな、お前」

はあ、とわかっていないような返答。

「・・・ロイ、本当にこの男が?」
「ああ。驚くべきことに、ストレイドのリンクスだ」

想像とは全く違うな、とウィン・D様。まあいい、と咳払い。

「初見となるな。ウィン・D・ファンションだ。先の戦闘、共に戦えず済まなかった」
「はじめまして、ハイン・アマジーグです。カーパルスの防衛も必要なことですよ」
「で、ハイン。本当に何とも無いのか?」

そうですね、と彼が改めてベッドから身を起こす。つい支えてしまった。いつもの笑顔を向けられ、お礼を言われる。

「少なくとも、上半身は動くようですね」

言って、今度はベッドから降りようとする。愕然とした。

「駄目です!寝ていて下さい!」

よいしょ、とベッドへ押さえつける。いいですか、と人差し指を立てる。

「お医者様のお許しが出るまでは、無理はしないで下さい!」

いや、ですが、と反論される。もう一度念を押すと、渋々とした肯定。
気付けばお二人は呆然としていた。数秒後、ウィン・D様に訝しげな視線を向けられる。

「・・・ロイ。目の前に居る娘だが、私の知っているリリウム・ウォルコットとは幾らか差異がある」
「否定はしない。老人居なけりゃ割と表情はあるが」

成る程な、とニヤケられる。

「どうやら俺達は邪魔者らしいぜ、ウィンディー」
「そのようだ」

言って、背を向けようとする二人。

「帰られるのですか?ロイ」
「胸ヤケしそうだしな。暇になったらまた来るぜ」

ええ、と彼。大事にな、というウィン・D様の言葉にも、有難う御座います、と返す。
自動の扉が開いて、閉まる。二人だけの室内は、とても静かだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「で、感想は?」
「先にも言ったが、想像とはまるで違ったな」

カラード内の医療施設と彼らの目的地への道のりは遠く、行き交う人々は慌しかった。二人、足取りは乱さない。

「俺も初めて会ったときには面食らったが、良い奴だぜ」
「そうか」

黙り込むウィン・Dの横顔を見て、ロイが思う。これは、何か考えているときの表情だ。

「何考えてるか当ててやろうか」

視線が来る。

「王小龍だろ?」
「・・・ああ」

彼女には珍しい溜め息がひとつ。

「リリウム・ウォルコットとは話し合いの場以外で会うことは滅多に無かったが、先の姿を見ていると少しな」
「余計に王小龍が腹立たしい?」
「あれでさえ管理されているものだと考えると、それも無くは無い」
「そうか」

でもまあ、とロイが繋ぐ。

「アイツなら、悪いようにはしないと思うが」
「随分あの男を買っているんだな、ロイ」

あの男も、王小龍に踊らされているのに。言うと、ロイは苦笑する。

「そりゃ、恐らく俺達もだ」
「・・・違いないな」

ようやく辿りついたカラードの食堂も、どこか慌しかった。
まだ、ORCAとの抗争は続いている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「そうですか、五日間も」
「本当に心配したのですからね」

彼に頼まれてこれまでの経緯を説明すると、まるで人事のように頷かれた。全く実感は無いらしい。
寝顔は苦しそうだったし、何よりあの怪我だ。すみません、と謝られる。即座に否定。

「謝らないといけないのは私です。私があの時、もっとしっかりしていれば」

また似たようなスパイラルに陥ってしまう。視界が床面を捉えて、鼻の頭がツンとした。堪える。

「申し訳御座いませんでした、ハイン様」

悔しさやら何やら、良くわからない感情が頭を巡る。頭に感触を得た。何度目かの、彼の手。

「私は、貴女を頼ってばかりだ」
「・・・え?」
「だから、今度は私が貴女を助けたかった。その結果がこれならば、甘んじて受けますよ」

幸い、生き残れましたから。笑顔の彼が居た。

「何の為に戦うのか、今なら胸を張って答えられます」

だから、これで良いんですよ。そう言って、彼の手が離れていく。名残惜しく感じる。

「・・・良く、わかりません」

そうですか、と彼が苦笑する。続けた。

「ですが私は、ハイン様が居なくなってしまうのは嫌です」
「それは私もですよ。私も、貴女を喪いたくない」

彼の視線が、天井へと向く。

「私は沢山の人を殺してきた。そんな人間が、こんな事を言うのは可笑しな話ですが」

それでも、言って彼の視線が再び私を捉える。

「私はもう、大切な人を喪いたくない」

彼の真剣な目と声が、数日前の通信機越しの会話を思い出させた。
まさか。

「どんな形であれ、私を助けてくれた貴女の為に戦いたい。それが私の答えです」

その言葉を聞いた途端、目を見開いた。何で、どうして、疑問ばかりが浮かぶ。
また、彼の視線が天井を指した。

「数日前、ORCAの旅団長から直々に勧誘を頂きました」
「え?」

これまでの疑問が、一気に吹き飛ぶ。

「彼らには彼らの正義がある。人類の為に成すべき事が」

クレイドルを落とすことになっても。彼の目は、先と一緒。真剣な眼差し。

「迷いました。企業に対する嫌悪を捨てて、人を取るか人類を取るか。・・・少し判りづらいですね」

苦笑ひとつ。

「そこで、知人に言われたんです。過去に囚われずに、今の自分が見出せる戦う意味は無いのか、と」

彼と視線が交わる。逸らせる訳の無い、真摯なもの。

「勝手な話ですが、貴女を助けたかったし、守りたかった。貴女から離れたくなかった」

何か言おうと口を開く。何も出ない。

「結局、ORCAからの誘いは断りました。そしてこちらに就くのならば、全力で人を守る。それも、私の答えです」

リリウム、声を掛けられて、肩が震えた。

「私は臆病で、貴女が居ないことには耐えられません」
「・・・」
「本当に身勝手なお願いですが、私の答えを受け入れては貰えませんか」

そこで、何度目かもわからないけれど俯いてしまった。何とか声を絞り出す。

「どうして、私なのでしょうか」

彼は何も言わない。

「私は、ハイン様に何もして差し上げられなかったのに」
「そんな事ありませんよ」

嘘です、そう言おうとして、遮られた。

「私のことを優しいと言ってくれました。過去を理由に離れないと言ってくれました。ウィルを受け入れてくれました」
「そんなこと、当然です」
「そうでしょうか」

彼の目が、いつか見たものに変わる。過去を見るような、そんな目。一緒に食事をしたとき、外を眺めていたときの目だ。

「私はマグリブが壊滅した後レイレナード社に捕らわれ、戦争後にオーメル社へ捕らわれましたが」

そんな話は聞いたことが無かった。驚く。

「どこに居ても、テロリストの息子としてしか見てもらえないんですよ」
「そ、そんなこと!」
「腫れ物のように扱われ、AMS適正があるから殺されはしなかったものの、誰一人として私を人間として扱ってくれないんです」

そこでは実験動物以外の何者でもなかったと、彼は言う。だからこそ、カラードでは名無しで居たのだと。

「そんな私が何度、貴女に救われたと思っているんですか」
「・・・?」
「私の名が知れても、答えに迷っているときも、見出したときも、貴女は私を受け入れてくれていた」

微笑まれて、ウィル様の写真と面影が重なる。

「それだけじゃありません。探せばもっとある。だからこそ私は、そんな貴女の為に戦いたい」

駄目でしょうか、そう尋ねられて、答えられない私が居る。駄目な訳が無い。
貴女の隣に居たいと、通信機越しに言われたことを思い出す。あの時、本当に嬉しかった。
そんなことを言われたのは初めてだったし、王大人の為に生きてきた私を変えてくれたのだってこの人だ。
私だって、この人の為に戦いたい。生きていたい。

「・・・本当に、私で良いのですか?」

唯一の恐怖は、ひとつだけだった。私はBFFの箱入りだから、きっとこの人の可能性を狭めてしまう。

「リリウム、私はこれでも恥ずかしいのですよ」

彼の顔は心なしか赤くて、彼の手がベッドから私の頬へと移り、触れる。少しくすぐったくて、目を細めた。

「私は、どんなことがあろうと貴女を助けたいし、守りたいし、一緒に居たい。・・・あまり何度も言わせないで下さい」

少し困ったような笑みに、私まで恥ずかしくなる。けれど、それなら。
泣きそうなのを、必死で押さえて笑みを作る。上手く出来たかわからないけれど。
私の答えは、たったひとつだ。


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