Written by 雨晴
結局、名無しの頃が一番迷いなど無かった。
アマジーグの息子としての名を隠して、過去の復讐を以って企業の蹂躙に臨んでいた。
面白くない話だが、その時期が最も充実していたのかもしれない。
だがそんなもの、考えてみれば父やマグリブの皆の顔に泥を塗っていたようなものだ。
そんな簡単なことに、なぜ気付かないで動いていたのか。それは、戦う意味じゃない。
なら、何の為に戦うのか。テルミドールは言う。人類の為に。
それは、マグリブが掲げた"解放"に相応しいのだろうか。父は、賛同するだろうか。
人類を守る為に数億と言う人たちが死ぬ。ともすれば数十億か。
その大きな被害を食い止める為に、企業は動く。
だが企業こそ人類を閉塞へと導く元凶で、人は守れても未来は守ることは出来ない。
クレイドルは在る。ただの延命装置。延命でも、人は生きられるのではないか?そんな未来に意味はあるのか?
かといって、そんな未来をも何億と奪っていいのか?少数の未来で大きなものを掴むのが、そんなに重要なのか?
堂々巡り。まさにその言葉通り、取り留めの無い思考であの日から2日を費やした。
あと6時間。もうそれだけしかない。溜め息をついて、ガラスから覗く空を見上げる。紺色の空。
朝が近い。明るくなりかけている。だがキャンプの朝は、もっと綺麗だった。
「お、ストレイドのリンクス」
久しぶりに呼ばれた名に振り返ると、久しぶりに見た顔があった。会釈。
「何だ、酷い顔して。それよりも遅くなったが、昇進おめでとう後輩!」
「有難う御座います、ダン・モロ。お久しぶりですね」
ああ、と答える彼。まあ座ろうぜと椅子へと誘導される。あまり時間は無いんだが、相変わらずな人だ。
「いやー、しかし。マザーウィルにリリウム・ウォルコット、果てはホワイト・グリントかあ」
流石俺の見込んだ男!とか言いながら背中を叩かれる。痛い。訝しげな眼を向けられた。
「何だ、本当に元気ないな。どうした?」
「少し、考え事をしていまして」
彼がニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう、ならば俺が聞いてやろう」
内心、ええー、と思う。顔に出ていたらしく、良いから話せよと怒られた。
では、と、どこから話すか考える。
「・・・ダン・モロは、何の為に戦っているんです?」
「何の為に?そんなもの、決まってる」
そうなのですか?と反射的に声が出た。少し意外な気がしたからだ。
「おう。セレブリティ・アッシュってコミックの主人公に憧れてるから、追いつくためにな」
再び内心、ええー、と思う。また怒られた。
「そういうアンタはどうなんだよ」
彼が立ち上がり、備え付けの自販機へと足を運ぶ。
「そうですね」
缶がふたつ落ちてきた音。
「企業を疲弊させる為に」
ダン・モロの顔がこちらを向いた。驚いている。
「私から全てを奪っていった企業への復讐でした。私の戦う意味は」
缶コーヒーを一つ投げられた。彼と相対し、彼は自販機へもたれ掛かる。
似合ってませんよ、とは言えなかった。頂きます、と断ってから口をつける。
「でも、迷ってるんだな」
「ええ。結局、私の自己満足にしかなりませんでしたから」
甘い。砂糖が多すぎる。
「何か候補は無いのか?」
「候補ですか」
候補、候補。
出てきたのは、何度も考えた父と、キャンプと、妹。
「死んだ父の名に恥じない為に、かつて守りたかった人たちの為に、一緒に生きていたかった妹の為に」
「微妙だな、それは」
一蹴される。少し、むっとした。怖い顔すんなよと、少しおどおどしたような態度で制される。
「なぜです?」
「なぜってアンタ、それ全部過去の話なんだろ?」
言っちゃ悪いが、と彼は炭酸ジュースを啜る。
「そんな過去ばっかに縛られてちゃ、良い答えなんて出せないとおもうけどな」
瞬間、表情が歪んだ。自分でも分かるくらい、はっきりと。制御する。
「・・・悪いですか?過去に拘っては」
「悪いとは言わないぞ。そういう奴らも居るだろうし」
だが、と彼の目が私を見据える。
「会ったときに言ったよな。アンタの昔に何があったか知らないが、今のアンタはunknownだろって」
思い返す。確かに、ホワイト・グリントのリンクスを引き合いに出され、言われた気がする。
「アンタはアンタだ。それこそ今のアンタは、昔のアンタじゃない」
「・・・」
「過去のアンタの視点じゃなくて、今のアンタの視点から見てみろよ」
「今の私、ですか」
そうそう、と彼が笑う。
「今のアンタが、過去のアンタのしがらみを全部放り出してみて、それでも戦いたい理由は何か無いのか?」
「ありません」
きっぱりと否定すると、彼が渋い顔をする。構わず続けた。
「私の助けたい人も、守りたい人も、一緒に生きていたい人も全て企業に奪われた」
「だからさあ」
それは昔のアンタの話だろ、と炭酸ジュース片手に説教される。
「今の話でもあります。その事実は私が生きている限り、私の中に在る」
「そう言うことじゃなくてさあ」
あーもう、と左手で頭を掻く彼。
「一度全部忘れてみろ!そういうの全部!」
「忘れる?」
そうだ、忘れるんだ!そう言って、一気に炭酸を飲み干す。
「unknownとして、何か無いのか!助けたいものとか、守りたいものとか、一緒に生きていたい人とか!」
もうunknownじゃ無いんだけれど、と言うのは置いておく。考えてみた。唐突に、ひとつだけぽつりと浮かぶ。
いや、だがそれは。
「なんだ?浮かんだのか?」
変に鋭い人だ。そう思う。
「・・・たったひとつだけ。ですがそれは、彼女に迷惑だ」
「彼女?迷惑?」
首を傾げる彼を尻目に、考える。それはあんまりだ。ただでさえ迷惑を掛け続けているのに、これ以上変な押し付けは避けるべきだ。
「あのなあ、迷惑かどうかなんて、アンタが考えることじゃないだろ」
「いや、迷惑です。ただでさえ彼女の優しさに甘えているのに」
「その彼女をどうしたいんだ?助けたいのか?守りたいのか?一緒に生きたいのか?」
考える。
「強いて言うなら、全部」
私のことを優しいと言ってくれた、過去を理由に離れないと言ってくれた、ウィルを受け入れてくれた。
こんな私をも受け入れてくれた、あの可愛らしい、優しい少女の隣に居られるならば。
だが、それは甘えだ。
ダン・モロがあきれた顔をしている。
「もうそれで決定じゃないのか?」
「ですから」
「あー、もう!頑固者め!」
ゴミ箱に、空き缶が音を立てて吸い込まれる。
指差された。
「結果なんてついてくるんだよ、もう!ウジウジ言ってないで、それが理由でいいじゃねえか!」
そうでしょうか、と尋ねる。そうなんだよ!と大声を浴びせられる。
「良し、決定。んじゃ、俺は寝るぜ」
「あ、ダン・モロ」
そのまま歩いていこうとしたダン・モロを呼び止める。振り返る彼。
「有難う御座います。まだ釈然としませんが、参考になりました」
「いや、釈然としないって・・・」
「それから」
一呼吸。
「私の名前ですが、ハインと申します。ハイン・アマジーグ」
驚いたような顔の彼を振り切り、では、と自室へと向かう。考えを、煮詰めなければならない。あと数時間だ。
午前8時、身支度を整えている最中に、モバイルが音を立てた。
誰だろう、と表示を確認する。椅子から転がり落ちそうになった。音声通信。
『おはよう御座います、リリウム』
「お、おはよう御座います・・・」
音声での通信は初めてだったので、少し緊張する。今大丈夫ですかと問われたので、大丈夫ですと返す。
『突然で申し訳ないんですが、急ぎですので一つだけ』
「なんでしょう?」
咳払い一つ。
『もし私があなたの隣に居たいと言ったら、あなたは迷惑でしょうか』
意味を吟味するのに数秒を要して、大体の意味が汲み取れたところで改めて椅子から転がり落ちそうになった。
「あ、あ、あの、それは、どういう」
『どういうも何も』
彼の苦笑が手に取れるように伝わってきた。
『言葉通りの意味です』
いや、ですからそれが今一理解し切れていないというか。
『駄目でしょうか』
彼の悲しそうな顔も、手に取るように伝わってきた。
「あ、や、そ、そんな訳、ありませんが・・・」
『・・・本当ですか?』
彼の声が、真剣なものへと変わる。何だろう、それを考える前に、気持ちを落ち着かせる。
私の気持ちは。
「あなたが傍に居てくださるのに、迷惑なんてそんな筈ありません」
無言。少し恥ずかしくなるが、続けた。
「えっと、その・・・むしろ・・・」
むしろ、何だろう。やっぱり。
「・・・嬉しい、です」
鏡に映る顔が真っ赤だった。余計恥ずかしくなる。
一拍置いて、そうですか、と言う声が聞こえてきた。
『わかりました。有難う御座います、リリウム』
またお会いしましょう。そう言って、通信を切断してしまう彼。
何だったんだろうと考え付く前に、何かもう嬉しさやら何やらで気が動転している。
アルテリア襲撃犯の動向が掴めたという連絡を受けたのは、その1時間後のこと。
王大人と共に、襲撃犯の対応へと出撃することになった。
『カラードのリンクス。今度こそ、答えは出たかな』
「ええ、テルミドール」
聞こう、その言葉に、息を吸い込む。
「私は、貴方達と行動を共にすることは出来ない」
鼻を鳴らす音が聞こえてきた。理由は?との問い。
「傍に居たい女性が、此方に居ますから」
『・・・何?』
意味を図りかねているような声色に、続ける。
「私は彼女を助けたい。彼女を守りたい。彼女と一緒に生きていたい」
『・・・アマジーグの息子が聞いて呆れる。結局、そんなものが答えか』
そうですね、と肯定。
だが。
「これは私のようやく導き出すことの出来た答えで、戦う意味だ。ならば全力を尽くす。それだけです」
『君を過大評価していたようだ』
落胆の声色に変わる。知ったことではない。
「戦うならば、貴方達に容赦はしない」
視線を、フォトスタンドへと移す。
「数十億の"人"を守る、それが同時に私の答えです。まるで副産物のようですが」
我ながら苦笑してしまう。それでも。
「それでも父の、或いはマグリブの名を以って全力で、最後まで戦います。妹の灯を消さない為にも、私は死ねません」
『・・・ご高説有難う、ハイン・アマジーグ』
「いえこちらこそ、マクシミリアン・テルミドール」
後は、戦場で出会うだけだ。
「私を殺せるものなら殺してみなさい、テルミドール。だが私はもう、簡単には死なない」
『そうかな』
「そうです。父の為にも、マグリブの為にも、妹の為にも。何よりあの子の隣に居る為にも」
死んでたまるか。父から貰ったものは正義の名、誇り、技能。マグリブの汚名を晴らし、妹をこれ以上悲しませない。
そして、あの子の傍に居たいんだ、私は。
『では、きっと数時間後に。ハイン・アマジーグ』
「ええ、テルミドール」
回線が途切れると同時、端末を操作する。少し迷ってから、BFFへとデータを送りつけた。
王小龍あたりが受け取れば、あとは企業連が動くだろう。私もきっと、動員される。
やってやる。明確な意思を持ち、カラードへと向かう。セレンを呼び出し、あとは出撃を待つだけだ。
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