小説/長編

Written by 雨晴


 
 
 
結局、何一つとして守れなかった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ACfA/in the end
The Jorney of Past

Without anything remaining there
It thinks only of the one that mourning cracked
in the end
There is no look of him who was called tender
The woman who calls that he was tender was not here
He rushes holding murderous intent and abhorrence
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ呆然と立ち尽くしていた。
彼の父親の死を受け入れられなかったときと同じ。
認めたくない出来事を、脳が受け入れようとしないだけ。
まるで固まってしまったように、動けないでいる。

それでも事実はそこに在って、彼の住処が押し潰されて、ようやく理解した事実に駆け出した。

「ウィル!」

妹の名を大声で呼ぶ。
崩れた鉄柱を掻き分けようと努力する。

すぐに手が切れて、出血。構わず前進する。

「ウィル、ウィル!」

跡形無く潰れ、数分前の原型は無い。
真っ黒な瓦礫の山。
住処として脆弱な構造は鉄柱を巻き込み、例えばそこに人間が居たとして。
考えないで、ただ目指す。
手の感覚は最早無く、ただただ動かす。瞳は血走り、必死に耐える。

耐えていた涙が零れて、恐ろしさが堰を切る。
何度呼んでも返事は無い。ある筈は無く、そんな事は認めない。
認められない。

「何とか言えよ、ウィル!どこに居るのかわからない!」

声が震えて、一度手のひらで涙を拭う。
滲みるような痛みさえ、もう感じない。
今、望むのはひとつだけだ。

「頼む、頼むから!」

探す位置を変えようとして、立ち上がる。ふらつく身体を、なんとか支えた。
遠くで鳴る轟音も、聞こえていない。

幾らか感覚の残る足元に、何かを蹴飛ばす感触。
視線を向け、カメラの存在を認識する。飛びつくように拾い上げる。

「ウィル!」

この辺りか。
握り締め、歯を食いしばり、残骸を掻く。
彼の近くに長距離砲撃が着弾し、それでも、気にも留めずに前を向く。
飛び散った破片が、彼の顔を掠めた。そこからも血が流れて、気付かない。

ただ無事であるように、いつかの願い事を反芻する。
互いが無事で、笑っていられるように。
ただそれだけを望んでいたはずなのに。

"どうか、どうか、どうか、どうか、どうか"

押し潰されそうな恐怖を拭えないでいて、それでも前は見据える。
あるはずが無い。そんな事、あるはずが無い。

視覚が残骸の中に白を捉えて、眼を見開いた。
駆け寄り、転びかけ、名を呼び、隙間から覗き込む。

小さく、彼の声が漏れた。
 
 
千切れた白と、赤。
 
 
――――――あ
 

その姿は確かに彼女のもので、けれど、それはもう彼女ではない。
欠けてしまって、もう戻らない。
 
 
全てが壊れる音を聞いて。

狂ったような声があがって、
意味も無い声を、眼を剥いて叫ぶ。
 
 
互いが無事で、笑っていられるように。ただそれだけを望んでいたはずなのに。
 
 
かつての願い事は叶えられず
狂ったような声があがって
意味も無い声を、眼を剥いて叫んで
涙と一緒に全部吐き出して、血だらけの手で顔を覆って、零れ落ちたカメラがヒシと鳴って、声が枯れるまで、ずっとそうしている。
 
 
 
 
 
 
 
彼はまだ、何も知らないでいて

彼と彼女の望んだ、彼の居場所
彼女は彼の妹で、では、彼とは誰だろうか

それでも、彼はそこに居る
"あなたのために"と彼は言って、"あなただけを"と彼女は言う。
ただそれだけを願う。それだけを祈る

では、それが消えてしまうとしたら?
何もかも消え去ってしまうとしたら?
果たして彼は、存在できるのだろうか
彼女は、彼女と言えるのだろうか

そして、強い風が吹く
その日がやってくる
"目を閉じると、隣で笑う君が見える"
かつての願い事は叶えられず
彼は全てを失った
 
 
 
 
 
 
 
 
 
一頻り叫び、彼が顔を挙げ、最早彼の血まみれの顔に生気は無く、砕けたカメラを拾い上げた。
ふらつきながら前進する。
視線を虚ろにさまよわせながら向かう。
逃げ惑う人さえ居ない。皆死んでしまった。
ただ一人歩く。
吹いた風に倒れこみ、立ち上がる。
ぶつぶつと妹の名を呼び、たどり着く。

誰も居ないハンガー。
予備機に火を入れ、乗り込んだ。誰も止めない。誰も居ない。

ノーマルの起動音に、彼の視線が定まる。

そこにかつての光は無く、彼の妹の口癖とは程遠い表情で、前を見据えて、ただ目標へと前進する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「分隊全機、状況報告」
『アルファ2、敵ノーマル、全機撃墜』
『3、同じく』
『4、戦闘車両の掃討を完了』

返される報告に了解を告げ、本部へデータを送る。

「よろしい。では全機、作戦を第二段階へ移行」

了解の意が来て、前進。
踏みしめるそこに、テロリスト達の死骸。

『しかし、生きてるんで?殆ど殺し終えたかと』

僚機の通信に見渡せば、ほぼ全ての居住施設が崩壊している。
確かに、死んだかもわからない。
だが。

「最悪、どちらかだけでも生きていて貰わなければ困る」
『確かに。何せ本社指示だ、しくじりゃ処刑モノだな』
『そうすると、シュープリス相手か?勘弁願いたいね』

動体センサーに反応は無く、地下だろうかとも思う。

『ただでさえハイエナみたいな真似させられて参ってんだ、この上そんな仕打ち、許されざるよ』
『仰る通りで』

だが、他分隊がそちらを固めている以上、逃げ込むことは不可能だ。
常識で考えて、あんな重要人物、簡単に殺せる位置に配置するとは思えんのだが。

『おい、レーダー見てみろ』
『・・・ノーマル?守備に就いてた奴ら、全滅させたんじゃねえのか?』

確認する。レーダー上、赤のドットが一つ。
しかし、遅い。ゆっくりと近づいてくるそれは、ブースターを用いてはいないのか?

通信機がノイズを拾う。近距離から発せられるそれは、近づいてくる機のものだろうか。

「・・・全機、発砲するなよ。様子がおかしい」
『アイアイサー』

周波数を合わせ、聞き取る。
若い声。

『おい、何て言ってるかわかるか?』
『わからん。ノイズが酷い』

"こ"、"て"、"る"、断続的に聞こえる。

不気味だ。

「・・・全機、照準合わせ」

言ったところで、アラーム。
センサーのそれに、無意識に声が漏れた。

「待て、声紋分析に合致、タリホー、ターゲットワン」
『おや、何という好都合』
『運が向いてきたな、これで今夜も飯が食える』

黙れ、そう嗜め、最優先で微弱な電波を拾う。
指向性のアンテナを用いて、最大出力。

"こ"、"し"、"る"、"ろ"、"て"、"や"。

『――――てやる』
『お、拾ったな』

声が来る。若い、低い、掠れたような。

『殺してやる』

明確な殺意だ。

「・・・全機、コアは狙うな、足元だ」
『殺してやる、殺してやる、殺してやる』
『了解、随分と怒っているようですが』

確かに。
しかし俺たちは、これが仕事だ。

「アルファリーダーより中隊各機、ターゲットワンを確認した」
『敵機視認、速力45、増速の気配無し』
「射撃用意」
『死んでしまえ、許してやるものか、殺してやる、殺してやる、殺してやる』

この男を連れ帰るだけだ。それだけだ。
ライフルを構え、脚を狙う。

行くぞ、そう回りを見渡した瞬間、腹まで食い込んだショットガンの銃身を確認する暇も無く。
意識が千切れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食いしばった口許から血が溢れ、涙は止まらず、前進は止めない。
 
「死ね、死んでしまえ、殺してやる、殺してやる」

突き刺したショットガンを引き絞る。ただ衝動に任せて殺しに行く。

「殺してやる、死ね、死ね、消えろ、消えろ、消えろ」

3機のノーマルが焦ったように彼へ火器を向ける。増援を呼び出し、しかし彼には関係ない。

「全部殺してやる、全部無くなってしまえ、殺してやる、殺してやる」

ブースターが彼を押し出し、前進する。
単機突撃。
 
 
 
そこには何も残らずに
ただ喪われたものだけを想う
in the end
優しいと呼ばれた彼の面影は無く
優しいと呼んだ彼女は此処には居ない
ただ殺意と、憎悪を抱いて突撃する
 
 
 
何もかもを捨て去って、殺意と憎悪が前進する。
彼の隣で笑う彼女は、もう居ない。

「殺してやる」

単機突撃。
彼の隣で笑う彼女は、もう居ない。
彼の隣には、もう誰も居ない。
放たれる弾幕を浴びながら、一人でも多く、ただそれだけを望む。
脚を撃たれて伏せるまで、ただそれだけを望む。
ただ強く望む。

彼の足許で、彼女を写したカメラが所在無げに転がっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
ACfA/in the end 0
 
 
 
 
 
 
 
小さなコロニーの、小さなワンルーム。男と女が居る。
男の長い説明が数十分続いて、女は腕を組み、その話を聞き続けていた。

「それで、確かなのか?」

テーブルに広げられた大量の書類のうち、一枚を拾い上げた女が尋ね、男が頷く。

「間違い無い」
「そもそも、アマジーグの養子が生き残ったなどという情報が胡散臭い」

細められた視線を、男が受け止めた。鼻で笑う。

「間違い無いと言っている」
「その根拠は?」

問われ、そうだな、そう一言。

「レイレナードから、情報料は頂いたのでね。ただし、一人分だったが」

男の口許が歪む。訛りの入ったその口調と利己的な言動に、女が内心腹を立てつつ先を促す。

「そして、オーメルからも同様だ」
「成る程。そして、次の顧客は私と言うわけだ」

そうだ。頷いて、胸ポケットからカードを取り出す。

「この通り、リンクスは金になる。こんな情報だけで、5年は困らん」

女が書類を手にし、纏める。小脇に抱える。
手早く端末を操作し、メールを送信。

「あんたが何者かは知らんが、感謝しよう。最早、この情報に価値は見出せなかったが」
「人間の価値と言うのは、他人に付けられる物ではない」

背を向けて、部屋を後にしようとする。
一歩。
嘲笑が来た。

「リンクスを人間と呼ぶか?化け物以外の何者でもないではないか」

踏み出したところで、女が振り返る。
ほう、と小さな声。

「では、私も化け物の眷属だと言うか?」
 
 
その言葉と共に、爆発音。コロニーの周囲を固めていたノーマル4機が爆散する。精密爆撃。
驚いたような、男の声。
いつの間にか、ヘリのホバリング音。
銃声。部屋の警備についていた数十人分のそれが、機銃掃射に撃ち消されていく。
数十秒後には、一つしかない扉が開かれていた。兵士数人が突入し、同じく数秒で男が拘束される。
腕に腕章、"Leone Meccanica"。

女の溜め息。
 
 
「お怪我は御座いませんか、霞スミカ」
「問題無い」

拳銃を要求し、受け取り、スライド。

「少しばかり用事が出来た。もう暫くの間、付き合ってもらうぞ」
「仰せのままに、マム。しかし、今度はどちらへ?」

ふむ、言いながら、抱えていた書類の束に目をやる。

「ああ、オーメルの実験施設らしい」

そう答えて、書類の束を兵士に手渡す。"彼"は今、そこに居る。
ぎゃあぎゃあと訛り口調で五月蝿い男の許へ近付き、引き金を絞った。
 
 
 
 
ACfA/in the end


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