Written by 雨晴
あの日、ウィルと初めてけんからしいけんかをした。
本当は怒るつもりなんてなかったのに、ウィルがわかってくれなかったからだ。
彼女曰く、"兄さんばかり辛い思いをするのはイヤ"、"兄さんが戦争に駆り出されるのはイヤ"。
彼女の言いたいことはわかる。僕だってイヤだ、もしウィルがそうなってしまったら、絶対にイヤだ。
だからあの日、ウィルに初めて嘘を吐いた。僕は、ずるい兄さんで構わない。
"ここよりも安全だから"、"ここよりもきっと幸せだろうから"、そう言いくるめたあの日。
あの日から、もう2年。
僕らの居場所は、本当に、あの嘘の通りに安全で、幸せな居場所。
この場所さえ無くなることを、僕はただただ恐れている。
ACfA/in the end
The Jorney of Past
Then, if it disappeared?
If it disappeared entirely?
Will he actually exist?
May it be said that "she is her"?
『ハイン、もう少し踏み込め。狙い撃たれるぞ』
脳に直接響くような感覚に頷く暇もない。ただ実行し、ショットガンを撃ち込む。
振り返り、散布ミサイルを選択。
『それでは遅い』
言われ、クイックターンの存在を思い返す。それに、もう1テンポ早く切り替えは終えるべきだったと思う。
相手機からライフル弾、離脱。
『ここで退けば、ミサイルが来るな』
その言葉通り、小型のミサイルが迫って来た。ドリフトターン、弾幕。
同時、後方アラート、いつの間に。
『さて、それが囮だったとして』
振り返ろうとし、撃ち落しきれなかったミサイルを被弾。立て直しを図り、前を向く。距離はゼロ。
赤い機体。
『潜り込まれたぞ』
その距離からのショットガン。離れようにも食い付かれる。バックブースターで引きつつ、アサルトライフル。
意図は気付かれているらしく、簡単に封じられた。飛び越えられ、再び背後へ。
AP警告。
上昇。直上を取ろうと努力し、しかしそれも遮られた。位置取りの重要さを再認識。ショットガン命中。
視界がブラックアウト。
無意識の溜め息。
『―――状況終了、シュミレーションを終了します』
その言葉に、ずっと入れていた肩の力を抜いてみる。少し乗り物酔いのような感覚が来て、やっぱりまだ慣れない。
筐体のハッチが開いて、医務の先生がやってきた。目に光を当てられ、脈を図られ、モバイルに何かを打ち込む。
これには慣れた。
「酔い以外に、具合の悪いところはあるかね?」
「いいえ、ありません」
・・・よろしい。
そのまま手を差し出され、掴む。引き上げられ、地に足が付いた。
少しふらついて、けれど直立する。
広い、ただ機械やコードだらけの部屋。かつてMTを相手していた代わりに、ここに居る。
『ハイン、用意が出来次第、すぐにブリーフィングルームへ』
今度はスピーカーから、オペレーターさんの声。わかりましたと伝える。お疲れ様と労われ、頷いておく。
「やはり強いかね、彼は」
苦笑いを浮かべながらのその問いに、苦笑いで返す。
「・・・うん、全然駄目だった」
「そうか、まだまだ精進しなければならないね」
はい。そう言って、上着を羽織る。足並みを揃えて、部屋の出口へ。
「では、あまり無理はしないように」
「はい、先生」
「いつも通り、身体の不調を感じたらすぐに私のところへ。おやすみ、ハイン」
「おやすみなさい」
挨拶。戻る方向の違う彼を見送り、振り返る。行き先は、ブリーフィングルーム。
きっと、1ヶ月ぶりにそこに居る筈。何を話そうかなんて考えながら、早足に急いだ。
今日は風もなくて、とても過ごしやすい。
お洗濯も終わってちょっと外へ出てみたら、ふたりで食べなとお野菜を頂けた。
「こんにちはウィル、兄さんと一緒じゃないの?」
「こんにちは、おば様。今日は兄さん、地下なんです」
分けて頂いたお野菜を抱えて歩いているだけで、沢山の人に声を掛けられる。
最初は、隠れてばかりだったこれまでと比べて戸惑ったけれど。それも今は、楽しい。嬉しい。
「今日も、だろ?あの子はもう。こんなに良い妹放ったらかしにして」
「全くですよ。ですから今日は、美味しいシチューを作ってぎゃふんと言わせてしまおうと思います」
言って、笑い合う。兄さん以外の人とこうするのだって、考えたこともなかった。笑顔で別れて、歩き出す。
首が疲れそうなほどの会釈をしながら、寝床を目指した。
寝床。ここに来る前、ノッティンガムではお部屋を借りていた。そこに比べれば、ずっと簡素なテントだけれど。そんなこと、どうだって良い。
この場所特有の、突然の強い風が通り過ぎていく。目を瞑って、砂を入れないように。
兄さんとけんかしてしまったあの日、兄さんの言っていたことは本当だったと思う。
私は、兄さんに感謝しなければいけない。兄さんが居なければ、私は此処に来ることが出来なかった。
私は、ずるい。
兄さんは、優しい。
兄さんは、ずっと私を支えてくれている。
兄さんは此処に居るために、戦争へ行く準備をしているのに。それなのに私は、何も出来ないでいる。
今までと同じ。兄さんは、私と生活する為に危ない目ばかりに遭ってきた。それは、私には出来なかったこと。させてもらえなかったこと。
本当は、兄さんに戦争になんか行ってほしくない。けれど兄さんは、ここで"ネクスト"に乗らないと駄目。
小さく息を吐く。
どうして私は、あれに乗れないのだろう。
もし私があれに乗れるのなら、兄さんの代わりになって、これまでの償いが出来るのに。
抱えた紙袋がかさりと鳴って、揺れる。
――――しっかりしなさい、ウィル。
自分に言い聞かせて、俯いてしまっていた顔を上げる。
無い物ねだりなんて、本当に無意味。兄さんが頑張っているのに、しょげていても仕方がない。
美味しいシチューを作って、喜んでもらおう。兄さんが元気でいられるように努力しよう。
それに今日は、あの人が帰ってくる。兄さんが連れてきてくれた、お父様。
顔が綻ぶ。
それでも心のどこかから、"卑怯者"、そう聞こえてくる。
そうかもしれない。きっとそうなんだろう。そんな考えを無理矢理抑えて、前を向く。
――――私だって、兄さんを支えてみせるんですから。
一歩踏み出す。早く戻って、お夕飯の支度をしましょう。
そうだ。私に出来る、精一杯をしよう。兄さんが笑っていてくれるように。明日も頑張れるように。
私はきっと、それが出来るのだから。
扉を開ければ、そこに居た。軽い笑み。
「ひと月ぶりか?」
首を振る。
「正確に言うと、34日ぶり」
「すまんな。やはり、なかなか戻れない」
大丈夫、そう否定して、給水機から水を汲む。尋ね、肯定が来たので二人分。
「顔色、良くないけれど」
「前にも言ったが、お前ほど適性が高くなくてな。シュミレーターなら、大分余裕はあるのだが」
どう返して良いかわからず、無言のまま水を差し出す。ありがとうと一言。
一気に飲み干したので、自分の分もそこへ置いておく。
「・・・帰ってくるなら、まず家に来てくれれば良いのに」
「顔を合わせるより前に、どれ程上達したか見極めたくてな」
さて。
その声と同時に、少しばかり雰囲気が変わる。背筋を伸ばす。
「酷なようだが、まだまだ動きが単調だ」
「はい」
「例えば、腕部兵装を用いるときの機動だが、ただ裏を取れば良いと言うわけではない」
「はい」
「ようは、視界から消えていれば良い訳だ」
空いた二つのカップで実演される。ここが正面だとしたら、例えば側面から・・・
「それと、ネクスト機独特の機動力が活かしきれていない」
クイックブーストの多用、ただし機会を伺った上で。要約してそういう事だろう。その話ののち、攻勢への転じ方の講義。
中々聞けないことなので、眠くなりそうなのを必死に抑えて聞いておく。理解したかと尋ねられ、頷く。そうかと来る。
「まあ、言いたいことまだ幾つかあるが、半年目にしてこの出来ならば上々だろう」
「・・・本当?」
「少なくとも、私よりも上達は早い」
無造作に頭を撫でられる。くすぐったい。
「まあ、まだ負ける気はしないが」
「・・・だって、強いんだもの。本当に同じ機体?」
「当然だろう。お前も、いつか実機のバルバロイに乗るのだぞ?」
うーん。悩む姿を笑われる。少しむっとするが、やっぱり経験の差だろうと思う。
でも、いつか越えたいなとも思う。そう聞けば、先よりも強く撫でられた。
「お前は、間違いなく私よりも強くなるさ」
「・・・そうかな」
「ああ。だから、今は励むことだ」
自分も、この人くらい強くなれば、色々なものを守れるのだろうか。
ウィルは勿論、この幸せな居場所も守れるのだろうか。この人を、助けられるのだろうか。
「・・・頑張る」
「そう、努力は大切だ」
では、戻るか。彼が立ち上がり、僕も横につく。扉が開き、閉まる。殺風景な廊下。
地上へのエレベーターまで、100メートル。
「今回は、いつまで居られるの?」
そうだな、と彼。悩む仕草。
「先発隊の動向にもよるが、3日くらいは居られるかもしれん」
「先月なんて、半日くらいしか居られなかったもんね」
確かに、そう苦笑。
「まあ、前回はあの子のカレーが食べられただけでも良しとする」
「今日はシチューだって」
「ほう、それは素晴らしいな」
エレベーターが来て、乗っていた作業員の男の人が驚いた。すぐにお辞儀が来る。彼が構わないと制して乗り込む。
本当に、この人は凄い人らしい。
扉が閉まり、昇り始めた。
「それで、ここひと月何事も無かったか?」
「・・・そうだね、特にこれと言って。ウィルも元気だし」
「それは良かった。しかし、もう二年か」
地上一階を知らせる、軽い音。
数時間ぶりの日の光に、少し目を凝らす。
「だいぶ背も伸びたな」
「うん、自分では良く判らないけど」
「伸びたさ」
まじまじと見詰められ、何かと尋ねれば、いや、と目が細まる。
「まさか、自分が親になるとは思いもしなかったのでな」
新鮮な気分だ。そう言って、また頭に手のひらが載る。
「2年前なんて、まだまだウィルの方が姉に見えたが」
「僕だって成長するよ」
「・・・ああ、そのようだ」
すれ違う人が皆、頭を下げていく。向けられる言葉に彼は、ありがとう、大丈夫だ、一つとして無碍にせずに交わしていく。
「――――ところで」
立ち止まる。半歩進んだ位置で僕も立ち止まり、向く。
真剣な表情があって、何だろうと思う。
「防衛隊に志願ようとしているらしいな」
「・・・何で知ってるのさ」
視線をそらす。
「どうせ、またウィルには黙っているのだろう?」
言い当てられ、俯く。
彼の溜め息。
「で、私にも言わなかったのは、怒られると思ったからだな」
「・・・そう」
「では、理由を聞こうか」
真剣な声が来て、振り切ることが出来ない。けれどはぐらかす事も、必要無い。
少し黙って、何を伝えるのかを考える。
「ここは、みんな良い人ばかりだし、良くしてくれるよね」
「当然だ。言っただろう、皆家族だと」
頷く。本当に、その通り。
「だから、この場所が無くなることが怖い。今までなら、居場所が無くなりそうなら逃げてきたけれど」
それは、僕とウィルだけだったからだ。
僕の周りに居たのが、ウィルだけだったからだ。
今は違う。周りの皆と一緒に、ウィルと居る。ウィルもきっと、幸せで居てくれる。
「・・・思考が短絡的だとは思わんか」
お怒りが来た。身構え、縮こまる。
「防衛隊と言えど、搭乗するのはAC機だ。もしこのキャンプが狙われたなら、前線防衛に駆り出される」
「何もしないのはイヤだ」
「もしそれでお前が死んだとして、妹はどうする?」
言われて、考える。きっとあの子は悲しむだろう。
けれど、それでも。
「・・・それでも、ウィルと皆を守りたい」
「馬鹿なことを言うな」
鋭い声で釘を刺されて、更に縮こまる。
「あの子を守りたいと言ったなら、最後まで全うしろ」
いいか、とても強い口調。
「間違っても、放り出すような真似は許さん」
何も言えない。彼は、怒っている。そう思うと、彼の顔を見ることが出来ない。
無言の時間が続く。
次に掛かった声は、どこか萎んだような。
「・・・説教をする親の気持ちが判った。良いものではないな」
顔をあげろ、ハイン。言われて、恐る恐る顔をあげる。
「まあ私が言いたいのは、命を軽視するなと言うことだ。お前とウィルは互いになければならないのだろう?」
「・・・はい」
「・・・だが、皆を守りたいと言ってくれたことには感謝する」
目を合わせる。少し考えるような表情があって、数秒。
「・・・父さん?」
「一年間」
唐突に提示された期間に、首を傾げる。
「シミュレーター実習の時間に合わせて、1日1時間で構わないから、ノーマルの操作を習得しろ。実機はその後だ」
・・・え、それって。
喜びかけそうになったのを制される。
「ただし、お前を戦場に駆り出す為に乗せるのではないと言うことだけ肝に銘じるように。訓練部隊に配属させ、ネクスト機搭乗前の実機慣熟とする」
「・・・うん」
それはつまり、あまりの有事でない限り実戦へは出向かないと言うこと。
「不満か?」
首を振る。それでも、何も出来ないよりずっと良い。
「ありがとう、父さん」
「・・・お前に無理をされるよりはずっと良いからな」
頑固者め。言って、軽く叩かれる。そこを押さえ、ふたりで笑う。
「よし。ではそれをすぐ、ウィルに伝えるように」
「え」
固まる。当然だろうと言われ、何も言えない。
「これ以上嘘を吐くんじゃない」
「で、でもさ、また説教されるよ」
「多少は援護してやろう。ノーマルでも、早いうちから実機に触れておくのは必要なことだからな」
行くぞ。手を引かれ、テントを目指す。
ああ、この人は知らないんだ。ウィルの説教が始まると、2時間は夕飯が食べられなくなることを。
溜め息を吐く。
「ほら、歩けハイン。さっさ言うだけ言って、私は件のシチューが食べたい」
そのシチュー、当分食べられないよ。言う暇も与えられず、ずるずると引きずられていく。
道行く人たちは笑っていて、僕はそれどころではなくて、あの子にどう言ったものかと悩みに悩んでいた。
何でもない一日の出来事。
この時には、こんな毎日が続くように、ただそれだけを願っていた気がする。
うん。
きっと、そうだったんだろう。
now:12
today:2
yesterday:1
total:15000くらい+3570