小説/長編

Written by 雨晴


9月21日

兄さんが冬服を買ってきて下さいました。
この地方は冷えるらしいからと言っていましたが、兄さんの冬服も小さくなってしまっています。
尋ねれば、僕は我慢するよ、何て言っていました。そんなの駄目ですよ。絶対に駄目。
けれど、食費以外のお金がありませんでした。
泣きそうな私に、じゃあセーターを編んでと声を掛けて下さいました。編み方はわかりませんが、勢いで頷いてしまいました。
きっと兄さんは、一着しか服が買えないことを知っていた筈です。けれど、わたしの服を買ってきてくれました。
兄さんは優しい。私は、兄さんのために何が出来るでしょう。兄さんは、こんなにも頑張っているのに。
・・・駄目ですよ、ウィル。しっかりしなくては。
明日は、ハムのサンドウィッチを作りましょう。お家のことは、私がするんですから。
けどせめて、セーターくらい編んでみせます。見ていて下さいね、兄さん。
 
 
10月2日

兄さんと買出しに行きました。ようやく兄さんが付き合ってくださったので、出来る限りの買い物をしました。
もっとたくさん買えればよかったのですが、今日もやっぱり人が沢山。パンも7日分くらいしか買えませんでした。
けど、きっと何とかなりますよね。
兄さんがホットケーキが食べたいと言っていたので、夕御飯はホットケーキでした。
嬉しそうに食べてくれる兄さんを見ていると幸せです。
もし、将来兄さんが結婚するとしたら、お嫁さんは御飯を作るのが上手い人だと良いですね。
そうなっても、私は兄さんの妹で居られるのでしょうか。
兄さんの傍に居られなくなるのは嫌だな。
 
 
10月10日

兄さんが怪我をしてしまいました。心配させないでって言ってるのに、もう。
右足の擦り傷。アルコールを頼みましたから、そろそろ取りに行かないといけません。今日はここまで。
 
 
10月15日
 
今日も兄さんがお昼に居てくれました。嬉しいです。
本を読んでいたらおじ様がいらっしゃって、兄さんを連れて行ってしまいました。
散歩の約束をしていたのに、と悲しんでいたのですが、出かける直前に「帰ってきたら行こうね」なんて兄さんが言って下さいました。
本当に、優しい兄さん。
けれど、兄さんが帰ってきたのは夕方になってからでした。
難しい顔をしていて、どうしてですかとは聞けませんでした。行けなくてごめんねって、何度も謝られました。
でも、良いんですよ、兄さん。
それよりも、どうか笑っていてください。兄さんの怖い顔は、嫌ですから。
私、優しい兄さんが大好きなんですよ?
 
 
 
 
 
 
 
 
ACfA/in the end
The Jorney of Past

Still, he exist there
He said, "I am for you" She said, "Only you"
Simply, they hoped only it, pray only it
 
 
 
 
 
 
 
気付けば、ここに居た。気付けばあの日から数日が経っていたし、気付けば今日の朝6時。約束の日。
正直、まだ何も理解できていない。

「ハイン、準備は良いか?」

準備?何の準備だろう。
僕たちの旅が終わってしまうかもしれない。
その恐怖を受け入れる準備?
恐怖?

おじさんが扉を開ける。先に、お爺さんと、もう一人。
どこか生気の無さそうな、男の人。
誰?

「遠路ご苦労様でした、御二方。マグリブの英雄と相対出来るとは、光栄です」

倣って頭を下げる。

「・・・その子が?」

上げれば、男の人と視線が交差した。少し緊張して、逸らしてしまう。
はい、とおじさん。

「ハイン、ご挨拶を」
「・・・お早う御座います」

おじさんの姿から、この二人が偉い人だとわかる。この前言っていた、マグリブの偉い人なのだろう。
僕たちを、引き取ろうとしている。

「妹さんも、適性をお持ちだと伺いましたが」
「この子の希望で、この場には出したくないと」
「そうでしたか」

今度はお爺さんの視線。こちらは、受け入れられた。
口が開かれる。

「では、詳しいお話を。座りましょう、時間はあります」

おじさん曰く、僕とウィルがこの先暮らしていくには、この人たちのお世話にならないといけないらしい。
本当に?
ならどうして、僕たちはこれまで生きてこられたんだろう。

そんな疑問は振り切られて、座るように指示された。
 
 
 
「ハイン。君は、我々の事を知ってはいるかね?」

お爺さんからの質問に、記憶を手繰る。

「・・・ウエルバに居たころ、一度かお仕事を貰いました」
「ふむ」

どういう仕事だね。尋ねられ、再び掘り返す。確か。

「え、っと、確か、倉庫を壊しました」
「ほう、成る程。サボタージュだね」

その歳で、良く。少し同情掛かった声色。

「ハインは、ここでも良く働いてくれました」

おじさんが、僕がここに来てから受けた仕事を説明してくれる。
お爺さんが目を丸くしているけれど、それよりも、男の人の視線が気になって仕方がない。ずっと見られている。何だろう。

「君は、企業に何か恨みがあるのか?」

その男の人から質問が来た。少しびくりとし、答える。
別に、恨みなんてない。

「ではなぜ、我々に就こうとしてくれる?」

なぜ?そうしないといけないから?

「失礼、それは―――」
「すまないが、彼の口から聞きたい」

おじさんの声を、男の人が遮る。また少しだけ、びくりとしてしまう。
何と答えればいいのかわからなくて、沈黙。それがずっと続いて、おじさんが咳払い。

「失礼ですが、アマジーグ。彼はまだ、子供ですから」
「子供だからといって、選択する権利を与えられない訳ではない」

迷っているのか、そう尋ねられて、首を横に振る。
わからないのか、そう尋ねられて、少し考えて、首を縦に振る。
そうか、と彼。

「すまないが、少し二人で話がしたい」

そんな彼の提案に、え、と声が出た。おじさんは少し抗議していた。
けれど、どうやらこの場で一番偉いのは彼のよう。おじさんとお爺さんは、すぐに居なくなってしまう。がちゃり、扉の閉まる音。

正直、ちょっと怖い。
 
 
 
 
今度こそ向かい合い、では、と会話が始まった。 
 
「そんなに緊張しなくてもいい」

そんなのは無理だ。無表情に、見定められるような鋭い視線。
何も言えないでいれば、ふむ、と彼。

「ならば、自己紹介でもしようか」

名前は?
少しだけ無理をしたような、出来る限り優しく発しようとするような、不器用な声。

「・・・ハイン」
「ファミリーネームは?」

ファミリーネーム、ファミリーネーム。

「わかりません」
「・・・そうか、親が居ないのだった」

謝られ、慌てて否定する。

「どうもこういう形での会話には慣れん。と、まだ私が名乗っていなかったな」

不躾だった、そう言って、彼が姿勢を正す。大きな手が差し出される。

「マグリブ解放戦線リンクス、アマジーグだ」

握り返し、恐る恐る尋ねる。

「・・・リンクス?」

僕からの問いに、む、と彼。

「知らないのか?」

知らない。

「では、ネクストは知っているか?」

ネクスト。勿論それは知っていて、二度頷く。そうか、彼も頷く。

「ネクストを操作する、AMS適性を持つ操縦士をリンクスという」
「ネクストのパイロット?」
「有り体に言えば、そう言えるだろう」

ただ、と彼が続ける。

「誰しもがネクストに搭乗出来るわけではない」
「・・・AMS適性?」
「そうだ。そして君は、それを有している。それも、私とは桁違いの」

何の桁だろう。疑問を抱くけれど、聞くべきはそこじゃないと思う。
数分間、彼にネクストとリンクスの説明をされる。凄いアーマード・コアであること、適性を持つ人は本当に少ないという事。
質問は無いか?その言葉に、えっと、と切り出す。

「妹も、ネクストに乗れるの?―――あ、乗れるんですか?」
「無理に言葉を正さなくても良い」

苦笑ひとつ。

「君ほどではないが、高い適性を有していると聞いた」
「マグリブへ行けば、妹も戦争に行かないといけない?」
「・・・君は、それを良しとするか?」

する訳がない。強く否定すれば、そうか、と彼。

「妹のことが大事なのだな」
「はい」

もう一度、そうか、と呟いて、少し沈黙する。
長く感じられるそれに、視線を彷徨わせることしか出来ない。

少し話題を変えよう。その言葉が掛かったのが、数分後のようにも思う。
 
 
「君は、君たちが企業の世話になることで、裕福な生活を送られることを知っているか?」
「・・・知らない」

おじさんは、そんな事は言っていなかった。事実だ、と彼。

「少なくとも、一生金には困らないだろうな」
「そうなの?」

とにかく、企業につけばお金持ちになれる。そういうことだ。そう理解しておく。

「そう。それも、選択肢と言える」
「・・・でも、マグリブか企業、どちらかには行かないといけないの?」
「と、言うと?」

今だったら、聞いても良いだろうか。
これまで生きてこられたのはどうしてか、これから先、企業やマグリブに関わらなければ生きていけるんじゃないか。ぶつける。
けれど彼の、難しい顔。

「・・・おそらく、上手くはいかないだろう」
「それは、どうして?」
「君たちがどうしてこれまで適性検査をパスしてきたのかは知らないが、今回遂に結果が知られてしまった」

情報とは、漏れるものだからだ。

また、見定めるような視線。

「残念だが、その選択肢は提示できない」

少し、悲しくなる。

「・・・僕は、ウィルと一緒に生きていたいだけ」
「それが、君の生きてきた理由なのか?」

大きく頷く。それ以外に、ない。

「ウィルを守りたい。ウィルが危ない目に遭うのは嫌だ。ネクストになんて、乗せたくない」
「ならば、それが君の答えか」
「うん」

では、企業という選択肢は考えられんか。言われ、問う。それは、どうして?

「企業へ行けば、AMS適性を持つ者は確実にネクストを与えられるだろう。半ば、それが報酬に対する義務だからだ」

先の、彼の説明を思い出す。
企業は必死になってリンクスを追い求めていること、リンクスになれば、ネクストに乗って戦争をするということ。
・・・なら。

「別に報酬なんていらないから、マグリブなら、妹はネクストに乗らなくても良いの?」

いや。言いながら、首を横に振られる。

「それは、私の決めることではない。君たちが選択することだ」

大きな手が僕へと伸び、頭に載せられる。

「君たちはまだ子供だが、それでも選択することは出来る」
「・・・貴方も、自分で選んだの?」
「勿論だ。自身で選択した結果だからこそ、受け入れられる」
「何を選んだの?」

何度目かの質問に、そうだな、と目を閉じ考えてくれる。

「家族達を守る為に、ネクストを駆ることを選んだ」
「家族?」

そうだ。
頭に載っていた彼の手が引かれる。

「マグリブの皆は、血は繋がらなくとも家族。私の命を懸けても守りたいと、かつてそう願い、今はそう在る」
「マグリブの人たちが、家族?」
「そうだな。何千人、何万人が、私の守りたい大切な家族だ」

その強い視線の中に、優しげな何かを感じる。

「マグリブに来るならば、君も妹も、皆私たちの家族だ。そして、私たちの家族も皆、君たちの家族だ」
「・・・家族?」

ああ、と彼。家族なんて響きを、あまり聞かない。それは企業には無いのかと尋ねる。否定が来る。
結局それは、何なのだろう。それは、今までウィルが求めてきたものだろうか。

・・・いや、違う。彼女が欲しがっていたのは、父さんと母さんだ。

けれどマグリブなら、見つけられる?
本当の父さんや母さんじゃなくても、ウィルが求めるような両親の許で暮らせる?
それにマグリブなら、ウィルはネクストに乗らなくて良い?
 
 
―――ああ、それが"僕の選択"なのかな。
 
 
「だが、企業と違って我々は潤っていない。我々を選ぶとしたら、とても厳しい生活を強いると思う」

首を横に振る。

「ここまで話しておいてなんだが、君には力がある」
「・・・はい」
「今提示されている選択肢以外にも、探すことは出来る筈だ」

頷く。ウィルとの今の生活が終わってしまうのは、悲しいけれど。
それでも、それでも。

「―――良い生活なんていらないから、お願いがふたつあります」

ふむ、と彼の視線。
今度は受け止める。

「訊こう」

息を吸い込む。

「妹にAMS適性がある事を隠してほしいです。代わりに僕が、ウィルの分も働きます」
「・・・だが、妹の選択はどうだろうか」
「だから、隠しておいて下さい。あの子にも、マグリブの人たちにも」

ひとつ息を吐いた彼が、静かに目を閉じる。
開けられた瞳に、僕が映る。

「もう一つは?」

うん、と首肯。

「父さんと母さんがほしい」
「父母?」

彼が首を傾げ、妹のことを説明する。あの子が確かに両親を欲しがっていること、僕ではどうしようもないこと。
もしマグリブの人たちが家族になってくれるなら、どうか僕たちに父さんと母さんを。そう伝え、そう願う。
そうか、と彼。

「・・・君たちの性質上、養父、養母を立てるのは難しいかもしれない」
「・・・そうなの?」
「ああ」

困った顔。少し悩む表情が続いて、そうだな、と声が来る。

「養母は無理だが、養父は私でどうか」

・・・え?

「何で?」
「何、畏まらずとも私は構わないぞ。ほら、飛び込んで来い」

軽い笑みと、腕が広げられる。先までとは違う性質に、うろたえて動けない。動けないでいると、彼が俯いた。

「・・・やはり、慣れない事はすべきではないな」

はぁ、と溜め息。少し恥ずかしそうに頬を掻く。その風貌とはかけ離れたその動作に、つい笑ってしまう。
父親がどういうものか知らないから、もしもこの人が父だとするなら、それこそ僕らの父親なのだろう。
 
 
「・・・マグリブへ行けば、本当に貴方が父親になってくれる?」

表情を戻した彼が一瞬固まってから、ああ、と一言。

「いや、本当に私で良いのか?」

肯定を返す。

「私はあまり、君たちのことを構ってやれないと思うが」

それでも良い。それよりも。

「妹のことも、わかってくれる?」
「私から進言すると約束する。・・・まだ君には迷う時間はあるが、良いんだな?」

ウィルとの今の生活が終わってしまうのは、悲しいけれど。
それでも、あの子が戦争へ行かなくても済むのなら、僕らに父さんが出来るなら。それに、家族も出来るなら。
きっと、そんなに悪いものでも、ない。だから。

「僕が選んだんだもの」

言い切った。少し噛みしめるような彼の表情が、すぐに戻る。

「妹は?」
「ウィルは、きっとついてきてくれるから」
「・・・そうか」

信頼されているのだな。言われ、少しばかり恥ずかしくなる。

「だが、その妹にも選択する権利はあるということを忘れないでほしい」
「うん、わかってる。そう伝えるけど、それでも」 

勝手な兄さんでごめん、そう胸中で謝る。

「・・・そうか、では、改めて」

手を差し出された。握り返す。今度こそ、何の躊躇いなく目を向けられる。
目許は窪み、頬はこけ、幾らか不健康な雰囲気。
けれどその視線に思う。本当に強い人なんだろう、そんな第一印象。
 
 
 
「ようこそ、マグリブ解放戦線へ。我々は、君たち兄妹を歓迎する」
 
 
 
そしてその言葉で、僕たちの旅が終わる。
僕はそれを、きっと忘れない。
 
 
「うん、"父さん"」
 
 
そう笑顔で返した時の、彼のくすぐったそうな表情も、きっと忘れないと思う。


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