小説/長編

Written by えむ


「…そろそろ時間だな」

 部屋にある時計の時刻を見て、彼女――ウィン・D・ファンションは静かに席から立ち上がった。
 必要最低限の支度を済ませ、部屋を出ようと、扉を開ける。だが、そこにはインテリオルの警備兵4人の姿があった。そして、彼女が口を開くより先に、彼らの内の一人が告げる。

「すみませんが、しばらくの間。部屋からの外出を禁止させていただきます。もし強行されるのなら、こちらもそれなりの対応を取らざるを得ません。ご了承ください」

 見れば、それら警備兵は武装をしていた。もちろん殺傷能力のある武器ではなく、スタンガンの類であることは見て明らかだったが、それでも彼らが本気であるのはわかる。無理に行こうとすれば、間違いなく撃たれる。
 誰の差し金かは、すぐにわかった。

「…老人どもめ。ここまでして…っ」

 拳を壁に叩きつける。今の状況ではそれが精一杯の抵抗であった。だがそれが限度。結局一人ではどうすることも出来ず、部屋の中へ戻される。
 だがウィン・D・ファンションも、そして警備兵達も気づいてはいなかった。その一部始終を通路の角から覗いていた人影に。
 
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

「なんで、こんな時に企業はORCAから手を引いたんだろう?」

 カラード本部の近く。ガレージを兼ねた拠点にて、イリアは頬杖を突きながら呟いていた。カラード経由でリンクスに通達が届いたのが先日のことだ。

「明らかに不自然ではあるけどねぇ。僕らにはわからない事情があるんだろうね」

 携帯用の端末を叩きながら、オウガが答える。誰が見ても、不自然であった。圧倒的に不利だったわけでもない。エーレンベルクを巡る戦闘では、独自の行動を取り始めたラインアークの介入を受けたらしいが、それが原因とも思えない。ラインアークがエーレンベルクを抑えたのは、それを使用するためではなかったらしい。よって、状況としては企業側に有利な方に事は運んでいたはずなのだ。
 だが企業寄りとは言え独立傭兵である身としては、企業の深い部分に関わるような情報など入ってくるはずもない。不自然、納得がいかない、何かあるんじゃないか。そんな疑念を抱くのがせいぜいと言ったところだ。
 が、イリアはそんな申し出など知ったことかと言わんばかりに、カラードの意向など無視するつもりであった。チャンスさえあれば、今すぐにでも飛び出していく気満々だ。
 では、なぜそれをやらずに拠点なんかにいるのかと言うと―――

「オウガさん、シルバーエッジはどうなの?」
「あーうん。一応修理は進めているけど、思った以上にダメージがひどくてねぇ。少なくとも後、数日はかかりそうだよ」
「そっかぁ…」

 テーブルに突っ伏す。
 シルバーエッジは先日の戦闘によるダメージが大きく、現在はオーバーホール状態であった。

「普段は、急ぎで修理するならパーツ買いなおして交換するんだけど。なんか独立傭兵に対しては、パーツの販売をどこも自粛してるらしいんだよねぇ」

 パーツ交換と言うのも手ではあったが、先日カラードからの通達があって以降はパーツを購入することができず、時間はかかっても修理と言う方法を取るしかないのが現状なのである。

「なんか、意地でも動いて欲しくないって感じだね」
「意外とその線で正解かもしれないよ。その理由はやっぱりわからないけど―――」
「もう、いっそ予備パーツで機体組んだほうが早いかも。えっと、何が残ってたっけ」
「確か…」

 オウガが作業の手を止めて、今使える機体パーツの一覧を出そうとする。ちょうどそこで、ドアをノックする音が聞こえた。
 イリアはすぐにその場から立ち上がり、ドアの方へと向かう。

「今、開けまーす」

 ドアを開けると、そこにはイリアが良く知っている人物。エイ・プールと、もう一人若い男が立っていた。

「エイさんと…。確か、ロイさんだったよね。マイブリスのリンクス」
「…なんてこった。シルバーエッジのリンクスがこんな可愛い子だったとは思わなかった」
「は…?」
「ロイさん。そんなこと言うために、ここまで来たんじゃないですよね?」

 エイ・プールがイリアを見て目を丸くするロイ・ザーランドへとジト目で睨む。鋭い視線を受け、ロイはその場でわざとらしく咳払いをし、それから気を取り直して、イリアへと向き直る。

「あぁ、悪かった。単刀直入に言おう。手を貸してくれないか?」
「手を貸すって何を…?」
「ウィンディーちゃんを助け出したいんですよ」
「ふぇ…? どういうこと?とりあえず立ち話もなんだし、中で詳しい話聞かせてもらっても良い?」
「わかりました。じゃあ、ちょっとお邪魔します」

 イリアに勧められ、エイ・プールとロイの二人が部屋の中へと通される。そして、とりあえず人数分のお茶を出し、改めて話の続きを聞きに入る。

「えーっと、ウィンさんを助け出したいって、どういうこと? 何かあったの?」
「それがですね。ウィンディーちゃん、今インテリオルの施設に拘束状態になってるんですよ」
「拘束って…。しかもインテリオルに? なんで?」

 相変わらず事情が良くわからないイリアは、ただただ首を傾げるばかりだ。

「それについては俺が説明する。先日だが、ウィンディーから俺に連絡があったんだ。ORCAを潰すのに手を貸してほしいってな。で、詳しく話を聞いてみれば、企業の連中はORCAと何か密約でも交わしたらしい」
「密約? じゃあ、それが理由でORCAから手を引いたの?」
「ウィンディーの話だとそうらしい。だけど、あいつはそんなことでクレイドルが地上に落とされるのをみすみす見逃すような奴じゃあない。予想通り、企業がやらないのなら、自分個人でやるつもりだと言ってな。それで、俺に協力を求めてきたんだ。そして、途中で合流して、ORCAの主力がいるであろうアルテリアへと向かうはずだったんだが…」
「その前に、ウィンディーちゃんはインテリオルに拘束されちゃったんですよ。勝手な行動を取らないようにって」

 ロイの言葉の後に、エイ・プールが続く。
 そこまで聞いて、ようやくイリアは事情が掴めて来た。
 企業はORCAから手を引いた。その背景には、何らかの密約の存在がある。当然、何もしないことがその条件なのだろう。もし、そんな中でカラード…ひいては企業のリンクスがORCAに対して戦闘を仕掛ければ。その密約はなかったことにされるかもしれない。
 当然のことだが、企業は自分のところのリンクスの性格などもよくわかっていることだろう。そして、こんな状況になれば企業に逆らってでも動こうとする者がいるであろうことを、彼らは予想していたのだろう。
 特に上位ランクのリンクスともなれば、それだけで脅威だ。だがネクストにさえ乗れなければ、リンクスとて唯の人間。付け入るのであれば、そこを狙うしかない。

「クレイドルが地上に落ちて生じるだろう被害は想像もつかない。その前にORCAを潰すには、なんとしても、あいつの力が必要なんだ」 
「でも、肝心のウィンさんはインテリオルに拘束されちゃってて出撃できない状況になってる。だから助け出して、出撃させたいってことだね」
「そういうことだ」

 イリアが概要を告げると、ロイははっきりとうなづく。

「そっかぁ。うん、わかった。どこまで出来るかわかんないけど任せて」
「イリアちゃん、いいんですか?」
「うん。だって私もクレイドル落としたくないし。出来るものなら、私もネクストで一緒に行きたいけど…。シルバーエッジは動けないから。それなら、間接的にでも出来る事やらなきゃ。」

 ニッコリと笑ってイリアは二人にそう告げる。
 シルバーエッジの修理を待つよりも、ウィンディーを助け出し、出撃するのを手伝った方が圧倒的にかかる時間は短い。時間との勝負であるこの状況を考えるなら、それが得策と言うものだ。
 やることは決まった。今出来る事をやる。それしかない。

「えっと…。それでロイさんとエイさんはどうするの?」
「俺も手伝いたいが、今インテリオルに行ったら間違いなく、ウィンディーの二の舞になるだろうからな。悪いが外で待機してる。万が一があったらマイブリスで押しかけるさ」
「私は、イリアちゃんのお手伝いしますよし」
「わかった。じゃあ、私ちょっと準備してくる。早いほうが良いよね? あ、オウガさんも手伝ってくれるよね?」
「もちろんだとも。こっちはたいした準備はないから、支度しておいで」
「わかった」

 そう言って、イリアは自分の部屋へといったん入っていく。
 そしてふと、ロイが思い出したように、エイ・プールに尋ねる。

「なぁ、なんであの子が良いんだ? リンクスとして優秀なのは知ってるけど、ウィンディー助けるのにリンクスとしての技能は関係ないと思うんだが」
「それはですね。その…まずスティレットちゃんに相談したら、イリアちゃんが適任だとか言われたってんですよ」

 コジマ兵器繋がりでトーラスと縁のあったスティレットとイリアの交流は深い。リンクスになる時に力を貸したり、訓練相手として何度も付き合ったことある。他にも色々、何かイリアは世話になっている。さらにオリジナル繋がりで、母親であるテレジアとも交流があるため、イリアについて色々と知っているの。彼女がイリアを勧めるからには、それなりの理由があるのだろう。 

「でも、私もわからないんですよね。どうしてスティレットちゃんが、イリアちゃんを勧めたのか」

 ただ、スティレットは必要最低限のことしか言わなかったため。その理由はエイ・プールも知らないままだ。

「大丈夫なのか…?」

 とりあえずはまだ20歳にもなっていない、普通の(?)女の子だ。どう考えても、今回の一件に関しては不向きにしか思えない。いっそ、自分がやったほうがまだいいのではないだろうか、とロイが考えるのも不思議なことではない。
 
「大丈夫だよ」

 それまで静かにやり取りを聞いていたオウガが口を開いた。

「イリア君は、テレジアさんに色々仕込まれてるから。そこらの人よりも適任だとは思うね。期待は裏切らないってことは保証するよ」

 そう言ってオウガは、なぜか苦笑いを浮かべる。
 なんだかんだで、オウガもまたイリアとの付き合いが長い事は知っている。そんな彼が言うのだから、間違いはないだろう。それでもやっぱり、少し不安はあるのだが。
 そうこうしているうちに、イリアが部屋の中から戻ってきた。先ほどと変わらない服装だが、少し大きめのウェストポーチをつけている。そして―――

「キシャァ」

 イリアの頭の上には、AMIDA-TENORIこと手乗りAMIDAのアミちゃんが乗っかっていた。

「…おい、なんだそれは」
「あぁ、ロイさんは初めてでしたね。あれはAMIDAって言う生き物で、イリアちゃんのペットなのですよ」
「マジか…。ていうか、それも連れてくのか…?」

 イリアの頭の上で、ワキャワキャと前足(?)を動かしているアミちゃんに、恐る恐ると言った様子で尋ねる。まぁ誰だって初めて見れば、そんな反応をするだろう。エイ・プールはすでに儀式通過済みなので、平然としているが。

「そうだよ。アミちゃんも行きたいって言ってるから連れてくことにしたの。ねー?」
「キシャー♪」

 なんか意思疎通まで出来てるっぽい。この時、ロイは初めて目の前の少女に対して得体の知れない何かを感じていた。なんか、只者じゃない。でも、この子ならやってくれるかもしれない的な物を。

「それじゃあ、エイさん行こう。ロイさんも気をつけてね」
「あぁ。ウィンディーのこと、頼むぜ?」
「うんっ」






 それから数時間後。
 イリアはインテリオルの施設へと来ていた。最初は少し警戒されたものの、ネクストを持ってきたわけではなかったため、なんなく通してもらう事が出来た。ちなみにアミちゃんは、諸事情から別に持ってきたバッグの中で待機中である。
 そのまま施設の中を進み、一旦エイ・プールの部屋へと向かう。作戦決行は夜ということで、とりあえずそれまでは時間を適当に潰すことになった。
 さしあたって、カフェコーナーでくつろくぐことにする。

「それにしても、まさかこんなことになるとは思わなかったなぁ」

 注文したメロンソーダを飲みながら、ポツリと呟く。

「はははは。でも無駄にならなくて良かったじゃないか」
「そうだね。色々身につけておくと、何かの時に役立つって言うけど。本当だったよ」

 しみじみとそう感じながらイリアが頷く。
 テレジアに仕込まれた色々。それらは、ぶっちゃけると使う機会などないと思っていた。なんと言うか、リンクスとしてやっていくのには、まず必要ないものなのだ。

「とりあえず、全ては夜になってからだね。オウガさんまで巻き込んじゃってごめんね」
「いいんだ。こんな機会、またとないだろうからね。くくくくく…」

 イリアの言葉に、なぜか黒い笑みを浮かべるオウガ。言うまでもなく、その理由をイリアはすぐに察したのだが、ここは敢えて黙っておくことにするのだった。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 このまま何も出来ないのか。
 ネクストに乗れないリンクスに出来ることなど、ほとんど何もない。そのことはリンクスである自分が誰よりも知っている。
 ORCAを止めようにも現状ではどうすることもできない。

「………くそっ……」

 自然と握る拳に力が篭る。
 ちょうどその時。メールが来た事を知らせる受信音が響いた。他にすることもないため、自然と端末へと視線が動く。
 届いているメールは一件。差出人は不明。件名はなし。内容は、ただ簡潔に一言だけ書かれていた。
 
『騎兵隊参上』

 その文面を確認した直後。部屋の照明が落ちた。

 ~つづく~ 


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移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 軽くお久しぶりの、えむです。
 ネクスト抜きでの色々がやりたかった。反省はしないが後悔もしない。
 これが本編としてはラストの展開となりますが、自重しません。いつもどおり思いついたがままに突き進みます。
 たまにはこういう展開あってもいいよね!!

 次回はイリアとアミちゃん無双の予定。お楽しみにっ。


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