Written by えむ
「出撃要請?」
「あぁ、カラードからの要請任務だ」
トーラス基地の一件を経て、完全に以前の調子を取り戻してから数日が過ぎたある日のこと。イリアの元に、カラードから一つの依頼が入っていた。
実際には、企業とORCAの間で戦争が始まった時点で、幾つかの依頼が届いていたのだが、その時点では、まだイリアはとてもじゃないが戦闘出来る状態ではなかったため、全てキャンセルしていたのだ。
だが今のイリアの状態は万全。そして、イリア自身。ORCAがクレイドルを地上に落とそうとしていることを、当然ながら良くは思ってはいないため、その依頼を断る理由はどこにもない。
自分が何かの役に立てるなら―――。そんな気持ちと共に、イリアはオウガに依頼の内容について尋ねる。
「内容は?」
「所属不明の輸送部隊に対する強行偵察任務だって。で、それがORCA所属の場合は、直ちに輸送部隊を確保もしくは撃破しろとのことだ」
「じゃあ、場合によっては戦闘にならない可能性もあるって事?」
所属不明。ORCA所属だった場合のみ確保もしくは撃破。ということは、そうではない可能性もあると言う事だ。
しかしオウガの返事は、予想外の物だった。
「一応そうだけど。たぶん、十中八九…ORCA絡みになるんじゃないかなぁ。と言うのも、ここだけの理由があって―――実はトーラスが極秘に開発した実験機をORCAに運ぶって話があってだね」
「は?」
「いや、この前…聞いた話なんだけど―――」
少しばかり視線をさまよわせ、それからオウガは静かに話し始めた。
ここ最近トーラスでは、カラードに内緒でこっそりと新型のコジマ兵器を作っていたらしい。そして一応完成して、後は実戦テスト…と言ったところで一つの問題が生じた。その頃、イリアはまだネクストに乗れない状態だったのである。
それで困ってしまったトーラスの開発部は仕方なく、別の誰かにテストを頼むことにしたのだそうだ。そしたら、都合のいいことにテストを兼ねて機体を引き取りたいとの連絡があったらしく、二つ返事で承諾してしまったらしい。
そして、その後。ちょっとしたきっかけで、そのテストをしてくれる相手が実はORCAの人間らしいという事が明らかになった。
普通だったら…そこで間違いなく拒否で終わるのだろうが、そこは自由奔放なトーラス。どうせカラードのリンクスは誰もテスト受けてくれないだろうしし、それだったらORCAのリンクスでもいっか、実戦データはもらえることには変わらないんだし♪と結局引渡すことにしてしまったのだそうだ。
「………このご時世になんてことを」
「そうなんだけど。トーラスだからねぇ…」
「そうだよね、トーラスだから仕方ないよね…」
揃ってため息をつく。
身内としては突っ込みの一つでも入れたいところだが、いまさらだ。それに恐らく、トーラスの個性豊かな面々のこと。それを開発した部署が独断で勝手にやってしまった可能性も非常に高い。というかほぼ確実にそうだろう。上に相談もしないで突っ走るのは、日常茶飯事である。
「まぁ、そんなわけでね…。その輸送予定の日程とちょうどマッチするから…」
ORCAが絡んでる可能性は確実。さすがのトーラスと言え、企業にわざわざそんなことを話すまではしないだろうから、企業連から見れば「所属不明の輸送部隊」と見られて当然だろう。あとは問題があるとしたら―――
「身内相手に戦闘吹っかけるのは、さすがに嫌だよ。私でも…」
「それは行ってみれば、はっきりするんじゃないかな。仮にトーラス側の輸送部隊なら、イリア君が行けば、すぐに降参してくれるわけだし」
「あ、そうか」
「ORCA側だったら、無視して逃げようとするだろうから。改めてそこで行動に出れば問題はない…と」
「わかった。それじゃあ、すぐ準備するよ」
そう告げて、イリアはパイロットスーツに着替えるために、一端その場を後にするのであった。
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1時間後。輸送部隊の移動ルートに沿って、後を追うイリアのシルバーエッジの姿があった。例によってフル追加Bであるが、今回は敢えて両手ブレードではなく、右手だけの装備となっていた。もう片方には、アルゼブラ製のアサルトライフルACACIAを装備。
使用目的としては、威嚇のため。輸送部隊となれば一応は非戦闘員である可能性も高い。そんな場合を考えて、少しでも人的被害を減らせたら…と言う、ささやかな気持ちからの選択であった。もちろん格納には、代用品を兼ねてオーメルの小型ブレードが一本入れてあるが。
「そういえば、新型のコジマ兵器ってどんなのなの?」
追いつくまでには、まだ時間がある。実は最初に聞いた時から気になっていたため、イリアが尋ねてみると、すぐにその答えが返ってきた。
『アサルトキャノンと言って、アサルトアーマーに指向性を持たせて撃ち出す装備らしい』
「…それって、コジマキャノン撃ち放題ってこと?」
『そうだね。アサルトアーマーを利用してるわけだから、PAが回復さえすれば幾らでも撃てることになる』
「…いいなぁ。撃ち放題いいなぁ。帰ったら、交渉してみようかなぁ」
撃ち放題のコジマキャノン…アサルトキャノンにイリアは一人夢を膨らませていた。色々あってコジマ武器は今は使っていないが、それに対する気持ちは今も変わらない。
『そろそろ輸送部隊が見えてくるはずだけど』
「あ、うん。こっちでも確認した。今から急接近して――――」
レーダーに一列に並ぶ大型の輸送トラックの一団が映る。だが、それと同時に正面から、まばゆく輝く緑色の光弾が飛んできた。
「……!!」
すぐさまクイックブーストで右方向へと跳ね回避する。
『イリア君、輸送部隊に護衛がついてる。ネクストだ!!』
「わかってる!! でも、聞いてないよ?!」
『なんとかするしかない。向こうもこっちに接近してきてる以上、交戦は避けられそうにない』
「……っ」
レーダーへと視線を落とすと、一つだけ反応がまっすぐこちらへと向かって来ていた。どうやら輸送部隊に近づかせないため、自ら迎撃するつもりなのだろう。
仕方なく、まずはネクストをどうにかするべく、イリアもそちらへと意識を集中させることにして、シルバーエッジを飛ばす。そして、先制攻撃を仕掛けようと迫ってくる相手へとアサルトライフルを向け、その引き金を引こうとしたところで、その手が止まった。
「……え……?」
敵の機体はイリアの大好きな純正アクアビットマンであった。だが、攻撃をためらってしまったのはそれだけの理由ではない。
レイレナード製マシンガンのHITMANにアクアビット製コジマキャノンのAXSIS。そして背部にプラズマキャノンのTRESOR。その武器構成は、イリアが良く知る機体のものだった。
「シルバー…バレット……?」
だが、すでにその機体は存在するはずがない。いや、存在しないということはない。同じパーツを使えば再現することは誰だって出来る。現に、シルバーバレットそっくりの機体ではあったが、その付けているエンブレムはイリアの知らないものだった。
つまり、これは偶然。どこの誰かは知らないが、シルバーバレットのアセンと同じアセンを使っているだけと言う事になる。
「来るなら迎え撃つだけ。ここで戻れなくなるわけにはいかないんだから…っ」
相手の機体に少なからずも動揺してしまったが、すぐにいつもの落ちつきを取り戻し、改めて敵ネクストと対峙する。
オーバードブーストを起動し、一気に間合いを詰めにかかる。今回はアサルトライフルを装備しているとは言え、自分の得意レンジは近距離戦だ。ともかく距離を縮めないことには始まらない。
相手がAXSISを構える。先ほどとは違い、今度はフルチャージ状態であることが傍目に見てもわかる。
砲撃。圧縮されたコジマ粒子が放たれる。オーバードブーストをカットし、その勢いが消えないうちに地面を蹴ってジャンプ。そのまま前方へとクイックブーストも吹かし、シルバーエッジを上へと跳ね上げさせる。
すぐ真下をコジマ粒子がすり抜けていき、その影響でPAが一気に消失する。けれども、それは想定内。コジマキャノンをギリギリでよければ、そうなることは百も承知だ。
だが、これでコジマキャノンはもう撃てない。チャージしきる前には、こちらの間合いに踏み込める。相手にはプラズマキャノンもあるが、展開するよりは、やはりこちらが飛び込む方が――早い。そしてPAが剥がれた現状でマシンガンの攻撃は痛いが、それでもブレードの一撃の方が結果的には重い。ダメージ競争をするなら、こちらが上だ。
レーザーブレードを展開し、さらに距離を詰めにかかる。予想通り、相手は回避行動に移りつつもマシンガンで迎撃をしてくるが構わず突っ込む。
「まずは一撃…っ」
そしてレーザーブレードを振り下ろそうとしたところで、相手の機体がおもむろにコジマキャノンをパージ。すぐさま後ろへとクイックブーストで下がった。
「…?!」
結果、空中に放り出されたコジマキャノンが目前に迫る。回避は間に合わない。仕方なく、目の前の障害となったコジマキャノンの排除を優先。
PAがまだ回復してないのに加え、ただでさえ早いシルバーエッジ。そのまま高速でぶつかってしまえば、ただではすまない。
レーザーブレードでコジマキャノンを両断する。しかし、そこにまた一つ罠が仕組まれていた。コジマキャノンが破壊されたことで、――中途半端にだがチャージされていた――小規模ながらもコジマ爆発がそこで起こり、それに巻き込まれてしまったのである。
例えるなら、小規模のアサルトアーマーと言った所だ。ダメージそのものは小さいとは言え、それがもたらす弊害は無視できない。
閃光によってカメラが一時的に機能しなくなり、さらに回復しかけていたPAが再び消し飛ぶ。
「…っ」
ダメージ競争でリードできると思っての突撃であったが、状況は一気に逆転してしまっていた。相手にはこれと言ったダメージを与えられず、逆にこちらだけがダメージを刻まれてしまった。さらに色々と厄介なハンデを負わされ、しかも相手は下がったとは言え近距離。マシンガンでも脅威となる。
退くか。進むか。
一瞬のうちに求められた選択肢は二つ。そしてイリアが選んだのは、前進だった。
「まだ…!!この程度で…!!」
マシンガンの銃口が向くのを見て、こちらもアサルトライフルを向ける。FCSが復旧していないが気にせず連射。そして、さらに前へとクイックブーストを吹かせる。
マシンガンによる弾幕がシルバーエッジを襲うが、アサルトライフルの弾幕によって狙いが乱れる。
プラズマキャノンの砲口が光る。アサルトライフルを横へと投げ捨てるようにパージし、右へとクイックブースト。そして間髪いれず前へ。二段クイックブーストを持って距離を一気に縮め、そのまますれ違いざまに左格納から取り出したオーメルのレーザーブレードを外から内側へと振りぬく。
捉えた。
そう思った一撃はギリギリのところでブーストをカットし、不意に高度を下げた相手に回避されてしまった。格納から展開する、わずかタイムラグを突かれたのだ。
―――避けられた。
そして、そのまま両機がすれ違うかと思われた刹那。シルバーエッジがクイックターンで急旋回を行った。しかも、ただ旋回するのではなく、同時に機体を倒し、クイックターンの回転軸を横へと傾ける。そして、そのままレーザーブレードを旋回の勢いを加えつつ、高度を下げる相手目掛けて振り下ろした。
すでに落下を始めていた敵ネクストであったが、背後から追加ブースターの勢いも加えて迫る一撃を完全に避ける術はなかった。それでも咄嗟に、回避行動を後れながらも取り、クリーンヒットだけは避けた相手リンクスの腕は相当なものだった。
「今のを避けた!?」
これには、さすがのイリアも驚きを隠せない。避けられたとは言え、完全に避けられたわけではない。現に機体そのものには届かなかったものの、イリアの一撃は展開されていたプラズマキャノンの砲身を斬り落としていたのだから。
だが相手は健在。戦闘は続行だ。
さらに追撃をしようとするイリアであったが、さすがに今度は一端距離を開けざるを得なかった。アサルトライフルをパージしたことに加え、これ以上PAがない状態でマシンガンを受けることになれば、機体が持たないと判断したのだ。
格闘戦主体のシルバーエッジで一端距離を開けなければいけないのは不本意ではあったが、それでも落とされる可能性が高くなるくらいなら、仕切りなおした方がマシと言うものだ。
結果、両機の距離が大きく離れ、仕切りなおしとなる。
『カラードに、こんなリンクスがまだおったとはな…』
ここで初めて、相手のリンクスの声が通信越しに聞こえてきた。
『ランク30のリンクスとは、とても思えん。とんだ伏兵がいたものだ…』
当然である。ブレード主体に切り替えて以来、イリアはスティレット相手にも勝率8割を叩きだせるようになった程である。実力的には、確実に上位ランクのリンクス並。そんな彼女が未だにランク30のままでいるのには、まぁ色々と事情があったりする。
それはさておいて。
「…嘘……」
通信越しに聞こえてきた声。それは遠い記憶の中、はっきりと覚えのあるものだった。
忘れはしない。忘れるはずはない。それなりに年月が過ぎているせいだろう。幾らか声の調子は変わっているが、それでもその声はイリアの記憶にある人物と一致する。
「…なんで…?」
『…む?』
再び動こうとした敵ネクストが動きを止める。
それを見て、イリアは確信した。目の前にいたシルバーバレットもどきは、もどきではなく。正真正銘のシルバーバレットだったのだと。
「…どうして…」
『いきなり何だ…?』
どうやら相手には、イリアのことがまだわかってはいないようだった。だが、それも仕方がない。最後に会ったのは昔も昔。しかも、当時は小さかったのだから。
「どうして、ここにいるの?――テペスさん」
『!?』
名前を呼んだところで、僅かにだが相手の動揺が伝わってきた。間違いない。
そして、名前を呼んだことで、相手もこちらが誰なのか気がついたようだった。
『イリア…名前を見た時まさかとは思ったが、やはり…』
「…私だよ」
『そうか……。よもや、リンクスになっていたとはの』
「だって…元々、候補生だったし」
『なるほど、確かに』
元々イリアは、アクアビットにて、将来的にリンクスの候補生となるべく、どこからか連れてこられた身であった。どういう経緯があったのかはイリアも覚えてはいないが、すでに素質があることだけはその時点でハッキリしていたのは間違いない。
『そして今はカラードのリンクスと言うわけか』
「…うん」
『ふむ。それで、どうするつもりかね?』
「それは……」
どうするのか。その問いかけにイリアは迷う。自分の目的は輸送部隊の確保もしくは撃破であり、相手の目的は護衛。しかも相手の立場と敵対関係にあるORCA。
それでもイリアは、さらに攻撃に出る事は出来なかった。答えることも…出来ない。
『お前さんもリンクスなら、答えは決まっているだろうに。だが、そうだな…。お前さんがどうするか答えを聞く前に、一つこちらから別の質問でもしてみるとしようか。
お前さんは今の地上をどう思う。コジマ汚染の進む、この大地を』
「今の地上…?」
思わず首を傾げる。
物心がついたころには、すでに大地は荒廃していた。だからイリアにとっては、それが普通だとすら思っていた節もある。昔はもっと緑豊かな場所も多かったらしいという事は知っているが、実感としては薄い。どう思うかと突然聞かれても、どう答えていいかわからない。
結局答えられずに押し黙ってしまったイリアであったが、相手はそれも予想していたのだろう。苦笑交じりの声で言葉を続ける。
『お前さんに、これを聞くのは酷だったかの。だが、これはわかるだろう。このまま汚染が進めば確実に地上の全てが人の住めない場所となるのは。そして、クレイドルが飛んでいる空ですら、いずれは汚染されてしまうであろうことは』
その点はイリアもすぐに理解できた。確かに今の地上は汚染が進んでおり、中には人が住めないまでに悪化した地域も多い。いまだコロニーなどが点在しているとは言え、年々クレイドルに移り住む人がいるのは、紛れもない事実だ。
それでも最後の逃げ場となっている空までもが汚染されつつあると言うのは意外な事実だったが…。
『そうなれば、人類に未来はないだろう。ORCAは、そんな今の状況と訪れるであろう未来を憂いた者達の集まりなのだよ』
その一言でイリアは、彼がORCAにいる理由がわかった気がした。
ネクストが台頭し始めた初期の頃から関わり、そしてネクストと言うものに熟知していたからこそ、コジマ粒子の危険性と言うものに気がついたのだろう。そして、その事と彼の言うORCAについて考えれば、そこに身を置いていても不思議ではない。
だが、ここで新たな疑問も浮かぶ。なぜ急にそんなことを話すのだろうかと。その答えは、すぐに明らかになった。
『どうだろう。一緒に来ないかね?』
「…え…?」
『お前さんほどの腕の持ち主がいれば、こちらとしては大助かりなのだがな』
「…それは、私にORCAに来ないかって事…?」
『まぁ、そうなる。どうかね?』
予想外すぎた。
彼からのまさかの誘い。だが、二つ返事であっさり決断を下せるほど簡単な問題ではない。
コジマ汚染が進んでいるのは紛れもない事実。そして、独立傭兵と言う第三者的な立場になったからこそわかったことだが、企業が地上のコジマ汚染に対して何もしていないことは明らか。
今まで人類全体の未来なんて大きなことを考えたこともなかったが。イリアから見れば、何もしようとしない企業より、未来のために何かしようとしているORCAの方が何倍もマシに見える。
それでも迷う。けれども時間があまり残っていないのも事実だ。
恐らく選ぶチャンスは、今が最初で最後だろう。下手をしなくても、今後の人生すら左右しかねない選択。
悩む。
ずっと慕ってきた「あの人」からの誘いの言葉。けれども、いなかった間に築いてきた物もある。 両方を選ぶ事は―――到底無理だろう。どちらかしか、選べない。
考える。
迷う。
どれほど考えただろうか。それは数秒のようにも、数時間のようにも思えた。
それでもやがて、イリアは静かに顔を上げる。
「……私は――――」
そして、答えを告げるべく口を開いた。
~つづく~
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