小説/長編

Written by えむ


 敵ネクスト―砂漠迷彩のソーラ―のマシンガンとショットガンの弾幕がシルバーエッジへと襲い掛かる。その狙いはお世辞にも正確とは言い難いものだ。
 と、いうよりも。今イリアが対峙しているネクストのリンクスの技量がお世辞にも高いものとは言い難い程度のものだった。ネクストの戦闘を何度か見た事のある者なら、誰が見てもわかる程に―――言うなれば素人ではないがネクストにも慣れていないのがありありとわかる。そんな動きなのだ。
 以前のイリアなら、その弾幕を上手く回避し、瞬く間に懐に飛び込んで、ブレードの餌食としていたことだろう。
 だが恐怖心に駆られ、以前の調子も戻っていない今のイリアにとっては、充分に脅威と言える相手だ。

『どうした。逃げ回ってばかりじゃねぇか!!』

 攻撃をせず、回避―逃げ―に徹しているシルバーエッジの弱腰な動きに、調子づいて追撃せんと攻撃を仕掛けていく。
 それでも、なんとか持ちこたえているのは単純に機体の性能差による物だ。近接格闘戦に全てを賭け、追加ブースターをも搭載して機動力重視のアセンで組んであるシルバーエッジの機動力は、適当に動くだけでもそれなりの回避力を生み出す。そして、相手はその動きに追従できるほどの技量はない。
 そのため、戦況は一種のこう着状態へと陥っていた。

『くそっ、無駄にちょろちょろと…っ』 
「…ぐ……」

 普通ならどうということのないAMS接続からもたらされる負荷も、今のイリアには無視できないものとなっていたのだ。AMSが低下しているせいで、大きな負荷がイリアに牙を向いていたのである。しかも、それまで高い適性値が幸いして負荷とは無縁だっただけに、その苦しさも余計に大きく感じてしまう。
 いつもだったら絶対にないであろう激しい頭痛に必死に耐えつつ、相手から――ただ逃げる。立ち止まれば、そこで死んでしまう。ネクストを動かすにあたって仇となっている死への恐怖が、逆に今のイリアを生き長らえさせてもいた。
 それでも状況が好転するわけではない。それどころか、このままではAMSの負荷に耐えられなくなって動けなくなるのも時間の問題となってしまう。
 一方的とも言える戦闘は、なおも続く。
 だがそのうち痺れを切らした相手が、思わぬ行動に出た。

『ちっ。このままじゃ拉致があかねぇ…。どうせ仕掛けてこないんだ。だったら、こっちは仕事を先にこなさせてもらうぜ』
「…!?」

 シルバーエッジを追っていたソーラの動きが変わった。それまで使用しなかったアルドラ製の背部グレネードを展開し、その砲口を向ける。その先にあるのはトーラスの地上の施設の一つだ。
 間髪いれず、グレネード弾が放たれ建物に炸裂。爆発と共に、直撃を受けた施設が崩落を起こす。

『はっはっは。やっぱりネクストの火力はノーマルとは段違いだなぁっ!!』

 ソーラが2発目を構える。もはやイリアのシルバーエッジなど蚊帳の外と言わんばかりに。

「…あ……あぁ…」

 その様子をただ呆然と立ち尽くし、シルバーエッジを通して見つめるイリア。今飛び込めば、攻撃を止めることだって出来るだろう。だが、そうなれば相手の矛先は再び自分に向くことになるだろう。そして最悪の場合、自分は二度と帰ってはこれなくなるのだ。
 「あの人」と同じように。






 そう、「あの人」は帰っては来なかった。
 後で知った話だが、「あの人」は…アスピナのリンクスであったジョシュア・オブライエンの駆るホワイトグリントとの激戦の末、撃墜されたのだと言う。
 だが落とされてしまったとは言え、「あの人」の奮戦があったからこそ。ホワイトグリントの目標となった――かつて自分がいた場所。アクアビット本社の非戦闘員の何割かが避難するだけの時間が出来たのだと言う。
 自分もその恩恵に預かった一人だ。最も、幼かった当時はそんなこと知る由もなかったが。
 ただ、大好きだった「あの人」とは二度と会えないとわかった時、大泣きをして周りを困らせてしまったことは今でも覚えている。
 そして気がつけば、自分はリンクスを志していた。元々、将来有望なアクアビットのリンクスとなるべく連れてこられてきた身としては、それしか思いつかなかったのだ。と言うのもあるが、今になって思えば、「あの人」のことをもっと知りたいと思ったのも理由だったのかもしれない。リンクスになれば、何かわかるのではないかと。そう考えて。
 だが現実は、それほど甘いものでもなかった。結局、リンクスにはなれたものの、自分はそこで立ち止まってしまった。リンクスになったところで、「あの人」のことはほとんどわからずじまいだったのだ。
 その後、戦う理由と強くなりたい理由を見つけるために独立傭兵となり、それなりに色々と活動はしていたものの、特殊な依頼専門のリンクスとなってしまったのもあって、結局進展はないまま…今に至っている。
 そして思う。「あの人」はなぜ戦っていたのだろうかと。
 企業専属のリンクスだったから? だが、それだけではないような気がする。根拠も理由もないが、なぜかそんな気はあった。でも、やっぱりわからない。そもそも交流自体が少なく、自分が半ば一方的に慕っていたようなものなのだから。
 「あの人」は「あの人」。「自分」は「自分」。
 では自分がリンクスとして戦う理由はなんだろうか。広い目で見れば、やっぱりその答えは未だに得られてはいない。でも、今だけは違う。
 今、ここにいる理由。それだけは、はっきりとしている。トーラスを救うためだ。だと言うのに、今の自分は落とされ帰ってこれなくなるのを恐れて、動けなくなってしまっている。トーラスが目の前で攻撃されているにも関わらず。
 もし、今の自分を「あの人」が見たら、なんと言うだろう。その答えはやっぱりわからない。
 でも、一つだけ気づいたことがある。
 「あの人」は命を賭して、アクアビットを、そこにいる人達を守ろうとした。結果、帰らぬ人となってしまったが、そのおかげでこうして生きている命が自分を含めて幾つもある。
 それならば。自分を犠牲にしてトーラスの人たちを守るくらいのことは、今の自分にだって出来るはずだ。例えまともに動けなくとも―――。






 ソーラから、トーラスの施設へと2発目のグレネードが放たれる。だが、2発目のグレネードがトーラスの施設に届くことはなかった。
 シルバーエッジが射線上に割り込み、自らの身体で受け止めたのだ。

『自分から飛び込んできただと。馬鹿か、こいつ…』

 予想外の行動に、相手の攻撃の手が少しだけ止まる。

「これ以上、トーラスには攻撃させないんだから…っ!!」

 その場で両手を広げ、完全に動きを止める。それが何を意味するかは、誰が見てもわかる。機体を盾に攻撃を阻止しようというのだ。

『おもしれぇ』

 狙いがトーラスから再びシルバーエッジへと向けられる。打つ手としては最悪かもしれないが、今の自分に出来るのはこれだけしか残っていないと覚悟を決める。

『そんな脆そうな機体で盾になるってか? はっ、だったら望みどおり、てめえからやってやるよ!!』

 避けたくなる衝動をぐっと堪え、ぎゅっと目をつぶる。
 そんな時だった。通信越しに、一つの声が飛び込んできたのは。

『イリア。覚悟を決めるのはいいけど、残される側のことを忘れてはだめよ』
「……っ!!」

 声の主は、こちらへと向かってきているテレジアのものだった。どうやらトーラス経由で、状況は全て伝わっていたらしく、そう告げる声は明らかにイリアの選択を咎める強い調子のものだった。

『待っている人が、残された人がどれだけつらい思いをするか、それを知らない貴女じゃないでしょう…?』

 もちろん知らないはずがない。痛いほどに知っている。

『貴女は、私やオウガ君や、貴女を知っている人たちに同じ思いをさせるつもりなの?』

 その答えも決まっている。だからこそ―――

『違うのなら、前を見なさい!!』
「!!」

 閉じていた目を開ける。迫ってくるグレネード弾に即座に反応し、機体上部を横へと大きく逸らす、最低限の動きでそれをかわす。

『あのタイミングで避けやがっただと…っ!? なっ…後方からミサイルだと?!』

 後方から飛んで来ていたミサイルに気がつき、慌てた様子でフレアを射出しつつソーラが回避行動に移る。その遥か後方には、ハンドミサイルとバズーカを構えたカリオンの姿があった。

『イリア。貴女は昔、話してくれたわよね。なんで強くなりたいと思ったのか』

 ハンドミサイルとバズーカで牽制をしつつ、さらにテレジアはイリアに語りかける。

「…うん」
『思い出した?』
「…思い出した」
『それなら、もう大丈夫ね』
「…うん、大丈夫」
『じゃあ、行きなさい』
「うんっ」

 コクピットで一人頷く。そして、その返事と共に、何もかもが変わった。いや、戻った。
 先ほどまでの頭痛が、眩暈が、嘘のようになくなる。それだけではない。機体が軽い。

『な、なんだ? 急に動きが…』

 そして思い出すことができた。どうして強くなりたいと思っていたのか。

『なんであたらねぇんだ?! さっきまでの逃げ腰はなんだったんだ!?』

 弱いままでは帰れなくなるから。だけど強くなることが出来れば、「必ず」帰ることができる。
 そう考えたから、強さを求めるようになった。

『き、消えた?!ど、どこに…』

 絶対は有り得ないだろう。それでも「絶対に」落とされないために。
 自分があの時に感じた悲しさとつらさを、自分の大好きな人達にさせないために。

『あ、ありえねぇ。なんなんだよ、こいつ…うわぁぁぁぁ―――』

 そして、自分を待ってくれている人達の下へ「必ず」帰るために。
 強くなりたいと願い続け、再び前を向いて走り出した自分がそこにあった。

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 パシンッ。
 戦闘を終え、シルバーエッジから降りてトーラスのガレージへと降り立ったイリアを待っていたのは、テレジアからの平手打ちだった。

「どうしてかは、わかるわね…」

 叩かれた理由はわかる。施設を守るために、命を投げようとしたことについてだ。その時は、それしかもはや思いつかなかったとは言え、言い訳などはない。完全に自分が悪いと言う、自覚がある。

「……うん。ごめんなさい。もう…しないよ」

 だからイリアは素直に謝ると同時に約束をした。
 それを聞き、テレジアはイリアを抱き寄せ、そのまま思いっきり抱き締める。

「それならいいわ。―――心配かけて…。本当に、もう大丈夫なのね?」
「うん」

 コクリと小さく頷くイリアの言葉に、ふ…とテレジアの表情に笑みが浮かべる。ちょうどそこへ、オウガがやってきた。

「イリア君!!」
「あ、オウガさん。ごめんね、色々と心配かけちゃって。でも、もう大丈夫だから」

 そう告げるイリアの表情には、以前のような明るさが戻って来ていた。それどころか何か吹っ切れたような感じも見て取れる。

「本当に…?」
「うん。出撃した時に、みんなの所に帰れなくなるんじゃないかって不安は今もあるけど。でも、そうならないために……今までずっとがんばって来たんだってことを思い出したから。だから、大丈夫だよ」
「そっか。それは良かった。元気のないイリア君ほど見てられないものはないからね…」
「え…。私、そんなに酷かった…?」
「「酷かった(わね)」」 

 声をそろえて答えるオウガとテレジア。はっきり言って、塞ぎこんでる時のイリアは本当に見てられなかった。だからこそ余計に心配したわけだが…。

「お、お母さんまで一緒になって…!!」
「あははは…、ん?お母さん?」

 イリアの何気ない言葉に、ふとオウガは首をかしげた。そして、イリアとテレジアの二人を交互に見て。

「お母さんって、誰が…誰の」
「言ってなかったっけ? 私のお母さん」
「イリアは、私の娘よ。養子…だけどね」
「な、なんだってー?!」

 今明かされる衝撃の事実。何気に、イリアともテレジアとも付き合いは長いのに今の今まで知らないオウガであった。
 それはともかくとして、トーラスにおける攻防戦は一先ず幕を閉じることとなる。
 しかし、企業とORCAの間における戦況は、さらに進んでいくことなり、イリアも否応無しにその流れに巻き込まれていくことになるのであった。

~つづく~ 


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