小説/長編

Written by えむ


「これじゃあ動かすのがやっとじゃないかい?」
「う…うん…」

 イリアのAMSの数値は信じられないほどに低下してしまっていた。動かそうと思えば動かせなくはない。だが、AMSの数値が低下しているため、予想以上の負荷がかかるのは確実。現に、AMSとのリンクのテストをしただけでも消耗してしまうほどになっていた。
 こうなってしまったのはキタサキ・ジャンクションでの一件。ネクストとの初の実戦を終えて戻ってきてからである。

「体調とかはどこもおかしくないみたいだけど…。となるとあとは精神的なもの…になるのかな」
「………」

 データを眺めながらオウガは首を傾げる。実際、AMSは精神状態でも数値が左右されることがあるのは過去のデータでも実証がなされているため、体調その他が原因ではなければ、そうとしか考えられない。ただ、そっち方面の専門家ではないため、それ以上のことはわからないのも事実だった。

「とりあえず、しばらく休みにしようか。あのORCAとかってのが宣戦布告してからこっち。カラードからの依頼も減ってるし、たまにはのんびりするのもいいかもしれない」
「…うん、わかった」

 オウガの言葉に、イリアは小さく頷いて、ガレージを後にする。そこにいつものような元気や明るさは見られない。明らかに何かあるのは間違いない。

「……本当にどうしたんだろう」

 オウガとしては、やはり心配でしかない。何よりも今のイリアは、とてもイリアらしくないし、どこか痛々しく感じてしまうのである。だが、今は見守ることしか、オウガには出来ない。いや、一つだけ、まだ方法がある。
 そのことに気がつくと、オウガはすぐに通信端末を取り出すのだった。






 それから数日が過ぎたある日のこと。イリア達の拠点に一人の来客が訪れた。

「イリアはいるわよね?」

 入ってくるなり、そう尋ねてきたのはトーラスのリンクスであるミセス・テレジアであった。

「あぁ、部屋にいるよ。忙しいのに悪いね」
「いいのよ。大事な娘のためだもの」

 簡単なやり取りだけをかわし、テレジアはイリアの部屋へと足を進める。
 そして、閉まりっぱなしのドアをノックする。

「イリア、いるのでしょう。入るわよ」

 返事を待たず、イリアの部屋へと踏み込む。ふと視線を落とすと、手乗りAMIDAことアミちゃんがカサカサとテレジアの足元に近づいてきていた。そして、そのつぶらな瞳(?)でテレジアを見上げる。まるで、自分の主人を心配しているかのように。

「大丈夫よ」

 アミちゃんに、そう微笑みかけ。ベッドのシーツを頭まで被って顔も見せないイリアの元へと足を進める。それからベッドに腰を下ろし、テレジアは静かに尋ねた。

「何を感じたの?」
「……っ」

 ピクリとシーツにまるまっていたイリアが反応する。オウガやスタッフとは違うアプローチ。同じリンクスだからこそわかる物。そこを的確にテレジアは突いてきた。

「今さら、人の命を奪ったことに動揺するようなあなたではないでしょう? そんな子なら、最初からリンクスにはさせないわ」
「………」

 彼女が人の命を奪ったことは、決して初めてではない。初めて出撃したラインアークで。企業からのミッションで。その時にも自分は確実に誰かの命を奪っている。そして、そのことについては彼女自身も自覚と覚悟の上で行っていたのは確かだ。
 リンクスになるとイリアが言い出したとき、リンクスになって戦場へと出ることが何を意味するのかを教えたのは、テレジア本人。よって、今さらそのことでショックを受けるはずはないことは、テレジアが一番良くわかっている。
 だから、そのことが原因でないのは明らかだった。

「もう一度聞くわ。何を感じたの?」
「………………」
「答えなさい、イリア」

 テレジアの口調が強くなる。そして、半ば強引に頭まで被っていたシーツを剥ぎ取った。
 自然とイリアとテレジアの視線が交差するが、イリアはすぐに視線を逸らしてしまう。

「まだ前に進みたい気持ちがあるのなら、答えて」

 そう告げてテレジアは、そっとイリアの頭を撫でる。やがて、聞こえるかどうかも怪しいくらいの小さな声でイリアはポツリと答えた。

「怖い…の。あの時は勝てたけど…、次は相手みたいになるんじゃ…ないかって…」

 自らの手で、相手のネクストを落とした時。イリアは、それを目の当たりにし、そこで初めて恐怖を覚えたのである。ネクストでも落ちるときは落ちる。一歩間違えていたら、こうなっていたのは自分だったのかもしれない。次は自分が落とされるかもしれない。そう考え始めたら、急に怖くなってしまったのである。。
 
「そんなこと、今まで考えもしなかったのに…」

 自分でもどうして、そんな考えに向かってしまったのかわからないようだった。そのままテレジアの視線から逃れるように、ベッドに横になったまま背中を向け、さらに呟く。

「……私、もう駄目なのかな…」
「駄目じゃないわ。言ったでしょう。『前に進みたい気持ちがあるのなら、答えて』って。そして、貴女は答えた。だから、今すぐは無理でも――きっとまだ前に進めるわ。その気持ちを忘れなければね」
「…わかった」
「しばらくは、傍にいてあげるから。少し休みなさい。あなたの事だから、寝てないんでしょう?」
「………うん」

 テレジアはイリアの手を両手で包み込むように握ると、イリアは少し落ち着いた表情を浮かべ、やがて微かな寝息を立て始めるのだった。

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 それが起きたのは、それからさらに数日が過ぎた日のことであった。
 塞ぎこんでいたイリアも、どうにか少し持ち直し始めていた矢先のこと。イリア達の下にトーラスから一つの救援要請が届いた。
 ORCAによる宣戦布告後。各地で起こったアルテリアへのネクストによる襲撃が行われ、この一件から、各企業は残ったアルテリアを死守すべく、動かせるネクストを防衛へと回していた。当然、トーラスのカリオンもまた、インテリオルのアルテリアの一つを防衛するべく、やむなく派遣されている。
 だが、この混乱に乗じて、反企業テログループの一つが、トーラスの地上支部へ襲撃をてきたのである。
 常に防衛についているカリオンが留守であるタイミングを狙っての襲撃。ネクストを除いて、防衛用戦力の少ないトーラスにとっては良くない状況であり、元同社リンクスであったイリアを頼って助けを求めてきたのだ。
 
「トーラスが襲撃されてる!?」
『うむ。とりあえず、出せる戦力を出して対応に当たっているが、このままでは押し切られるのも時間の問題だ』
「こんな時に……」
『もしや…イリア君は、まだ――――』

 ミセス・テレジアから話を聞いていたのだろう。イリアの状況は、トーラスの責任者であるマティアスも知っていたようだった。

「あの時のショックから、ネクスト恐怖症になってしまって。少しは持ち直してるんですが…」

 まだ、とてもじゃないけど戦闘が出来るようには見えないのが現状だった。
 
『そうか、ならば無理強いはできんな…』
「何か、他に手はないんですか?」
『ソルディオス・オービットがあれば、なんとかなったかもしれん。だがアレは少し前に、GAの雷電とその僚機に破壊されてしまっている。テレジアにも救援は出したが、あそこから間に合うかどうか…』
「………なんてこった…」

 何か他に方法はないだろうか。オウガがそのまま必死に考えを巡らせていると、その場にフラリとイリアがやってきた。何か飲み物でも飲みに来たのだろう。手には愛用のマグカップが握られていた。

「オウガさん、どうかしたの?」

 その場にやってくるなり、イリアはオウガは唐突にそう尋ねた。彼の苦々しい表情を見て、何かあったらしいとすぐに勘付いたのだ。

「イリア君…」

 声をかけられ、意識が現実へと引き戻される。だがオウガは、トーラスのことを話すのを躊躇ってしまった。今のイリアのことを考えたら、とてもじゃないが戦場には出したくない。

「オウガさんがそんな表情してるってことは、よほどのことだよね?何があったの?」

 イリアの表情がいくらか険しくなる。長い付き合いというのもあって、とてもじゃないが隠し通せるような雰囲気ではなかった。却って、時間を無駄にしてしまうだけだ。
 オウガはその場で頭を振ると、やむをえずトーラスの地上支部が危険な状況にあることを話した。

「トーラスが…?」
「それでイリア君に急いできてもらえないかと…」
「……ネクストで……だよね」

 絞り出すような問いかけ。それに対し、オウガはただ頷くしかない。
 イリアは、ただ黙って俯く。だが、しばしの沈黙の後…静かに顔を上げ、短く答えた。

「……行く」
「でも、イリア君…」
「私しかいないのなら。私が行く。通常戦力相手なら、ネクスト相手じゃなければ…、なんとか行けるよ」

 恐怖の対象はネクスト。だがそのネクストがいないなら―――。

「それに、トーラスのみんなは私にとっても大事な人達だし、ほうっておけないから。だから、行って来る。オウガさん、準備お願い」

 恐怖心を押さえ、それを精一杯表に出ないよう隠しているかのような表情。それでもイリアの目には強い意志の光が灯っていた。そんな表情で頼まれてしまっては、オウガとしても止める理由はない。ただ―――

「それは構わないけど、ここからトーラスの地上支部まで距離がありすぎる。今から行っても、ギリギリ間に合うかどうか…」
「それは、大丈夫だよ。私に考えがあるから…」

 複雑な表情を浮かべつつも、イリアはオウガに、そう告げるのであった。






 シルバーエッジが空を駆ける。オーバードブーストによる高速飛行。なるほど、確かにこれなら間に合うかもしれない。しかし、そのオーバードブーストは少しばかり普段と違っていた。それこそVOBの時のように、黙々と噴射煙を後ろに引きつつ飛んでいた。
 だからと言って、VOBを装備しているわけではない。唯の独立傭兵が運用できるような代物ではないからだ。
 では、一体何をどうしたのか。
 答えは、以前の試作装備テストで使ったテクノクラート製のオーバードロケットブースター、通称ORBを使用したのである。固体燃料を使用することにより、ネクスト本体のEN消費とKP消費を極限まで抑えることに成功したテクノクラートの試作装備。唯一の欠点は、一回点火すると燃料が尽きるまで止まれないと言う事だが、今回に限ってはその必要はない。
 少しでも早く現場にたどりつくため、稼働時間は長い方がいい。
 やがて遥か前方にて、ところどころ火の手が上がっているトーラスの施設と、攻撃をしているノーマル部隊の姿が見えてきた。
 高度を下げ、地面を高速で滑走する。シルバーエッジの武器はレーザーブレードのみ。それならば攻撃手段は一つしかない。
 敵のすぐ傍をすり抜けるようにして、レーザーブレードで切り裂く。余裕で1000kmを越えている状態からの斬撃など、そうそう見えるはずもなく、一瞬にしてノーマルの胴体と脚部が切り離される。
 一端通り過ぎ、そこでクイックターンをかけて再びアプローチを掛ける。
 その段階に来て、敵もようやくシルバーエッジの強襲に気がついたようだった。

『増援のネクストだと?!聞いてないぞ!!』
『くそ、応戦を――駄目だ早すぎる…っ』

 シルバーエッジが敵部隊の間をすり抜ける度に、レーザーブレードによって両断され、数を減らしていく。
 やがてORBの燃料(今回は最初から、量を抑えてきた)が尽きた頃には、襲撃してきたノーマル部隊は壊滅状態へと陥っていた。

「……はぁ…はぁ…」

 動きを止めたシルバーエッジのコクピットで、イリアは荒い呼吸を繰り返していた。未だ本調子が戻らない現状でネクストを動かすのは、それなりにきつい。もちろん、そうなること前提で自ら出撃してきたわけだが。

『敵機の全滅を確認。よくやったよ』
『こちらからも感謝する。よく来てくれた』
「え…えへへへ…」

 トーラス側とオウガからの通信が入り、きついながらもイリアは笑みを浮かべていた。なんとか、なんとかだけど、どうにかできたと。もちろん相手が、ただのノーマル部隊だったからこそ戦えたのだが。

『とりあえずこちらのガレージに機体を入れると―――』
『待ってください。新たな敵影がレーダーに…。7時方向です』
「……え…?」

 トーラスのオペレーターが慌てた様子で口を挟み、イリアはすぐさまシルバーエッジをそちらの方向へと向きを変える。

『ちっ。部下どもだけで十分かと思ったが、よもやネクストが現れるとはな。ネクストが出てきたのならネクストを出すしかないじゃねか。覚悟してもらうぜ。部下の仇だ』
「!?」

 シルバーエッジのメインカメラが、アルゼブラ製のSOLUH(ソーラ)を捉える。同じくアルゼブラ製のマシンガンとショットガン。それにオーメルの散布ミサイルとアルドラの軽量グレネードを装備した砂漠迷彩模様のネクストが一機。確実にこちらへと迫ってきていた。

「……あ……あぁ…」

 ネクストと戦うことへの恐怖が、再びイリアの中に生まれる。だがそうしている間にも距離は縮まってきており、もはや交戦は避けられない状況であった。

~つづく~


now:16
today:1
yesterday:0
total:1605


移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 前話の説明不足を次話でふぉろーしようとした、えむです。
 果たして、これで納得してくれるのだろうか・・・(ビクビク
 そして、次回は野良ネクスト戦。ぶっちゃけ、普段どおりなら瞬殺できる程度の相手ですが、今のイリアにとっては強敵。果たして――
 ちなみに野良ネクストのが武装がどことなく、肥溜めの人と似てしまったのは偶然です。なるべく安い予算で組める武装にしたら、こうなったのです…後悔はしてない。

 それでは、今回もここまでお付き合いいただきありがとうございましたっ


コメント



小説へ戻る