小説/長編

Written by えむ


「!?」

 戦闘開始から5秒。
 ノーカウントの目前にはイリアの愛機、シルバーエッジが迫っていた。一瞬にして距離を詰められ、すでにその両手には一対のレーザー刃が煌いている。
 上空からの狙撃を行おうと跳躍した矢先。イリアのシルバーエッジが猛スピードで突っ込んできたのだ。

「ひぃ…っ?!」

 斬られる。パッチの脳裏に×字に斬られるノーカウントの姿が浮かぶ。…が、ここで奇跡が起こった。いわゆる無意識的に送ってしまったコマンド――実際は目の前の恐怖にびびったのが幸いしたのだろう。AMSがその思考を読み取って、機体が反応。ブースターが不意に消え、ノーカウントの高度がガクンと下がったのである。

「!?」
『!?』

 イリアとパッチ。両者共に揃って驚く。前者は確実に捉えたと思った一撃を回避されたため。後者は避けれないと思った一撃を奇跡的に回避したため。イリアのほうはともかく、パッチに限っては、まさに強運としか言いようがなかった。
 続く追撃を警戒してシルバーエッジの動きを追うが、シルバーエッジがそのまま戦闘領域の奥へと飛んでいくのが見えた。

「あ、あぶねぇ…」

 ともかく助かった。一先ず去った危機にほっと胸をなでおろす。しかし、安心している暇はない。レーダーを見れば、膨大な数のミサイルがノーカウントへと迫っていたのだから。

「おい、まじかよ…?!」

 すぐさま回避行動に移ると同時に捉えたのは、空に大きく翼を広げるネクストの姿だった。ヴェーロノーク。支援機ではあるが火力だけ見れば半端ない。なおかつ、リンクスも経験豊富。ランクを見ても明らかに格上だ。そんな相手にどこまで凌げるかと聞かれれば、正直言って不安しかない。だが死にたくない手前、必死で抵抗するしかないのは明らかであった。






 イリアはさらにシルバーエッジを前へと猛スピードのまま進めていた。さすがにオーバードブーストは解除し、通常推力とクイックブーストの推力を使っての移動だが、やはり追加ブースターの恩恵は大きい。
 目指すは言うまでもなく、戦闘開始と同時に後ろに下がった正体不明の4脚ネクスト。
 前方にアリーヤコアの四脚機の姿が見えてくる。遠いため、相手の正確な装備は不明だが、まだ射程外だから大丈夫。そう思っていたのが間違いだった。

「?!」

 シルバーエッジが衝撃を受け、機体のバランスを保つためにブースターが一瞬カットされる。被弾箇所は、コア中央。損傷は――それなりに痛いほどだ。
 イリアはすぐさま前進するのを止め、砂山の影へと機体を滑り込ませた。こちらからは死角となるが、相手からも死角になる以上。すぐに追撃されることはない。

「あの距離で、このダメージだから…。BFFの重スナイパーキャノン積んでるのか…」

 自機へとダメージ具合と距離から、相手の装備の一部を割り出すイリア。これも一重に自分の機体について色々と調べ上げた賜物である。

「スナイパーキャノン使うってことは、当然相手のサイティング能力は高いんだろうな…。唯一の救いは、連射が全然出来ないことだけど、当然近づかれた時のことの対策はしてるだろうし…」

 スナイパーキャノンの特性は、射程が長いことと、弾速が早いこと。そしてPA貫通能力にも優れているところにある。総じて侮れない威力を秘めている。難点は連射速度の遅さ。言うなれば一撃が重いタイプの武器だ。特にBFF製の重スナイパーキャノンはその傾向が強い。
 一度踏み込めれば、こちらのものだろうが…。そう何発ももらって無事なほど、こちらの機体は頑丈ではない。
 だが、こちらに遠距離武装がないことを考えれば、なんとしても距離を縮める他、方法がない。懐に飛び込むしか、攻撃の手段はないのだ。
 となれば、どうするか。考えられる手段など、そう多くはない。手段は単純だ。あとは砲火をくぐりぬけるのみ。
 
「じゃ、仕切りなおしだよ!!」

 再びその場からブースト全開で飛び出す。さすがに今度は真っ直ぐ進むような真似はしない。左右に機体を大きく振りながら、4脚ネクスト目掛けて距離を詰めていく。それに対し、相手は再び後退を始めた。それと同時に左腕に装備されていたハンドミサイルが、シルバーエッジ目掛けて放たれた。

「…ッ。ハンドミサイル!?」

 通常のミサイルよりも追尾性能の高いそれが、シルバーエッジに迫る。さすがに当たるわけにはいかないと機体を大きく横へ振る。その複雑な機動から回避しようと単純な機動に切り替わったその瞬間であった。

「ぐっ?!」

 2発目のスナイパーキャノンがシルバーエッジを捉えた。再び衝撃によってオートバランサーが働き、体勢を維持すべくブーストがカットされる。そして、速度が落ちた瞬間。追撃していたハンドミサイルが追い撃ちをかける。

「きゃっ?!――――っぅ…!!」

 再び動けるようになるやクイックブーストもフルに使って回避行動に移る。だが幾らEN効率を重視した機体とはいえ、クイックブーストを連続使用すればENが持たないのは当然のことでもある。
 相手武装にハンドミサイルを追加。残る武器は遠くから見てもわかる。コジマキャノンだ。だが少なくともコジマキャノンには、当たらない自信がある。トーラスで気が済むまでスペック表を眺め、実物を眺めて、うっとりしていた日々は伊達ではない。恐らくそこらのトーラス社員よりも熟知しているとの自負がある。まぁ、それはどうでもいいとして。

「突破口、どこかにあるはず―――」

 わざと無茶苦茶に動き回りながら、相手の動きを少し観察する。そして、あることに気がついた。見方によって、ごくごく些細なことだ。だが、それでもイリアにとっては重大な発見だ。

「…あったよ。近づけるルート…!!」

 クイックブーストの連続移動をやめ、ジャンクションの脚柱が集中する部分へと機体を滑り込ませる。障害物の多いこの場所なら、狙われる確率は低い。その間に少しでも機体を「休ませる」。ここから先は、再び思いっきり機体を振り回すことになるだろう。そのために、少しでもENに余裕を持たせておく必要があるのだ。
 ENゲージが再び全開になるのを確認し、イリアはシルバーエッジを一気に急上昇させ始めた。背武器の射角が上下に弱いのを逆手に取り、上空から強襲しようというのだ。
 その狙いは、あながち間違いではなかった。むしろ背部兵装主体としている陸上戦主体の機体には有効な戦術だ。問題はシルバーエッジの武装がブレードしかないということだ。
 だから結局は近づかなければならないわけだが、ここに来てイリアは大胆な戦術に出た。

「オートバランサー、マニュアルシフト」
 
 機体の体勢を制御するオートバランサーをマニュアル制御に変えたのである。それはつまり機体のバランスも自分で調整するということ。バランス操作自体が難しいことに加え、当然ながら余計に意識を割かなければならないためAMS負荷も増加となる。
 しかしながらメリットもあるにはある。通常の機動では絶対に出来ようなアクロバット的な動きが可能となるのだ。
 脚部ブースターのみを使って機体を横に倒し、正面を真下へ。そしてオーバードブースト。超高速で一気に地上目掛けて急降下を仕掛ける。唯一上空へと攻撃可能なハンドミサイルが放たれるが、シルバーエッジをバレルロールさせて弾幕を潜り抜ける。
 距離が縮まる。だが相手とて、そこらのリンクスとはわけが違う。というよりも大胆な突撃に驚きこそしたものの、対策は予想以上に簡単なものであるとすぐに気がついた。
 シルバーエッジが頭上間近まで近づいたところで、後方へと一気にクイックブーストをかける。引き付けての後方回避。あとは地上にオーバースピードで突っ込んで動けなくなったところを撃ち抜けばいい。
 
「…っ!!」

 不意に正面から四脚ネクストの姿が消え、イリアは突撃を逆手に取られたことに気がついた。地上に激突するまで1秒あるかないかの残り時間。
 その刹那の瞬間にイリアは次のコマンドを瞬時に叩き込んでいた。バッククイックで一瞬だけ急減速させ、そこからさらにクイックターンをかけたのである。
 結果、オーバードブーストを維持したまま、シルバーエッジはさらに敵ネクストへと距離を詰めることとなった。地上に対して、ほぼ直角に曲がるという強引極まる機動で。
 通常ならば不可能と思える動き。本来クイックターンというのは急旋回であり、縦方向への旋回を想定されてはいない。だが種明かしはそう難しいものではない。機体に横に倒せば、クイックターンは縦回転へとなる。
 現に、シルバーエッジの左肩についていた追加ブースターは地面との接触により破損してしまっていた。そこから機体の体勢を立て直しつつ、敵ネクストを追う。バランス制御をマニュアルに変えたからこそ可能となったある意味無茶苦茶な機動であった。
 状況が一変した。シルバーエッジが敵ネクストに迫る。ハンドミサイルを撃った手前、重スナイパーキャノンによる迎撃は間に合わない。
 しかし、まだ切り札は残されている。ビックバレルとの名を冠されたネクストにふさわしく、大口径の重スナイパーキャノンとは別に、もう一つ大口径の強力な武器があるのだ。そして、相手が距離を一回離した隙に、チャージを始めていたそれはすで臨界状態となっていた。
 上空から、信じられないような機動と共に追撃してきたシルバーエッジに、その照準を向ける。軽量二脚ならほぼ一撃で落とせるだけの火力。直撃しなかったとしても、PAは確実に失うことになるだろう。そうなればオーバードブーストも使えなくなり、これ以上の追撃も不可能になる。
 FCSがシルバーエッジを捕捉する。相手はブレードのみ。ならば、ギリギリまで引き付けるのが一番。
 距離が詰まる。確実に当たるか影響を与えられる距離。
 トリガーをひき、圧縮されたコジマ粒子が撃ち出される。シルバーエッジはそれを避けようともせず正面から迫る。

「それは予想してたよ!!」

 イリアの叫びが響く。そして、巻き起こったコジマ爆発によって視界が白く染まる。
 次の瞬間、大きなダメージを受けていたのは4脚ネクストの方だった。
 巻き起こったコジマ爆発。それはコジマキャノンの直撃ではなく、わずかに早くシルバーエッジが発動したアサルトアーマーによるものだったのだ。
 それによってコジマ粒子は消し飛ばされ、カメラも一時的に死んだ。そしてシステムが復旧したと思った時には、シルバーエッジのレーザーブレードによって見事に切られていた。
 
『……とんでもない伏兵が…いたものだ』

 操縦技量と言い咄嗟の判断力と言い、紛れもなく上位リンクス並だ。それでいてランクが29と言うのは、はっきり言って詐欺としか言えない。だが、もはやどうでもいいことだ。自分は敗者となったのだから。
 
『……PQ。こちらの援護には…来なくていい。後のことは……、任せる』

 最後の力を振り絞って通信を繋ぐ。これ以上、貴重な戦力を失うわけにはいかない。そう判断してのことだった…。






『ついてねぇ。ついてねぇよ…っ』
『あ、その。ごめんなさい…すみません』

 ASミサイルの猛火によって黒こげ状態となったノーカウント。その中でぼやくパッチに、エイ・プールは一生懸命謝っていた。
 4脚ネクストが撃墜された後。パッチはすぐに降参しようとした。エイ・プールもそれに気がついて攻撃の手を止めた……のだが。
 タイミングが悪かった。ASミサイルを撃った直後だったのである。しばらく継続発射されるASミサ腕の特性上、もうどうすることも出来なかった。結局命乞いを始めたパッチを有無を言わさず爆撃。ノーカウントは機能停止寸前に追い込まれてしまったのである。それでもなんとか生きててくれたのは、不幸中の幸いだったと言えるかもしれない。

『とりあえずミッション終了ですね。イリアちゃん、ありがとうございます。私一人ではどうしようもありませんでした』
「うぅん…。お役に立てて何よりだよ…」

 すぐにイリアからの返事が戻ってくるが、どことなくその声には覇気がなかった。気になったエイ・プールがすぐに呼びかける。

『イリア…ちゃん?』
「命の奪い合い…これが…実戦なんだね――――」
『………』

 そこまでイリアが告げた所で、エイは気がついた。イリアにとって、これが初の実戦、対ネクスト戦であったことを。シミュレーターと実戦は違う。
 初のネクスト戦。それを制覇したにも関わらず、その結果を見て、イリアの中に一つの感情が生まれた。
 そのことは、イリアに大きな影響を与えることとなった。そして―――この日を境にイリアはネクストに乗れなくなってしまったのである。

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 そんな一人のリンクスが負った心の傷など些細なこととばかりに、状況は大きく変わり始めていた。
 まずラインアークにて、ステイシス・フラジールがホワイトグリントとその僚機が交戦。その戦闘の結果は、ホワイトグリントの僚機のみが生き残ると言う異例の状況で幕を閉じることとなった。
 それから間もなく。ORCA旅団と名乗る集団が全世界に対して一つの声明文を叩きつけ、それまでの企業同士の戦闘から、企業とORCAの戦いに突入することになる。

~つづく~


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移設元コメント


☆作者の一言コーナー☆
 えむです。シルバーエッジVSビックバレルの14話。
 本格ガチバトル。でもブッパの台詞はちょっとだけ。でも後悔してない。個人的には満足の行く戦闘だった。うむ。
 さて残る話も片手で足りるほどなってきました。
 また壁にぶつかったイリアですが、温かく見守っていただければ幸いです。
 それでは、ここまでのお付き合いありがとうございました。><)/


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