小説/長編

Written by えむ


 世界は広い。
 一般的に、ネクストやネクストパーツを開発している企業に目が向けられがちではあるが、企業だけが研究開発を行っているわけではない。
 例えば、アスピナ。またしてもアスピナであるが、今回は単に例としてあげているだけであることを先に告げておくとしよう。ここは企業ではなく、一つの研究機関だ。その拠点もクレイドルではなく、地上に点在するコロニーの一つとなっている。
 当然、アスピナ以外にもコロニーはいくつか存在している。単に、地上の街として機能している場所も多いが、中にはやはり独自の研究開発を行っているコロニーだってあるのだ。そして技術と言っても、この世界にはネクスト技術しかないわけではない。ピンからキリまで多種多様にわたっている。最も、世間に広く知られているかどうかは全く別の問題ではあるのだが。
 そして、今回はそんな無名に近いも、ある研究を行っているコロニーから話は始まる。
 事の発端は、現在研究している物を小型化できないかという物であった。すでに研究は一つの結果を導き出せていたのだが、それを世に出すにはあまりにもサイズが大きすぎたのだ。そこで、今度はその研究している物を小型化し、皆に受け入れてもらおうという考えが浮かんだのである。
 結論から言えば、小型化自体は成功だった。試行錯誤の末、大幅なスケールダウンに成功したのだ。
 だが問題はここから。いずれ世に出すにしても、まずは実際に試してみなければいけない。しかもその調査には、ある程度の時間も必要であった。
 そんな時、彼らはあるリンクスが「試作品」のテストなどを請け負っているとの噂を耳にした。しかも結構無茶苦茶な物でも一応はしっかりやってくれるらしいとも。
 それならば、きっとこれのテストもやってくれるはず!!そう思い、彼らは依頼を出すのであった…。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 その日。特に用事もなかったイリアは、なんとなしにカラード周辺の街中を散歩していた。
 一応、何かの依頼が入ってはいたようだが。受け取り業務だけらしく、イリアはその場にいなくても大丈夫とのことだったのだ。
 そんなわけで、ふらりと街へと出歩いたイリアは、あてもなくぶらぶらと街中を歩いていた。なんとなく生えている木を下から見上げてみたり、道端にちょこんとある花に気がつけば、足を止めてしゃがんで眺めてみたり。店に並んでいる赤い首輪をした白いもふもふのぬいぐるみに目が行ったり、アクアビットマンのガレージキットに1時間ばかり釘付けになったりしながら、寄り道を挟みつつ街中をのんびりと歩いていく。
 時折、道行く人とすれ違いざまに、元気に笑顔で挨拶したりするのも忘れない。そして、そうやって気ままに街中を歩いていたときのことだった。
 それに気がついたのは偶然と言っても良い。たまたま街の喧騒とは違う物音に気がつき、振り返ってみたら、それがあったのである。
 ビルとビルの間にある狭い路地。雨風の影響を受けない少しばかり出っ張った屋根のすぐ下に、無造作に置かれた、『拾ってください』の張り紙のあるダンボールの中に。

「……………」

 好奇心に駆られ、イリアはそちらへと近づいていく。そして、そのダンボールの中を覗いてみた。

「……あ………」

 そこにいた小さな存在に、イリアの目が奪われる。そして、そこからのイリアの行動は早かった。ためらうことなく抱き上げ、その姿に癒されたかのように表情がほころび、そして速攻で拾って帰ったのである。






「ただいま~……って、そうか。お客さん来るんだったっけ…」

 イリアが拠点代わりの家へと戻ってくると、ちょうどオウガが誰かと話しているところだった。そう言えば今日は、何かの試作品を持ってくると言う話だったなとか思い出し、そのまま二人の邪魔をしないように、そっと自分の部屋へと戻ろうとするイリア。
 向こうは向こうで話し込んでいるらしく、イリアにはどうやら気がついてもいないようだった。

「な、なんだって? まさか、盗まれたとか…?」
「い、いえ。たぶんこちらの不手際だと思います」
「しかし、その試作品。なくせるほどの物なのですか?」
「えぇ、なんというか…。勝手に動くので…」
「は? あの、試作品ってネクストの装備じゃない…?」
「えぇ、そうです」
「あの………一体、何のテストを…?」
「えーっとですね。そうそう、ちょうどそこの子が持ってるような奴のテストなのですが。って、お嬢さん。それをどこで…?」

 不意に話を振られ、イリアは立ち止まった。そして自分が今抱えているものこそが話題の中心になっているらしいと気づき、事情を説明する。

「え? あーうん。えーっとね。拾ってくださいって書かれたダンボールに入ってたの」
「ダンボール…? なんということだ。そんな知恵もあったとは…っ」

 なにやら衝撃を受けた様子を見せるクライアント。イリアはイリアで話が見えず、首を傾げていたりする。
 そして、オウガはオウガで固まっていた。
 なぜなら彼女の両手によって抱えられた「それ」は、オウガの予想を斜め上にぶっちぎる代物だったのである。
 触手だかなんだかよくわからない細長い麺状のものが毛玉のようになっており、それを緑色の甲殻のようなものが覆い、6本の紫色の節足状の足と思しきものがワキャワキャと動いている。そして水色に光る――恐らく目だと思われるものが6つ。大きさは、直径20cm強。 あえて生物的に分類するのなら、甲殻類か…昆虫類と言ったところだろうか。
 とりあえずわかるのは今まで見た事もない未知の生物だということだ。

「……あ、あの。それは…一体…?」
「あぁ、この子はAMIDAと言いまして。我が研究機関で研究を続けている生物なのですよ。本来は5mくらいあるのですが、愛玩用として売り出すために遺伝子操作などを使って小型化した新種なのです。開発コードは「AMIDA-TENORI」」
「へぇ。この子ってAMIDAって言うんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。性能試験って、もしかしなくても…?!」
「えぇ、この子のペットとしての性能試験です」

 その時、オウガに衝撃が走った。こんな得体の知れない謎生命体をペットとして飼えというのか!?と。いや、そもそもなんでネクストとかの試作装備テストを請け負うだけのつもりがこんなことになるのだと。その理由は簡単。クライアントのとんでもない勘違いであるが、そんなことをオウガは知る由もなかった。

「ペットとしての性能試験ってことは。この子を家で預かるってのことなの?」
「えぇ、まぁそのつもりで来たのですが…」
「じゃあ決まり。その依頼、受けます!!」
「ちょっ。い、イリア君。勝手に決めちゃ―――」
「いいの。代表者は、私!!」
「う……」

 ビシッとイリアに言われ、オウガは言葉に詰まった。実際、オウガ達はイリアに付いてくる形でここに来ている。一応年上なので保護者的な立ち位置にもあるが、このグループの代表者はリンクスであるイリアだ。よって、決定権はイリアにあるのだ。

「それにほら。見てよ。こうして見ると、結構かわいいよ?」
「……かわ……いい……?」

 イリアの言葉に、オウガはじっとイリアが抱いているAMIDAを見つめていた。向こうもオウガが見ていると気づいているのか、淡く光る水色の6つの瞳がじっとオウガに向けられているようだった。
 目と目が合う瞬間。だけど好きとは思えない。慣れれば、少しは違うかもしれないが。

「…ほぉ、その子をかわいいと。お嬢さんの歳でAMIDAの良さがわかるとは、大したものだ」
「そうかな? 私は普通にかわいいって思っただけなのだけど…」
「具体的に説明いただけますかな?」
「えーっとね…」

 両手に抱いたAMIDAを自分の方へと向け、それをじっと見つめてから。イリアはゆっくりと語りだした。

「この水色のつぶらな瞳とか何とも言えないし、あと足がわきゃわきゃ動くこのしぐさもなんか愛嬌があるし。あとは、ちょっとごわごわしてるけど、この子って抱きしめるとほんわかと暖かいんだよ」
「ほぉほぉ」

 イリアの説明に、静かに頷くクライアント。一方、オウガはオウガで、ダラダラと一人脂汗を浮かべていた。イリアの感性は、どこか人とずれたものがあるとは思っていたが、まさかここまでとは思ってもいなかったのである。
 そうこうしている間にも話は、さらにオウガを置いて進んでいく。
 具体的には、細かい打ち合わせに入ったというところか。何を食べるのかとか、飼う点で注意することとか。

「とりあえず家で預かるなら名前を付けなくちゃね。そうだなぁ、AMIDAだから…アミちゃんにしよう♪」
「キシャー♪」
「おお。AMIDAが喜んでる…!!やはりなんだかんで知能は高いようだ」

 とりあえず、家で飼うことは完全に確定した。そう確信したオウガは、静かにため息をつくのであった。






 その日の夜。

「……あー、もうこんな時間かぁ」

 自分の部屋で一人仕事をしていたオウガは、すでに夜もだいぶ遅くなっていることに気づいた。どうやら少しだけのつもりが、火がついてしまい、ついつい時間を忘れて打ち込んでしまったらしい。
 少しばかり凝り固まった肩をほぐそうと腕を回す。そして疲れた様子で立ち上がろうとして、ふと気がついた。
 カサカサと言う独特の足音。それがAMIDA-TENORI改めアミちゃんであることは、すぐにわかった。どうして、ここに…。
 変に警戒しつつオウガが振り返ってみると、確かに床の上にアミちゃんがいた。

「……それは……?」

 よく見ると、アミちゃんはその足を器用に使って、何かを転がして来ているようだった。なんだろうと思いつつ観察を続けていると、オウガの足元で立ち止まり、それからカサカサと後退する。そして、そこには横倒しになった栄養ドリンクが一本。そこにあった。
 どうやらどこからか転がしてきたらしい。

「……まさか僕のために持ってきたと…?」

 恐る恐る尋ねてみると、アミちゃんはカクンと体を横に傾けた。ちょうど首を横にかしげるかのように。

「とりあえず、ありがとう」

 ただの偶然か。それとも意図的かはわからないが、いずれにしてもありがたい物には違いない。足元に転がった栄養ドリンクを手に取り、お礼の言葉を述べると、アミちゃんは嬉しそうにフルフルと身体を小さく震わせ、そして来た時と同じようにカサカサとオウガの部屋から出て行くのであった。
 そして次の日。イリアは、アミちゃんを見ても平然としているオウガの姿に首を傾げることになるのであった。

□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 こうして、イリアのガレージに新しい家族が増えた。
 その後もアミちゃんは、イリアのガレージに置いて、確実にそのマスコットとしての座を強固なものにしていくのだが、それについてはまた別の機会を見つけて話していくとしよう。

 ちなみにダンボールに入っていたわけだが。クライアントの元から脱走した後、空になっていたそこに自分から潜り込んでいたのは、ここだけの話である。

~つづく~


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移設元コメント


☆作者からの一言コーナー☆
 思いつきで本能がささやくままにやった。後悔は全くしていない(キリッ

 と言うわけで、準レギュラーのアミちゃん登場。
 今後もちょい役でちらほら出て来ると思いますが、少しでもそのかわいさ(?)が読者さんに伝われば幸いです。

 AMIDAかわいいよ、AMIDA…!!

 ではここまでお付き合いただき、ありがとうございました(・▽・)ノシ


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